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今日ツイッターで
「近くをお立ち寄りの際は敷地内をお使いください」
と僕に声をかけてくれた人がいた。いいな。良い挨拶だな。この挨拶がもっと一般化しろ。敷地を人に貸すことが普通になってネットとかでそういう仕組みができたらいろいろ面白いことが起こりそうだ。人の敷地を借りて移動する家の仕組みとか面白そうだな。革命がおこりそうだ。べつに毎日移動しなくてもいいのだ1ヶ月とか1年とか契約期間をもうけて人んちの庭とか駐車場に自分の家をつくってすむ。家は敷地と箱と基礎でできてる。わけて考えれば楽しいことがおこりそう。

今日は日曜日で、天気がよかったら越喜来のみんなが夏虫山というところに連れて行ってくれるという話だったけれどあいにく1日中ひどい雨が降り続いて外なんか出れたもんじゃなかった。それでもわいちさんの妹さんの京子さんが、滝に連れて行ってくれたり、津波で流されて新しい場所に建設中のとまり地区の公民館をみせてくれたりした。そこで知り合った人が越喜来でほぼ自給自足の生活をしていた河内山亨さんという画家の画集を見せてくれた。完全に独学で絵を描いていたらしい。「牛を彫る百姓」という絵があって、これがとても良かった。河内山さんもいわば百姓だ。そんな人が、同じ村の百姓が牛を彫っているところを絵に描いている。そこでは絵も彫刻も土に根ざして自然に制作されているように感じられてとても良かった。

そういえば滝に行った時に支援活動で来ている大学生グループも一緒に行ったのだけど(というか彼らが「滝に行く」というので案内を兼ねて行ったのだけど)、彼らは車からおりたところから眺めようとするだけで、沢のしたまでおりて行こうとしなかった。道路から5メートルくらい山の傾斜を降りないと滝はちゃんとみえない。確かにすこし急な斜面でおりるのにテクニックというか、少し勇気はいるのかもしれない。でも全然降りれない場所ではない。たぶん汚れるのを嫌ったのだろうと思う。すこし雨も降っていたから地面は湿っていて泥っぽかった。でも彼らはここらの地区の「まちづくり会議」なるものに参加するためにわざわざ訪ねて来ているはずの大学生たちなのだ。公民館の工事を手伝ったりもしたらしい。そんな"まちづくり"のために来た人たちが「滝が奇麗だからぜひ見て行ってほしい」って地元の人が案内してくれているのに降りてこようとしない。いや別にいいんだけど。

降りてみたら滝はとても奇麗だった。超でかくて凄いっていうわけじゃないけれど、地元の人が「俺はあそこ

好きなんだ」って言うのも頷ける。それなりに大きくて奇麗な形をしていて、滝のすぐ近くまで行ける。気持ちが良いところだった。ただ、ゴミがたくさん落ちていた。みんな道路から落とすんだろう。発泡スチロールの箱やら空き缶やらタイヤやらテレビやらがごちゃごちゃと落ちていた。僕らはそれをそれぞれ持てる分だけ持って引き返した。そのゴミを学生たちに見せつけてやろうかと思ったけど道路にあがったらもう彼らはいなかった。まじか。まちづくりってこういうところから始まるんじゃないのか。まして外部からきた人が町づくりをかんがえるんだったらなおさらだろ。地元の人が「よいとこだよ」って言ってたところをみてまわるとか、それこそゴミ拾いとか。そういえばわいちさんは「滝に行きやすいように遊歩道をつくったらいいと思うんだけどなあ」って言ってた。こういうところからまちづくりって考えるべきなんじゃないのか。こういうところから考えないから「復興」なんて大それた名前のもとに、とんでもない規模の工事がはじまっちゃったりするんじゃないのか。かなしい。だからあんな海が見えないくらい高い堤防を建てることになっちゃったりするんじゃないか。ていうか海が見えなくなったら津波が来るのも見えなくなるだろ。高い堤防に安心して逃げない人もいそうだ。

そんなこと考えながら家に帰る。そしたらわいちさんが、ぐさりとつきささることをさらっと言う。

「行政とか観光協会の側(←このへんうろ覚え)が『ダンプが通るから気をつけて歩くように』って歩行者や子供に注意を促すのは少しおかしい。車のほうで注意させて走らせるべきだ。柵をかけるとか、先に人の安全を考えてから車をはしらせるべきだ。そういうこと考えてないんだなあ。」

という。うわ。そうだその通りじゃないか。だって誰のための工事なんだ。そういえば津波の被災地に入ってから、工事車両のせいで死亡事故がおきているという話をよく聞くようになっている。なんでこんなことになるんだ。復興工事をやっているせいで人が事故にあうなんて。

また

「学校行事で子供にゴミ拾いさせるのはおかしい。捨てるのは大人なんだ。それを子供に拾わせるなんて。子供と一緒に大人と拾うとか、町会で主催して子供にも参加してもらう形をとるとか。そうしないといけないのになあ」という。

また

「この町の人が、山に行けば山菜がとれて海に行けば魚がとれるっていう暮らしは、とても贅沢なものだっていうことに気がつかなくちゃいけない」

という。なんて切実な言葉だろう。こんな台詞が、まさにその町に住んでる人の口からでてきた。

今夜はわいちさん一家の、物置として使っている部屋に寝かせてもらう。

ずっとわいちさんの名前をだしているけれど、その奥さんもすごい。わいちさんを支えている。かっこいい人。本当にかっこいいとしか言いようがない夫婦だな。こうやって思い出しながら書くだけで泣きそうになる。最近泣きそうになってばっかりだ。

Posted by satoshimurakami