3月31日(10日目)

ベッドに備え付けのアラームが7時にしか設定できない。若干体調が悪いので、昨夜はお風呂に入らずに厚着して寝た。たぶん環境のせいで疲れている・・。こんな神経削られるとは思わなかった。

今日は一限目から座学。久しぶりだ。「適性検査に基づく行動分析」という、気持ちの悪そうな講義だ・・。まず先日の適性検査の結果から、円チャートのようなものを作らせられた。各項目の評価が良いほど円が大きくなり、項目ごとの評価にばらつきがあるほど円がデコボコする。そのチャートを作ってください、と言われた。

「こういう時性格出るよね!自分だけわかりゃいいかってフリーハンドにするやつ、定規で綺麗にひくやつ、あとこれを二つ折りにして仮免のところに差し込んで、事務の人がハンコ打ちやすいようにするやつ、これも性格ね!!」

と教官がやたら大声でわめきたてていたけど、この話には何にも繋がらなかった。無意味に声を発しているみたいでもう最初から不愉快だった。

「いろんな性格の人が、この社会にはいっぱいいるの!ハンドル持つと性格変わる奴もいます。こち亀でさ、本田ってやつがバイクまたがると性格変わるでしょ。ああいうやつ。後ろの車の人がどんな表情をして車を運転しているのか、私たちは路上教習の時バックミラーでそれも見ています!観察すること!これも危険予測につながるの!」

「事故は、起こしやすい人が繰り返し起こすというけいこうがあります!すこしは懲りてほしいですけどね!僕は、運転適性は4A(5Aが最高)でした!運転免許を取る時、会社でやった時、去年試しにやって見た時、全て4Aでした!私は今まで事故を起こしたことがありません!私は事故を起こさない人なんですね!このなかで4Aの人!・・いるね!明るい未来が待っています。僕と同じ人生を歩むことになりますのでね!」

「さて、ここの人が鍵を握っています!3C!(僕は3Cだった)統計的には4割の人が3Cです。重大事故の分布!3Cがバンバン起こしている!これ、本気でとった統計ですよ!1Eなんて!ありえないよね!人間とは思えない!次は無事故無違反の人!これも3Cが多いですね!3Cはどちらにも転ぶことができます!」

3Cの分母が多いなら、重大事故の数とか無事故無違反の数を単純に比べても比較できないと思うんだけどその辺の修正がしてあるとは思えない表を見せられた。そこを疑ってしまうので、この話を受けて気をつけようとか、次の話をちゃんと聞こうとか、そういうレベルまでいけない・・。聞いてるのがつらい。

「ここを卒業して、一年未満の人が大事故を起こしたら、警察署から手紙が来るんです。あなたのとこの卒業生、とんでもないことしましたよ。教習原簿見せてください。ってね。何をみたいかっていうと、この適性検査結果がみたいんですよ!最近は4つありました。一つ目はこれね。バイクで、追い越しかけて、対抗普通自動車と正面衝突で死亡。無理な追い越ししたんだろうね!死んだってさ!」

死んだってさ!の言い方に狂気を感じる。こいつ大丈夫か?とすでにこの時思っていた。

「次はこれ、これは僕ね、擁護させてください!私ね、ここで指導員やる前は、営業にいたんです。いろんな所に行って、今度うちの自動車学校きてくださいねって言う営業ね!家に営業行くときは、だいたい玄関先で長い時間座って、足しびれちゃうんですけど、この家はね!外は寒かったでしょうって言って入れてくれたの!あったかいこたつに入れてくれてね。さらにね、お茶が出てきたの!ありえない!(僕は『全然ありえなくないだろう』と思い、もうこの教室を出たいと思った)さらにね、小腹がすいたでしょって言って、近くの和菓子屋さんの栗蒸し羊羹が出てきた!すっごく良い家だった。本人にもあったんだけどね。受け答えもしっかりしてて、すっごくしっかりした人だった。でもこの事故があった。時間に注目してもらいたいんですけどね、朝9時。この人は、このとき3交代勤務で働いてて、夜勤あけで残業もあって、疲れて帰ってきてたんだね!ここからあと50mで自宅だった!自宅近くは事故が起こりやすいと言われているんですけど!それでこの緩いカーブで、寝ちゃったんだね!それでかわいそうなのが、助手席に乗っていた同乗者が亡くなっちゃった。高齢者だったんだけどね、近くの病院まで送ろうとしていた!」

「次はこれ!こいつなんか全然意味わからん!日本なのに、右側走ったんだって!日本なのに!(ここで教室から笑い声が起こる)死んだってさ。」

去年くらいのことだけど、車に同乗していて、店の駐車場から外に出るとき「あれ、左側通行だよね?日本って。時々、わかんなくなっちゃうんだよね・・。」と言われたことがあって「左側通行だよ、たしか」と教えたことがあった。僕だって、運転教習を受けていて、左側を走るんだよな?と一瞬考えるてしまうことはある。僕たちはロボットではないので、そのときの気持ちによって、レストランのメニューの文字が読めなくなったり、いつもは書ける漢字が書けなくなったり、自分が何歳なのかわからなくなっちゃったり、道路って左側通行だっけ?って一瞬考えてしまうことはあるんだ。僕はそういう、素敵な友人たちをたくさん知っている。それを『日本なのに右側走ったんだって!死んだってさ。』とは?頭おかしいのか?生まれてからこれまで何をしてきたんだ?何を見てきて、何を考えて生きてきた。涙が出て来る。素敵な人たちを笑われたようで・・。そしてそれに同調して笑う人たち。事故で亡くなった人が、当時どんな心持ちで何を考えて、何を抱えていたのか、なぜそういうことになってしまったのか、ほんの一瞬も考えないのか?僕たちに与えられている情報は「車で逆走して事故にあって運転者は死亡しました。」というだけだ。それだけを見て「日本なのに右側走ったんだってさ~」「わはは」。なんだここは・・。もう帰ろうかな。耐えられない。どこかに訴えた方がいいのか?車で間違えて逆走してしまって、事故で亡くなってしまった人の友人や親しい人が、この教室の中に一人でもいるかもしれないのに、そういうことが考えられないのか?もしいたら、どう責任とるつもりなんだ?涙がとまらない。教習所のロビーで一人で泣いている。もう本当に帰りたい。病気だ。全員病院にいったほうがいい・・・。この文を書いてる時、かげろうに似た緑色の細い虫が僕の左腕に止まってくれた。慰めてもらってしまった。

こいつは他にも、性格の傾向別に、役者がちょっとパロディーチックに車の運転をする映像(この映像も、日本の地上波のレベルの低いワイドショーを見てるみたいで吐き気がする)をみながら、不快なことを連発する。

「決断力が低い人!ファミレスでメニューを2時間くらい見ちゃうやつ!回転寿司で、ネタがどんどん流れてきちゃって!選べない!そういうやつね!」

「次神経質な人!潔癖症みたいな人!私がいちばん嫌いなタイプの人です!見てるだけで吐き気をもよおします。見てください彼、車に乗る前に指差し確認しますよ。はい!こういうのむかつくよね!見りゃわかるじゃん!私こう言う人は絶対信用しねえ!」

「次!自己中心的な人!ナルシスト!良く言うと、切り替えが早い。わるくいうと、あっけらかん!自分のことしか考えないで、路上駐車しちゃうような人です。」

などなど、映像の中にツッコミを入れて笑っている。差別的で、レベルの低いワイドショーみたいに芸能人のゴシップばっかり追っかけてるような感性で、笑いを取ろうとする。しかも不快なダミ声で。確かにこいつは無事故の「優良運転者」なのかもしれないが、僕は一瞬でも長く同じ部屋にいたくない・・。僕の友人たちは本当に素晴らしい人たちばっかりだ・・。

おかげで次の講義があまり頭に入らなかった・・。あんな連中とおなじ屋根の下にいると思うと耐えられない。「悪条件下での運転」という項目。「運転と座学の繰り返しでね、皆さんも疲れてるでしょう」といって、体をつかった眠気覚ましの方法(背伸びしたり、手のツボを押したりする)を、わざわざ画像付きで色々教えてくれた。

その次は運転教習・・。また五十嵐サンだった。五十嵐さんは安定感があって良い。

「ツツジが咲いてきたな~まだ3月なのにな。ほんと自然ちゅうやつは、あったかくなると早いな。今年は茶摘みもはやいかもしれんぞ」

と、静岡県の人らしい言葉が聞けて嬉しかった。

その次は続けて座学「自動車の保守管理」。あのハラスメント教官だ・・。でもあいつよりはまだましだ。

「私、今の車乗って5年くらいなんですけど、3年くらい乗った時に、イグニッションキーの電池が切れたんですね。ボタン電池を交換しないといけなくなって、それで会社帰りに、車屋さんにいって電池の交換をお願いして見ました。いくらだと思います?・・2160円?こまかいな。ひとつ1200円、二つあるので、2400円(彼はわざわざ教室正面に投影されている画面内に1200という文字をふたつ書いていた)でした。財布を見ると、ちょっと足りませんでした。なのでわかりました、と言って交換はお願いせずに出て生きました。その帰りに、セブンイレブンに入ったらちょうど切れていたボタン電池が売ってました。二つ入りで、360円。それを買って、家で、イグニッションキーの電池の蓋を500円玉で外して、30秒くらいで交換しました。この30秒の手間で、2000円とってるんですね。ボロもうけですね。ぼったくりですね。なのでみなさんも、簡単な整備は自分でやらないともったいないですよ。」

という導入から、車の整備の講義を始めていた。

お昼ご飯は豚キムチ丼とキャベツの千切りと味噌汁(インスタント)と水。全然関係ないけど、母音+その母音に対応するハ行の子音二文字で、色々な笑い声になるという発見をした。

お昼ご飯の後、ここ最近一番の勇気を出して事務の人に

「もし可能なら、日曜の午後をあけたいので、この15番と17番の教習を後日に移したいんですけど・・。」と言いにいった。初めて事務の人と話した。

「そうですか。次に15と17が受けられるのは4日ですね。まあ、どうしてもなんですよね?わかりました。午前の講座はちゃんと受けてくださいね。」

と。

お昼過ぎから夜までのあいだにさらに2回の運転教習。教習所には運転教習の指導員が控えるための大部屋があるのだけど、たいてい教習時間中は誰もいない。彼らも大変だよ朝から晩まで10分間隔で、猿だか屍だかもはっきりしない教習生の運転に付き添って。一発目は五十嵐さんだったので聞いてみたら、「去年の12月からずっと。一日中。」と言っていた。一日中フルで仕事してるらしい。

二発目はあの眠くするのが上手な先生、だと思うけどもう誰が誰だかわからん。なんでこの年まで免許とらなかったの~?と聞かれたので「まあ東京生まれなんで必要なかったんですよ。やっぱあったらいいな~と思ったんすよ」と答えた。

教習が終わる頃にはもう暗くなっていた。酒でも飲まんと、と思ってジョニーウォーカーのレッドレーベルをコンビニで買ってちびちびやりながら歩いてホテルまで帰ってきた。赤みがかった月が綺麗だ。

Posted by satoshimurakami