2011年10月22日(土)UNDERGROUND
映画「underground」観てきました。
これは旧ユーゴスラビアにまつわるお話で、第2次世界大戦中にユーゴがナチスから攻撃受けてる場面からはじまって、冷戦を経て、92年のユーゴスラビア内戦の場面で終わります。
共産党員や、「パルチザン」と呼ばれるユーゴ占領軍に対する抵抗勢力の視点で描かれています。
ナチスによる爆撃のさなか、パルチザンの「マルコ」さんが、電気工の「クロ」さんを共産党に入党させ、ナチスに対抗するために広大な地下室に避難させます。そこがアンダーグラウンドの世界で、そこでは武器の密造が行われています。
第2次対戦がおわり、マルコはユーゴスラビア祖国解放の英雄になりました。しかし、クロを含む地下世界の人達には「対戦はまだ続いているから武器を作りつづけろ」と嘘をついて、利益を自分のものにしていました。それが20年くらい続きました。
地下世界では、入浴やトイレや無駄毛剃りや散髪や子供たちによるサッカーまで、地上と同じくあらゆる事が行われていて、世界はそこで完結し、地下で生まれた人は外にでる必要性を感じなくなっていました。クロには息子のヨヴァンがいましたが、彼は外に出た事がありませんでした。
地下のみんながマルコを信じ、もう存在しないナチスに対して「クソナチスめ!」という感じで毎日せっせと武器を作っていました。
だれも「外に出てみよう」とは思いませんでした。
ある日、地下で作った戦車がチンパンジーの手によって暴発し、地上に通じる穴があきました。
そこから、クロとヨヴァンは「この手でナチスと戦う」ために武器を持って外に出て行きました。他の人はだれも出て行きませんでした。
マルコはこのあと葛藤の末、地下世界を爆破し姿をくらましました。
1992年、クロはまだいきていました。「クソナチスめ!」と言いながら、連合軍と一緒にユーゴスラビア内戦(クロアチア対セルビア)に参加していました。
もうナチスは存在しないのに。
彼は、自分が戦っている相手が、同じ旧ユーゴスラビアの人間だと気付いていないようです。連合軍の兵士が彼に問いました
「あなたはクロアチア勢力なのか、セルビア勢力なのか?上官はいるのか?」
彼は答えました。
「俺はクロだ。(上官は)祖国だ」
最初から最後まで登場するマルコの弟イヴァンがいるのですが、彼は1992年の描写で、もう存在しないユーゴスラビアが存在しているという幻想の世界で生きているため、ベルリンの精神病院に入れられていました。それをみて、園子温さんの映画「愛のむきだし」でゼロ教会から救出された人が精神病院にいる場面を思い出しました。
イヴァンはその後真実を知らされ耐えきれなくなり、崩壊したかつての地下世界に帰って行きます。その後彼はマルコとたまたま再会し、怒り、マルコを殺して自殺します。
なぜ地下の子供たちは外に出たがらなかったのか考えました。
僕は「引っ越しと定住を繰り返す生活(仮)in東京」で出会った泰信さんのお話を思い出しました。彼は代々木公園で理不尽な暴力を受けて動けなかったあいだ、まわりのホームレスの人達から「お前が悪い」とか「殴られて当然だ」という話をされ続け、「自分が悪いのかな」と本気で思ったそうです。しかし、体が回復してから代々木公園から逃げ、家に帰ってまわりの友人に事の次第をはなしたら、みんな「それは酷いことだ」「お前は悪くない」と言ってくれたので、ほっとしたそうです。
たぶん、生まれた時から地下世界で育った子供たちは、外の世界の存在すら想像できないのだと思います。人間の、「善or悪」や「面白いor面白くない」を判断する能力は、その人が接しているまわりの状況によってつくられるから、「もっと広い世界を知っている人の目から見たら理解できないことを当たり前と思って生きている」ということが簡単に起こるんだと思います。
真実を知らないまま爆破されて死んでいったアンダーグラウンドの住人たちと、真実を知って自殺したイヴァンと、どちらが幸せだったんでしょうか。いつも気をつけてないと僕たち自身も、多分あっというまに「ある幻想」の中で生きてしまう危険があると思います。というか多分、誰もがいくつかの「幻想の中の世界」で生きている部分があると思います。
ちょっと前に仲間内で話題になった「ある学生団体」の合宿の映像が気持ち悪い、という話も思い出しました。「合宿」っていう言葉の響きはちょっとこわいです。
でも僕たちがいま送っている日常生活も何かの「合宿」かもしれない。と思うともっと怖いです。