0909
すごく明るい夜だ。満月らしい。高い所に薄く雲がかかって空が全体として白く光っている。月の本体もほぼ真上に見える。風がすこしだけある。空からの明かりで遠くの山々の輪郭が見える。その麓に町があって、白とオレンジと、時々赤い光がちらちらと見える。東京のような病的に密集した光じゃない。生活と生活が寄り添い合ってるような明かり。そういえばいつの間にか長野県に入っていた。ここ数日で急に夜が肌寒くなった。
今日はバイパスを26キロくらい歩いた。思い返してみるとたぶん歩行者とは一人もすれ違わなかった。車とは多分5000台くらいすれ違ったけど。すごいスピードで風を巻き起こしながら僕を抜き去って行くトラックやバイクを見ながら「編集された世界の住人」っていう言葉が浮かんだ。鉄道の駅や、高速道路を使うっていうのは、編集された世界を動き回ることだ。どこかに駅やインターチェンジをつくるっていうのは世界に対する編集だ。理由もなくイライラしていた。自分で編集ができない。わかりやすい物語になった話でしか価値判断ができないし感情移入もできない。自分で何が好きなのか何が面白いのかを本当に決められない。編集された世界でしか生きられない人。世界は生の状態だと扱いにくいものなので自分で編集するのが面倒なのだ。見ても痛くないような繭に包まれたイメージを享受して満足してしまう人たち。壊れるのを恐れるヤワな人たち。僕は壊れたい。現実よりもインターネットに多くの情報があると錯覚しがち。道を散歩するよりもインターネットのほうが情報がたくさんあるっていうのは錯覚なのだ。みたいなことを昔橋本が言ってた。それに対抗するには歩くしかない。僕が歩いてるこの道路。この上を歩くことも編集された世界を動き回ることにすぎないのかっていうとそうじゃない気がする。歩くっていうのは土地とダンスをすることだ。
途中信濃川のそばで「ダムの取水のしくみ」と書かれたとても分かりにくい絵を見ながら休憩したりして、夕方千曲川の道の駅に着いた。いろいろあって、昨日別れを惜しんだはずの例の経験値の高い彼女がまた車で迎えにきてくれて野沢温泉に行った。ほらまた会ったぞ。野沢温泉は12軒の無料の共同浴場があるらしく、そのうちの一軒に入った。地元の高校生らしき男子が2人で入りにきていて
「全部がそろった人ってのはいない。イケメンだけど頭わるいとか、スキーうまいし頭いいけど顔が、、」
とかそういう話をしていた。
そんで夜になった。今日もあっというまに終わるなあ。明日一気にまつしろまで行く。しかしこんなに良い月と寝られるなんて。秋の虫もあちこちで鳴いてる。蚊はいない。横になった途端、凄く幸せな気持ちがこみ上げてきた。本当に最高にちょうどいい気候で、頭の上には満月があってBGMは虫の声で、しかも今日は家が東屋の下にあるから雨が降ったら足を家の中に引っ込めなきゃとかそういう心配をしなくていい。過去の、大雨の中屋根のない場所に家を置いて雨漏りと戦いながら寝ていたあの夜に感謝したい。あの時のうんざりがあるからいま幸せな気持ちを感じられる。本当にこの生活をやっててよかったと思えた。いつも同じ環境に、安心安全便利快適な環境に寝てたらこんな激しい喜びは味わえないと思う。今日の満月を世界で一番堪能している。