04142025
今日お昼に外を散歩してたら、遠くの山がとても鮮やかな緑色に変わっていた。明るい時間に散歩なんてしばらくしてなかったから、ちょっとびっくりした。いつのまにか季節が変わっている。いろいろな種類の緑色があってとても綺麗にみえた。なんとなく山が喜んでいるように見える。同じ山なのに前に見たときと全然印象が違う。庭を見ているような気持ちになった。こうやって季節の移り変わりとかを「綺麗だ」と思うことは、同じ土地に住み続けることで発達したんじゃないか、と思った。自然を乗り越える対象から愛でる対象に転換させたことはすごく画期的なことかもしれない。カンバセイション・ピースにも庭の木に水をまくくだりがでてくる。子供の頃に登った木と同じ木でも、時間がたっているから違う形になっているはずなのだけど、同じ形にみえるのは何故なのかという考察がでてくる。
庭をつくることと、同じ土地に住み続けることにはどんな関係があるのか。家の近くにある「自然」に手を入れて、窓からの景色を変えていくってのはどういうことなのか。