07301036
いまは朝の10時32分。エーレブルーの町中にあるホステルの庭のベンチに座ってパソコンを開いている。とても広くて素敵な庭で、地面はやわらかい芝生。ベンチや小さなテーブルが数組置いてある。テーブルには鉢に入った花が飾られてる。あと子供が遊ぶための小さなツリーハウスや、小さな泉もある。泉には噴水と、小さな滝もある。噴水から落ちる水の気持ちよい音が1日中聞こえる。道路に面して2階建の薄いピンク色のホステルの建物があり、建物の裏側にこの庭がある。建物の1階にオーナー夫婦が住んでいて、2階がホステルとして使われてる。ここには昨日着いた。
一昨日は家は動かさず引き続きトーマスの家の庭が敷地だった。僕が起きた時には家の人は誰もいなくて、ちょっと不安になるくらい静かだった。わずかな環境音とたまに車が通る音がするくらいで、庭の椅子に座って通りの方を眺めててもほとんど誰も通り掛からず、誰も住んでないのかと思っちゃうくらいの静けさ。夏休みでみんな出かけてるからなのか、もともとこういう感じなのかわからないけど、ゴーストタウンのようだった。どの建物も色が基本的に似ていて、道路に多少ゴミが落ちていても街全体からは綺麗な印象を受ける。ちょっと前に「奇抜な色の家を建てたりしたら法律違反なのか?」と人に聞いてみたら、「法律違反ではないけど、周りの人がとても怒る。『ここにふさわしくない』と。」と言っていた。
僕は日中絵を描いたり散歩したりふらふらとしていた。昼間に知らない番号から着信があり、出てみたら「寝る敷地を貸せます!」という男の人からの電話だった。Open Artのオフィスで僕が敷地を探してる話を聞いたらしい。そんで来週の月曜日に彼の両親の家の庭で寝ることに。彼もアーティストで「明日から個展があるから、よかったらそのオープニングに来て話をしよう」というので「いけると思う」と言って電話を切った。
夕方、近くのフードショップで、菓子パンのようなものと、サラダバーのようにパスタやサラダを選んで紙の容器に入れ、重さで値段がきまるやつ(これが結構いい。そんな安くはないけど野菜やパスタは新鮮で美味しい)と、ノンアルコールビール(買ってからノンアルコールだと気付いた)を買って庭の椅子に座って食べてたら息子氏が帰ってきて、「食べ物を買いにいく」というので今度はふたりで同じフードショップにいった。息子氏は「料理は得意じゃないけど、なにかパスタをつかってつくる」と言ってた。その後家で僕の分も夕食をつくってくれた。短くてツイストしたパスタにブロッコリーとベーコンを添えたシンプルなやつ。
早く寝るつもりだったんだけど、家に戻ってから息子氏に教えて貰ったWi-Fiがつながったので、奈保子に「無料で読める」と教えてもらった漫画「ブラックジャックによろしく」をネットで読みはじえてしまって、気がついたら明け方の4時になってた。どうも寝床でネットが使えてしまうのはよくない。こっちではネットが使えるのはWi-Fiがつかえるところだけだ。そのおかげで実感できたけど、1日のどこかでネットを使って何かしらを見ないと、禁断症状に近いようなものがでる。これはもう受け入れるしかないのか。しかしスウェーデンまできて人の家の庭で明け方までネットで漫画を見て起きてるというのはどうなのか。
そんで昨日は夕方4時頃にトーマスの家を出て、まずは電話をくれた彼の個展会場に行ってちょっと挨拶して、その後このホステルまできた。ここは、OpenArtのスタッフが探しだしてくれた場所。さっきオーナーに聞いたら、去年のOpen Artの参加作家の中に家族がいるらしい。
ホステルには僕の他におしゃれなおじさん4人組がいて、彼らは1週間くらい滞在している。ブリッジっていうカードゲームの世界大会がこのあたりで開催されていて、それに参加しにきているらしい。「とにかく多くの国から、めっちゃたくさん人がくるんだ」みたいなことを言ってた。僕はそのおじさんの一人にopen artを知ってる?と聞いたら「知ってるよ」と言ってた。
この人はみんなopen artを知ってるようだ。Open Artっていう名前を最初に聞いた時は「大丈夫か?」と思ったけど、こっちにきて、現地のアーティストやディレクターやスタッフやスポンサーになっている会社のCEOなどいろいろな人と会ってるうちに、みんなの生活の中にこの芸術祭が根付いていて、大事に思ってるのが伝わってきた。ローカルな芸術祭なんだけど、そのローカルさがとても自然だ。「自然にやろうとしたら、まあこういう感じになるよな」っていう、意表をつかれるところもある。ディレクターのラーズは、過去の作品写真を見せながら一つ一つ「こいつが面白いんだよ」と楽しそうに話す。この芸術祭の性格はラーズのキャラクタによるところがおおきいんだろうけど、ワンマンていう感じでもない。みんな自然に、楽しそうに、ある種のドライさをもって、ビジネスライクになりすぎず、力を抜きつつせっせとやるというか。日本にはたくさん芸術祭があるけど、芸術祭の運営もアーティストも、それがもう職業になっちゃってもはや量産体制の域に達しているけど、その話をこっちのアーティストにしたら「スウェーデンにはアートフェスティバルは全然ないよ。芸術祭はお金がかかりすぎるから」と言ってて、その言葉が眩しかった。
さっきまでホステルのオーナー夫婦が用意してくれた朝ごはんを一緒に食べて、そのあとオーナー夫婦は「take a little trip」と言って出かけていった。また「来年OpenArtで会いましょう」と言って別れた。相変わらず噴水が気持ちよい音を立てている。ここにこういう時間が流れているということを、これから生涯思いだすことができるだろう。いまこの瞬間も、この地では噴水が気持ちよい音を立てているはずだっていうふうに。
今日は午後からまた別の場所へ動く。