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桜島に住むということは、ひとつには火山灰と共に生きるということらしい。コインランドリーが多いのも少なからずその影響もあると思う。雨が降ると道路に積もっている黒っぽい灰がよく見えるようになる。克灰袋という黄色い袋があって、それが道路にゴミ捨て場のゴミ袋みたいに積まれていたりもした。多分そこは”克灰袋”の収集所で、各々の家がこの黄色い袋に灰を集めて捨てるシステムになってるんだろう。しかし”克灰袋”とは不思議な名前だ。
画家のNさんの家の室内も全体にくすんでいるように見え、床も少しざらついていた。洗濯物とか大変じゃないですかと聞いたらそんな毎日降るわけじゃないし、だいたい火山灰は体に悪いもんでもないと言っていた。
いま桜島港のそばにある、”マグマ温泉”という温泉施設の座敷スペースにいるのだけど、この温泉の脱衣所にも「営業時間中に掃除機をかけることがあります。鹿児島の降灰など、特有の事情をご理解のうえご了承ください。」みたいなことが書かれていた。
それにしてもさっきから、30畳くらいあるこの座敷の隅っこの、腰の高さくらいの仕切りで適当に区切られた1坪ほどのせまいスペースの中で女性がうどんか何かをすすっている。こんな客席があるわけないのでたぶん彼女は従業員で、まかないか何かを食べてるんだろうけどいつもここで食べてるのか?なんだかいたたまれない・・。他に部屋がないのか。でもこれで十分なような気もする。座敷にはテレビも置いてあり、そこではいま大相撲が放送されていて、そのテレビから流れてくる歓声にまじってうどんがすすられる音が聞こえてきて不思議な空間だ。そのしきりのすぐ隣では高校生か大学生くらい(就職の話とか飲み行くとかっていう話をしてるから多分大学生だろう)の男の子二人組が寝っ転がって、明日のご飯が豚しゃぶだったら今日豚しゃぶ食べるの嫌だな、という話をしている。他の客もすこし訝しんでその仕切りを見ている。これでいいんだろうな。
ここでは温泉に入りながら、窓の外に錦江湾が一望できる。右下のほうには桜島港が見え、そこから出航する桜島フェリーが見える。さっきなんとなく、窓から鹿児島港のほうをみてぼーっとしていたら、視界の右下の隅でフェリーが、なんていうか、見えない大きな手で船体ごと雑に動かされたみたいに急加速したように見えた。ちょっとびっくりして目を右下に向けたら、もうフェリーはいかにも船らしくゆっくりを海の上を進んでいた。誰にも見られてないと思って油断していたフェリーが、僕に見られていることに気づきあわててフェリーらしさを取り戻していた。