佐藤浩司さんの「建築人類学」シンポジウム
佐藤浩司「建築のフィールドワーク」石橋信夫記念ホールシンポジウム
・1964年。ニューヨーク近代美術館。「建築家なしの建築」展。「建築のフィールドワーク」ということの始まり。
・1966年。「デザインサーヴェイ」という言葉が流行った。デザインのリサーチ。寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」と同時期。
・「ヴァナキュラー」という言葉は使わない。
・「建築人類学とは」建築の背後にあってそれを支えてきた文化という名の巨大な構築物の存在を知り、そこに織り込まれてきた人間と住まいの関係をもう一度確認する。
・日本でいくら建築をみても、その背後に「大地」が見えて来ない。
・建築を引っ張り出したら、その背景の文化などが全部ついてきちゃうような建築が「建築の理想」だと思っている。
・『厚い記述』
・京都のCDIが今和次郎と同じく「モノ」の調査をした。
・「地球家族」1994年TOTO出版
・ブッシュマンの持ち物79点(生産財:周囲の世界と対話しながら、何かをつくりだしたり何事かを成し遂げるためにある)
生業活動の道具53点
住居1点
衣類と装飾品15点
楽器とおもちゃ10点
・我々の持ち物は「消費財」(新品の時が一番価値が高くて、使えば使いほど減っていき、最後にはゼロになってしまう。使わなければ新品なのに「使うことでモノを台無しにしていくという人生」というメッセージになってしまう)。住居もそう。
・「The Living House:An Anthropology of Architecture in South East Asia」
*僕が「移住を生活する」時において服を着るときの心持ちと「借家で寝泊まりしている」時において服を着るときの心持ちがすこし違うと感じている。「服を着る」と「服を使う」の違いというか。「消費財」か「生産財」かの二つには割り切れないとは思うけど、その考え方にはなにかヒントがあるかもしれない。
*スウェーデンで週末に家の外壁を塗ったりして手を入れる人を見て感じたことがつながる。日本でそういう光景は見ない。消費財と生産財を考えるためには「分業」の問題を考えないといけない。分業が進み、住居が「消費財」となり、自分の手から離れていく。それは文明の「進化」なのか。そうではない気がする。つまり消費という方法では世界とつながれないのか?
「与えられたものの中で住む」というメンタリティがあるから、家までいじる必要がないとも言える。駐輪場でランニングしていたおじさんの話。つまり住居の設計は暮らしのありかたと不可分で、どこからが住居でどこからが住居でないのかという境界をつくることは不可能なのだけどそこに区分があることにしないと建築家は成り立たないし、そういう区分があることにしないと社会がまわらないということになってしまっている。
そこが不可分なのに、大学の設計課題で「別荘をたてなさい」とか「集合住宅を建てなさい」と言われた時に、多分無意識ながら無理だと思った。つまり、何を設計していいのかわからない状態に一度なり、でも課題は提出しないといけないので、そこに作家性やオリジナリティのようなものを作らなければと思ってしまう。という大学の課題の与えられ方の問題があるかもしれない。
*モノという言葉使われ方が気になる。モノの背後にある人の手触りを想像できないこと。やっぱり分業の問題がある。