07161814

制作で、パテを塗ったスタイロフォームをサンダーで削る作業をしていたら、隣のおばちゃんが敷地境界のフェンスに両手をかけて、ものすごく興味津々な様子でこちらを見ていた。目があったので挨拶をすると「それは、なんですか?」と。なんと言おうものか少し迷って、「作品を作っているんです」と答えたのだが、おばちゃんはまったくわからない、という様子で首をかしげた。遠くて聞き取れなかったのかと思い、すこし近づいて「彫刻作品をつくってるんです。展示会用の」と説明したのだが、それでもおばちゃんはぽかんとしている。ほんとうに「ぽかん」としていた。人があれほど素朴に、ぽかんとした表情を浮かべているのを見たのは初めてかもしれない。まさに「ぽかん」としか言いようのない顔だった。
作っているものの形についてのほうが通りがよいかもしれないと思い、「カラーコーンを作ってるんです」と、ジェスチャーをまじえて説明した。しかしそれでもおばちゃんはぽかんとしたままで、そればかりかすこし困った顔をして「何も知らなくて・・・」と申し訳なさそうに、自分の無知を心底恥じるように言った。僕も申し訳なく思ってしまった。「道路に、赤い三角形のあるじゃないですか」と、僕は両手で必死に三角形を作り、カラーコーンを想像させようとした。するとおばちゃんの表情がぱっと明るくなって、「ああ! あの、危ないところに置いてあるやつですか」と言った。
「そうそう。あれを作ってます」
「まあ、なんでもできて・・・」
「ははは。いえいえ」
「すみませんねえ、お邪魔して」
「いえ、とんでもないです。今日、暑いですね」
「暑くなりましたねえ。・・・なんでもできて。お邪魔して申し訳ありませんでした」
「いえいえ!」
というような短いやり取りだったのだけど、しばらく経ったいまでも、この出来事が体にまだ残っている。このおばちゃんはすばらしい菜園家で、毎日作物の面倒をきちんと見て、しっかりと手入れをし、ネギやシソや、色々な野菜をたくさん実らせている。「何も知らない」わけがない。庭をちょっと見るだけでも、僕が知らないことをたくさん知っていることが一目瞭然だし、とても腰が低くて、目があったときすぐに挨拶ができるようにさりげなくこちらに気を向けているし、挨拶する時もきちんとこちらをむいて、頭を下げてくれるような、やさしいおばあちゃんなのである。おばちゃんとは挨拶程度の言葉しか交わしたことがないが、菩薩のような佇まいから、僕はいつも何かを学ばせてもらっているのである。
しかし、おばちゃんは「何も知らなくて」と言った。まるで柳田國男の本に出てくる、田舎村の農民のような謙虚さで、自分が無知であることを恥じていた。僕はなんと答えたらよかったのか。「いえいえ」なんて言葉ではなく、「とんでもないですよ。畑の野菜だって立派に育てているし、僕が知らないことをたくさん知ってるじゃないですか」と言えばよかったのだろうか。あるいは、何かを知らないとしても、それはおかあさんのせいじゃありませんよ、とか言えばよかったのだろうか。後者はちょっと偉そうだ。でも何かを知らないとしても、それはこのおばちゃんのせいではない、ということは、おばちゃんが僕に向けてくれる常日頃の誠実な動作から窺い知ることができる。それに、何かを知らないことを宣言できるのはとてつもないことだ。

Posted by satoshimurakami