07051114
勉強堂に向かう途中の総武本線。ある駅で電車が止まったとき、ちょうど自分の左の窓の外、目線よりも高いところに、白黒と猫が座っていた。猫はマンションの窓のふちの、カーテンと窓のあいだにいた。廊下の採光のためにとったあるような小さな窓。猫はじっとしている。たまに下を見たり、正面を見たりしているけど、基本的に、窓の外の景色を楽しんでいるような感じ。いつもそうしているのかもしれない。落ち着きがある。猫と自分のあいだにはふたつの窓があり、その窓と窓の間には外気がある。電車が止まっている1分余りの間、じっと視線を送ってみたけど、猫とは目は合わなかった。人間と人間も、こんな感じなんじゃないかと思った。誰もがそれぞれの家に住んでいて、窓越しに話をしたり、物をおくりあったりしている。他の人からは、その人の家は、窓から見える部分しか見えない。なにかをすぐに出てきてほしいと、人にお願いしたとする。その人はわかった!と言ってからばたばたと家の中に引っ込んでしまう。しばらくまっても、その人は出てこない。なにをそんなに準備することがあるのか、こちらからはわからない。その人の家のなかのことは、その人しかわからない。例えばすぐにでかけようと思ってたけど、反対の窓から、隣の人に話しかけられてしまって、時間をとられているのかもしれない。家の中にはたくさんのものがあり、窓から見える部分は綺麗に掃除され、ほこりひとつ浮いてない家でも、人の目が届かない窓のない部屋のなかは、ゴミと荷物でぐちゃぐちゃだったりする。いくら声をかけても窓を開けてくれないこともある。いつも開いている、めっちゃでかい窓がある家に住んでる人もいるし、廊下に小窓が一つあるだけ、みたいな人もいるかもしれない。私たちは外気で隔絶されている。こちらの窓があいてるときで、かつ向こうのまどもあいているときでないと、話もできない。家と家がすごく近くて、窓ごしにりんごが手渡せるような関係の人もいるし、双眼鏡でやっと見えるような遠くの家もある。
その家はいつもカーテンがしまっている。あかりはついてるから、いることはわかっているのだけど、窓があいているところは見たことがない。