0821
8月13日から20日まで、愛知トリエンナーレの仕事で瀬戸に泊まり込んだ。尾張瀬戸駅前のホテルルートインに7泊。13日は版築の作品をつくるための下準備。14~16日、18~19日は版築作品の実制作。Hive Earthのクワメ、ラーニングの辻さん、松村さんと、陶磁美術館の岩渕さん、佐藤館長、澤井さんが主なメンバー。他に、毎日6人のバイトの大学生たちが来てくれた。クワメははるばるガーナから来ている版築のプロフェッショナル。土を見ただけで、触らずともそれが版築に向いているかどうかわかると言っていた。底抜けに明るくて体力も段違いで、きつい作業ではあったけど、彼の雰囲気に終始救われ、無事作品は完成した。版築はサスティナブルで、エコフレンドリーな技術であり、それをすこしでも多くの人に広めたいというまっすぐな信念がある。テレビの取材に対しても、「今後やってみたいことや夢はなんですか?」という質問に対して「人はみんな一つの種族だから仲良くやっていける世界になってほしい」と、一点の曇りもない瞳で答えていて、こんなにもまっすぐに、自分が正しいと思えることを目指しているのかと驚いたし、勇気をもらった。真夏に屋外で作業をするのはなかなかタフだったし、なれない英語をずっと聞いて、こちらからもたまに話して、という日々だったので疲れたが、なんか終わってみると清々しい気持ちになっている。
最終日の19日、用意していた土がふた山ほど余った。このまま作品の近くに置いておくわけにもいかないので、みんなで10メートルほど離れた場所に動かすことになった。それが、この合宿のなかでもっとも純粋な労働の時間になった。スコップでひたすらネコに土を入れ、10メートル運んだところにおろし、また戻って土を入れる。これの繰り返し。大人6人ほどで1時間くらいやっていたのではないか。ただでさえ汗だくだったのに、開始2分でさらに全身汗みどろ泥まみれになり、みんな眉間に皺を寄せてものすごい顔になりながら(クワメだけはわりと涼しい顔で黙々とこなしていた)、スコップでひたすら土を動かしていく。A地点からB地点へ、ひたすら移動させる。辻さんは何度もスコップにもたれかかってうめき声を挙げていたし、岩渕さんも今までに見たことないほど顔が歪んでいた。途中で辻さんが「フランシスアリスの作品で、こんな感じのやつあるよね」と言い出し、それは《信念が山を動かすとき》というタイトルだと私が言い、二人で「信念!」と口にだして大笑いした。「信念」ということばがなぜか無性に面白く感じられた。そこから私は頭の中でずっと「信念」「信念が動かす」「信念が山を動かす」と呪文のように唱えながら、スコップを動かし続けることになる。最初は、目の前の山の大きさに対して自分がスコップで救える土の量があまりにもすくなく、この山を移動させることなど可能なのか?と疑ってしまうくらいだったけど、やっているうちに確かに土は減っていった。「減ってるよ!」「さっきより減ってる!」とみんなで励まし合いながら、山にスコップをさしつづける時間。だんだんハイテンションになり、「やれば終わるから」「やってれば終わるんだから」と言って笑う。とてもきついけど楽しさもあった。そして山は動いた。さっきまでここにあった山が、あっちに移動している。信念が山を動かしたのである。それが美しく感じられるのは、決断によるものだと思う。私たちは「山を動かす」という決断を下した。いったいどのくらい時間がかかるのか、そもそも今日中に終わるのかもわからなかったが、それでも私たちは山を移動させることを決断した。そして、それは「山は動かすことができる」と信じる力(信念)によって成し遂げられた。
この合宿期間中、あらゆる場面で頻繁に記録写真や映像を撮っていたが、このときだけは、誰もその余裕がなくて、記録がいっさい残っていない。山を動かすあいだの、あのタフで豊かな時間を知っているのは、作業に参加した私たちだけである。何も知らない人がやってきて、土の山の存在に気がついたとしても、この山が別の場所から人間の手によって移動されたものであることは知りようがない。記録が残っていないということが、あの作業を美しいものにしている。
20日にはみんなで少年院に行き、4人の少年たちを相手に版築のワークショップを行い、30cm角くらいの版築ブロックを6つつくった。なかに「一生の思い出だから、これ(自分でつくったブロック)を持って帰りたい」と言った少年がいた。たった1時間あまりのワークだったが、これは一生の思い出であると。そのこともしみじみと心に残っている。少年のこれまでの人生や、今後の人生のこと、ひいては私自身の人生についても考えさせてくれるひとことだった。
帰りの車で、世界は広いなと思った。世界は広い。私が知っているよりも、私が、自分は知らないなと想像する範囲すらよりも、もっともっと広い。