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大学の先輩の當眞さんからの知らせで長尾重武先生が亡くなったことを知り、お昼前に大町から車で東京へ向かい、途中涼ちゃんに運転を代わってもらって助手席でパソコンを開いてミーティングをしながらつつじが丘アトリエに夕方着。パスタを食べて大町から車に引っ掛けてきたスーツに着替えて高円寺の斎場へ。なんとなく、シラフでいるのが辛く、自意識が肥大しすぎてシラフのままで一人で斎場に入っていく勇気も出ず(勇気などいらないのに)、高円寺に着いてからコンビニで缶ビールを買ってしまった。酒を飲んでから通夜に行くのは明らかによくない気がするが、長尾先生なら許してくれるだろうか。たぶん笑って許してくれるだろう、などと勝手なことをぐるぐると考えながら街をうろうろ歩き半分ほど飲み干し、斎場の建物の裏の出っ張っているところにコンと飲みかけの缶ビールを置いて斎場へ入った。

長尾先生は、在学中よりもむしろ卒業後によく話した。神楽坂のプロジェクトに呼んでもらったり、八郷のプロジェクトでもお会いした記憶がある。特に移住を生活するを気に入っていたようで、長尾さんの著書『小さな家の思想』という本のなかで紹介してくれたり、本を送りたいから住所を教えてほしいといった理由で何度か電話をくれたりもした。ふだんあまり鳴らない電話が鳴るのでポケットから取り出したら着信通知画面に「長尾先生」と表示されている場面が網膜に焼き付いている。なんのお祝いだったかは忘れてしまったけど、普通郵便で(確か本に挟む形で)一万円札を贈ってくれたこともあり、慌てて電話でお礼をしたのだけど、そのあとに「普通郵便で現金を送るのって法律的にアウトじゃないのか」と気がついて笑ってしまった。長尾さんは笑顔の印象が強い。斎場に飾られていた白黒写真の中の少年期の長尾先生も、今と同じように笑っていた。「笑い方が一緒だね」と、私の後ろにいた人たちも話していた。お通夜では顔は見れなかったが、ひとまず行けてよかった。81歳。まだ若いように思う。
聖也と土屋先生にばったり会った。聖也とはコインパーキングですこしだけ立ち話をして別れ、さきほど置いた路上の缶ビールを取って続きを飲みながら駅へ向かっていると土屋先生が向こうからやってきた。土屋先生、と声をかけたら土屋さんは「どうも」と、完全な外向きの微笑をみせてくれたのだけど、続けて「村上です」と名前を明かしたら表情が崩れ、「なんか雰囲気変わったなあ」と驚いていた。そのまま中央線で新宿駅まで話しながら帰った。学生時代を含め、これほど長い時間2人で話したのは初めてなんじゃないか。土屋さんはしきりに私が「美術で食えているか」を気にかけていた。最後に「まあ、この世界に入った以上、選ばれた人間だから、頑張ってください」と言われ、「ある程度はそう思ってます」と返した。今度柏のアトリエに行ってもいいですか、と聞いたら思いがけず「いいよ」と言ってくれた。「基礎造形から僕の美術は始まりました」とお礼を伝えられてよかった。このことをちゃんと伝えられてないようが気がしていて、すこしもやもやしていた。長尾先生には、生前はきちんとお礼を伝えられた気がしないけど、今回霊前でしっかり頭を下げられてよかった。

Posted by satoshimurakami