1109「あいち2025」ハイブ・アースの話
ハイブ・アースのクワメがラーニングチームとの初期のミーティングで放った伝説のひとこと「君たちがやりたいことをなんでも実現するよ!」という言葉は、一見奇妙に聞こえるけど、キュレーターがいてテーマがある芸術祭に呼ばれた作家の言葉としては、むしろ自然だったのではないか。
もともとハイブ・アースとラーニングチームとの協働は芸術監督のフールさんからの要望で始まった。私たちラーニングチームとしては協働するアーティストがどんなものをつくりたいのか、どんな制作スタイルなのかを話し合う必要があり、オンラインでキックオフミーティングをして、そのときにクワメがいった言葉がこれだった。
ハイブ・アースはあくまでも版築のエンジニアであり、自分たちではデザインはしない集団である、という未確定の情報があるにはあって、じっさいどうなのかを確認するという目的もあったのだけど、それがはっきりしたのがこのミーティングだった。正直私は「どうすんねん」と思った。パートナーになるアーティストから「つくりたいものを教えて欲しい」と言われても、こちらにもつくりたいものなど特にないのである。
結果的に建築家である辻さんと、版築の経験がある私でこの件を受け持つことになり、デザインやコンセプト、設置する場所を辻さんと二人で決めていき、途中から松村さんもマネジメントに加わり、さまざまな実験を繰り返し、その進捗をクワメに報告する、というかたちでプロジェクトは進んでいった。そして、「凸」と「凹」というふたつの物体が生まれた。クワメが来日したのは2024年に現地の下見と、2025年8月の実制作の時期の二回で、そのほかはすべてオンラインでのやりとりだった。
この作品に作者というものがいるのなら、それはいったい誰なのだろうとずっと考えていたのだけど、今日涼ちゃんと話していて、クワメの言葉はむしろ作家の態度としては自然だったのではないか、という仮説が生まれた。
誰かがテーマを決めて展覧会を企画し、作家に声をかけるというのが企画展の一般的な流れになってるけど、このとき作家は、展覧会のテーマに目配せをしつつ自分がやりたいことをやるというねじれた構造の中に取り込まれる。クワメの言葉は、「ハイブ・アースという看板を使って、展覧会を通して何かを見せたいのは君たちだろう? だったら、なにがやりたいのか君たちの方から教えてくれ」という意味にもとれる。ものすごくまっとうな問いかけである。テーマのある展覧会に呼んだのは芸術祭側なのに、作家に「やりたいことをやってくれ」とオーダーするのは、とても奇妙なことなのかもしれない。やりたいのことがあるのは、むしろ展覧会の側なのだから。主にレディ・メイド以降、ある種の物語を語る存在のことを作者と呼ぶようになっていることを考えると、「凸凹」の作者は芸術祭自体ということになる。