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新宿の地下にあるカフェ、一番奥の席。隣に座っている女性三人組が愉快すぎる。
テーブルの上にプラスチックケース(ひとつひとつがでかい)をいくつも広げ、中にパンパンに詰まっている缶バッジやトレーディングカードのようなものを出したり写真を撮ったりしまったりしながら、ずーっとしゃべっている。アイフォンをいじりながら、ずっと口を動かし続けている。カードや缶バッジはひとつひとつスリーブに入れた状態で、ケース内には仕切りも作られていて、大切に保管されている。カードには二次元のかっこいいおにいさんのキャラ(なんのキャラかはわからない)が描かれているのが見えたけど、缶バッジの方は光の反射でよく見えなかった。
めちゃくちゃオタクで、ギャルだ。オタクかつギャル。そして新宿に住んでいるようなくつろぎかた。やっぱり東京のカフェはおもしろい。三人はそれぞれに個性的だ。ファッションの嗜好がすこしずつ違うのがとても良い。ひとりはばっちりメイクして短いスカートでつけ爪でデコネイルで髪色ピンクで左手首のアップルウォッチもピンクでキラキラにデコられている。ひとりは化粧っけの薄い黒髪でフレームの細いメガネで水色パーカー、マスクを顎までおろしてしゃべっている(この人は近所に住んでいるのではないか)。ひとりは長髪黒金メッシュでだぼっとしたズボンに黒いジャケット(このひとが一番おしゃべり。「さすが地頭いいね」と言われるようなキャラ)。リラックスしていて、いつもこの店でこうやってだべっているのだなあと想像できる。生い立ちや家庭環境はそれぞれに違っていて、中学校とか高校で出会っていたら友達にはなっていないかもしれないけれど、大人になってから推し活を通じて親友になった、というストーリーを想像すると泣ける。
「髪短いのめっちゃいいよ!」
「え、ほんと?」
「うん。若返った!」
「ははは」
「うれしい。若返りたい!」
「〜の30歳の歌、めっちゃいいよ。30歳。同い年なのかな」
「ポケモンのさ、〜が29歳までなら割引でさ。うちは29だからいけんのよ。でも〜は30だから」
「アウトだわ」
という会話から、29~30歳であることがわかった。別に聞き耳を立てているわけではなく。席間隔が30センチくらいしかないから聞こえてくるのだ。
他にも「このあいだ缶バッジ三十個買ったんだけどさ」「明日のバイトは〜時からだから……」「ネグリジェで行ったらボトル入れてくれんじゃない?」「いや、恐竜パーカーでいくから、あたしは。もう宣言してっから」「おひざがちょっと、くぅってなる」「いえーい。どうせ延長だわ」などの断片的な言葉が聞こえてくる。特にパーカーと黒金メッシュのふたりの語彙が豊富で、おもしろい。「アクスタ」という言葉も聞こえてくる。缶バッジ・カードの他にアクスタ(アクリルスタンド)もあるらしい。
地下のカフェの奥の席で集合してる感じとか、いまという瞬間をめっちゃ楽しんでいるのが伝わってくる。なぜか「戦争反対」という言葉が浮かんだ。戦争をしてはいけない、ぜったいに、と思った。

やがて黒金メッシュのひとが「じゃあ、俺は行く」と言ってすっと立ち上がり、「ありがとう〜」「明日無理しないで。また明日ね〜」と見送られながら帰っていった。
「じゃあ、俺は行く」という捨てぜりふ、めちゃくちゃかっこよかった。

レジの方から彼女たちと同世代くらいの別の女性が近づいて来て、パーカーのひとに声をかけ、カードを差し出した。
「あ〜ありがとうございます〜」
「こちらです」
「まさか同じ場所で」
「またなにかあれば、ぜひお願いします〜」
と、互いのカードをトレードしている。どうやら、おなじ店内の違うテーブルで同じようにグッズを広げていたひとらしい。こうやって、どこからともなく人がやって来ては、挨拶をして、カードなどを交換して帰っていく、というやりとりをもう4回目撃した。交換文化があるみたいだ。なんのカードなんだ。
パーカーのひとが「ちょっと、上いってくる。今来てるらしいから」と言って席を立ち、しばらくするとやっぱり新しいカードを手に戻って来る。
ピンクのひとが「私はもう今日は終わったわ」と言う。
私がまったく知らない界隈が、トレーディングカルチャーが、共同体のありかたが、この世界にはあるらしい。わたしたちは、同じ街を、違うしかたで利用しているのだなと思った。あたりまえだけど。その違うしかたのひとつを見させてもらったことで、それがよく想像できるようになった。

ここにきて、彼女たちがこうしてだべっている理由が見えてきた。グッズ交換を行なっているのだ。この新宿のどこかで同じように集まってだべっているひとたちと。今日はなにか特別なイベントがあったのか。それとも、このような交流は常時行われているのか。

黒「いいひとなイメージ。いいひとっていうか」
ピンク「強欲じゃない」
黒「そうそうそうそう」
ピンク「それが普通だよ」
黒「それが、普通なんですよ」(空中をチョップするようなジェスチャーとともに)
ピンク「強欲なばあさんにはなりたくない」
黒「ばあさんたちの、強欲さといったら」

ピンク「はなちゃんて水色似合うよね」
黒「ほんと?嬉しい。好きだからうれしい」
ピンク「似合うわ」
黒「ピンクとかあんま着ないしね」
ピンク「あんま見ないわ。似合うと思うけどね」

ピンクの人が持っているバッグには、同じキャラクターの缶バッジが何十個も整然と並んでつけられている。Sympathy Kissとある。Nintendo Switchの恋愛シミュレーションゲームらしい。「オトメイトストア」と描かれた袋もある。
調べたら、これだった
https://www.otomate.jp/event/sympathykiss_winter/
今日は新グッズの発売日だった。謎が解けた。
ということは、今日新宿だけで何十組ものグループが同じように、別々のカフェで集まってだべっているのだろう。
ピンクのひとがおそらく、交換相手と携帯でやりとりをしていて、相手がカラオケにいるらしく、「どこのカラオケだろう」とパーカーのひとに聞いている。カフェのほかにカラオケにもこういう集まりがあるようだ。さっきは「会議室」という言葉も聞こえて来た。
「たぶん道渡ってちょっといったところ。どちらのカラオケでしょうかって聞いてみたら」
「行ったほうがいいかな」
「あっちから声かけたら来てくれるけど、こっちから声かけたんなら、行ったほうがいいかも」
そういって二人は席を立ち、店を出ていった。隣に彼女たちがいたおかげで読書も仕事もまったく手につかなかったけれど、とにかく声が弾んでいて楽しそうで、こちらまで幸せな気持ちになった。新宿の地下の片隅で、こんな祝祭が行われているなんて知らなかった。

勉強したこと
・誰かの代わりに何かを買いに行くことを「代行する」と言うらしい

Posted by satoshimurakami