卒業検定の日。仮免の時と同じように7時50分に教習所に集合。ただし今回はホテルのチェックアウトを済ませて荷物をまとめて荷物と一緒にバスに乗る。バスには二十五人くらい乗っている。ちょっと曇ってるけど、風はあるけど、青空だ。ざまーみろ。雨は全くふってないし降る気配もない。

検定前に、教習所内の倉庫のようなところで溶接の作業をしていた五十嵐さん(彼は溶接もできるらしい)が「今日検定か。大丈夫。歩行者と自転車に注意してな。」と言ってくれた。嬉しかった。

卒業検定も、仮免検定と同じく1番目だった。卒検は運転だけで学科試験はないので運転に全てをかけるしかない。しかしやらかしてしまった。終盤までは割と上手くやれていたとおもうけど、最後の最後に「駐車」(この駐車という言葉に気を取られて左側の確認が甘かった)するときに、縁石に乗り上げてしまった。もうこれはダメかもしれんと思ったけど、不思議と検定中止(『危険行為』や明らかに減点が多いときは中止になる)にはならず、そのまま校内での縦列駐車の検定までやって終了(さらに終了後に色々注意点とかアドバイスをもらった)したので、どういうつもりなのかわからない。教官は初対面の、ちょっと不思議なおじちゃんだった。合格発表まではすこし時間があるので緊張状態が強いられる。Brassed offの続きを見ようか本を読もうか・・。それともメールを返そうか・・。もし落ちたら次に検定が受けられるのは火曜日なのであと3泊することになる。明日と明後日はかなり時間ができるだろからその時間をつかって、ぐっと集中して小説を進めようなどと考えている。一週間だれにもメールを返していなかったので、合格発表を待っている間に5通返した。あと3通返さなければならない。メールを書くのは嬉しいはずなんだけど書き始めるまでが面倒くさい・・掃除みたいだ。受かっても落ちてもどっちでもいいや。落ちたらホテルに安く泊まれて仕事ができると思えば。映画も観れるし。本も全然読み進めてない。

そして落ちた。受けた人は30人はいたと思うけど僕の他に4人くらい落ちていた。落ちたことがわかったあと、受付で「どこに泊まるかとか、延泊の手続きがあるので合宿事務所にすぐに行ってください」と言われたので行ったら、初日にバスで僕たちを駅まで迎えに来ていた職員のおじさんに「村上くん?ちょっと待ってて」と言われて「顔と名前覚えてるんだなあ」と、嬉しいよりもちょっと怖くなった。事務所に入ったら、初日に登場して以来姿をほとんど見ていなかったBOSSがいた。彼は「合宿事務所」内の偉い人らしい。僕が入るなりBOSSが「村上さん、も来たね」と呟いていた。なんでみんな名前と顔を知ってるんだ・・。BOSSは

「どうしてそんなにたくさん落ちたの~。みんなの内容見たけど、中止項目やらかしてるから、自覚症状あると思うけど、君は何やらかしたの?」

と、一人ずつ落ちた理由を尋ねていった。最後に

「村上さんは?なにやったの?」と聞くので

「最後に縁石に乗り上げちゃいました」と笑って答えたら

「そんな左に寄せなくていいから!あんまり離れてると問題だけど、寄せすぎなくていいんだから!」と言ってくれた。そして最後にみんなに「もう落ちんなよ」と励ましてくれた。

「落ちたので、一度補習を受けてもらいます。補習は月曜日です。今日はもう何もありません。明日も、何もありません。明後日が補習。」

とのことで、突然1日半の自由時間が与えられた。

自動車免許の合宿なんかに時間をかけてる場合じゃないのに何やってんだと思いながら歩いてホテルに向かったけど、歩いてるうちに「この機会を何かに活かさないとだめだ」と思って、小説を進める意欲がメラメラと湧いて来たのだけど、ホテルに着く頃にはなんか歩き疲れてしまって、部屋(312号室から212号室になった)に入ってから小説を1時間くらい進めたけどどうも打ち込めないので、やはり映画を見ようと思い、Brassed offの続きと、アマゾンプライムで「バットマン ダークナイト」と「太陽の王子 ホルスの大冒険」を見た。ブラスは良かった。炭鉱労働者によるブラスバンドのお話。実話に基づいている。「炭鉱はもう過去のもの」なので、90年代半ばにイギリスではたくさんの炭鉱が閉鎖された。職を失った人たちが大勢生まれた。その炭鉱労働者たちが仕事仲間で100年以上続くブラスバンドをやっている。炭鉱が閉鎖されてしまうので、そのブラスバンドの存続も危なくなるけど、というお話。最高だった。ダークナイトは大変に重い映画で、すごく疲れてしまった。マーベルもDCコミックスも、ヒーロー像を模索している。『バットマンはただの無法ものの市民じゃないか』という「シビルウォー」にも通じる問題を扱っている。なにが正義で何が悪で、誰かを守れば誰かが傷つき、誰かをやっつければまた別の何が生まれる。重い・・。フェリーにのった市民と犯罪者たちが、お互いに爆弾のボタンをおさなかったという点だけに希望が見えた。あそこでボタンを押されていたら、それ以上続けて見るのは耐えられなかったかもしれない。太陽の王子ホルスは素晴らしい映画だった。。人は不完全だから愛おしい。

ホテルも教習所もだいぶ雰囲気が変わって来た。30,40代らしき人がふえてきた。皆訳ありのような、味わい深い表情をしている。ホテルから教習所へ向かうバスも、もう満杯になるようなことはないだろう。今日は、朝1時限目から最後の運転教習。なんの取っ掛かりもない、毒にも薬にもならない無口な教官だった。何も言われなかったし、何も褒められなかった。途中、僕の車の後ろに一般車がたくさん連なって走っていたので「後ろ繋がっちゃってますね」と言ったら「はい」と言われて、それで終わりだった。もう話しかけるのはやめようと思った。

そのあと、5時限目からの「応急救護教習」まで時間ができた。まずタバコを切らしていたのでタバコを買いに行こうと思った。完全に曇り空だけど、雲が風で流れていくのがわかる。それを眺めている。教習所の近くのコンビニ前のベンチでタバコを吸っている。僕は29年間生きてきた。いろいろな人に会った。泣いたり笑ったり踊ったり喜んだり苦しんだり悲しんだり、たいへん忙しくやってきた。人を悲しませたり迷惑かけたりもした。自分の人生を自覚的に生きたいとずっと思ってきたし、そのためがんばってきたつもりではあるけど、いま考えると、流されていた部分もたくさんある。流されているということにも気がつかないで。自分は、まず自分と付き合って生きていかなくちゃいけなくて、その上で周りの家族や恋人や仲間たちがいる。僕たちが無意識にすりこまれてしまっている、常識とか、時代によってつくられている感覚を、無自覚なままに他の人との交流で使ってしまうというセオリーから、僕たちは抜けられない。そうすることによって、僕たちはその人に対しても、そのすりこみを行ってしまっている。そうやって僕はすりこみを与えられて生きてきたし、おそらく人にも与えながら生きてきてしまったんだろう。勉強がたりない。とにかく大切なのはまず、目を覚ますことだ。体を動かして、頭を使って、いろいろなところに飛び込んで、自分の無自覚と戦うことだ・・。そして、おそらく全てが完全に達成されることはないまま死ぬだろう。それを受け入れて歩いていくしかない。

4時限目に本免許学科試験の模擬テストをうけてみた。テストをやっていて気がついたのだけど、テスト中自信がない問題にあたったら印をつけてあとで見直すようにしていて、つまりテストは○×問題なので、何もわからなくても1/2の確率で正解する。なので、自信がない問題でも正解してしまったら、あとで見直そうとは思わなくなってしまうけど、間違っていたら見直すことになるので「この問題が正解なのか確信はないけど多分あってるだろう」というような問題に当たった時「これが正解ならわざわざ見直す必要はないだろう。なので、あとで見直すための印はつけないでおこう」というふうに考えてテストをやっている。こういう問題がけっこう多い。この感覚が不思議なんだ。未来の行動を今の自分が行なってしまっているようで。

テストを受けている最中、今日入校したばかりらしい教習生を教官が案内しているのを見た。「ここが自習室です。自分で勉強もできるし、模擬テストも受けられます」僕らも、16日前に同じ説明を同じようにうけた。僕たちは30人以上いた。今日のは2,3人しか生徒がいなかった。寂しい。道の駅に2日間滞在したりすると、こういう気持ちになる。テストは99点だった。なんかすごいぞ俺。こんな状態で99点とは。えらいぞ。

模擬テストの担当教官が百地先生だった。

「99点。いやあ、すごい。100点とりたかったっすねえ。」といいながら99という数字を回答に書いた。嬉しい。その後さらに先生がなにか呟いてたので、え?と聞いたら

「滅多に見ないっすよこれ。いやあすごい。100点取りたかったっすね」

と言われた。飛び上がるほど嬉しい。彼は褒めるのがうまい。本当に「いやあ、すごいなあ」としみじみした感じで言ってくれる。素敵な先生だ。この先もこの学校で、体に気をつけて頑張って欲しい。僕が卒業したあと、いつか掛川に来ることがあるだろう。そのとき「あの教習所では今日も、あの時より少しだけ歳をとった百地先生が『いやあ、いいっすねえ』と言って生徒を励ましてるんだろうな」と思えるだろう。それはとても素敵なことだ。

テストの見直しで「追い越しにメリットがあるか」を実験した結果が教科書にのっているのを発見した。国道一号線の静岡駅前から愛知県境までの102.6キロメートルの区間を、A車は時速60キロで走行、出来るだけ多くの車を追い越す。B車は時速50キロ以下で走行、絶対に追い越しをしない。というルールで二つの車が目的地に到着するのにどれくらい差が出るかという実験があるらしい。結果はA車は83台の車を追い越し、2時間19分で到着。B車は77台の車に追い越されながら、2時間29分で到着した。わずか10分の差だったらしい。

5時限目からの応急処置教習は3時限連続の教習で、僕を含めて10人の教習生と1人の教官が仲良く同じ部屋にずっと居た。あの茶髪のにーちゃんも建築のにーちゃんも居た。建築のにーちゃんと、講習が始まる前に少しだけ話した。

「明日卒検すか?」

『はい』

「どうすか?余裕すか?」

『いやあ、緊張しちゃうと思うからわかんないなあ』

「緊張しますよねえ」

と言う会話。その後はとくに何も話さなかった。ひどく酔っ払ったと思った時や、酔っ払った人を寝かせるときは必ず横向きに寝かせてください、という話や、AEDの電気パッドはめちゃめちゃ粘着力が強く、一度間違えた場所に貼ってしまったら薄皮が剥がれるくらいらしいので、救急隊が来るまで貼りっぱなしでいい、なのでものすごく胸毛が濃い人相手にAEDを使うときはその粘着力をつかって一度ビッと胸毛をひっぺがしてしまい、予備の粘着パッドを使うという方法がある、という話が面白かった、

心肺蘇生法は

1「意識の確認」

2「119番通報をする人・AEDをもってくる人を指名する」

3「呼吸の確認」

4「呼吸ない場合心臓マッサージ30回(成人の場合5cm胸が沈むくらいの強さ)」

5「人工呼吸2回」

6「再び心臓マッサージ30回・人工呼吸2回の繰り返し」

(救急車が来るまでの時間(全国平均で約8分)これをやり続ける。)

という流れ。講習は人形相手だったけれど、本物の人を相手にして、その胸を5cmも沈むくらいの力で押し込む勇気が持てるか不安だ。さらに、被害者になんの反応もない場合、それでも8分やり続ける気力がもてるだろうか。これまでにも何度か教わった気がするけど覚えてない。このくらいは覚えておきたい。役に立ちそうな講習が受けられた。これを受けていないと、運転免許を持つ資格なしということになっているらしい。

そのあと送迎バスでホテルに戻って来た。雨が降っているので歩かなかった。歩けば靴がびしょびしょになってしまうからだ。ホテルのロビーにある自販機で買った「麒麟 淡麗 生」を飲みながらテレビで水戸黄門を見ている。フロントにチップスターののり塩味が売っていたので買って食べて見たが全然だめだ・・。湖池屋にもカルビーにも程遠い。水戸黄門をわかる範囲で説明すると、なんか意地悪な女の人がいて、それに苦しめられてる女の人がいて、その女の人を水戸黄門が助けそうな展開だ。水戸黄門は、今回は敵が偉い人で「この紋所が目に入らぬか」というあのシーンがなかったのでカタルシスはあまりなかった。

テレビを水戸黄門の途中で消し、昨日の日記に書いた、最後に威風堂々が演奏される映画をネットで見つけられないかと思って「威風堂々 映画」で検索したら割とすぐに、その映画が「ブラス!」(原題Brassedoff)という映画だということがわかり、さらにニコニコ動画にその全編がアップされていたので見始めた。8時前にご飯を食べに下に降りた。ご飯を受け取るときに自分の部屋番号を言う必要があるのだけど、例の厨房のチャーミングなおばちゃんが、今日初めて僕が部屋番号を言う前に「312だっけ?」と言ってくれた。覚えてくれた。

「僕明日で卒業なんで今日がご飯最後なんですけど、とっても美味しかったです。ありがとうございました。」

と言ったら「最後の晩餐だ。がんばって」と言われた。ホテルの食堂というかロビーにはあの茶髪のにーちゃんが他の合宿生2人と話していた。彼は、全く表情を変えないまま誰にでも話しかけることができるという特殊能力をもっているらしい。

昨夜、カーテンを閉めて寝たにもかかわらず、今朝も6時ごろには起きてしまった。曇り空。7時半くらいまでごろごろして、8時25分のバスで教習所に行った。バスの人数も減って来た。新年度が始まっているのを感じる。年度と年度のあいだに混みあうのが教習所なのだ。

今日は、2時限目から2時間連続で高速道路の運転教習だった。三人グループでやると聞いていたけど、二人だった。人数が減ってきたからだろう。そういえばこのあいだの路上停車教習も三人と言われていたのに二人だった。高速教習を受けるもう一人は時々見かける、いつもスターウォーズのトートバッグ持ってる女の子だった。100キロで走るのは、大変神経を使うことがわかった。少しのハンドル操作が車体に大きく影響する。集中を要するので、ハンドルを片方放すとかはできなさそうだ。高速を走ってる最中に雨が降り出してすこし焦った。ワイパーを動かしたんだけど、雨が止んだ後もワイパーが動きっぱなしだったことに気がつかず、助手席の教官が黙ってワイパーを操作してとめてくれた。

雨がやむ。という言葉からは、「時間でやむ」という連想があるけど、高速道路を走っている最中に車に雨が降らなくなることも、雨がやむでいいのか?時間と空間は切り離せるものではなく、ここには「時空」というものがひろがっているのだと考えるのが相対論の前提らしいけど、時空というのは「高速で走る車のなかで、雨がやんだ」というようなことだろう。

高速教習の後、もう一回マンツーマンで一般道の路上教習があった。そのさい、花鳥園の前を通りかかった。塀に、たくさんの鳥や鳥と遊んでいる人たちの大きな写真がたくさん貼られていた。とても楽しそうだ。

そのあと、人でごった返すこともなくなった食堂でご飯を食べて、午後に2回目の模擬テストを受けた。95点だった。これで2回合格したので、卒業検定を受けられる。いよいよ明後日には卒業検定だ・・。テストの後はさっさとホテルに帰った。曇り空だけど、雨は降ってない。

晩御飯はタルタルソースっぽいものがかけられた唐揚げだった。僕と同じ日に入ってきたオートマ限定の人たちが今日卒業していった。ホテルのラウンジというか食堂みたいなスペースは、僕がここに来た日と比べると、大変閑散としてしまった。猿でも屍でも、いなくなるとすこしさみしい。ぼくの他に4人いるだけだ。二人組の女の子が僕のすぐ後ろで話していて、まわりが静かなので丸聞こえだった。

「あの子おとなっぽいよね。二十代後半かと思った。」

『えー!それはないっしょ。』

「同い年って実感ない。あの子、どう?」

『うーん』

「かっこいいよね。タイプじゃないけど。」

『タイプじゃないんだ』

「まわりの女の子、すごいよね。女の子から話しかけるって。私そんな勇気ないわ。誰かいる?かっこいい人』

『うーん。こっちにきてからってことでしょ?・・さっき話してた子かっこいいと思うけど。わたし人の顔すぐ忘れちゃんだよね。学校ではよくみるけど・・』

「ホテル違うからね。会わないよね。・・・ナンパしちゃえば、とか言われたんだけど。逆ナンてすごくない?!そんな勇気ないよ。相当だよ逆ナンて。このホテルに泊まってるさ、ヨーロッパのハーフの子がさ、女の子と手繋いで歩いてるのみたんだよね。コンビニ行ったときにみたんだけど、わたしがみた途端手放したんだよね。バレたくないんだろうなと思って」

などなど、大変楽しそうにしている。彼らはマジで修学旅行みたいな感じで合宿免許に臨んでいる。というか、そういう臨み方しかできないんだろう。しばらくして彼女たちは「お風呂はいろ。はいった?」などと言いながら部屋に戻っていった。

昨日から今日にかけて、講習のあいまの空き時間やホテルに帰ってからの時間で

・プライベートライアン/スピルバーグ

・ターミナル/スピルバーグ

・300スリーハンドレッド/ザックスナイダー

をみた。300以外は一度見たことあるけど、完全に忘れていた。ターミナルは何度も泣いたけど、違和感もあった。

もう何年も、タイトルもストーリも思い出せないけど強烈に頭に残っている映画があって、多分映画のクライマックスあたりで、背が高くて天井がない観光バスみたいなものに少数のオーケストラが乗っていて、走りながら「威風堂々」を演奏するというシーンだけ覚えているのだけど、ずっと思い出せない。あれはなんていう映画だったか、、

俺なにやってんだか(笑)って。自分を笑うことを覚えろよ。ニーチェが教えてくれたように。何があっても自分を笑えよ。毎日天気が良すぎて、それでもう笑けちゃうよ。「文句のつけようがない天気だな!わはは」不安とか満たされなさに、これでもうさよならできるぞ、もう苦しくならないですむぞと毎日思いながら、いつも結局さよならできない、なにやってんだかって自分で笑って、それで歩いていくしかない。ほんと賑やかな人だ。退屈しないよ。俺会議を開いている。男が、寝不足でフラフラしながら会議室入ってきて、われわれはいま、試練の時を迎えております。突然幸せになったり不幸になったり忙しいですね。体力だけはついたかもしれませんね、でも寝不足のほうは、もしかしたら部屋のカーテンを閉めないで寝てるからというだけの理由かもしれません、と報告して。村上慧さんは、この度の合宿で進めようと思っていた小説が一向にすすみませんね。合宿での出来事は辛くも刺激的で、日記は書けているんですが、さてどうしたらいいでしょうかねと別の男に話しかけているが男は聞こえていないふりをしている。また別の男はいつもの服で会議室に座っていて、いつもと同じように話す。わたしから報告することはなにもありません。29年間、正確に仕事をしてきました。これからもそうします。私からは以上ですと言ってシメる。

今朝も5時半ごろに目が覚めてしまった。だけどふと、「早い時間に起きちゃうのは、カーテンを閉めてないせいで朝日が顔に差し込んでくるという単純な理由からではないか?」と思った。今夜はカーテンを閉めて眠ろう。

今日は、日曜日から繰り越した座学を二つ午前中に聞いた。教室に入ると、仮免許検定で落ちたのであろう、あの茶髪のにーちゃんや例の建築の青年がいた。懐かしい気持ち。座学の内容は「死角と運転」というやつ。あの、普通の先生だ。2輪車と4輪車のいろいろな位置関係における注意点や、事故は右直事故が多いという話や、交差点を曲がる時の死角の注意点や、車自体の死角について、などの話を聞いた。教科書に面白い記述がある。

「無事故運転者は、死角となっているところに危険がないかを探り、常に慎重な運転をしています。しかし、事故を起こした運転者の言い訳を聞くと、

・駐車車両のかげに歩行者がいるとは思わなかった。

・カーブで対向車があるとは思わなかった。

・交差点で右方から車が来るとは思わなかった。

など、死角にある危険を予測せず、先入観で他の交通はないものと自分勝手な判断をしています。」

『事故を起こした運転者の言い訳』という言葉に悪意を感じる。

座学の合間にタバコを吸ってたら、またあの茶髪のにーちゃんに話しかけられた。彼もタバコを吸う。「風強いな」と話しかけて来た。「いつも風強いですよね」と言った。「いくつですか?」と聞かれた。

『29です』

「まだ大丈夫」

まだ大丈夫ってなにがだ?彼は34歳らしい。年上だった・・。免許をとるのは二回目らしい。

『年が近そうな人が一人いるなとは思ってました』

「わかるよねそういうの」

彼は、やはり仮免検定に落ちたらしい。でも「7日が雨の予報だったから、それもあってわざと落とした」と言っていた。『なるほど!』と言った。そんな方法があるのか。と一瞬思ったけど、でもそれは言い訳ではないか?仮免検定に受かった上で、雨なら雨で卒検受けてみればいいじゃないか。それで落ちたらまたやりなおせばいい。わざわざ仮免検定の段階で一度落ちる必要なんてあるのか?この話から、彼の人格がすこし見えた気がする。しかし免許二回目とは、過去に何があったんだ。彼の表情に漂う諦観の元は、その免許取り消しが関係しているんじゃないか?と思うと彼に興味が湧いてきた。あの顔つきは、絶対に何かを背負っている。

座学のあと、運転シミュレーターを使った実技講習があった。「どんどん事故ってください。シミュレーターで無事故無違反で走られちゃうと、良い講習になりません」と事前に教官から言われてはいたが、5回くらい人やバイクを轢き殺してしまった。車の陰から突然飛び出して来た歩行者や、右折するトラックの後ろから飛び出して来たバイクや、突然車道に寄って来た自転車など、いろんな人を轢いた。幸い子供は轢かなかった。

そのあと、ドライブレコーダーで録画しながらの運転教習があった。まさか室内側にもカメラがついているとは思わなかった。あとでその映像を見ながら色々注意されたのだけどなによりも、運転中の自分の表情が面白すぎる。ずっと眉間にシワが寄っていて、無駄に真剣な表情をしている。運転中こんな顔してるのかと絶望的な気持ちになった。「超真面目な顔で運転してるね」と教官にもいわれた。あと、別の教習生が運転してるあいだ後ろに座っていた時の僕の姿勢悪さにも驚いた。ずっと体を右に傾けながら座っている。多分前をみようとしているんだけど、それにしてもこんな姿勢で座ってるのかと、衝撃を受けた。「ずっと斜めに座り続けてるの、すごいね」と教官にもいわれた。

そのあとは「山道教習」というやつ。山道を運転する練習。あの「もうわけわかんなくなっちゃってるけどごめんね~」の教官だったのだけど、教習中に彼は素敵な話をしてくれた。

「横断歩道ってのは、歩道ですからね。車が通れるように仕方なく平らになってますけど。でも全然止まってくれない車たくさんあるよね」

『ぼくも、車って偉そうだなってずっと思ってました。』

「車は全然偉くないからね。むしろ私たちが使わせてもらってるんだからね。」

あまりにも車社会になってしまったので、この精神を忘れがちなんだと思う。歩行者がまず居て、車というのは特殊な乗り物なので、基本的に車は歩行者よりも謙虚に小さな態度でちまちま走るべきなんだ。荒川修作も『あの道路の真ん中、なんであそこを車が走ってるんだ。あそこを俺たちが歩かなくちゃいけないのに!俺たちが真ん中歩いてて、車が横をちまちま走ってるならわかるよ。だいたい、車が俺より大きいとは何事だ。車は、俺より小さくなくちゃいけない!』みたいなこと言ってた。

「横断歩道以外の道でも、歩行者が横断しているところに通りかかったら、その通行を妨げてはいけない」という法律から、この精神がまだ生きていることがうかがえる。終了後、車の中で「もう今日はこれでおわりでしょ?酒でも飲み行きますか?」と言われ、「まだ卒検の模擬テスト2回合格してないんで(仮免許の時と同じく、模擬テストで2回合格しないと卒業検定テストがうけられない)、テスト受けなきゃなんです」と答えた。「あ、すいませんでした」と笑われたけど、今思えば不思議な言い方だ。あれは「酒飲みにいきませんか?」というお誘いだったのか?・・わからない・・。こういうときどう振る舞えばいいんだ・・。

運転教習後、教習車が停めてある駐車場からタバコをくわえながら喫煙所に歩いてたら、また茶髪のにーちゃんに突然

「すげえ、もうたばこくわえてんの。すげえ」

と、タバコをくわえるジェスチャーとともに話しかけられた。不思議な人だ。

今日のシメに模擬テストを一回受けて見た。全部で95問あり、100点満点で90点以上が合格。仮免検定の2倍くらいの問題数なのですこし疲れる。99点だった。嘘みたいだ・・。1点は、ものすごく初歩的なミスで落としていた。最初から99点とは逆に不安になる。そんで歩いてホテルまで帰って来た。今日は禁酒しようと思ってコンビニでビールを買うのを我慢した。

3つの運転教習。夜帰り道歩いていて、ホテルの近くまで来たときに、路上で例の建築の青年に出会った。「こんな時間までどうしたんですか」と言われた。「散歩が好きなんだ」と答えた。彼はジムでトレーニングをしていたらしい。「俺も散歩好きなんですよ。この道行くと、池があるの知ってますか?走ってるときに見つけたんすけど、家があって、お城も見えてめっちゃ綺麗なんですよ」と池を教えてくれた。その池に行った。池と、桜がある丘があった。月もとてもきれいに見えた。お城は見えなかった。

朝1限目から運転教習。路上停車の練習。停車はともかく、あいかわらず発進が遅れる。半クラッチを見つけるのに時間がかかる。「クラッチを見つける」って言う表現、大昔に聞いたことがあるような気がする。たしか父親から。足の踏み込み具合でクラッチを見つけるわけだけど、足でやってるのに『見つける』っていう言葉を使うのは素敵だなと、幼い頃に思った気がする。

続けて座学「交通事故のとき、自動車の所有者などの心得と保険制度」という内容。不思議な日本語だ。百地先生だった。百地さんが「はいじゃあ原簿集めます」と言いながら颯爽と教室に入ってきたとき、「ももちさんだ!」と嬉しくなった。彼は今日も昨日と全く同じ格好だ。いつも決まっている。

事故の当事者になったり、事故を目撃したときにどういう行動を取ればいいかを教わる講義だったのだけど、今回も百地さんは終始自分の体験談を交えながら講義を進めていた。

「昔、ぴっかぴかに綺麗にして大事に乗っていた自分の車に乗ってるときに、信号待ちで止まってたら後ろからコンッて追突されたことがあります。その瞬間にわたしちょっとプツーンときちゃいまして『やってくれたなこの野郎』と思って車降りて後ろに行きました。そういうときって相手の車なんか見ないですね。自分の車をみて大丈夫かとか、そうなりますね。そのとき大きな4WDの車に乗っていたんですが、ほとんどへこんでませんでした。それで相手の車見たら、軽自動車だったんですけどバンパーがグシャってなっていて『こんなに違うのかー』と思いました。それで、相手の運転席のところに行って『身元を確認しないと』と思って、『ちょっと免許証控えさせて』って言おうとしたら、女性で、もうポロポロ泣いてるんですよ。『泣きたいのはこっちだよ』と思って、免許証もらってメモしようと思って書くんですけど、私ももう動揺していて、手がプルプルプルプル震えちゃって書けなかったです。ああ言う時ってね、動揺しちゃいますよね。今思えば、写真撮ればよかったなと思って、でもたぶん写真もプルプルプルプルしちゃって撮れなかったでしょうけどね。はい、じゃあ次のページ・・」

というぐあい。

「ひき逃げはダメですよ。何で轢き逃げするのかって、私知り合いの現役警察官に聞いて見たことがあります。『こわくてにげちゃう』そうです。そりゃ、怖いですよね。・・わたしたちは人を見たら、もうその人の運転を見なくても、初めての免許か、免許停止されて2回目に取りに来た人なのか、だいたいわかるんですけど。昔。私と同じくらいの歳のお父さんでした。『あー絶対この人二回目だろうな』と思っていました。運転もスイスイやってました。教習中に、私助手席から『免許、初めてじゃないですよね?差し支え無ければ、最初の免許どうしてなくなっちゃったか教えていただけますか?』と聞きました。そしたら表情がどんどん硬くなっちゃったんです。『ああ、これはもしかしたら重い事故おこしちゃったのかな』と思って、マズイこと聞いちゃったなと思いました。なので『あ、無理にお答えにならなくて大丈夫ですよ』と言いました。表情がどんどんこわばっていくので、『これはもしかしたら、相手が亡くなっちゃったのかな』と思いました。そのあと普通に教習してたんですけど、終了五分前くらいに『実は、重たい事故起こしちゃったんですよ』といい話しはじめました。私は『キター』と思いました。『相手の方亡くなっちゃったんです。俺、轢いた時、逃げちゃったんですよ。怖くて。』と言ってました。」

「人を轢いて殺しちゃったら、損害賠償っていくらくらいかかるかわかりますか?・・昔こんなことがありました。教習所の閑散期でね、閑散期は座学もマンツーマンになったりするんですけど、ある日教室に入ったら、みるからにヤンキーな三人組が前に座ってました。その人たちに、事故起こしちゃだめだよ、と言う話をしてました。『事故起こして人が亡くなっちゃったら、いくらくらいとられるかわかる?よし、じゃあ想像してみて、君の大事な人。君、お母さんとか兄弟もだけど、彼女が一番大事じゃない?』と聞いたら彼は『まあ・・うっす・・』と言いました。『じゃあ、考えてみて彼女が友達と歩いてて、なんかアル中の男の運転するトラックに轢かれて亡くなってしまいました。君ならいくらとりたい?』と聞きました。そしたら彼はしばらく考えて、割と自信満々に『・・・俺なら200万とるっすよ』と言いました。そしたら隣の奴が『俺なら300万とるっす』と言いました。それを聞いてた後ろに座ってる三人目のやつが、おまえらわかってねえなって感じだったんで、『じゃあ君なら?』と聞いてみました。そしたら彼も言ったるぜって感じで指を一本立てました。そして言いました。『俺なら、100万すね』『下がってんじゃねーか!』って思いました。なんか3段オチのコントみたいでしたけどね!さあ!みなさんわかりますよね?あなたの事故で人が亡くなってしまったら、1億くらい請求されることも普通にありますからね!4億っていう例も見たことあるな。だからね、任意保険、入ってくださいね。」

また教習の最後に百地さんは

「免許とったあと、初めて家の車を運転するとき、運転しづらいと思う。教習車しか乗ったことないからね。すぐ慣れるけどね。けどね、色々戸惑いはあると思う」

と言っていた。この「運転しづらいと思う」の「思う」の言い方が優しかった。やさしい・・。あのサイコ野郎やレイシストやハラスメント親父とは大違いだ。・・こうやって書き出してみるとこの教習所が素晴らしいメンバーで構成されていることがわかる。美しい国だ。」

百地さんのあとは、なんかまた違う新しい人による「乗車と積載・けん引」という講習。特に特徴のない先生であまり覚えてない。

教習の後、教習所の裏のショッピングセンターで2足200円の靴下を買った。洗濯物が滞りがち。一度部屋に入ってしまったら、洗濯機を回すために部屋をでるのが億劫になってしまう。

靴下を買った後運転教習が二回。うちひとつは路上停車複数というやつで、後部座席に一人教習生を乗せた状態で路上を走り、路上停車の練習をするというもの。他の教習生の車に乗るのは初めて。僕と運転の癖が違って面白かった。彼はギアを頻繁にトップにする。僕ももうすこしトップギアを使った方が、検定的にはいいのかもしれない。

あの建築の青年とすれ違った。すれ違いざまににお疲れ様ですといわれた。彼は3人で歩いてた。よかった元気そうで。話し相手もできたんだろう。

そのあとは、また座学だった。受講生が少なくて、一番前の列のどこかに座らざるをえなかったのだけど、誰が来るかわからないので教壇から一番遠いドア横の机に座った。そしたらあのサイコ野郎が『原簿集めます』といいながら入ってきた。まだ一番遠いところにしてよかった・・。

もう一度強烈な嫌悪感を抱いてしまったので、もう彼のあらゆる挙動や言動が生理的に無理で気持ち悪くなる。講習中、僕が教科書やメモ紙に殴り書きしたものを以下に転写する。

「あのサイコ野郎だ.不必要に大きな声でダミ声でやべえ不快だこんな拷問みたいな時間・・・声がいやだ.もう生理的にムリ.(教習の映像をみながら)『演技力に差がある.上中下で言うと中くらい同じギャラ払ってるのかな』とか、たのむからだまってくれ『こんな大根役者つかっていいんだねーギャラ発生するんだね!!』うざい.うるさい.へんなつっこみを入れるな.声がムリ.ムリな上にでかい.さいあく.さいあく.さいあく.さいあく.さいあく.あとセンスない.嫁とか.『休みがないのにこんな暇そうな女二人の映像見るのいやなの!でも皆さんに見せなきゃいけないの!!こっちは2週間ずっと働いてるの!こんなやすみなんかないんだから!!』こっちのセリフだお前の声を、法的に聞かないといけないなんてふざけてる.」

「ウルセーーー.マジで,そんな音量いらないだろ死ね」

「耳栓があった…よかった…(ここで僕はリュックの中に持っていた耳栓を取り出してさりげなく付けた)耳栓あってもうるさい」

「市役所に行くのに地図を見て話し合ってる二人の女の映像に『市役所なんて目つぶってもいけるよね!!』もでかい声でわめきちらす…」

「みみせんしてからだいぶ落ち着いた..不快な言葉やフレーズを連発はしてるが、「耳栓してる」ということが落ち着けてくれる」

「私の嫁」という言い方も嫌だし、こんなサイコ野郎でも一緒になってくれる人がいるのだと思うと、なんて美しい世界なんだ・・。

気持ち悪くなりそうなのをこらえながら、免許の本試験に出るポイントの線引きだけは逃すまいと教科書とあの男の説明に向き合って50分間・・・。苦痛だった・・。

そのあともうひとつ座学があり(これはまあ普通の退屈な先生だった)、その後最後の講習は「高速道路での運転」という奴で、始まる前は『教官はまともな奴であってくれ』と思っていたし、メモにもそう殴り書きしてある。そして、百地先生が「じゃあはじめます」といいながら教室に入って来たとき「ありがとう神様」と思ったし、メモにもそう殴り書きしてある。

昨日の日記に書き忘れてしまったけど、昨日はあのサイコ野郎の授業の後には百地先生の授業もあった。

「車に働く自然の力と運転」という内容で、最初に彼は「この中には、大雪になる街に住んでる人もいるかと思いますが、掛川では全然雪が降りません」という話から始めた。あのサイコ野郎と比べると、この普通の話がとても優しい内容に聞こえてしまう。

「あれは18年前でした。私結婚したばっかりでいろいろイベントがあった年なので覚えているんですが。新婚でした。夜二人でテレビを見ていたら、天気予報で『明日は大雪になります』と言っていました。嘘だろ~と言ってましたが、翌朝起きて窓をあけたら、一面銀世界になっていました。『おいユキ(妻の名前がユキなのか?)!すごいぞ!』といって女房を起こしました。ベランダに出て、すごいねーと言いました。二人で雪だるま作りました。当時は仲良かったんですね。(ここで教室から笑いが起きる)その日わたしは仕事で、マイクロバスを運転して駅まで教習生を迎えにいかないといけなかったんで、出勤してマイクロバス乗ったんですが、雪なんて降らない街なのでノーマルタイヤです。大丈夫かな~と思ったんですが生徒も待ってるので行くしかない。と、決心して出発しました。それで慎重に走っていたんですが、信号のある交差点で、渡る直前に黄色に変わりました。そういうときあるでしょう?『まいったな、行っちゃおうかな。でも「掛川自動車学校」っていう看板背負ってるしな・・。無理に横断するのはよくない』と思って、ブレーキかけました。そしたらツルーッって滑っちゃって、後輪がグワーってスピンしちゃって、ヤベーヤベー!と思って慌てて体制立て直したんですがバスは全然止まらず、交差点のど真ん中で斜めに止まりました。青になった道路の車から当然クラクション鳴らされました。『おい何やってんだ自動車学校!』と言われました。もう私は「スイマセン。スイマセン」って頭下げるしかありませんでした。もうね、あの日はその後もトラックがスピンしちゃってこっちの車線に回転しながらつっこんできたり、いろいろありまして、生徒を拾って1時間くらい遅れて教習所に戻ってきました。でも他のバスは半分も戻ってきてませんでした。全然生徒が来られないので、あの日は1時限は中止にしたと思います。すごかったですよ。道路をはしってたらあちこちで事故が起こってて、追突はあたりまえで、正面衝突も見ましたし、一番ひどかったのは、完全にひっくり返ってる車もありました。あんなの見たことない』

と楽しい話をしてくれた。自分の経験から、誠実に話そうとしている感じが伝わってくる。百地サンはマトモな先生だ・・。面白くて、優しい。生徒の顔は全然覚えられないらしいけど。

他の教官は基本的に差別主義者ばっかりだ。今日は午後の講義は後日に動かしてもらったので午前中にふたつ座学をうけるのみ。運転教習は金曜日に仮免受かった人たちは今日だけおやすみらしい。二つ目の講座が「特徴的な事故と事故の悲惨さ」という座学。嫌な予感がした。あの眠くするのが上手な教官だった。まず、僕の前に座っているMILANOと刺繍された服を着ている青年の白髪がすごい。苦労してるんだろうか・・。まだ若いのにごくろうさまです。

「事故は年間で何件くらい起こるか知ってますか?・・・50万件くらい起こります。死亡者は昨年が3600人くらいです。一年で割りやすいね。1日10人くらい死にます。この教室(と言って、彼は講習を聞いている生徒の数を数え始める。すごく嫌な感じ・・気持ち悪くなってくる)、・・ちょうどいいね(ちょうどいいってなんだ?後ろの人も『ちょうどいいってw』と言っていた)。まずこの窓際の列の人(僕は窓際に座っていた)、1日目に死にます。次にこの列の人、2日目に死にます。この列は3日目に死にます。この列は4日目、この列は5日目。というように、1週間も経たないうちにこの教室の人みんな死にます。」

このとき手元にあった紙に、僕は以下の言葉を殴り書きしていた。

-笑えねえよ。言葉に気をつけろ。死とか・・。気持ちが落ちてる人のこと考えろクズが。おめーが死ねよ。1週間で70回死ね。

これだけ書いていたので、まだ元気だ僕は。しかしなんでこんなこと言うんだろう。脅かしてるのか?事故に気をつけましょう。ってことなのか?でもそのためにこの教室の人みんな死にます、なんて言う必要ないだろ馬鹿なのか?死なねーし。生きるし。

また、講義中にこのクズは「おーい。うしろのおねーさん。大丈夫?しゃべらないようにね。退出する?」と言って注意する。まあそれはいいんだけど、こうやって人を注意するときに、前に座っている屍たちがみんなして後ろを振り返る。こいつらは何を確認したいんだ?僕は腹がたったので、目の前の青年(白髪の男)を思いっきり見返していた。目は合わなかった。

「速いと運転うまいと思ってる人たまにいますけどね、運転がうまいってのは速いことじゃないですよ。・・走るのは誰でも走れるんですよ。馬鹿でもチョンでも走れます。」

チョンて、今は朝鮮人への差別用語じゃないのか。放送禁止になってる言葉じゃないのか?これはアウトだ・・。何も知らないのか?運転に関することしか知らないのか。他のことは何一つも知らないのか?ずっと教習所にいるから無理もないのか。もしかしたら教習所という場所は隔離性が高い場所で、働いてる人たちはある意味守られてしまっていてガラパゴス化して、独自の文化を築いてしまっているのかもしれない。それともどの会社にもこんなやつがいるのか?就職したことがないのでわからない。

この座学(座学とか呼ぶのも嫌だ)のあと、食堂でご飯(今日はお弁当だった。多分日曜日だから)を食べて出かけた。路上で自動車を運転するという経験を経てあらためて街を歩いてみると、いたるところに、ほんとありとあらゆるところに標識と標示がある。よくもまあこんな大量に、ここは歩行者軽車両道路で、ここは停車禁止で、ここは制限速度50キロで、とつくったもんだと感心する。警察の努力の痕跡。これもこの国の歴史か・・。

教習所がクソすぎて魂が削られていくけどやられっぱなしは癪なので反撃を考えなくてはいけない。なんらかの表現によって。ただでは転ばんぞ、、。反撃をしなければ。考えれば我々はずっとやられっぱなしじゃないかあんなどうしようもない奴らに。あんな・・あんなクズと差別主義者と屍に。物心ついてからずっとやられっぱなしだ。反撃だ。しかしやっかいなのは、奴らは俺の中にいるんだ。忘れてはいけない反撃する相手は自分のなかにいる、、

明日は一限目から運転教習が入っていた(翌日の運転教習のスケジュールが、ホテルの階段の踊り場に毎日貼り出されるというシステムだ)。僕が月を眺めつつ、音楽を聴きながら歩いているときに、聞いている音楽の中で歌い手が「電気を消してくれ 月をみてたんだ」と歌ったときに起こる、二つ走っているものの窓が重なる感じ。面白い。

4月だ。明日もがんばろう。

ベッドに備え付けのアラームが7時にしか設定できない。若干体調が悪いので、昨夜はお風呂に入らずに厚着して寝た。たぶん環境のせいで疲れている・・。こんな神経削られるとは思わなかった。

今日は一限目から座学。久しぶりだ。「適性検査に基づく行動分析」という、気持ちの悪そうな講義だ・・。まず先日の適性検査の結果から、円チャートのようなものを作らせられた。各項目の評価が良いほど円が大きくなり、項目ごとの評価にばらつきがあるほど円がデコボコする。そのチャートを作ってください、と言われた。

「こういう時性格出るよね!自分だけわかりゃいいかってフリーハンドにするやつ、定規で綺麗にひくやつ、あとこれを二つ折りにして仮免のところに差し込んで、事務の人がハンコ打ちやすいようにするやつ、これも性格ね!!」

と教官がやたら大声でわめきたてていたけど、この話には何にも繋がらなかった。無意味に声を発しているみたいでもう最初から不愉快だった。

「いろんな性格の人が、この社会にはいっぱいいるの!ハンドル持つと性格変わる奴もいます。こち亀でさ、本田ってやつがバイクまたがると性格変わるでしょ。ああいうやつ。後ろの車の人がどんな表情をして車を運転しているのか、私たちは路上教習の時バックミラーでそれも見ています!観察すること!これも危険予測につながるの!」

「事故は、起こしやすい人が繰り返し起こすというけいこうがあります!すこしは懲りてほしいですけどね!僕は、運転適性は4A(5Aが最高)でした!運転免許を取る時、会社でやった時、去年試しにやって見た時、全て4Aでした!私は今まで事故を起こしたことがありません!私は事故を起こさない人なんですね!このなかで4Aの人!・・いるね!明るい未来が待っています。僕と同じ人生を歩むことになりますのでね!」

「さて、ここの人が鍵を握っています!3C!(僕は3Cだった)統計的には4割の人が3Cです。重大事故の分布!3Cがバンバン起こしている!これ、本気でとった統計ですよ!1Eなんて!ありえないよね!人間とは思えない!次は無事故無違反の人!これも3Cが多いですね!3Cはどちらにも転ぶことができます!」

3Cの分母が多いなら、重大事故の数とか無事故無違反の数を単純に比べても比較できないと思うんだけどその辺の修正がしてあるとは思えない表を見せられた。そこを疑ってしまうので、この話を受けて気をつけようとか、次の話をちゃんと聞こうとか、そういうレベルまでいけない・・。聞いてるのがつらい。

「ここを卒業して、一年未満の人が大事故を起こしたら、警察署から手紙が来るんです。あなたのとこの卒業生、とんでもないことしましたよ。教習原簿見せてください。ってね。何をみたいかっていうと、この適性検査結果がみたいんですよ!最近は4つありました。一つ目はこれね。バイクで、追い越しかけて、対抗普通自動車と正面衝突で死亡。無理な追い越ししたんだろうね!死んだってさ!」

死んだってさ!の言い方に狂気を感じる。こいつ大丈夫か?とすでにこの時思っていた。

「次はこれ、これは僕ね、擁護させてください!私ね、ここで指導員やる前は、営業にいたんです。いろんな所に行って、今度うちの自動車学校きてくださいねって言う営業ね!家に営業行くときは、だいたい玄関先で長い時間座って、足しびれちゃうんですけど、この家はね!外は寒かったでしょうって言って入れてくれたの!あったかいこたつに入れてくれてね。さらにね、お茶が出てきたの!ありえない!(僕は『全然ありえなくないだろう』と思い、もうこの教室を出たいと思った)さらにね、小腹がすいたでしょって言って、近くの和菓子屋さんの栗蒸し羊羹が出てきた!すっごく良い家だった。本人にもあったんだけどね。受け答えもしっかりしてて、すっごくしっかりした人だった。でもこの事故があった。時間に注目してもらいたいんですけどね、朝9時。この人は、このとき3交代勤務で働いてて、夜勤あけで残業もあって、疲れて帰ってきてたんだね!ここからあと50mで自宅だった!自宅近くは事故が起こりやすいと言われているんですけど!それでこの緩いカーブで、寝ちゃったんだね!それでかわいそうなのが、助手席に乗っていた同乗者が亡くなっちゃった。高齢者だったんだけどね、近くの病院まで送ろうとしていた!」

「次はこれ!こいつなんか全然意味わからん!日本なのに、右側走ったんだって!日本なのに!(ここで教室から笑い声が起こる)死んだってさ。」

去年くらいのことだけど、車に同乗していて、店の駐車場から外に出るとき「あれ、左側通行だよね?日本って。時々、わかんなくなっちゃうんだよね・・。」と言われたことがあって「左側通行だよ、たしか」と教えたことがあった。僕だって、運転教習を受けていて、左側を走るんだよな?と一瞬考えるてしまうことはある。僕たちはロボットではないので、そのときの気持ちによって、レストランのメニューの文字が読めなくなったり、いつもは書ける漢字が書けなくなったり、自分が何歳なのかわからなくなっちゃったり、道路って左側通行だっけ?って一瞬考えてしまうことはあるんだ。僕はそういう、素敵な友人たちをたくさん知っている。それを『日本なのに右側走ったんだって!死んだってさ。』とは?頭おかしいのか?生まれてからこれまで何をしてきたんだ?何を見てきて、何を考えて生きてきた。涙が出て来る。素敵な人たちを笑われたようで・・。そしてそれに同調して笑う人たち。事故で亡くなった人が、当時どんな心持ちで何を考えて、何を抱えていたのか、なぜそういうことになってしまったのか、ほんの一瞬も考えないのか?僕たちに与えられている情報は「車で逆走して事故にあって運転者は死亡しました。」というだけだ。それだけを見て「日本なのに右側走ったんだってさ~」「わはは」。なんだここは・・。もう帰ろうかな。耐えられない。どこかに訴えた方がいいのか?車で間違えて逆走してしまって、事故で亡くなってしまった人の友人や親しい人が、この教室の中に一人でもいるかもしれないのに、そういうことが考えられないのか?もしいたら、どう責任とるつもりなんだ?涙がとまらない。教習所のロビーで一人で泣いている。もう本当に帰りたい。病気だ。全員病院にいったほうがいい・・・。この文を書いてる時、かげろうに似た緑色の細い虫が僕の左腕に止まってくれた。慰めてもらってしまった。

こいつは他にも、性格の傾向別に、役者がちょっとパロディーチックに車の運転をする映像(この映像も、日本の地上波のレベルの低いワイドショーを見てるみたいで吐き気がする)をみながら、不快なことを連発する。

「決断力が低い人!ファミレスでメニューを2時間くらい見ちゃうやつ!回転寿司で、ネタがどんどん流れてきちゃって!選べない!そういうやつね!」

「次神経質な人!潔癖症みたいな人!私がいちばん嫌いなタイプの人です!見てるだけで吐き気をもよおします。見てください彼、車に乗る前に指差し確認しますよ。はい!こういうのむかつくよね!見りゃわかるじゃん!私こう言う人は絶対信用しねえ!」

「次!自己中心的な人!ナルシスト!良く言うと、切り替えが早い。わるくいうと、あっけらかん!自分のことしか考えないで、路上駐車しちゃうような人です。」

などなど、映像の中にツッコミを入れて笑っている。差別的で、レベルの低いワイドショーみたいに芸能人のゴシップばっかり追っかけてるような感性で、笑いを取ろうとする。しかも不快なダミ声で。確かにこいつは無事故の「優良運転者」なのかもしれないが、僕は一瞬でも長く同じ部屋にいたくない・・。僕の友人たちは本当に素晴らしい人たちばっかりだ・・。

おかげで次の講義があまり頭に入らなかった・・。あんな連中とおなじ屋根の下にいると思うと耐えられない。「悪条件下での運転」という項目。「運転と座学の繰り返しでね、皆さんも疲れてるでしょう」といって、体をつかった眠気覚ましの方法(背伸びしたり、手のツボを押したりする)を、わざわざ画像付きで色々教えてくれた。

その次は運転教習・・。また五十嵐サンだった。五十嵐さんは安定感があって良い。

「ツツジが咲いてきたな~まだ3月なのにな。ほんと自然ちゅうやつは、あったかくなると早いな。今年は茶摘みもはやいかもしれんぞ」

と、静岡県の人らしい言葉が聞けて嬉しかった。

その次は続けて座学「自動車の保守管理」。あのハラスメント教官だ・・。でもあいつよりはまだましだ。

「私、今の車乗って5年くらいなんですけど、3年くらい乗った時に、イグニッションキーの電池が切れたんですね。ボタン電池を交換しないといけなくなって、それで会社帰りに、車屋さんにいって電池の交換をお願いして見ました。いくらだと思います?・・2160円?こまかいな。ひとつ1200円、二つあるので、2400円(彼はわざわざ教室正面に投影されている画面内に1200という文字をふたつ書いていた)でした。財布を見ると、ちょっと足りませんでした。なのでわかりました、と言って交換はお願いせずに出て生きました。その帰りに、セブンイレブンに入ったらちょうど切れていたボタン電池が売ってました。二つ入りで、360円。それを買って、家で、イグニッションキーの電池の蓋を500円玉で外して、30秒くらいで交換しました。この30秒の手間で、2000円とってるんですね。ボロもうけですね。ぼったくりですね。なのでみなさんも、簡単な整備は自分でやらないともったいないですよ。」

という導入から、車の整備の講義を始めていた。

お昼ご飯は豚キムチ丼とキャベツの千切りと味噌汁(インスタント)と水。全然関係ないけど、母音+その母音に対応するハ行の子音二文字で、色々な笑い声になるという発見をした。

お昼ご飯の後、ここ最近一番の勇気を出して事務の人に

「もし可能なら、日曜の午後をあけたいので、この15番と17番の教習を後日に移したいんですけど・・。」と言いにいった。初めて事務の人と話した。

「そうですか。次に15と17が受けられるのは4日ですね。まあ、どうしてもなんですよね?わかりました。午前の講座はちゃんと受けてくださいね。」

と。

お昼過ぎから夜までのあいだにさらに2回の運転教習。教習所には運転教習の指導員が控えるための大部屋があるのだけど、たいてい教習時間中は誰もいない。彼らも大変だよ朝から晩まで10分間隔で、猿だか屍だかもはっきりしない教習生の運転に付き添って。一発目は五十嵐さんだったので聞いてみたら、「去年の12月からずっと。一日中。」と言っていた。一日中フルで仕事してるらしい。

二発目はあの眠くするのが上手な先生、だと思うけどもう誰が誰だかわからん。なんでこの年まで免許とらなかったの~?と聞かれたので「まあ東京生まれなんで必要なかったんですよ。やっぱあったらいいな~と思ったんすよ」と答えた。

教習が終わる頃にはもう暗くなっていた。酒でも飲まんと、と思ってジョニーウォーカーのレッドレーベルをコンビニで買ってちびちびやりながら歩いてホテルまで帰ってきた。赤みがかった月が綺麗だ。

大変な1日だった。教習所にきて最も長い日になった。まず朝7時50分に教習所に集合した。さすがに6時台にホテルを出て歩いて行くのは前日の夜の時点で諦めていて、目覚ましは7時にセットして起きた。とは言ってもいつも通り6時前に目が覚めてしまったのだけど。7時35分ホテル発の送迎バスに乗って教習所へ。僕と同じ日に入った教習生たちが一つの教室に集められて仮免許検定の説明をうけた。まず僕の受験番号が1番だった。なんで?年の順?

説明が終わって、すぐに実技検定が行われた。受験番号1番なので、当然一番最初に車にのる。少しだけ緊張したけどうまくやれたと思う。一箇所だけ、半クラッチが雑になってガタッときてしまったところがあったけど、全体的に減点されるようなところはほとんどなかったと思う。運転が終わった後、「じゃあ村上さんね」と教官が話しかけて来た。説明を受けた際「運転が終わった後で教官から一言あると思います。ワンポイントアドバイスです。聞いてください。」と言われていたので何を言われるんだろうと思って構えていたら

「いい運転でしたよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「おつかれさま。」

とすぐに終わった。これは・・。やったぞ。やったぞ俺は。いけるぞ。自信をもて。何事にもな。自信を持てよ。ロビーでパソコンを開いてこの一連の流れを日記のためにメモしていたら、向かいに座っているすごく頭の悪そうな20歳くらいの男が携帯を垂直に立てて、カメラ部分をこっちに向けてじっと構えている。自分を映す方のカメラを見て鏡がわりにしているのか、なにかしているのかもしれないけどすごく不愉快だ・・。撮ってんじゃねえよと言ったとして、撮ってねえよ自意識過剰だよ言われて終わりだろうけど、携帯を構えられるだけで不愉快に思えてしまうほど頭の悪そうな男だ。頭の悪そうな男は視界に入れるべきではない・・。どんどん口が悪くなるな。新宿で働いてるときも僕は口が悪くなっていた。ハルさんと「今日も馬鹿ばっかり来るな」とか「まともな客いねえよ」とか「こんなクソみたいな職場」とか裏で散々言ってアハハと笑っていた。お昼休憩に二人で中華料理屋に行ってビール飲んで午後からまた店にでたこともあった。「酒飲まねえとやってられねえよ。アハハ」とか言って。楽しかった。まわりの悪口を言い合えるのは貴重だ・・。ハルさんはシンガーソングライターでもあって、CDももらった。サイコーのにーちゃんだ・・。

ロビーで座ってたら、突然「降りる時なんもいわれんかった?」と茶髪の、もしかしたら同じ年(あとでもう一度見かけたけど、そんなことはない多分年下だ)くらいの男性に話しかけられた。人ってこうやって突然話しかけていいもんなのか?びっくりして「いや、特に・・。いい運転でしたよとだけ言われました。あはは。」とか言ってなんか自慢したみたいになってしまったかもしれない。ああこんなことを後で気にしてしまう自分が本当に嫌だ・・・。

茶髪の彼はなんというか、チャラチャラしてそうだけど、味わい深い顔つきをしている・・。なんかというか、諦観を感じる顔だ。

「俺多分ダメだわ。左右確認が全然できてなかった。すげー緊張しちゃった。緊張してるねっていわれたわ。」

と、彼はその諦観を感じる表情で話していた。

実技のあと、ロビーのモニターで合格者発表があって、その後第二教室で筆記試験が始まる。あの話しかけてきた茶髪のにーちゃんと、例の建築やってる男の子が筆記試験の会場にいない。。落ちたのか?

試験監督の先生はあの、人を眠くするのが上手な教官だった。受験番号1番なので当然教室の一番前にすわるわけで、今回初めてこの教官を間近で見たけど、不愉快だ・・。見れば見るほど不愉快な気持ちになる・・。目が濁っていて死んでいる。薄ら笑いが顔にはりついている。書類にボールペンで記入するにあたって「掠れるのがダメ」「二度書きはダメ」とか説明するのだけど、その声に気持ちの悪い優しさが混ざっている。とても、こころがすこやかな状態だ。

試験は、あとで見直したら確実に間違えた問題が1つ、自信がない問題が2つくらいあった。若干の不安があるけど多分大丈夫だろう。しかし、あとで見直しても回答の成否がわからないのはおかしい。こんなテキストで出題してるうちは、出題者の意図を深読みしすぎて間違えて落ちる人は絶えないだろう。この問題は合ってて、この問題が間違ってるなら、多分この人は深読みしすぎたんだろうという判断をして、不正解でも正解になるような採点方法なら納得だけどそうなってはいないだろう。

そのあと2時まで1時間半くらいお昼休みをもらった。ご飯(今日はカレーだった)を食べて、いつも通り散歩したのだけどくしゃみがとまらなくてちょっと寒気もする。大丈夫か?花粉症か、風邪か。わからないけどもう帰りたい。でもこの後2時に合格発表があり、それに受かったらあと3回も運転教習が入っている。突然の、鬼のようなスケジュール。仮運転免許を取ったその日に、路上教習3回もやるとは・・。

2時に再び第二教室に集まり、あの不愉快な教官が「それじゃあ画面を見てください。合格発表します。自分の番号があるか確認してください」。「きゃー」みたいな黄色い声が後ろの方からあがる。キラキラキラキラ~みたいな効果音とともに番号が発表された。ワードでつくったらしいフォーマット。僕の番号1番も、赤い字で書いてあった。受かった。受かってから気がついたのだけど、ものすごく心拍数が上がっていた。ここで落ちていたら延泊することになっていた・・。94点で合格したらしいけど、どの問題が間違っていたのかはわからない。100点はいなかったらしい。

そのあと割とすぐに運転教習。五十嵐サンだった。しょっぱなからバイパス道路に出て、60キロで走ってきた。自分で運転していると、道路がガタガタしていることがよくわかった。五十嵐さんはこの掛川自動車学校にきて25年くらいになるらしい。その前に30年くらい、浜松の自動車学校で働いていたけどそこがつぶれてしまい、そこにいた教官たちは散らばったらしい。「今では、この時期は教習生で混み合うけど、他はガラガラになる。昔は、ずっと混んでいた。車離れもあるかもしれんな」と言っていた。

そのあと1時限あいて、次の路上教習。今度は加藤サン(頭こんがらがってわけわかんなくなってるけどよろしく~と言っていた人)。ローギアで半クラッチを見つけるのにどうしても時間がかかりがちで「発進が遅い」と言われた。加藤さんには他にも色々言われた。ここ、子供飛び出し注意っていう看板見えてた?とか横断歩道あるよ。あの自転車は、あの横断歩道を渡るのかな?渡るかもしれないよ。今追い抜く理由はあるかな?とか。色々。

そのあとすぐにまた路上教習。くらくらする。今度は新キャラの先生だった。ちょっと車好きらしく、「初代ラパンを持っていた。初代ラパンが一番かっこいい」という話をしている時に、ちょうどその初代ラパンが対向車線から走ってきて、「あ!あれ!初代ラパン!」とテンション上がっていた。愉快な仲間たちだ・・。

それで全ての教習がおわった。疲れていたけど、運転中に見た月がとても綺麗だったので、歩いて帰ろうと思ってホテルまで結局歩いて帰った。今日は映画は見ない。

自分を信じるところから始めろ。自分も信じられないようでは・・。覚悟を決めろ。全部本気でやれ。ぶっちぎれ。子供のままで、かつ大人のソウルも抱いてけよ。

昨日の夜の時点で、替えの服がなくなってしまった。洗濯したばっかりなのに。冷静になって考えると、17日間も外出するのに替えの下着を2着しかもってきていないのはおかしい。なんでこれでいけると思ったんだ?だいたい外出するとか、どこかに滞在するっていう概念が、あの移住を生活するプロジェクトのおかげで完全にぶっ壊れてしまった。どこに行っても家みたいになってしまう・・。職業病だ。シャツ2枚と靴下2着とパンツ2着のために洗濯機をまわすのはもったいないので、シャワー室で手洗いした。一生懸命洗ったら、掌がじんじん痛む。眠るまでずっと痛かった。手洗いなんてよくやってるのに。久しぶりだから?

今日はホテルから教習所まで歩いていった。ロビーのテレビで見た天気予報によると、今日は24度くらいまで気温が上がるらしい。桜が散る前に夏になってしまった。多分てんとう虫だと思うんだけど、ホテルから教習所に向かって歩いているときに鼻に小さな虫が当たった。コンッていう小さな衝撃の一瞬後、視界の右下にあたりに影がうつった。黒くて丸い小さな影。一瞬丸まった影。羽はたたんであったように見えた。多分ぶつかった衝撃で羽をたたんだと思う。ほんの一瞬の出来事だし、姿をはっきりみたわけではないんだけど、その影を一瞬見て、てんとう虫だと思った。なのでてんとう虫のはずだ。虫も事故を起こすと思うと愛おしい。大事故にならなくてよかった。

今日は4,5時限目に運転教習(仮免検定前の最後の運転教習)なのだけどすこし早めに教習所にきて、3時限目にテストを受けてみた。また98点だった。

「車の運転者は、止まっている車のそばを通る時は人の飛び出しなどに備えて徐行しなければならない」◯か×か、という問題に対して◯と答えたら正解は×で、なんでだろうと考えて教科書を開いても最初理由がわからず、しばらく考えて、もしやと思って教官のところに聞きに行った(初めて教官に質問をした)。

「すいませんちょっと聞きたいんですけど、この問題が×なのは、徐行しなければならないわけではないからということですか?教科書には確かに『止まっている車のそばを通る時は、注意して走行する』と書いてあるだけなので、そういうことですか?」

「そうです。良いところ読んでます」

ということらしい。この問題の作成者は、人の揚げ足をとるのがそんなに楽しいのか・・。腹立たしいけど、これは負けを認めるしかない・・。たしかに徐行しなければならないというルールになってしまったら、一般道路なんて徐行ばっかりで運転できたものではない。

他に、赤地の丸に白い横一本線が描かれている標識のイラストについて「右の規制標識は、一方通行の入り口に設けられている標識である」◯か×か。「正解」は×で、なぜならこれは一方通行路の「入口」ではなく「出口」に設けられているもので、逆走する車の進入を防ぐための標識だからであるということなんだろうけど、ここで言われている「入口」という言葉に含まれている、言外のものに興味が湧いてしまうと、問題に正解するための思考ができなくなる。自動車免許のペーパーテストを受けるってことはこういうことの繰り返しだ・・。

運転教習の教官は、2時限ともいつも通りの五十嵐さん。今日も他のどの教官よりものんびりしている。昨日五十嵐さんがタバコを吸っていた倉庫の方を見たら、今日はなにやら箒と柄の長いちりとりで掃除をしていた。そして、のんびりと車の方に歩いてくる。今日もいい感じだ。

「今日はあったかいな~」と言って教習スタート。一回だけエンストしてしまったけどだいぶわかってきた。五十嵐さんは、50代の子供と、27歳の孫がいるらしい。立派なじいちゃんだ・・。

運転教習のあと、7時限目にもう一回テストを受けてみようと思い教習所に残ることにして、それまでの時間パソコンで試験の練習問題を解いた。「満点様」というウェブサイトに与えられたIDとパスワードを入れれば、自分のパソコンからでも練習問題が解けるという優れもの。その「仮免前 仕上げ問題」というやつを初めてやって見たのだけど、その問題文の意地悪さ、テキストのクソさがぶっちぎりだった。これまでの問題がまだかわいく思える。まず全ての問題が謎に長文で、かつ二つ以上の知識を一つの問題テキストにいれて、どちらか一つが間違っていることに気づかせないようにしたりしてくる。

「仮免許運転とは、第1種免許を受けようとする者が、練習などのために大型自動車、中型自動車、準中型自動車または普通自動車を運転しようとする場合の免許をいい、仮運転免許を受けた者が練習のため大型自動車、中型自動車、準中型自動車、普通自動車、原動機付自転車を運転する時は、その車を運転することのできる第一種免許を三年以上受けているものや第二種免許を受けている者などを横に乗せ、その指導を受けながら運転しなければならない。」

◯か×か。僕は◯と答えたのだけど、正解は×だった。なぜなら前半の

『仮免許運転とは、第1種免許を受けようとする者が、練習などのために大型自動車、中型自動車、準中型自動車または普通自動車を運転しようとする場合の免許をいい』

ここは正しい。そして後半の

『その車を運転することのできる第一種免許を三年以上受けているものや第二種免許を受けている者などを横に乗せ、その指導を受けながら運転しなければならない。』

これも正しい。ただしこの二つの文の間に”不必要に”挟まっている

『仮運転免許を受けた者が練習のため大型自動車、中型自動車、準中型自動車、普通自動車、原動機付自転車を運転する時は、』

というテキスト。ここに「原動機付自転車」という言葉が入っている。原動機付自転車に仮免許はない(そもそも「第一種免許を三年以上受けているものや第二種免許を受けている者などを横に乗せ」ることもできない)ので、正解は×だ。ナニソレ!

こんなんばっかり出るので、すっかり疲れた上に点数は72点で不合格だった。もうやだ。

このいじわる問題をやったすぐあと、模擬テストを受けた。そしたら100点とれた。いじわる問題のおかげかもしれない・・。

「交通整理の行われていない見通しの悪い交差点であっても、他の車がなければ徐行しないで通過することができる。」◯か×か。

正解は×なんだけど「他の車がいるかわからない」から「見通しが悪い交差点」と呼べるはずなのに、「他の車がなければ」と、突然神の視点のようなものが挿入されている。愉快な世界だ。

100点取ったのでもうすっかり満足してホテルへ歩いて帰った。自動車の免許を取りに来ているのに、毎日10キロくらい歩いている。晩御飯は、豚肉と、どうしても名前が思い出せない野菜(繊維質で歯ごたえのある白いやつなのだけどどうしても名前が出てこない)とエンドウ豆や人参の炒め物と、もやし炒めのようなものと、味噌汁とご飯とゼリーと水。毎日健康的なご飯を食べさせてもらっている。こっちに来て少し太ったかもしれない。顔つきが健康的になっている。

明日はもう仮免許試験だというのに今日も今日とて映画をみてしまった。ザ・ウォールというイラク戦争に関する映画と、スピルバーグの「激突」。激突は大昔に見ていたけど見返すとすっかり忘れていた。傑作だこれは。スピルバーグは当時25歳らしい。すごいとしか言いようがない・・。

夜、小豆島のエリエス荘が3月いっぱいで閉鎖されるというメールがきた。彩さんも小豆島町を退職するらしい。感慨深い・・。エリエス荘は、長く泊まっていると咳がでてくるという難点はあれど、あの場所を想像するだけで「あそこには今も誰かが滞在していて、彩さんはあの事務室でタバコを吸ってるんだろう」と思えて、それだけでどこかに行ったような気持ちになれる場所だった。実際に行かなくても、今もあそこにあの場所があるんだと思うだけで元気がでる場所。そんな場所が一つなくなってしまった。でも彩さんにはまたどこかで会うだろう。美術に携わっているかぎりは必ず・・。

ようやく7日目。週末に楽しみができた。昨日は眠るのが遅くなってしまって、お風呂に入る気になれなかったので朝シャワーを浴びた。今日も快晴。暑いくらいの気候。もうダウンは要らないかもしれない。一応持っていくけど。ホテルを9時ごろに出発、歩いて教習所まで行った。春だ。白い光。

今日の予定は、3時限目(10時10分から50分間)と4時限目(11時10分から50分間)に無線の運転教習があり、あとは模擬テストを自分の意思でうけるだけ。その気になれば、4時限目が終わってからどこかに出かけたっていい。教習所に繋がれてしまっている感覚がもう染み付いてしまったけど、本当は自由にどこにでもいける。ホテルに帰って寝てもいいし、映画を見に行ってもいいし、山登りをしに行ってもいい。春であることを理由にしてもいい。

教習所に行って原簿をもらったら、先日受けた適性検査の結果が挟まっていた。

「運転適性度」は5段階中3、「安全運転度」はA-E中Cだった。

○総合診断○

『真面目で節度のある生活をします。ただあまり要領のよいタイプではありません。どんな場合にも適切に処理できるよう考え方に柔らかさが必要です。

やることがていねいで正確です。運転するときにもこの長所をいかしてください。

とても、こころがすこやかな状態です。』

この最後の「とても、こころがすこやかな状態です。」という言葉が気になる。「こころがすこやか」がひらがなで書かれているのが、いかにもすこやかそうな感じがする。「健康度・成熟度」の項目(身体的健康度と精神的健康度と社会的成熟度の3つある)のうち「精神的健康度」なるものが最高評価のAだったのでこう書かれているんだけど、「情緒不安定性」の項目を見るとA-C中C評価で最低になっている。僕はこころはすこやかだけど、情緒は不安定らしい。ペーパーテストでなぜ健康な体かどうかを判断できるんだ?

「情緒不安定性」(これもすごい言葉だけど)の他に「柔軟性」も最低評価のE。「適応性」もE。最高評価をとったのは、「緻密性」と、「精神的健康度」。こころのすこやかさとは?あとは「決断力」がDらしい。なめられたもんだ。

***安全性のついての注意点***

『考えごとをして一つのことにとらわれてしまい、動作が遅れる可能性があります。十分に注意してください。

環境の変化に応じた適切な処置をとることができません。安全には重要なことです。充分注意してください。

感情の起伏のはげしい性質です。カッとなったときに、おもわぬ大事故を起こす危険があります。

物事をやや深く考えすぎて、適切な決断や行動を欠く傾向があります。

少し虚栄心が強い人か、まじめな人のようです。前者の場合は、見えを張らず控えめな運転をしましょう。

運転マナーは、安全運転には欠かせないものです。周りの運転に腹をたてることなく、おだやかな気持ちで運転しましょう。

運転には、充分に注意してください。』

僕はこれを受けて、もっと徹底的に一つのことにこだわるようにし、まわりの環境の変化にかかわらず自分の直観を信じて、心の起伏の山はもっと高く、谷はもっと深くし、ものごとをいまよりももっと深く考えるようにし、もっと真面目に誠実に、もっと見栄を張って生きていこうと思った。まあこれは自動車の運転適性検査だからそんな目くじらたてるものでもないのもわかっています。

3時限目から、立て続けに二つの無線教習。一つ目の教習は、途中なにも言われなさすぎて無線が壊れたのかなと思ってしまった。特に言うべき注意がなかったんだろうと思いたい。すこしずつ車の扱いにも慣れてきた。同時に二つ三つのことができるようになってきた。4時限目の方は初の女性教官だった。こちらも特に注意はされなかった。

無線教習が始まる前、机を二つ並べただけの「集合場所」と呼ばれる小さなスペースに、教習生が集まって教官からの説明をうけるのだけど(無線教習は一人の教官が3,4人の教習生を同時にみる)、そのとき他の教習生徒の距離を近くして座らないといけないのがたまらなく嫌だ。18歳くらいの猿だか屍だかはっきりしないのが、たいていグループになって何か話しているのだけどそのとき視線をなんとなくこっちにむけてきたりする。他の人間のことを気にしながら話したりしているのが伝わってきてそれが本当に不愉快だ。俺は運転はするが形が見えない亡霊になりたいと思った。

ガーディアンズオブギャラクシーでスターロードが「お前ら、そんなんだから友達いないんだよ!出会ってすぐに殺し合いか!」とロケットたちに向かって叫ぶシーンがあるけど。僕はたまらなくグッときてしまった。

今日も昨日と同じく人が少なくなる時間帯(時限が終わった直後がもっとも混み、時限と時限の開始時刻の間、つまり教習の真っ最中は比較的人が少ない)に食堂へ。ロコモコ丼だった。ただ目玉焼きじゃなくて卵焼きだった。食堂にはテレビがあるのだけどそこで佐川理財局長の証人喚問のニューをやっていて、それをちらっとみた隣のテーブルに座っている女の子が「わたし麻生さんの顔好きなんだよね。おもしろくない?」と話している。「ヤクザと戦う警察官みたいな顔」らしい。

14時50分から、3回目の模擬ペーパーテストを受けた。このテストは奇数の時限ならいつでも「自習室」で自主的に受けることができる。プラスチックの箱に自分の「教習手帳」を入れ、回答用紙を一枚取り、机に座って待っていると問題が配られる。マーキング方式。それを解いて教官のところに持っていくと、採点してくれ、点数が教習手帳に書かれる。

僕たちは教官から「これを何回もやって仮免許試験に備えるように」と、再三言われている。なにやら、時々とんでもなく難しい試験があるらしく、通常のテストは98パーセントくらいの合格率らしいけど、それに当たってしまったら50人受けて20人くらい落ちてしまうらしい。そんなのありなのか?公的なテストなのに大丈夫なのかそれで。今回は98点だった。これまでで最高得点。100点を三回連続で取るくらいまではやったほうがいいんだろうと思う。今スケジュールをみたら、もう明後日は仮免許試験だった。完全に油断している・・。今回の担当教官が百地先生で、点数を書きながら「いいっすねー」と言ってくれた。○をつけているときと、点数を書いている時の2回。嬉しかった。とても。いつも教鞭をとっている姿とタバコを吸っているす姿しか見ていないので、ちょっとした有名人に会えたような気分。

テストの後は、道中のブックオフに寄ったりしながら(ブックオフにはゲームと漫画ばっかりで文庫本を探していたのだけど全然置いてなかった)のんびり歩いてホテルまで帰る。

アマゾンプライム無料期間でかつインターネットが繋がってるのをいいことに、いろいろ映画を見てしまう。昨日は「第9地区」を見て今日は「ゼログラビティ」(原題は単にGravityらしい。こっちの方がいい)とミスタービーンの映画を。ビーンがホイッスラーの絵をめぐって色々しでかす内容。なんとなく見覚えのあるシーンがあるのでずっと昔に見たことがあると思う。ミスタービーンは、正確な時期は忘れたけど、深夜にテレビでやっていて、それを楽しみにして見ていた。深夜なのでリアルタイムではあまり見ずに、録画をしていた。上からビーンが地面に降ってきてふらふらと立ち上がり、画面の外に消えていくというおきまりのオープニングを、建て替えられる前の実家の茶の間で見ていた光景を覚えているので、中学生以前。

朝7時半ごろ起きて、8時半発のバスに乗って学校に行った。歩いていきたいところだったけれど、行動が遅かった。朝6時くらいに一度起きてしまって、それからもう一回寝たら夢をみた。夢の内容をiPhoneにメモしていたら、となりの二人組から

「携帯に充電さしてねえやって言って、充電をさす夢を見た。まじくだらねえ夢」

という話が聞こえてきた。

エレファントカシマシにRAINBOWという曲があるのだけど齢50歳でつくったとは思えない激しい歌で、「あれ、死ぬのかな?」という歌なのだけど、その中で宮本が

「暮れゆく街のざわめきの中に立って 落ちていくすげえスピードで でっかい渦巻きの中 まるで底なしさ 面目無いね 陽だまりも宇宙も 悲しみも喜びも 全部この胸に抱きしめて駆け抜けたヒーロー それが俺さ 嘘じゃないさ」

と、自分をヒーローとして歌っていて、しかも死んだ後に自分を振り返っているような言い方。もうかっこよさが独自路線すぎてやばいのだけど、彼いわく自分を「やがて老いて死んでいく存在だと実感した」らしく、この視点はCOCK ROACHの「白い新世界」という曲と同じだが彼らはさすがに自分をヒーローとしては歌っていない。未来のことに頭が飛びすぎて現在に戻ってきたときに、今が現在であることにうんざりするし、体が現在にあることにもうんざりする。中途半端な未来に身を投げ出してしまうと、いつまで制作なんか続けられるのかとか、すごいものが本当にいつかは書けるのかとか、体が持つのかとか、人間関係は大丈夫かとか、お金は大丈夫かとか、病気になったらとか、あらゆる不安に潰されそうになって非常に辛いし、世界はそうやって色々な不安を煽ってきてあの手この手で自信をなくさせようとしてくるけど、どうせ未来に飛ばすなら宮本やCOCK ROACHみたいに、この命を駆け抜けた自分というふうにずっと先の未来まで、しかも”すげえスピードで”ぐっと飛ばしていけば、必ずひらけるものがあるはずだ。と、魂が死ぬ場所で猿とも屍ともつかない者たちに囲まれながら思っている。

今日は2時限目に一つ目の運転教習で、無線教習というやつを初めてやった。これまでの運転教習はすべて教官が助手席に座って運転して来たのだけど、無線教習は教習生一人で、エアコンのところにつけられている無線機から飛んでくる教官の指示というか命令をききながら運転する。その発信源となる教官は、教習所内のコースが一望できる場所から車の動きを監視しながら指示を出している。いよいよ本格的に刑務所みたいな感じになってきた。教官は初めて見た人だった。「俺は容赦しないぞ」という雰囲気がもう身に染み付いちゃっているような男だ。発する言葉のトーンが冷たい。しかしブコウスキーの言う通り、どんな「チンケな人間でも”そこに長くいる”だけで偉くなっていく」もんだ。そしてそれがその人の尊厳になる。しかし人を威圧して保たれる尊厳は本当に尊厳なのか?横断歩道上にかからないように停止位置を考えてください、カーブのスピード出しすぎ、車間距離もうすこしあけて、と三つ注意された。

そのあと模擬ペーパーテストを受けた。96点だった。2問落とした。どの免許をとれば、他にどんな車が運転できて、その車が定員何人までなのかという知識の詰め込みが甘い。30人のバスの運転には中型免許じゃダメ。大型特殊自動車免許をうければ小型特殊と原付も運転できる・・。勉強が必要だ。勉強が必要・・。でもテスト中に、講習中に教官の身の上話みたいなものをきいているおかげで、答えにつながることを思い出せた。ああやって、物語で聞くと記憶に残る。彼らはそれをわかってやっているんだろう。適当な講習だなとおもって聞き流していたつもりが、実は頭の中に入っていてちょっと驚いている。

それにしても『優先道路を通行しているとき以外は、自転車横断帯の手前30メートル以内の場所では、自動車や原動機付自転車を追い越してはならない』という問題とか、『車は、道路に中央線があるときは、中央線から左の部分を通行しなければならない。』とか、もう読むだけで不快になるテキストだ。

最初の問題は「自転車横断帯の手前30メートルは追い越し禁止」「交差点の手前30メートルは追い越し禁止だが、優先道路を通行しているときは例外」という二つのルールを知っていれば解ける問題なんだけど、テキストがひねくれすぎていて間違えやすい。優先道路と自転車横断帯は全然関係ないじゃないか。

ふたつめの方は要するに『道路は左側通行である、◯か×か』という問題なんだけど、これもテキストが卑屈すぎてうんざりする。僕は間違えてしまった。

模擬テストのあとは散歩したり、すこしだけロビーで勉強したりした。清掃員のおばちゃんが気になる。かなり頻繁に机の下などをモップかけたりしてくれている。あのおばちゃんはここでどんな毎日を送っているんだろう。彼女の尊厳はどこだろう。後ろでうるさい歓声のようなものがあがっている。卒業検定の合格発表?おめでとうございます。しかしあの猿か屍かわからないのがこれから車を運転するのか・・。恐ろしい社会だ。

今日は珍しくいくつかメールがきている。田原さんから、つつじヶ丘のアトリエの物件ってどうやってみつけましたか?と聞いていたメールが返ってきた。またミヤケさんから、月刊美術にもっと評価されてもいいアーチストとやらを紹介してくれと言われたんだけど村上くんどうですかというメール。あと田谷さんから、シュタイナーに関する哲学講義をやりますという案内。田谷さんのエネルギーはすごい。ひとりでシュタイナーに関する勉強会を企画している。あとにじのとしょかんから、夏にやるイベントのチラシをつくりたいので情報くださいというメール。忘れてた。

散歩のさい天気が良すぎて、缶ビールを買いに行くのを我慢するのが大変だ。ビール飲んだあとに運転教習に参加したら一体どんな反応されるんだと考えると恐ろしい。やっぱり一発で退学になるのか?過去にそういう例はあるのか?少なくともあの屍か猿かわからないなかからはそんなぶっ飛んだ奴は生まれないだろう。

嫌だけど、ご飯が食べられる権利を逃すのは惜しいので、すこしでも人が少なくなった時間帯をねらって食堂にお昼ご飯を食べに行った。かに玉丼とサラダと水。美味しかった。甘くて。昨日は食堂ではご飯を食べなかった。ポテチを食べたので。

午後2時50分から今日二回目の運転教習。教官は例の77歳の人。五十嵐先生という。五十嵐先生は、いつも来るのが遅い。だいたいの教官は、教習開始時刻の3分前に「教習の準備をしてください」という放送と共に、ふりわけられた教習車のそばで立って待っている教習生のもとに来るのだけど、五十嵐先生はいつも最後にくる。今日は、タバコを教習時間ギリギリまで吸っていたのが教習車から見えた。人間味あふれる教官だ。ちなみに百地先生は白いアイコスを吸っていた。細かい注意はされたけど、一回もエンストはしなかった。途中、五十嵐先生はちょっと眠そうにうとうとしていた。ご無理なさらないように。

最後車から降りる前に「うん、多分、大丈夫」と言われた。嬉しかった。とても。

路上ですこし猫と遊んだ。シロバナタンポポも見つけた。そいつは西洋蒲公英(これでセイヨウタンポポと読むらしい)に囲まれながら一輪だけ咲いていた。

運転教習の後は模擬テストを受けようかと思っていたけどなんかやる気になれず、もう帰ってしまうことにして、コンビニで金麦を買って飲みながらしばらく歩いてから、教習原簿を返し忘れたことに気がついた。教習原簿とは公文書(今話題の)らしく、表紙に赤字で「教習所外持ち出し禁止」とでかでかと書いてある。ここにきて最初の日に「ホテルに持って帰るなんて論外」と、BOSSに言われた。そういえばBOSSが懐かしい。あれから見てない。BOSSは「即退学」という言葉をよく使っていた。教習原簿を返しに学校に引き返したわけだけど、金麦を持って現れたらまずいよなと思い、教習所の前の道路の塀の上に飲みかけの缶を置いて、お茶を飲んで酒くささを少しでも消して、なるべく人の目を見ないようにして学校に入り、受付に行って教習原簿を返した。「はい、おつかれさま」といわれたので下を向いたまま「ありがとうございました」と小さく言った。それから学校を出て、塀の上に置いた金麦を取って続きから飲み始めた。春だ。いま、季節が春で本当によかった。外を歩くことで救われることがたくさんある。つくづく一人で賑やかな人だおれは。

ホテルまで歩いて帰り、そのままロビーで晩御飯を食べた。初日から思っていたけど、部屋番号を言うとご飯を用意してくれる二村さんというおばちゃんが、かわいいというかすごく徳の高そうなチャーミングさを持っている。晩御飯は、鶏肉の竜田揚げおしゃれバージョンと、温泉卵と、春雨サラダと、味噌汁とご飯。いつも晩御飯が、さりげなく洒落ている。シェフにフランス料理店での修行経験がありそう。

部屋に帰ったら、床に散らばっていた白い紙くずが綺麗サッパリ掃除されていた。ざまーみろだ。

いま思い返しても昨日の最後の講習は、不眠症の人をいまこの教室にどんどん送り込めばいいのではというくらいの破壊力だった。

こっちにきて毎日お風呂に入っている。ホテルだと不思議とお風呂にはいるのがおっくうじゃなくなる。それと、どうやら洗濯物のなかにティッシュが入っていたらしく、洗濯したすべての服に細かい白い紙がこびりついていて、それをぱたぱたとはたいて落としたら、ホテルの部屋の床が紙くずだらけになってしまった。それをひとつひとつ拾うことはしない。なぜならここはホテルだからだ。掃除機が備え付けてあればやったかもしれないけど、無いし、大変申し訳ないけど清掃の人にお任せすることにして、ゆかを紙くずだらけにしたまま部屋をでた。帰って来たら紙くずは綺麗サッパリ無くなっていることだろう。ざまーみろ、と誰かに言いたい気持ちだ。昔誰かに聞いた話だけどホテルの清掃はかなりシビアで、浴室に髪の毛一本残っていてもいけない。たぶん次ここに帰って来たら、自分の髪の毛とか、ゴミとか、紙くずとか、そういう生活の副産物みたいなものはきれいさっぱり取り去られているだろうけど、荷物とか服とかはそのままの場所に残っている。ホテルでは清掃の人の気配と一緒に生活することになる・・。

昨日、もうバスには乗らんぞと言ったばかりなのに早速バスに乗って学校に来た。なぜなら朝が早かったからだ。8時10分開始の講習の1時間前までにご飯を食べてホテルを出られるようなフィジカルではない。今日の朝ごはんは、ご飯と味噌汁とソーセージと卵焼きとサラダと、あとハンバーガーっぽいものもあった。僕はハンバーガーを間食用にかばんに入れた。カバンの中には、昨日の晩御飯でついてきたシュークリームも入っている。

8時10分からの50分は運転教習だった。今日から29日までは学科教習は無くて、ひたすら自主勉強と運転教習と模擬テストの毎日になる。あの拷問のような学科教習からいっときでも解放されて清々しいけど、ツッコミ先がなくなったぶん少しさみしい。百地さんは。31日以降の第2期の学科教習でも教鞭をとってくれるんだろうか。

09:27

昨日話したこの魂の墓場で唯一の人間である彼のアドバイスもあり、さっきはじめてパソコンで模擬テストを受けて来た。これを二回合格しないと仮免許試験が受けられないらしく、100点満点の90点以上で合格、1問2点で50問出題。僕は96点だった。二つ間違えたのだけど、ひとつは子供のシルエットがうつっている青い標識を、「この先に幼稚園などあり」という標識と間違えてしまった単純なミス。本当はこれは横断歩道を意味していて、幼稚園などを意味する標識は色が黄色で形も少し違う。子供のシルエットはほとんど同じだけど。この問題は納得できる。もう一つ間違えたのが、「自動車が一方通行の道路から右折するとき、あらかじめ道路の中央に寄り、交差点の中心の内側を徐行しながら通行する」これを○としてしまったのだけど、正解は×だった。「道路の右端に寄り」が正しいらしい。もうこんな問題ばっかりだ・・。こんなクソみたいなテキストをちゃんと読み込むなんてことはしたくないけど、合格のためにはこんなクソみたいなテキストでもちゃんと読み込んでどこにひっかけがあるか注意しないと、「運転免許」は取れないらしい・・。運転免許を取るスキルとは・・。

テストの後すぐ、もう一回運転教習を受ける。朝の時と同じく、例の77歳のおじちゃんだった。コーヒーは今は年寄りも飲むようになってるでな。コーヒーは水が大事だ。という話などをした。

運転教習のあと、すぐまたもう一回模擬テストをうけた。90点。ぎりぎり合格。不安だ。もうちょっと自主勉強した方がいいだろうあのクソみたいなテキストを読むのは本当にストレスだけど。あんな、ほとんど罪みたいなテキストを読ませているくせに作った人たちは罰をうけることはないだろう。だいたい警察官という人種はほとんどの場合、見識が偏狭なくせに思い込みが激しくて、そのくせその狭い見識における正義感は人一倍強いというサイコーに美しい人たちなので、書く文章が実に美しいのも納得だ。警察官が書いてるかどうかは知らないけど。

ホテルに帰って来たが、紙くずはまったく掃除されていなかった。どうやら部屋の掃除は曜日が決まっているらしい。バスタオルとか歯ブラシとかのアメニティだけは交換されていた。朝と全く同じ位置に同じ量の紙くずが散らばっている。でも明日こそは掃除されているはずだ。

帰ってきて、すぐにアマゾンプライムに入会(30日間無料とのこと)して「シビルウォー キャプテンアメリカ」をみてしまった。ブラックパンサーの映画評をiPhoneで聴きながら帰って来たせいだ。先日みたブラックパンサーに繋がる話が描かれているという情報をキャッチしていて、これはみておかねばと思ってみたのだけど、結果的に、ブラックパンサーがどれだけ新しい地平を切り開いてくれたかがよくわかった。もう何が正義で、誰の理想が正しいのか全然わからない状態で仲間割れしていて、客観的に見るとみんなかっこ悪い。みんな弱い人間で、そのくせとんでもない力を持ってしまっていて、わかったようなふりしてるけど実はただのエゴだ、という状態のどん詰まり状態。現実世界もいろいろなところで分断がおこっているけど、完全にその動きとリンクしている。映画の中では、分断しているのは国や民族ではないけど、ここに登場する超人たちはみんな軍事力みたいな力を持っていて、その力を、みんなで復讐に使ってしまっていて、そんななか「俺は復讐のしもべになならない」と言ったブラックパンサーはやっぱりひとつ飛び抜けている。映画の中の話だけど、マーベルが一つの理想を見せてくれようとしてるみたいで泣ける・・。こうなってくるとホームカミングもエイジオブウルトロンもドクターストレンジも気になってくる・・。

これからあの美しいテキストに向き合って勉強しなければ。このテストをやっていると、建前はこれでしょ?という感覚を鍛えられる。トランプみたいな大統領が誕生してしまうような状態なのでこれはこれで大事かもしれない。

人間か猿かよく分からない中にまざってほとんど刑務所みたいなところで過ごしている。まだ四日目?冗談だろという感じだけどまだ四日目だ。もうすでに限界が近いけど、ガーディアンズオブギャラクシーで宇宙船で宇宙を「ジャンプ」するのは、体に負荷がかかるので哺乳類は4回までと決まってるんだぞ!わかってるよ!といいながら何十回もジャンプするシーンがあるけどああいう感じか。ガーディアンズの中では目が飛び出したり体がゆがんだりしながらジャンプを耐えていた。

でも、第1期の座学は今日で終わりらしい。あとは仮免試験までひたすら自主勉強&テストという感じになる。運転講習はまだ続くけれど。まわりが若い子ばっかりなのはまあ興味の対象としては面白いけど、ほとんど猿なので人間は俺だけかどこかに人間はいないのかという気になるし他にももしかしたら同じことを感じている人はいるのかもしれないけどその人はその人でやってくれればよい。僕は僕で人間をやるので。ここにいると、こんなに大勢のいろいろな種類の人間(猿)たちのなかから巡り会えた自分の周りにいる人達を大切にしようと思う。

今日は日曜日なのでホテルから学校に行くバスは午前中だと730分のやつしかないんだけど、例えば寝坊して8時に起きても、僕は歩いてどのくらいかかるか知っているので、焦らず学校にいくことができる。歩いていったことはない人というか猿はパニックになるだろう。歩けばつくところを、バスでしか行ったことないとそういうことになる。僕は猿ではないので、歩けば着くことを知っている。自分にはそういう経験がある。

一つ目の座学は「緊急自動車などの優先・安全な速度と車間距離・オートマチック車の運転」という講習。教官はまたしてもあのオールバックだった。停止距離は、空走距離と制動距離の合計ですという話の説明をするために

「チャリ乗ってて、私よく自転車で例えるんですけど、チャリ乗ってて道路にボールが転がって来たら、ウオーーッってボールを追いかける人はいないよね。まずペダルを離すよね。そしたらまだすーっとすすむよね。それが空走距離です。そこに子供がボールを追って飛び出して来ました。ブレーキかけます!すぐスコンッてとまらないよね?それが制動距離です。」

という話をしていた。僕は自転車にのりながらウォーーッてボールをおいかける男を想像して、そいつはとても面白そうなやつだと思った。

「オートマのいきさつを話しておきましょう。昭和の時代はオートマ限定なんてものはありませんでした。世間でオートマが出て来たころでした。AT限定免許ができたとき、世間ではなんて言われていたか知ってますか?『あんな免許誰がとんの?』と言われていました。年を経るごとに、AT限定でとる人が増えてきて、MT車ももうほぼ製造してないですからね。この教室にいる7,8割の人はATじゃないかな」

たしかに今では「AT限定」なんて言い方もしなくなった。小さい頃は、たしか母親が免許をとったときに「AT限定」っていう言い方をしていて、あの頃に比べてもかなり空気感は変わったと思う。

「あとね、昔こんなこともありました。運転教習中に、大学生の男の子でした。MTでした。でもMTって難しいので、走りだしてすぐエンストして、エンジンかけたらまたエンストしてってやっていて、なんか焦っていて、かわいそうなくらいでした。目に涙をためていました。僕言いました『そんなあせらなくていいよ。君のペースでやってみて』そしたら彼いいました『サークルの飲み会で、女の子に、男はマニュアルでしょって言われたんすよ。やっぱ男はマニュアルですよね』なので『べつに男だからマニュアルとかではないんじゃないの。君将来なんの仕事したいの』『コンピューター関係です』『君絶対マニュアル必要ないよ!』『そうですかね』彼は翌日オートマに変えていました。教習所では変えられます。オートマに。全然強制しません。」

などとにかくいろいろな昔話を感情込めて離すので、あまり眠くならないので助かる。途中「ちょっと空気変えましょう。手伸ばしたりして、あくびしてもいいですよ。暑いと眠くもなるよ。」ということもできるオールバックだ。また彼は、ただ教科書の重要なところを教えるだけじゃなくて、それをひねって、どんな問題が出るかも考えてくれる。免許の試験は結構意地悪というか「出題者、頭悪いな~」みたいな問題が多いだろうに(原付免許を取った時にそう思った)、大変だと思う。

オールバックの講習の次は運転講習で、教官は昨日初めて一緒になった適当なおじさんだった。今日はまだ午前中だったので、昨日ほどお疲れではなかったようだ。彼も25年くらいこの仕事をしていて、「楽しいですよ」と言っていた。「いろいろな人がくるからですか?」と聞いたら「人もあるけど、成長するのを見るのは楽しいよね~」と言っていた。「落ち着いてうまくなって、そしたらゆっくり話を聞かせてください」と言われた。

運転講習の次は、またオールバックの座学だった。「運転免許制度・交通反則通告制度」。自分が担当した教習生が、「教習所行く前に、バイト先の先輩に、俺の車で練習していいよ。駐車場で。って言われたんすよー」と言っていた話や、免許の有効期間が切れたことに気がつかなのは都会の人ばっかりだっていう話とか、近所の人に通報されて、こっそり免許停止中に車に乗ったら警察に捕まってしまった教習生の話とか、「検問につかまりました。免許忘れた!アーヤベー!!さてこの時、無免許運転になりますか?どっちかに手あげてくださいよ。試験の本番のとき分からなくても◯か×どっちかはつけるでしょう?さあの人。ほう。じゃあ×の人。ほう正解は、×です!」とか、あと「理解と記憶は違うよ。わたし授業中よくいうんですけど、『理解と記憶は違う』。ちゃんと聞いたことはメモしてください。」と、ちょっとよくわからないフレーズを連発する。理解と記憶は違うってどういうことだ?その二つを比べる必要はないのでは。またこの教習所では年間4500人くらいの生徒が来るらしい。

そのあとちょっと食堂に人が少なくなった頃を見計らって昼ご飯を食べに行って、しばらく散歩して、いまこの文章をロビーみたいなところで書いているわけだけど、正面の机に座っている女子二人組の一人は髪をすっごく注意深くといて、アイロンまでかけている。もう一人は、なんかスマホ(スマホという言い方は慣れない)を横向きにして何かをじっとみている。右側の机に、パソコンを開いている人をみつけた。男。彼も何かテキストを書いてる。同じような日記を書いていたらぜひ友達になりたい。嘘だ。別に友達にはなりたくない。でも彼のブログなどがあったらこっそり読みたい。椎名誠の運転免許エッセイは最高だ。あとみんな眠そう。

なんというかみんな、心からつまらなさそうだ。屍みたいだ。一般大学とかってこんな空気なのか?

14:28

あのオールバックの先生は百地さんというらしい。彼はもう20年以上この仕事をやっているらしいけど、この学校内ではたぶん彼は仕事ができる人で、生徒の評判も良さそう。そしてそれが彼の尊厳にもなっているんだろう。講習中、彼は輝いている。自分の仕事を見つけたんだという感じがする。愛おしいというか、素晴らしいことだ・・。こんなところにも人間の尊厳が輝いている。こんな掃き溜めみたいなところにも・・。

最後の講習はかなりピンチだった。まだ眠い。「信号に従うこと」という講習。教官はマスク眼鏡短髪の、眠くするのが上手な人。冒頭で「携帯など余計なものはしまってください」と言って映像を流し始め、映像のあいだ教室内の全ての列を、生徒が座っている机の下などをいやらしくみながら歩き回っている。見ていて気持ち悪い。なんでだろう。

授業中眠すぎて、先生の話したことをメモする紙に

「一番前の男子、死んじゃう?大丈夫?ちょっと眠いんだけどね。一人だけ寝ていいよってわけにはいかないんです。→「ニュートラル」っぽく感じた」

という謎の言葉が書いてある。ニュートラルっていうのは、たぶんギアでいうニュートラルっていうことなんだろうけど、眠りに落ちる直前て、思考に不思議な飛躍が生まれる。

「交差点も横断歩道も自転車横断帯も何もないところで、警察官が手信号をやっているとき、車の停止位置はその1m手前である。」というルールがあるのだけど「試験ではこんな問題がでるので注意してください」といって先生が「交差点では手信号をしている警察官の1m手前で停止します」という例題をだしてこれは◯ですか×ですかと言うのだけど、この問題の出題意味は一体なんなんだ。ただの、ひっかけのためのひっかけでしかないのでは。標識を覚えさせたり、法定速度を覚えさせたりするためのひっかけならまだわかるけどこれは・・。他にも日本には制限速度40キロの道路で、全部の車が50キロで走ってるみたいな状況はざらにあるのに全然制限速度を50キロに直さないっていう慣習があることとか、そういうことを考えるほどここにいる時間がマジで時間の無駄遣いに思えて来るけどまあやるしかないけどもうやだ。百地さんは「現場の運転と、教習所での勉強は切り離して考えてください」と、言っていた。それ言っちゃっていいのか?しかし今回の座学は今までで一番眠かった。百地さんの講習がなつかしい。

とにかく人間の知性を限りなくバカにしているような空気感があり、マジで掃き溜めみたいな場所だ。今後教習所ではなく魂の墓場と呼ぶ。屍が歩いている。もういやだ。唯一の救いはみんな18歳とかなので、喫煙所に屍がいないことだ。

17:27

と、上のこの文章を書いていたら、ふたつ右隣に座っていた男性から「マニュアルですよね?」と話しかけられた。「はい」と答えたら「どうですか?難しくないですか?」というので「いやー、難しいですねー思ったよりもずっと難しいです」と答えた。「なに、されてるんですか?お仕事ですか」みたいなことを言うので「作家です、と言うか美術家です。正確に言えば。」と言ったら「まじ。。っすか?」と驚いている。「なんか、教習所の生活がいろいろツッコミどころが多すぎるので日記を書いておいたら面白いかなとおもって書いてるんですけど。」「たしかにそうですよね。作家ですか。そんな人実際見たことないっすよ。おいくつですか」「29です。おいくつですか?」「専門学校の4年生なんで、いま21です。今年で22です。」「そうですか~」「ここに来てる人たちみんな18とかじゃないですか?なんか若くて。。」いやあんたも十分若いし俺だって若いはずだとおもいながら、たしかにここにきてる18とかの人というか猿たちをみてると、自分歳とったな~とか思ってしまう。やはり、同じことを感じている人間はいた。「ですよね~」「なんか、友達とかつくる気なくて、ただ免許とってやろうって感じなんですけど。」

彼から、仮免許試験の予備テストの受け方とか、というかみんなもう今日から受けていることとか、彼はすでに90点以上を二回取っている(15回くらいあるチャンスのなかで、2回以上取らないと仮免許試験を受けられない)こととか、「満点君」というウェブサイトで試験勉強をする方法などを教えてもらった。みんなスマホをいじってるだけかと思っていたけどそれはスマホでもできるのでそれをみんなやっているらしい。

「何日に入校したんですか?」ときいたら「多分一緒です。22日です」「あ、一緒ですね」となったけど、こいつは一体いつから俺の動向を観察していたんだ。あと彼は、僕と同じホテルで、行きも帰りもバスではなくて歩いているらしい。「僕も歩いてますよ。バス嫌なので」と言ったら「なんか、親近感が」と喜んでいた。彼は僕と同じくこのあと18時50分から運転教習で、そのあとジムに行くらしい。彼は専門学校で建築をやってはいるが、もともと自衛隊に入りたくて落ちてしまい、大工になれると思って入った学校が建築の学校で、建築設計と大工は違うんだということにがっかりしながらもいまは就職活動をしているという。人生って面白いな。

4日目にしてはじめて他の教習生とまともな会話をした。

18時50分から運転教習だった。そしたらさっきの座学で担当だった、眠くするのが上手なあの先生だった。彼は、今までの二人と違って、全くスキを見せない。僕の仕事のことなども尋ねないし、なにか運転について聞いてもドライに答えるだけだ。緊張した。しかし、こういう教官相手にちゃんとできないと免許は取れんだろうと思って頑張ったけど、S字カーブのところで入り方に失敗して後輪が側溝に落ちてしまった。でも彼は全く驚いていなかった。よくあるんだろうなと思った。あと2回くらいエンストさせてしまった。でもマニュアルを運転するのは楽しい。オートマ車が世の主流になってるのが残念だ。

今日も今日とて歩いてホテルまで帰った。ぎりぎり夕食の時間に間に合った。11時限目のあとも、歩いて帰って夕食に間に合うことがわかったのでもう怖いものがない。もうバスには乗らんぞ。帰り道、心がいっぱいいっぱいになってしまっていて久々にシガーロスを聞きながら、缶ビールを飲みながらふらふらと歩いて帰ってきた。小説がすすまない。小説を書こうとしすぎているのかもしれない。もうちょっと、こうやって日記を書くようなことにひきつけてかければいいのだけど。こういう日記はほとんど無限にかける。うまくこれを、小説の方にシフトできれば良いんだろうけど・・。カフカを読むぞカフカを。

正直、自動車教習どころではない状態なんじゃないかと思いつつ、何しろ始まってしまっているのでやりきるしかない。教習の時間中ずっと、働いてるみたいな気持ちだ。お金払ってるのに。今日は朝はやく起きてしまって、テレビをつけて森友学園の籠池さんに野党の議員が接見したというニュースを、ほとんど耳に入れるだけみたいな状態で聞いて、そしたら7時半になってしまったので下に降りて朝食(朝食は昨日と同じくビュッフェで、鮭の焼いたやつとか卵焼きとか)を食べて、バスにのって教習所にいこうと思ったけど天気が良いうえに気持ちが上向きになってバスに乗る気が失せてしまったので、歩いた。ホテルから教習所まで3キロちょっとあり、講習がはじまる1時間前を切っていたけどまあいけるだろうと思って早足ででかけた。エレファントカシマシのSTARTING OVERをイヤホンで聴きながら、落ち込んだり盛り上がったりしている。忙しいやつだ。こんなやつと付き合いきれないと思うこともあるけどなんたって自分自身なので縁を切ることはできない。空も晴れていて、暖かい。車を洗車しているおじさんがいて「良い天気ですね」と声をかけたくなっちゃったりしながら、でも沼の存在も感じている。

今日の一発目の授業は9時10分からの「標識・標示などに従うこと」という不思議な言い回しの講習。これまたなんのひねりもない教官で、眠い。この眠さどこからくるんだ。みんな眠そうにしている。単純に話が退屈だから眠い。教科書を追うだけでつまらない。つまらないから眠くなるのか?なんらかの防衛本能なのか?

教官が途中

「しにそうな人大丈夫?みんな合宿で来てるってことはギリギリの予定だと思うんですよ。予定通り出たいよって人はきっちりやってください。こっちも、できてない人は容赦なく落としていきますから。いいですよ。このあとのんびりできるよって人は、料金払って延泊していってください」

と、半ばいじめのようなことを言っていた。標識を色々勉強したのだけど、幼稚園あり、とか、路面凹凸ありとか、動物注意とか、落石注意とか、急勾配ありとか、色々あるのだけど、最後に黄色い四角に!マークが書かれているだけの「その他の危険」という標識が書いてある。このマークにそそられる。見れば見るほど怖い。その他の危険ってなんだ?なんらかの悪いエネルギーが充満しているとか、色々想像させられる。

二発目の授業は11:10からの「交差点などの通行・踏切」。ちなみにこれは四時限目で、学校は1日十二時限目まである。1回の講習は50分で、時限と時限のあいだには10分間のインターバルがある。

いま僕は学科教習は1日3回くらい入ってるだけで、加えて1日2回くらいの運転教習がある。

教科書の「交差点などの通行・踏切」の中に、ウェブサイト『ボケて』で有名なあのイラストがあった。「交差点は、最も事故の多い場所です」と書かれたそのイラストは、せいぜい長辺7センチくらいの小さなイラストで、交差点の様子がカラーで描かれているんだけど、その交差点がものすごいことになっている。手前と右奥と左奥に横断歩道があり、左の横断歩道をバッグを持ってピンク色の服を着た女性が、交差点を左に曲がろうとした赤いセダンのような思いっきりハネられている。その衝撃は、黄色いジグザグで表現されている。またそのセダンのすぐ右には、左の道路から走ってきた緑色のトラックが描かれていて、そのトラックと、右の道路からかなりのスピードで飛ばしてきたことが伺える赤いバイクと正面衝突している。この衝撃も、同じく黄色いジグザグで表現されている。さらに、そのトラックの奥、奥の道路から右の道路に曲がろうとしている白いバンが、同じく奥の道路から横断歩道を渡って手前に渡ろうとしていた自転車に乗った子供に思いっきりぶつかっている。同じく黄色いジグザグの衝撃がほとばしっている。三人とも命が心配な衝撃だ。いっぺんに3箇所で事故が。みればみるほど「なんでこんなことに」という気持ちに・・。

これから運転教習。初めてのAT車。

14:41

AT車に初めて乗った。あの77歳のおじちゃんおそろしく簡単だった。ほとんどハンドル操作にだけ集中していればよい。クラッチの踏み加減とかアクセルの踏み加減とかいまのギアで正しいかとか、気にしなくて良い。MTもATもそれなりの回数を乗って練習しないと試験は受けられないらしいが、一体何を練習しているんだという気持ちになる。ちょっと簡単過ぎてつまらなかった。MTのほうが、機械を操縦している感じがして楽しい。そのあとすぐ、今日最後の講習。

「追い越し・行き違い」という内容、教官は初日に「心得」を伝授してくれた「良い先生」だ。今日も先日と変わらず良い先生オーラをだしている。僕の後ろに座っている男女4人組くらいのグループが

「マジシビアだわ」

「テストやっても受かんないし」

「俺ら82点だった」

「え?自慢?」

「はあ、まじシビアだわ」

などと、限りなくしょうもない話をしている。自分の中学生時代を思い出した。自分にもこんなしょうもない時代があったとおもうと愕然とする。あったっけ。すくなからずあっただろう。こういう会話は口が先に動いてるものなので、反射的にポンポン発話しなきゃいけないんだろうけど、僕はうまく参加できなかった。「楽しめない自分が悪いんだ」と思っていた。二度と戻りたくない。しかし、このグループは講習中ずーっと話していた。まじでずーっと。録音しておけばよかった。細かく書きおこせば、なにかしら興味深いものはでてくるだろうに。

講習は例によってまず映像を見せられた。カップルがちょっとスポーツカーっぽい赤い車にのって道を飛ばしている。「俺の運転テクニックすごい」みたいな話をしている。そこに黒い車が来て、抜き去っていった。彼女が「ちょっと、抜かれちゃったよ」と、いう。彼氏が「ああ。わかってるよ。みてろ」みたいなことをいって、山道のカーブで対向車線にはみだしながら出て追い抜きにかかる。そこに対向車がきて、「キャー」みたいな悲鳴が聞こえて映像が止まる。そこで「この場合、」とナレーションがはいって

①自分が悪い

②彼女が悪い

③運が悪い

という謎の三択が画面に表示される。後ろのグループは「自分しょ、自分」みたいなことを言っている。僕は机をひっくり返して出ていきたい気持ちになったけどそんなことはせず、ぐっと聞いていた。そもそも机は床に固定されているのでひっくり返せない。しかも、この三択に対する言及は映像の中でも講習の中でもでてこなかった。あれはなんだったんだ。

「良い先生」は、追い越しが禁止されている場所について早口で

「禁止されているのは上り坂の”頂上付近”ですよ。上り坂っていう言葉に線は引かなくていいよ。え、じゃあ上り坂の途中では追い越していいんすか?いいっすよ。歓迎だ!歓迎はしないけど。」

みたいなノリだ。喜劇をみてるみたいだ。

とかいろいろつっこみながら聞いているけど、講習時間以外は全然勉強してない。こんなあれこれ突っ込んでおいて落ちたらかっこわるい。でも僕は昔から勉強に関しては追い込みで頑張るタイプだったし自頭は良い方だと思っているのでなんとかなるだろうでもそろそろ勉強したほうがいいかもしれない。

そのあとすぐ、今度はMT車の運転教習があった。今度はあの77歳のおじちゃんじゃなくて。なんかちょっと茶色がかった適当なおっちゃんだった。

車に乗って割とすぐに

「なんか疲れちゃって脳みそのなかわけわかんなくなってるけどごめんねー」

と言われた。僕は

「え?大丈夫ですか」

としか言えなかった。おっちゃんは笑っていた。彼は適当なところはあるけど、多分ぼくという人をみて話しているところもある。「なんか聞きたいことあれば言ってね」といわれたので「カーブのハンドル切るタイミングはこれで大丈夫ですか」ときいたら「ちょっと早いんじゃない?」と言われた。ほう。また「仕事はなにしてんの」と聞かれた。昨日より元気よく「作家ですね!」と答えた。「儲かりますか?」と聞かれたので「全然儲からないですね!」と答えた。運転しながら。例によって

「君は作家になるってことは、今のうちにサインとかもらったほうがいいのかなー。」

と言われた。今作家やってるって言ってるのに。まあもういいけど。

「そうですね!」

と言った。そしたら

「俺のサインいる?」

と言われたので、「いるわけないだろ」と思いながらも、何も答えなかった。しかし、悪い人ではなかった。実用的ないろいろなテクニックを教えてもらった。半クラッチの使い方など。運転教習のあと、すぐホテルに向かって歩いた。バスで帰るのは嫌だし天気も気候も時間帯も最高だったので歩いて。今日も綺麗な夕暮れだった。ホテルまで1時間弱かかるけどあっという間だ。そもそもバスなんてものに乗って、こんな気持ちの良い夕暮れの街を歩いて帰らないからだめになるんだみんな。それにしても静岡では「さわやか」をたくさんみる。浜松の名物だと思っていたけど、静岡にはたくさんあるのか?

ホテルについてそのままロビーで晩御飯をたべて(今日の、鶏肉のトマトソース和えみたいなおかずは美味しかった。ここにきてベストの味だった。)、youtubeみたりカフカを読んだりお風呂に入ったり洗濯をしたりしたらあっという間に10時になってしまった。今日は小説はまだ手をつけてない。昨日は進められなかった。一昨日は進められた。小説なんてやったことないけど、多分継続的にやるのが大事なんだと思う。

22:23

昨日の実技の模擬講習を担当していた教官の男性は、高松のなタ書のキキさんを思わせた。訛りと、猫背っぽい姿勢と、あと言葉の発音のタイミング?でもここ掛川自動車学校のいち教官が、香川県にいる古本屋の店主を思わせるっていうのは不思議だ。人が別の人を思わせるとき、何を感じているのだ。

僕が泊まっているホテル「バジェットイン掛川」には、無料で使えるマッサージチェアと、1日200円でレンタサイクルもあるらしい。観光地も書いてある手書きのシンプルな周辺地図ももらった。この地図によると、掛川の観光名所といえば「掛川花鳥園」らしい。みみずくのイラストが添えられている。行きたい。それにしてもまだ二日目。ここにあと二週間もいると思うと爆発しそうになる。他の生徒は、休み時間には自習室にいって教習の勉強をするか(あるいは自分の学校の勉強をしている人もいるだろう)携帯をいじって何か動画を見たり漫画を見たり(漫画が多い印象)ゲームをしたりしているか、ロビーのテーブルでつっぷしているかしている。ねむいんだろう。

昨日から探しているけど、僕みたいに自分のパソコンを持ち込んでそれに向かっている人はいない。この教習所のロビーは天井も高くて机も椅子も清潔で居心地は良い。昨日は風が強かったけど今日はそんなに風もなく、曇り空ながらほとんど晴天を思わせる明るさで気持ちが良い。

今日は1限目から教習があった。一時限目は8時10分から始まる。朝7時35分にホテルに迎えに来たマイクロバスに乗り、無言のなか15分くらい運ばれ教習所に着く。バスは1台ではホテルの生徒を乗せきれず、応援の2台目を呼んでいた。一限目は「安全の確認と合図、警音器の使用、進路変更など」という授業。

話を聞いてるとそこで語られていないことのほうが気になってしまう。全く文明が違うけど言葉は通じる宇宙人に自動車講習を施すとしたら、こんな語り方では全く通じないと思う。宇宙人は極端だけど、この教室でも教官からしたら車についてどこまでしっているかわからない相手にむかって一方的に話すだけだ。彼の話が教室にいる人のうちどれだけの割合にどのくらい届いているのかはわからない。例えば進路変更したいときは3秒前に合図を出すことになっているらしいが、進路変更は同じ車線内でも、道の左側が空いてるときなんかは左に合図を出してから左に動かないといけないらしいけれどそのとき左による具合がどのくらいなら合図を出す必要があるのかとか、そういうニュアンスは、言及されないままなんとなく共有されている。50分きっかりの授業をきっかり何回受けないとだめみたいなことも決まっているらしく、なんか時間潰しとほとんど変わらないことをやらされている感じだ。たぶんそういうこととか、当たり前のことを当たり前に話すこととかが辛過ぎて、多分教官たちはユーモアを交えたり自分の体験を話したりするんだろう。

「前の車に乗ってるブラザーのバイブスキャッチしながら運転してくれ」とかそういうほうがいいかもしれない。

授業は、昨日の「運転者の心得」という最初の授業よりもずっと人数が多かった。みんな延泊しているひとたちなのか?この自動車学校にいる生徒たちは現在ほとんど合宿で来ている人たちだろう。なんとなくわかる。授業を聞き逃したり、試験に落ちたりテストがダメだったりして延泊という事態になる人は結構たくさんいるらしい。教官はメガネの男性だった。50は過ぎているだろう。でも昨日出会った、居眠りに抵抗する人をサイコーだと思っている教官よりも毛がふさふさしている。あっちの方が若そうなのに。髪の毛の量は年齢と関係ないのだ。まず割と高画質の映像を見せられる。聴覚障がい者に配慮してか、すべての音声は下に字幕がでる。映像は車が走っていたり車で走っていたりする映像ばかり。最初にちょっとノレそうな音楽がBGMとしてかかり、語りが始まる前に字幕が下にでるので、なんかダサいミュージックビデオでも見せられるのかと一瞬ひやっとしたけどさすがに歌ったりするわけではなく、淡々と「自動車にのるさいには~」みたいなナレーション。

先生は、サイドミラーで見える範囲と前方への視界の範囲のどちらにも属さない、三角形の死角について話すときに。「これね、三角形だけど死角っていうんですよ。」と言っていた。

「もしね、ウインカーが壊れて合図が出せなくなったら、右折したい場合は右手を窓から水平に出します。あ、でもこの教室にはお金持ちも多そうだな、左ハンドルの場合は、右に曲がりたいとき、右手を水平ののばすとどうなりますか。助手席にいるひとの肩を抱いてるようにしか見えない。もし恋人だったらどきどきして嬉しいですね。でも後ろから見たら、なんかいちゃついてるなとしか思えないですよ。」

お金持ちも多そうだな、とは、パワハラとかひどそうな人だ。

「警笛ならせっていう標識が出ているときは、かならず警笛を鳴らさないといけません。でもみなさんはふだんはこれを目にすることはありません。たとえば住宅街の交差点にこの標識がでていたらどうなりますか。その隣に建っている家は、一日中自動車のクラクションを聞くことになります。朝はめざましでいいかなと思いますが、夜中の1時でも2時でも、それを聞いていると『もう引っ越そうか』というふうになりますね。でも家のローンはまだ残っている。どうなりますか。」

この話がものすごく深い問いかけに思えたのだけど、しかしそんな意図はないんだろう。なんで家のローンの話になるんだ。

あとバイクが住宅街に入って、ある家の前に停まってその家のほうを見てクラクションを繰り返しならしている映像を見せながら

「あと、こんな時は鳴らしてはいけません。バイクが家の前に止まって警笛を鳴らしています。友達と待ち合わせですね。うるさいですね。」

すると、その家からではなく、周りの家からなんか人が出て来て集まって来る。

「なんか友達じゃない人集まって来ちゃった」

ここで教室で笑いが起こる。

「迷惑ですね。こんな朝から。こんな使い方はしてはいけません」

このバイクの一連の説明に5分くらい使ったりする。

また青信号でも進まない車に向かってラクションを鳴らすのは、気持ちはわかるけどダメです、という話をしたあと、クラクションを鳴らしてせいで怒りを買い、殺人事件まで発展してしまった例を話してくれた。

「クラクションは怖いですよ。私もね、体験あるんですけど。交差点で信号待ちをしているとき、前に軽自動車がとまってました。助手席に、女性が座っていたんですけどね。ちょっと私のタイプでね。髪の長い可愛らしい女性でした(こいつはセクハラも酷そうだなと思った。同じ職場で働きたくないタイプだ。後ろの生徒も、『何の話なんだよ』とつぶやいていた)。それでね、信号が青になったんですけど、前の車が全然動かないんですよ。私は気が長いから待ってたんですけど、そしたらね、私の後ろの車がブーッってクラクション鳴らしたんですよ。もうびっくりしました。そしたら進んでくれたんですけど、すぐまた赤信号に捕まって、そのとき前の車の助手席の女性がね、後ろを振り返って私のほうを見てくるんですよ。私が鳴らしたと思ってるんですよ。運転席の男性にもバックミラー越しに見られちゃって、しょうがないからわたしも後ろの車を見ました(ここで笑いがおこる)。後ろの車はね、けろっとした顔してるですよ。もうわたしはこれ以上この車をついていけないから、本当はまっすぐ行きたかったんだけど左に曲がりましたね。あのときわたしナイフ持ってなかったんですけど、ナイフ持ってたら後ろの車の人刺しにいってましたね」

いったい何の話をされていて、こいつは一回の授業でいくらもらっているんだろうと思いながらずっと聞いているわけだけど、基本的にこんな授業ばっかりだ。こんなばっかり受けるくらいなら、教科書を買って自分で勉強した方が時間もかからない気がする。自動車学校は敷地内で車に乗る練習ができるという特権だけで成り立っている商売だ。

このハラスメント親父の授業が終わってつぎの授業は「車の通行するところ。通行してはいけないところ。」という内容。例によって映像が流れはじめ「車が通行位置を正しく守れれば、道路を安全で円滑に通行することができるわけです」というようなナレーションがはじまる。そうなのか?通行位置とかよりも、優しさとか思いやりとかが大事なんじゃないかと思いつつ眠くなる。教官はメガネでマスクで短髪の男性。いままで出会った教官の中でもっとも髪が短い。しかし、なんでこうも男性のしかもおっさんばっかりなんだ。この先生は、これまでの教官の中では最もクセがない人だった。ユーモアもなかった。途中、眠くなるのを防止するためか教室に座っている生徒の間を歩きながら話(講義とはよびたくない)をしたりしていたけど、とても眠くなった。どの講習も基本的に、教科書に線を引く場所を教えてもらうための時間みたいなもんだ。

ぼーっと聞きながら「人の話を聞いて、眠くなるなんて本当に久しぶりだ!」としみじみ考えた。大学の授業以来?卒業してからここまで、人の話で眠くなるなんてことはほとんどなかった。僕の人生は恵まれている。

考えてみたらお金を払ってこの講習を受けていることが不思議だ。お金をもらって車の講習をうけるならまだしも、すっかり一般化してしまった車に乗れるようになることに、多額のお金を支払うのは不思議だ。お金をもらっても払ってもあまり意味が変わらないのが自動車免許かもしれません。

これから適性検査とやらを受けに行く。

12:03

適性検査はなかなか面白かった。同じ図形を探すやつとか、ロールシャッハテストも出題された。三日後くらいに結果がわかるらしい。また60問くらい「あなたは思い立ったらすぐにやらないと気が済まないですか?」「あなたは知らない人相手でもすぐにうちとけることはできますか?」「あなたは一度決めたことをかえるのが嫌な頑固な性格だと思いますか?」みたいな問題が出題されたのだけど、全部「場合による」としかいいようがないだろとおもいつつ、「そう思う」か「そう思わない」か「わからない」みたいな三択を、1問につき2秒くらいのシンキングタイムでどんどん答えた。あんなんで人の性格がわかるのか?あんなテストで僕のドライバー適性がわかるのか?適性を知るには話すしかないだろうと思ってしまうんだけど、しかしこのテストを作ったのは東大とかの偉い先生方らしいので、僕が「全部場合による」と考えるなんてことは全部お見通しなんだろうと思いたい。

そのあとお昼ご飯の時間だったのだけどあの狭くて空気が悪くてうるさくて、人が人と話してるのを気にしてしまうような食堂で何か食べる気にはなれなかったので、というかみんなよくあんなところでご飯を食べる気になるな。若いからか?僕が年をとったからなのか?しばらくどっか良い飯屋ないかと思って、ランチをやってる、店内がほとんど見えないインド料理屋を見つけたので入ろうとしたけどどうも踏み切れず、隣の丸亀製麺で明太釜玉うどんをたべた。インド料理屋はまた後日。

食後、しばらく散歩した。ほんとは学校にいるあいだくらい、自動車免許の勉強をしたほうがいいんだろうけどどうもまだやる気になれず、こんなんで僕は免許がとれるんだろうか。あなたはどう思う?

春の午後で、風はなくて、気温もちょうど良くて花粉症でもないのでただ陽気で気持ち良いはずの日差しの中どんなに散歩しても心の中心まですっきりきれいに晴れるなんてことはなくて、でも考えてみれば今までそんなことは一度も経験したことがない。いつもなにかひっかかるものがあり、影があり、足を取ろうと待ち構えてる沼みたいなものがあり、いま思い返せば、大人になってから、いま大人なのかどうかもわからないけど、それを振り払おうと一生懸命やって来た。小さい頃は違ったかもしれない。でももう覚えていない。宗教のない世界なんて可能なのかっていう問いが、ウェルベックの小説のなかにあった。人はたぶん不完全さを不完全さのまま受け止めることもできないという致命的な不完全を抱えている生き物なので、何か晴れ渡って一点の曇りもなくて喜びしかないみたいな歌を歌う人は新宿駅前の路上とかにたくさんいるけど、100パーセント何の曇りもない希望とか未来なんてものは存在しないので、僕は嬉しくて悲しい歌とか、楽しくて寂しい歌とか、そういう歌が好きだ。

14:58

今日最後の座学がおわった。「歩行者の保護など」という講習。生徒が多い。80人くらいいる。みんな若い!高校にいるみたいな気持ちになる。若さがまぶしい。未来が感じられる。目が輝いている。笑っている顔に陰りがない。これまでは僕は先生をよく観察するために前の方に座ってきたけれど、今回は後ろに座らざるを得ない。教官はメガネマスクのおじさんだ。以前もどこかで見たような気がする。

「横断歩道で歩行者が渡ろうとしてたら、一時停止しないとだめですよ。横断歩道で事故起こしたら一発逮捕だよ。みなさん手錠かけられたことある?・・いや、真面目に答えなくていいですよ。このあいだ聞いたら、一人、おじさんが手をあげちゃって、まずいこと聞いちゃったな~と。ヤクザだった。すごいよ。本物のヤクザは。すっごく紳士だった。卒業する時、黒い車が10台くらい迎えにきてた。あんな運転手ついてるなら、あなた免許いらないでしょ。って言ったよ。彼は100点で卒業したからな。卒業する時に『先生のおかげです』っていうから、『いや、ぼくのおかげじゃないよ』って言って、『いや、先生のこと忘れないです』って言うから、忘れてほしいなあと思ったんだけど・・。」

このあと、6時50分から、2回目の運転教習がある。エンストに気をつけたい。

17:09

教官は昨日と同じおじちゃんだった。場内のサーキットは教習車で混んでいる。2,30分くらい、昨日と同じようにハンドルのまわしかたがダメとかクラッチがそんな急にあげるなとか、アクセルはいまは踏むなとか散々言われながら運転したあと、前方の車が動かなくなったのでうしろについて停車しているとおじちゃんが突然

「あんた、仕事は?」

-自営業ですね

「自営か。もっと早く免許とろうとはならなかったんか」

-そうですねえ。東京生まれなので必要なかったんですよ。

「東京か!まあ便利やしな。自営ってなんのしごとしとるん」

と、会話が始まった。MT乗車2回目にして会話をこなしながら運転するという高度な技を求めらていると思いつつ

-作家です。

と答えた。

「あんた、作家か。小説とか、書いてるのか。短編とかか。小説とか、読まんもんでな。わからんけど。何部くらいなんだ。最高で。」

-2千部くらいですねー。

「二千か。クラッチ、セカンド。」

-はい。セカンド。でも最近本が売れないんですよ。(適当なこと言ってしまったと思った)

「そうか。たしかに、活字離れっちゅうしなあ。」

-絵とかも書いてますけどね。(mt運転2回目のこの状態で僕の活動を細かく説明する余裕はなかった)絵本とか。

「絵本か!」

彼の話も聞くと、なんとこの仕事を50年やっている、77歳の超ベテランだった。色黒の。50年・・。父ちゃんが免許とるときも余裕で教官だった年齢だ・・。かなりぶっきらぼうで口悪いところあるけど、なんかむき出しの人間味みたいなものが感じられて、たぶん良い人なんだらうとは昨日から思っていたが、やっぱり良いおっちゃんだった。愛情のある元気なおっちゃんだ。色々話しかけられると運転に集中できなくてちょっとアレだけど話ができるのは嬉しい。50年、自動車免許の教習してるひとの話、きいてみたい。彼は機械いじりが好きで、暇な時は車をいじったりしているらしい。

「なんも脳がないからこの仕事しとるでな。あんた、うまくなったよ。ほんとお世辞じゃなく、年にしては笑。うまいほうだよ。若い人より。クラッチが使えないひとが最近多いでな。」

「あんた、たぶんいける。規定で出られると思うよ。」

「いまは忙しいけどな、あと一週間もすればがらがらになる。」

褒められた。あんな色々言われていたので、褒められるとすごく嬉しい。この、、喜び。なんだこれは。心ってやつはなんて単純なんだ。

「明日はオートマでな、オートマは簡単だから。じゃ」

と別れた。車を降りたとき「あ、そういえばここは教習所だった」と思った。一瞬、別の世界に飛んでいったような感覚。

この時点でもう8時ちかくになっていてホテルの夕食は8時半なので今日はさすがに送迎バスで帰ろうと思ってバスに乗る列に並んだらバスが僕の前で一杯になってしまって、別の職員さんが運転する教習所のバンに、別のホテルの合宿者4人と一緒にホテルまで送ってもらうことになる。4人はみんな多分18歳くらい。

「ピアスしてないほう、いるじゃないですか。ああいうのもてますよね。」

「つかどっちもモテそう。」

というような話をしていた。みんなここにきて友達を作っている。会話の内容が、なんというか若い。

21:16

牢獄みたいなところだ。講習の時間は1日のあいだにばらつきがあり、自由時間がその合間合間にあるのが救いだけど、同じ時間にみんなでお昼ご飯を食べる。免許を取るというただそれだけの目的が一致している人たちと同じテーブルでご飯を食べる。生徒になめられないようにしているのかもしれないけれど、教官はもう無駄な威圧感が身に染み付いてしまっていて、なんだか彼のからだが不憫だ。毎年何千人も相手にこんなことやってたらロボットみたいになるのも無理ない。

まず朝10時に駅に集合し、そこからバスで学校まで連れてこられた。そこからもう我々は見下されている。最初っから言葉遣いが荒い。

はい、ここ並んで。そっちに並んで。交通費すぐ言えるようにしといて。携帯で調べるなり領収書みるなりして。はい、君名前は?

-村上です

免許証もってる?免許証

-原付の免許証もってま..

免許証と、住民票と印鑑とボールペンがすぐ必要になるんだけど、そこに入ってる?

-はいってま..

はいってるね。じゃあ荷物は預けちゃうから。あ、貴重品は持ってる?

-もっ..

持ってるね。はい

自分で聞いておいて、こっちが答える前に「はじめからこっちの答えがどうだろうと関係ないじゃないか」と言いたくなるようなことを言い出す。いちいち気にしてたらあっという間に精神病になりそうだ。気にしないスキルを身につけなければいけない。

その後、学校までバスでみんなで向かう。僕と同時に30人くらいが入校し、ほとんどは18歳~20歳くらいだと思う。数人の友人グループできている人も多い。この合宿免許の年齢上限が29歳なので、僕より年上はいないだろう。

先日、阿部から合宿免許で体験した壮絶な怖い話(ヤンキーが、同じ寮内でいじめっ子をみつけて酒にションベン入れて飲ましていたのをみて自分がトイレにいけなくなってしまったという恐ろしい話だ。)を聞いていたので、どんな鬼か妖怪か化物がいるかとおもって警戒しながらバスに乗ったけれど、明らかな化物はぱっと見た感じはいなかった。安心した。みんな、とりあえず見た目は人間っぽい。

学校に到着し、廊下みたいなところで写真撮影をされ、教室にいれられた。おそらく教室に入った全員が「こいつがBOSSだろうな」と感じたと思う、色白のメガネの男が立っている。白いワイシャツに黒いベスト、茶色い革靴で短髪という格好。駅からここまで引率してきた男二人も教室に入ってきて、生徒を座らせた。このBOSSは話すときはいつも眉間にしわを寄せていて、無駄な威圧感がもう身に染み付いてしまっている。二人の男は下っ端という感じ。ただ、車の運転ができるというだけで、人はこんなBOSSになることができるのだ。素晴らしい新世界に足を踏み入れてしまった感じがする。そこで書類を渡されて、なんかいろいろ書かされるのだけど、その指示の細かさたるや、ものすごくさえある。使命は簡易な字体じゃなくて正規の字体で書けだの、住所は免許証あるいは住民票と全く同じように書けだの年齢は、今日時点での満年齢を描いてください、明日誕生日でも、今日は違いますよ。だの、とにかくうじゃうじゃと細かい指示を出して、指示を出してる間にボールペンをいじったりホチキスで何枚かとめてある紙をペラっとめくられるのを予防するために

「1枚目の話しかしませんからね。1枚目だけ見とけばいい。紙をめくるなよ。めくるやつが時々いるんだよ。話を聞いてないんだ。」

「ほらめくってる、1枚目のことしか言ってねえよ」

だの、とにかく指示がすごい。私はロボットです。と自分に言い聞かせなければこの場は乗り切れない。私は言われたことだけをやり、言われたタイミングで、言われた通りに記入します。しかし、紙をめくろうがめくるまいが、話を聞いて理解すればいいわけで、話を聞いてない人は免許に落ちるだけだから、その挙動まで指示する必要はないんじゃないか?バカなのか?また彼は

「昼食は、食堂で食べられます。丼ものか、ご飯か、パスタが選べます。『か』って言いましたよ。オーアール。アンドじゃないですよ。丼もご飯もパスタも全部食べるわけじゃないですよ」

という、笑っていいのかダメなのかわからない謎のユーモアも織り込んでくる。あれは、笑ってよかったのか?でもクスリとでもしている人は僕の見える範囲ではいなかった。

あと、例の東名高速で後ろの車を停車させ、家族連れの両親を車から出して、後ろから来たトラックにひかれて死亡させてしまった犯人のことも罵ったりしていた。

そうやって、なんかすこしだけ脱線しながら恐ろしく細かい指示のもとで一通り書類の説明をされ、記入させられ、その後「交通費を支給します」と言われ交通費(現金)を手渡しでもらうのだけど、その交通費は上限があり、かつそこから仮免許試験にかかる費用が天引きされている。交通費くれるくらいなら、教習代金を安くしてもらいたい。30万円くらいかかっている。

この書類も、ちょっと引っかかるところがあって、男か女か◯させたり(この男女のどちらかに◯する欄、いろいろな書類で見るけど必要なのか?)、統合失調症や双極性障害がある人はいませんか?とみんなの前で聞いたり(仮に僕が双極性障害だったとしたら、あの場で名乗ることはできなかっただろう)なんか色々前時代的なところが目につく。

そのあと視力検査をして、なんか宿泊施設との行き来の説明や合宿中の規則(宿の中で酒を飲むのは禁止らしい。なんで?)をされて、お昼ご飯になった。

人数に対して面積が足りてるとは思えない狭い食堂で一人でご飯(今日のメニューは、ご飯と味噌汁のビュッフェか、天丼か、ミートパスタだった。僕は天丼を選んだけどなかなか美味しかったはずだけど、食べる環境が、美味しいと感じさせない。食欲を削がれる環境・・)をたべていたら、向かいにハーフっぽい18歳の男の子(会話をきいたらイタリア人と日本人のハーフらしい)が座った。彼はしばらく一人で食べていたが、少したったら隣に座った男二人組(こっちも18歳で、高校の友達同士らしい)に

「これ残したら怒られるかな?」

と話しかけた。彼は天丼もとり、ビュッフェのご飯も取ってしまったらしい。それを受けて隣の二人組が「いいんじゃない?」と返す。「一人で来たの?」「うん」「何歳?」というふうに会話が始まる。それを僕は天丼を食べながらそれとなく聞いている。僕はここで誰かと友達になろうなんて思っていないけれど、こんな会話を目の前で聞くと、なんかおれも話しかけないとダメかなとか思ってしまう。こんな気持ちを29歳になっても体験するとは思っていなかった。中学、高校生くらいに、こんな場面によく出会ってもどかしい思いはたくさんしてきた。

お昼ご飯を食べ終わって、僕はいま一人でロビー見たいなところで座ってこれを書いている。

13:24

一つ目の学科が終わった。50分。ぎりぎり眠くならない長さ。先生は、毛は薄くなっているけどすべての毛をオールバックにして、メガネをかけてハキハキと話す「良い先生」オーラが出ていた。授業自体は、なんか教科書をかなり飛ばしながら、「ここに線ひいといて。テストに出るところだけどんどん教えますよ」みたいなさっぱりした授業で、軽い時間だった。半分くらいは、先生の個人的な体験にひきつけながら、教習所生活での注意事項や免許取得の心得なんかを話してた。

最初に「座学は眠くなるのは気持ちがわかる、私だってそっちにすわってたら眠くなります」という話をし始めて

「でもね、姿勢を見せてください。机に突っ伏してるような人はもうダメです。出ていってもらいます。でも、すっごく眠くて、手が止まってて、目も閉じちゃってて、でも開けようとして眉毛をぴくぴくさせて首をふらふらして、なんとか起きてようと頑張って、居眠りに抵抗してる人、サイコーですよそういう人は」

という不思議な話をしていた。

「サイコーですよその人は」というセリフが出て来たときは笑ってしまった。でも他に笑っている人はいなかった。

「わたしこの仕事25年やってますけどね、講習をサングラスかけてうけようとした人は3人見ました。一人は、すこし年がいった女性で、見てすぐわかったんですけど、免停くらって2回目の教習の人で、でっかいサングラスかけてすっごい派手な格好していて「そこサングラス外して」とは言えなかったんで、講習中の注意事項のパワーポイントをつかって、それとなく促したんですけど、微動だにしなくて、しばらく促してたんですけど、全然外さないので、そこだよ外せよ!って言ったら、やっと外したんですけど、もうすっごい顔されて、私女の人にガンつけられたのは初めてでしたね…」

「帽子かぶってる男二人組がいてね、帽子も禁止だから、ちょっとそこ帽子脱いでっていったら、一人が嫌々脱ぎながら舌打ちして、もう一人はまったく動かなくて、脱げって、といったら、『あん?俺?』みたいなこと言われたんで、そこでもう私ダメになっちゃいましたね『オメーだよ!出てけ。』となっちゃいました。教習所ってほんといろんな人くるんですよ!もうびっくりするんですよここは。」

これから実技の模擬教習。

15:06

実技の模擬講習が終わり、そのあと立て続けに実車に乗って講習を受けた。教官は関西弁で口はちょっと悪いけど、割と一生懸命やってくれるおじさんで助かった。しかし何十人も教官はいるので、これからどんな化物に出会うか。。

しかしMTを舐めていた。クラッチとブレーキ、クラッチとアクセルのタイミングが非常に難しくて、走行中に5回くらいエンストした。あとハンドルの回し方が何回やっても教官の気にいる回し方にならないらしく、なんども注意された。まわすときに手をどの位置に置くかということまで決まっているとは・・。

帰り、ホテルまで30分くらいの道を歩いて帰ったのだけど、当然たくさんの自動車とすれ違った。この車のドライバーたちは、全員があんな牢獄みたいな状態をくぐりぬけているのかと感心した。僕は自分が免許を取るとは思っていなかった。でも今こうして取りに来ている。

ホテルはあまり期待してなかったけど幅があるテーブルがあって割と快適だ。いまその机に座って書いている。部屋にはシャープのちょっと旧型の白いテレビ、セミダブルくらいのベッド、ユニットバス、A2くらいのサイズの鏡、ティファールもある。テレビの下の棚には冷蔵庫も。WiFiも飛んでいる。

小説が進むかもしれない。あるいはまったく進まないかもしれない。文を書くのは自分という車をうまく運転するみたいな話で、それに失敗すると走り出さないし、スピードも出ない。おまけに車を作るところから始めないといけないと来ている。

そういえば、模擬講習の際に教室内でせいぜい18か19歳くらいの男の荷物が僕の荷物に当たったとき、その男に「あ、わりい」と言われたのが今更ながら腹が立って来た。あんな年下にあんな言葉遣いをされるとは。

19:18

いま金沢にいます。「変容する家 Altering Home」展に参加します。よろしくお願いします。

僕は「移住を生活する」と「看板図書館」というプロジェクト2点を2会場で展示しています。

撮影:CAN TAMURA

東アジア文化都市2018金沢 変容する家

我々の生きる現代では「家」は一つの社会システムとして構造化されています。建築的・物理的な 「家」は一般化しやすいのですが、表面化しない感情、慣習や文化全般に融解している「家」は、多角的に考察されなければ、その意味を捉えることは困難です。とりわけ、グローバル化によって移動が常態化した今日において、人々の「家」はどこにでも、いくつもあるのか、あるいはどこにもないのか。この問いを起点に、金沢の街なかに存在する使われていない日常空間を探し出し、日本・中国・韓国の現代美術作家が「家」をテーマに作品を発表します。

 

会期:2018年9月15日(土)– 11月4日(日)

開場時間:10:00 – 17:00

休場日:毎週月曜日(ただし、9月17日、24日、10月8日は開場)、9月18日、25日、10月9日 会場により異なる場合があります。

会場:広坂エリア、寺町・野町・泉エリア、石引エリア

料金:入場無料

企画:金沢21世紀美術館

http://altering-home.com/


Participating in the exhibition

Culture City of East Asia 2018 Kanazawa: Altering Home

In our modern age, a “home” is structured as a social system. Although the architectural, physical “house” is easy to generalize, the meaning of “home,” which is entwined with emotions, customs and culture, is difficult to capture unless it is considered multilaterally. In particular, nowadays when mobilization has become permanent by means of globalization, can “houses” or “homes” be found anywhere – or possibly, nowhere? Based on this question, within some of the unused spaces of Kanazawa, contemporary artists from Japan, China, and Korea will present their works on the theme of “home.”

 

Period:Sat. September 15 – Sun. November 4, 2018

Hours:10:00 – 17:00

Closed:Mondays (Open on Sep. 17, 24, and Oct. 8), Sep. 18, 25, and Oct. 9* It may vary depending on the venues.

Venue:Neighborhoods in Kanazawa city (Hirosaka, Teramachi/Nomachi/Izumi, Ishibiki)

Admission:Free

Planning by:21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

https://altering-home.com/en/

夏の太陽みたいにそれが無自覚であっても人に対して行った無神経はこちらにそのうち跳ね返ってくるわけで(それは因果のようなものかもしれない)、それが何年にもわたって行われていたのなら、それはそれ相応の自分の心への反撃を覚悟しなくちゃならなくて、その覚悟を持っていなかった自分の責任を人への攻撃に転換してはいけないぞ。跳ね返ってきたときにその原因の相手が無自覚であっても、それは自分の無自覚の跳ね返りなので、それはもう本当にひたすら耐えなければいけない。俺はいつからこんな傲慢な人間になったんだ。何かと色々な瞬間を思い出して、あのとき俺は無神経だったかもしれないとか、あのとき、ちゃんと考えて返事をしていなかったんじゃないかって考えてしまうことはたくさんあって(これはもう幼い頃からの癖のようなものでどうしようもない。これも傲慢さだ。)ちょっと思い出すだけで山のように出てくるソレなので、思い出すことも気づくこともできないソレがはたしてこの29年間の人生でどれだけあっただろう。その反撃を食らうことはこれからもあるだろう、たぶんいやになるくらいあるだろうけど、覚悟を決めて受け止めないといけない。怒りに反転させずに、ただ正面切って受け止めるぞ。これは宣言みたいなもんだ。ほんのすこしタイミングが違ったり、ほんのちょっとの言葉が足りなかったりするせいで、そこからドミノ倒しみたいに一方向に感情がどんどんすすんでしまって、最終的にとんでもなく大きなドミノが倒れてしまったりなにかが犠牲になったりすることはすくなくないけど、その最後のドミノのおかげでまた新しい道が現れて、それが意外に楽しかったりもっと大事だったりすることもとても多くて、そうやって岐路をいくつも経て最終的に、誰もが、たぶん生まれた人全員が、他には誰もたどり着くことができないところまで進むことができるのがこの一回しかない人生の素敵なところで、だから比べられるわけがないんだハナから。(そして人生のどの瞬間でも幸せと言えば言えちまう憂鬱を宮本は歌っている)色々余計にドミノを倒しつつも、それは間違いなくその人の人生なので、すでに起こっていることがその人生の成果そのものであって、つまり、いつも”結果的に”その瞬間に起こっていることがその人生の全てであって、そこには過去も未来もないはずだ。ただ僕は今日は今日の「悲しさ」や「楽しさ」といるだけのはずだ。僕は今日、今日のさみしさや今日の楽しさと一緒にいられるのが嬉しいはずだ。大丈夫なはずだ。大丈夫なはず。carpediem。それにしてもいい季節になった。公園のベンチでも長々と文章が打てる。このまま外でも寝れそうなくらいだ。春は白い光だ。どこかでなにかが始まっているのを感じる!

花の慶次で佐々成政が追い詰められたとき、慶次に向かって「よかろうこの首を打ち取り、末代までの武功とせよ」と言っていて、それに目が潤むくらいに感動してしまって、それっていまでいうとなんか自意識過剰とか言われちゃって、自分の首に価値があるとか思っちゃってんのみたいな、ねじ曲がった価値観があってそれがおれらの気持ちをどんどん後ろ向きに引っ張っている。自分は人生の中でたくさんの修羅場をくぐってきて、れきしがあって、その積み重ねで、自分に価値があることを自負していて、それで自分の尊厳とともに生きていて、それは眩しいくらいかっこよかった。もしかしたら、おれが思っている俺の価値なんてものは、おれの思い込みなのかとか、おれが自意識過剰なだけなのかとかそんなクソみたいな意識はそこには微塵もない。自分がやってきたことを自分が認めていれば、それは全員にとっての価値なんだ絶対に誰がなんと言おうと。慶次を教えてくれた内田ありがとう

ずっと溺れているみたいな状態が続いていて、昔みたいに夜地元を散歩してて、ただ昔とちがって今はジョニーウォーカーのブラックレーベルの小瓶と一緒なのだけど、そしたら割烹着のおばちゃんが公園のそばの赤提灯から出てきて、お客さんの自転車を乗りやすいように出してるところをみて、突然胸に満開の花が咲いたようになって、気がついたらぐっと拳をにぎっていて、それでおれはもう大丈夫かもしれないと思えた。気持ち次第ってのは、風向き次第に似ていて、飲み込まれてしまうことも多いけど、そこはCarpe diemで、今日は今日の悲しみと一緒にいられることのかけがえのなさを、あの割烹着のおばちゃんが教えてくれた。あとおれにはiPhoneに入ってるたくさんの音楽がついてる

それにしてもお金はすごい。僕は昨年一万円をひろったのだけど、その一万円が持ち主不明でぼくの所有物になった。仮に僕がその1万円でメガネを買ったとして、その一万円はメガネという価値を社会につくり出した”のに”、1万円は無くならずに、僕から眼鏡屋さんのところに流れるだけだ。まるで魔法だ。

葛飾警察署に行って免許証の住所を東京から長野にうつそうとおもって受付っぽい女性に
「長野県に住所が移ったんですけど変更届けはどれですか?」
と聞いたら
「長野では住所変更されてないんですよね。そしたら東京都の住所をこの用紙に書いていただければいいです」
といわれて、ひっこんでしまって、東京の住所とは、この変更前の住所をまたかけばいいのか?でもなんのために?と、しばらくとまどっていたら女性のそばにいた男性が
「あなたは長野では住所変更されてないですよね?!だったら東京の新しい住所をかけばいいんです!」
と強めに言われ
「新しい住所ってなんですか?」
と聞いたら最初の女性がまた戻ってきて
「あなたはいまどこにお住まいなんですか?」
と聞いてきたので(だから長野って言ったじゃないと思いつつ)
「長野です」
と答えたら、なんかひきつった笑いをされて
「あなたはいまどこにお住まいなんですか?」
とまた同じことを聞かれた。
「長野です」
と同じように答えたら女性がカウンターをでて側にやってきて、
「え?東京から長野に住所がうつったということですか?」
と聞いてきたので(だから最初からそう言ってるじゃないかと思いつつ)
「そうです」
と言ったら
「そしたら、長野県の警察署で住所変更をしていただけますか?東京ではそれはできません」
といわれた。(ネットの情報と違うなと思いつつ)
「そうなんですか。わかりました」
と立ち去った。彼らは二人揃って、示し合わせたみたいに同じ思い込みをしていたということだ。思い込みが激しすぎないか?あれが警察官なのか?

何も変わらないよりはマシなんてことがゆるされていいのか?