0522
早島町のお寺から17キロくらい歩いて、今度は玉島という町にきた。ラジオとPODCASTを聞きながら歩いて た。ラジオは今この瞬間にフォーカスしたメディアなので、聞きながら歩くと気持 ちのバランスがとれる。 昨日も思ったけど、岡山県は側溝がとても多い。しかもその幅が広くて底が深い。 よそ見して歩いてると落ちちゃいそう。
今日もお寺から敷地交渉を始めた。1軒目のお寺は歴史の古そうな立派な寺院で、 人のよさそうな男性が、「まあそこにお座りになってお待ち下さい」と丁寧に対応してくれた。
「いま住職と電話で相談したのですが、ここ最近賽銭泥棒が出てまして、昨日も夜 泥棒と鉢合わせて、大きな賽銭箱をひっくり替えされていて、見つかったら走って 逃げていくという感じで、物騒なので、申し訳ないんですが何かあったときに責任 も取れないので……」
とのことで断られた。
2軒目に行ったのは神社で
「そういうのは、ここではできませんから。許されなくなってるんです…」
と手短に断られた。最後に呟くように「許されなくなってるんです…」と言ってた のが印象に残った。
ちょっと気が萎えたが、次のお寺に行こうと歩き出したところ、 という川沿い に立っている焼き鳥屋のそばで
「お兄さん。それなにやってるんですか。イベントですか」
と男性に声をかけられた。
「イベントというか、まあ一人でイベントやってる感じなんですが…」
とか言って 事情を説明して、敷地を探していると伝えてみたら
「この店の駐車場とかは?ちょっとマスターに聞いてきてあげる」
と言ってくれて、その百萬両の常連らしき男性がマスターに代理交渉してくれた。 すぐに出てきて
「OKだって。まあ、そこにおいてゆっくり休みな」
とのこと。助かった。毎度思うけどこの瞬間が一番嬉しい。このとき夕方の5時半ごろ。
家を置いて、明るいうちにと思ってすぐにその路上で絵を描いていたら、マスター が出てきて「えらいこと始めたなあ」と言って出てきて。 「あんたがよく寝れないと嫌だから」と蚊取り線香を差し出してくれた。思慮深そ うな良いおじさんだった。「蚊取りのスプレーをもってるんで大丈夫です」と断ったのだけど、あとで聞いたらこの蚊取り線香は、僕が到着してすぐにマスターが買いに走ってくれたらしい。
夜、常連に混じって百萬両でご飯とお酒をいただいた。ここはもともとマスターの 親が始めた八百屋だったらしいのだけど「朝は市場までいくから早いし、夜は遅い し、野菜も残ったやつは腐っちゃうし、これではいかん」と思って30年くらい前 に焼き鳥屋を始めたらしい。 いまでは川の向かい側で喫茶店も経営していて、常連のおじさん曰く「毎日朝から 晩まで働き詰め」。
集まってくる乗船の人たちもみんな顔なじみらしく、良い人ばっかりだった。みんなから「先生」と呼ばれてる常連のおじさん(散髪屋さん)に
「玉島ってきいて何か思い出すものはありますか?」
と聞かれて 「ないです。玉島という町を知らなかったです」 と言ったら
「そうでしょうね。良寛っていう人はわかりますか?玉島は良寛が若いころ十三年 くらい住んでいた町なんです。晩年は越後に戻ったけど、それまでに住んだ町では 玉島が一番長かった。それで私は越後に通っていて、向こうの人と相談して、玉島 や越後の人たちに、玉島と越後の素晴らしさをしってもらう活動を始めようと思っ てるんです。東京ばっかりが良いというわけではないと。こんな人も玉島にいるっ ていうことを知っておいてもらえれば」 と話してくれた。
お風呂場は歩いて40分くらいかかるスーパー銭湯みたいなところに行った。トイレ と洗面は、すぐ近くに公衆トイレ(常連のおじさんたちいわく「半月くらい前にで きたばっかり。おれもまだ使ったことがない」らしい)を使った。
いまは若干急いで広島を目指してるからっていうのもあるけど、この生活は時間が 距離に置き換わる。僕の中では早島町は「5月21日の町」で、玉島町は「5月22日 の町」ということになっている。
05212058
新岡山港から18キロくらい歩いて、早島という町にはいった。歩くのが久々なのと、家の屋根が立派になった分重くなったのでとてもしんどく感じた。途中、二組くらいの人から「村上さんがんばって~」と声をかけられた。絵本を見たのかラジオを聴いてたのか。
岡山も神戸も、山と瀬戸内海に挟まれてる東西にのびた地域だけど、岡山は神戸よりも幅が広い。神戸は電車の駅の出口で「山側・海側」という言い方をしていたけど、岡山ではこの言い方はできなさそう。坂が多いところは似てる。
早島という町には、歴史の古そうな旧道を歩いていて辿り着いた。旧道はたいていどこも、道幅の割に車の通行量が多いくせに歩道がなかったりするので腹立たしい けど、ここの街並みは素敵だった。 道の南側にある美容室から孫らしき子供を抱えたおばちゃんがでてきて「なにやっとるん」と聞かれたので色々説明したら「すごいな~」という反応だったので、「このへんにお寺ないですか?寝る土地を探してるんです」と聞いてみたら、いくつか教えてくれた。
一軒目のお寺は最近建て替えたばかりらしく、綺麗で立派なお寺だった。境内にチ リ一つ落ちてなかった。でも
「ちょっと厳しいですね。固定資産税かかっちゃうんで。お寺は普段は固定資産税 かからないんですけど、人に貸してしまうと借地になっちゃって固定資産税がかかっちゃうんですよ。だから無償でっていうのは厳しいです。」
という謎の理由で断られた。こういうのは初めて。
二軒目のお寺は
「ちょっとうちは厳しいなあ。境内地だから。うち個人の土地じゃなくて、檀家さんの土地だからね。すいませんが他をあたってもらえますか」
と断られた。この断られ方はたしか京都で経験がある。
他に3つ神社があったけど、どこも人はいなかった。
結局その周辺では見つけられず、美容室のおばちゃんと別れて、もう少し歩いたと ころの丘の上にもう1軒お寺があった。ちょうど犬を連れて境内を歩いていたお寺 の人らしき女性がいたので交渉してみたら
「どこでもよかったら、このうえにちょっとした広場があるのでそこならいいですよ。」
とすんなりOKをもらえた。 たすかった
家を置いたら汗だくで、なんとしてもお風呂に入りたかったのでグーグルマップで 銭湯を検索してみたら、一番近いところで5キロ離れていた。なので早島駅から電車で岡山駅に行って、岡山駅近くの銭湯に行くことにした。
夕方岡山駅についたら、ホームにたくさん人がいて意表を突かれた。外国人旅行客 も大勢いる。さっきまで電車から見てた田園風景が嘘みたい。駅の外に出てみると、高層ビルがたくさんあって都会的なんだけど、駅の裏側(西側)に建ってる高層ビルの隣に取り残された民家が残ってた。
岡山駅前の東側のスペースはバス乗り場になっていてもったいない。行きたいところに全然行けない。ここを広場にして人が行き交っていたらとても素敵な場所にな ると思う。腹が立つ。
西側出口を出て、すこしあるいたところに「ときわ湯」っていう銭湯があったので 入ったのだけど、これが大正解の最高スポットだった。入り口でチケットをかっ て、おばちゃんに渡して待合室に入るのだけど、まずそこが待合室らしくない。大 きなカメラとかマイクとか、やたらと機材が置いてある。そこでご主人がパソコン で図面らしきものをひいている。 風呂場に入って、最初は普通に体を洗ってたのだけど、気がついたら鳥の声がした ので「鳥の声をスピーカーで流してるんだな」と思ってふと顔を上げて鏡の上をみ たら、そこに緑豊かな渓流が現れていた。一瞬理解できなかったけど、プロジェクターだった。浴室の壁面にプロジェクターででかでかと渓流とか、山とか、海とかの映像を投影していた。それで鳥の声が響いている。
ペンキで絵が描いてある銭湯 とか、サウナにテレビがある銭湯はたくさんあるけど、プロジェクターで映像を投 影している銭湯は見たことがない。「やべー銭湯に入ってしまった」と思って体を洗って、お湯につかってからしばらくしたら突然、緑豊かな渓流の映像が終わって「ときわ湯オリジナルカラオケ 女将 バージョン」という字幕がでてきた。そのあと、さっき入り口に立っていたおばちゃんが、ときわ湯の待合室らしきところでマイクを前に立っている映像に切り替わった。そんで演歌風のメロディーが流れ始めて、おばちゃんが歌い出した。歌がうまい。 しかもこの歌がときわ湯オリジナルらしく「この銭湯(みち)はじめて 幾年すぎた~」みたいな歌詞だった。3番か4番くらいまであって、歌い終わったら、また 緑豊かな渓流の映像が流れ始めた。 これだけの体験ができて420円。ベスト銭湯更新。
トイレ、洗面は家から歩いて10分くらいのマルナカを使った。
05211033
昨日ようやく家の屋根の葺き替えがおわって、今朝小豆島を出発。今は小豆島の土庄港と新岡山港を結ぶフェリーのなかにいる。 これまで神戸-大分のフェリー「さんふらわぁ」と宮崎-神戸の「宮崎カーフェリー」 に家と一緒に乗ったことがあるけど、どちらも家にたいする料金は取られなかった。でも今回は
「車両甲板にのせるなら料金がかかります」 と言われた。料金は1200円。
「これリヤカーに乗るかなあ」と言いながら係員の人がリヤカーに乗せて(というか、上に置いて)甲板に乗せてくれた。そのままではなく、とりあえず形だけでも リヤカーに乗せないと貨物扱いにできないんだろうけど、リヤカーの上にリヤカー より大きな家が乗っているのは滑稽だった。
多分、フェリーが小さいから中で融通を利かせにくいっていうのもあると思う。
出発するとき、フェリーターミナルの売店のおばちゃんに「あんた頭大丈夫かいな」と笑われた。

あと30分くらいで新岡山港に着く。家を背負って歩く生活に入るのは5ヶ月ぶり。この間、結婚したりお店のオープンを手伝ったり瀬戸芸にでたり色々あった。
久々で緊張する。岡山県はまだ行ったことがないのでなおさら。29日に広島で友達の 結婚記念パーティーがあるので、それまでに広島にたどり着かないといけないんだけど、27日にはオバマ大統領が原爆ドームにくるので、すでに厳戒態勢らしい。家で突入して大丈夫なのか。
05162329
他にもいっぱい作品があって人がいるのに、なんで僕のトイレやお風呂についての質問がめっちゃくるのか?知り合って間もない人に「いつもトイレはどうしてるの?」とか「お風呂は入ってるの?」って聞くのはどういう心境なのか?みんな普段からそういうことを他人に聞いているのか?
って人に聞いたら「みんながやってることだからじゃない?」と言われた。なるほどと思った。自分が普段やっている範囲のほうがものごとを考えやすい。ベネッセの福武總一郎さんも租税回避しているらしいね。どう思う?とかっていう質問よりも「家の寝心地はどう?」という質問のほうが、ずっと多くの人がすらすらと答えられる。トイレとかお風呂について発言することから生まれる可能性もある。
04281200
また適当に震災と答えてしまった。この言葉は使われすぎてる。現在は正常な時間が流れてるみたいで嫌だ。いまは正常ではないし、この問題は当分解決しないだろう。僕が気づくずっと前から異常事態で、この先も当分異常事態は続くだろう。
僕自身もこの言葉を使いすぎて本当にそうだったのかわからないくらいになっている。自分なりに普通に考えていくとこうなるからやってるだけだ。もう絶対に適当なことは言わない。
04142025
今日お昼に外を散歩してたら、遠くの山がとても鮮やかな緑色に変わっていた。明るい時間に散歩なんてしばらくしてなかったから、ちょっとびっくりした。いつのまにか季節が変わっている。いろいろな種類の緑色があってとても綺麗にみえた。なんとなく山が喜んでいるように見える。同じ山なのに前に見たときと全然印象が違う。庭を見ているような気持ちになった。こうやって季節の移り変わりとかを「綺麗だ」と思うことは、同じ土地に住み続けることで発達したんじゃないか、と思った。自然を乗り越える対象から愛でる対象に転換させたことはすごく画期的なことかもしれない。カンバセイション・ピースにも庭の木に水をまくくだりがでてくる。子供の頃に登った木と同じ木でも、時間がたっているから違う形になっているはずなのだけど、同じ形にみえるのは何故なのかという考察がでてくる。
庭をつくることと、同じ土地に住み続けることにはどんな関係があるのか。家の近くにある「自然」に手を入れて、窓からの景色を変えていくってのはどういうことなのか。
04072150
瀬戸内芸術祭での持ち寄り鍋生活も始めてから20日以上経った。昨日は雨も降っていたので鬱々としていて、からだが地面に溶けそうだった。毎日がもう修行以外の何物でもない感じになっているけど、肝心なのはこの鍋生活がおわってからどう展示するかなのだということを思い出したら、なんだかやる気がでてきて、今日は展示プランを練ったりしていた。無意識に地面に置いてしまうものをいかにコントロールするかが大事なので、畳や床板の扱いをどうするかということも考えないといけない。そんなことを考えていると、不思議と気持ちが回復してきた。「退屈を感じる」ということは脳が「もっと使われたい」という信号を送っているということだと思うけど、退屈という気持ち自体が脳にとってストレスなので、それを放っておいたら、脳はストレスを和らげるために退屈を感じないよう、自らのスペックを下げていくのかもしれない。それが鬱々とした気持ちにつながっていく。
今日いつものように鍋を食べてたら芸術祭をみにきたという人から「仕事は?今日は休みなの?」と聞かれた。鍋を指差して「これが仕事です」と答えようか迷ったけどやめておいた。どうも住むことを作品化しようとするとこれをよく言われる。普通は住むことと仕事を切り離して考えるらしい。「収入」のこともプロジェクトに組み込まないといけない。
0405
芸術祭のために小豆島にきて、家を建て、鍋生活をする前までは結構絶え間なく移動していたから、この数ヶ月間のあいだで、ヒトが定住を始めてから退屈が生まれ、退屈がうまれた結果文化が複雑に発達していったというヒトがたどったプロセスを追体験している。
移動しているときは洗濯に困らなかった。コインランドリーもしくは洗濯させてもらえるところ、もしくは洗面台がある水道がつかえる場所にいずれ行き当たった。小豆亭の近くにはコインランドリーも洗濯できそうな洗面台もないので不便だ。洗濯機を買いたい。
04010034
震災から1週間後に放送されたインターネットニュースを聞いてみた。番組に出ている人たちはみんな「この災害は、エネルギー政策や社会をありかたを問い直す転換点になることは間違いない」と言っていた。その上で今の状況を見返してみる。僕たちは「自分たちがこの社会をまわしている」という実感をまだ持ってるだろうか。実感というか、自信を持ってるだろうか。
「僕たち」というのは抽象的な存在ではなく「僕たちのからだ」のことだ。このからだがこの社会をまわしている。社会の原動力はからだの他にはない。このからだが食べ物を食べたがることや、排便をしたがることによって経済活動が作動する。「お腹が減る」ということが、この大きな社会のエネルギーになっているのだ。お腹が減ることはコストではない。死んだらお腹は減らなくなってしまうから死んではいけない。この自信をちゃんと持たないといけない。
からだと生活と経済を全部同時に考えないといけない。ここが過渡期か。
02152339
例えば展覧会とかオープンアトリエをやったときに、客がいるかどうかは問題ではなくて、たとえ客が一人もこなかったとしても「誰かが来るかもしれない」っていう場だけ設定されていればOKな気がすることとか、山川冬樹さんの「パニッシメント」はいったい誰に対してパを売ったのかっていう疑問とか、アートは幻の他者を設定するっていう考え方があると思うけど、それと「広告収入」がすごく似ている。
02152337
タツノコ書店で僕が「家を背負って歩いているとき、職務質問をよくされた」という話をしていたら、あるお客さんが「警察って暇ですよね〜」といった。それに対して店主のかっぺさんが「暇っていうか、職業を間違えたんだよ。彼らは」と返していたのがとても良かった。
02090044
いま岡本太郎美術館では僕がこれまで生活に使ってきた服とかを展示しているので、いまお前は何を着てるんだって心配する人がいるので書いておくと、今回の展示に際して僕は持ち物を一新しました。いま美術館に展示してる寝袋は中学校に入るときに買ったもので、春用だから冬に使うもんじゃないんだけど、一昨年の冬はその寝袋で過ごしていてめちゃくちゃ体調を壊してしまい、いろいろ反省したので、京都で稼いだお金を使って去年の暮れに新宿のモンベルショップで冬用の良いヤツを買った。今は快適に眠れている。ちなみにレッグウォーマーは大分市で本屋の店主からもらったもの。フリースは福井県鯖江市でもらい、昭和のジャニーズみたいなパーカーは青森県十和田市のブティックで1000円で買ったもの。
この日記が表示されているであろうパソコンも預金通帳も財布も靴下も新しくした。パソコンは何故だか父親が買ってくれて(ありがとうございます)、口座はゆうちょに新しく作って、財布は拾って、靴下はダイソーで買った。ダイソーではなかなか良い靴下が100円で買える。靴下を買って気がついたのだけど、コインランドリーで靴下を洗濯するより、古い靴下を捨てて、ダイソーで新しく買った方が全然安くあがる。変な話だ。
(松本市出川のスターバックスから更新)
01262254
去年の夏からずっと作ってきた絵本ができた。初校とかで紙に印刷された見本を見てきたけど、本になると凄みが違う。巣鴨でたまたま福音館書店の人たちに目撃されるっていう偶然から絵本制作が始まって、そこからはずっと編集の北森さんとの二人三脚だった。
まずは文章をつくって、本の流れを決めるところからだったけど、普段日記で書くような文体じゃなくて、淡々と事実を述べるような絵本的な書き方を身につけるところからだった。しかも最初の文章は長すぎたので、ぐんぐん減らして3分の一くらいにして、そこからさらに校正に校正をかさねた。編集者の目が入ることによって、僕が書いた文章がどんどん研ぎ澄まされていくっていう過程はとてもダイナミックで新鮮な体験だった。あとから考えると「なんでここで余計なことを言ってるのに書いてるときは気がつかないんだろう」って不思議に思うことがいっぱいあって、この校正の作業は無限にあるように思えた。
何週間かかけて校正し、磨き上げた金属みたいな文章ができあがった。今度はその中に大見出しをつけていって、このページにはどんな絵が入るのが良いかとか、ここにはこの写真を使いましょうとか、誰々に写真を提供してもらいましょうとか、デザインは誰に頼もうかとか、題字はどうしようとか、ここには写真撮影がいるだろうとかあらゆることを北森さんと二人三脚でやって、その成果を編集部の人たちやデザイナーの飯田くんにぶつけてブラッシュアップを重ねていった。大原さんの題字や市川さんの写真も入ってきて、家をせおって歩くっていう僕の個人的な営みが、どんどん公共のものになっていった。最終的にデザイン、写真、題字が奇跡的なバランスで成り立ったすごいものになったと思う。
最初にネットから僕を探し出して連絡をとってくれた高松さんからはじまって、ずっと並走してくれた北森さんや、ツイッターで写真を提供してくれた名前も知らない人たち、打ち合わせ場所の提供までしてくれた越喜来のわいちさんや月江さん、京子さん、他にもお礼を言いたい人が多すぎておいつかない。ありがとうございました!
0121522
ここ最近、奈保子がお店をひらくために借りた松本市の物件の修復を手伝っている。その物件は古い2階部分では築140年にもなる。古い部分を見ていると、建てられた当時と現代の地震に対する備えかたが全然違うことがわかる。家全体が揺れて、土壁が崩れることで地震エネルギーを吸収するようにできている。いま生きている僕たちの頭は、現代向けにカスタマイズされたものなので、いまの頭のままで耐震補強をしようとすると、その補強部分だけにエネルギーが集中してしまって、壊れてしまうこともあるという。だからこの物件においては「土壁がもろすぎる」のではなく「構造用合板が強すぎる」と言うべき。
他にも玄関入ってすぐの土間の床には謎の蓋がある。開けると水が流れそうな管につながっている。最初に蓋をあけてみたときは「古い排水溝がのこってるのかな」くらいにしか思わなかったけど、どうも土間が臭いなと思っていた。その臭いがいつまでもとれなくて、すぐそばにトイレがあるので、ある日「まさか」と思ってトイレにトイレットペーパーを流してすぐに蓋を開けてみたところ、そのトイレットペーパーが排水管を下から上に流れていった。この排水管はトイレと直結していた。これは近代が覆い隠したものだ。今ではめったに見られない。僕たちは人間の便の臭さとか、動物としてのにおいとかを隠して、無臭の世界を作ろうとした。良いとこのトイレにいくと便座から立ち上がった瞬間水が流れたりして、見ることが叶わないまま自分のうんこと別れるハメになったりする。
土間がくさいのは、人間の便がくさいからなので、臭くて正解だ。なので「土間が臭い」と言うべきではなく「土間以外が臭くなさすぎる」と言う方が正しい。
01221452
電車から下を見渡すと人がたくさんいて、みんなが何かしら仕事をしていると考えると、すごいな、みんなこのシステムでなんとかやっているのだなと思う。それぞれに人間関係をもっている。ニュースでは国会周辺の政治の話ばっかりやっているから、忘れてしまいがちだけれど、この人たちのすぐ上に中央の政治があるわけじゃない。そのあいだには地域の人間関係とか、友人、職場、親族のつながりとか、地方議会とか知事とか県庁とか市役所とかが膨大にある。国と個人が直接向き合うようなことになっちゃいけない。それは陸前高田の復興の様子を見れば明らかなのに。巨大な資本によって築かれた盛り土の大きな山と、その山の下で一人で種を売っているおじさんの対比。一粒の種と巨大な盛り土の山との対比をみれば何よりもわかる。














































































































