昨日の夜の時点で、替えの服がなくなってしまった。洗濯したばっかりなのに。冷静になって考えると、17日間も外出するのに替えの下着を2着しかもってきていないのはおかしい。なんでこれでいけると思ったんだ?だいたい外出するとか、どこかに滞在するっていう概念が、あの移住を生活するプロジェクトのおかげで完全にぶっ壊れてしまった。どこに行っても家みたいになってしまう・・。職業病だ。シャツ2枚と靴下2着とパンツ2着のために洗濯機をまわすのはもったいないので、シャワー室で手洗いした。一生懸命洗ったら、掌がじんじん痛む。眠るまでずっと痛かった。手洗いなんてよくやってるのに。久しぶりだから?

今日はホテルから教習所まで歩いていった。ロビーのテレビで見た天気予報によると、今日は24度くらいまで気温が上がるらしい。桜が散る前に夏になってしまった。多分てんとう虫だと思うんだけど、ホテルから教習所に向かって歩いているときに鼻に小さな虫が当たった。コンッていう小さな衝撃の一瞬後、視界の右下にあたりに影がうつった。黒くて丸い小さな影。一瞬丸まった影。羽はたたんであったように見えた。多分ぶつかった衝撃で羽をたたんだと思う。ほんの一瞬の出来事だし、姿をはっきりみたわけではないんだけど、その影を一瞬見て、てんとう虫だと思った。なのでてんとう虫のはずだ。虫も事故を起こすと思うと愛おしい。大事故にならなくてよかった。

今日は4,5時限目に運転教習(仮免検定前の最後の運転教習)なのだけどすこし早めに教習所にきて、3時限目にテストを受けてみた。また98点だった。

「車の運転者は、止まっている車のそばを通る時は人の飛び出しなどに備えて徐行しなければならない」◯か×か、という問題に対して◯と答えたら正解は×で、なんでだろうと考えて教科書を開いても最初理由がわからず、しばらく考えて、もしやと思って教官のところに聞きに行った(初めて教官に質問をした)。

「すいませんちょっと聞きたいんですけど、この問題が×なのは、徐行しなければならないわけではないからということですか?教科書には確かに『止まっている車のそばを通る時は、注意して走行する』と書いてあるだけなので、そういうことですか?」

「そうです。良いところ読んでます」

ということらしい。この問題の作成者は、人の揚げ足をとるのがそんなに楽しいのか・・。腹立たしいけど、これは負けを認めるしかない・・。たしかに徐行しなければならないというルールになってしまったら、一般道路なんて徐行ばっかりで運転できたものではない。

他に、赤地の丸に白い横一本線が描かれている標識のイラストについて「右の規制標識は、一方通行の入り口に設けられている標識である」◯か×か。「正解」は×で、なぜならこれは一方通行路の「入口」ではなく「出口」に設けられているもので、逆走する車の進入を防ぐための標識だからであるということなんだろうけど、ここで言われている「入口」という言葉に含まれている、言外のものに興味が湧いてしまうと、問題に正解するための思考ができなくなる。自動車免許のペーパーテストを受けるってことはこういうことの繰り返しだ・・。

運転教習の教官は、2時限ともいつも通りの五十嵐さん。今日も他のどの教官よりものんびりしている。昨日五十嵐さんがタバコを吸っていた倉庫の方を見たら、今日はなにやら箒と柄の長いちりとりで掃除をしていた。そして、のんびりと車の方に歩いてくる。今日もいい感じだ。

「今日はあったかいな~」と言って教習スタート。一回だけエンストしてしまったけどだいぶわかってきた。五十嵐さんは、50代の子供と、27歳の孫がいるらしい。立派なじいちゃんだ・・。

運転教習のあと、7時限目にもう一回テストを受けてみようと思い教習所に残ることにして、それまでの時間パソコンで試験の練習問題を解いた。「満点様」というウェブサイトに与えられたIDとパスワードを入れれば、自分のパソコンからでも練習問題が解けるという優れもの。その「仮免前 仕上げ問題」というやつを初めてやって見たのだけど、その問題文の意地悪さ、テキストのクソさがぶっちぎりだった。これまでの問題がまだかわいく思える。まず全ての問題が謎に長文で、かつ二つ以上の知識を一つの問題テキストにいれて、どちらか一つが間違っていることに気づかせないようにしたりしてくる。

「仮免許運転とは、第1種免許を受けようとする者が、練習などのために大型自動車、中型自動車、準中型自動車または普通自動車を運転しようとする場合の免許をいい、仮運転免許を受けた者が練習のため大型自動車、中型自動車、準中型自動車、普通自動車、原動機付自転車を運転する時は、その車を運転することのできる第一種免許を三年以上受けているものや第二種免許を受けている者などを横に乗せ、その指導を受けながら運転しなければならない。」

◯か×か。僕は◯と答えたのだけど、正解は×だった。なぜなら前半の

『仮免許運転とは、第1種免許を受けようとする者が、練習などのために大型自動車、中型自動車、準中型自動車または普通自動車を運転しようとする場合の免許をいい』

ここは正しい。そして後半の

『その車を運転することのできる第一種免許を三年以上受けているものや第二種免許を受けている者などを横に乗せ、その指導を受けながら運転しなければならない。』

これも正しい。ただしこの二つの文の間に”不必要に”挟まっている

『仮運転免許を受けた者が練習のため大型自動車、中型自動車、準中型自動車、普通自動車、原動機付自転車を運転する時は、』

というテキスト。ここに「原動機付自転車」という言葉が入っている。原動機付自転車に仮免許はない(そもそも「第一種免許を三年以上受けているものや第二種免許を受けている者などを横に乗せ」ることもできない)ので、正解は×だ。ナニソレ!

こんなんばっかり出るので、すっかり疲れた上に点数は72点で不合格だった。もうやだ。

このいじわる問題をやったすぐあと、模擬テストを受けた。そしたら100点とれた。いじわる問題のおかげかもしれない・・。

「交通整理の行われていない見通しの悪い交差点であっても、他の車がなければ徐行しないで通過することができる。」◯か×か。

正解は×なんだけど「他の車がいるかわからない」から「見通しが悪い交差点」と呼べるはずなのに、「他の車がなければ」と、突然神の視点のようなものが挿入されている。愉快な世界だ。

100点取ったのでもうすっかり満足してホテルへ歩いて帰った。自動車の免許を取りに来ているのに、毎日10キロくらい歩いている。晩御飯は、豚肉と、どうしても名前が思い出せない野菜(繊維質で歯ごたえのある白いやつなのだけどどうしても名前が出てこない)とエンドウ豆や人参の炒め物と、もやし炒めのようなものと、味噌汁とご飯とゼリーと水。毎日健康的なご飯を食べさせてもらっている。こっちに来て少し太ったかもしれない。顔つきが健康的になっている。

明日はもう仮免許試験だというのに今日も今日とて映画をみてしまった。ザ・ウォールというイラク戦争に関する映画と、スピルバーグの「激突」。激突は大昔に見ていたけど見返すとすっかり忘れていた。傑作だこれは。スピルバーグは当時25歳らしい。すごいとしか言いようがない・・。

夜、小豆島のエリエス荘が3月いっぱいで閉鎖されるというメールがきた。彩さんも小豆島町を退職するらしい。感慨深い・・。エリエス荘は、長く泊まっていると咳がでてくるという難点はあれど、あの場所を想像するだけで「あそこには今も誰かが滞在していて、彩さんはあの事務室でタバコを吸ってるんだろう」と思えて、それだけでどこかに行ったような気持ちになれる場所だった。実際に行かなくても、今もあそこにあの場所があるんだと思うだけで元気がでる場所。そんな場所が一つなくなってしまった。でも彩さんにはまたどこかで会うだろう。美術に携わっているかぎりは必ず・・。

ようやく7日目。週末に楽しみができた。昨日は眠るのが遅くなってしまって、お風呂に入る気になれなかったので朝シャワーを浴びた。今日も快晴。暑いくらいの気候。もうダウンは要らないかもしれない。一応持っていくけど。ホテルを9時ごろに出発、歩いて教習所まで行った。春だ。白い光。

今日の予定は、3時限目(10時10分から50分間)と4時限目(11時10分から50分間)に無線の運転教習があり、あとは模擬テストを自分の意思でうけるだけ。その気になれば、4時限目が終わってからどこかに出かけたっていい。教習所に繋がれてしまっている感覚がもう染み付いてしまったけど、本当は自由にどこにでもいける。ホテルに帰って寝てもいいし、映画を見に行ってもいいし、山登りをしに行ってもいい。春であることを理由にしてもいい。

教習所に行って原簿をもらったら、先日受けた適性検査の結果が挟まっていた。

「運転適性度」は5段階中3、「安全運転度」はA-E中Cだった。

○総合診断○

『真面目で節度のある生活をします。ただあまり要領のよいタイプではありません。どんな場合にも適切に処理できるよう考え方に柔らかさが必要です。

やることがていねいで正確です。運転するときにもこの長所をいかしてください。

とても、こころがすこやかな状態です。』

この最後の「とても、こころがすこやかな状態です。」という言葉が気になる。「こころがすこやか」がひらがなで書かれているのが、いかにもすこやかそうな感じがする。「健康度・成熟度」の項目(身体的健康度と精神的健康度と社会的成熟度の3つある)のうち「精神的健康度」なるものが最高評価のAだったのでこう書かれているんだけど、「情緒不安定性」の項目を見るとA-C中C評価で最低になっている。僕はこころはすこやかだけど、情緒は不安定らしい。ペーパーテストでなぜ健康な体かどうかを判断できるんだ?

「情緒不安定性」(これもすごい言葉だけど)の他に「柔軟性」も最低評価のE。「適応性」もE。最高評価をとったのは、「緻密性」と、「精神的健康度」。こころのすこやかさとは?あとは「決断力」がDらしい。なめられたもんだ。

***安全性のついての注意点***

『考えごとをして一つのことにとらわれてしまい、動作が遅れる可能性があります。十分に注意してください。

環境の変化に応じた適切な処置をとることができません。安全には重要なことです。充分注意してください。

感情の起伏のはげしい性質です。カッとなったときに、おもわぬ大事故を起こす危険があります。

物事をやや深く考えすぎて、適切な決断や行動を欠く傾向があります。

少し虚栄心が強い人か、まじめな人のようです。前者の場合は、見えを張らず控えめな運転をしましょう。

運転マナーは、安全運転には欠かせないものです。周りの運転に腹をたてることなく、おだやかな気持ちで運転しましょう。

運転には、充分に注意してください。』

僕はこれを受けて、もっと徹底的に一つのことにこだわるようにし、まわりの環境の変化にかかわらず自分の直観を信じて、心の起伏の山はもっと高く、谷はもっと深くし、ものごとをいまよりももっと深く考えるようにし、もっと真面目に誠実に、もっと見栄を張って生きていこうと思った。まあこれは自動車の運転適性検査だからそんな目くじらたてるものでもないのもわかっています。

3時限目から、立て続けに二つの無線教習。一つ目の教習は、途中なにも言われなさすぎて無線が壊れたのかなと思ってしまった。特に言うべき注意がなかったんだろうと思いたい。すこしずつ車の扱いにも慣れてきた。同時に二つ三つのことができるようになってきた。4時限目の方は初の女性教官だった。こちらも特に注意はされなかった。

無線教習が始まる前、机を二つ並べただけの「集合場所」と呼ばれる小さなスペースに、教習生が集まって教官からの説明をうけるのだけど(無線教習は一人の教官が3,4人の教習生を同時にみる)、そのとき他の教習生徒の距離を近くして座らないといけないのがたまらなく嫌だ。18歳くらいの猿だか屍だかはっきりしないのが、たいていグループになって何か話しているのだけどそのとき視線をなんとなくこっちにむけてきたりする。他の人間のことを気にしながら話したりしているのが伝わってきてそれが本当に不愉快だ。俺は運転はするが形が見えない亡霊になりたいと思った。

ガーディアンズオブギャラクシーでスターロードが「お前ら、そんなんだから友達いないんだよ!出会ってすぐに殺し合いか!」とロケットたちに向かって叫ぶシーンがあるけど。僕はたまらなくグッときてしまった。

今日も昨日と同じく人が少なくなる時間帯(時限が終わった直後がもっとも混み、時限と時限の開始時刻の間、つまり教習の真っ最中は比較的人が少ない)に食堂へ。ロコモコ丼だった。ただ目玉焼きじゃなくて卵焼きだった。食堂にはテレビがあるのだけどそこで佐川理財局長の証人喚問のニューをやっていて、それをちらっとみた隣のテーブルに座っている女の子が「わたし麻生さんの顔好きなんだよね。おもしろくない?」と話している。「ヤクザと戦う警察官みたいな顔」らしい。

14時50分から、3回目の模擬ペーパーテストを受けた。このテストは奇数の時限ならいつでも「自習室」で自主的に受けることができる。プラスチックの箱に自分の「教習手帳」を入れ、回答用紙を一枚取り、机に座って待っていると問題が配られる。マーキング方式。それを解いて教官のところに持っていくと、採点してくれ、点数が教習手帳に書かれる。

僕たちは教官から「これを何回もやって仮免許試験に備えるように」と、再三言われている。なにやら、時々とんでもなく難しい試験があるらしく、通常のテストは98パーセントくらいの合格率らしいけど、それに当たってしまったら50人受けて20人くらい落ちてしまうらしい。そんなのありなのか?公的なテストなのに大丈夫なのかそれで。今回は98点だった。これまでで最高得点。100点を三回連続で取るくらいまではやったほうがいいんだろうと思う。今スケジュールをみたら、もう明後日は仮免許試験だった。完全に油断している・・。今回の担当教官が百地先生で、点数を書きながら「いいっすねー」と言ってくれた。○をつけているときと、点数を書いている時の2回。嬉しかった。とても。いつも教鞭をとっている姿とタバコを吸っているす姿しか見ていないので、ちょっとした有名人に会えたような気分。

テストの後は、道中のブックオフに寄ったりしながら(ブックオフにはゲームと漫画ばっかりで文庫本を探していたのだけど全然置いてなかった)のんびり歩いてホテルまで帰る。

アマゾンプライム無料期間でかつインターネットが繋がってるのをいいことに、いろいろ映画を見てしまう。昨日は「第9地区」を見て今日は「ゼログラビティ」(原題は単にGravityらしい。こっちの方がいい)とミスタービーンの映画を。ビーンがホイッスラーの絵をめぐって色々しでかす内容。なんとなく見覚えのあるシーンがあるのでずっと昔に見たことがあると思う。ミスタービーンは、正確な時期は忘れたけど、深夜にテレビでやっていて、それを楽しみにして見ていた。深夜なのでリアルタイムではあまり見ずに、録画をしていた。上からビーンが地面に降ってきてふらふらと立ち上がり、画面の外に消えていくというおきまりのオープニングを、建て替えられる前の実家の茶の間で見ていた光景を覚えているので、中学生以前。

朝7時半ごろ起きて、8時半発のバスに乗って学校に行った。歩いていきたいところだったけれど、行動が遅かった。朝6時くらいに一度起きてしまって、それからもう一回寝たら夢をみた。夢の内容をiPhoneにメモしていたら、となりの二人組から

「携帯に充電さしてねえやって言って、充電をさす夢を見た。まじくだらねえ夢」

という話が聞こえてきた。

エレファントカシマシにRAINBOWという曲があるのだけど齢50歳でつくったとは思えない激しい歌で、「あれ、死ぬのかな?」という歌なのだけど、その中で宮本が

「暮れゆく街のざわめきの中に立って 落ちていくすげえスピードで でっかい渦巻きの中 まるで底なしさ 面目無いね 陽だまりも宇宙も 悲しみも喜びも 全部この胸に抱きしめて駆け抜けたヒーロー それが俺さ 嘘じゃないさ」

と、自分をヒーローとして歌っていて、しかも死んだ後に自分を振り返っているような言い方。もうかっこよさが独自路線すぎてやばいのだけど、彼いわく自分を「やがて老いて死んでいく存在だと実感した」らしく、この視点はCOCK ROACHの「白い新世界」という曲と同じだが彼らはさすがに自分をヒーローとしては歌っていない。未来のことに頭が飛びすぎて現在に戻ってきたときに、今が現在であることにうんざりするし、体が現在にあることにもうんざりする。中途半端な未来に身を投げ出してしまうと、いつまで制作なんか続けられるのかとか、すごいものが本当にいつかは書けるのかとか、体が持つのかとか、人間関係は大丈夫かとか、お金は大丈夫かとか、病気になったらとか、あらゆる不安に潰されそうになって非常に辛いし、世界はそうやって色々な不安を煽ってきてあの手この手で自信をなくさせようとしてくるけど、どうせ未来に飛ばすなら宮本やCOCK ROACHみたいに、この命を駆け抜けた自分というふうにずっと先の未来まで、しかも”すげえスピードで”ぐっと飛ばしていけば、必ずひらけるものがあるはずだ。と、魂が死ぬ場所で猿とも屍ともつかない者たちに囲まれながら思っている。

今日は2時限目に一つ目の運転教習で、無線教習というやつを初めてやった。これまでの運転教習はすべて教官が助手席に座って運転して来たのだけど、無線教習は教習生一人で、エアコンのところにつけられている無線機から飛んでくる教官の指示というか命令をききながら運転する。その発信源となる教官は、教習所内のコースが一望できる場所から車の動きを監視しながら指示を出している。いよいよ本格的に刑務所みたいな感じになってきた。教官は初めて見た人だった。「俺は容赦しないぞ」という雰囲気がもう身に染み付いちゃっているような男だ。発する言葉のトーンが冷たい。しかしブコウスキーの言う通り、どんな「チンケな人間でも”そこに長くいる”だけで偉くなっていく」もんだ。そしてそれがその人の尊厳になる。しかし人を威圧して保たれる尊厳は本当に尊厳なのか?横断歩道上にかからないように停止位置を考えてください、カーブのスピード出しすぎ、車間距離もうすこしあけて、と三つ注意された。

そのあと模擬ペーパーテストを受けた。96点だった。2問落とした。どの免許をとれば、他にどんな車が運転できて、その車が定員何人までなのかという知識の詰め込みが甘い。30人のバスの運転には中型免許じゃダメ。大型特殊自動車免許をうければ小型特殊と原付も運転できる・・。勉強が必要だ。勉強が必要・・。でもテスト中に、講習中に教官の身の上話みたいなものをきいているおかげで、答えにつながることを思い出せた。ああやって、物語で聞くと記憶に残る。彼らはそれをわかってやっているんだろう。適当な講習だなとおもって聞き流していたつもりが、実は頭の中に入っていてちょっと驚いている。

それにしても『優先道路を通行しているとき以外は、自転車横断帯の手前30メートル以内の場所では、自動車や原動機付自転車を追い越してはならない』という問題とか、『車は、道路に中央線があるときは、中央線から左の部分を通行しなければならない。』とか、もう読むだけで不快になるテキストだ。

最初の問題は「自転車横断帯の手前30メートルは追い越し禁止」「交差点の手前30メートルは追い越し禁止だが、優先道路を通行しているときは例外」という二つのルールを知っていれば解ける問題なんだけど、テキストがひねくれすぎていて間違えやすい。優先道路と自転車横断帯は全然関係ないじゃないか。

ふたつめの方は要するに『道路は左側通行である、◯か×か』という問題なんだけど、これもテキストが卑屈すぎてうんざりする。僕は間違えてしまった。

模擬テストのあとは散歩したり、すこしだけロビーで勉強したりした。清掃員のおばちゃんが気になる。かなり頻繁に机の下などをモップかけたりしてくれている。あのおばちゃんはここでどんな毎日を送っているんだろう。彼女の尊厳はどこだろう。後ろでうるさい歓声のようなものがあがっている。卒業検定の合格発表?おめでとうございます。しかしあの猿か屍かわからないのがこれから車を運転するのか・・。恐ろしい社会だ。

今日は珍しくいくつかメールがきている。田原さんから、つつじヶ丘のアトリエの物件ってどうやってみつけましたか?と聞いていたメールが返ってきた。またミヤケさんから、月刊美術にもっと評価されてもいいアーチストとやらを紹介してくれと言われたんだけど村上くんどうですかというメール。あと田谷さんから、シュタイナーに関する哲学講義をやりますという案内。田谷さんのエネルギーはすごい。ひとりでシュタイナーに関する勉強会を企画している。あとにじのとしょかんから、夏にやるイベントのチラシをつくりたいので情報くださいというメール。忘れてた。

散歩のさい天気が良すぎて、缶ビールを買いに行くのを我慢するのが大変だ。ビール飲んだあとに運転教習に参加したら一体どんな反応されるんだと考えると恐ろしい。やっぱり一発で退学になるのか?過去にそういう例はあるのか?少なくともあの屍か猿かわからないなかからはそんなぶっ飛んだ奴は生まれないだろう。

嫌だけど、ご飯が食べられる権利を逃すのは惜しいので、すこしでも人が少なくなった時間帯をねらって食堂にお昼ご飯を食べに行った。かに玉丼とサラダと水。美味しかった。甘くて。昨日は食堂ではご飯を食べなかった。ポテチを食べたので。

午後2時50分から今日二回目の運転教習。教官は例の77歳の人。五十嵐先生という。五十嵐先生は、いつも来るのが遅い。だいたいの教官は、教習開始時刻の3分前に「教習の準備をしてください」という放送と共に、ふりわけられた教習車のそばで立って待っている教習生のもとに来るのだけど、五十嵐先生はいつも最後にくる。今日は、タバコを教習時間ギリギリまで吸っていたのが教習車から見えた。人間味あふれる教官だ。ちなみに百地先生は白いアイコスを吸っていた。細かい注意はされたけど、一回もエンストはしなかった。途中、五十嵐先生はちょっと眠そうにうとうとしていた。ご無理なさらないように。

最後車から降りる前に「うん、多分、大丈夫」と言われた。嬉しかった。とても。

路上ですこし猫と遊んだ。シロバナタンポポも見つけた。そいつは西洋蒲公英(これでセイヨウタンポポと読むらしい)に囲まれながら一輪だけ咲いていた。

運転教習の後は模擬テストを受けようかと思っていたけどなんかやる気になれず、もう帰ってしまうことにして、コンビニで金麦を買って飲みながらしばらく歩いてから、教習原簿を返し忘れたことに気がついた。教習原簿とは公文書(今話題の)らしく、表紙に赤字で「教習所外持ち出し禁止」とでかでかと書いてある。ここにきて最初の日に「ホテルに持って帰るなんて論外」と、BOSSに言われた。そういえばBOSSが懐かしい。あれから見てない。BOSSは「即退学」という言葉をよく使っていた。教習原簿を返しに学校に引き返したわけだけど、金麦を持って現れたらまずいよなと思い、教習所の前の道路の塀の上に飲みかけの缶を置いて、お茶を飲んで酒くささを少しでも消して、なるべく人の目を見ないようにして学校に入り、受付に行って教習原簿を返した。「はい、おつかれさま」といわれたので下を向いたまま「ありがとうございました」と小さく言った。それから学校を出て、塀の上に置いた金麦を取って続きから飲み始めた。春だ。いま、季節が春で本当によかった。外を歩くことで救われることがたくさんある。つくづく一人で賑やかな人だおれは。

ホテルまで歩いて帰り、そのままロビーで晩御飯を食べた。初日から思っていたけど、部屋番号を言うとご飯を用意してくれる二村さんというおばちゃんが、かわいいというかすごく徳の高そうなチャーミングさを持っている。晩御飯は、鶏肉の竜田揚げおしゃれバージョンと、温泉卵と、春雨サラダと、味噌汁とご飯。いつも晩御飯が、さりげなく洒落ている。シェフにフランス料理店での修行経験がありそう。

部屋に帰ったら、床に散らばっていた白い紙くずが綺麗サッパリ掃除されていた。ざまーみろだ。

いま思い返しても昨日の最後の講習は、不眠症の人をいまこの教室にどんどん送り込めばいいのではというくらいの破壊力だった。

こっちにきて毎日お風呂に入っている。ホテルだと不思議とお風呂にはいるのがおっくうじゃなくなる。それと、どうやら洗濯物のなかにティッシュが入っていたらしく、洗濯したすべての服に細かい白い紙がこびりついていて、それをぱたぱたとはたいて落としたら、ホテルの部屋の床が紙くずだらけになってしまった。それをひとつひとつ拾うことはしない。なぜならここはホテルだからだ。掃除機が備え付けてあればやったかもしれないけど、無いし、大変申し訳ないけど清掃の人にお任せすることにして、ゆかを紙くずだらけにしたまま部屋をでた。帰って来たら紙くずは綺麗サッパリ無くなっていることだろう。ざまーみろ、と誰かに言いたい気持ちだ。昔誰かに聞いた話だけどホテルの清掃はかなりシビアで、浴室に髪の毛一本残っていてもいけない。たぶん次ここに帰って来たら、自分の髪の毛とか、ゴミとか、紙くずとか、そういう生活の副産物みたいなものはきれいさっぱり取り去られているだろうけど、荷物とか服とかはそのままの場所に残っている。ホテルでは清掃の人の気配と一緒に生活することになる・・。

昨日、もうバスには乗らんぞと言ったばかりなのに早速バスに乗って学校に来た。なぜなら朝が早かったからだ。8時10分開始の講習の1時間前までにご飯を食べてホテルを出られるようなフィジカルではない。今日の朝ごはんは、ご飯と味噌汁とソーセージと卵焼きとサラダと、あとハンバーガーっぽいものもあった。僕はハンバーガーを間食用にかばんに入れた。カバンの中には、昨日の晩御飯でついてきたシュークリームも入っている。

8時10分からの50分は運転教習だった。今日から29日までは学科教習は無くて、ひたすら自主勉強と運転教習と模擬テストの毎日になる。あの拷問のような学科教習からいっときでも解放されて清々しいけど、ツッコミ先がなくなったぶん少しさみしい。百地さんは。31日以降の第2期の学科教習でも教鞭をとってくれるんだろうか。

09:27

昨日話したこの魂の墓場で唯一の人間である彼のアドバイスもあり、さっきはじめてパソコンで模擬テストを受けて来た。これを二回合格しないと仮免許試験が受けられないらしく、100点満点の90点以上で合格、1問2点で50問出題。僕は96点だった。二つ間違えたのだけど、ひとつは子供のシルエットがうつっている青い標識を、「この先に幼稚園などあり」という標識と間違えてしまった単純なミス。本当はこれは横断歩道を意味していて、幼稚園などを意味する標識は色が黄色で形も少し違う。子供のシルエットはほとんど同じだけど。この問題は納得できる。もう一つ間違えたのが、「自動車が一方通行の道路から右折するとき、あらかじめ道路の中央に寄り、交差点の中心の内側を徐行しながら通行する」これを○としてしまったのだけど、正解は×だった。「道路の右端に寄り」が正しいらしい。もうこんな問題ばっかりだ・・。こんなクソみたいなテキストをちゃんと読み込むなんてことはしたくないけど、合格のためにはこんなクソみたいなテキストでもちゃんと読み込んでどこにひっかけがあるか注意しないと、「運転免許」は取れないらしい・・。運転免許を取るスキルとは・・。

テストの後すぐ、もう一回運転教習を受ける。朝の時と同じく、例の77歳のおじちゃんだった。コーヒーは今は年寄りも飲むようになってるでな。コーヒーは水が大事だ。という話などをした。

運転教習のあと、すぐまたもう一回模擬テストをうけた。90点。ぎりぎり合格。不安だ。もうちょっと自主勉強した方がいいだろうあのクソみたいなテキストを読むのは本当にストレスだけど。あんな、ほとんど罪みたいなテキストを読ませているくせに作った人たちは罰をうけることはないだろう。だいたい警察官という人種はほとんどの場合、見識が偏狭なくせに思い込みが激しくて、そのくせその狭い見識における正義感は人一倍強いというサイコーに美しい人たちなので、書く文章が実に美しいのも納得だ。警察官が書いてるかどうかは知らないけど。

ホテルに帰って来たが、紙くずはまったく掃除されていなかった。どうやら部屋の掃除は曜日が決まっているらしい。バスタオルとか歯ブラシとかのアメニティだけは交換されていた。朝と全く同じ位置に同じ量の紙くずが散らばっている。でも明日こそは掃除されているはずだ。

帰ってきて、すぐにアマゾンプライムに入会(30日間無料とのこと)して「シビルウォー キャプテンアメリカ」をみてしまった。ブラックパンサーの映画評をiPhoneで聴きながら帰って来たせいだ。先日みたブラックパンサーに繋がる話が描かれているという情報をキャッチしていて、これはみておかねばと思ってみたのだけど、結果的に、ブラックパンサーがどれだけ新しい地平を切り開いてくれたかがよくわかった。もう何が正義で、誰の理想が正しいのか全然わからない状態で仲間割れしていて、客観的に見るとみんなかっこ悪い。みんな弱い人間で、そのくせとんでもない力を持ってしまっていて、わかったようなふりしてるけど実はただのエゴだ、という状態のどん詰まり状態。現実世界もいろいろなところで分断がおこっているけど、完全にその動きとリンクしている。映画の中では、分断しているのは国や民族ではないけど、ここに登場する超人たちはみんな軍事力みたいな力を持っていて、その力を、みんなで復讐に使ってしまっていて、そんななか「俺は復讐のしもべになならない」と言ったブラックパンサーはやっぱりひとつ飛び抜けている。映画の中の話だけど、マーベルが一つの理想を見せてくれようとしてるみたいで泣ける・・。こうなってくるとホームカミングもエイジオブウルトロンもドクターストレンジも気になってくる・・。

これからあの美しいテキストに向き合って勉強しなければ。このテストをやっていると、建前はこれでしょ?という感覚を鍛えられる。トランプみたいな大統領が誕生してしまうような状態なのでこれはこれで大事かもしれない。

人間か猿かよく分からない中にまざってほとんど刑務所みたいなところで過ごしている。まだ四日目?冗談だろという感じだけどまだ四日目だ。もうすでに限界が近いけど、ガーディアンズオブギャラクシーで宇宙船で宇宙を「ジャンプ」するのは、体に負荷がかかるので哺乳類は4回までと決まってるんだぞ!わかってるよ!といいながら何十回もジャンプするシーンがあるけどああいう感じか。ガーディアンズの中では目が飛び出したり体がゆがんだりしながらジャンプを耐えていた。

でも、第1期の座学は今日で終わりらしい。あとは仮免試験までひたすら自主勉強&テストという感じになる。運転講習はまだ続くけれど。まわりが若い子ばっかりなのはまあ興味の対象としては面白いけど、ほとんど猿なので人間は俺だけかどこかに人間はいないのかという気になるし他にももしかしたら同じことを感じている人はいるのかもしれないけどその人はその人でやってくれればよい。僕は僕で人間をやるので。ここにいると、こんなに大勢のいろいろな種類の人間(猿)たちのなかから巡り会えた自分の周りにいる人達を大切にしようと思う。

今日は日曜日なのでホテルから学校に行くバスは午前中だと730分のやつしかないんだけど、例えば寝坊して8時に起きても、僕は歩いてどのくらいかかるか知っているので、焦らず学校にいくことができる。歩いていったことはない人というか猿はパニックになるだろう。歩けばつくところを、バスでしか行ったことないとそういうことになる。僕は猿ではないので、歩けば着くことを知っている。自分にはそういう経験がある。

一つ目の座学は「緊急自動車などの優先・安全な速度と車間距離・オートマチック車の運転」という講習。教官はまたしてもあのオールバックだった。停止距離は、空走距離と制動距離の合計ですという話の説明をするために

「チャリ乗ってて、私よく自転車で例えるんですけど、チャリ乗ってて道路にボールが転がって来たら、ウオーーッってボールを追いかける人はいないよね。まずペダルを離すよね。そしたらまだすーっとすすむよね。それが空走距離です。そこに子供がボールを追って飛び出して来ました。ブレーキかけます!すぐスコンッてとまらないよね?それが制動距離です。」

という話をしていた。僕は自転車にのりながらウォーーッてボールをおいかける男を想像して、そいつはとても面白そうなやつだと思った。

「オートマのいきさつを話しておきましょう。昭和の時代はオートマ限定なんてものはありませんでした。世間でオートマが出て来たころでした。AT限定免許ができたとき、世間ではなんて言われていたか知ってますか?『あんな免許誰がとんの?』と言われていました。年を経るごとに、AT限定でとる人が増えてきて、MT車ももうほぼ製造してないですからね。この教室にいる7,8割の人はATじゃないかな」

たしかに今では「AT限定」なんて言い方もしなくなった。小さい頃は、たしか母親が免許をとったときに「AT限定」っていう言い方をしていて、あの頃に比べてもかなり空気感は変わったと思う。

「あとね、昔こんなこともありました。運転教習中に、大学生の男の子でした。MTでした。でもMTって難しいので、走りだしてすぐエンストして、エンジンかけたらまたエンストしてってやっていて、なんか焦っていて、かわいそうなくらいでした。目に涙をためていました。僕言いました『そんなあせらなくていいよ。君のペースでやってみて』そしたら彼いいました『サークルの飲み会で、女の子に、男はマニュアルでしょって言われたんすよ。やっぱ男はマニュアルですよね』なので『べつに男だからマニュアルとかではないんじゃないの。君将来なんの仕事したいの』『コンピューター関係です』『君絶対マニュアル必要ないよ!』『そうですかね』彼は翌日オートマに変えていました。教習所では変えられます。オートマに。全然強制しません。」

などとにかくいろいろな昔話を感情込めて離すので、あまり眠くならないので助かる。途中「ちょっと空気変えましょう。手伸ばしたりして、あくびしてもいいですよ。暑いと眠くもなるよ。」ということもできるオールバックだ。また彼は、ただ教科書の重要なところを教えるだけじゃなくて、それをひねって、どんな問題が出るかも考えてくれる。免許の試験は結構意地悪というか「出題者、頭悪いな~」みたいな問題が多いだろうに(原付免許を取った時にそう思った)、大変だと思う。

オールバックの講習の次は運転講習で、教官は昨日初めて一緒になった適当なおじさんだった。今日はまだ午前中だったので、昨日ほどお疲れではなかったようだ。彼も25年くらいこの仕事をしていて、「楽しいですよ」と言っていた。「いろいろな人がくるからですか?」と聞いたら「人もあるけど、成長するのを見るのは楽しいよね~」と言っていた。「落ち着いてうまくなって、そしたらゆっくり話を聞かせてください」と言われた。

運転講習の次は、またオールバックの座学だった。「運転免許制度・交通反則通告制度」。自分が担当した教習生が、「教習所行く前に、バイト先の先輩に、俺の車で練習していいよ。駐車場で。って言われたんすよー」と言っていた話や、免許の有効期間が切れたことに気がつかなのは都会の人ばっかりだっていう話とか、近所の人に通報されて、こっそり免許停止中に車に乗ったら警察に捕まってしまった教習生の話とか、「検問につかまりました。免許忘れた!アーヤベー!!さてこの時、無免許運転になりますか?どっちかに手あげてくださいよ。試験の本番のとき分からなくても◯か×どっちかはつけるでしょう?さあの人。ほう。じゃあ×の人。ほう正解は、×です!」とか、あと「理解と記憶は違うよ。わたし授業中よくいうんですけど、『理解と記憶は違う』。ちゃんと聞いたことはメモしてください。」と、ちょっとよくわからないフレーズを連発する。理解と記憶は違うってどういうことだ?その二つを比べる必要はないのでは。またこの教習所では年間4500人くらいの生徒が来るらしい。

そのあとちょっと食堂に人が少なくなった頃を見計らって昼ご飯を食べに行って、しばらく散歩して、いまこの文章をロビーみたいなところで書いているわけだけど、正面の机に座っている女子二人組の一人は髪をすっごく注意深くといて、アイロンまでかけている。もう一人は、なんかスマホ(スマホという言い方は慣れない)を横向きにして何かをじっとみている。右側の机に、パソコンを開いている人をみつけた。男。彼も何かテキストを書いてる。同じような日記を書いていたらぜひ友達になりたい。嘘だ。別に友達にはなりたくない。でも彼のブログなどがあったらこっそり読みたい。椎名誠の運転免許エッセイは最高だ。あとみんな眠そう。

なんというかみんな、心からつまらなさそうだ。屍みたいだ。一般大学とかってこんな空気なのか?

14:28

あのオールバックの先生は百地さんというらしい。彼はもう20年以上この仕事をやっているらしいけど、この学校内ではたぶん彼は仕事ができる人で、生徒の評判も良さそう。そしてそれが彼の尊厳にもなっているんだろう。講習中、彼は輝いている。自分の仕事を見つけたんだという感じがする。愛おしいというか、素晴らしいことだ・・。こんなところにも人間の尊厳が輝いている。こんな掃き溜めみたいなところにも・・。

最後の講習はかなりピンチだった。まだ眠い。「信号に従うこと」という講習。教官はマスク眼鏡短髪の、眠くするのが上手な人。冒頭で「携帯など余計なものはしまってください」と言って映像を流し始め、映像のあいだ教室内の全ての列を、生徒が座っている机の下などをいやらしくみながら歩き回っている。見ていて気持ち悪い。なんでだろう。

授業中眠すぎて、先生の話したことをメモする紙に

「一番前の男子、死んじゃう?大丈夫?ちょっと眠いんだけどね。一人だけ寝ていいよってわけにはいかないんです。→「ニュートラル」っぽく感じた」

という謎の言葉が書いてある。ニュートラルっていうのは、たぶんギアでいうニュートラルっていうことなんだろうけど、眠りに落ちる直前て、思考に不思議な飛躍が生まれる。

「交差点も横断歩道も自転車横断帯も何もないところで、警察官が手信号をやっているとき、車の停止位置はその1m手前である。」というルールがあるのだけど「試験ではこんな問題がでるので注意してください」といって先生が「交差点では手信号をしている警察官の1m手前で停止します」という例題をだしてこれは◯ですか×ですかと言うのだけど、この問題の出題意味は一体なんなんだ。ただの、ひっかけのためのひっかけでしかないのでは。標識を覚えさせたり、法定速度を覚えさせたりするためのひっかけならまだわかるけどこれは・・。他にも日本には制限速度40キロの道路で、全部の車が50キロで走ってるみたいな状況はざらにあるのに全然制限速度を50キロに直さないっていう慣習があることとか、そういうことを考えるほどここにいる時間がマジで時間の無駄遣いに思えて来るけどまあやるしかないけどもうやだ。百地さんは「現場の運転と、教習所での勉強は切り離して考えてください」と、言っていた。それ言っちゃっていいのか?しかし今回の座学は今までで一番眠かった。百地さんの講習がなつかしい。

とにかく人間の知性を限りなくバカにしているような空気感があり、マジで掃き溜めみたいな場所だ。今後教習所ではなく魂の墓場と呼ぶ。屍が歩いている。もういやだ。唯一の救いはみんな18歳とかなので、喫煙所に屍がいないことだ。

17:27

と、上のこの文章を書いていたら、ふたつ右隣に座っていた男性から「マニュアルですよね?」と話しかけられた。「はい」と答えたら「どうですか?難しくないですか?」というので「いやー、難しいですねー思ったよりもずっと難しいです」と答えた。「なに、されてるんですか?お仕事ですか」みたいなことを言うので「作家です、と言うか美術家です。正確に言えば。」と言ったら「まじ。。っすか?」と驚いている。「なんか、教習所の生活がいろいろツッコミどころが多すぎるので日記を書いておいたら面白いかなとおもって書いてるんですけど。」「たしかにそうですよね。作家ですか。そんな人実際見たことないっすよ。おいくつですか」「29です。おいくつですか?」「専門学校の4年生なんで、いま21です。今年で22です。」「そうですか~」「ここに来てる人たちみんな18とかじゃないですか?なんか若くて。。」いやあんたも十分若いし俺だって若いはずだとおもいながら、たしかにここにきてる18とかの人というか猿たちをみてると、自分歳とったな~とか思ってしまう。やはり、同じことを感じている人間はいた。「ですよね~」「なんか、友達とかつくる気なくて、ただ免許とってやろうって感じなんですけど。」

彼から、仮免許試験の予備テストの受け方とか、というかみんなもう今日から受けていることとか、彼はすでに90点以上を二回取っている(15回くらいあるチャンスのなかで、2回以上取らないと仮免許試験を受けられない)こととか、「満点君」というウェブサイトで試験勉強をする方法などを教えてもらった。みんなスマホをいじってるだけかと思っていたけどそれはスマホでもできるのでそれをみんなやっているらしい。

「何日に入校したんですか?」ときいたら「多分一緒です。22日です」「あ、一緒ですね」となったけど、こいつは一体いつから俺の動向を観察していたんだ。あと彼は、僕と同じホテルで、行きも帰りもバスではなくて歩いているらしい。「僕も歩いてますよ。バス嫌なので」と言ったら「なんか、親近感が」と喜んでいた。彼は僕と同じくこのあと18時50分から運転教習で、そのあとジムに行くらしい。彼は専門学校で建築をやってはいるが、もともと自衛隊に入りたくて落ちてしまい、大工になれると思って入った学校が建築の学校で、建築設計と大工は違うんだということにがっかりしながらもいまは就職活動をしているという。人生って面白いな。

4日目にしてはじめて他の教習生とまともな会話をした。

18時50分から運転教習だった。そしたらさっきの座学で担当だった、眠くするのが上手なあの先生だった。彼は、今までの二人と違って、全くスキを見せない。僕の仕事のことなども尋ねないし、なにか運転について聞いてもドライに答えるだけだ。緊張した。しかし、こういう教官相手にちゃんとできないと免許は取れんだろうと思って頑張ったけど、S字カーブのところで入り方に失敗して後輪が側溝に落ちてしまった。でも彼は全く驚いていなかった。よくあるんだろうなと思った。あと2回くらいエンストさせてしまった。でもマニュアルを運転するのは楽しい。オートマ車が世の主流になってるのが残念だ。

今日も今日とて歩いてホテルまで帰った。ぎりぎり夕食の時間に間に合った。11時限目のあとも、歩いて帰って夕食に間に合うことがわかったのでもう怖いものがない。もうバスには乗らんぞ。帰り道、心がいっぱいいっぱいになってしまっていて久々にシガーロスを聞きながら、缶ビールを飲みながらふらふらと歩いて帰ってきた。小説がすすまない。小説を書こうとしすぎているのかもしれない。もうちょっと、こうやって日記を書くようなことにひきつけてかければいいのだけど。こういう日記はほとんど無限にかける。うまくこれを、小説の方にシフトできれば良いんだろうけど・・。カフカを読むぞカフカを。

正直、自動車教習どころではない状態なんじゃないかと思いつつ、何しろ始まってしまっているのでやりきるしかない。教習の時間中ずっと、働いてるみたいな気持ちだ。お金払ってるのに。今日は朝はやく起きてしまって、テレビをつけて森友学園の籠池さんに野党の議員が接見したというニュースを、ほとんど耳に入れるだけみたいな状態で聞いて、そしたら7時半になってしまったので下に降りて朝食(朝食は昨日と同じくビュッフェで、鮭の焼いたやつとか卵焼きとか)を食べて、バスにのって教習所にいこうと思ったけど天気が良いうえに気持ちが上向きになってバスに乗る気が失せてしまったので、歩いた。ホテルから教習所まで3キロちょっとあり、講習がはじまる1時間前を切っていたけどまあいけるだろうと思って早足ででかけた。エレファントカシマシのSTARTING OVERをイヤホンで聴きながら、落ち込んだり盛り上がったりしている。忙しいやつだ。こんなやつと付き合いきれないと思うこともあるけどなんたって自分自身なので縁を切ることはできない。空も晴れていて、暖かい。車を洗車しているおじさんがいて「良い天気ですね」と声をかけたくなっちゃったりしながら、でも沼の存在も感じている。

今日の一発目の授業は9時10分からの「標識・標示などに従うこと」という不思議な言い回しの講習。これまたなんのひねりもない教官で、眠い。この眠さどこからくるんだ。みんな眠そうにしている。単純に話が退屈だから眠い。教科書を追うだけでつまらない。つまらないから眠くなるのか?なんらかの防衛本能なのか?

教官が途中

「しにそうな人大丈夫?みんな合宿で来てるってことはギリギリの予定だと思うんですよ。予定通り出たいよって人はきっちりやってください。こっちも、できてない人は容赦なく落としていきますから。いいですよ。このあとのんびりできるよって人は、料金払って延泊していってください」

と、半ばいじめのようなことを言っていた。標識を色々勉強したのだけど、幼稚園あり、とか、路面凹凸ありとか、動物注意とか、落石注意とか、急勾配ありとか、色々あるのだけど、最後に黄色い四角に!マークが書かれているだけの「その他の危険」という標識が書いてある。このマークにそそられる。見れば見るほど怖い。その他の危険ってなんだ?なんらかの悪いエネルギーが充満しているとか、色々想像させられる。

二発目の授業は11:10からの「交差点などの通行・踏切」。ちなみにこれは四時限目で、学校は1日十二時限目まである。1回の講習は50分で、時限と時限のあいだには10分間のインターバルがある。

いま僕は学科教習は1日3回くらい入ってるだけで、加えて1日2回くらいの運転教習がある。

教科書の「交差点などの通行・踏切」の中に、ウェブサイト『ボケて』で有名なあのイラストがあった。「交差点は、最も事故の多い場所です」と書かれたそのイラストは、せいぜい長辺7センチくらいの小さなイラストで、交差点の様子がカラーで描かれているんだけど、その交差点がものすごいことになっている。手前と右奥と左奥に横断歩道があり、左の横断歩道をバッグを持ってピンク色の服を着た女性が、交差点を左に曲がろうとした赤いセダンのような思いっきりハネられている。その衝撃は、黄色いジグザグで表現されている。またそのセダンのすぐ右には、左の道路から走ってきた緑色のトラックが描かれていて、そのトラックと、右の道路からかなりのスピードで飛ばしてきたことが伺える赤いバイクと正面衝突している。この衝撃も、同じく黄色いジグザグで表現されている。さらに、そのトラックの奥、奥の道路から右の道路に曲がろうとしている白いバンが、同じく奥の道路から横断歩道を渡って手前に渡ろうとしていた自転車に乗った子供に思いっきりぶつかっている。同じく黄色いジグザグの衝撃がほとばしっている。三人とも命が心配な衝撃だ。いっぺんに3箇所で事故が。みればみるほど「なんでこんなことに」という気持ちに・・。

これから運転教習。初めてのAT車。

14:41

AT車に初めて乗った。あの77歳のおじちゃんおそろしく簡単だった。ほとんどハンドル操作にだけ集中していればよい。クラッチの踏み加減とかアクセルの踏み加減とかいまのギアで正しいかとか、気にしなくて良い。MTもATもそれなりの回数を乗って練習しないと試験は受けられないらしいが、一体何を練習しているんだという気持ちになる。ちょっと簡単過ぎてつまらなかった。MTのほうが、機械を操縦している感じがして楽しい。そのあとすぐ、今日最後の講習。

「追い越し・行き違い」という内容、教官は初日に「心得」を伝授してくれた「良い先生」だ。今日も先日と変わらず良い先生オーラをだしている。僕の後ろに座っている男女4人組くらいのグループが

「マジシビアだわ」

「テストやっても受かんないし」

「俺ら82点だった」

「え?自慢?」

「はあ、まじシビアだわ」

などと、限りなくしょうもない話をしている。自分の中学生時代を思い出した。自分にもこんなしょうもない時代があったとおもうと愕然とする。あったっけ。すくなからずあっただろう。こういう会話は口が先に動いてるものなので、反射的にポンポン発話しなきゃいけないんだろうけど、僕はうまく参加できなかった。「楽しめない自分が悪いんだ」と思っていた。二度と戻りたくない。しかし、このグループは講習中ずーっと話していた。まじでずーっと。録音しておけばよかった。細かく書きおこせば、なにかしら興味深いものはでてくるだろうに。

講習は例によってまず映像を見せられた。カップルがちょっとスポーツカーっぽい赤い車にのって道を飛ばしている。「俺の運転テクニックすごい」みたいな話をしている。そこに黒い車が来て、抜き去っていった。彼女が「ちょっと、抜かれちゃったよ」と、いう。彼氏が「ああ。わかってるよ。みてろ」みたいなことをいって、山道のカーブで対向車線にはみだしながら出て追い抜きにかかる。そこに対向車がきて、「キャー」みたいな悲鳴が聞こえて映像が止まる。そこで「この場合、」とナレーションがはいって

①自分が悪い

②彼女が悪い

③運が悪い

という謎の三択が画面に表示される。後ろのグループは「自分しょ、自分」みたいなことを言っている。僕は机をひっくり返して出ていきたい気持ちになったけどそんなことはせず、ぐっと聞いていた。そもそも机は床に固定されているのでひっくり返せない。しかも、この三択に対する言及は映像の中でも講習の中でもでてこなかった。あれはなんだったんだ。

「良い先生」は、追い越しが禁止されている場所について早口で

「禁止されているのは上り坂の”頂上付近”ですよ。上り坂っていう言葉に線は引かなくていいよ。え、じゃあ上り坂の途中では追い越していいんすか?いいっすよ。歓迎だ!歓迎はしないけど。」

みたいなノリだ。喜劇をみてるみたいだ。

とかいろいろつっこみながら聞いているけど、講習時間以外は全然勉強してない。こんなあれこれ突っ込んでおいて落ちたらかっこわるい。でも僕は昔から勉強に関しては追い込みで頑張るタイプだったし自頭は良い方だと思っているのでなんとかなるだろうでもそろそろ勉強したほうがいいかもしれない。

そのあとすぐ、今度はMT車の運転教習があった。今度はあの77歳のおじちゃんじゃなくて。なんかちょっと茶色がかった適当なおっちゃんだった。

車に乗って割とすぐに

「なんか疲れちゃって脳みそのなかわけわかんなくなってるけどごめんねー」

と言われた。僕は

「え?大丈夫ですか」

としか言えなかった。おっちゃんは笑っていた。彼は適当なところはあるけど、多分ぼくという人をみて話しているところもある。「なんか聞きたいことあれば言ってね」といわれたので「カーブのハンドル切るタイミングはこれで大丈夫ですか」ときいたら「ちょっと早いんじゃない?」と言われた。ほう。また「仕事はなにしてんの」と聞かれた。昨日より元気よく「作家ですね!」と答えた。「儲かりますか?」と聞かれたので「全然儲からないですね!」と答えた。運転しながら。例によって

「君は作家になるってことは、今のうちにサインとかもらったほうがいいのかなー。」

と言われた。今作家やってるって言ってるのに。まあもういいけど。

「そうですね!」

と言った。そしたら

「俺のサインいる?」

と言われたので、「いるわけないだろ」と思いながらも、何も答えなかった。しかし、悪い人ではなかった。実用的ないろいろなテクニックを教えてもらった。半クラッチの使い方など。運転教習のあと、すぐホテルに向かって歩いた。バスで帰るのは嫌だし天気も気候も時間帯も最高だったので歩いて。今日も綺麗な夕暮れだった。ホテルまで1時間弱かかるけどあっという間だ。そもそもバスなんてものに乗って、こんな気持ちの良い夕暮れの街を歩いて帰らないからだめになるんだみんな。それにしても静岡では「さわやか」をたくさんみる。浜松の名物だと思っていたけど、静岡にはたくさんあるのか?

ホテルについてそのままロビーで晩御飯をたべて(今日の、鶏肉のトマトソース和えみたいなおかずは美味しかった。ここにきてベストの味だった。)、youtubeみたりカフカを読んだりお風呂に入ったり洗濯をしたりしたらあっという間に10時になってしまった。今日は小説はまだ手をつけてない。昨日は進められなかった。一昨日は進められた。小説なんてやったことないけど、多分継続的にやるのが大事なんだと思う。

22:23

昨日の実技の模擬講習を担当していた教官の男性は、高松のなタ書のキキさんを思わせた。訛りと、猫背っぽい姿勢と、あと言葉の発音のタイミング?でもここ掛川自動車学校のいち教官が、香川県にいる古本屋の店主を思わせるっていうのは不思議だ。人が別の人を思わせるとき、何を感じているのだ。

僕が泊まっているホテル「バジェットイン掛川」には、無料で使えるマッサージチェアと、1日200円でレンタサイクルもあるらしい。観光地も書いてある手書きのシンプルな周辺地図ももらった。この地図によると、掛川の観光名所といえば「掛川花鳥園」らしい。みみずくのイラストが添えられている。行きたい。それにしてもまだ二日目。ここにあと二週間もいると思うと爆発しそうになる。他の生徒は、休み時間には自習室にいって教習の勉強をするか(あるいは自分の学校の勉強をしている人もいるだろう)携帯をいじって何か動画を見たり漫画を見たり(漫画が多い印象)ゲームをしたりしているか、ロビーのテーブルでつっぷしているかしている。ねむいんだろう。

昨日から探しているけど、僕みたいに自分のパソコンを持ち込んでそれに向かっている人はいない。この教習所のロビーは天井も高くて机も椅子も清潔で居心地は良い。昨日は風が強かったけど今日はそんなに風もなく、曇り空ながらほとんど晴天を思わせる明るさで気持ちが良い。

今日は1限目から教習があった。一時限目は8時10分から始まる。朝7時35分にホテルに迎えに来たマイクロバスに乗り、無言のなか15分くらい運ばれ教習所に着く。バスは1台ではホテルの生徒を乗せきれず、応援の2台目を呼んでいた。一限目は「安全の確認と合図、警音器の使用、進路変更など」という授業。

話を聞いてるとそこで語られていないことのほうが気になってしまう。全く文明が違うけど言葉は通じる宇宙人に自動車講習を施すとしたら、こんな語り方では全く通じないと思う。宇宙人は極端だけど、この教室でも教官からしたら車についてどこまでしっているかわからない相手にむかって一方的に話すだけだ。彼の話が教室にいる人のうちどれだけの割合にどのくらい届いているのかはわからない。例えば進路変更したいときは3秒前に合図を出すことになっているらしいが、進路変更は同じ車線内でも、道の左側が空いてるときなんかは左に合図を出してから左に動かないといけないらしいけれどそのとき左による具合がどのくらいなら合図を出す必要があるのかとか、そういうニュアンスは、言及されないままなんとなく共有されている。50分きっかりの授業をきっかり何回受けないとだめみたいなことも決まっているらしく、なんか時間潰しとほとんど変わらないことをやらされている感じだ。たぶんそういうこととか、当たり前のことを当たり前に話すこととかが辛過ぎて、多分教官たちはユーモアを交えたり自分の体験を話したりするんだろう。

「前の車に乗ってるブラザーのバイブスキャッチしながら運転してくれ」とかそういうほうがいいかもしれない。

授業は、昨日の「運転者の心得」という最初の授業よりもずっと人数が多かった。みんな延泊しているひとたちなのか?この自動車学校にいる生徒たちは現在ほとんど合宿で来ている人たちだろう。なんとなくわかる。授業を聞き逃したり、試験に落ちたりテストがダメだったりして延泊という事態になる人は結構たくさんいるらしい。教官はメガネの男性だった。50は過ぎているだろう。でも昨日出会った、居眠りに抵抗する人をサイコーだと思っている教官よりも毛がふさふさしている。あっちの方が若そうなのに。髪の毛の量は年齢と関係ないのだ。まず割と高画質の映像を見せられる。聴覚障がい者に配慮してか、すべての音声は下に字幕がでる。映像は車が走っていたり車で走っていたりする映像ばかり。最初にちょっとノレそうな音楽がBGMとしてかかり、語りが始まる前に字幕が下にでるので、なんかダサいミュージックビデオでも見せられるのかと一瞬ひやっとしたけどさすがに歌ったりするわけではなく、淡々と「自動車にのるさいには~」みたいなナレーション。

先生は、サイドミラーで見える範囲と前方への視界の範囲のどちらにも属さない、三角形の死角について話すときに。「これね、三角形だけど死角っていうんですよ。」と言っていた。

「もしね、ウインカーが壊れて合図が出せなくなったら、右折したい場合は右手を窓から水平に出します。あ、でもこの教室にはお金持ちも多そうだな、左ハンドルの場合は、右に曲がりたいとき、右手を水平ののばすとどうなりますか。助手席にいるひとの肩を抱いてるようにしか見えない。もし恋人だったらどきどきして嬉しいですね。でも後ろから見たら、なんかいちゃついてるなとしか思えないですよ。」

お金持ちも多そうだな、とは、パワハラとかひどそうな人だ。

「警笛ならせっていう標識が出ているときは、かならず警笛を鳴らさないといけません。でもみなさんはふだんはこれを目にすることはありません。たとえば住宅街の交差点にこの標識がでていたらどうなりますか。その隣に建っている家は、一日中自動車のクラクションを聞くことになります。朝はめざましでいいかなと思いますが、夜中の1時でも2時でも、それを聞いていると『もう引っ越そうか』というふうになりますね。でも家のローンはまだ残っている。どうなりますか。」

この話がものすごく深い問いかけに思えたのだけど、しかしそんな意図はないんだろう。なんで家のローンの話になるんだ。

あとバイクが住宅街に入って、ある家の前に停まってその家のほうを見てクラクションを繰り返しならしている映像を見せながら

「あと、こんな時は鳴らしてはいけません。バイクが家の前に止まって警笛を鳴らしています。友達と待ち合わせですね。うるさいですね。」

すると、その家からではなく、周りの家からなんか人が出て来て集まって来る。

「なんか友達じゃない人集まって来ちゃった」

ここで教室で笑いが起こる。

「迷惑ですね。こんな朝から。こんな使い方はしてはいけません」

このバイクの一連の説明に5分くらい使ったりする。

また青信号でも進まない車に向かってラクションを鳴らすのは、気持ちはわかるけどダメです、という話をしたあと、クラクションを鳴らしてせいで怒りを買い、殺人事件まで発展してしまった例を話してくれた。

「クラクションは怖いですよ。私もね、体験あるんですけど。交差点で信号待ちをしているとき、前に軽自動車がとまってました。助手席に、女性が座っていたんですけどね。ちょっと私のタイプでね。髪の長い可愛らしい女性でした(こいつはセクハラも酷そうだなと思った。同じ職場で働きたくないタイプだ。後ろの生徒も、『何の話なんだよ』とつぶやいていた)。それでね、信号が青になったんですけど、前の車が全然動かないんですよ。私は気が長いから待ってたんですけど、そしたらね、私の後ろの車がブーッってクラクション鳴らしたんですよ。もうびっくりしました。そしたら進んでくれたんですけど、すぐまた赤信号に捕まって、そのとき前の車の助手席の女性がね、後ろを振り返って私のほうを見てくるんですよ。私が鳴らしたと思ってるんですよ。運転席の男性にもバックミラー越しに見られちゃって、しょうがないからわたしも後ろの車を見ました(ここで笑いがおこる)。後ろの車はね、けろっとした顔してるですよ。もうわたしはこれ以上この車をついていけないから、本当はまっすぐ行きたかったんだけど左に曲がりましたね。あのときわたしナイフ持ってなかったんですけど、ナイフ持ってたら後ろの車の人刺しにいってましたね」

いったい何の話をされていて、こいつは一回の授業でいくらもらっているんだろうと思いながらずっと聞いているわけだけど、基本的にこんな授業ばっかりだ。こんなばっかり受けるくらいなら、教科書を買って自分で勉強した方が時間もかからない気がする。自動車学校は敷地内で車に乗る練習ができるという特権だけで成り立っている商売だ。

このハラスメント親父の授業が終わってつぎの授業は「車の通行するところ。通行してはいけないところ。」という内容。例によって映像が流れはじめ「車が通行位置を正しく守れれば、道路を安全で円滑に通行することができるわけです」というようなナレーションがはじまる。そうなのか?通行位置とかよりも、優しさとか思いやりとかが大事なんじゃないかと思いつつ眠くなる。教官はメガネでマスクで短髪の男性。いままで出会った教官の中でもっとも髪が短い。しかし、なんでこうも男性のしかもおっさんばっかりなんだ。この先生は、これまでの教官の中では最もクセがない人だった。ユーモアもなかった。途中、眠くなるのを防止するためか教室に座っている生徒の間を歩きながら話(講義とはよびたくない)をしたりしていたけど、とても眠くなった。どの講習も基本的に、教科書に線を引く場所を教えてもらうための時間みたいなもんだ。

ぼーっと聞きながら「人の話を聞いて、眠くなるなんて本当に久しぶりだ!」としみじみ考えた。大学の授業以来?卒業してからここまで、人の話で眠くなるなんてことはほとんどなかった。僕の人生は恵まれている。

考えてみたらお金を払ってこの講習を受けていることが不思議だ。お金をもらって車の講習をうけるならまだしも、すっかり一般化してしまった車に乗れるようになることに、多額のお金を支払うのは不思議だ。お金をもらっても払ってもあまり意味が変わらないのが自動車免許かもしれません。

これから適性検査とやらを受けに行く。

12:03

適性検査はなかなか面白かった。同じ図形を探すやつとか、ロールシャッハテストも出題された。三日後くらいに結果がわかるらしい。また60問くらい「あなたは思い立ったらすぐにやらないと気が済まないですか?」「あなたは知らない人相手でもすぐにうちとけることはできますか?」「あなたは一度決めたことをかえるのが嫌な頑固な性格だと思いますか?」みたいな問題が出題されたのだけど、全部「場合による」としかいいようがないだろとおもいつつ、「そう思う」か「そう思わない」か「わからない」みたいな三択を、1問につき2秒くらいのシンキングタイムでどんどん答えた。あんなんで人の性格がわかるのか?あんなテストで僕のドライバー適性がわかるのか?適性を知るには話すしかないだろうと思ってしまうんだけど、しかしこのテストを作ったのは東大とかの偉い先生方らしいので、僕が「全部場合による」と考えるなんてことは全部お見通しなんだろうと思いたい。

そのあとお昼ご飯の時間だったのだけどあの狭くて空気が悪くてうるさくて、人が人と話してるのを気にしてしまうような食堂で何か食べる気にはなれなかったので、というかみんなよくあんなところでご飯を食べる気になるな。若いからか?僕が年をとったからなのか?しばらくどっか良い飯屋ないかと思って、ランチをやってる、店内がほとんど見えないインド料理屋を見つけたので入ろうとしたけどどうも踏み切れず、隣の丸亀製麺で明太釜玉うどんをたべた。インド料理屋はまた後日。

食後、しばらく散歩した。ほんとは学校にいるあいだくらい、自動車免許の勉強をしたほうがいいんだろうけどどうもまだやる気になれず、こんなんで僕は免許がとれるんだろうか。あなたはどう思う?

春の午後で、風はなくて、気温もちょうど良くて花粉症でもないのでただ陽気で気持ち良いはずの日差しの中どんなに散歩しても心の中心まですっきりきれいに晴れるなんてことはなくて、でも考えてみれば今までそんなことは一度も経験したことがない。いつもなにかひっかかるものがあり、影があり、足を取ろうと待ち構えてる沼みたいなものがあり、いま思い返せば、大人になってから、いま大人なのかどうかもわからないけど、それを振り払おうと一生懸命やって来た。小さい頃は違ったかもしれない。でももう覚えていない。宗教のない世界なんて可能なのかっていう問いが、ウェルベックの小説のなかにあった。人はたぶん不完全さを不完全さのまま受け止めることもできないという致命的な不完全を抱えている生き物なので、何か晴れ渡って一点の曇りもなくて喜びしかないみたいな歌を歌う人は新宿駅前の路上とかにたくさんいるけど、100パーセント何の曇りもない希望とか未来なんてものは存在しないので、僕は嬉しくて悲しい歌とか、楽しくて寂しい歌とか、そういう歌が好きだ。

14:58

今日最後の座学がおわった。「歩行者の保護など」という講習。生徒が多い。80人くらいいる。みんな若い!高校にいるみたいな気持ちになる。若さがまぶしい。未来が感じられる。目が輝いている。笑っている顔に陰りがない。これまでは僕は先生をよく観察するために前の方に座ってきたけれど、今回は後ろに座らざるを得ない。教官はメガネマスクのおじさんだ。以前もどこかで見たような気がする。

「横断歩道で歩行者が渡ろうとしてたら、一時停止しないとだめですよ。横断歩道で事故起こしたら一発逮捕だよ。みなさん手錠かけられたことある?・・いや、真面目に答えなくていいですよ。このあいだ聞いたら、一人、おじさんが手をあげちゃって、まずいこと聞いちゃったな~と。ヤクザだった。すごいよ。本物のヤクザは。すっごく紳士だった。卒業する時、黒い車が10台くらい迎えにきてた。あんな運転手ついてるなら、あなた免許いらないでしょ。って言ったよ。彼は100点で卒業したからな。卒業する時に『先生のおかげです』っていうから、『いや、ぼくのおかげじゃないよ』って言って、『いや、先生のこと忘れないです』って言うから、忘れてほしいなあと思ったんだけど・・。」

このあと、6時50分から、2回目の運転教習がある。エンストに気をつけたい。

17:09

教官は昨日と同じおじちゃんだった。場内のサーキットは教習車で混んでいる。2,30分くらい、昨日と同じようにハンドルのまわしかたがダメとかクラッチがそんな急にあげるなとか、アクセルはいまは踏むなとか散々言われながら運転したあと、前方の車が動かなくなったのでうしろについて停車しているとおじちゃんが突然

「あんた、仕事は?」

-自営業ですね

「自営か。もっと早く免許とろうとはならなかったんか」

-そうですねえ。東京生まれなので必要なかったんですよ。

「東京か!まあ便利やしな。自営ってなんのしごとしとるん」

と、会話が始まった。MT乗車2回目にして会話をこなしながら運転するという高度な技を求めらていると思いつつ

-作家です。

と答えた。

「あんた、作家か。小説とか、書いてるのか。短編とかか。小説とか、読まんもんでな。わからんけど。何部くらいなんだ。最高で。」

-2千部くらいですねー。

「二千か。クラッチ、セカンド。」

-はい。セカンド。でも最近本が売れないんですよ。(適当なこと言ってしまったと思った)

「そうか。たしかに、活字離れっちゅうしなあ。」

-絵とかも書いてますけどね。(mt運転2回目のこの状態で僕の活動を細かく説明する余裕はなかった)絵本とか。

「絵本か!」

彼の話も聞くと、なんとこの仕事を50年やっている、77歳の超ベテランだった。色黒の。50年・・。父ちゃんが免許とるときも余裕で教官だった年齢だ・・。かなりぶっきらぼうで口悪いところあるけど、なんかむき出しの人間味みたいなものが感じられて、たぶん良い人なんだらうとは昨日から思っていたが、やっぱり良いおっちゃんだった。愛情のある元気なおっちゃんだ。色々話しかけられると運転に集中できなくてちょっとアレだけど話ができるのは嬉しい。50年、自動車免許の教習してるひとの話、きいてみたい。彼は機械いじりが好きで、暇な時は車をいじったりしているらしい。

「なんも脳がないからこの仕事しとるでな。あんた、うまくなったよ。ほんとお世辞じゃなく、年にしては笑。うまいほうだよ。若い人より。クラッチが使えないひとが最近多いでな。」

「あんた、たぶんいける。規定で出られると思うよ。」

「いまは忙しいけどな、あと一週間もすればがらがらになる。」

褒められた。あんな色々言われていたので、褒められるとすごく嬉しい。この、、喜び。なんだこれは。心ってやつはなんて単純なんだ。

「明日はオートマでな、オートマは簡単だから。じゃ」

と別れた。車を降りたとき「あ、そういえばここは教習所だった」と思った。一瞬、別の世界に飛んでいったような感覚。

この時点でもう8時ちかくになっていてホテルの夕食は8時半なので今日はさすがに送迎バスで帰ろうと思ってバスに乗る列に並んだらバスが僕の前で一杯になってしまって、別の職員さんが運転する教習所のバンに、別のホテルの合宿者4人と一緒にホテルまで送ってもらうことになる。4人はみんな多分18歳くらい。

「ピアスしてないほう、いるじゃないですか。ああいうのもてますよね。」

「つかどっちもモテそう。」

というような話をしていた。みんなここにきて友達を作っている。会話の内容が、なんというか若い。

21:16