アトリエにて千川さんのスピノザ講義の夜。終盤に近所に住んでいるダンサーのゆずさんがビール(前にここでクラフトビールもらったから、似たようなやつ探したと言って、見たことのないアサヒの「ホワイトビール」など)と共にやってきて、講義終了後に軽く宴会になり、舞踏とコンテンポラリーダンスの話を聞く。白塗りになって踊るような、いわゆる「舞踏」は世界的にはザ・ニッポンのコンテンポラリーダンス(つまり舞踏)として知られ、もう百年くらいの歴史があるという。彼らは舞台の上で踊るというよりも、いかに舞台の上に「立つか」を探求し、それはやがていかに大地に立つか、いかに生きるかという問題にまで昇華され、最終的に村など作ったりして、共同体になることも珍しくないと。
またバレエなどは身体が老いて足が上がらなくなったら直ちに引退、後進の育成に回るというルートがほとんど決まっているけど、コンテンポラリーダンスにそのような厳格な共通ルールはないので、基本的に年齢制限などはないのだが、老いて足が上がらなくなると、自然と「舞台の上にいかに立つか」ということを考えるようになり、舞踏の人たちが考えてきた問題と近づいていく。
しょぼい話だけど老いることが表現スタイルの変化を促すという話を聞いたとき、ハゲたら髪型のバリエーションが限られてくる話に似ているかもしれないと思った。(05220159)

久々にバイト先のパブに行き、5年ぶりにベーシストのマリさんと会う。カウンターに座ってすぐに、ましゅ?と声をかけてくれた。僕はここではましゅ、と呼ばれていた。わかります?ときいたら、わからないわけねーだろと。僕は5年前に、3ヶ月ほど働いていただけなのに。「わかります?って、ウケる笑」と。
働いていたときにかなりお世話になった、ハルさんがやっているバンドのウォーターフォールという曲、今でもたまに聞いているのだけど、そのミュージックビデオに出ている俳優もこの店で働いてた人で、滝で撮るというアイデアも、ここで働いていたヴィンセントのアイデアだと教えてもらった。みんなここの人じゃねえか。最高か。ハルさんはその後社員になり、音楽はもうやっていない、家で一人で弾いたりはしてるかもだけど、と言ってた。いまは別の店に飛ばされていて、まりさんは社員にならないんですかと聞いたら、なるわけねーだろと。ここで働き始めて12年。もういやだよお、と言っている。(05191135)

猫は逃げた/新宿武蔵野館。主人公の夫について。妻がサインして、はいあなたの番、と手渡してきた離婚届にすぐサインせずに、これって一番最後なんじゃないの?財産分与とか、家具のこととか全部終わってから、最後にサインするもんなんじゃないの?(他にも、もっと話そうよ、話してないじゃん、と、ろくに話し合いもできないくせにただ話すこと、をやたら重要視する感じも、味わい深いところがあるけどそれは置いておいて)と言うところや、本当は小説家になりたいんだけど、死ぬまで芽が出なかったら悲惨じゃん、と、こいつは小説が書きたいのではなく小説家になりたいだけなのではと思わせることを言ってしまうところとか、夫婦とそれぞれの恋人四人で並んで話してるときも、しばらくの間会話に入っていなくて、いざ口を開いたと思ったら、声が大きいよ、もう夜なんだからと言ってしまうところ、自分の気持もわからず、まして言葉になどできず、しかし世間体や外見(そとみ)はとても気になってしまう、ある種男にかけられた呪いのようなものを緻密に作り込んでいる。よくここまで脚本つくったなと。(そしていま本を読んでいる影響でどうしてもスピノザを思い出してしまう。事物の外に出て、外から事物を見ることができるというのは幻想なのだ)

あとLightersのエンディングテーマ、歌詞がネコ目線なのが良かった。そして猫のカンタ、異常に可愛かった。(05182525)

昼間、アトリエのメンバー5人で屋根に登った。平屋なのにとても高くて、隣の二階建の家の屋根よりも、少し離れた3階建ての屋根よりも高いように感じられた。さっきまで自分がいた庭がとても小さく、遠く見えた。いつもわたしはあそこで過ごしているのか、と。小さな庭にいるなと思った。遠くのマンションの屋上に、赤い鳥居が立っていた。風が気持ちよかった。遠くに見える銀杏の木の実が屋根の上に集められていて、鳥がここに運んできたんだろうという話をした。

映画を見るために新宿に向かう電車に乗っているとき、目線がちょうど昼間の屋根の上と同じくらいだったので、あの気持ち良さを思い出した。あの風はよかった。とてもよかった。(05181820)

箸入れは、洗った箸を乾かしているカゴから直接取って食卓に持っていけば必要ない。コップは宮本浩次みたいに牛乳パックに口をつけて飲めば必要ない。着用→洗濯機→物干し竿→着用というふうに服を回していけばタンスも必要ない。企業と顧客の間に入ってお金をふんだくり、意味のわからないイルミネーションを広場に設置したりする広告代理店と同じで、本当は必要ないのにそれがないと生活が成り立たないかのようにアジテートしてくるプロパガンダ家具によって、この生活は中間搾取されていると考えてみる。しかし彼らの存在しない生活はあまりにも、なにかがまずい。これらをマジで中間搾取だと信じこみ、徹底的にそういうものを排除してしまうと、たぶん人間ではなくなってしまう。高橋ヨシキが言っていたように、人間には「象徴」がないと生きていけない。たとえ不必要に思えても、たんなる儀式に見えても、それがなくなってしまうと、たぶんぼくたちは人間としての生を生きられない。コンビニで買った惣菜でも、直接食べるのではなく、とにかく一旦皿に盛り付けて食べたほうがいい。そうに決まっている。しかしそんなことは百も承知で、中間搾取と呼んでみたい。そんな気持ち。(05181042)

以前寄稿した雑誌の発行元企業のCEOが登壇するという情報がたまたま目に入ってきたベンチャー系のオンラインセミナーを受講してみた。内容も面白かった、というか、そういう界隈ではすでに有名な話だったりとか、名のしれた会社があったりとか、そういうことが暗黙のうちに了解されている雰囲気を感じ、マルチバースを思った。世の中にはたくさんの人びとがたくさんのレイヤーの上で活動しており、レイヤー間を行き来したりしなかったりして、気の遠くなるような情報をやりとりのうえで営まれているひとつの世界。美術や建築に限ってもいろいろな戦い方というかフィールドがあるのだから。世界は広い。自分がおもっているよりもずっとずっと…。常に広い。絶えず広い。しかし内容はともかくそのセミナーは、ぼくが勝手に抱いていた「ベンチャー系」のイメージにかなり近い形で、カタカナ言葉を会話のなかで多用していて驚いた。香川県民はうどんばかり食べているというイメージがあるけど、実際うどんばかり食べている、あの現象と同じ。もっとも衝撃的だったのは「ペインを解決」という言い回し。「ニーズを満たす」に近いが、もうすこし切実な時に使うようだ。現状よりもすこしプラスになる、という感じではなく、ストレスをなくす、という感じか。他にも「グロースのために」「ラーニングできる」「グループインしたときに」など。M&Aのことを「グループにジョインする」とも。こういった言葉たちが、ごく自然に使われていた。僕もドローイングとかタブローとかサブロクとかシハチとかコグチとか業界っぽい言葉使うことあるけど、彼らのそれは単語という単位ではなく熟語になったときにオーラを纏う点がユニーク。(05171216)

昨日からアトリエの裏門と植木の間に蜘蛛が巣を張って暮らしているのだが、門を開けるとすーんと巣が縮み、閉めるとぐいーんと元の大きさまで戻る。素晴らしい柔軟性、伸び縮みする家。(05161648)

東京都現代美術館で6月19日まで開催中の吉阪隆正展のカタログに『いびつな縫い目』という文を寄稿しました。

http://www.nadiff-online.com/?pid=168534566

・東京都現代美術館の吉阪隆正展トークイベント
吉阪の「乾燥ナメクジ」はいつ出現したのか、という問いについて。今和次郎が「自分は湿原を歩くカタツムリだ」と書いた文を藤森照信さんが発見した。しかしこれは藤森さんが今和次郎のことを調べているときに見つけたテキストで、本に載せられていたものではないので、吉阪は知らなかったはずだ。でも吉阪は今和次郎の弟子なのでなにか影響はあった可能性はある。
東京オリンピックの時期に乾燥ナメクジが吉阪の夢に出てきた。もともと「土の建築」に感動した吉阪だが、文明の発達によって資本主義が加速していく過程で、そのような土着的な価値観が失われ、自分も干からびていき「乾燥ナメクジ」になってしまったと考えた?
吉阪は一次元、つまりまっすぐに進むナメクジのように生きたいと思っていた。吉阪邸やヴィラクゥクゥの時期のことだが、建築家や大学の教員として色々な仕事をこなし、いわば色々な風土に耐えているうちに自分が乾燥ナメクジになっていることに気がついた。じとじと雨が降り、湿気がいっぱいあるときだけ羽根を伸ばすが、それ以外の時は耐え忍ぶ(大学教員としての仕事とか。吉阪はちゃんと大学に顔を出す、とても真面目な先生だった)。その数少ない羽根を伸ばす時期にできたものが、セミナーハウスと三沢邸、ではないかという藤森さんの読み。
磯達夫さん。セミナーハウスが円谷プロの「怪獣ブースカ」の最終回にでてくるということで映像を見せてもらう。磯さんが「内部も撮影に使ってくれている」と言っていたことが気になる。建築がナラティヴを得た途端に歴史的に残るものになる、と言うせりふに聞こえる。建築単体ではナラティヴとしては語り得ないのか?建築はただ舞台装置としてそこにあるだけなのか。
二人の対談で話が出た、「不連続統一体としての家の理想は、寅さんの家ではないか」これは吉阪ではなく、樋口さんの言葉らしい。

・ギャラリーαM高柳恵里展『比較、区別、類似点』トーク
高柳恵里と千葉真智子
「例えばホームセンターで売っているいくつかの剪定ばさみの性能を比べようとして、何本か買って枝を切ってみても、そこには切られた枝が並ぶだけ、切られた枝がそこにあるだけ」というようなこと。(性能とは?)

(剪定をするとき、後で移植するとかそういう目的があれば別なのだが、なにも目的がない(実をつけさせたいとか)場合でも、陽当たりがいいように切ったりするとか、背が伸びすぎないようにするとか、なにか「判断の尺度」は必要で、そのために枝が分かれたところから15センチのところを切るとか、葉の手前で切るとかはするだろう。そこではじめて「判断の尺度」の次の段階である「判断」がでてくる。しかしそういう意志がなにもなくても、本当に何もなくても「この枝を切る」という判断は起こる。切るべきだと思うから切る。そのときの判断の尺度とは?)
(また切っていると、何が正解で不正解なのかわからないが、とりあえず切り始めないことにはわからないので切ってしまう、ということもある。庭師なら、経験からわかるのかもしれないが。
そして、剪定した木を引いて見たときに、ウオ〜なんかいい感じに剪定できた!と思えること。それを人に見せたときに、あ、なんかいい感じだねと盛り上がれること。それは何故か?完璧な「樹形」などはないだろう。だけど、なにかしらその、樹形のイデアみたいなものが皆の中に知らず知らず共有されていて、そこに近づいているということなのか?)
(あるいは靴を買うときに、その場で100点の判断はできないけど、ある程度「判断の緩衝地帯」を作って、80点を探す感じになる。靴は選んでいるとキリがなく、もっといい靴もあるんじゃないかと思って次へ次へ、となってしまう。「選択の袋小路」に入ってしまう。
だが、とりあえず「この一足」に決めて、それを買って歩きはじめると、選んでいたころの苦悩は吹っ飛び、ただ新しい靴をはいている気持ちの良さでいっぱいになる感じ。それが高柳さんの言う「解放」ではないか。デカルトからスピノザへ、みたいな?)(05141424)

ローラ・デイ・ロマンス@渋谷WWW。コロナの影響で、今回が初のソロライブらしい。整理番号は最後の方ではなかったけど、会場にはいったらもう客でいっぱい。なんとなくわかってはいたけれど、やっぱり目の当たりにするとこんなにファンがいたのかと驚く。みんな若いし、おしゃれ。香る清潔感。パフォーマンスも、バンドメンバーみな衣装を揃えていて、清潔感のあふれるディナーショーみたいだった。世界観の構築。人に認知してもらい、雰囲気として覚えてもらうための演出。こういうところはぼくもほんとうに見習ったほうがいい…自分は自分という人間として、他人からどう見えているかの自覚。
「いいバンド」という言葉がぴったりだ。音楽をやるのっていいなあ。うらやましい。「ランデブー」のライブアレンジかっこよかった。他はわりと音源通りに淡々と演奏している。3週間連続で行ったライブの中で、他の2つに比べると狂気とか熱気には乏しいかもしれないが、気持ちの良いコンサートだった。
しかし撮影オッケーのライブだったので、エモい瞬間にスマホを掲げまくって撮影しまくっている人がいまくっていたのには参った。選択的夫婦別姓のことを思い出した。選択的夫婦別姓を禁止にするならライブ中の撮影も禁止にしてくれと思った。
この制度は配偶者と同じ姓にしても別の姓にしてもいい、個人が好きに選べるという案なのに、反対する人たちは一定数おり、彼らは選択権とかいらないので、全ての夫婦が同じ姓になってもらわないと困るという意見を持っている。理解に苦しむけど、暗いライブ会場で、画面が光る携帯電話を開いて写真や動画をとったり、人によってはラインでメッセージのやり取りまでしていて、僕は絶対にやりたくないし、眩しいし気が散るから、自分だけでなく誰もやらないで欲しいと思ったとき、これは選択的夫婦別姓問題だと気が付いた。なぜあれはだめでこれが許されるのか理解できない。遥かに罪深いことだと思う。美術館でぱしゃぱしゃ撮影している人に出くわすのも嫌だけど(美術館で美術作品を前にして、携帯電話を取り出すという行為自体かなりどうかしている。美術館は作品を適切に鑑賞する条件が整われているべき場所という「定義」なので、ミュシャ展とか、人が大量に来てしまう展示は美術館ではなく、東京ドームでやったほうがいいと言っていた某先生の言葉が思い出される)、あれはまだ時間帯を選べば回避できる。しかしライブだとそうもいかない。(05132103)

ここしばらく京都・滋賀付近で土地を探しているのだけど、ネットで目星をつけていた物件をいくつかピックアップして、今日初めて見にいった。夜行バスで。夜行バス、なかなか良い。もう体力的に乗れないなあと思っていたけど、いざ乗ってみると楽しい。だいたい新幹線や飛行機のスピードは常軌を逸しており、長距離を移動した感じがない。その点夜行バスは、日にちを跨いで移動するし、夜を駆ける感じが良い。なにか単純に安いという魅力以上のものがある。
早朝に京都駅につき、レンタカーを借りてまずは一番期待していた亀岡の土地に行った。ところが現場はグーグルの衛生写真でみるよりもはるかに鬱蒼としていて、この木を刈るだけで大仕事になるな、と。道も狭く、道からの段差も大きくて、要するに全然だめだった。衛生写真では状況は何もわからなかった。やっぱり安い物件にはそれなりの理由がある。レンタカーをぶつけなかっただけ偉い。
それから大津市にある不動産屋をふたつ訪ねる。そのうちのひとつが、普通の一軒家みたいな事務所で、前に車を停めたはいいものの、入るのをためらってうろうろしてしまった。一応ガラスの引き戸に不動産取扱者を証明するステッカーが貼られていたので、意を決して開けようとしたら鍵がかかっている。左に外階段があり、二階にも入り口がありそうなのだけど、なんの案内も掲示されてなくて、しかしここまできたのだからと階段を上がり、ドアを開けたら開いた。玄関の目の前に大きなコピー機があってので、ああやっぱり事務所なのかとほっとして、すいませーんと声をかけてみたら、はーいと男性の声。入ると、めちゃくちゃ採光の良い部屋にデスクが五つばかり並んでいて、書類で雑然としている。おじさんが二人いた。おじさんはふたりとも僕を見ていた。ふたりとも、手が止まっていた。白い光に包まれた、すこし埃っぽいけど神々しい部屋で、二人の幸福そうなおじさんに見つめられながら時間が止まった一瞬の景色。しばらく脳裏に刻まれそうだ。
あらかじめプリントしておいた物件情報の紙を掲げて、この物件をみにいきたいという旨を伝えると、手前にいたおじさんがきわめて和やかに、ああ、それね、ええと、地図が欲しいですか?と対応してくれた。
そこはね、いいですよ。最近問い合わせ増えてて。市街化区域外だから自由にできるし。何に使うんですか?ソーラー?と聞いてくる。ソーラーパネルを設置するために土地を買う人がかなりいるということだろうか。ソーラーではない旨を伝えると、固定資産税は8000円くらいだけど、そこ水道引くのが大変なんですよ。近くの家の人に聞いてみたら、こっちの道路の公共水道から自分で引いたって言ってました。たぶん何十万か、かかる。博打打つなら、何メートルか井戸を掘れば水出てくるかもしれけどね、と。博打打つのもいいですねえ、とかなんとか言って地図をもらい、また連絡しますと出ていく。
それからもう一件、同じく大津市の別の不動産屋へ。女性が対応してくれたのだけど、たぶんその人ひとりだった。それほど広くない事務所で、密室で、そして僕は男性なので、なにか緊張させたりするようなことはしなかったか。そのときに意識的に、もっと丁寧すぎるほど丁寧に振る舞えればよかったけど、大丈夫だったかとか、色々と考えてしまう。過敏か。でも逆の立場だったらまあ嫌だろうなと。
しこたま物件を見た。そのうちのひとつはどこからどこまでが対象の土地なのかも分からない、山奥にある水の音がする森。大きな岩があって、立派な木がぼんぼん生えていて、あまりにも森だったので、うわあ、森だあ、と気がつけば一人で呟いていた。滋賀県高島市、めちゃくちゃ綺麗だった。大津にもひとつめぼしいところを見つけた。
帰りぎわ京都で友人たちが激うま弁当をご馳走してくれた。久々に飲むと、酒ってほんとうにおいしいなあと、ほんとうにおいしそうに言っていたのが印象に残る。ビールとワイン。気がつけば帰りの夜行バスの出発30分前とかになっており、慌てる。けっこう走ってどうにか間に合ったのだけど、車内で吐き気に襲われ、焦った。過去最高レベルに焦ったかもしれない。ここで吐いたらとんでもないことになる。もしかしたら伝説になるかもしれない。幸いなことにトイレ付きのバスと書かれていたので、見渡してトイレを探したのだけど、車内は寝静まっていて、暗くて、トイレがどこかわからなかった。そしてあちこち首をまわしているうちにまた気持ちが悪くなり、窓の外を見る、と繰り返していたら、ちょうどドンピシャなタイミングでサービスエリア休憩に入った。トイレで吐こうとしたが吐けず、うろうろしているうちに吐き気はおさまり、バスに戻る。おさまった。断じておさまった。

スマートフォンで女性主人公のオフィスもののノンフィクション漫画などを読んでいると、結婚にはお金がかかるという描写が頻繁に出てくる。結納をしたり給料三ヶ月分の指輪を買ったりするというセオリーが当たり前だったころ(これもある年代からある年代までの、ごく短い期間だと思うけど)は、そりゃあたいそうなお金を用意して、人生をかけて準備をせねばという感じだったと思うけど、最近は割とフランクにカジュアルに入籍だけしましたとか、レストランでパーティーだけやりましたとか、そういう例が確実に増えているのに、結婚にはお金がかかるという思い込みはまだ刷新されないまま根強く残っているのかもしれない。天動説が覆ってから500年も経っているのに、いまだに「陽が昇る」という言い方をしてしまうのと同じように。(05100723)

もう名前は忘れてしまったのだけど(「なんとかじい(さん)の音楽なんとか」みたいな感じだった気がする…)さまざまなジャンルの音楽をアルバムごとにレビューしまくっている個人サイトがあって、自分の好みと重なる部分が多かったので、高校のころはそれを参考に日本のロックバンドを片っぱしから聞いていた。そのサイトで絶賛されていたCOCK ROACHというインディー・バンドがあり、そのファーストアルバム『虫の夢死と無死の虫』が、奇跡的に文京区立図書館に在庫があったので借りてみたのが最初だった(音源はTSUTAYAで借りることが多かったけど、文京区立図書館にはCDも豊富に置いてあって、しかもインターネットで検索できたので、無料で聞けるならそれに越したことはないと、よく使っていた。のちに摘発されたwinnyも便利だった)。しかしそのジャケットからなんというか、煙たくて咳き込みそうな何かが漂っていて、これ大丈夫かなと、悪く言うとB級感があったので不安を覚えつつ聞いてみて、最初はよくわからなかったけど、「孔子の唄」を何度か聞いているうちにある日、どうも自分はとんでもなく深い闇を掘り当ててしまったかもしれないと思ったのだった。死をテーマにした日本語ロックのコンセプトアルバムなど当時の僕は他に知らなかったから、音楽はこんなことも歌えるのかという大きな発見をしたような気持ちというか、今思うとシモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』のテキストに出会った時の感動に少し似ている。
すでにバンドは解散していたけど、すこしずつ手に入る音源と映像を集めた。セカンドアルバム『赤き生命欲』だけがどこにも置いてなくて、ずっと気にしつつ高校生活を送っていたのだけど、どこかのタワレコで偶然発見し、躊躇わず買ったのも記憶に刻まれている。騒々しい店内であの赤いジャケットを手にした僕の手は軽く震えていた。多分、新品として出回っていた最後の時期の、遺物のようなものだったじゃないか。Amazonで見ると今ではプレミア価格になっている。
それからなんだかんだずっと、僕の人生という部屋の片隅にはCOCK ROACHという存在があり、しかも人に「これめっちゃいいから聞きなよ!」と薦められるような代物ではなかったので(何度か友人に勧めたことはあるけど反応がイマイチで、というか人に薦めるという行為自体、なにか間違ってるんじゃないかと思わせる力が、COCK ROACHにはある)、ずっと一人で聞いていて、とうとう他に聞いている人に出会うことはなかったので、今回の水戸ライトハウスでの再結成一発目のライブ(その名も『静かなる虫たちの調べ』)の会場で順番待ちをしている黒いバンドTシャツを召したファンの群れ群れを見た時、こんなにも多くの同志がいたのかという純粋な驚きと、なんだか地球に送られて秘密裏に活動しているエージェントがお忍びで集まっているような感慨があった。
ボーカルの遠藤仁平がMCで「生きてましたか?」と聞いていたのが、とてもよかった。なにか、その場のことを言い当てていた。
コンサートについては言葉もない…素晴らしかった。演奏もうまいし、遠藤仁平の喉も強いので、ハードな曲ばかりでも聞いていて辛くない。気持ちがいい。不思議なことに音源で聞くよりも歌詞が耳に入ってきた。
COCK ROACHが再結成するというニュースを聞いたとき、不安を感じたことを思い出す。既発のアルバム三枚で、キャリアが綺麗に完結していたから。死ぬこと、生きること、命のことの次に歌えるものなんてあるのか、何を歌うのかと思いきや、4枚目のアルバムは『MOTHER』というタイトルであると知り、なんてこった、まだそこがあったかと。さすがです、と。ライブでは昔の曲で泣くだろうと思っていたら、新しいアルバムからの曲で思いがけず涙が出たのだった。ストレートな言葉選び。すべてを当たり前とせずに生きようとか、普通は恥ずかしくて言えないようなセリフをバンドで鳴らす。公式ブログで「音楽を仕事にはできない」と遠藤仁平は書いていた。刺さる。この言葉は楔にしたい。こういうことのために音楽はあるのだと、原点に戻る気持ち。音楽に限らず、表現とは、こういうもののことをいうのだと。
仕事にした途端、お金を稼ぐために、という意識がすこしでも入った途端に失われるもの。お金をもらう以上、なにか意義深いものをとか、人に伝わるものをとか、そういう余計な念が入り込んでしまうことによって失われる、ささやかながら取り返しのつかない損失。全てが商品にされ、全てが消費されていくこの環境下で、自分がよいと思うことだけをよいものとすること。そのラディカルさを失わないようにしながら、しかしそんな素朴で純粋なものだけがよいものではない、やるべきことはたくさんある、まずは少数でもいいから人に伝わらなければだめだと、ナイーブになりすぎない態度。この夜のことを忘れないようにしたい。他の感情に邪魔されたくないので、本も読まず、泊まりもせずにバスで帰っている。

しかし遠藤仁平氏、「カニバリズム・ン・カーニバル」を歌ってる時に、ペコちゃんの手提げ袋を思い出したとMCで言っていた。ぺこちゃんの目玉がぐるぐるまわる手提げ袋を学校の同級生が持ってきていて、それが気になって仕方なかったと。その怖すぎる目のくせして、キャッチコピーが「ミルキーはママの味」だから、これはカニバリズムもしくは近親相姦の気があるのではないかと。「海月」を歌ってる時に、エンバーミングした恋人の死体と共に何年も暮らした「カールおじさん」のことを思い出したとも。へんなひとだ…。
(05072220)

金沢21世紀美術館から送られてきたムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ(男女二人組ユニット)の展覧会のチラシのテキスト、作家を紹介する文中の代名詞が全て「彼女たち」になっているのを発見して、執筆者の意志を感じた。そして自分が恥ずかしい。普段から僕は集団のことを指すとき、その中に男性が一人でもいたら「彼ら」と呼んでしまっていたかもしれない。下手をしたら男1人に女3人でも「彼ら」と呼んでいる。逆に女1人男3人のグループのことを「彼女たち」と呼ぶことは、パティスミス・バンドとか、明らかに女性が中心になっている集団の場合を除いては、ほぼない。特に意識もせずに、あまりにも長くそれを続けてきてしまった。このささいな文言の積み重ねによって人を少しずつ傷つけていた可能性がある。阻害感を与えてきた可能性がある。こういった細かい言い回しの中にこそ、知らず知らずのうちに内面化されてしまった差別意識の種のようなものが現れるような気がする。
(04181533)

・腸内細菌検査を受けてから人生が変わった、という話を知人から聞き、それが最近の自分の興味にも近くて、しかも検査は三万円でできると聞いたので、思いきって申し込んでみた。腸内にいるどの種の菌が優位かどうかなどがわかるらしい。キットが届くのを楽しみに待っている。
最近買った『あなたの身体は9割が細菌』によると、僕の腸内には数百兆の細菌がいるし、この足の指先にもイギリスの人口よりも多い微生物がいるという。身体がなしていること、なしうることについて、ぼくはほとんどなにも知らない。この身体は無数の微生物と細胞と、細胞間の気の遠くなるほどの信号によるネットワークもろもろによって維持されており、僕はそれについてほとんど何も知らないし、意識もできない。意識できるのはそれらの運動の「結果」ばかりである。
このことを発見したスピノザは本当にえらい。これはそのまま腸内環境の説明にも使える。体調がわるくなったり、落ち込んだりするのは、いわゆる「自分」のせいではなく、腸内細菌のバランスが悪くなること(だけでなく、気圧や免疫力や、その日朝ごはんを食べたかなど様々にあるけど)によって引き起こされる機械的な運動の結果である。
つまり感情とは常に受動的なものなのだ。なぜならわたしたちの身体や精神が何かと出会ったとき、この体や精神は、その結果しか手にすることができないからだ。わたしたちはただただ、その原因に対するひとかけらの意識も持てず、起きた出来事の結果をこうむるばかりの毎日である。そりゃあ落ち込むのも無理ない。
そればかりか、その順序を転倒し、結果を原因と取り違える。わたしたちの中にある原因は意識できないから、それを外部に求める。つまり自分のせい、他者のせい、にする。
(ちなみにこの身体と共生する菌たちはわたしにとって「いい」ものである。いい出会いとは、ふたつのものが合一して、より高次の全体をなすことである。より大きな完全に近づくことであり、神を分有することである。それが「いい」もの。たいして「わるい」ものとは、自分を維持するものを混乱・破壊するものである。道端でいきなり変なおじさんに怒鳴られたりとか、毒にあたったとか、そういう「わるい」ものたちは、自分と合一することはなく、ただそれを破壊しようとしてくる。場合によっては、修復不可能なほどに)
悲しみに取りつかれそうになったとき、それは機会的に起きた必然なのだと、自ら説明してみることが大事。なぜなら「説明」とは能動的行為であるから。なんのことはない、説明している時点ですでに救われている。能動的なものは「歓び」だけだから。

そして憎しみとか悲しみとか嫉妬とか羞恥心とか、もろもろの受動的感情はしばしば、支配のために使われる。圧制者は人々のくじけた心(悲しみの受動的感情に捉えられた人間)を必要とし、心のくじけたひとびとは圧制者(悲しみの受動的感情を利用し、事故の権力基盤として必要とする人間)を必要とする。そしてそれを風刺し、嘲笑し、悲しむ人、この三種の人間を、スピノザは告発する。
支配されないためにも。いや支配される・されないという次元すら飛び越えて生を解放するためには、ただ自分がよいとおもうことのみを、よいこととすること。それが生の倫理(エチカ)。
スピノザは私たちの生が、善悪や功罪や罪とその償いといった概念によって毒されていると考える。私たちの生に敵対する、そういった一切の超越的価値を告発する。なぜなら「これをしてはいけない」「これをすべきだ」という道徳的なものの言い方は、隷属的なものだから。
同じように彼は、動物を種や類といった抽象的な概念によって定義することを、超越的規範に基づいた道徳的な視点が含まれていると考え、採用しない。すべての超越的規範を注意深く退けようとする。

・能動的に食べること。外では美味しいと思っていたペットボトル飲料を家に持ち帰って食卓で食べると、あんまり美味しくない。なにか魔法にかけられていたような、錯覚を起こしていたようなきもちになる。やはりこういうものを買って飲むこと自体(それがいかに、いくつかの選択肢のなかから自分の自由意志で選んだのだと思っていても)商品として売られているものを食べることは受動的なふるまいである。創造的でなければ能動的とは言えず、歓びもない。料理とは未来への賭けであり、能動的に食べるには必要なものだ。それがいかに味の良いものだとしても、受動的な歓びは錯覚である。

・スピノザの哲学。割り切って生きること、妥協すること、だましだましやること、死を待つように生きること、そういったあらゆる受動的態度への批判に思われる。道徳的規範を内面化させるな、と言っているように聞こえる。つまり、お前だけの歓びを求めて楽しく生きろと言っている。

展覧会に参加します!東京は久しぶりです。

「半開きの家」
@NITO MICHIKUSA

[会期] 2022年6月3日(金) – 6月27日(月)
[時間] 11:00 – 19:00
[定休日] 火、水
[観覧料] 400円 (ポストカード付き) 小学生以下無料
[会場] 東京都大田区蒲田3-10-17

家とは不思議なものです。
壁を立てて、領域を囲むことで、そこは心休まる場所となります。
そんな家に、どのようにすれば、外部を招き入れることができるのでしょうか。
完全に壁を壊し、野ざらしにするわけではなく、家を保持したまま、扉を半分開いておく。
元々民家であったアート/空家 二人を舞台に、内と外の共存について考えます。

アート/空家 二人では、10名のアーティストが継続的に参加する展覧会「NITO」を行なっています。その合間に「NITO MICH IKUSA」と冠した特別な企画展を、年に数回の頻度で開催しています。本展はその第2弾です。

参加作家

久留島 咲 前田 耕平 村上 慧 森山 泰地

イベント

・村上 慧「いる」日程

6月4、5、11、12、18、19、25日

●本展では大田区で京急線沿線にある2つの施設、KOCA、heimlichkeit Nikaiと連携し、合同のレセプションパーティと、3施設を巡るギャラリーツアーを行います。

・合同レセプションパーティー

6月4日(土)18時 KOCA A棟 (東京都⼤⽥区⼤森⻄ 6-17-17)

・連携開催・3ギャラリーツアー

KOCA

「曲直 / right or wrong 中島崇」

「HISUI HIROKO ITO 2023 S/S展示会 <1人でも、2人でも…>」

heimlichkeit Nikai

「Play Double – プレイ・ダブル展 -」

6月4日(土)15時 3ギャラリーツアー heimlichkeit Nikai から開始

→詳しくはこちら

https://nito20.com/exh/exhibition

vimeo内のページで、2020年に行った《移住を生活する》プロジェクトのYOKOKU-HENを一般公開しました。

名付けることについて。名前をつけるという行為自体が好きではなくて、ほとんど悪の所業だと思っていた。音楽のジャンルにしても、作品タイトルにしても。名付けることは、名付けられる前のものとものの間の関係を断ち切ることであり、活きているものの動きを止めて殺すことだと。全て名前を捨ててカオスに向かうほうが面白いと思っていた。でもカオスを守るためにはむしろ逆に、名付けることが必要なのかも。
社会的な問題に起因する違和感やジェンダーに新たな名前を与えることの利点はわかりやすくて、その物事に指をさすことができるようになると、人と問題が共有できるようになるし、それまで名付けられていなかった、硬直して悪いものになってしまった習慣や権威にも同じように名前を与えることになり、それが攻撃になる。
でもそれ以上に面白いのは、名付けることで初めて、名付けないことが可能になること。ひとつに新たに名を与えたとき、同時に名前を与えられていない領域も生まれ、名付けられる前よりも、むしろカオスが広がる。
(小説は名付けと相性が良く、詩は破壊、シュルレアリスム、野生と相性がいい?)

調布の喫茶店、60代くらいに見えるが雰囲気は若い店主夫妻と、青いエプロンをした若い女の子。女の子が配膳やら注文取りやらをやっているのだけど、店主夫婦が、さすが、とか、ありがとう、とか褒めていて、女の子の方も時々タメ口をまぜながら話してる。従業員と雇用主の上下関係を感じさせない。ほんとに働いてもらうねとお母さんが言ったり、いいよいいよと女の子が言ったり。彼女は今日、本当は休みなのか、あるいはもう辞めたひとなのか?
キッチンの雰囲気も良い。僕がブレンドのモーニングセットを頼んだら、お父さんが、順番にやる、と呟いて、お母さんが、そうだね、と、相槌。

団地内の、昨日の雨でぐしょぐしょにぬかるんだ、柵に囲われた運動場で子どもたちが3人、下半身を泥だらけにしてボール遊びをしている。その姿を、母親らしき三人が立ったまま遠まきに眺めていた

《移住を生活する》は、隣人でもなく、家族でもなく、その間にもう一層場所を作る感じ。そういう、ぎりぎり大丈夫な距離感の場所を作り出して体をねじ込む、というイメージだった。いろいろなコミュニティの外縁から外縁へ、渡り歩くようにして回っていると、外だと思っていた場所が実は中だったことがわかってくる。
誰も指をさせないのだが、確かにそこにある場所。

ステレオガールがほんとうに素晴らしい。久々にど真ん中級大好物バンドに出会ってしまった。ローゼズとかスーパーカーと出会い直したような気持ち。音を聞いてるだけでよだれが止まらない。ライブに行きたかったがもう売り切れている。

たとえずっと年下の、高校生とか中学生と接するときであっても。相手がわたしのことを目上とみなしているとわかったうえで、こちらがタメ口を使うときに感じる「なんかわたしえらそうだな」という違和感を大事にする。ときどき、その上下関係を脱臼するように、敬語を差し挟む。どんなに親しい関係であっても、関係に少しでも上下がある場合は危ない。

デカルト曰く、悲しみは食欲を減退させない。ただし、そこに憎しみが混ざっている場合は別。

表現に関して子供の自由な発想は良いよね的な話に対して、いや表現は知識と鍛錬が必要なのであって、最初から何の縛りもなくただ自由にやるというならそれは良い表現とは言えないという意見があり、またそれに対する反論として例えば子供の落書きとアクションペインティングの作品の区別がお前につくのかと言う質問が飛んでくるが、表現とは何かを志向している状態そのものに宿る凄みのことのであって、自分がはまってしまっている枠組みを自覚しそれを打ち破ろうとする過程それ事態が重要で(そして大抵の場合はそうとそうでないものの区別はつく)、表れたもので判断できるかどうかだけを議論しても意味はない。