埋まったスケジュール全体を見渡して、これをこなすのか…と絶望するとき、ひとつひとつの予定は見えていない。逆に予定をひとつずつ、これは楽しみだと練っていくときは、全体のことが見えていない。拡大縮小する時間の例。

夜行バスに乗っていたのだけど、パーキングエリアで停車したので休憩かと思ってトイレに行った。トイレから出たら、遠くでバスのドアが閉まり、発車してしまった。行かないでーと、手を振りまわしながら走って近づくも、結局バスは行ってしまった。僕は遠ざかるバスをずっと眺めていた。その後ろ姿がなぜかコンクリートミキサー車だった。とりあえず携帯で近くのホテルを取ろうと操作を始めた。地図アプリを開き、西に大きな川があり、そこに長い橋がかかっていることを確認。あのバスは、これからこの橋を渡るんだろうと思ったあたりで目が覚める。焦った。

なんらかの言い間違い、嘘の発覚、情報の行き違い、あの言い方は良くなかったなあとか、そういった心の機微をちゃんと伝えずにいることを繰り返すことによって、あるいは単に相談不足によって、ドミノが倒れていくように、人間関係が決定的に壊れてしまったとき。政府間外交の失敗のちいさな積み重ねによって、衝突が避けられなくなったとき。手に取ろうとしたケチャップのわきに醤油差しが置いてあるのが目にはいらなくて、袖にひっかけて倒してしまい、醤油が床に零れた瞬間。

出来事が不可逆的に進行してしまい、取り返しがつかなくなった、ありとあらゆる瞬間に「ピタゴラスイッチ」のテーマソングを再生する。最後の「ピタ・ゴラ・スイッチ♪」のところで、その出来事は仕方のないことだったのだ、回避できなかったのだ、という諦めを軽やかに与えてくれる。

「廃電化製品無料回収」の白いチラシがポストに入っている。 その末尾に電話番号が書いてあって(担当:小田)と書かれている。小田さんはこの電話番号を受ける「担当」という役柄を与えられている。この二文字を企業のチラシなどで見るとしんどい気持ちになる。小田さんが小学校や中学校の日々のなかで勉めていた学業や遊びや、家族に育てられた思い出や、恋や人生の葛藤などが消され、なかったものにされているような感覚。

世の「長生きしているおばあちゃん」の多くは、ある一定のスタイルに収束していく。

地方の電車、山ちゃんと二人で乗っている。僕が先に降りるのだが、ドアが閉まってから、車内の山ちゃんが手に僕の財布を持ち、「盗ってやったぜ」と言わんばかりの笑みを見せてくる。僕は怒り、急いで改札を出て、駅員さんに事情を話し、タクシーに乗れば500円くらいで次の駅まで行ける、といわれる。僕は山ちゃんに電話をかけ、するとおばさんの声がする。確認したら、まちがいなく山ちゃんの電話だったので、これは多分母親なんだろうと推測して、この人にも事情を話す。タクシーに乗ろうとするのだが、それはものすごく古い、おもちゃの木箱のようなものだった。ワンルームマンションの浴槽くらいの大きさしかなかった。乗ると、子供用のゴーカートのように、足で漕いで前に進むものだった。運転手が漕いでくれる。結構速いが、僕の方にもペダルがあればもっと速いのに、と思った。途中、坂道を下った先で猿の群れに遭遇し、猿を払いつつそこを過ぎた途端に、猿が車の後ろから飛び乗ってきて、髪の毛を引っ張ってきた。痛い、痛いと、運転手も僕も言った。タクシーの運転手は途中で交代し、その娘らしき人が出てきた。しょうこさん、というらしい。どうやったのかはわからないが、とにかく最終的に財布は返ってきて、イベント会場みたいなところで山ちゃんと再会し、わざと盗っただろうと怒ったら、また盗ろうとしてきたので、階段を降りていく山ちゃんに僕は空のカップアイスを投げつけ、山ちゃんをキレさせる。僕はジャンプして山ちゃんの目の前に着地。そのまま取っ組み合いが始まったところで目が覚める。

風呂で考えたこと
・さいきんマイミーンズの「そういうことだった」を聞きまくっているせいで、もしかしたらあの一言が原因だったのかなあとか、あれとあれはつながるかもしれないと思ったときに、「そういうこと〜だったのか〜」という一節が脳内に流れるようになった。
・土屋公雄が最終講義で僕に向かって言った、「アーティストになんかなって欲しくなかった」という言葉。みんな笑っていたし、僕も笑っていたが、なぜこれが笑い話になるのか、考えてみたらよくわからない。そして、今考えるとそれが「こんなに苦労が多いのに報われない」というよりも、「制作なんかやってなければ、思い悩んだりせずに過ごせる日々がきっとあるのに」というニュアンスだとしたら、共感できる。
・遠藤一郎さんと先日神保町で偶然、しかも数年ぶりに再会してから、ものの1,2分で「さとし、あそべ」とわざわざ面と向かって言われたこと。あんなに真剣な「遊べ」は、聞いたことがない。背筋が伸びた。遊べと言われたのに。彼はまた、「遊ばないと、腐るから」とも言っていた。それは、いまとても、痛いほどよくわかる。彼からしたら、まだ僕の「遊ぶのが大切」という認識は甘いのかもしれない。彼はそれを感じたから、僕から何らかの、いっぱいいっぱいなオーラを受け取ったから、そう言ったのかもしれない。でも、昔よりは理解できるようになっていると思う。人は歳をとってしまうと、遊ばなくなる。気をつけないと遊ばなくなる。そしてそれは、その人は気が付かない方法で、その人を腐らせていく。

ロニ・ホーン展。彼女が語っていた「黒い水の話」がとても良かった。自分も消えたくなる。水彩のテキストのコラージュやドローイングは、彼女の集中力の凄まじさを見せつけられた。展示のやりかたなども含めて思ったのは、「ささいなアイデアでも、徹底的にやればモノになる」ということ。最初はささやかでいい。誰にでも思いつきそうなことでいい。でも、それをずっとやり続けること。人の目を本当の意味で気にしないこと。「黒い水」の中に体ごと入り込み、その水と一体になると同時に、「水の外側」との接続を経つこと。そんな制作態度が伝わってくる。これは元気がでる。これからも制作をしていこうと思える。
美術館は人がとても多くて驚いた。美術見にくる人って、こんなにいるのかあと思った。良いことだ。カメラのシャッター音は本当にやめてほしいが、こちらが彼らとかち合わないタイミングで観に行けばいいことだ。棲み分ければいい。そう。たとえ断絶があっても、仮にお互いに全く分かりあえなくても、「同じ部屋」にいること。ここをおさえる。
ロニ・ホーンを観た後、閉館時間ぎりぎりで3分だけ観たモネの絵画がすごすぎて、ロニ・ホーンの印象がかなり消し飛んでしまった。やはりモネはすごい。僕が運転で疲れていて、ハイコンテクストな展示を観る体力が少なかったこともあるだろうが。

ウェルベックの新作は「夢」が重要なファクターになっていて、朝目が覚めて、夢がまだ頭の中に残っている状態で執筆を開始していたらしい。ちょっと試してみるかと僕も朝早く起き、なにかかけるかなとパソコンにむかってみたが、すぐに鼻水がでてきてとまらなくなり、たまらずパソコンを閉じて仰向けに横になる。二度寝してもう一度起きると、ぴたりと鼻水はおさまっている。ほんとうに鼻にもう一人べつの生き物が住み着いているみたいだ。

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原因がわからないなら、そこにとどまることもしばらくは許されます。道路上で車が動かなくなってしまった時、本人にその原因がわかっていない限りにおいて、それが許されるのと同じように。それでもいずれは警察がやってきて、追い払われてしまいますが。

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斉藤先生に、大きな作品を買ってもらい、倉庫でそれを運んでいる夢。高橋先生もいて、後ろ姿が斉藤先生みたいだったのでそちらに話しかけてしまった。

全ての土地を所有したら、それは土地を所有したことになるのだろうか

移住を生活するを長くやっていたせいで、いつもなにかに追われているようなメンタリティが染み付いてしまった。

現状が最高!とか言うと怒られる風潮

金沢に夜行バス往復弾丸ツアーで、「オオニシ・ザ・ファイヤーパンク」のライブを観に行ってきた。八時間かけて行ったのだが、ライブは10分弱で終了した。その後学生たちが飲み会を設けてくれたのだけど、その時上原くんが話してくれた、いずれは参謀本部を作って壁に肖像画を掛けたり、文人を招きたいという夢、めちゃくちゃ良かった。この世界には「参謀本部」が足りないのではないかと思えた。僕も彼を倣って、自分のアトリエを参謀本部と呼ぶことにする。
金沢21世紀美術館にも行ってきた。観光客の女性たちはみんなベージュのコートを着ていた。全国各地のベージュのコートが21美に集結していた。

JTの人からもらった「ploomTECH +with」を時々吸っているのだけど、なかなかにアバンギャルドな商品だ。「IQOS」や「ploom X」は、紙タバコの「一本が終わるまで吸う」という吸い方を踏襲していた。これではまだ紙タバコという概念の亜種でしかなく、電子タバコであることにユニークではない。その点「ploomTECH +with」は、喫煙者の喫煙習慣そのものを根源的に変えようとしている。匂いが全くなく、同席している非喫煙者のストレスも、喫煙者側が感じる申し訳なさもない。一個のカートリッジをひと吸いで一旦中断し、15分後にまた少し吸ってもいいし、10分以上吸い続けることもできる。生活を変えるプロダクト。習慣は人間を変えるが、その習慣そのものを作りに来ている。CDが主流だったころにアルバム単位で聞いていた音楽を、サブスクで曲単位に聞くようになった感覚に近い。

1128
日曜日。金沢21美。コレクション展を観たのだけど、あの観客層の中で石田尚志の映像作品を見ると、ただの合成映像にみえてしまうという衝撃。

1308
鈴木大拙館も行った。受付のおじさんが若干高圧的で、ものすごく苦手な感じ。建築をまわったり館内で大拙の本を少し読んでみたりしたが、出る時もそのおじさんの前を通るので、その苦手な印象だけが残る。声が無理だ。

1429
インスタグラムは場所に、ツイッターは人に向いているかもしれない。

1710
もう何年も、リチャード・ディーコンだと思っていた金沢駅前のパブリック・アートの作者が全然知らない人だった。

久々に夜行バスに乗った。最初にスピーカーからの音声、しかも高音質でBGM付きで注意事項が説明される。なんか、スペクタクル。「遠慮いただきたい項目」の中に「他のお客様のシートを起こすこと」という今まで聞いたことがないものが含まれている。過去に同系列のバスでなにかあったのだろう。他のお客様のシートを起こすことはご遠慮ください。なんか、うける。マスクも、いつもしとけと言われる。放送終わったら、乗務員さんがマイクで「ご清聴ありがとうございます」と言ってくれる。

渾身の1500字を書き終えた。三日以上かかった。

「わしがイッチの唄」は何故か涙腺が刺激される

幼い頃、父親といっしょに風呂に入っているとき、頭は爪を立てて洗うんじゃないと言われた。頭を洗うたびによぎる記憶。今ではすっかり指の腹で洗えるようになったが、当時はそれをすると髪の毛との摩擦で指が痛くて、あまり長い時間ゴシゴシできなかった。父親は僕のそんな気持ちなどわからない様子で、ゴシゴシと洗っていて、大人ってすげえなと思った。きっと指が柔らかかったから、できなかったのだろう。そう教えてほしかったけど、でも教えられなかったからこそ、なぜ自分にはできず父にはできたのだろうという疑問が今の今まで残りつづけているのかもしれない

札幌で感じたロシアへの恐怖が影響しているのか、何か店のようなところで、緑色の水のような生物兵器を落とされ、それを被った。近くの人に聞いたら、緑色の水なら、短時間で死ぬ。もう洗っても遅いと言われたが、私は自販機を探して水を買い、顔を洗う夢。

書き手の切実さは読み手を黙らせる。どんなに拙い文であっても

吉祥寺シアター前で「ベンチのためのプレイリスト」を少し聞いてきた。犬飼勝哉さんのやつ(回、と書きそうになる。一般的な上演ならそれで問題ないが、これは電話なので少し違う気がする)笑った。慣れない黒電話のダイヤルを回して、一番最初に聞いたのがよかったのかもしれない。間違い電話したらどうしようという緊張感のなかで、受話器から「モシモシ」と低い男の声が聞こえて戦慄し、そのまま引き込まれた。

もしお前が、他人の存在を蔑ろにし、筋を通すことを忘るような人間に変わってしまったのなら、コロナ禍のうちに、あそこに行ってきたほうがいい。つまり「『あそこ』
に行って、忘れたものを思い出して帰ってきなさい」というようなニュアンスのことを、古い実家のベランダと、両親がだいだらぼっちを見た部屋にまたがって、おばさんに言われる夢。おばさんは人というよりも、なにか影のように黒い存在で、目元だけが白く、とても怖い言い方だった。

金沢のイヴ・クラインはなにがあっても、霊体になっても心で見に行きたい。イヴ・クラインのおかげで、死ぬ怖さが少し軽減される感じがある。