本と時間の関係について。すでに読んだページの厚みは読み手にとっての時間を表している、というわかりやすい話の他に例えば、親元を離れて十年ほど経った成人の子供のことを、親はどこかでまだまだ子供であると思っており、実家を出てからの年月の経過を実感できていなかったとしても、初めてその子供の一人暮らしの家を訪ねたときに、本棚に並べられている本の量を目の当たりにして「ああ、時間が経ったんだなあ」と思うような、そんなこともありうる。本棚がささやかに主張する、その持ち主が経てきた時間の量のこと

私の保存食ノートという本が素晴らしい。文章を読むよろこび。書き写したい文体

「あたしゃあねえ!」といって話し始める、記憶の中の知人。

大町にて屋根のペンキ塗り作業を終え、脱衣所の水道の簡単な工事を行って水を開通させ、それからお風呂に入って、徒歩10分弱のコンビニまでヨーグルトを買いに行った(レアチーズケーキの材料)。その帰り、音楽を聴いていた(boygenius)というのもあるのかもしれないけれど、前方にいつもの北アルプスの峰々に積もった白い雪を眺めて歩いていたら、そこで蓄えられた水が少しずつ溶けてせせらぎになり、川に合流し、この道端の水路まで流れてきているということが心の底から「理解」できて、それから風が吹いていて、鳥とコウモリが飛んでいて、雲が何層も重なっているのが見えて、空き地に雑草がびっしり生えていて、そしてそのすべてを北アルプスが見下ろしていた。なんて完璧な、奇跡みたいなシステムのなかに自分はいるんだろうと、なんだか目が潤んでしまった。すべてががっちりと噛み合っていて、かつそれぞれに自立もしていて、そして風が吹いている。その「全体」がすべからく、僕の感覚を通して脳みそにおりてきた。人間は、ぜったいにこういう環境のなかに住んだ方がよい。こういう「場所」を持って生きたほうがよい。そのまま家に帰ることができなくて、買ったヨーグルトだけキッチンに置いて、冷蔵庫から缶ビールを取り出して散歩をした。北アルプスに吸い寄せられるように西の方へ向かっていった。boygeniusとブリーチャーズとブルーススプリングスティーンとUlulUを聴いた。十九時ごろから急に空が暗くなってきて、家に帰った。

東京にいるときよりもはるかに人と会う頻度が高い。越してきたばかりだというのもあるだろうが、飲み会に誘われたり、近所の友人が揚げたばかりの天ぷらを持ってきてくれたりする。東京は人がたくさんいるぶん、人と人との少しの違いが目について、飲み会などを催すときに、「この人は誘わなくていいか」とか「この人は近所だから声かけるか」みたいな無意識の選別を行いがちだけども、ここは人が少ないので多少の違いはあってもぜんぜん気にならなくて、「まあ、集まっとくっしょ」みたいな雰囲気になりやすいかもしれない。
人が少ないことが寛容さを生み出し、人が多いとかえってそれが失われるということがあるかもしれない。

昼と夜で顔が違う。昼間、陽の光の下で見たときは何とも思わなかった。たぶん一般的に年相応の、堀が深めで多少こわい印象ではあるがそういう顔立ちの人、という感じだったのだけど、夜薄暗い部屋の明かりの下で見たときは、子供っぽくてかわいらしい瞬間もあれば、般若みたいにおそろしい表情が浮かぶ瞬間もある。年齢が読めない顔つきで、全体に影がある。元々影のある人ではあるのだけど、夜の海みたいな暗闇を感じさせる。あるいは暗い部屋。昼と夜で顔が違う。

壁に備え付けの、不要になった換気扇のカバーを外したら、中でコウモリが熟睡していた。コウモリの家になっていた。ぷるぷる震えながら自分の糞に包まれて小さく丸まっており、つついても起きなかった。毎夜、目覚めてここからどこかに出掛けていき、明け方ごろにここに帰ってくるのだと思うと、なんとかわいい生き物だろう。だが家の中で共生はできないので、換気扇ごと解体して逃した。申し訳ない。

非常に狭い風俗店?でのバイトに久々に出勤したのだけど、着いてすぐボサボサの髪型を怒られ、開店前に慌ててコンビニに走ってひげ剃りとハサミともう一つ何かを買おうとしたのだけど、ハサミはいらないなと思い直して返却し、店に戻ると「新人研修会」が開かれていて、その脇をすり抜けてめちゃくちゃ狭いトイレに入り、ひげを剃る。そのひげ剃りが、金属製のブラシが先端についた細長いタワシ(あるいは歯ブラシ)のような形をしており、それをひげに当ててシャカシャカこするだけで剃れていくという優れものだった。トイレには蛇口があるのにそれを受ける流し台がなく、誰かのバスタオルがぶら下がっていた。久々の出勤で仕事内容はまったく覚えていないが、まあとにかく客に失礼のないようにやれば大丈夫だろう、昔だったらびくびくしていたけど、自分も歳をとったせいか太々しくなったな、とトイレの中で思う夢。

御小昼(おこひる)。朝の農作業のあとの食事休憩

文章でも展覧会においても、大町にある温泉「高瀬間」の露天風呂のようなものを考えること。 数ミリ単位で微調整すれば後頭部がぴたっといいポジションにはまり込む岩や、耳まで湯船に浸かると海の浅瀬の水中に住んでいる生き物になったかのような音が聞こえるポイントや、深海魚になったような音が聞こえるポイント、平たい岩を体を横たえてみて、そこが寝るのにとてもよい場所だと発見する(これに「寝湯」などという看板が立っていたら台無しである。ただ岩場が無造作にひろがっているように見える空間で、自分で「横になるのにちょうどよい岩」を見つけるのがよいのだ。いろいろな大きさや形の岩に身体を当てはめてみる。自分が動物であることを思い出すような、身体のポジショニングと自然の造形が生む一致を)ようなこと。そんな混沌と秩序のバランスを考えること。

大町に購入した中古物件に引っ越しつつある。僕の部屋にもともとあった、おそらく20年以上前に製造された密閉式石油ストーブのスイッチを今日初めて入れてみた。2回くらい消火と点火を繰り返してみたのだけど、チッチッチッチ……という小さな音が鳴るばかりで、10分以上経っても点火しなかったので諦めかけていたのだが、3回目につけたとき、キュイイ……というやばそうな音と共にそいつは動き出した。突然爆発したらどうしようと壁に隠れて見守っていたのだけど、大袈裟な音ばかりでしばらく経っても火が点かない。これ以上続けたら本当に爆発するのではと思ってツマミを消化に合わせた直後、送風口から確かに温風が出ていることに気がつく。壊れていなかった。売主から「壊れてるんじゃないですかね」と適当なことを言われていたそいつは、壊れていなかったのである。オオォンと不器用な音を奏でつつも、確かに火は点き、暖かい風を送ってくれているのだ。スター・ウォーズにありそうな、古い宇宙船のスイッチを何十年かぶりに入れるシーンみたいだ。失われた文明の遺産がここにあり、こいつは点火されるのを待っていた。もう壊れてるだの使えないだのと、試してもないのに勝手なことを言う人間なんぞの意識よりもはるかに長い命を、このストーブは持っていたのである。僕は思わず「すごいなお前」と撫でた。

まだ明るい時間なのに電柱の外灯が点灯したのを見て、自分の家だったら電気代を気にして絶対にやらないことので、そういう節約について考えなくていいから楽だなあと思った直後にしかし、電気を発電するためには CO2を排出する必要があるので、地球の資源を無駄に使って嫌だなと思った。もしかしたら人が他人の行いを注意したり監視したりするような風潮は、地球全体が自分の家のような感覚を作り出して、地球環境問題が一人一人の内なる問題になったことと関係があるのではないか。つまり「自分事」の範囲を大きく広げていく練習を、地球環境問題がさせている。それはもちろんいい面もあるのだけど、同時に人の行いを過剰に気にするようになることも助けてしまっているのではないか。

なんでもできる人、だとよく他人に言われるけど本人としてはなんでもできるというよりも、やればできると強く思い込んでいるだけの人

広い会社で働いている友人を捕まえて「一緒に住むのやめようか」と切り出したら友人は「いいこと言ったね」と言って涙が溢れ出して、すぐに手で拭いながらまた「いいこと言った」と言った。自分に言い聞かせるように。ぼくは建物を出て、友人が帰ってくる前に荷物をまとめて出て行こう、と思う夢。

GEZAN with Million Wish Collectiveのコンサート。ライブではなく、コンサートと言いたい。筒井さんに誘われて行ったのだけど、ほんとうに行ってよかった。生で見とくべき伝説のやつだった。曲だけじゃなく、演劇的な時間があったり、コーラスがあちこちから聞こえる多声的な演出から、地点の「ノー・ライト」を思い出した。美術とか演劇とか、いろいろな影響を一身にうけて、自分たちのオーディエンスに向けて、思い切っていろいろと試しているのかもなと思った。感覚のよさとか、自分たちのお客さんのことをよくわかっている感じとか、いろいろと参考にもなったけども、そんなことは抜きにしてもほんとうに感動した。感動したとしか言いようがない。

久々にアトリエ最寄りのスーパー銭湯に来て着替えるなりサウナに直行しこれからキメてやると意気込んでいたのにここのサウナ室にはテレビが垂れ流しになっていることをわすれていた。民法のバラエティで、街をまわってそこらの市民にインタビューをしてまわるという企画のようだった。公園で桜を撮影していた老人に話しかけ、何をしているんですかと、番組のクルーが聞いた。老人が、英語を習いにきていたのだと答えると、クルーは、どのくらい習っているんですかとまた質問した。3年くらい、と老人は答えた。
じゃあけっこう喋れるんですか? と聞くクルーに対し、老人はわざわざ英語で、「私は英語を勉強していて、いまは会話をしています 」と答えてくれた。それに対しクルーは英語で、好きな食べ物はなんだとか、なぜその食べ物が好きなのかとか、矢継ぎ早に質問を始めた。この老人から、なにかしら、たどたどしい発言あるいは間違った英語を引き出して、番組のネタにしてやろうという意図が透けて見え、気分が悪くなった。案の定老人が、「なぜその食べ物が好きなのか」という質問に対して、英語ではなく日本語で答えたところで、スタジオから笑い声のようなものが聞こえた。サウナ室で番組を見ていた人も笑っていた。
公園で、カメラやらマイクやらを持った複数人の人たちが、一人の、桜の撮影をしていた老人をとりかこみ、顔を出させて、一方的に撮影を行い、それで番組のネタとする、という構図、ほんとうに嫌な気分になる。

友人の飲み代をおごったことを、自分は恩を売ったなどとはまったく思わないし、なんなら寝たら忘れてるくらいのことなのだが、そういうことを恩着せがましく言ってきたりするひとのことを思い出すと、自分もそのように感じるべきなのではないかという謎の思考が働きはじめてしまう。いわば社会の中で生きてきたせいで染みついてしまった、「やられなければやられる」的な貧しい「大人」な感覚を、「子供みたいな理性」で押しとどめるようなこと。「軍隊はもたない」という理念を維持しようとする人にたいして「こっちがいい人でも、向こうはいい人とは限らない。ミサイル撃たれて国が滅びたらどうするんだ」という主張に対抗すること。人を出し抜こうとする人がいるせいで、わたしの生が阻害されることを、見過ごさないこと。

熊本にて。イケザワさんに連れてきてもらった店でpicnicのカオルさんとたまたま遭遇し、「また店行きます」と言ったら、「次は家背負ってこないで来てね〜」と言われて嬉しかった

朝、近所のコインランドリーに行き洗濯物を突っ込んだのだけど、入り切らなかったので、一度入れたものをすべて取り出し、2つ離れた大型の洗濯機に移したあと、自分が入れた服の中に見覚えのない袋が混ざっていることを発見。ジッパーを開いて軽く中を見たら、びしょびしょに濡れた千円札がそれなりの枚数入っていた。洗濯を終え部屋に持ち帰って改めて確認したところ3万円ほどあり、交番に持っていくことにした。
夜、アトリエ最寄りの交番はパトロール中で無人だったので少し離れた交番に行って「お金を拾ったんですけど」と言ったら、優しげなお巡りさんが、どこで拾ったのか教えてもらえますかと、大判の地図帳を開いて見せた。コインランドリーの位置を教えると、所有権はどうするか、落とし主が現れた場合、お礼を受け取ることを望むか、といったことを聞かれ、お礼はいらない、落とし主が現れなかったら、欲しいと答えた。
奥からもう一人警官が現れて、金額を数えながら紙幣を白いトレーに移し始めた。最後に、お金がはいっていた袋について、これはどう表記すればいいですかねえ、という議論が、二人のお巡りさんの間で始まった。
「黄色い、布の袋?」
「『ポーチ』でいいんじゃないですか?」
「『ポーチ』か」
「くぅちゃんのポーチ。ああ、『宝くじのキャラクターのポーチ』でいいんじゃないですか?くぅちゃんだと、なんのことだかわからないかも」
「…それか、『クジラのポーチ』でいいんじゃないですか?」
そのポーチは、紫色の薄い不織布でできた袋に入っていた。
「これは、いいですかねえ」
「これはいいですかねえ」
いいですかねえ、とは、(捨てちゃって)いいんですかねえ、という意味で言っているようだったので、それはだめだろうと思ったが、黙っていた。ぼくはなんだか新鮮な、ちょっと楽しい気分になっていた。
「でも、これに入ってたんですよねえ」
「はい」
お巡りさんは、この袋についても記入しておかないと、落とし主が現れてこの袋の特徴を述べたときに、中身と合致しないという可能性に気がついたようだった。
「これは、なんですかねえ」
「紙の袋?」
「紙…?」
「布の袋?」
「…袋でいいんじゃないですか?」
「紫の、袋」
その袋はたしかに、なんとも表現しがたい素材感で、捨ててもいいかと思えなくもない薄さではあった。

村上ひろし「黒麻婆豆腐」

黒ねりごま(そのへんのチューブ一本)
にんにく
にら
合挽ひきにく
ごま油少々
山椒めちゃめちゃいれる
豆板醤コチュジャン甜麺醤とうちじゃん
中華えび味噌(蝦醤)

これで味を作り、豆腐は最後適当に

女の人が電話をしていて気を取られているうちに、部屋に置かれている棺桶を抱えて走り、屋外に出て、車に積んで逃げようとするが、女の人に気づかれて観念する夢

三島社って何人か社長がいるじゃないですか、そのなかには、名字が三島じゃない人もいると思うんだけど、そのことについてどう考えてるんですか? と、社員に尋ねる夢。小雨が降っていて、なにかの帰り道のようで、他にもう一人、「三島社」の人がいた。知らない人だった。

例えば、ある美術館の企画展のためにはるばる遠征し、窓口でチケットを買っている時に、隣の窓口で知らない人が「1800円もするのか。やめとこうかな」と言っているところに居合わせたとして、「この人はこういう企画展に1800円を払わない人なんだな」と考える前に、この人は、今日この瞬間においては1800円を払う気になれなかったというだけである。たとえば待ち合わせ相手の到着が遅れて、急な三十分間の空白ができてしまったから、ふらっと立ち寄ってみたら1800円もするので怯んだというだけで、仮に休日の暇な時間帯だったら、迷わず1800円を払っていたかもしれない、ということを考えることによって、他人のひとつひとつの行動を見るにつけ、いちいちそのひとの人格と結びつけてしまう、この短絡的な脳みそに抗う理性的な思考。これは想像力というよりも、むしろ想像力のブレーキ装置である。京都にて

8時10分京王線つつじヶ丘駅発、各駅停車新宿行。マスク着用38人、マスクなし自分のみ。仙川駅で10人くらい乗ってきて、マスクなしが一人いた。女性。

 

「引っ越し直後」というコンセプトのホテルの部屋について考える。ちゃぶ台がダンボール箱。

船着き場みたいなところで、仲間集めをしている。青年が役者っぽいわざとらしさで、船が停まる桟橋(ドック?)の階段のひとつひとつを駆け降りていって、「おーい!」と叫んで、人がいなければまた次の桟橋へ、いたら事情を説明して一緒に(何かを)やらないかともちかける様子を、上から眺めている。
しかし協力相手は見つからず、途方に暮れているときに、リーダー的立ち位置の女性が、人混みの向こうでパフォーマンス公演みたいなことをやっている女性を見つける。そのパフォーマーに喫煙所で話しかけ、チームの結成が決まった。チーム名は忘れてしまったが、四文字くらいだった夢。