いま思い返しても昨日の最後の講習は、不眠症の人をいまこの教室にどんどん送り込めばいいのではというくらいの破壊力だった。

こっちにきて毎日お風呂に入っている。ホテルだと不思議とお風呂にはいるのがおっくうじゃなくなる。それと、どうやら洗濯物のなかにティッシュが入っていたらしく、洗濯したすべての服に細かい白い紙がこびりついていて、それをぱたぱたとはたいて落としたら、ホテルの部屋の床が紙くずだらけになってしまった。それをひとつひとつ拾うことはしない。なぜならここはホテルだからだ。掃除機が備え付けてあればやったかもしれないけど、無いし、大変申し訳ないけど清掃の人にお任せすることにして、ゆかを紙くずだらけにしたまま部屋をでた。帰って来たら紙くずは綺麗サッパリ無くなっていることだろう。ざまーみろ、と誰かに言いたい気持ちだ。昔誰かに聞いた話だけどホテルの清掃はかなりシビアで、浴室に髪の毛一本残っていてもいけない。たぶん次ここに帰って来たら、自分の髪の毛とか、ゴミとか、紙くずとか、そういう生活の副産物みたいなものはきれいさっぱり取り去られているだろうけど、荷物とか服とかはそのままの場所に残っている。ホテルでは清掃の人の気配と一緒に生活することになる・・。

昨日、もうバスには乗らんぞと言ったばかりなのに早速バスに乗って学校に来た。なぜなら朝が早かったからだ。8時10分開始の講習の1時間前までにご飯を食べてホテルを出られるようなフィジカルではない。今日の朝ごはんは、ご飯と味噌汁とソーセージと卵焼きとサラダと、あとハンバーガーっぽいものもあった。僕はハンバーガーを間食用にかばんに入れた。カバンの中には、昨日の晩御飯でついてきたシュークリームも入っている。

8時10分からの50分は運転教習だった。今日から29日までは学科教習は無くて、ひたすら自主勉強と運転教習と模擬テストの毎日になる。あの拷問のような学科教習からいっときでも解放されて清々しいけど、ツッコミ先がなくなったぶん少しさみしい。百地さんは。31日以降の第2期の学科教習でも教鞭をとってくれるんだろうか。

09:27

昨日話したこの魂の墓場で唯一の人間である彼のアドバイスもあり、さっきはじめてパソコンで模擬テストを受けて来た。これを二回合格しないと仮免許試験が受けられないらしく、100点満点の90点以上で合格、1問2点で50問出題。僕は96点だった。二つ間違えたのだけど、ひとつは子供のシルエットがうつっている青い標識を、「この先に幼稚園などあり」という標識と間違えてしまった単純なミス。本当はこれは横断歩道を意味していて、幼稚園などを意味する標識は色が黄色で形も少し違う。子供のシルエットはほとんど同じだけど。この問題は納得できる。もう一つ間違えたのが、「自動車が一方通行の道路から右折するとき、あらかじめ道路の中央に寄り、交差点の中心の内側を徐行しながら通行する」これを○としてしまったのだけど、正解は×だった。「道路の右端に寄り」が正しいらしい。もうこんな問題ばっかりだ・・。こんなクソみたいなテキストをちゃんと読み込むなんてことはしたくないけど、合格のためにはこんなクソみたいなテキストでもちゃんと読み込んでどこにひっかけがあるか注意しないと、「運転免許」は取れないらしい・・。運転免許を取るスキルとは・・。

テストの後すぐ、もう一回運転教習を受ける。朝の時と同じく、例の77歳のおじちゃんだった。コーヒーは今は年寄りも飲むようになってるでな。コーヒーは水が大事だ。という話などをした。

運転教習のあと、すぐまたもう一回模擬テストをうけた。90点。ぎりぎり合格。不安だ。もうちょっと自主勉強した方がいいだろうあのクソみたいなテキストを読むのは本当にストレスだけど。あんな、ほとんど罪みたいなテキストを読ませているくせに作った人たちは罰をうけることはないだろう。だいたい警察官という人種はほとんどの場合、見識が偏狭なくせに思い込みが激しくて、そのくせその狭い見識における正義感は人一倍強いというサイコーに美しい人たちなので、書く文章が実に美しいのも納得だ。警察官が書いてるかどうかは知らないけど。

ホテルに帰って来たが、紙くずはまったく掃除されていなかった。どうやら部屋の掃除は曜日が決まっているらしい。バスタオルとか歯ブラシとかのアメニティだけは交換されていた。朝と全く同じ位置に同じ量の紙くずが散らばっている。でも明日こそは掃除されているはずだ。

帰ってきて、すぐにアマゾンプライムに入会(30日間無料とのこと)して「シビルウォー キャプテンアメリカ」をみてしまった。ブラックパンサーの映画評をiPhoneで聴きながら帰って来たせいだ。先日みたブラックパンサーに繋がる話が描かれているという情報をキャッチしていて、これはみておかねばと思ってみたのだけど、結果的に、ブラックパンサーがどれだけ新しい地平を切り開いてくれたかがよくわかった。もう何が正義で、誰の理想が正しいのか全然わからない状態で仲間割れしていて、客観的に見るとみんなかっこ悪い。みんな弱い人間で、そのくせとんでもない力を持ってしまっていて、わかったようなふりしてるけど実はただのエゴだ、という状態のどん詰まり状態。現実世界もいろいろなところで分断がおこっているけど、完全にその動きとリンクしている。映画の中では、分断しているのは国や民族ではないけど、ここに登場する超人たちはみんな軍事力みたいな力を持っていて、その力を、みんなで復讐に使ってしまっていて、そんななか「俺は復讐のしもべになならない」と言ったブラックパンサーはやっぱりひとつ飛び抜けている。映画の中の話だけど、マーベルが一つの理想を見せてくれようとしてるみたいで泣ける・・。こうなってくるとホームカミングもエイジオブウルトロンもドクターストレンジも気になってくる・・。

これからあの美しいテキストに向き合って勉強しなければ。このテストをやっていると、建前はこれでしょ?という感覚を鍛えられる。トランプみたいな大統領が誕生してしまうような状態なのでこれはこれで大事かもしれない。

人間か猿かよく分からない中にまざってほとんど刑務所みたいなところで過ごしている。まだ四日目?冗談だろという感じだけどまだ四日目だ。もうすでに限界が近いけど、ガーディアンズオブギャラクシーで宇宙船で宇宙を「ジャンプ」するのは、体に負荷がかかるので哺乳類は4回までと決まってるんだぞ!わかってるよ!といいながら何十回もジャンプするシーンがあるけどああいう感じか。ガーディアンズの中では目が飛び出したり体がゆがんだりしながらジャンプを耐えていた。

でも、第1期の座学は今日で終わりらしい。あとは仮免試験までひたすら自主勉強&テストという感じになる。運転講習はまだ続くけれど。まわりが若い子ばっかりなのはまあ興味の対象としては面白いけど、ほとんど猿なので人間は俺だけかどこかに人間はいないのかという気になるし他にももしかしたら同じことを感じている人はいるのかもしれないけどその人はその人でやってくれればよい。僕は僕で人間をやるので。ここにいると、こんなに大勢のいろいろな種類の人間(猿)たちのなかから巡り会えた自分の周りにいる人達を大切にしようと思う。

今日は日曜日なのでホテルから学校に行くバスは午前中だと730分のやつしかないんだけど、例えば寝坊して8時に起きても、僕は歩いてどのくらいかかるか知っているので、焦らず学校にいくことができる。歩いていったことはない人というか猿はパニックになるだろう。歩けばつくところを、バスでしか行ったことないとそういうことになる。僕は猿ではないので、歩けば着くことを知っている。自分にはそういう経験がある。

一つ目の座学は「緊急自動車などの優先・安全な速度と車間距離・オートマチック車の運転」という講習。教官はまたしてもあのオールバックだった。停止距離は、空走距離と制動距離の合計ですという話の説明をするために

「チャリ乗ってて、私よく自転車で例えるんですけど、チャリ乗ってて道路にボールが転がって来たら、ウオーーッってボールを追いかける人はいないよね。まずペダルを離すよね。そしたらまだすーっとすすむよね。それが空走距離です。そこに子供がボールを追って飛び出して来ました。ブレーキかけます!すぐスコンッてとまらないよね?それが制動距離です。」

という話をしていた。僕は自転車にのりながらウォーーッてボールをおいかける男を想像して、そいつはとても面白そうなやつだと思った。

「オートマのいきさつを話しておきましょう。昭和の時代はオートマ限定なんてものはありませんでした。世間でオートマが出て来たころでした。AT限定免許ができたとき、世間ではなんて言われていたか知ってますか?『あんな免許誰がとんの?』と言われていました。年を経るごとに、AT限定でとる人が増えてきて、MT車ももうほぼ製造してないですからね。この教室にいる7,8割の人はATじゃないかな」

たしかに今では「AT限定」なんて言い方もしなくなった。小さい頃は、たしか母親が免許をとったときに「AT限定」っていう言い方をしていて、あの頃に比べてもかなり空気感は変わったと思う。

「あとね、昔こんなこともありました。運転教習中に、大学生の男の子でした。MTでした。でもMTって難しいので、走りだしてすぐエンストして、エンジンかけたらまたエンストしてってやっていて、なんか焦っていて、かわいそうなくらいでした。目に涙をためていました。僕言いました『そんなあせらなくていいよ。君のペースでやってみて』そしたら彼いいました『サークルの飲み会で、女の子に、男はマニュアルでしょって言われたんすよ。やっぱ男はマニュアルですよね』なので『べつに男だからマニュアルとかではないんじゃないの。君将来なんの仕事したいの』『コンピューター関係です』『君絶対マニュアル必要ないよ!』『そうですかね』彼は翌日オートマに変えていました。教習所では変えられます。オートマに。全然強制しません。」

などとにかくいろいろな昔話を感情込めて離すので、あまり眠くならないので助かる。途中「ちょっと空気変えましょう。手伸ばしたりして、あくびしてもいいですよ。暑いと眠くもなるよ。」ということもできるオールバックだ。また彼は、ただ教科書の重要なところを教えるだけじゃなくて、それをひねって、どんな問題が出るかも考えてくれる。免許の試験は結構意地悪というか「出題者、頭悪いな~」みたいな問題が多いだろうに(原付免許を取った時にそう思った)、大変だと思う。

オールバックの講習の次は運転講習で、教官は昨日初めて一緒になった適当なおじさんだった。今日はまだ午前中だったので、昨日ほどお疲れではなかったようだ。彼も25年くらいこの仕事をしていて、「楽しいですよ」と言っていた。「いろいろな人がくるからですか?」と聞いたら「人もあるけど、成長するのを見るのは楽しいよね~」と言っていた。「落ち着いてうまくなって、そしたらゆっくり話を聞かせてください」と言われた。

運転講習の次は、またオールバックの座学だった。「運転免許制度・交通反則通告制度」。自分が担当した教習生が、「教習所行く前に、バイト先の先輩に、俺の車で練習していいよ。駐車場で。って言われたんすよー」と言っていた話や、免許の有効期間が切れたことに気がつかなのは都会の人ばっかりだっていう話とか、近所の人に通報されて、こっそり免許停止中に車に乗ったら警察に捕まってしまった教習生の話とか、「検問につかまりました。免許忘れた!アーヤベー!!さてこの時、無免許運転になりますか?どっちかに手あげてくださいよ。試験の本番のとき分からなくても◯か×どっちかはつけるでしょう?さあの人。ほう。じゃあ×の人。ほう正解は、×です!」とか、あと「理解と記憶は違うよ。わたし授業中よくいうんですけど、『理解と記憶は違う』。ちゃんと聞いたことはメモしてください。」と、ちょっとよくわからないフレーズを連発する。理解と記憶は違うってどういうことだ?その二つを比べる必要はないのでは。またこの教習所では年間4500人くらいの生徒が来るらしい。

そのあとちょっと食堂に人が少なくなった頃を見計らって昼ご飯を食べに行って、しばらく散歩して、いまこの文章をロビーみたいなところで書いているわけだけど、正面の机に座っている女子二人組の一人は髪をすっごく注意深くといて、アイロンまでかけている。もう一人は、なんかスマホ(スマホという言い方は慣れない)を横向きにして何かをじっとみている。右側の机に、パソコンを開いている人をみつけた。男。彼も何かテキストを書いてる。同じような日記を書いていたらぜひ友達になりたい。嘘だ。別に友達にはなりたくない。でも彼のブログなどがあったらこっそり読みたい。椎名誠の運転免許エッセイは最高だ。あとみんな眠そう。

なんというかみんな、心からつまらなさそうだ。屍みたいだ。一般大学とかってこんな空気なのか?

14:28

あのオールバックの先生は百地さんというらしい。彼はもう20年以上この仕事をやっているらしいけど、この学校内ではたぶん彼は仕事ができる人で、生徒の評判も良さそう。そしてそれが彼の尊厳にもなっているんだろう。講習中、彼は輝いている。自分の仕事を見つけたんだという感じがする。愛おしいというか、素晴らしいことだ・・。こんなところにも人間の尊厳が輝いている。こんな掃き溜めみたいなところにも・・。

最後の講習はかなりピンチだった。まだ眠い。「信号に従うこと」という講習。教官はマスク眼鏡短髪の、眠くするのが上手な人。冒頭で「携帯など余計なものはしまってください」と言って映像を流し始め、映像のあいだ教室内の全ての列を、生徒が座っている机の下などをいやらしくみながら歩き回っている。見ていて気持ち悪い。なんでだろう。

授業中眠すぎて、先生の話したことをメモする紙に

「一番前の男子、死んじゃう?大丈夫?ちょっと眠いんだけどね。一人だけ寝ていいよってわけにはいかないんです。→「ニュートラル」っぽく感じた」

という謎の言葉が書いてある。ニュートラルっていうのは、たぶんギアでいうニュートラルっていうことなんだろうけど、眠りに落ちる直前て、思考に不思議な飛躍が生まれる。

「交差点も横断歩道も自転車横断帯も何もないところで、警察官が手信号をやっているとき、車の停止位置はその1m手前である。」というルールがあるのだけど「試験ではこんな問題がでるので注意してください」といって先生が「交差点では手信号をしている警察官の1m手前で停止します」という例題をだしてこれは◯ですか×ですかと言うのだけど、この問題の出題意味は一体なんなんだ。ただの、ひっかけのためのひっかけでしかないのでは。標識を覚えさせたり、法定速度を覚えさせたりするためのひっかけならまだわかるけどこれは・・。他にも日本には制限速度40キロの道路で、全部の車が50キロで走ってるみたいな状況はざらにあるのに全然制限速度を50キロに直さないっていう慣習があることとか、そういうことを考えるほどここにいる時間がマジで時間の無駄遣いに思えて来るけどまあやるしかないけどもうやだ。百地さんは「現場の運転と、教習所での勉強は切り離して考えてください」と、言っていた。それ言っちゃっていいのか?しかし今回の座学は今までで一番眠かった。百地さんの講習がなつかしい。

とにかく人間の知性を限りなくバカにしているような空気感があり、マジで掃き溜めみたいな場所だ。今後教習所ではなく魂の墓場と呼ぶ。屍が歩いている。もういやだ。唯一の救いはみんな18歳とかなので、喫煙所に屍がいないことだ。

17:27

と、上のこの文章を書いていたら、ふたつ右隣に座っていた男性から「マニュアルですよね?」と話しかけられた。「はい」と答えたら「どうですか?難しくないですか?」というので「いやー、難しいですねー思ったよりもずっと難しいです」と答えた。「なに、されてるんですか?お仕事ですか」みたいなことを言うので「作家です、と言うか美術家です。正確に言えば。」と言ったら「まじ。。っすか?」と驚いている。「なんか、教習所の生活がいろいろツッコミどころが多すぎるので日記を書いておいたら面白いかなとおもって書いてるんですけど。」「たしかにそうですよね。作家ですか。そんな人実際見たことないっすよ。おいくつですか」「29です。おいくつですか?」「専門学校の4年生なんで、いま21です。今年で22です。」「そうですか~」「ここに来てる人たちみんな18とかじゃないですか?なんか若くて。。」いやあんたも十分若いし俺だって若いはずだとおもいながら、たしかにここにきてる18とかの人というか猿たちをみてると、自分歳とったな~とか思ってしまう。やはり、同じことを感じている人間はいた。「ですよね~」「なんか、友達とかつくる気なくて、ただ免許とってやろうって感じなんですけど。」

彼から、仮免許試験の予備テストの受け方とか、というかみんなもう今日から受けていることとか、彼はすでに90点以上を二回取っている(15回くらいあるチャンスのなかで、2回以上取らないと仮免許試験を受けられない)こととか、「満点君」というウェブサイトで試験勉強をする方法などを教えてもらった。みんなスマホをいじってるだけかと思っていたけどそれはスマホでもできるのでそれをみんなやっているらしい。

「何日に入校したんですか?」ときいたら「多分一緒です。22日です」「あ、一緒ですね」となったけど、こいつは一体いつから俺の動向を観察していたんだ。あと彼は、僕と同じホテルで、行きも帰りもバスではなくて歩いているらしい。「僕も歩いてますよ。バス嫌なので」と言ったら「なんか、親近感が」と喜んでいた。彼は僕と同じくこのあと18時50分から運転教習で、そのあとジムに行くらしい。彼は専門学校で建築をやってはいるが、もともと自衛隊に入りたくて落ちてしまい、大工になれると思って入った学校が建築の学校で、建築設計と大工は違うんだということにがっかりしながらもいまは就職活動をしているという。人生って面白いな。

4日目にしてはじめて他の教習生とまともな会話をした。

18時50分から運転教習だった。そしたらさっきの座学で担当だった、眠くするのが上手なあの先生だった。彼は、今までの二人と違って、全くスキを見せない。僕の仕事のことなども尋ねないし、なにか運転について聞いてもドライに答えるだけだ。緊張した。しかし、こういう教官相手にちゃんとできないと免許は取れんだろうと思って頑張ったけど、S字カーブのところで入り方に失敗して後輪が側溝に落ちてしまった。でも彼は全く驚いていなかった。よくあるんだろうなと思った。あと2回くらいエンストさせてしまった。でもマニュアルを運転するのは楽しい。オートマ車が世の主流になってるのが残念だ。

今日も今日とて歩いてホテルまで帰った。ぎりぎり夕食の時間に間に合った。11時限目のあとも、歩いて帰って夕食に間に合うことがわかったのでもう怖いものがない。もうバスには乗らんぞ。帰り道、心がいっぱいいっぱいになってしまっていて久々にシガーロスを聞きながら、缶ビールを飲みながらふらふらと歩いて帰ってきた。小説がすすまない。小説を書こうとしすぎているのかもしれない。もうちょっと、こうやって日記を書くようなことにひきつけてかければいいのだけど。こういう日記はほとんど無限にかける。うまくこれを、小説の方にシフトできれば良いんだろうけど・・。カフカを読むぞカフカを。

正直、自動車教習どころではない状態なんじゃないかと思いつつ、何しろ始まってしまっているのでやりきるしかない。教習の時間中ずっと、働いてるみたいな気持ちだ。お金払ってるのに。今日は朝はやく起きてしまって、テレビをつけて森友学園の籠池さんに野党の議員が接見したというニュースを、ほとんど耳に入れるだけみたいな状態で聞いて、そしたら7時半になってしまったので下に降りて朝食(朝食は昨日と同じくビュッフェで、鮭の焼いたやつとか卵焼きとか)を食べて、バスにのって教習所にいこうと思ったけど天気が良いうえに気持ちが上向きになってバスに乗る気が失せてしまったので、歩いた。ホテルから教習所まで3キロちょっとあり、講習がはじまる1時間前を切っていたけどまあいけるだろうと思って早足ででかけた。エレファントカシマシのSTARTING OVERをイヤホンで聴きながら、落ち込んだり盛り上がったりしている。忙しいやつだ。こんなやつと付き合いきれないと思うこともあるけどなんたって自分自身なので縁を切ることはできない。空も晴れていて、暖かい。車を洗車しているおじさんがいて「良い天気ですね」と声をかけたくなっちゃったりしながら、でも沼の存在も感じている。

今日の一発目の授業は9時10分からの「標識・標示などに従うこと」という不思議な言い回しの講習。これまたなんのひねりもない教官で、眠い。この眠さどこからくるんだ。みんな眠そうにしている。単純に話が退屈だから眠い。教科書を追うだけでつまらない。つまらないから眠くなるのか?なんらかの防衛本能なのか?

教官が途中

「しにそうな人大丈夫?みんな合宿で来てるってことはギリギリの予定だと思うんですよ。予定通り出たいよって人はきっちりやってください。こっちも、できてない人は容赦なく落としていきますから。いいですよ。このあとのんびりできるよって人は、料金払って延泊していってください」

と、半ばいじめのようなことを言っていた。標識を色々勉強したのだけど、幼稚園あり、とか、路面凹凸ありとか、動物注意とか、落石注意とか、急勾配ありとか、色々あるのだけど、最後に黄色い四角に!マークが書かれているだけの「その他の危険」という標識が書いてある。このマークにそそられる。見れば見るほど怖い。その他の危険ってなんだ?なんらかの悪いエネルギーが充満しているとか、色々想像させられる。

二発目の授業は11:10からの「交差点などの通行・踏切」。ちなみにこれは四時限目で、学校は1日十二時限目まである。1回の講習は50分で、時限と時限のあいだには10分間のインターバルがある。

いま僕は学科教習は1日3回くらい入ってるだけで、加えて1日2回くらいの運転教習がある。

教科書の「交差点などの通行・踏切」の中に、ウェブサイト『ボケて』で有名なあのイラストがあった。「交差点は、最も事故の多い場所です」と書かれたそのイラストは、せいぜい長辺7センチくらいの小さなイラストで、交差点の様子がカラーで描かれているんだけど、その交差点がものすごいことになっている。手前と右奥と左奥に横断歩道があり、左の横断歩道をバッグを持ってピンク色の服を着た女性が、交差点を左に曲がろうとした赤いセダンのような思いっきりハネられている。その衝撃は、黄色いジグザグで表現されている。またそのセダンのすぐ右には、左の道路から走ってきた緑色のトラックが描かれていて、そのトラックと、右の道路からかなりのスピードで飛ばしてきたことが伺える赤いバイクと正面衝突している。この衝撃も、同じく黄色いジグザグで表現されている。さらに、そのトラックの奥、奥の道路から右の道路に曲がろうとしている白いバンが、同じく奥の道路から横断歩道を渡って手前に渡ろうとしていた自転車に乗った子供に思いっきりぶつかっている。同じく黄色いジグザグの衝撃がほとばしっている。三人とも命が心配な衝撃だ。いっぺんに3箇所で事故が。みればみるほど「なんでこんなことに」という気持ちに・・。

これから運転教習。初めてのAT車。

14:41

AT車に初めて乗った。あの77歳のおじちゃんおそろしく簡単だった。ほとんどハンドル操作にだけ集中していればよい。クラッチの踏み加減とかアクセルの踏み加減とかいまのギアで正しいかとか、気にしなくて良い。MTもATもそれなりの回数を乗って練習しないと試験は受けられないらしいが、一体何を練習しているんだという気持ちになる。ちょっと簡単過ぎてつまらなかった。MTのほうが、機械を操縦している感じがして楽しい。そのあとすぐ、今日最後の講習。

「追い越し・行き違い」という内容、教官は初日に「心得」を伝授してくれた「良い先生」だ。今日も先日と変わらず良い先生オーラをだしている。僕の後ろに座っている男女4人組くらいのグループが

「マジシビアだわ」

「テストやっても受かんないし」

「俺ら82点だった」

「え?自慢?」

「はあ、まじシビアだわ」

などと、限りなくしょうもない話をしている。自分の中学生時代を思い出した。自分にもこんなしょうもない時代があったとおもうと愕然とする。あったっけ。すくなからずあっただろう。こういう会話は口が先に動いてるものなので、反射的にポンポン発話しなきゃいけないんだろうけど、僕はうまく参加できなかった。「楽しめない自分が悪いんだ」と思っていた。二度と戻りたくない。しかし、このグループは講習中ずーっと話していた。まじでずーっと。録音しておけばよかった。細かく書きおこせば、なにかしら興味深いものはでてくるだろうに。

講習は例によってまず映像を見せられた。カップルがちょっとスポーツカーっぽい赤い車にのって道を飛ばしている。「俺の運転テクニックすごい」みたいな話をしている。そこに黒い車が来て、抜き去っていった。彼女が「ちょっと、抜かれちゃったよ」と、いう。彼氏が「ああ。わかってるよ。みてろ」みたいなことをいって、山道のカーブで対向車線にはみだしながら出て追い抜きにかかる。そこに対向車がきて、「キャー」みたいな悲鳴が聞こえて映像が止まる。そこで「この場合、」とナレーションがはいって

①自分が悪い

②彼女が悪い

③運が悪い

という謎の三択が画面に表示される。後ろのグループは「自分しょ、自分」みたいなことを言っている。僕は机をひっくり返して出ていきたい気持ちになったけどそんなことはせず、ぐっと聞いていた。そもそも机は床に固定されているのでひっくり返せない。しかも、この三択に対する言及は映像の中でも講習の中でもでてこなかった。あれはなんだったんだ。

「良い先生」は、追い越しが禁止されている場所について早口で

「禁止されているのは上り坂の”頂上付近”ですよ。上り坂っていう言葉に線は引かなくていいよ。え、じゃあ上り坂の途中では追い越していいんすか?いいっすよ。歓迎だ!歓迎はしないけど。」

みたいなノリだ。喜劇をみてるみたいだ。

とかいろいろつっこみながら聞いているけど、講習時間以外は全然勉強してない。こんなあれこれ突っ込んでおいて落ちたらかっこわるい。でも僕は昔から勉強に関しては追い込みで頑張るタイプだったし自頭は良い方だと思っているのでなんとかなるだろうでもそろそろ勉強したほうがいいかもしれない。

そのあとすぐ、今度はMT車の運転教習があった。今度はあの77歳のおじちゃんじゃなくて。なんかちょっと茶色がかった適当なおっちゃんだった。

車に乗って割とすぐに

「なんか疲れちゃって脳みそのなかわけわかんなくなってるけどごめんねー」

と言われた。僕は

「え?大丈夫ですか」

としか言えなかった。おっちゃんは笑っていた。彼は適当なところはあるけど、多分ぼくという人をみて話しているところもある。「なんか聞きたいことあれば言ってね」といわれたので「カーブのハンドル切るタイミングはこれで大丈夫ですか」ときいたら「ちょっと早いんじゃない?」と言われた。ほう。また「仕事はなにしてんの」と聞かれた。昨日より元気よく「作家ですね!」と答えた。「儲かりますか?」と聞かれたので「全然儲からないですね!」と答えた。運転しながら。例によって

「君は作家になるってことは、今のうちにサインとかもらったほうがいいのかなー。」

と言われた。今作家やってるって言ってるのに。まあもういいけど。

「そうですね!」

と言った。そしたら

「俺のサインいる?」

と言われたので、「いるわけないだろ」と思いながらも、何も答えなかった。しかし、悪い人ではなかった。実用的ないろいろなテクニックを教えてもらった。半クラッチの使い方など。運転教習のあと、すぐホテルに向かって歩いた。バスで帰るのは嫌だし天気も気候も時間帯も最高だったので歩いて。今日も綺麗な夕暮れだった。ホテルまで1時間弱かかるけどあっという間だ。そもそもバスなんてものに乗って、こんな気持ちの良い夕暮れの街を歩いて帰らないからだめになるんだみんな。それにしても静岡では「さわやか」をたくさんみる。浜松の名物だと思っていたけど、静岡にはたくさんあるのか?

ホテルについてそのままロビーで晩御飯をたべて(今日の、鶏肉のトマトソース和えみたいなおかずは美味しかった。ここにきてベストの味だった。)、youtubeみたりカフカを読んだりお風呂に入ったり洗濯をしたりしたらあっという間に10時になってしまった。今日は小説はまだ手をつけてない。昨日は進められなかった。一昨日は進められた。小説なんてやったことないけど、多分継続的にやるのが大事なんだと思う。

22:23

昨日の実技の模擬講習を担当していた教官の男性は、高松のなタ書のキキさんを思わせた。訛りと、猫背っぽい姿勢と、あと言葉の発音のタイミング?でもここ掛川自動車学校のいち教官が、香川県にいる古本屋の店主を思わせるっていうのは不思議だ。人が別の人を思わせるとき、何を感じているのだ。

僕が泊まっているホテル「バジェットイン掛川」には、無料で使えるマッサージチェアと、1日200円でレンタサイクルもあるらしい。観光地も書いてある手書きのシンプルな周辺地図ももらった。この地図によると、掛川の観光名所といえば「掛川花鳥園」らしい。みみずくのイラストが添えられている。行きたい。それにしてもまだ二日目。ここにあと二週間もいると思うと爆発しそうになる。他の生徒は、休み時間には自習室にいって教習の勉強をするか(あるいは自分の学校の勉強をしている人もいるだろう)携帯をいじって何か動画を見たり漫画を見たり(漫画が多い印象)ゲームをしたりしているか、ロビーのテーブルでつっぷしているかしている。ねむいんだろう。

昨日から探しているけど、僕みたいに自分のパソコンを持ち込んでそれに向かっている人はいない。この教習所のロビーは天井も高くて机も椅子も清潔で居心地は良い。昨日は風が強かったけど今日はそんなに風もなく、曇り空ながらほとんど晴天を思わせる明るさで気持ちが良い。

今日は1限目から教習があった。一時限目は8時10分から始まる。朝7時35分にホテルに迎えに来たマイクロバスに乗り、無言のなか15分くらい運ばれ教習所に着く。バスは1台ではホテルの生徒を乗せきれず、応援の2台目を呼んでいた。一限目は「安全の確認と合図、警音器の使用、進路変更など」という授業。

話を聞いてるとそこで語られていないことのほうが気になってしまう。全く文明が違うけど言葉は通じる宇宙人に自動車講習を施すとしたら、こんな語り方では全く通じないと思う。宇宙人は極端だけど、この教室でも教官からしたら車についてどこまでしっているかわからない相手にむかって一方的に話すだけだ。彼の話が教室にいる人のうちどれだけの割合にどのくらい届いているのかはわからない。例えば進路変更したいときは3秒前に合図を出すことになっているらしいが、進路変更は同じ車線内でも、道の左側が空いてるときなんかは左に合図を出してから左に動かないといけないらしいけれどそのとき左による具合がどのくらいなら合図を出す必要があるのかとか、そういうニュアンスは、言及されないままなんとなく共有されている。50分きっかりの授業をきっかり何回受けないとだめみたいなことも決まっているらしく、なんか時間潰しとほとんど変わらないことをやらされている感じだ。たぶんそういうこととか、当たり前のことを当たり前に話すこととかが辛過ぎて、多分教官たちはユーモアを交えたり自分の体験を話したりするんだろう。

「前の車に乗ってるブラザーのバイブスキャッチしながら運転してくれ」とかそういうほうがいいかもしれない。

授業は、昨日の「運転者の心得」という最初の授業よりもずっと人数が多かった。みんな延泊しているひとたちなのか?この自動車学校にいる生徒たちは現在ほとんど合宿で来ている人たちだろう。なんとなくわかる。授業を聞き逃したり、試験に落ちたりテストがダメだったりして延泊という事態になる人は結構たくさんいるらしい。教官はメガネの男性だった。50は過ぎているだろう。でも昨日出会った、居眠りに抵抗する人をサイコーだと思っている教官よりも毛がふさふさしている。あっちの方が若そうなのに。髪の毛の量は年齢と関係ないのだ。まず割と高画質の映像を見せられる。聴覚障がい者に配慮してか、すべての音声は下に字幕がでる。映像は車が走っていたり車で走っていたりする映像ばかり。最初にちょっとノレそうな音楽がBGMとしてかかり、語りが始まる前に字幕が下にでるので、なんかダサいミュージックビデオでも見せられるのかと一瞬ひやっとしたけどさすがに歌ったりするわけではなく、淡々と「自動車にのるさいには~」みたいなナレーション。

先生は、サイドミラーで見える範囲と前方への視界の範囲のどちらにも属さない、三角形の死角について話すときに。「これね、三角形だけど死角っていうんですよ。」と言っていた。

「もしね、ウインカーが壊れて合図が出せなくなったら、右折したい場合は右手を窓から水平に出します。あ、でもこの教室にはお金持ちも多そうだな、左ハンドルの場合は、右に曲がりたいとき、右手を水平ののばすとどうなりますか。助手席にいるひとの肩を抱いてるようにしか見えない。もし恋人だったらどきどきして嬉しいですね。でも後ろから見たら、なんかいちゃついてるなとしか思えないですよ。」

お金持ちも多そうだな、とは、パワハラとかひどそうな人だ。

「警笛ならせっていう標識が出ているときは、かならず警笛を鳴らさないといけません。でもみなさんはふだんはこれを目にすることはありません。たとえば住宅街の交差点にこの標識がでていたらどうなりますか。その隣に建っている家は、一日中自動車のクラクションを聞くことになります。朝はめざましでいいかなと思いますが、夜中の1時でも2時でも、それを聞いていると『もう引っ越そうか』というふうになりますね。でも家のローンはまだ残っている。どうなりますか。」

この話がものすごく深い問いかけに思えたのだけど、しかしそんな意図はないんだろう。なんで家のローンの話になるんだ。

あとバイクが住宅街に入って、ある家の前に停まってその家のほうを見てクラクションを繰り返しならしている映像を見せながら

「あと、こんな時は鳴らしてはいけません。バイクが家の前に止まって警笛を鳴らしています。友達と待ち合わせですね。うるさいですね。」

すると、その家からではなく、周りの家からなんか人が出て来て集まって来る。

「なんか友達じゃない人集まって来ちゃった」

ここで教室で笑いが起こる。

「迷惑ですね。こんな朝から。こんな使い方はしてはいけません」

このバイクの一連の説明に5分くらい使ったりする。

また青信号でも進まない車に向かってラクションを鳴らすのは、気持ちはわかるけどダメです、という話をしたあと、クラクションを鳴らしてせいで怒りを買い、殺人事件まで発展してしまった例を話してくれた。

「クラクションは怖いですよ。私もね、体験あるんですけど。交差点で信号待ちをしているとき、前に軽自動車がとまってました。助手席に、女性が座っていたんですけどね。ちょっと私のタイプでね。髪の長い可愛らしい女性でした(こいつはセクハラも酷そうだなと思った。同じ職場で働きたくないタイプだ。後ろの生徒も、『何の話なんだよ』とつぶやいていた)。それでね、信号が青になったんですけど、前の車が全然動かないんですよ。私は気が長いから待ってたんですけど、そしたらね、私の後ろの車がブーッってクラクション鳴らしたんですよ。もうびっくりしました。そしたら進んでくれたんですけど、すぐまた赤信号に捕まって、そのとき前の車の助手席の女性がね、後ろを振り返って私のほうを見てくるんですよ。私が鳴らしたと思ってるんですよ。運転席の男性にもバックミラー越しに見られちゃって、しょうがないからわたしも後ろの車を見ました(ここで笑いがおこる)。後ろの車はね、けろっとした顔してるですよ。もうわたしはこれ以上この車をついていけないから、本当はまっすぐ行きたかったんだけど左に曲がりましたね。あのときわたしナイフ持ってなかったんですけど、ナイフ持ってたら後ろの車の人刺しにいってましたね」

いったい何の話をされていて、こいつは一回の授業でいくらもらっているんだろうと思いながらずっと聞いているわけだけど、基本的にこんな授業ばっかりだ。こんなばっかり受けるくらいなら、教科書を買って自分で勉強した方が時間もかからない気がする。自動車学校は敷地内で車に乗る練習ができるという特権だけで成り立っている商売だ。

このハラスメント親父の授業が終わってつぎの授業は「車の通行するところ。通行してはいけないところ。」という内容。例によって映像が流れはじめ「車が通行位置を正しく守れれば、道路を安全で円滑に通行することができるわけです」というようなナレーションがはじまる。そうなのか?通行位置とかよりも、優しさとか思いやりとかが大事なんじゃないかと思いつつ眠くなる。教官はメガネでマスクで短髪の男性。いままで出会った教官の中でもっとも髪が短い。しかし、なんでこうも男性のしかもおっさんばっかりなんだ。この先生は、これまでの教官の中では最もクセがない人だった。ユーモアもなかった。途中、眠くなるのを防止するためか教室に座っている生徒の間を歩きながら話(講義とはよびたくない)をしたりしていたけど、とても眠くなった。どの講習も基本的に、教科書に線を引く場所を教えてもらうための時間みたいなもんだ。

ぼーっと聞きながら「人の話を聞いて、眠くなるなんて本当に久しぶりだ!」としみじみ考えた。大学の授業以来?卒業してからここまで、人の話で眠くなるなんてことはほとんどなかった。僕の人生は恵まれている。

考えてみたらお金を払ってこの講習を受けていることが不思議だ。お金をもらって車の講習をうけるならまだしも、すっかり一般化してしまった車に乗れるようになることに、多額のお金を支払うのは不思議だ。お金をもらっても払ってもあまり意味が変わらないのが自動車免許かもしれません。

これから適性検査とやらを受けに行く。

12:03

適性検査はなかなか面白かった。同じ図形を探すやつとか、ロールシャッハテストも出題された。三日後くらいに結果がわかるらしい。また60問くらい「あなたは思い立ったらすぐにやらないと気が済まないですか?」「あなたは知らない人相手でもすぐにうちとけることはできますか?」「あなたは一度決めたことをかえるのが嫌な頑固な性格だと思いますか?」みたいな問題が出題されたのだけど、全部「場合による」としかいいようがないだろとおもいつつ、「そう思う」か「そう思わない」か「わからない」みたいな三択を、1問につき2秒くらいのシンキングタイムでどんどん答えた。あんなんで人の性格がわかるのか?あんなテストで僕のドライバー適性がわかるのか?適性を知るには話すしかないだろうと思ってしまうんだけど、しかしこのテストを作ったのは東大とかの偉い先生方らしいので、僕が「全部場合による」と考えるなんてことは全部お見通しなんだろうと思いたい。

そのあとお昼ご飯の時間だったのだけどあの狭くて空気が悪くてうるさくて、人が人と話してるのを気にしてしまうような食堂で何か食べる気にはなれなかったので、というかみんなよくあんなところでご飯を食べる気になるな。若いからか?僕が年をとったからなのか?しばらくどっか良い飯屋ないかと思って、ランチをやってる、店内がほとんど見えないインド料理屋を見つけたので入ろうとしたけどどうも踏み切れず、隣の丸亀製麺で明太釜玉うどんをたべた。インド料理屋はまた後日。

食後、しばらく散歩した。ほんとは学校にいるあいだくらい、自動車免許の勉強をしたほうがいいんだろうけどどうもまだやる気になれず、こんなんで僕は免許がとれるんだろうか。あなたはどう思う?

春の午後で、風はなくて、気温もちょうど良くて花粉症でもないのでただ陽気で気持ち良いはずの日差しの中どんなに散歩しても心の中心まですっきりきれいに晴れるなんてことはなくて、でも考えてみれば今までそんなことは一度も経験したことがない。いつもなにかひっかかるものがあり、影があり、足を取ろうと待ち構えてる沼みたいなものがあり、いま思い返せば、大人になってから、いま大人なのかどうかもわからないけど、それを振り払おうと一生懸命やって来た。小さい頃は違ったかもしれない。でももう覚えていない。宗教のない世界なんて可能なのかっていう問いが、ウェルベックの小説のなかにあった。人はたぶん不完全さを不完全さのまま受け止めることもできないという致命的な不完全を抱えている生き物なので、何か晴れ渡って一点の曇りもなくて喜びしかないみたいな歌を歌う人は新宿駅前の路上とかにたくさんいるけど、100パーセント何の曇りもない希望とか未来なんてものは存在しないので、僕は嬉しくて悲しい歌とか、楽しくて寂しい歌とか、そういう歌が好きだ。

14:58

今日最後の座学がおわった。「歩行者の保護など」という講習。生徒が多い。80人くらいいる。みんな若い!高校にいるみたいな気持ちになる。若さがまぶしい。未来が感じられる。目が輝いている。笑っている顔に陰りがない。これまでは僕は先生をよく観察するために前の方に座ってきたけれど、今回は後ろに座らざるを得ない。教官はメガネマスクのおじさんだ。以前もどこかで見たような気がする。

「横断歩道で歩行者が渡ろうとしてたら、一時停止しないとだめですよ。横断歩道で事故起こしたら一発逮捕だよ。みなさん手錠かけられたことある?・・いや、真面目に答えなくていいですよ。このあいだ聞いたら、一人、おじさんが手をあげちゃって、まずいこと聞いちゃったな~と。ヤクザだった。すごいよ。本物のヤクザは。すっごく紳士だった。卒業する時、黒い車が10台くらい迎えにきてた。あんな運転手ついてるなら、あなた免許いらないでしょ。って言ったよ。彼は100点で卒業したからな。卒業する時に『先生のおかげです』っていうから、『いや、ぼくのおかげじゃないよ』って言って、『いや、先生のこと忘れないです』って言うから、忘れてほしいなあと思ったんだけど・・。」

このあと、6時50分から、2回目の運転教習がある。エンストに気をつけたい。

17:09

教官は昨日と同じおじちゃんだった。場内のサーキットは教習車で混んでいる。2,30分くらい、昨日と同じようにハンドルのまわしかたがダメとかクラッチがそんな急にあげるなとか、アクセルはいまは踏むなとか散々言われながら運転したあと、前方の車が動かなくなったのでうしろについて停車しているとおじちゃんが突然

「あんた、仕事は?」

-自営業ですね

「自営か。もっと早く免許とろうとはならなかったんか」

-そうですねえ。東京生まれなので必要なかったんですよ。

「東京か!まあ便利やしな。自営ってなんのしごとしとるん」

と、会話が始まった。MT乗車2回目にして会話をこなしながら運転するという高度な技を求めらていると思いつつ

-作家です。

と答えた。

「あんた、作家か。小説とか、書いてるのか。短編とかか。小説とか、読まんもんでな。わからんけど。何部くらいなんだ。最高で。」

-2千部くらいですねー。

「二千か。クラッチ、セカンド。」

-はい。セカンド。でも最近本が売れないんですよ。(適当なこと言ってしまったと思った)

「そうか。たしかに、活字離れっちゅうしなあ。」

-絵とかも書いてますけどね。(mt運転2回目のこの状態で僕の活動を細かく説明する余裕はなかった)絵本とか。

「絵本か!」

彼の話も聞くと、なんとこの仕事を50年やっている、77歳の超ベテランだった。色黒の。50年・・。父ちゃんが免許とるときも余裕で教官だった年齢だ・・。かなりぶっきらぼうで口悪いところあるけど、なんかむき出しの人間味みたいなものが感じられて、たぶん良い人なんだらうとは昨日から思っていたが、やっぱり良いおっちゃんだった。愛情のある元気なおっちゃんだ。色々話しかけられると運転に集中できなくてちょっとアレだけど話ができるのは嬉しい。50年、自動車免許の教習してるひとの話、きいてみたい。彼は機械いじりが好きで、暇な時は車をいじったりしているらしい。

「なんも脳がないからこの仕事しとるでな。あんた、うまくなったよ。ほんとお世辞じゃなく、年にしては笑。うまいほうだよ。若い人より。クラッチが使えないひとが最近多いでな。」

「あんた、たぶんいける。規定で出られると思うよ。」

「いまは忙しいけどな、あと一週間もすればがらがらになる。」

褒められた。あんな色々言われていたので、褒められるとすごく嬉しい。この、、喜び。なんだこれは。心ってやつはなんて単純なんだ。

「明日はオートマでな、オートマは簡単だから。じゃ」

と別れた。車を降りたとき「あ、そういえばここは教習所だった」と思った。一瞬、別の世界に飛んでいったような感覚。

この時点でもう8時ちかくになっていてホテルの夕食は8時半なので今日はさすがに送迎バスで帰ろうと思ってバスに乗る列に並んだらバスが僕の前で一杯になってしまって、別の職員さんが運転する教習所のバンに、別のホテルの合宿者4人と一緒にホテルまで送ってもらうことになる。4人はみんな多分18歳くらい。

「ピアスしてないほう、いるじゃないですか。ああいうのもてますよね。」

「つかどっちもモテそう。」

というような話をしていた。みんなここにきて友達を作っている。会話の内容が、なんというか若い。

21:16

牢獄みたいなところだ。講習の時間は1日のあいだにばらつきがあり、自由時間がその合間合間にあるのが救いだけど、同じ時間にみんなでお昼ご飯を食べる。免許を取るというただそれだけの目的が一致している人たちと同じテーブルでご飯を食べる。生徒になめられないようにしているのかもしれないけれど、教官はもう無駄な威圧感が身に染み付いてしまっていて、なんだか彼のからだが不憫だ。毎年何千人も相手にこんなことやってたらロボットみたいになるのも無理ない。

まず朝10時に駅に集合し、そこからバスで学校まで連れてこられた。そこからもう我々は見下されている。最初っから言葉遣いが荒い。

はい、ここ並んで。そっちに並んで。交通費すぐ言えるようにしといて。携帯で調べるなり領収書みるなりして。はい、君名前は?

-村上です

免許証もってる?免許証

-原付の免許証もってま..

免許証と、住民票と印鑑とボールペンがすぐ必要になるんだけど、そこに入ってる?

-はいってま..

はいってるね。じゃあ荷物は預けちゃうから。あ、貴重品は持ってる?

-もっ..

持ってるね。はい

自分で聞いておいて、こっちが答える前に「はじめからこっちの答えがどうだろうと関係ないじゃないか」と言いたくなるようなことを言い出す。いちいち気にしてたらあっという間に精神病になりそうだ。気にしないスキルを身につけなければいけない。

その後、学校までバスでみんなで向かう。僕と同時に30人くらいが入校し、ほとんどは18歳~20歳くらいだと思う。数人の友人グループできている人も多い。この合宿免許の年齢上限が29歳なので、僕より年上はいないだろう。

先日、阿部から合宿免許で体験した壮絶な怖い話(ヤンキーが、同じ寮内でいじめっ子をみつけて酒にションベン入れて飲ましていたのをみて自分がトイレにいけなくなってしまったという恐ろしい話だ。)を聞いていたので、どんな鬼か妖怪か化物がいるかとおもって警戒しながらバスに乗ったけれど、明らかな化物はぱっと見た感じはいなかった。安心した。みんな、とりあえず見た目は人間っぽい。

学校に到着し、廊下みたいなところで写真撮影をされ、教室にいれられた。おそらく教室に入った全員が「こいつがBOSSだろうな」と感じたと思う、色白のメガネの男が立っている。白いワイシャツに黒いベスト、茶色い革靴で短髪という格好。駅からここまで引率してきた男二人も教室に入ってきて、生徒を座らせた。このBOSSは話すときはいつも眉間にしわを寄せていて、無駄な威圧感がもう身に染み付いてしまっている。二人の男は下っ端という感じ。ただ、車の運転ができるというだけで、人はこんなBOSSになることができるのだ。素晴らしい新世界に足を踏み入れてしまった感じがする。そこで書類を渡されて、なんかいろいろ書かされるのだけど、その指示の細かさたるや、ものすごくさえある。使命は簡易な字体じゃなくて正規の字体で書けだの、住所は免許証あるいは住民票と全く同じように書けだの年齢は、今日時点での満年齢を描いてください、明日誕生日でも、今日は違いますよ。だの、とにかくうじゃうじゃと細かい指示を出して、指示を出してる間にボールペンをいじったりホチキスで何枚かとめてある紙をペラっとめくられるのを予防するために

「1枚目の話しかしませんからね。1枚目だけ見とけばいい。紙をめくるなよ。めくるやつが時々いるんだよ。話を聞いてないんだ。」

「ほらめくってる、1枚目のことしか言ってねえよ」

だの、とにかく指示がすごい。私はロボットです。と自分に言い聞かせなければこの場は乗り切れない。私は言われたことだけをやり、言われたタイミングで、言われた通りに記入します。しかし、紙をめくろうがめくるまいが、話を聞いて理解すればいいわけで、話を聞いてない人は免許に落ちるだけだから、その挙動まで指示する必要はないんじゃないか?バカなのか?また彼は

「昼食は、食堂で食べられます。丼ものか、ご飯か、パスタが選べます。『か』って言いましたよ。オーアール。アンドじゃないですよ。丼もご飯もパスタも全部食べるわけじゃないですよ」

という、笑っていいのかダメなのかわからない謎のユーモアも織り込んでくる。あれは、笑ってよかったのか?でもクスリとでもしている人は僕の見える範囲ではいなかった。

あと、例の東名高速で後ろの車を停車させ、家族連れの両親を車から出して、後ろから来たトラックにひかれて死亡させてしまった犯人のことも罵ったりしていた。

そうやって、なんかすこしだけ脱線しながら恐ろしく細かい指示のもとで一通り書類の説明をされ、記入させられ、その後「交通費を支給します」と言われ交通費(現金)を手渡しでもらうのだけど、その交通費は上限があり、かつそこから仮免許試験にかかる費用が天引きされている。交通費くれるくらいなら、教習代金を安くしてもらいたい。30万円くらいかかっている。

この書類も、ちょっと引っかかるところがあって、男か女か◯させたり(この男女のどちらかに◯する欄、いろいろな書類で見るけど必要なのか?)、統合失調症や双極性障害がある人はいませんか?とみんなの前で聞いたり(仮に僕が双極性障害だったとしたら、あの場で名乗ることはできなかっただろう)なんか色々前時代的なところが目につく。

そのあと視力検査をして、なんか宿泊施設との行き来の説明や合宿中の規則(宿の中で酒を飲むのは禁止らしい。なんで?)をされて、お昼ご飯になった。

人数に対して面積が足りてるとは思えない狭い食堂で一人でご飯(今日のメニューは、ご飯と味噌汁のビュッフェか、天丼か、ミートパスタだった。僕は天丼を選んだけどなかなか美味しかったはずだけど、食べる環境が、美味しいと感じさせない。食欲を削がれる環境・・)をたべていたら、向かいにハーフっぽい18歳の男の子(会話をきいたらイタリア人と日本人のハーフらしい)が座った。彼はしばらく一人で食べていたが、少したったら隣に座った男二人組(こっちも18歳で、高校の友達同士らしい)に

「これ残したら怒られるかな?」

と話しかけた。彼は天丼もとり、ビュッフェのご飯も取ってしまったらしい。それを受けて隣の二人組が「いいんじゃない?」と返す。「一人で来たの?」「うん」「何歳?」というふうに会話が始まる。それを僕は天丼を食べながらそれとなく聞いている。僕はここで誰かと友達になろうなんて思っていないけれど、こんな会話を目の前で聞くと、なんかおれも話しかけないとダメかなとか思ってしまう。こんな気持ちを29歳になっても体験するとは思っていなかった。中学、高校生くらいに、こんな場面によく出会ってもどかしい思いはたくさんしてきた。

お昼ご飯を食べ終わって、僕はいま一人でロビー見たいなところで座ってこれを書いている。

13:24

一つ目の学科が終わった。50分。ぎりぎり眠くならない長さ。先生は、毛は薄くなっているけどすべての毛をオールバックにして、メガネをかけてハキハキと話す「良い先生」オーラが出ていた。授業自体は、なんか教科書をかなり飛ばしながら、「ここに線ひいといて。テストに出るところだけどんどん教えますよ」みたいなさっぱりした授業で、軽い時間だった。半分くらいは、先生の個人的な体験にひきつけながら、教習所生活での注意事項や免許取得の心得なんかを話してた。

最初に「座学は眠くなるのは気持ちがわかる、私だってそっちにすわってたら眠くなります」という話をし始めて

「でもね、姿勢を見せてください。机に突っ伏してるような人はもうダメです。出ていってもらいます。でも、すっごく眠くて、手が止まってて、目も閉じちゃってて、でも開けようとして眉毛をぴくぴくさせて首をふらふらして、なんとか起きてようと頑張って、居眠りに抵抗してる人、サイコーですよそういう人は」

という不思議な話をしていた。

「サイコーですよその人は」というセリフが出て来たときは笑ってしまった。でも他に笑っている人はいなかった。

「わたしこの仕事25年やってますけどね、講習をサングラスかけてうけようとした人は3人見ました。一人は、すこし年がいった女性で、見てすぐわかったんですけど、免停くらって2回目の教習の人で、でっかいサングラスかけてすっごい派手な格好していて「そこサングラス外して」とは言えなかったんで、講習中の注意事項のパワーポイントをつかって、それとなく促したんですけど、微動だにしなくて、しばらく促してたんですけど、全然外さないので、そこだよ外せよ!って言ったら、やっと外したんですけど、もうすっごい顔されて、私女の人にガンつけられたのは初めてでしたね…」

「帽子かぶってる男二人組がいてね、帽子も禁止だから、ちょっとそこ帽子脱いでっていったら、一人が嫌々脱ぎながら舌打ちして、もう一人はまったく動かなくて、脱げって、といったら、『あん?俺?』みたいなこと言われたんで、そこでもう私ダメになっちゃいましたね『オメーだよ!出てけ。』となっちゃいました。教習所ってほんといろんな人くるんですよ!もうびっくりするんですよここは。」

これから実技の模擬教習。

15:06

実技の模擬講習が終わり、そのあと立て続けに実車に乗って講習を受けた。教官は関西弁で口はちょっと悪いけど、割と一生懸命やってくれるおじさんで助かった。しかし何十人も教官はいるので、これからどんな化物に出会うか。。

しかしMTを舐めていた。クラッチとブレーキ、クラッチとアクセルのタイミングが非常に難しくて、走行中に5回くらいエンストした。あとハンドルの回し方が何回やっても教官の気にいる回し方にならないらしく、なんども注意された。まわすときに手をどの位置に置くかということまで決まっているとは・・。

帰り、ホテルまで30分くらいの道を歩いて帰ったのだけど、当然たくさんの自動車とすれ違った。この車のドライバーたちは、全員があんな牢獄みたいな状態をくぐりぬけているのかと感心した。僕は自分が免許を取るとは思っていなかった。でも今こうして取りに来ている。

ホテルはあまり期待してなかったけど幅があるテーブルがあって割と快適だ。いまその机に座って書いている。部屋にはシャープのちょっと旧型の白いテレビ、セミダブルくらいのベッド、ユニットバス、A2くらいのサイズの鏡、ティファールもある。テレビの下の棚には冷蔵庫も。WiFiも飛んでいる。

小説が進むかもしれない。あるいはまったく進まないかもしれない。文を書くのは自分という車をうまく運転するみたいな話で、それに失敗すると走り出さないし、スピードも出ない。おまけに車を作るところから始めないといけないと来ている。

そういえば、模擬講習の際に教室内でせいぜい18か19歳くらいの男の荷物が僕の荷物に当たったとき、その男に「あ、わりい」と言われたのが今更ながら腹が立って来た。あんな年下にあんな言葉遣いをされるとは。

19:18

いま金沢にいます。「変容する家 Altering Home」展に参加します。よろしくお願いします。

僕は「移住を生活する」と「看板図書館」というプロジェクト2点を2会場で展示しています。

撮影:CAN TAMURA

東アジア文化都市2018金沢 変容する家

我々の生きる現代では「家」は一つの社会システムとして構造化されています。建築的・物理的な 「家」は一般化しやすいのですが、表面化しない感情、慣習や文化全般に融解している「家」は、多角的に考察されなければ、その意味を捉えることは困難です。とりわけ、グローバル化によって移動が常態化した今日において、人々の「家」はどこにでも、いくつもあるのか、あるいはどこにもないのか。この問いを起点に、金沢の街なかに存在する使われていない日常空間を探し出し、日本・中国・韓国の現代美術作家が「家」をテーマに作品を発表します。

 

会期:2018年9月15日(土)– 11月4日(日)

開場時間:10:00 – 17:00

休場日:毎週月曜日(ただし、9月17日、24日、10月8日は開場)、9月18日、25日、10月9日 会場により異なる場合があります。

会場:広坂エリア、寺町・野町・泉エリア、石引エリア

料金:入場無料

企画:金沢21世紀美術館

http://altering-home.com/


Participating in the exhibition

Culture City of East Asia 2018 Kanazawa: Altering Home

In our modern age, a “home” is structured as a social system. Although the architectural, physical “house” is easy to generalize, the meaning of “home,” which is entwined with emotions, customs and culture, is difficult to capture unless it is considered multilaterally. In particular, nowadays when mobilization has become permanent by means of globalization, can “houses” or “homes” be found anywhere – or possibly, nowhere? Based on this question, within some of the unused spaces of Kanazawa, contemporary artists from Japan, China, and Korea will present their works on the theme of “home.”

 

Period:Sat. September 15 – Sun. November 4, 2018

Hours:10:00 – 17:00

Closed:Mondays (Open on Sep. 17, 24, and Oct. 8), Sep. 18, 25, and Oct. 9* It may vary depending on the venues.

Venue:Neighborhoods in Kanazawa city (Hirosaka, Teramachi/Nomachi/Izumi, Ishibiki)

Admission:Free

Planning by:21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

https://altering-home.com/en/

夏の太陽みたいにそれが無自覚であっても人に対して行った無神経はこちらにそのうち跳ね返ってくるわけで(それは因果のようなものかもしれない)、それが何年にもわたって行われていたのなら、それはそれ相応の自分の心への反撃を覚悟しなくちゃならなくて、その覚悟を持っていなかった自分の責任を人への攻撃に転換してはいけないぞ。跳ね返ってきたときにその原因の相手が無自覚であっても、それは自分の無自覚の跳ね返りなので、それはもう本当にひたすら耐えなければいけない。俺はいつからこんな傲慢な人間になったんだ。何かと色々な瞬間を思い出して、あのとき俺は無神経だったかもしれないとか、あのとき、ちゃんと考えて返事をしていなかったんじゃないかって考えてしまうことはたくさんあって(これはもう幼い頃からの癖のようなものでどうしようもない。これも傲慢さだ。)ちょっと思い出すだけで山のように出てくるソレなので、思い出すことも気づくこともできないソレがはたしてこの29年間の人生でどれだけあっただろう。その反撃を食らうことはこれからもあるだろう、たぶんいやになるくらいあるだろうけど、覚悟を決めて受け止めないといけない。怒りに反転させずに、ただ正面切って受け止めるぞ。これは宣言みたいなもんだ。ほんのすこしタイミングが違ったり、ほんのちょっとの言葉が足りなかったりするせいで、そこからドミノ倒しみたいに一方向に感情がどんどんすすんでしまって、最終的にとんでもなく大きなドミノが倒れてしまったりなにかが犠牲になったりすることはすくなくないけど、その最後のドミノのおかげでまた新しい道が現れて、それが意外に楽しかったりもっと大事だったりすることもとても多くて、そうやって岐路をいくつも経て最終的に、誰もが、たぶん生まれた人全員が、他には誰もたどり着くことができないところまで進むことができるのがこの一回しかない人生の素敵なところで、だから比べられるわけがないんだハナから。(そして人生のどの瞬間でも幸せと言えば言えちまう憂鬱を宮本は歌っている)色々余計にドミノを倒しつつも、それは間違いなくその人の人生なので、すでに起こっていることがその人生の成果そのものであって、つまり、いつも”結果的に”その瞬間に起こっていることがその人生の全てであって、そこには過去も未来もないはずだ。ただ僕は今日は今日の「悲しさ」や「楽しさ」といるだけのはずだ。僕は今日、今日のさみしさや今日の楽しさと一緒にいられるのが嬉しいはずだ。大丈夫なはずだ。大丈夫なはず。carpediem。それにしてもいい季節になった。公園のベンチでも長々と文章が打てる。このまま外でも寝れそうなくらいだ。春は白い光だ。どこかでなにかが始まっているのを感じる!

花の慶次で佐々成政が追い詰められたとき、慶次に向かって「よかろうこの首を打ち取り、末代までの武功とせよ」と言っていて、それに目が潤むくらいに感動してしまって、それっていまでいうとなんか自意識過剰とか言われちゃって、自分の首に価値があるとか思っちゃってんのみたいな、ねじ曲がった価値観があってそれがおれらの気持ちをどんどん後ろ向きに引っ張っている。自分は人生の中でたくさんの修羅場をくぐってきて、れきしがあって、その積み重ねで、自分に価値があることを自負していて、それで自分の尊厳とともに生きていて、それは眩しいくらいかっこよかった。もしかしたら、おれが思っている俺の価値なんてものは、おれの思い込みなのかとか、おれが自意識過剰なだけなのかとかそんなクソみたいな意識はそこには微塵もない。自分がやってきたことを自分が認めていれば、それは全員にとっての価値なんだ絶対に誰がなんと言おうと。慶次を教えてくれた内田ありがとう

ずっと溺れているみたいな状態が続いていて、昔みたいに夜地元を散歩してて、ただ昔とちがって今はジョニーウォーカーのブラックレーベルの小瓶と一緒なのだけど、そしたら割烹着のおばちゃんが公園のそばの赤提灯から出てきて、お客さんの自転車を乗りやすいように出してるところをみて、突然胸に満開の花が咲いたようになって、気がついたらぐっと拳をにぎっていて、それでおれはもう大丈夫かもしれないと思えた。気持ち次第ってのは、風向き次第に似ていて、飲み込まれてしまうことも多いけど、そこはCarpe diemで、今日は今日の悲しみと一緒にいられることのかけがえのなさを、あの割烹着のおばちゃんが教えてくれた。あとおれにはiPhoneに入ってるたくさんの音楽がついてる

それにしてもお金はすごい。僕は昨年一万円をひろったのだけど、その一万円が持ち主不明でぼくの所有物になった。仮に僕がその1万円でメガネを買ったとして、その一万円はメガネという価値を社会につくり出した”のに”、1万円は無くならずに、僕から眼鏡屋さんのところに流れるだけだ。まるで魔法だ。

葛飾警察署に行って免許証の住所を東京から長野にうつそうとおもって受付っぽい女性に
「長野県に住所が移ったんですけど変更届けはどれですか?」
と聞いたら
「長野では住所変更されてないんですよね。そしたら東京都の住所をこの用紙に書いていただければいいです」
といわれて、ひっこんでしまって、東京の住所とは、この変更前の住所をまたかけばいいのか?でもなんのために?と、しばらくとまどっていたら女性のそばにいた男性が
「あなたは長野では住所変更されてないですよね?!だったら東京の新しい住所をかけばいいんです!」
と強めに言われ
「新しい住所ってなんですか?」
と聞いたら最初の女性がまた戻ってきて
「あなたはいまどこにお住まいなんですか?」
と聞いてきたので(だから長野って言ったじゃないと思いつつ)
「長野です」
と答えたら、なんかひきつった笑いをされて
「あなたはいまどこにお住まいなんですか?」
とまた同じことを聞かれた。
「長野です」
と同じように答えたら女性がカウンターをでて側にやってきて、
「え?東京から長野に住所がうつったということですか?」
と聞いてきたので(だから最初からそう言ってるじゃないかと思いつつ)
「そうです」
と言ったら
「そしたら、長野県の警察署で住所変更をしていただけますか?東京ではそれはできません」
といわれた。(ネットの情報と違うなと思いつつ)
「そうなんですか。わかりました」
と立ち去った。彼らは二人揃って、示し合わせたみたいに同じ思い込みをしていたということだ。思い込みが激しすぎないか?あれが警察官なのか?

何も変わらないよりはマシなんてことがゆるされていいのか?

僕たちが長い進化の末に手に入れたのは孤独だった。お互いの間に深い断絶を得るに至った。人類の進化の末にセブンイレブンが2万店を達成し、イオングループは純利益8兆円を記録したが、合わせて僕たちは、もともと存在していなかった、個体と個体の間の、深い断絶を得るに至った。ウェルベックの本に、善とは繋ぐことであり、悪とは繋がりを断ち切ることだと書いてあった。人の苦悩を、他の人の苦悩と比べることができないということを、どうやったら証明できるだろう。僕の向かいに座っている、ペットボトルのグレープジュースを持ちながらひどく悪い姿勢でスマホを見ているメガネの男と、斜め向かいに座っている紺色の小ぶりなスーツケースと紙袋を右手で押さえながら赤いイヤホンをつけ、すこし顔を傾けて外をぼーっと見ている黒髪の若い女性苦悩のあいだには遥かな隔たりがあって、それぞれの苦悩を比べることなんて到底できないということを、どうやったら証明できる?

冬季うつとトーキングヘッズ

寝返りをうって髪が顔にかかった時、彼の出番を自分の中から感じる。ここはやっぱ彼だろうという、当然の流れという感じで、彼の出番を感じる。

遠くにある湖を下から見ることはできない

神馬啓祐さんと話したこと。
高松次郎の「日本語の文字」と周回軌道(月蝕や日蝕)。”太陽”と”月”あるいは”物”と”それを指す記号”が”ビタビタに”重なり合うこと。あるいは”鑑賞”と”干渉”。また天動説(からだの実感としては天動説のほうがしっくりくること)と、僕の日本地図のドローイング作品のこと。

昨日考えたこと。
椎名林檎が書いた「閃光少女」の歌詞
「今日現在(いま)がどんな昨日よりも好調よ
 明日からそうは思えなくなったっていいの」
が言い当てていることと、映画「arrival」と、ベンヤミンの「歴史の概念について」。時間を”流れ”とはちがう捉え方をすること。
(ベンヤミンは、ナチから逃げるために亡命してピレネー山脈で自殺をする直前まで「歴史の概念について」というテキストを書いていた。死の間際に歴史のことを考えていた。)

バスの中で、大きなスーツケースとバックパック、明らかに他の人間の持ち物よりも体積が大きな荷物、をなるべく人の邪魔にならないように色々持ち替えたり動かしたりしながら考えるのは、例えば僕は会話において引用があったり、他の出来事に結びつけられることが人間の証であり、また男女の格差や社会の仕組みに対して批判的に戦っている人をかっこいいと思っていて、その思想を生活に取り込んで、日々の暮らしの様々な場面で、誰かと一緒に暮らしていたり、誰かと仕事をしていたりするときに、これはこの社会の制度がーとか、そういうふうな話し方をして会話を進めていきがちな事があるし、そういう人間が特にインターネット上にたくさんいることも感じていて、でもそういうときに本当に考えなければいけないのは、それはたしかに社会の制度や男女の格差が前提であって、それは絶対に踏み越えてはいけないステップではあるのだけど、それ以上に、何よりもこれはあなたとわたしの問題なのだということだ。あなたという人は、とりあえず分類上は男あるいは女あるいは性的少数者で、何歳で、体は五体満足あるいは障害があって、所得はどうとかっていう属性をもってはいるけれど、それ以上に、あなたはあなたという存在そのものであって、そのあなたとわたしの関係性においてこういう問題がおこっているのであって、もしかしたら社会の制度とか格差とかはもう全然関係ないと思えばそうも思えるということもある。でも、先人たちが積み重ねてきた歴史や、知恵を参照しないわけにもいかない。でもインターネットは思慮深さを簡単に欠いて、色々な問題を簡単に一般化して、あなたがあなたであって、わたしがわたしであることを踏まえた上でこの関係性ができていて、さらにその上でこういう話題がもちあがったり問題が現れたりしているのだということを驚くほど無意識に忘れさってしまう。
要するに、ぼくが、周りの人たちとの関係性のなかで生きているそのさなかに起こった問題に対して、その場にいあわせない、顔も知らないような人たちからの意見なんて、知ったこっちゃないということだ。まさに、余計なお世話だバカヤロウってやつで、でも問題はこの一般化したがる人たちというものが、自分の中にも住み着いているということで、誰かとコミュニケーションをとるときにはいつも、この点は気をつけなければいけない。歴史を引用することと、社会の問題と、あなたと私の関係性の問題であるということがコミュニケーションということなのだから、あなたはコミュニケーションが苦手ですか?という調査をどっかの会社が先日やったらしいが、普通に考えて、私はコミュニケーションが得意です、とか、不得意ですとかって、簡単に答えられるわけがない。そんなの相手によって変わるし場によっても変わるし、もっというと話題によっても変わる。そういうのを全部すっ飛ばして、人をコミュニケーションが得意な人とそうでない人に二分してしまう、そういう暴力的な力がはたらく調査が普通に行われているのが頭にくる。

バスに乗っていて「お降りの方が押す黄色いボタン」をみんな押しているけれど、それが何でできているかなんて全然考えてないんだろうなと思ったのだけどそういえばハイデガーも「道具」について「履いている靴のことを意識しないでいられればいられるほどそれは靴として優れている」と言っていて、同じことがこのボタンにも言えるんだなというところまで思い至り、ふと昔ファミリーマートの看板をすぐ目の前で見た時、その大きさと「物質感」に驚いたことを思い出した。あの時初めて気がついた、それまではただの情報としてしか見ていなかった「看板」は情報である前に、重さと奥行きと、なんなら内部に空間さえも持っているという大きな「物体」であるという発見は、それが看板という道具として優れていたからこそ、現実に物質でできているということが後ろに隠れてしまっていたことの発見だったのだ。そうやって素材が後ろに隠れてしまう道具と違って、芸術作品では「世界」と「大地」との闘争によって真理を顕現させるみたいな話がハイデガーの芸術論だった。ここでいう「世界」は「それはつくられたものである」という事と関係していて「大地」は「しかしそこにあるものはなんらかの現実の素材である」ということに関係がある。大地とか世界とか言い回しがハードでかっこよく感じるのだけど実は素朴な話だ。iPhoneとかみればわかるけど道具が優れて高度になっていくということは素材をどんどん後ろの方に隠れさせていくのだけどそれに対して、芸術作品でおこるという闘争は、現実にそれは素材でできている。現実のなんらかの素材であるという「あ、そういえば」というふうに、ふと我に帰らせる力と関係している。この力は、作品は「それを見守る人」をその真理の場所にひきこみ、それに触れる以前の状態ではいられないという(彼の言うところの)芸術作品の性質とも関係している。とても勇気をもらったのだけど、なんでいまのいままで岸井さんが教えてくれるまでハイデガーの芸術論面白いよと言ってくれるひとが誰もいなかったのか。大学の先生とか。先生はベンヤミンもニーチェも教えてくれなかった。「芸術作品の根源」はとにかく全体に道具と比較してるのがグッとくる。有用性に埋没してしまう道具の話は、大学に人文いらないっていう風潮とか「稼げる文化」とかそういう流れに対して、圧倒的に言い返してくれているようだった。利用したいというものは制圧欲求で、芸術作品はそれに端的に抵抗する話とか、科学は真理を生起しない話とか、作品は存在していること自体を非日常化する話とかも超サイコーだった。

「冬のあわい」は終わったけれどこの遠泳のような人生はあいかわらずなので引き続き、無音で降るのにまるで大音量で街を包み込んで、地表にある一切の境界線を消して白い大地を出現させたあの雪みたいな、苛烈な平穏を手に入れるために日々を過ごしていく。みなさまお気をつけて。

松本は良い街だけど、良い街でしかない。戦う場所がない。今は都会で戦っているaokidなんかを見てると、羨ましく感じる。(aokidは今も都会のストリートで戦っているんだろうなと思える。思い出されるだけで彼は活動しているみたいだ。ずるい)同じ時間に同じところでご飯を食べているのを繰り返していると、自分が、時間に消費されているような気がしてくる。そして、この状態に慣れてしまうんじゃないかと恐れている。日記はいつのまにか、見られるための文章に変わってしまった。もう一度、つまらなくていいから書くということを思い出そう。だいいち、松本は寒すぎる。夜に何時間も散歩するのが好きなはずの僕が、寒すぎて15分も外に出ていられない。昨日は散歩にいってみたが30分くらいしたところでもう体の冷えが限界にきてしまった。帰ってからひと仕事しようと思って暖房をつけて机の前に座ったところで突然の凄まじい眠気が襲ってきて何も手につかず、たぶん机の前で30分以上うとうとして、これはもうだめだと思って寝てしまった。結婚して共同で生活するということは、二人でバンドをやるようなものかもしれないと思った。音楽の進行を決めるリズム隊が自分の他にもいるおかげで、それは良い感じの音楽になることもある。でもここでは変調しない方がいいと思ったときに、他のリズム隊の方がアドリブで変調してしまったりする。仲良くなればなるほど、自分の音楽性を表に出すことを厭わなくなるので、最初は従順なベース的な立ち位置だった人も、いつのまにかギターに持ち替えて作詞作曲も始めちゃったりするようなパターンが沢山あるんだろうなと、たやすく予想がつく。世の夫婦はみんなバンドをやっている友達だ。そのバンドメンバーから「匂いがやだ」という要望があり、タバコを「アイコス」に変えた。タバコも稀に吸っているけれど、だいたいアイコスを吸っている。これはすごい代物だ。この嫌煙の流れに対抗するために、苦労して作り出したであろうこいつ。そんなこいつも副流煙から通常の紙巻きタバコの10パーセント程度の発がん性物質が検出されたので、他のタバコ同様に規制するし、課税もするというニュースを見た。こんな事態になってしまってかわいそうだ。なんのために開発したのか。知らないけど、どんなものでもよく調べれば10パーセントの発がん性物質くらいすぐでてきそうだ。タバコは体に悪いからやめなさいというのは正論なので、言われたらそうですねというしかないのだけど、それは正論でしかない。松本みたいだ。でも本当はタバコが体に悪いかどうかもよくわかっていない。「徹底的に調べたことはないけどなんか悪そう」なのは確かなので、タバコを吸っている人に会うと嬉しくなる。仲間だと思える。バンドメンバーに加えたくなる。でも現状の法律はバンドはツーピースバンドでなければいけないということになっている。ツーピースバンドなんてホワイトストライプスしか思い当たらない。それもとっくに解散してしまった。すきなバンドだった。残念だ。妹のドラムがすごかった。あまりにも退屈なので、そろそろ自分をホワイトアウトさせないと心がもたない。良い暮らしとかウケの良さとかどうでも良いのだった。ただ死んだ後の準備をするだけにしたい。右も上も下もわからない、あの光の混沌のなかに戻らなければ。ホワイトストライプスを再結成しなければ。

自分の近くに人がいると思ってしまっている。すぐにラインでテキストを送り、それがすぐに見てもらえて、返事がもらえると思ってしまっている。その気になれば電話して、いつでも話ができると思ってしまっている。ツイッターで呟けば、誰かがすぐ近くで見ていると思ってしまっている。もしかしたら思っているよりもずっとずっと遠くに人はいるのかもしれない。手紙を書いたり、三角屋台でいろんな人と話していて思ったが、人とのあいだには霞んで見えないくらいに距離があって、言葉や行間や息遣いをもっと丁寧につかって届けないと、本当には届かないものかもしれない。すぐに声を発して呼びかけそうになる気持ちをぐっとこらえて、息遣いを整えて、言葉を選んで誠実に投げかけるようにして、その距離の尊さを忘れないようにしなければ。

awaiartcenterの「冬のあわい」のために26人に出した「冬について尋ねる手紙」の返事が13通くらい返ってきている。それぞれの冬はそれぞれに全然違って観て楽しいのだけど、今や僕たちはインターネットで密接につながっていて、「その人が書いた最近の文」とか、「その人の近況」ってのが、あまりにも簡単に読めたり見えたりしてしまう。手紙もいいのだけど、なぜインターネットじゃダメなのかという”Why not?”も同時に考えないといけない。Aokidが「落ち着いた暮らしなんていらないと思ったんだった」「もっとすごい落ちついた暮らしのために今は」というようなことを書いていて、背筋が伸びた。冬だからといって落ちついてはいられない。休ませることによって再び全開で動くことができるエンジンのようなもの抱えていることを忘れないようにしなければ。

この冬は今の所ずっと松本にいて、それは冬くらいゆっくりしてみようと思っておでん屋さんを始めたからなのだけど、1月半ばにして既に動き回りたくてうずうずしてきていて、つくづく自分の性質には逆らえないものだと感じていて、最近はとにかく今後の準備だということで広告看板の家のプレゼンと展示のための作業を詰めている。松本は天気が良い日が多くて空気もカラッと乾燥していてとても気持ちが良くて、さらに浅間温泉のほうの県営住宅に寝泊まりし始めてからは、当初はあんなにきつかった寒さを厳しく感じることも少なくなった。昨日は珍しくどっさり雪が降って、松本の市街地でも30センチ近く積もったのだけど、雪が降ったら砂利とアスファルトと白線と敷地境界で覆われた地面が白く消されて、そこに大地が出現した。街を歩きながら、それまでは道路沿いに建っているように見えた家々が、今では「道路」が消失して、ただ白い”大地”の上に建っているように見えて、自動車も、道路上を白線に沿って走っていたそれまでとは見え方が全然違くて、その「白い大地」の上をふらふらと走りまわっている「機械」のように見えた。逆に言えば、それまでは「機械」というよりは、「交通機関」というか、人や物が”自動的に”かつ”レール上で”動かされるものというように見えていたということだ。それはとても気持ちが良い景色だった。ほとんど革命的な見え方の転換が起こっていたように思う。

「道路」というものは、お金によってやりとりされ、境界線によって区切られることによってまわるこの都市を象徴するような存在だったということが、雪によって消失したことによって逆に露わになった。

雪が降って、白い大地の上でただ雪かきを頑張るしかない僕たちがとても動物的な振る舞いをしているように感じられた。小さいスコップをもって、ただただ雪かきをするしかない小さな存在だということを気付かされた。そして雪に覆われた、冬枯れの木々は美しかった。さらに自分の家の前を雪かきするのはとても気持ち良かった。

いまではまだ雪は降っているものの、すっかり除雪された道路が再び出現している。自動車は機械から交通機関に戻り、大地の上に建っていた家は、再び道路沿いに建っている。

小説のほうの「道路」は全然進んでいない。思いもよらない仕事が入り、それに思いもよらない多くの時間が取られてしまった。ひと段落したので、これからすこし文章にも力が注げるかもしれない。力を注ぐということは時間がかかることなので、力を注ぐタイミングと対象をちゃんと考えないと、力は注げなくなってしまう。なぜなら時間は有限なのだから、と続けて書きたくなる衝動を抑えて、ふと時間は有限なのかと考えてみると、どうもうさんくさいというか、時間を「有限」かどうかと考えることじたい、既に何かに毒されている。

普段生活していると、僕の目にはどの瞬間にも「現実」が映し出されているはずなのだけど、最近、その目の前の現実を見る時の”感じ”が、過去の出来事を思い出しているように感じるのと近い気がしている。それはちょっと意識を変えれば未来を見ているようにも感じられると思う。昨日、初めて日本語字幕付きで「メッセージ」(しかしこの映画、原題は「arrival」。こっちのほうがずっとふさわしい。原作となった小説のタイトルは「The sroty of your life」だった)を観た。時間には始まりと終わりなんてものはなくて、過去を見るように未来を見、未来を見るように過去を見て、たとえ運命が定められているものだとしても、それを積極的に受け入れること、という素晴らしく、でもちょっと危ない思想の作品だった(またその内容が、映像作品としての見せ方とも一致していてよくできていた)。時代によっては、検閲の対象にもなり得る、厳しい資本主義批判の作品でもあると思う。

主に「お金」とそれを取り巻くシステムによって僕たちは、時間とは過去から未来に流れるものだというふうに思い込まされている。貯金とか保険とかローンとか月々の支払いとか、お金にまつわる現代のほとんど全てのことは過去から未来に流れる時間という考え方を前提としている。「はじめのお金」はもうすこし違ったものだったはずだ。地球が丸くて回っていて、四季が巡っていることを思い出すだけでも違う。

ミヒャエルエンデは「”経験”はそれだけで素晴らしいものだ」と言っていた。「経験」は後のために役に立つから良いっていう考え方は、貧相で卑しくて下劣で下等で悪い考え方だ。すごく悪い考え方だ。最悪だ。その考え方に立ってしまったら、どうせ最後には死ぬんだからなにやっても無駄だということになる。そんなわけがない。そうであって良いわけがなくて、その瞬間に与えられるものが既に”答え”であって”成果”であるわけで、これがわからないままみんな生きていて社会を無意識に設計しているから訳のわからんことになっている。

昨日は芸大毛利研究室のラジオ企画のなかで田中志遠くんという人に呼ばれて「徒歩交通について」というテーマで話をしてきた。徒歩交通というのは彼の造語で、要するに”最後の交通手段”としての徒歩ということらしい。歩くことを、散歩のように、ただ歩くために歩くということではなく、人々が目的地に移動するための歩行の必要に迫られた時、その体験のなかで得たものを集めてアーカイブしていきたいということらしい。面白そう。

話の中で当然シチュアシオニストの話になって、僕はギードゥポールやべーなと思っていた大学生のときに「東京もぐら」という散歩サークルをやっていたことがあり、それは当時は「電車はなんかうさんくさいぞ」という動機から始めたものだったので、電車にのるお金がなくなったときに、”電車の駅”まで徒歩で何時間も歩いた経験からこの徒歩交通という言葉を考えた田中くんの考え方は、すこしハッとさせられた。
ライムスターの宇多丸さんがTBSラジオの番組の中で「決まった!俺の黄金コース!ターンつってターンつってドーン!」という特集をやっていたのだけど、それはとてもシチュアシオニストの心理地理学っぽいなということにも気がつかされた。しかもこれは、「俺の黄金コース」という個人的なものを、同じ都市や、建物や、飲食店という、共通のプラットフォームに乗せて話す企画なので、聞いている人がその場所を知っている場合、共有することができる。これはこの大きな都市を、等身大のスケールに引き戻してくれる。素敵な企画だった。
さらに、のちに友政さんと呑んだ際に教えたもらった話だけど、同じくTBSラジオの伊集院光さんの番組の中でも、ダイエットするためにいろいろなパワースポットを巡っていると、その巡っているという行為のおかげでダイエットしていくという話をしていて、さらに彼は家の中でウォーキングマシンを使って、何キロ歩いたからパワースポットについたという架空の設定をしてひたすら歩いて、スポットについた(ということになった)ら、ダジャレをひとつ披露するという(ような)ことをやっているらしく、これも同じく心理地理学みたいだなと思った。
もしかしたらギードゥポールたちの思想は、現代の芸能人や有名な文化人のなかで、ある種メジャーなものとして引き継がれているんじゃないかと思ったらとても勇気が出てきた。ということを毛利さんにメールしてみたら、やはりシチュアシオニストたちの思想は70年代にポップカルチャーに流入し、現代のラジオという文化にも入り込んでいるんじゃないかということが裏テーマだったらしい。

僕は、今回の「徒歩交通」について喋るために、松本からバスで来た。バスで来てしまった。なぜなら、この企画に出てくれと頼まれたのは10日前だった。松本に発泡スチロールの家があれば、徒歩移動もかんがえたかもしれないけど、家はいま大阪にある。仮に家が松本にあったとしても、松本から東京まで10日間でつくのはちょっと厳しいだろうし、15日と17日の朝に松本で予定があり、さらに色々仕事もたまっていたので、3時間で来られるバスで来た。徒歩交通の話をするのにバスで来てしまったというのは、実は結構根深い問題で、「現代のスピードの要請」が徒歩を許さないから起こることだ。でも、1時間半のラジオに出るために10日間歩いて移動すると、おそらく僕の中では移動の10日間のほうがメインになってくる。もしかしたらそれこそが、シチュアシオニストの真髄なんじゃないかということにも、今回の話のなかで気づかされた。ラジオを聞いているひとは3人しかいなかったらしいが、とてもいろいろな収穫があった。

関係ないけれど、友政さんが話してくれた、イスラム教では「宣言」がゆるされるという話も面白かった。僕は小さい時、ご飯を食べる前に「いただきます」を言い忘れたことに気がついたら、「いただいています、いただきました、いただきます」という三種類のお祈りをしていた。何に向かってかはわからないが、そういう宣言が、イスラム教でもとても大事なものらしい。
さらにここから、高松二郎の「この七つの文字」という作品の話になった。透明な介在者になることを考えなければいけない。「道路」を書く上でとても大事なことだ。
主語を滅ぼせ。受動的な「私」を滅ぼせ。