土地
床下
  
間取り
はまなすの館から18キロくらい北へ歩いた。

歩いてると面白いくらいに、みんなが「どこからきたのか」「どこへいくのか」と聞いてくる。何度もそう質問されるうちに、なんだかとても深い問いかけに聞こえる。ゴーギャンの絵画のタイトルみたいに。

僕は「南から来ました」「北に行きます」と答えてる。これは向こうからしたら多分答えになってないんだけど、このズレに何か面白いことがあるんだろうなと思う。方角で考えるのが大事かもしれない。いくら北に行っても、北には着かないので。
今日の敷地は気仙沼市松崎萱にあるバイクショップの倉庫の中。去年も6月にここにきた。

トイレやお風呂場は、家のものを使わせてもらった。近くにコンビニもあるのでそこのトイレも使える。
延長コードを出してくれたので、僕の家の中まで電源を引くことができた。

鶏がコケコケ言ってるのと、バイク屋さんの独特のオイルの匂いが最初は気になったりしたけど、すぐに慣れた。

  

   
土地
 
床下
  
間取り

南三陸町から気仙沼市本吉町へ移動。去年と全く同じルートを辿る。
 南三陸の人たちが

「いってらっしゃーい、は違うか。また来年〜」

と言って送り出してくれた。
去年、道端でコンビニの冷やし中華をくれたおばちゃんとその娘さんがいた。今年も連絡をとってみたら、また同じところで再会して、同じ冷やし中華をくれた。おばちゃんが「たらすもづ(たらし餅)」という黒砂糖とクルミが入った甘い餅もつくって持ってきてくれた。
20キロくらい歩いて、本吉町の「はまなすの館」という、公民館や図書館などが入った建物に着く。受付で「去年もきたんですが、今年も敷地を貸してください」とお願いした。去年と違う所長がでてきて「去年もきたという実績があるみたいですから」と言って快諾してくれた。去年と全く同じ場所。公衆トイレのそばに家をおいた。
トイレと洗面台は公衆トイレがすぐ近くなので困らない。すぐ近くの図書館に行けば机もあるのでデスクワークもできる。漫画もすこし置いてある。
道路の向かいにはスーパーがあるし、コインランドリーもある。とても便利な敷地をだけど、お風呂場がない。10分ほど歩いて本吉駅までいって、BRT(震災で壊れた線路を道路にして、そこをバスで走る公共交通システム)で最知駅まで行く。そこからすぐのところに「ほっこり湯」というスーパー銭湯がある。深夜一時までやってて、880円。ここにも漫画が置いてある。
寝室の床下はアスファルトなので寝心地は良い。ただし、まわりは芝生なのでたくさんコオロギがいる。このコオロギ、遠くで鳴いてるのを聞く分にはとても風流で良いのだけど、耳元から20センチくらいのところで鳴かれると結構うるさい。寝付くのに支障が出るレベルの騒音で、まいった。だけどちょっと前に人からもらった耳栓が活躍して、無事寝ることができた。

ラジオを聞いていて強い違和感に襲われる。ニュースの内容と、パーソナリティーの声やBGMの取り合わせが、なにか間違ってるきがする。鹿児島の原発が再稼動した。「経済的に潤うからしかたない。原発は地場産業だ」と話す人たちがいる。しょうもない話題にたかってネット上で盛り上がってる人たちもいる。顔が見えないコミュニケーションだけで世界が回っている、という錯覚。何故みんな以前と同じように生きていられるのか。考えていられるのか。みんなが、再び幻想の世界に戻っていく。僕はといえば悔しいけれど、怒りと裏返しになった強い孤独感。無力感。不安。さみしい。苦しい。このナイーブさも自分の中にどうしようもなくある。これも認めざるを得ない。最近虫の視点を借りることを覚え始めた。いつも下を見ると、なにか虫がいる。おなじ空間にいるんだけど、違う世界を生きてる。

   
土地
 床下
土建会社の事務所の敷地にある、大きな倉庫に家を置かせてもらった。去年もここにお世話になった。その時は、これから取り壊す予定のプレハブの旧事務所のなかを敷地に借りた。そして、新しい事務所の絵を描いてプレゼントした。その絵はコピーされて、デスクに飾ってくれていた。

南三陸町志津川の土建会社のプレハブの小屋のなかにいる。8畳くらいの広さで、テレビとエアコンがあって、机がひとつある。このあいだまでの暑さがうそみたいに肌寒い。ものすごい豪雨と強風。外の音が恐ろしい。台風が直撃してると言われても信じる。今日は硬くて重い壁でできた部屋に居られて本当に良かった。
夕方、まだ雨がこれほど強くない頃、ここの会社の人が南三陸を車で案内してくれた。南三陸は去年と比べて景色がガラッと変わってしまっていた。陸前高田と同じように、あちこちで茶色い土が文字通り山のように積まれていて、海も見えなくなっている。視界が土の山で阻まれているので、いま自分がどっちの方角に向かっているのかもわからなくなる。南三陸は複雑なリアス式海岸の地形で、山に入ったと思ったら海に出てしまったりする。小さな港町がたくさんある。そのすべての町が津波にのまれてしまった。そしていまそのすべての町で茶色い土の山が築かれている。場所によっては、本当に一面まっ茶色になってしまっているところもある。かつてここに住んでいた人はこの変わりようを見て何を感じるのか。自分の家が建っていたところが埋められていくのはどんな気持ちなんだろう。

いつか茶色い山がすべてできあがり、土地のかさあげが完了したら、その上に住宅が作られるらしい。でも僕を案内してくれた人は

「いつになるかねえ。まだ盛り土もできてないからね。」

と言ってた。

 

敷地/宮城県登米市津山町柳津
 床下
小豆島→今井町の出張を終えて石巻にもどる。ながいこと家を置かせてもらっていたsomacoハウスの庭を出発して、登米市の柳津に向かう。北に23キロくらい。2週間ぶりに家を背負って歩いた。石巻を離れていた2週間のあいだに、だいぶ涼しくなったと思う。歩きやすい。

北上川を左手に見ながら歩く。歩道がない道があるのが腹立たしいけど、とても綺麗な景色。

登米市に入った頃、おじちゃんが道端で車をとめて、どこから来たんだと僕に話しかけてきた。もうやりはじめて二年目なので、答えにくいです。北に向かっています。と答えた。そしたら、おじさんは不審者を見るような顔つきに変わった。そうですか。がんばってください、と言って去っていった。
そのすぐあとに、今度は道端でおばさんが話しかけてきた。あなたのことをラジオで聞いたことがある。会えて嬉しい、と言った。

そこにパトカーが通りかかって、警官がおばさんに対してこう言った

大丈夫ですよ。大丈夫ですよ。芸術家の方ですよね。

僕は去年この町を通ったときに、職質を受けたのを思い出した。そしてその警官は、去年職質をしてきた警官と同じ人だったと思う。

僕は「大丈夫ですよ」の意味が最初わからなかったけど、おばさんが警官に対して「大丈夫って。。ラジオで聞いたんですよ〜」と言ったのを見て理解した。
5時過ぎには柳津に到着。家の置き場所は、去年もお世話になった柳津にある一軒家 のガレージを借りた。家のメンバーが去年よりも一人増えて賑やかになってた。
ガレージの二階に部屋があって、そこに寝かせてもらった。母屋からは離れているので、宴会の会場としてたまに使うらしい。トイレがついてる。自分の家で寝てないので間取りは描けない。

1600年前の交差点に残っている250年前の建物を見学して、400年前から街並みが変わっていない今井町に帰ってきた。歴史の動脈にいる。いまという時代と、未来への予感のようなものを感じる。奈良に住むってことは、この未来への予感のようなものと一緒に住むということかなと思った。
その交差点(藤原京の横大路と下ツ道の交差点)はかつて幅が30メートル以上はあったらしい。東にずっとまっすぐいくと伊勢に着く。江戸時代には札の辻と呼ばれ、旅人が絶えない交差点だった。現代では住宅地になっていて、車幅は3メートル程度で、車は一方通行。でもけっこう通行量が多い。いまでも多いのが笑える。

そして1975年に発行された「思想の科学」が、60年代のことを論じているのを読んでいる。今井町のNPOの人が思想の科学研究会のメンバーだったらしく、何冊か貸してくれた。

[高度成長は、人から尊厳をうばった。熟練がなんの役にも立たなくされた時代のことである。手に職をつけて働いていた人たちが、工場で単純な作業をひたすら繰り返す仕事をさせられる。自動車工場では、なんのために働いているかといえば、ただコンベアの動きに遅れないためにだけ、そしてコンベアが時間がきて止まる瞬間のためにだけ、必死に手足を動かしている。自分が働く姿を、妻や子供に見せたくないと誰もが思っている。]というようなことを、鎌田慧さんが書いている。

昨日は1400年前に建てられた世界最古の木造建築もみた。柱が太すぎるように感じた。この無骨さが1400年を生き延びた理由だと思った。放射能は1万年を生きる。樹齢1万年の木で築1万年の家を建てて、賞味期限が1万年の食べ物を食べないといけない。

石巻に家を置いたまま、制作のリサーチのために移動している。一昨日までは小豆島にいた。今は奈良県橿原市の今井町にいる。今井町は16世紀の町並みがそのままタイムカプセルみたいに残っている町。道路の幅が狭く、車ではすれ違えない。車に優しくない町で、そこが良い。橿原市はかつての藤原京のまち。歴史の動脈が流れている。小豆島ではせわしなく行動していたけど、ここではぐだぐだとしている。天井の模様が気になる。

今日は夕方に起きて出かけてみた。頭が重い。滞在している所が町家で、他の家が隣接しているのと、道路が狭くてあちこちで地元の人たちが立ち話してるので、でかけるのに気合がいる。町家で暮らすってのはこういうことなのか。僕はよそ者なのに手ぶらで歩いている上に路地が狭いので、人とすれ違うのに意識的になる。

川の方にいくと水場があって、水遊びしてる家族がいる。もっと歩いて大和八木駅のほうにいくと、イタリア料理屋さんとかスーパーとかチェーン店の居酒屋とかがあって、ひとがたくさん歩いている。今井町の街並みとは全然違う。ひととすれ違っても意識的にならない。

今井では一人で家のなかにいても町を感じる。小豆島ではどこにいても島を感じた。ここも島のような場所。川の中洲みたいな感じ。

   
 土地
 
床下
 

間取り
敷地は石巻市にあるsomacoハウスと呼ばれてるシェアハウスの庭。去年も来た。ここは活動的な若い人たち(特に震災後に東北に関わ始めた人たち)が集まってくる家。慣れてくると居心地が良い。

寝心地は良いけど、蚊がちょっと多い。蚊の対策にキンチョーの「1日1プッシュ!蚊がいなくなるスプレー」を使っていて、スプレーした直後は蚊が次々に落ちてくる。地面で弱々しい羽音を鳴らして、やがて動かなくなる。でも家の中の空気の流れが良いせいか、30分くらいで効果がなくなるので、結果的に一晩で数回プッシュすることになるのだけど、これが体にとても悪そう。新しい方法を考えたほうが良いかもしれない。

トイレやお風呂はsomacoハウスの中のものを借りた。洗濯機も。
   
   
石巻の市街地では、7月31日〜8月1日まで「川開き祭」というお祭りが開かれた。これもあって、いまsomacoハウスで泊まりこんでる人が多いらしい。僕が確認できただけで5人は居た。
  

  
31日、震災で亡くなった人の供養行事が川の前で行われていて、ちょうどその祭壇の真上に満月(ブルームーンというらしい)が浮かんでいた。僕もお焼香をあげさせてもらった。
   
   
1日にはsomacoハウスの人たちがやってる焼き鳥屋さんを手伝った。 たしか去年山形の遊佐のおまつりでも焼き鳥を手伝った気がする。

  
 

   
土地
 
床下

  
間取り

敷地は東松島市の矢本駅近くにある一軒家の軒下。

松島から東松島に向けて歩いているときに、ラジオの中継車と鉢合わせて数分間喋った。そのときに「東松島市で土地を貸してくれる人がいたら助かります」ということを言った。そのあとすぐに、路上で車に乗ったおばちゃんから

「いまラジオ聞いてたよ!私これから東松島に帰るから、うちの敷地使っていいよ!」

と言われた。中継車と別れて1分もしないうちにおばちゃんが現れたので笑ってしまった。そういう経緯で、そのおばちゃんの家の軒下に居を構えている。

ラジオには他にも「うちの庭使っていいですよ」という電話がかかってきたらしい。またラジオで僕は

「車が通り過ぎざまに、2回連続でクラクションを鳴らしてくることがあるけど、あれは応援するという意味なんでしょうか」

というようなことを話したせいか、その後2回連続でクラクションを鳴らされることがものすごく増えた。みんなラジオ聞いてるんだな。
そのラジオのフェイスブックに僕のことが書かれていたので、それに対するコメントを見てたら、

「車からしたら邪魔なので、正直迷惑です。」

みたいな感想があった。そちらがそう言うなら、僕からしたら車の方が邪魔で危なくて迷惑。僕に対して「迷惑だからやめろ」と言うんじゃなくて、車道しかない道に対して文句をつけるべき。
東松島市は去年も来た。ここから海までは4キロ以上あると思うけど、2011年の津波はここまで到達している。

僕の家の周辺には、良い感じの酒屋や、一軒家をあとから店舗に改装してオープンしたような中華料理屋があって、コンビニがあまりない。町の酒屋で発泡酒を買うのは、気分が良い。土地の生活空間に参加できたような気がして嬉しい。
  
敷地は、おばちゃんの嬉しいはからいで屋根があるところを貸してくれた。おばちゃんがとてもさばさばとしていて過ごしやすい。さらに家の中までコンセントを伸ばして、扇風機や懐中電灯も貸してくれた。史上最高に快適な環境。

家と倉庫のあいだにある狭い軒下空間で、草などが生えていないのでほんのりと土の匂いがする。この匂いは嫌いじゃない。
トイレや洗面台、デスクスペースなどはすべて徒歩10分のところにあるイオンタウンの中を使った。店舗は大体夜10時まで。公衆トイレはもう少し遅くまでやってるみたい。

ちなみに夜になると、イオンタウン上空が妖しく赤く光るので、遠くから見てもその位置がわかる。
歯を磨くためだけにイオンまで行くと、歯を磨くことの意味を考え直したりしてしまう。寝室から歯を磨く洗面台まで徒歩10分の距離があるという環境は面白い。
お風呂場は徒歩15分くらいのところにある健康増進センター「ゆぷと」。天然温泉がある。ただ800円かかるし、デスクスペースになりそうな休憩場所もない。
  
松島で紛失した靴下と、破けたズボンを新しく買うためにヨークベニマルに行った。
   
   
7月30日の夕方、海の方まで歩いてみた。すでに波は引いて、がれきなどはもう落ちてないけど、それでも地面からは多すぎるくらいの情報が伝わってくる。雑草が一面に生えている。あるラインを踏み越えたあたりで、突然重力が強くなった感覚がした。地面が近くに感じる。雑草は地面に這いつくばってて、空にいるカラスやトンビがとても羨ましく感じた。

空にはほとんど満月に近いものが浮かんでいて、地上の状態とは無関係にものすごく綺麗だった。そのうち重力の問題もやらなくちゃいけない。

   土地
 床下
 
間取り
敷地は宮城県宮城郡松島町にある一軒家の駐車場。ここも味噌醤油屋さんを紹介してくれた人が紹介してくれた。
床下は一部砂利だけど寝るのには全然気にならない。

トイレは道路を挟んで海側の公園にある。この道路が問題。
松島は観光地なので、平日でもけっこう多くの人で賑わっている。いまは時期的にも夏休みで家族連れが多い。

この町は、国道45号線によって「松島湾側」と「お店が並ぶ通り側」が分断されている。松島湾は素晴らしい眺めだし、店舗が並ぶ通りも良い雰囲気なんだけど、この国道45号線の車の通りがかなり激しくて、大型トラックとかダンプカーとかもばんばん通るので、穏やかではない。渡るのが面倒な気持ちになる。この道路さえなければ、公衆トイレもすぐ近くにあるし、海も近くにあって気持ちが良い間取りだったと思う。
お風呂場は歩いて20分くらいのところにある「天然温泉芭蕉の湯 いやしの館」。10時から20時までやっていて、大人500円。
トイレからほど近いところに藤棚らしきものが建てられていたので、物干し竿として使ったが、干して数時間後に取りに行ったら、靴下が二足無くなっていた。ゴミだと思われたらしい。靴下を買わなくてはいけない。
また、観光案内所が休憩所を兼ねていて空調が効いているし椅子が並んでいるのでデスクスペースとして使った。ただし机はない。ので自分の足を机にした。