震災から1週間後に放送されたインターネットニュースを聞いてみた。番組に出ている人たちはみんな「この災害は、エネルギー政策や社会をありかたを問い直す転換点になることは間違いない」と言っていた。その上で今の状況を見返してみる。僕たちは「自分たちがこの社会をまわしている」という実感をまだ持ってるだろうか。実感というか、自信を持ってるだろうか。

「僕たち」というのは抽象的な存在ではなく「僕たちのからだ」のことだ。このからだがこの社会をまわしている。社会の原動力はからだの他にはない。このからだが食べ物を食べたがることや、排便をしたがることによって経済活動が作動する。「お腹が減る」ということが、この大きな社会のエネルギーになっているのだ。お腹が減ることはコストではない。死んだらお腹は減らなくなってしまうから死んではいけない。この自信をちゃんと持たないといけない。

からだと生活と経済を全部同時に考えないといけない。ここが過渡期か。






 

瀬戸内国際芸術祭2016に参加してます。小豆島の草壁港というところです。春会期中は作品に住み込んで鍋をやっています。春会期以降は、アーカイブを展示します。よろしくお願いします。

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一昨日から瀬戸内国際芸術祭の作品制作で小豆島に来てる。今回は長い滞在になりそうなので家も一緒に持ってきた。松本から神戸まで奈保子が車を走らせてくれた。奈保子の車は軽自動車なのだけど、分解して押し込んだらなんと収納できてしまった。2軒目の家は高さがないからなんとかなったらしい。1軒目の家では絶対に無理だった。

小豆島では草壁港に発着するフェリーの乗降客の駐車場になっているサイトで「小豆亭(こまめてい)」というプロジェクトをやる予定。

2月20日

 

 

 

 

2月21日

 

例えば展覧会とかオープンアトリエをやったときに、客がいるかどうかは問題ではなくて、たとえ客が一人もこなかったとしても「誰かが来るかもしれない」っていう場だけ設定されていればOKな気がすることとか、山川冬樹さんの「パニッシメント」はいったい誰に対してパを売ったのかっていう疑問とか、アートは幻の他者を設定するっていう考え方があると思うけど、それと「広告収入」がすごく似ている。

タツノコ書店で僕が「家を背負って歩いているとき、職務質問をよくされた」という話をしていたら、あるお客さんが「警察って暇ですよね〜」といった。それに対して店主のかっぺさんが「暇っていうか、職業を間違えたんだよ。彼らは」と返していたのがとても良かった。

いま岡本太郎美術館では僕がこれまで生活に使ってきた服とかを展示しているので、いまお前は何を着てるんだって心配する人がいるので書いておくと、今回の展示に際して僕は持ち物を一新しました。いま美術館に展示してる寝袋は中学校に入るときに買ったもので、春用だから冬に使うもんじゃないんだけど、一昨年の冬はその寝袋で過ごしていてめちゃくちゃ体調を壊してしまい、いろいろ反省したので、京都で稼いだお金を使って去年の暮れに新宿のモンベルショップで冬用の良いヤツを買った。今は快適に眠れている。ちなみにレッグウォーマーは大分市で本屋の店主からもらったもの。フリースは福井県鯖江市でもらい、昭和のジャニーズみたいなパーカーは青森県十和田市のブティックで1000円で買ったもの。

この日記が表示されているであろうパソコンも預金通帳も財布も靴下も新しくした。パソコンは何故だか父親が買ってくれて(ありがとうございます)、口座はゆうちょに新しく作って、財布は拾って、靴下はダイソーで買った。ダイソーではなかなか良い靴下が100円で買える。靴下を買って気がついたのだけど、コインランドリーで靴下を洗濯するより、古い靴下を捨てて、ダイソーで新しく買った方が全然安くあがる。変な話だ。

 

(松本市出川のスターバックスから更新)

去年の夏からずっと作ってきた絵本ができた。初校とかで紙に印刷された見本を見てきたけど、本になると凄みが違う。巣鴨でたまたま福音館書店の人たちに目撃されるっていう偶然から絵本制作が始まって、そこからはずっと編集の北森さんとの二人三脚だった。
まずは文章をつくって、本の流れを決めるところからだったけど、普段日記で書くような文体じゃなくて、淡々と事実を述べるような絵本的な書き方を身につけるところからだった。しかも最初の文章は長すぎたので、ぐんぐん減らして3分の一くらいにして、そこからさらに校正に校正をかさねた。編集者の目が入ることによって、僕が書いた文章がどんどん研ぎ澄まされていくっていう過程はとてもダイナミックで新鮮な体験だった。あとから考えると「なんでここで余計なことを言ってるのに書いてるときは気がつかないんだろう」って不思議に思うことがいっぱいあって、この校正の作業は無限にあるように思えた。

何週間かかけて校正し、磨き上げた金属みたいな文章ができあがった。今度はその中に大見出しをつけていって、このページにはどんな絵が入るのが良いかとか、ここにはこの写真を使いましょうとか、誰々に写真を提供してもらいましょうとか、デザインは誰に頼もうかとか、題字はどうしようとか、ここには写真撮影がいるだろうとかあらゆることを北森さんと二人三脚でやって、その成果を編集部の人たちやデザイナーの飯田くんにぶつけてブラッシュアップを重ねていった。大原さんの題字や市川さんの写真も入ってきて、家をせおって歩くっていう僕の個人的な営みが、どんどん公共のものになっていった。最終的にデザイン、写真、題字が奇跡的なバランスで成り立ったすごいものになったと思う。

最初にネットから僕を探し出して連絡をとってくれた高松さんからはじまって、ずっと並走してくれた北森さんや、ツイッターで写真を提供してくれた名前も知らない人たち、打ち合わせ場所の提供までしてくれた越喜来のわいちさんや月江さん、京子さん、他にもお礼を言いたい人が多すぎておいつかない。ありがとうございました!

ここ最近、奈保子がお店をひらくために借りた松本市の物件の修復を手伝っている。その物件は古い2階部分では築140年にもなる。古い部分を見ていると、建てられた当時と現代の地震に対する備えかたが全然違うことがわかる。家全体が揺れて、土壁が崩れることで地震エネルギーを吸収するようにできている。いま生きている僕たちの頭は、現代向けにカスタマイズされたものなので、いまの頭のままで耐震補強をしようとすると、その補強部分だけにエネルギーが集中してしまって、壊れてしまうこともあるという。だからこの物件においては「土壁がもろすぎる」のではなく「構造用合板が強すぎる」と言うべき。

他にも玄関入ってすぐの土間の床には謎の蓋がある。開けると水が流れそうな管につながっている。最初に蓋をあけてみたときは「古い排水溝がのこってるのかな」くらいにしか思わなかったけど、どうも土間が臭いなと思っていた。その臭いがいつまでもとれなくて、すぐそばにトイレがあるので、ある日「まさか」と思ってトイレにトイレットペーパーを流してすぐに蓋を開けてみたところ、そのトイレットペーパーが排水管を下から上に流れていった。この排水管はトイレと直結していた。これは近代が覆い隠したものだ。今ではめったに見られない。僕たちは人間の便の臭さとか、動物としてのにおいとかを隠して、無臭の世界を作ろうとした。良いとこのトイレにいくと便座から立ち上がった瞬間水が流れたりして、見ることが叶わないまま自分のうんこと別れるハメになったりする。

土間がくさいのは、人間の便がくさいからなので、臭くて正解だ。なので「土間が臭い」と言うべきではなく「土間以外が臭くなさすぎる」と言う方が正しい。

電車から下を見渡すと人がたくさんいて、みんなが何かしら仕事をしていると考えると、すごいな、みんなこのシステムでなんとかやっているのだなと思う。それぞれに人間関係をもっている。ニュースでは国会周辺の政治の話ばっかりやっているから、忘れてしまいがちだけれど、この人たちのすぐ上に中央の政治があるわけじゃない。そのあいだには地域の人間関係とか、友人、職場、親族のつながりとか、地方議会とか知事とか県庁とか市役所とかが膨大にある。国と個人が直接向き合うようなことになっちゃいけない。それは陸前高田の復興の様子を見れば明らかなのに。巨大な資本によって築かれた盛り土の大きな山と、その山の下で一人で種を売っているおじさんの対比。一粒の種と巨大な盛り土の山との対比をみれば何よりもわかる。

アートや建築やデザイン界が全体的に「2020」をかかげている。でも2020をかかげる企画からは、何故か熱が感じられない。冷めた微妙なムードがただよっている。youtubeで磯崎さんが話してるシンポジウムとかをみても「以上が、ここ50年間の我々の失敗でした」みたいな締めをしている。会場も笑っている。このあやしいムードは。

たしか誘致した当初は「震災からの復興」っていうテーマがあって「既存施設を活用してコンパクトにおこなう」と言っていた。あれはどうしたのか。今では話がこじれて、訳のわからない状態になってしまった。いつのまにか震災から2020までの9年間という亜空間に突入している。

間違っていることは表明していかなくちゃいけないけど、それは自分へのアクションの反転として現れなくちゃいけない。

「富士山はどこにあるのか問題」っていうのがある。これは「富士山を見にいこうとして御殿場にいく。御殿場の駅で降りると、すでに標高450メートル地点にいる。つまりもう富士山の上に立っちゃっている。」っていう問題で、つまり"あそこ"にあると思っていたものは、意外と自分のすぐ足元のことだったりする。"あそこ"にいこうとしても全然たどり着けない。はるか遠くに見える山は、そのまま自分の足元まで地続きでつながっている。

いつのまにか何かを断定することを怖がったり、何かと「どっちにも正義がある」とかいってどっちもどっち論でまとめようとしたりしがちになってしまった。最近うちの首相が「GDP600兆円を目指す」とか言ってる。そもそもいまGDPは豊かさの指標なのかとか、これからどんな国にしようか話し合う空気もないなかで言っている。根本的なところには批判がおこらない、本当に涙が出るくらいに幻想の中で生きてる。そもそも人口が自然に減るっていう、前代未聞の時代に生きてるのに、以前のシステムをそのまま使って、以前と同じ夢を持とうとしている。そんな完全なる幻想の社会に生きてるのに、うわっつらだけを見て「君は常識がない」とかいう人がいる。何のために働くのかもよく考えずに働いて、誰に向かってお金を払ってるのかもよくわからずにお金を払って、お金を払って得たものは自分の所有物であるかのような錯覚をして生きながら、錯覚に惑わされて自殺をしたりする。

どう考えても間違ってるとしか思えない。特に夢の持ちかたが間違ってる。夢の持ちかたが間違っているから、自殺したり、人に悪口を言ったり、人を殺しちゃったり、人に「常識がない」といっちゃったりする。もうわかった。やっぱり間違ってると思うことは表明していかなくちゃいけない。ポール・ウェラーが言ったように「The public gets what the public wants」なのだから、社会が「本当にもつべき目標はなにか」を考えずにどんどん先走って間違ったほうに進んでいっちゃうのは、もうシステム上しかたのないことなのだ。ポール・ウェラーは本当にうまいこと言ってくれた。

「”最初から完全に間違っていること”をみんなが一生懸命やっているわけがない」と、誰が言えるのか?

一つの物事に手を入れようとしている人が自分の他にも居て、その物事への手の入れかたをめぐって相手のやり方を信用できずに対立してしまい、それが心身にきつい負担を与えてしまっているとき、「相手はこうやりたい」vs「自分はこうやりたい」の対立だということにする。自分も相対化して考えてみる。そうすると問題をややこしくしているのはこちら側の責任でもあるってことがわかる。するとすこし楽になる。

それと自分の注意を他にそらすこと。その中心の物事には関係あるけど、相手のやり方とは無関係な物事を探して、とりあえずそこに集中する。そうすると関係が良くなることがある。

あと同時に、現実の問題を全身で本気で受け止めすぎないこと。どこかでバカ&ラフになること。これは芸人の誰かが現実のことを「~っていう設定」と思い込んで受け止めるっていうことを言ってたけど、それと同じことかもしれない。心のどこかに余裕を持つこと。自分は「~という設定の生き物」だと自分で思い込んで、問題を受け流すこと。ニーチェ的に言えば自分を笑うこと。

実家に年金の1年間の全額免除の通知が届いていた。財布の中身の余裕とは無関係に、年金は払いたくないと感じる。人口が自然に減っているこの時代に、人口が自然に増えていった時代につくられたシステムがそのまま受け継がれてる。単純にシステムが信用できない。でもこういうことを言うと「そうやって税金を払わない人が日本全体に迷惑をかけている」ということを言いだす人がいる。常識がないとか、なんとか。

ここ数日「常識があって色々なことをわかっている人」から「君は常識がない」とか「若いから社会をわかってない」と言われることが多い。

「経済の成長」とか「常識」とか、そういう幻のなかに安住の地を求めるのが人の習性らしい。本当の意味で数値化できることなんて何一つないし、常識とかも本当は存在しない、「この年ならこういうことをやる」みたいなことも存在しない、「これをやればこれがうまくいく」なんてこともひとつもない。でも「~するためにやるべき7つのこと」みたいな文句で人が釣られて本が売れちゃったりする。きつい。