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朝ご飯をコンビニの駐車場で食べながら、前の道路を眺めてた。歩行者が一人も通らない。車は何十台も通る。ほんとみんなすぐに車に乗る なあ。そういえば高松でバイトしてた頃も2キロ離れた職場まで歩いて通ってたけど、みんなにびっくりされて最初信じてもらえなかったく らいだった。「すぐそこなのに」っていうところでもすぐ車にのる。からだとか大丈夫なのかな。「歩く」ってのはもはや基本の移動手段じ ゃないんだろうな。ちょっとの距離でも車にのりたがるってのは、そっちの方がもう身体に馴染んでしまってるってことだ。徒歩よりも車の 方が身体に馴染んでる。歩くことはもはや「ウォーキング」という特殊なジャンルになりつつあるんだろう。それで大丈夫なのか。

いつのまにか秋田県に入ってたけど、なにか景色ががらっと変わったわけでもない。住所って考えれば考えるほど不思議だ。土地に線は引か れてない。でも歩いていると住所はどんどん変わる。いま自分の住民票は香川県高松市松福町となっているけど、その言葉の並びが指すもの はなんだろう。それは土地から沸き上がるようにして生まれたものじゃなくて、この社会の装置をまわすために便宜的に割り当てられただけ なので例えば「六本木」とか「銀座」っていう言葉が指すものはその土地そのものじゃないんだろう。うまく書けないけど、この生活をして ると住所って呼ばれるものが宙に浮いた頼りないものに見えてくる。それは歌でいうタイトルみたいなもんだ。他と区別するためにつけられ る。土地の持つ歌は、タイトルとは別のところにある。

8時半ごろ七滝温泉を出る。大館まで向かう。25キロくらい。アスファルトの上で干涸びて錆びた針金みたいになったミミズの死体をたく さんみた。やるせない気持ちになる。今日は路上で色んな人に出会った。まず看板屋さんの前を通った時に声をかけられて、コーヒーをごち そうしてもらった。スタッフが3人いて社長はギターで弾き語りをする人らしく、そのライブのポスターが事務所内に何枚も貼られている。 いい感じの看板屋さん。
あと
「えーっええーっ。考えられねえ。考えられねえ。」
って何度も驚く特徴的なおじさんに会った。「もうすぐここらはお祭りの季節になる」って話を聞かせてもらう。でっかいねぶたが出る祭が 能代であるらしい。
それとママチャリで埼玉県八潮市から北海道まで漕いでる「しゅうちゃん」っていうおじちゃんにも会った。この人はや ばい。下駄を履いて、錆び付いたママチャリに乗ってた。荷物も多くなくて、ちょっと近所のコンビニまでって感じのノリでバイパスを走っ てた。出発して2週間くらい経ってるらしい。いろんな人がいるなあ。

大館に着いたら新聞記者さんが話しかけてきた。もう5時半を過ぎていたので、僕はけっこう焦っていて 「いま敷地を探してるんです!」 って感じで相談にのってもらった。ゼロダテというアートセンターがあることを知っていたのでそこにも行ってみた
「あのちょっと相談があるんですが、僕は、、」
と言ったところで
「あ、家を担いでる人ですよね」
と返ってきた。その言い方は「家を担いで生きる」というライフスタイルが普通であるかのようだった。こっちが動揺してしまった。すご い。さすがアートセンターは一般化が早いな。
記者さんとも一緒に考えて、近くにあるお寺がいいだろうとのことなのでそこに行って交渉してみたら、快諾してくれた。よかったよかっ た。で、晩ご飯をゼロダテで教えてもらった「米田食堂」というところで食べたんだけど、ここがすっごくいい感じ。かっぽうぎ姿のおばち ゃんが一人でやってる(たぶん米田さんっていうんだろうな)ちいさな食堂。400円の「納豆定職」を頼んだら、ご飯と納豆とみそ汁の他 に6種類のおかずがついてきた。「たくさんおかずがあるなあ」って思ってたらおばちゃんは微笑みながら
「食べなさい」
って言った。いいなあ。このおばちゃんの家がそのまま自然に店になったような感じだ。
客は僕の他に2人おじちゃんがいて、彼らは集団的 自衛権の問題について言い合っていた。それがエスカレートしてきて話す声が大きくなってくると、調理場にいるおばちゃんが「まあまあ」 って感じでなだめている。おじちゃんたちはおばちゃんのことを「おかあさん」と呼んでいる。ほんといい場所だな。

夜、お墓のそばで寝るのはちょっと怖いなあと思いつつ横になる。いつもはこんなこと思わないのにな。でも横になって天井を見上げたら「ここは自分で作った空間だ」という気持ちになってわくわくする。それで怖さが飛ぶ。

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朝というか昨晩からずーっとじめじめしていて、いまにも雨が降りそう。東京は昨日梅雨が明けたらしいけれどこっちはまだぐずぐずしている。
朝、家の中でごろごろしていたら人が近づいてくる音がしてうちの窓を開けようとするので(というか鍵がしまってるのに、無理矢理こじあけよう としてきた)
「はい」
と言ってドアをあけて見たら男の人がタバコを吸ってた。無表情にこっちを見てきた。
「どうもー」
と言ったけど、返事は返ってこなかった。そして去っていった。ああそういう感じね~って思いながらドアを閉めた。

11時頃にホテル鹿角を出発。出発時刻が遅くなったので長距離を歩く気にもならず、ここから6キロくらい西の鹿角市街地で一晩過ごそうと思っ た。歩いてたら雨が降ってきて、こんな日はゆっくり本でも読みたいなあと思いながら歩く。昨日のこともあり、なんとなく憂鬱モードになって る。でも昨晩の同い年の友人との出会いはとっても大きかった。また会いに来たい。 中華レストランでお昼ご飯を食べて、1時くらいにはもう市街地に着いてた。さっそく敷地の交渉をしようと思うのだけど、昨日を引きずってしまってお寺に行く気にならない。どこからあたればいいか思いつかず、とりあえずまた温泉に行こうと思って、七滝温泉という所に行った。行ったら 駐車場の一角に東屋があって、そこにテントが2つ張ってあった。先客がいる。管理人のおじちゃんに話してみたら、ここは小さなキャンプ場(本 来はキャンピングカー向け)も兼ねていて、一人500円かかるらしい。管理人は
「みんなから取って、一人から取らないってわけにいかねえからなあ」
って言ってた。なので500円払った。
テントの家主はバイクで旅をしている男性2人組。前に岩手のキャンプ場でもバイク旅中の人にあったけ ど、なんかあんまり話をする気にならなかった。彼らも僕の話は聞きたがらなかった。不思議。ここでもそうだ。その二人は二人だけで旅をして おり、世界は二人で完結しているように見えた。ぴかぴかのバイクに乗ってた。キャンプ用のバーナーとか金属の食器とかも持ってた。

七滝の湯は低めの湯温で、白く濁った茶色。「硫酸塩泉」って書いてある。ここのお湯も体に馴染む感じで気持ちよかった。温度が低いのがいい。 ほんと温泉ばっかり入ってるな。
露天風呂があったんだけどそこに
「ここは露天風呂です
虫となかよくしましょう
タヌキやカモシカとなかよくしましょう
木の葉となかよくしましょう
へっぴり虫に注意しましょう」
と書いてあって、二匹のタヌキが背中を流しあってるイラスト付きの看板がある。前にも同じような看板をみたことあるような気がするな。「なかよくしましょう」ってのがいい。要するに「ここは露天風呂なんだから、他にも生き物がいますよ」ってことだ。 同じ土地で生きてるんだから仲良くしましょうってことだ。
へっぴり虫って何かと思って調べたら、あの肛門から超高温のガスを噴出する虫のことだった。図鑑でしか見たことない。
さあ明日はがんばって大館までいこう。雨がやむといいな。

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朝9時半頃にバックパッカーズを出発。おにぎりを持たせてくれた。次の大湯温泉という町まで26キロ。そこまでずっと山道だった。「熊出没注意」って書いてある看板が 至る所に掲げられている。おそろしい顔した熊が襲いかかってきてるイラスト付き。熊は本当にこわいから、買った鈴を手でならしながら歩いた。途中、スズメバチの死骸を たくさん見た。スズメバチは死んでも威厳を失わない。
夕方5時前に大湯温泉に着く。ここで久々に打ちのめされそうになった。山あいにあるからなのか、町に入った時からなんとなく閉鎖的な雰囲気は感じてた。
まず敷地を確保しないといけないと思い、まずは町に4ヶ所くらいある共同浴場のうちのひとつに行って、いったん家を駐車場に置いて、中に入って交渉してみた。そうしたら
「自分はここの責任者じゃないからなんとも言えない。もう少し歩くと支所があるからにそこに行ってみたら一番良い。外にトイレもあるし。」
ということなので、家を持って出発しようと思ったらこの浴場の管理者を名乗るおじさんが通りかかって僕の家を指差し
「あんた。なんだこれは。誰の許可でここに置いてるんだ」
と言われる。「あー、このパターンかあ」と思って
「すぐどかします」
と言ってすぐに去った。ここは交渉しても駄目だろう。久々に言われたな。で、支所に行って話してみたらこっちでもまたあからさまに不審そうな顔をされて
「ここは公共施設だから無理ですよ。セキュリティの問題もあるし」
と言われた。まあ予想はしてた。「公共施設だから無理」っていう理屈は意味がわからないし、「セキュリティの問題」ってのもただの建前なんだろうなと思いつつ
「近くに寺か神社はありますか?」
と聞いたらひとつ教えてくれた。役所にいた二人のうちの一人は話しているうちにすこし協力的になってくれて、地図を見ながら
「あとは、向いの建設会社さんとか、ここのコーヒー屋さんとかは駐車場はあります。大丈夫かどうかわかりませんが。」
とのこと。こういう時に役所で個人の会社や店の名前が出てくるのは良いな。で、まずはお寺に向かう。お寺に着いて家を置いて声をかけても誰もいなくて、しばらく近くを探してみたけど人影が 見当たらなかったので、諦めてまた家を担いで出て行こうと思ったら車が入ってきた。車に停まってもらって開いた窓ごしに
「すいません。お寺の住職さんですか?」
と聞いてみる。相手は車の中からこっちをみているんだけど返事がない。ん?聞こえてないのか?と思ってもう一回同じことを聞いてみる。 それでも返事がない。もう一回聞いてみたら
「はい」
と返事が返ってきた。ああ聞こえてなかったんじゃなくて不審がっていたのかってそのときにわかった。その人はいったん車から降りてくれたんだけど、事情を説明しはじめ ると、話も半分のところで
「ごくろうさまです」
と言って背を向けて車に乗り込んだ。敷地の交渉をしてみたら
「いや、そういうのはちょっと」
という答え、というか「呟き」に近い。なんていうか「これは人間扱いされていないな」と思って、これ以上いたら通報されると思ったのでそそくさと出て行った。そしてこのとき「会社で営業やってる人って大変だなー」と思った。今日は調子悪いなあと思いながらも、もう6時近くなっていたので落ち込んでいる暇がない。どんどん次に行かな いと。でも「こんな町二度と来るか」って何度も何度も思いながら歩いていた。今思うと、岩手や宮城や福島など、津波でダメージをうけた地域は、外から人がたくさん入っ てるのもあって、心がオープンになってる人が多かったかも。港町ってのもあるんだろうけど。
歩いてたら道でおばちゃんに話しかけられた。事情を説明して
「敷地を探してるんですよー」
って話をしたら
「まあかわいそう」
となって、どっかないかしらねえって考えてくれた。そしたらどこからともなく人がたくさん集まってきた
「大丈夫かそいつ。クルクルパーじゃねえのか」
って声も聞こえる。そういうのはもう慣れた。うち一人が
「すぐそこに温泉施設があるからそこ行ってみたらどうだ」
って教えてくれたので、行ったら「ゆとりランド」という入浴施設がある。フロントで話してみたら 「ここは隣のホテルが経営している場所なので、そちらで聞いていただけますか?」 と言われる。ああホテルかー、じゃあ無理だろうな宿泊施設だし。と思いつつ、そのホテルのフロントに行ってみたら、そこの支配人が待っていてくれた 「このホテルの支配人です。どういったご用件でしょうか」 と言って名刺までくれた。「人間扱いされてる!」と思って嬉しくなって勢い良く事情を説明してみたらその人は「くくくっ」て笑いながら
「いいですよ。面白いですね」
と言ってくれた。ホテル鹿角!ここはホテル鹿角。3度失敗した後だけに、嬉しすぎた。というわけで今日はその敷地内を一晩借りることに。
「ゆとりランド」で風呂入って出てきたら知らない人からメールが来ていた。この町に住んでる者で、村上さんに興味が湧いたからぜひお会いしたいとのこと。その人にホテ ルまで来てもらってすこし話し込んだ。なんと同い年だった。東京の大学を中退してそのままふらふらしてたら、ガソリンスタンドをやってる親から呼び出されたらしい。
僕の話を聞きながら「それはいい人あたったなあ」とか「それは良い場所みつけたなあ」っていうふうに、こっちの気持ちになって同意の相づちを打ってくれるのが印象的。
「じゃあ当面はガソリンスタンドで働く感じ?」
って聞いてみたら
「うーん。一生終えるね」
との答え。かっこいい。ここに、ガソリンスタンドを生業にしていく覚悟を決めた同い年の人がいる。すごいことだ。
「このへんでは外から来た人がいると「あいつはどこのやつなんだ」って感じでまずは見られる。そしてどこの者かが人づてにわかってきたら「じゃあ大丈夫」ってなる。気 にしない人は気にしないけどね」
と話してくれた。

「楽しそうだね」って言われるたびに、自分はやらなくちゃいけないと思うことをやってるだけで、それは楽しくもなんともないって思ってた。だけど今はすこし違う感じ。僕はこの活動を「やらなくちゃいけない仕事」と思ってやってるんだけど、「それを楽しむ自分」はそれとは別にあっていいんだって思えるようになってきた。前に養老孟司さんが「やらなくちゃいけない事をやりたい事に変えていくってのが仕事には必要だ」って何かで話してる映像を見たけど、その意味がわかってきた。つまり一周まわって楽しいと感じる瞬間がある。『敷地借りないといけない』とか『どこかで充電しないといけない』とか『次の町までの距離を考えると~時までには出発しないといけない』とか『絵を描かないといけない』とか『~しないといけない』の連続なんだけど、そういうことをクリアしていくのはもしかしたら楽しいことなのかもしれない。サバイバルゲームだと思ってやるといい。

 

昨日は久々にネットが使えて電源もある夜だったから、夜中までyoutubeサーフィンしてた。カールハイドがめちゃ好きになった。佇まいがほんと天才みたいだ。天才っているんだなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=JkushEk_JCA

そのせいで今朝は寝坊した。次の町まで23キロくらいあるし(つまり朝10時くらいまでには出ないとまずい)、昨日描き始めた絵もまだまだ時間がかかりそうだったから、ここにもう一泊することにした。今度はテント1つぶんのお金を払って、外の自分の家で寝る。で今日はほぼ1日中絵を描いてた。

「次の町まで23キロくらいあるから今日は無理」って面白い状況だな。江戸時代みたいだ。

 

夕方になると昨日までの祭りの賑わいが嘘みたいになった。全然人がいない。1時間に車が2台と人が3人通るくらい。まだ今日まで休みなのに。焼山もそうだったけどこのあたりも本当にさみしい。たくさんの大きなホテルがつぶれて廃墟になってる。若い人が流出してるとか高齢化が進んでるとか観光客が減ってるとか、そもそも人口が減ってるとかいろいろ原因はあるんだろうけど。どう考えても、これからこういう町は増えていくんだろうな。日本の未来を見てるみたいだ。前に瀬戸内海の女木島に行ったときにも思ったことだ。東京にいるとわかりにくいけど。この圧倒的な数の空き家と廃墟を見てると、いよいよヤバいとこまで来てるってのがよくわかる。「十和田湖国立公園」と書かれた集合写真用のひな壇が置いてあったので、そこで一人で写真を撮った。

 

絵を2枚仕上げたあと十和田湖を散歩した。もう日は沈んで暗くなりはじめている。十和田湖の水は本当に青い色をしている。今日は風がないので波もたっていない。あたりはとても静か。巨大な水の塊がすぐそこにあるのに。音が全然しないってのは不思議な気持ちになる。本当に見とれてしまうくらい奇麗だった。十和田湖は紅葉も有名だけど、そういうカラフルで賑やかな景色よりもこういう全体に青っぽい感じの方がたぶん好きだ。また来たいな。

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朝7時ごろ起きると、もうグリランドは動き出してた。早くて8時から遊覧船を出している。3連休の中日で天気は少し悪いけどやっぱり繁忙期らしくもうお客さんがいた。ここに僕がいることがもう自然のことのようになってる。馴染んでいる。そういう場所なんだここは。海の家にいるような感覚。こういう場所は好きだ。契約書とかの間柄じゃなくて、人が自然に一緒になって仕事をしてる。一昨年初めて来て、去年から手伝ってる人が

「ここには固定メンバーがいない」

って言ってた。その人は一昨年ここのボートに初めて乗って感動してから、船舶免許をとって手伝うようになったらしい。同じように船舶免許とったばかりの人(いつもは看護師をやってるらしい)がもう一人いる。

昨日花火大会で「予算がとても厳しい状況」っていう切実なアナウンスがありましたって話をしたら、昨日アイヌの事を話してくれた人が、「今まで青森観光といえば八戸で降りてレンタカー借りてそこから人が散ってたんだけど、今では八戸から青森まで新幹線が延伸した影響で青森で降りちゃうから十和田の方まで人がまわってこないっていうのは大きいと思う」って言ってた。

日中は暇だったのでボートを絵を描いて、ロゴみたいなのをつくってプレゼントしたりした。で、夕方にグリランドを出発。4キロ西にある「休屋」っていうまちに向かう。面白い地名だ。十和田神社にお参りする人がそこで休んでいったから名付けられたらしい。

グリランドのオーナーから「十和田湖バックパッカーズ」っていう宿があってそこならテント張らしてくれるって教えてもらっていた。「バックパッカーズ」というぐらいだから、勝手に40~50代くらいの濃い顔をした旅人っぽい人がオーナーやってると思ってたら、結構な年のおじいちゃんがでてきて意表をつかれた。

「テント張れる場所があるって聞いたんですが」

って話したらすぐに

「ああ、新聞で見たよ。いいよがんばってるよ」

と言って、お金要らないからうち泊まっていけよって言ってくれた。おお。新聞すごい。そういえば今日河北新報と東奥日報に記事が載ったらしい。部屋を1つ貸してくれた。そこはwifiが使えてすごく良かったのだけど、変なパスワードで面白かった。

夜出かけようとしたらなんと受付がそのまま茶の間になってて、小さい子供からおじいちゃんまでがテレビを見ながらご飯を食べていて驚いた。3世帯家族っぽい。金麦がテーブルに置いてあった。うらやましい家庭だなーと思った。こういうところで旅人とふれあいながら育ったら良い社会性が身に付きそうだな。

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雨の予報だったけど、午前中は天気がもつらしい。今日も遊覧船に便乗させてもらった。
十和田湖には「イトムカ」と呼ばれる入り江がある。とっても奇麗な入り江で、水が青く透き通っていて日の光を受けた木々の葉と、入り江全体の空気が なんとなく白く輝いている場所。「イトムカ」はアイヌ語で「光り輝く水」という意味らしい。アイヌ語の地名が残ってるのかと思って聞いてみたら、そ もそもアイヌ民族は関東以北の地域には住んでいた先住民で、皇族を含めた大陸からの渡来人である人たちが日本に入った時に北に北に追いやったという 説がある。だから北海道だけじゃなくて東北地方にもアイヌ語の地名は残ってる。って話を聞いた。
で調べてみると、なんと「十和田湖」も「ト(湖)•ワタ ラ(崖)」というアイヌ語に由来してるらしい。知らなかった。アイヌは工芸品がすごい。グリランドの事務所に置いてあった本に載ってるアイヌの工芸 品がどれもかっこいい。。

今日もここに滞在する事にした。午後になると雷鳴が聞こえてきて天気が今にも崩れそう。オーナーが本業で使う雪上車を描いてプレゼントした。夕方、 事務所の前でなんか合コンぽい感じのバーベキューが行われていた。ここはいろんな事が起こるな。まずはどこからともなく都会風な女子達が5,6人やっ てきた。何人かはオーナーとも知り合いらしい。そのあとまたどこからともなく男性達が5,6人やってきた。こっちはみんな自衛隊員らしい。つけてい る時計がディーゼルとかオメガとかのだった。全員手書きの名札をぶらさげていた。お酒がまわってきたころには、男二人がみんなの前で懸垂を何回でき るか勝負したりしていた。みんな楽しそうだ。良いな。僕はどうも会話にうまく混ざれないけれど。

夜は自転車を借りて休屋という地域まで行って花火大会を見にいった。結構な数の人が湖に集まってた。開始前のアナウンスで
「今年で第49回となりました十和田湖水祭。予算が大変厳しい状況ですが、たくさんの地元の企業様からの協賛金によって今年もなんとか花火を打ち上 げる事ができます…」
と言ってた。「やたら切実なアナウンスだなあ」と思った。がんばれ。やっぱり焼山だけじゃなくてこのあたりも人が減ってるんだろう。花火は湖上から あげる強みを生かしていて奇麗だったけど、それ以上に見物人が多すぎず少なすぎず、そのためかそれぞれの個性がよくあらわれていて面白かった。僕のそばには2組の客がいて、1組は小学生ぐらいの子供を連れたお父さんでその子供のトークがマシンガンだった
「風がないからなあ煙が残っちゃうんだね。風があればどんどんあがるんだろうなあ。あ、今の花火って形変えられるからね。風がないから煙がなくなる の待たなくちゃいけないんだろうね。あ、これはずいぶん高いなあ。あ、上と下で同時に上がるやつだ。休むねえ。あ、いいねえ星みたいな感じが。星出 てないのに星みたいな感じが花火で。こういうとこの花火は今日500発、明日500発で1000発ぐらいでしょ。」
て感じでずーっと喋りっぱなしだった。しかも言う事がいちいち断定的で聞いてて面白すぎる。 もう1組はカメラを持った2人組で、1人はうまく撮ってたけどもう1人が毎度毎度フラッシュを焚いて撮るので目がちかちかした。その人は「撮れない わあ」って言ってた。そりゃあそうだろ。
で、帰り自転車で来た道を戻ったんだけどもう真っ暗だ。外灯がないからほとんど何も見えない。道路の両サイドはめちゃ深い森。夜って暗いんだなあ。 かろうじて道路の白線と、曇り空と森の境界線がみえるぐらい。で、ときどき車が通って道をパアーって照らしながら去っていく。そのイメージを頭に刻 み付けてその記憶の中を走る。そんな時に通るトンネルの光がとってもあったかい。トンネル嫌いだったのに。暗いとき光に集まるのは人も虫も変わんないな。

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朝、焼山から十和田湖の方へ出発した。途中10キロ以上に渡ってとっても奇麗な森と川にそった道路が続く。これが奥入瀬渓谷。平日なのに見物客がたく さんいた。皮を剥いたキウイとパンとすももをもらった、あと渓谷の視察に来ていた東京都あきる野市の市議会議員さんと知り合っておにぎりをもらっ た。「何やってるんですか?」という挨拶が依然多いけど「お会いしたかったんです」という挨拶が増えてきてるのが面白い。
奥入瀬は本当に奇麗な渓谷で、恋人とか家族とウォーキングしたらとっても楽しそうだ。そこをタイマーズの原発賛成音頭を繰り返し聞きながら歩いた。そ ういえば青森には六ヶ所村の再処理工場があったな。こんな奇麗な渓谷があるのにな。中国人夫婦の観光客に「ハロー」って声をかけられた。「ハロー」 って言ってそうな大きな葉っぱの草にも会った。歩いていると一瞬一瞬がハローグッバイだな。人も草も虫も。
で夕方、宇樽部(うたるべ)ってところについて路上で休んでたら十和田湖で遊覧船等をやってる「GURILAND」って店の人に声をかけられて「うち一晩 置いていいよ」となり、今日の敷地が決まった。よかった。
「4時からボート出るからそれ乗ればいいよ」
といわれ、遊覧船に乗る事に。おお、ラッキー。十和田湖は火山活動でできたカルデラ湖で、海抜400メ ートルの高さにあるのに、深さが390メートルくらいあるらしい。すごいな。青森県の真ん中にあるのに。遊覧船は10人くらい乗れるゴムボートで、す っごい速かった。
後ろに座ってたカップルの女の人が
「まつげ飛ぶ!まつげ飛ぶんだけどー!」 って叫んでたのがよかった。他に静岡から12時間くらいかけて車で来た3世代の5人家族がいた。明日から3連休だから家族旅行に来たんだろうな。

GURILANDのオーナーがすっごい良い感じだ。地面にハチの巣が落ちてて、そこに蟻が群がっていた。巣の中にはハチの幼虫がたくさんいる。オーナーに 聞いてみたら
「スズメバチが巣作ってたから、落としたんですよ。そしたら蟻が集ってきて、いやー残酷だなー」 「でもさっきのお客さんが踏んじゃったんですよー。踏んじゃったんだよなー」
ってすこし早口で話してくれた。

夜はバーベキューに混ぜてもらった。オーナーの他に人が3人いて
「みなさん従業員ですか?」
って聞いたら
「いや…。なんだろうね。考えてみれば従業員ってのは一人もいないね」
という。みんな関東だったり東北だったりいろんなところからオーナーを慕って集まってくるみたい。それぞれ自分の仕事をもっているんだけど、この十和 田でオーナーの仕事を手伝いに来てたり遊びにきてたりする。
他にキヨシさんって呼ばれてる人も良い。何もしてないのが落ち着かないらしく、ちょっと食べたり飲んだりしたら、船のエンジンをいじりにいったり草刈りをしたりクワガタをとりに行ったりする。楽しい。
この時期は毎年こういう感じになるらしい。毎日バーベキューをやって、近くのキャンプ場に 向かう途中のバックパッカーやらライダーやらを呼びとめてバーベキューをするらしい。ユーラシア大陸を横断途中の旅人とか。 「こんな田舎だけどけっこう世界中から来る」 って言ってた。すごい交差点だな。素晴らしいな。オーナーも冬に本業があって、夏は時間があるから遊覧船やったり熱気球あげたりヘリコプターを飛ばし たりいろいろしてるみたい。 なんとなく、昔国分寺にあったハンバーグ屋さんのオーナーを思い出した。あの人もいま新潟の山奥でハンバーグ屋さんをやってるはず。オープンの前に手 伝いに行った事がある。あそこでもオーナーを手伝いにいろんな人が集まってた。とてもいい。

住民票と戸籍の住所表記を消すかあるいは「日本国」止まりにできたら良いな。住民税とか健康保険とかいろいろ面倒なことはありそうだけど。難しいだ
ろうけど前例を作れたら後でもっと面白いことがおこりそうだ。ちょっと調べないと。

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家の絵を描いていて気がついた。僕は家の外観だけを描いているけど、有名な古民家とか外面を意識したような家を描く気にはあんまりなれない。それは作為的につくられていない家の外観が面白いからだ。窓とか通気口とか換気扇とかエアコンの室外機とか物置とかそういう「家の外壁側にあるもの」って、家が外からどう見えるかで位置が決まるんじゃなくて、家の中をどういう間取りにしたいかっていうところから決まる。それが表にあらわれるんだ。「中をどうしたいか」っていうのがそのまま「外からの見た目」になる。つまり家の顔になってしまうってすごく面白い。その配置はつくろうとしてもなかなかできるものじゃない。そういう目で自分の絵を見返してみると、どれも違って飽きない。

観光案内所まわりをそうじしてたおじさんから、今週末十和田湖で花火大会があることを教わった。それは行くしかない。ということで時間を稼ぐためにもう1日ここにいることにした。車かバイクが無いとどこにもいけない。近くの道の駅にある林檎ソフトクリームが美味しいって友達が教えてくれたけど、そこまで10キロくらいある。なのでずっと寝ていた。なのでちょっと散歩したあと夕方まで足湯のそばのベンチで寝てた。

お腹がすいたから、ここらで唯一の飯屋の上高地というお店に行った。お店には近所のおばちゃんとお店のおばちゃんが話し込んでいた。近所のおばちゃんは

「1日経つのがあっというまねえ」

って言って店を出て行った。同感。そこで十和田名物らしい豚バラ丼を食べる。店のおばちゃんから、いまはだいぶ人が減っちゃったけど昔はとっても賑やかな町だったという話を聞く。この店の前の通りがどうやらメインストリートらしく、昔は飲み屋が17軒くらいずらっと並んでいたらしい。いまは1軒しかない。観光シーズンになると忙しくなるけど、昔に比べたらだいぶ減ったという

「それって何でですかね?」

って聞いたら

「なんでだろうねえ。昔は交通の便が悪かったから、青森市の方に行くにも十和田湖のあたりで一泊って人が多かったんだけど、新幹線とかできて便利になったから。いっぺんに青森まで行けちゃうからね。そういうのがあるかもしれないねえ」

って言ってた。そうかまたこの問題につながってくるのか。あたりまえだけど、駅が出来ると駅以外のところを見ることがなくなる。駅をつくるってのはある意味で暴力だな。「目的地だけ目指してより速く」ってつまんないのにな。それじゃ頭で思いついたところしか行けないのにな。

店を出る時におばちゃんが

「野菜あんまり食べられないでしょう」

って言って、大きなトマト二つとお菓子をくれた。嬉しい。また来たい。それまでお店やっててほしいな。

昨晩遅くに若い男女のグループがやってきて、ドアを開けようとしたり(人が入ってると思わなかったらしい)写真を撮ったりしてきて目が覚めてしまったので、今日はちょっと家を動かして寝る。近くにATMが無いのでお金がおろせず、いま所持金が300円しかない。

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滞在した場所を出発するとき「もうお帰りですか?」って聞かれることが多い。「帰る」ってのは「行く」が無いと成立しないんだな。僕は拠点と一緒に動いてるから、行くも帰るもないんだ。「どこまで行くんですか?」って聞かれた時に答えに困るのはそのせいだな。動きつづけるには周ればいいって前にも書いた。何周も何周もまわりつづける。そうすると遠くへ行ける。それが徒歩で、いくらスピードが遅くて路上では何万台もの車に抜かれても、周り続けているものを出し抜くことはできない。幼いころ、茶の間のコタツのまわりをぐるぐると走るのが好きだった。そうすると、自分はずっと同じ部屋にいるのにどんどん景色が変わっていく気がした、上に上に昇っていくような気がした。その場を離れていけるような気がした。その延長でいま日本の本州を周ってるようなもんだ。その場が窮屈なときはぐるぐるとまわればいい。

十和田市の町中を出発して、十和田湖方面へ向かう。一気に十和田湖まではいけないから焼山というところまで行くといいよって、写真屋さんが教えてくれた。20キロくらい。今日は気温は低いけど湿度が高い。空気が霧っぽい。途中に「奥瀬歩道橋」って書かれた歩道橋があった。その歩道橋のまわりはほとんど歩行者がいなくて、車もそんなたくさん走ってる訳じゃないから普通に車道も横断できる。でもその歩道橋はとても堂々と建っていて感激したほどで、がんばれよって思った。

歩いてたらなんと種差海岸の方で会った河北新報の新聞記者さんに偶然会った。釣りにきていたらしい。奥入瀬川のこの辺りは魚影が濃くて、イワナとヤマメが15匹くらいフライで釣れたらしい。新聞掲載は20日になるとのこと。

 

夕方5時過ぎに焼山というところにつく。このあたりは「奥入瀬渓流」って呼ばれていて温泉観光地なんだけど、平日ってのもあるのかひと気が全然ない。ホテルとか民宿がつぶれて廃墟になってるのもたくさんあって、道が植物で塞がれているところに出くわした時はぞっとした。昔はとても賑わったんだろうな。観光案内所を見つけたのでそこで事情を説明したら、すぐ近くにテントを張ってもいいスペースがあるからそこで良ければ、とのこと。今日の敷地が決まった。しかも24時間無料の足湯付き。

お風呂に入ろうと思い、日帰り入浴できるというホテルに行ってみたら、そこもやってるんだかやってないんだかわからない感じのホテルで、エントランス部分は電気がついてない。でもパンフレットには「日帰り入浴19時まで可」って書いてあるからちょっと勇気を出してドアを開けてみたら、受付のところに幼い女の子が一人で座っていた。ぞっとした。暗くてなんとなく寂れつつあるけど勇気を出して入ったホテルの受付に5,6歳くらいの女の子が一人で座っていたらぞっとするよ。

「あ、なんか違う世界の方に入っちゃったかな」

と思った。そしたら女の子が「誰か来たー」って叫びながら奥の方に消えていった。ちゃんと人間らしい。よかった。そしたら奥の方から「え?」っていう女の人の声が聞こえた。それは心から意表をつかれたような「え?」だった。そんなびっくりしなくてもいいじゃないか。奥から女の人が出てきたから

「日帰り入浴できますか?」

って聞いた。そしたら女性は3秒くらい間をおいて

「あ、どうぞ」

と答えた。よっぽど珍しい客らしい。でも温泉は素晴らしかった。露天風呂もあって川の音と鳥の声が聞こえる。ていうか4日連続で違う温泉に入っているな。お風呂からあがって、観光案内所の人からもらったとても大きなサラミを食べながら駐車場で一人で宴会した。どんどん暗くなっていく。街灯もほとんどないので、完全に日が落ちたら真っ暗になりそう。今日は曇っているけど晴れた日は星がすっごく奇麗なんだろうな。

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夏だから北の方が涼しいと思って北上しているって話をすると、だいたいどこに行っても

「いや、とはいってもこっちも暑いよ〜」

という反応が返ってくる。そりゃそうだ。その土地で1年暮らしていたら夏は暑く感じる。沖縄の人が冬にマフラーを巻くのと同じだ。むかし冬に沖縄行ったとき僕はかなり薄着で飛行機を降りたんだけど、現地の人達はマフラー巻いてた。面白いな。暑さとか寒さって相対的なものでしかないんだな。

昨日の夜、十和田市で写真屋さんをやってるという人が訪ねてきた。森ランドのお母さんの知り合いらしい。今日はまずその写真屋さんを目指す。ここから8キロくらい。森ランドのお母さんもとっても親切にしてくれた。また来ないとな。途中、家の軒先で洗濯機の蓋を取り外して丁寧に洗ってる女の人を見た。ゴム手袋をつけて洗剤をスプレーで吹き付けてとても丁寧に洗っていた。なんとなく良い光景。

2時間くらい歩いて写真屋さんに着く。で、その隣の家の人が庭に僕の家を置かせてくれることになった。よかったなあ。最近は「敷地早く決まってよかった〜」という感じじゃなくて「敷地早く決まってよかったなあお前」と家に向かっていう感じになっている。自分の力で動けないもうひとつの生物と一緒に行動してるような気持ちになっている。

ラーメン屋でお昼を食べて(十和田はラーメンの激戦区らしく、たくさん店があった)十和田市現代美術館に行ってみた。十和田もやっぱり商店街が錆びついてきてる。シャッター街になりつつあるというか。けっこうやばい。あとで聞いたけどお店をやるにも家賃が高いらしい。それと、まちのあちこちに馬のモチーフがある。彫刻とか道路のタイルとか。馬の産地だったらしい。

美術館は、ロンミュエクのスタンディングウーマンって作品がもう圧倒的だったな。展示を見てたら美術館のコンシェルジュという係の人が僕の家を見てちょっと話を聞きたいというのでちょっと話した。やっぱり話すと自分でも整理されて良い。

「津波で家が流されてる映像をみてショックだった。あれは家というよりも生活が、その家主がそれまで蓄えてきた人間関係とかお金とかキャリアとかそういう事が流されていく映像だった。生活は家の壁にはり付いてると思うんですよ。壁に何か貼ったりぶら下げたり、タンスとか机を壁ぎわに置いたりするでしょ」

っていう言葉が口をついて出てきた。最後に「貴重なお話ありがとうございました」って言われてさみしい。「お話」になっちゃうんだな。まあそういうもんなんだろうけれど。。まだまだこの感じを切実に伝えられてないんだ。

夕方ちょっと写真屋さんとお話する。なんだかんだ創業100年以上たってるお店らしい。小さい頃から店番をしていて、将来この写真屋を継ぐことに対して疑問がわかなかったという。良いな。いま写真業界は本当に大変そうだ。みんなカメラもってるし現像も家でできるし。技術はカメラがやってくれるから、写真のお店をやるためにはセンスだって言ってた。

夜に散歩していて、1人で賑やかだった。他から見たら僕は一人なんだろうけど、もう一人の何かが自分の中に生まれる瞬間がある。自分が自分の話し相手になる瞬間が本当にある。そしたら、なんとなくもう何があっても大丈夫だって思える。それは自分の殻に閉じこもるとかそういう感覚とは違う。自分以外の全ての他人が、もう一人の何かとして自分の中にあらわれる。そしてそれには音楽が欠かせないんだ。そうだ何度も言ってるけど、これは僕自身の問題なんだ。他からどう見えるとかそういう問題じゃない。社会実現とか評価を得るとかそういう事じゃない。この移動生活が普通の事に僕自身が思えたとき、「自分が移動生活をしてるんじゃなくて、他の人が移動生活をしてない人たちなんだ」って思えたとき、すっごく面白い景色が見える気がする。逆転する形勢は、自分の外ではなくて中にある。忘れないようにしないと。

さっきまた出かけて夜の田んぼ道で一人で踊ってきた。最近クラブとかライブハウスとかで踊ってないなあって思ってたけど、一人でイヤホン付けて 踊ればいいんだ。人目が気にならないスペースがあれば踊れる。高校とか大学に電車で通ってた時、毎日窓の外を見ながら音楽を聞いていた。本を読 んだりもしてたけど、電車内では外を見ながら音楽を聴くのが一番落ち着いた。いま考えるとあれはとても自然なことだったんだ。あれは移動にリズ ムをつけていたんだきっと。

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批判ができない。何かおかしいと思う事があって、それに対して批判を浴びせたいんだけどそれに携わってる個人の顔を思い浮かべたとたんに批判ができなく なる。好きか嫌いかは言えるけれど批判ができない。その人が幸せなら、それで一生懸命やってるんだったらそれでいいんじゃないかって思ってしまう。自分 が当事者になって、戦わなくちゃいけない時はあるんだろうけど。いくら怒り狂っていても批判ができないからそのエネルギーは不完全燃焼のような状態にな る。いつか批判というものを一回くらいしてみたい。そのためにはなにか確信のようなものがいるんだろうな。自分のロジックに狂いがないように精査していく必要 があるんだろうな。

https://m.youtube.com/watch?v=ZRXGsPBUV5g&app=m&persist_app=1

今日は家を置いてたくさん歩いてみた。歩くことは踊ることだってわかった。土地と踊ることだ。ローリングストーンズのsympathy for the devilをイヤホン で聞きながら昨日歩いた道をずーっと引き返してみた。歩くリズムにぴったりで体が勝手に踊りだす。車はたくさん走っていたけれど歩行者は僕の他に一人も いなかった。ミックが「シェケナベイベー カモンッ」って言ってた。シェケナベイベーだよ!ほんと。心の底からのシェケナベイベーを今まで一度でも聞いた 事があるか。
歩きながらツガイのトンボがひらひらっといい感じで足下をすり抜けたりするし、カラスが田んぼからじっとこっちを見てたりするし、木陰に入るごとに涼し い風が吹いたりするんだ。そうやってリズムをつくって歩いていると、僕を抜かしていく車なんかよりもずっとずっと遠くに行けそうな気がする。ヘンリーデ ビットソローの言葉で「誰にも出し抜かれない生き方がある。それは歩くことだ」ってのがある。最高に幸せな時間だ。車にのって平行移動してたら到底味わ えない。トトロのさんぽって歌があったな。ピクニックって歌もあったな。フランシスアリスの素晴らしい作品があったな。全部同じことを言ってるよ。歩く 事は歩いている土地と、歩いた距離を体に刻み付けていくことなんだ。
プラスチックの小さなスプーンが落ちてるところを過ぎて、軍手が落ちてるところを過 ぎて、アスファルトの小さな隙間に草がびっしり生えてるのを眺めながら、時々何かの死体が落ちてたり顔が蜘蛛の糸にかかったり。見たことない虫が歩いて たりもする。どんどん遠くにいける。土がアスファルトに覆われてしまったことを嘆く必要はないのだ。アスファルトの上で踊れればそれでいい。トラックに 石をぶつけられる事もあるけど気にしない気にしない。
歩くと体が上下に動くからリズムがとれる、それで踊れる。車も電車も飛行機も水平にすーっと動くからだめなんだ。退屈なんだ。船はいい。上下に揺れてくれる。そういえば僕の曾曾じいちゃんは船大工だった。たぶん上下に揺れてないと ダメなんだ。そう考えていくと、いよいよリニアモーターカーはやばいな。移動するときは揺れないと体が駄目になるのにな。ださいな。歩いた方がずっとず っとずーっと遠くに行けるのに。知らないんだろうな。別にいいんだけど知らなくても。こっちは楽しいから。
地面がアスファルトばっかりで水平移動ばっかりで体が揺れないからみんなクラブとか行くんじゃないかな僕も含めて。そんでストーンローゼズがクラブカル チャーをロックに取り入れてスーパースターになったのは、みんなどうにかして踊りたいっていうのがひとつ理由としてあったんじゃないかな。地面をアスファ ルトで固めれば固めるほど、車や電車やリニアモーターカーに乗って水平移動すればするほど、体を縦に揺らせるクラブは必要とされるんじゃないかな。ダン スカルチャーはアスファルトへのカウンターだったんじゃないかな。そうだ前に書いた、バイパスを歩くツアーをする時はBGMにローリングストーンズをかけ たい。
歩いてたら「道の駅 ろくのへメイプルふれあいセンター」に着いた。そこのトイレに「メイプルトイレ」という看板が掲げられていた。なんだそれ。そういう ジャンルのトイレみたいでかっこいいじゃないか。
歩いてると右も左も緑色で、自然がいっぱいあっていいなあと思った直後に、いや田んぼは自然物じゃない ぞ人間が作り出した景色だ。これは人工物だと気がついた。都市にたくさん人がいられるようにするためには、都市じゃないところに田んぼがたくさんないと いけないんだ。こんな簡単なことなんで今まで気がつかなかったんだろう。だからこの目の前の一面の田んぼを見るということはすなわち、それを消費する大 量の人間をみるということなんだ。それは都市をみることと全く同じじゃないか。気がつかなかった。

でテンション高いまんま帰ってきて、すこし気を鎮めてからお風呂に入ろうとチケットを買おうとしたら
「お金はいいですよ」
って受付の人が言った。でもこれは順番として、僕の方から望んだことなのでお金は払うべきだと思った。もし「お風呂どうですか」っていう提案が向こうか らあったら、お金は払わなくていいんだろう。それもひとつの経済だと思う。受け取るというのは能動的なことだ。
でも「お金いいですよ」って言ってもらえ たのはすごく嬉しい。いまはまだ払えるけれど次来たときお金なかったらお願いしてみようと思った。お風呂は平日ということもあって人が少なかった。

今日は経営者の奥さんの提案でここにもう一泊することになっている。なんでも僕に会いたい人がいるそうで、その人は今日来る予定が寝坊してしまったらし い。十和田市の現代美術館が今日休みだったからちょうど良い。明日いけばいい。

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よく人に「~まで何キロ」ありますか?って聞いてみるんだけど、返ってくる答えはだいたい実際と違うことが多い。聞いたあとに歩いてみてよくわか る。基本的に車や電車やらで移動するから正確な距離を推し量る必要がないんだろう。そういう移動は自分と空気との交流を断ってしまう。東京で暮ら している時にもよく思ってたことだ。電車の駅と駅の感覚が何キロかとか、歩いたら何分くらいだとかってのは実際歩いてみないと全然検討がつかな い。移動はほとんど脳内でしかおこってない。歩いて移動する時の空気と体の交流がないと。そのときの風や雨や温度や湿度やあるいは虫とか草と戦っ たり仲良くなったりしながら、そのとき生まれる皮膚への刺激を感じながら動かないと、移動が脳内だけの出来事になってしまう。距離を正確に感じと る能力が退化しちゃうのはなんとなくヤバいような気がしている。

10時半頃出発しようとしたら熊の沢温泉の人が
「よかったらお風呂入っていってください。社長がそう言ってました」
と言ってくれた。やった。朝風呂に入れる。
「それじゃ遠慮なく」
という返事には本当に遠慮がなかった。 またあの素晴らしいお風呂にはいって、さっぱりしてさあ出発と思ったら今度はお店のおばちゃんたちが「これ持っていきな」と行って、無農薬らしいレ タスとミニトマトと、大きなキュウリ(名前があったけど忘れた)を持たせてくれた。生野菜だな。
「ほんとは味噌っこつけると美味しいんだけど、そのままでも美味しいから」
って言ってた。このあたりの人は何にでも「~っこ」と付けて話す。「お茶っこ」とか。岩手辺りからそうだったかな。
その生野菜をぼりぼりとかじりながら六戸という町を目指して歩いた。レタスの芯とかトマトの葉とかを道の外に捨てながら。道の両端がすぐ深い森に なってる。野菜は何もつけなくてもおいしい。でもちょっと舌が痺れる感じがするのはなんだろう。八戸から六戸まではほとんど山道で歩道が区間も多 い。気温はちょうどいいけどじめじめしていて、ちょっと雨も降り始めている。森がとってもきれい。本当に青々としていて、青森ってネーミングがぴっ たりだなあと思った。いまにも熊とか出てきそうな道なので、この間買った鈴をわざと手でならしながら歩いた。途中6人くらいに声をかけられた。
うち一組の親子が「東京から移動生活をしている」という僕の話に対して娘さんは「えーすごーい!」という反応で、お母さんの方からは明らかにちょっと 引いた感じで「そんなことしてたら捕まるよ」と言われた。「なんでいま自分は引いてしまったのか考えてみた方がいいですよ」って言おうとしたけどや めた。

その親子に教えてもらった温泉に向かった。「もりランド」という大きな温泉があるらしい。今日もまずそこで敷地交渉してみようと思った。こ のあたりは火山地帯だから温泉が多いらしい。結局今日はトータル17キロくらい歩いて「もりランド」に着いた。入ってすぐに敷地交渉する気になれ ないのでまずは温泉に入る。
ここは床と壁と天井すべてがヒバでつくられた大浴場があって、そこがとても気持ちよかった。その浴場は他の浴場とはす こし離れたところにあって、ドアに「中では静かにしてください」「ここでは石けん類を使用しないでください」と注意書きがある。入ると薄暗くて、全 面が木材なので木の中にいるみたいな気持ちになる。浴室全体がサウナっぽい感じになっていて、ちゃんと水分をとってから入れば何時間でもいられそ うだ。寝転がれる木の枕も置いてあった。なんか温泉巡りみたいになってきたな。

風呂から上がったら、なんとコインランドリーを発見したのですかさず洗濯する。今日洗濯できなかったら危なかった。そんで敷地の交渉をして みた。
「いま経営者がいないけど、たぶん大丈夫だと思います」
とのこと。経営者が来るのを少し待ってからもう一回言ってみたら
「雨も降ってるし、よかったら座敷部屋に泊まっていってください」
と言ってくれた。確かに雨が降ってると足が伸ばせない(足を外に出せる小さな窓がついている)からちょっと嫌なのだ。助かった。
ここは大きいけ ど、経営者の家族が2階に住みながら経営しているお風呂屋で、経営者の娘さんとかが中を走り回ったりしてる。超良い感じの温泉だったのだ。後で知っ たんだけど。
「そしたら遠慮なく」
と言って、荷物を持ってきたら
「できたら、ちょっと娘の絵を描いてもらいたいんですが」
と言われた。僕は自分が描く似顔絵を思い出した。それは酷いものだ(そのひどさを売りにしてるところもある)。
「人の絵はあんまり得意じゃないけどやってみます」
で、ちょっと描いてみた。娘さんはとても緊張している。僕とあまり話してくれない。でも気に入ってくれたんだなって事はなんとな くわかる。
というわけで今日は座敷部屋に座布団を敷いて寝る。昨日の熊の沢温泉でもそうだったけど温泉に入ってそのまま寝られるなんてとても贅沢だなあ。