惨めに帰って来た。敗者だ。ベックのLoserを聴きながら帰って来てしまった。惨めだ。ベルリンの雰囲気に負けた。街に負けた。一人でやるのが、こんなに勇気がいるようなことだとは、よく考えてなかった。人にカメラのそばについて撮影してもらってするのと、一人でカメラを三脚で立てて録画ボタンを押して、するのとでは全然違う。一人でやるのには、マジで勇気がいる。清掃員は、これまで3回くらいやっているけど必ず誰かに撮影してもらっていた。その撮影者の存在が僕を後押ししてくれていた。味方になってくれていたから。これは、結構面白いポイントかもしれない。世の中には、こうやって公共の場所で何かやってそのビデオを作品ぽくする人もたくさんいるんだろうけど、その中の何割が、マジで一人でやった経験があるだろうか。銀河が奥多摩でドラムを叩く様子を一人で撮影してyoutubeにあげまくっていた「Okutamountain」を思いだす。あれを超えるにはまじでこのベルリン(なぜかベルリン)で一線超える必要があるのだ。今回は撮影者はいない。カメラの盗難の危険とかもあるんだけど、まあ1分とかだし(この1分を捻出するのに、何時間もかけてベルリンの街を歩き回ったあげく、結局捻出できなかった。ブコウスキー流にいうと「すべての時間を無駄にしてしまった」)、大丈夫だろう。怪しいやつがカメラに近づいたら中断して追いかければいいだけだ。結果的に、ベルリンのアレクサンダープラッツの周辺を何時間も歩き回ることになった。昨日あんなに汚かった広場は、今日みたらすっかりゴミが片付けられていた。あれを片付けるのは並大抵のことではない。明日こそはやらなくてはいけない。やらないと、もうベルリンでやるチャンスはない。まさか初一人清掃員アンド撮影がベルリンだとは考えたこともないけど、もうやるしかない。どうかできますように。初めてがベルリンとはなかなか面白いかもしれない。こうやって文章を書いていると
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会議室に入った途端にちょっと怯んだというか、ぐっと胸に迫ってくるものがあった。この会議で日本に対する降伏が要求されたと同時に、アメリカのトルーマンはこのときすでに、原爆実験の威力に関する報告を受けて降り、この成果をもってすればスターリンに対して優位に立てると思い、このポツダムの地で、その内容をスターリンに伝えたという。それを聞いたスターリンは自国の核開発にますます力を入れることにしたという。冷戦の構図は、このポツダムからすでに始まっていた。まだこの会議から七十年しかたっていない。当時会談に使われた机や、英米ソの国旗や、それぞれの首脳の控え室は当時のまま残っている。まだなにもかも残っている。そんな状態。最近日本では共謀罪の施行が決まり、「国」の存在感が日に日に強まっている。あの戦争のあと、高度経済成長を経て、中産階級がたくさんうまれ、民主主義がうまくいったように見え、グローバル化が進み、割りを食った人たちが不満を爆発させ、世界中でナショナリズムが台頭しはじめた。EUが生まれ、EUから脱退する国が生まれた。この間で七十年。まだポツダム会談で使われた机や調度品、控え室は、今だに当時のまま残っている。目まぐるしすぎる。短期間であまりにも色々起こりすぎていていったい何がどうなっているのか。
昨日はリベスキンドが設計したベルリンのユダヤ博物館も見学してきた。このポツダムの宮殿のほうは、日本語ガイドに沿って宮殿内をまわって、1時間半程度だった。さすがユダヤ博物館のほうは、こっちも日本語ガイドがあったけど、全部まわるのに4時間かかった。ぜんぶちゃんと見ようとしたら1日では見切れない。ユダヤに関する展示は、さすがにものすごく力が入っていて、僕は北海道博物館でみたアイヌの展示と比べてしまったけど、比べ物にならない量だった。ユダヤの人々一人一人の物語にフォーカスする部分がたくさんあって単純にユダヤという総称でくくられるのを、注意深く避けて展示しているように見えた。ショックだったのは、ヒトラーが、第一次大戦の時に活躍して戦死したユダヤの兵士たちの墓からネームプレートを剥ぎ取る政策もおこなっていたということ。ユダヤ人に対する、肯定的な気持ちを抹消するために。信じられないけどこれもわずか七十年前の話だ。ベルリン市内には壁がたっていたラインがわかるように道路上に残っていたり、空爆で破壊された西ドイツの教会が遺構として残されていたり、こういう力の入った博物館があったり、いろいろなところで歴史の動脈を感じることができる。僕が泊まっているポツダムのホステルのキッチンスペースにも、毛沢東とレーニンとスターリンとマルクスなんかが「Welcome to the party」の文字とともに描かれたアイロニカルなポスターがあったりする。このへんの、過去に対する自覚が、いたるところに張り巡らされていて、湯浅さんとも、このあいだ久々に話して、彼女はもともとそういう色々な話をするのが好きなことは知っているけど、原発とか移民とかの話が自然にでてきて、こういう話は日常的にしているのだろうなと思った。
さて昨日いったアレクサンダープラッツ(ベルリンの最も中心らしい)の広場はゴミが落ちまくっていて大変汚かった。清掃員の映像は、アレクサンダープラッツ周辺と、ベルリン芸術大学周辺で撮るのが良さそう。今日はまたこれからベルリン市街に行ってぷらぷらしてこようと思う。一応撮影できるようにひとしきり持っていこうか。
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コーラが飲みたくなる。気候のせいなのか。町の雰囲気のせいなのか。
相手が誰であれ、僕以外の人とのその場だけのコミュニケーションのために、僕が長い間ずっと考えてきた制作に関する動機やモチベーションが阻害されるようなことがあってはならない。言語の問題とか、その時の気分の問題とか、そんなのは関係ない。僕は僕がやるべきなのは何か、それだけを考えるべきだ。誰に何と言われようと。
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ポツダムのホステルのキッチンで窓から外を見てたら「良い天気か?」と聞かれたので「良い天気だ」と言ったら「天国が微笑んでいるHeaven is smiling」と言った。初老の男性。
いまはSバーンという電車にのって、ポツダム駅からアレクサンダープラッツ駅に向かっている。電車は結構な森の中を走っている。ベルリンという年のど真ん中から電車で20分でこんな森が広がっているところがあるのが、まずびっくり。東京はそこまでも建物が続いている。規模としてはやっぱり圧倒的だ。圧倒的に集中しすぎだ。昨日湯浅さんが話していたけど、ドイツは国会はベルリンにあるけど、ベルリンは産業の中心地ではないらしい。ミュンヘンとか、ケルンとか、国内の色々なところに役割が分散していて、しかもどの都市も「ドイツの他の都市がダメになっても、うちは大丈夫」と思っていて自立心が強いらしい。日本は東京が潰れたもうダメでしょ。と言っていた。彼女はいまこっちの大学で、よくわからないが建築で持続可能なものを志向する勉強をしているらしく、修士課程を取得中。日本人の留学生は全然いないと言っていた。韓国人の留学生はたくさんいる。中国からも。日本人も何人かいるが、日本人同士でつるむのをなぜか嫌がる傾向があるらしい。中国や韓国からの留学生は、お互いにめちゃくちゃ助け合っていると言っていた。日本人は、あんな小さな国でも、あの囲いの中でしか生きられない民族なんだから、あそこでしか住めないのに、なんで原発を動かそうとするのかわからない。と。なんの反論もできない。
このSバーンに乗るまでの過程を思い返して書いてみる。なんだかんだ、ゆっくりパソコンを開く時間が取れなかった。18時間のバス移動は疲れすぎた。ストックホルムから18時間かけて、途中に1時間程度のフェリーも挟んで、ベルリンのセントラルバスステーションというところに、昨日朝8時についた。湯浅さんと10時にベルリン中央駅に待ち合わせをしていた。僕はてっきり、バスステーションに両替できる店があると思い、日本円をユーロに両替せずに来た。これが大間違いだった。バスから降りてまずはトイレにいこうと思ったらトイレの利用に0.5ユーロ必要だった。ユーロは1セントも持ってない。じゃあ両替だと思い、バスステーションのインフォメーションセンターで両替店はどこかと聞いたら「ここにはない。キャッシュポイントを使え」と言われた。衝撃を受けつつキャッシュポイントって何だと考えたらおそらくキャッシングの機械のことで、試しに僕のクレジットカードを入れてみたら「このカードにその機能がありません」と表示された。これはまずいかもしれないと思いはじめた。トイレに行きたいのがそのまずさに拍車をかけた。とりあえずベルリン中央駅までいければなんとかなると思い、 Uバーンという地下鉄に乗ろうとして、券売機できっぷを買おうとクレジットカードをいれたら、僕のカードはICチップがないタイプのカードで、使えなかった。いよいよ身動きが取れなくなった。旅行をなめていた。緊急事態っぽいので、無料で使えるWi-Fiスポットを頑張って探しだし、湯浅さんに「ユーロがなくて身動きがとれない」とメールをした。そしたら30分後くらいに、湯浅さんがバスステーションまで来てくれた。実に6年ぶりの再会。お金を借りて地下鉄に乗り、ベルリン芸大がある駅まで行き、そこで日本円からユーロに両替することができた。
ベルリン芸大の学食で一緒にご飯を食べ、先述したような話をし、掃除道具を買うならどこがいいかという相談をした。ベルリン芸大の学食は、公道沿いに普通にレストランみたいに建っている。
と、こんなん書いてたら突然電車内で吹奏楽が。4,5人の演奏隊がなんかきいたことのある曲を歌いながら演奏している。自由だ。湯浅さんも言ってたけど、なんか、振る舞いが自由だ。みんなの。街をあるいてると、よく合唱が聞こえてくるし、こうやって演奏も始まるし、電車に自転車が普通に乗れるし、平日なのか休日なのか町を見ても全然わからないし。ビールは安いし。
掃除道具は、ホームセンターがいいと言われたので、ホームセンターがいくつかまとまっているという駅を教えてもらい、そこでおりていくつか買った。安い。100円ショップみたいな値段だ。
買い物をして、ホステルを予約してあるポツダム駅まで来て、近くのスーパーでご飯をすこし買いためて、昨日は早い時間に寝た。
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500ccで120円くらい。確かに安いと思って袋から瓶を出してよく見たら、ALKOHOLFREIES PILSENERと書いてあった。またやってしまった。
去年スウェーデンでも同じミスを犯した。日本のビールみたいにわかりやすく大きく0.0%と書いてあるわけではないのでよく見ないとアルコールゼロのビールを普通に間違えて買っちゃう。現地の人は間違えないのか?
ベルリンはとても住みやすそうなところだと、来た初日にして思ってしまった。ドイツ語が日常会話程度でできれば、けっこう天国みたいなところだと思う。物価もそんなに高いわけではないし。何よりビールが安い。色々な種類の人たちがいて雑多で落ち着くけど整っている。
05251410
ヨーロッパ中を長距離バスで結んでいるFlixbusというバスに乗って、ストックホルムからベルリンに向かって移動している。所要時間が史上最長の18時間。こんなに長い時間バスに乗ったことはない。先日の成田からストックホルムまでの飛行機よりも長い。高速道路を走っている。それにしても、バーガーキングはどこにでもあるな。59ユーロ。だいたい7000円くらいで、18時間かけてストックホルムからベルリンに行ける。
Pressbyranというコンビニでパンとサンドイッチみたいなやつと水(買ってから炭酸入りだと気がついた)を買ってバスに乗り込んだ。ストックホルム中央駅には、電車の駅に併設してバスの駅がある。バスタ新宿みたいに、バスが乗り付けるプラットフォームがたくさんあって、何時にどこ行きが出るかが大きなディスプレイに表示されている。
1日が早い。もうこっちに来てから3日目とは。このまま何が起こってるのか全然わからないうちに死ぬ。何が起こってるかわからんうちに40日間のヨーロッパ滞在が終わって。どうせ何が起こってるのかわからんのだったら、さっさと作品をぼんぼん撮影してしまった方が良いだろう。でも、なんだろう日本で撮影するときとは全然違う種類の緊張が。白人に対してコンプレックスを持っているからなのか、街にいる市民たちの、リテラシーというか寛容さが計り難いからなのか。わからないけど。でもここで立ち止まるというかひるむのは本末転倒もいいところだ。そういうものの物差しになるべく、僕はこの作品をやるんだから。物差しをおくことをびびってたら”それ”をはかることは永遠にできないだろう。はかってから、あれこれ言うべきであって、ものさしは”置かれなくてはいけない”だろう。常に。どんな場合でも。
スウェーデンは一つの商品の単価は高い(この炭酸水は普通のペットボトルサイズで300円くらいする)けど、なぜか、二つで~円とか、~と組み合わせれば~円、みたいな抱き合わせが店内の色々な張り紙を通して推奨されまくっていて、実際その値引き率がかなり高い。一本25SEKする飲み物が、2つ買うと35SEKになったりする。これはいったいどういう精神状態なのか。
ベルリンというか正確にはベルリンに近いコットブスという街には、僕の大学の同期で、三年生のときに二人で組んで設計課題に取り掛かったが、二人とも我が強いので途中で分裂した相手であり、メールでは度々連絡を取り合っていたけど会うのは大学卒業して以来初めての湯浅さんが住んでいる。よくわからないけど建築の勉強をしているらしい。もう数年ドイツにいる。僕が到着する明日の朝9時半にベルリンに来てくれるらしいのですごくすごく楽しみだ。しかし、窓の外の景色がずっと平らだ。人工的な森がひたすら永遠に遠くまで続いている。妖怪とかがいなさそうだ。日本の会津の山みたいな深くてこわい山はこの国にはあるのか?よくもここまで耕したもんだ。もともとこんな平らだとは到底考えられない。でも去年聞いた話では、スウェーデンは北に行くと自然が厳しくなって行くというから、いま南に向かっている以上ここから山がけわしくなって行くことはないんだろう。長旅だ。18時間の移動が、どんな影響を与えるのか全然想像がつかない。飛行機みたいに超高速ではないので、時差ボケするとかそういうことはないけど。そういえば、到着した日に空港で寝て、翌日は早かったけどホステルで寝て、からだはあんまり疲れていないような気がする。時差ボケもいまのところ感じない。いま日本は21時半か。こっちは真昼間。そういえば事前に予想していたほど寒くない。半袖でも全然大丈夫。夜はちょっと半袖では肌寒いかもしれないけど。空の色も、日本のそれとは質が違くて、青みが薄い。
今、菜の花らしき黄色い花が一面に咲いている畑を通過した。綺麗だったけど、人工物感を強く感じてしまった。こんなこと言ってしまうと怒られそうだが、要するにただ黄色いだけで、その”平さ”は他の景色と完全に一緒だ。この”平らな自然の所在のない感じ”、前にどこかで見たことあると思ったら、フラワーパークだ。日本のいくつかのフラワーパークに行ったことがあるけど、それはとても綺麗なんだけど、なんというか所在がない。平らすぎて。心が落ち着かない。あのフラワーパークの方向性は、このヨーロッパ的な自然開発の方向性と同じだったか。今気がついた。
前の席で、小さい女の子の子供。ムスリムのお母さんが隣にすわってるんだけど、その子供が泣いている。この子がどこまでいくのかわからないけど(このバスはベルリンが終着で、途中にコペンハーゲンとかいくつか停車地がある)、もしベルリンだったら18時間バスに乗ってるのは子供にはきついだろう。そんで、親も好きでバスに乗せているわけではないのだろう。人様の事情を勝手に読み取ってしまうのはよくないけれど、色々見て取れる。ちなみに僕の隣には、3.5%の缶ビール(たぶん、スーパーでかったやつ。スウェーデンでは3.5%までのアルコールはスーパーで買える)をもった、右腕にタトゥーがある青年が座っている。後ろにはその仲間っぽい人もいる。その騒がしいのを嫌がって、前の席に移動してしまった女性もいる。高速バスはいつも多様性にあふれている。日本でも。ヨーロッパでも。さすがEU。国境をいくつかまたぐのに、一本の高速バスでいけるのは素晴らしい。
05251035
映像の撮影をしようと思って移動しているのに、なかなかその気にならない。だめな人だ。ただの。どうしようもない。人の視線ばかりを気にして、自意識を膨らませている。英語が流暢に話したり聞いたりできないのが辛い。僕も、見られている存在ではなくて、見る主体にならないといけない。昨日、ストックホルムの路上の清掃員をずっと追いかけて観察していた。観察していると元気がでる。色々と発見があった。何も、ほうきやモップを動かすだけが清掃員ではない。ゴミ袋を縛ったり、路上のゴミ箱を開けたり、あちこちに視線を走らせてゴミが落ちて居ないかを探すのも「清掃員の振る舞い」だ。これはヒントになる。見る主体になっている時、なぜか元気になる。制作が心を救ってくれる。この自意識と煩悩にまみれた心を。しかし、ひどい。とにかく、英語は絶対に使えないとだめだわ。心に良くないわ。
AHLENSという、日本でいうマルイみたいな商業ビルがストックホルム駅の近くにあって、そこに入って清掃員を探したけど見つけられなかった。けど、なんとなく、行けそうな感じはした。こういう場で、一人でも撮影ができるような気持ちに、自分でコントロールして持っていければいいんだけど。でも撮影しようにも、まだ掃除用具を買ってない。「清掃中」の文字をカッティングシートで「CAUTION WET FLOOR」に変えた黄色い看板と清掃員ぽい服を持ち歩いてストックホルムのホステルにいる状態だ。このホステルは、ガムラスタンという観光地としても有名な古い町並みのど真ん中にある「CAESTENA」というホステルで、一泊3000円くらいだった。ホステルにしては高いかもしれない。でも他に空いてるところはなかった。人と同じ空間で寝るのは得意じゃない。自分の出す物音にすごく自覚的になるのが疲れてしまう。できればホステルじゃなくて個室に泊まりたいけど、直前に宿を探しても一泊1万円くらいのところしか空いていない。もう少し早くから探しておけばよかったと思いつつ、あまり早くに予定を決めてその通りに動くのも得意じゃない。どうしたもんか。でも、あまり得意じゃない人とのシェアでも、空港で寝るよりはだいぶまともに寝られる。僕の部屋は6畳くらいの部屋で二段ベッドが3つある。入ってすぐの所にあるベッドの下段を使っている。昨日の夜は荷物を全部おいて散歩して、ストックホルム駅近くのステーキ屋みたいなレストランで75clの生ビール(1000円くらい)とベーコンチーズバーガー(1400円くらい)を食べた。すげー高いなと思ったけど、量が多くて満足した。ただし、とても美味しいとかでは全然ない。基本的にスウェーデンは料理が美味しくない。今日の朝もこのホステルと提携してるっぽい(ラウンジに「ここで、このホステルのユーザーだと言えばブレックファストが食べられます」という張り紙がある)「Kladdkakan」というカフェに行って朝食をとったんだけど、ぱさぱさのパンにベーコンとレタスを挟んでラップで包んだ、まずいわけではないけど全然美味しくはないものと、コーヒーだった。コーヒーはさすがコーヒーカントリーなだけあって、美味しいと思う。この朝食で39SEK。だいたい500円くらい。松本の「まるも」ならこの5倍は美味しいパンとサラダが付いてきて同じ値段だ。
スーツケースが案外荷物に感じてしまって、移動が面倒になってしまっている。よくない。清掃員の看板を持ち歩く以上しかたないんだけど、でかい荷物と一緒ってだけで疲れる。
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アーランダ空港の清掃員はみんなおしゃれな制服を着ていて、日本でよくみるいわゆる清掃員のような格好の人はいなかった。まあ日本でも空港の清掃員なんかはちょっと洒落た格好をしているのかもしれないけど。アーランダにはなぜかやたらたくさん清掃員がいて、みんなちゃんと清掃用具が満載されたリアカーを押していた。綺麗好きなんだろう。国際空港は玄関みたいなもんだから、多分どの国もここはとばかりに掃除に力を入れまくっているはずだ。
アーランダからSwebusでストックホルム市街へ。しかしSwebusが大失敗で、全然バスが来なくて1時間以上待った。時刻表には1時間に2本は来ると書いてあるのに。そのSwebusを待っているあいだ、隣のレーンにあるFlygbussarnaというバスのストックホルム行きがボンボンきてボンボン発車していくのを見送りまくっていた。こっちのバスは10分に一本出ていて、料金も同じだ。絶対にこっちの方がいいぞ。次からは。
バスから外を見ていて思ったのだけど、森や木を見ているときになんとなく違和感がある。なんというか所在のない感じがする。自然のものって、どこで見ても自分の故郷のようなものだと思っていたけど、どうもこの国の木々は、自分に属していないきがする。一つ思い当たったのは、葉の緑の色のバリエーションがとても少ない。日本は緑色に色々なバリエーションがあって、それが見ていて落ち着くのだろう。こっちの木々はだいたいみんな明るい緑色で、樹種も少ない。町の風景を見ていても、所在がない。やっぱりどう考えても、清潔過ぎるというか、明る過ぎるというか、うまくできすぎているというか、そんな感じがする。ヴェネチアやロンドンに行った時は、多分感じなかった。これから2週間、ドイツとスイスとイタリアをまわるから、そういう雰囲気があるかどうか、感覚を研ぎ澄ませていたい。さっきまでModerna Museetに居て、Josef Frankという建築家の展示と、コレクション展を見ていた。数日前までマリーナアブラモビッチの個展をやっていたらしい。残念。この美術館、企画展以外は全部無料で入れて、それが素晴らしい。ただし企画展の入場料は120SEKもする。そこでアブラモビッチのCounting riceという、作品があって、それがどうも、多分すごく良い作品なんだろうけど、ちょっと死んで見えた。この国の美術館でパブリックな問題を扱う作品を展示するのは、うまく言えないけど、他の場所よりも難しいかもしれない。絵画や写真をみているときには起こらない違和感。なんだろう。どうしても見せかけのものにみえてしまう。特にこの国では。高山明さんの実践を知ってしまってからは、どうしても共同体とかの問題を美術館でやっているというのは見せかけの何かにしか見えない。アブラモビッチのも、すごく良い作品で、たぶん米を数えるパフォーマンスをやるんだろうけど、それをみたらとても感動するだろうとは思うんだけど、でも、しかし。手放しで感心できない。なにかの視座がごそっと抜け落ちてるような感覚。解明しないといけない。これは、僕は自分がどんどんやっていくしかない。
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アーランダ空港のSKYCITYという、土産屋とか服屋とかカフェとかレストランがたくさん集まっている広々したロビーのような場所で、電源がある丸いテーブルに座ってこれを書いている。向かいにはコーヒーとパンを傍らにパソコン作業をしているメガネの白人のおじさんが座っている。
朝の7時前。快適な空港だ。とても優秀な無料Wi-Fiがあるし、電源もある。もうここに住める。昨日は結局、この電源テーブルの近くの木のベンチを寝床に定めた。結局人がよく通りそうな場所の方が安全なのだ。こういうところでは。22時くらいに横になった時は、僕の他に一人だけ横になってる人がいるのみで他の人たちは普通に座ってそれぞれ、たぶん飛行機を待っているような雰囲気だった。その横になっている人も、荷物が少なくて、まじで寝てるという感じじゃなくて、なんか昼寝をしているような感じだった。
僕は木のベンチに靴を脱いで横になり、リュックを枕にして、スーツケースはベンチの下に入れて、そのスーツケースにちょっとだけ手をかけるような感じ(一応盗難防止のため)で、横になって気がついたら、0時をまわっていて、そしたら周りのベンチほぼ全部で人が寝ていた。仮眠者。とりあえず仮眠者と呼ぶ。やっぱり読みどおり、ここは仮眠スポットだった。数えたら仮眠者は20人くらいいた。仲間が。床から天井(上と、その上の階まで吹き抜けになっていて、多分10mくらいの高さがある)まで、というか全面ガラスみたいな壁をコの字で囲うように木のベンチがいくつも配置されていて、そこにみんなでねている。コートをかけたり、フリースを着たりしてそれぞれ防寒対策をしている。まくらをもってる人もいた。僕もちょっと寒かったので、いつもの黒いダウンを着て、もう一度寝ようと思ったがトイレにいきたくなったので、一応リュックだけはもってトイレに行った。トイレからの帰りに気がついたのだけど、用務員っぽいスタッフの男性が、なぜか仮眠者達の近くの椅子にずっと座っていて、僕らを見張ってくれているような雰囲気さえあった。
その後もう一度ねて、シャカシャカした音楽の音で目が覚めた。さっきの用務員さんが、何やら作業を始めるらしく、シャカシャカした音楽を鳴らす何かを携えながら、僕たちのスペースに入ってきた。4時過ぎくらいだった。そばにあるカフェはもう営業を始めていた。用務員の彼は掃除ロボみたいな黄色い乗り物にのって掃除を始めるらしい。彼は乗り物を動かす前に、わざわざ丁寧に通行の妨げになりそうな、床に脱ぎ捨ててある仮眠者の靴をベンチのしたに入れたりしていた。やさしい。
文化庁に提出する書類を作ってメールしていたらこんな時間になってしまった。しかし僕はあれこれ気にしていたが、結構みんな電源テーブルにパソコンとか繋ぎっぱなしでどっか行ったりしている。無防備すぎる。まだ寝てる人が二人いる。うち一人は、僕が寝ていたところを使っている。
お腹が空いた。なにか食べたいのだけど、またパスタかピザかパンか。寿司もあるけど馬鹿みたいに高くて、たぶん美味しくない。こうやって文章を書いてると、自分がスウェーデンにいるということを忘れる。「忘れる」というか「思い出さなくなる」ということはつまり、文章を書いてないときは、いつも何かと思い出しているということだ。思い出し続けることによって、自分がどこにいるかを認識するのかもしれない。文章に限らず、何か制作をするということは、自分の中にひとつ場所があって、そこに行く感じなので、だから、いまこの体が座標としてどこにあるかは問題じゃなくなる。のかもしれない。これって、「つまらない」と紙一重だ。インターネットの影響もあるんだろうけど、僕たちはあまりにも、世界をフラットに感じることに慣れすぎてしまった。どこに行っても、インターネットで日本語の文章を見ることができる。僕は今回の旅のために日本語の本を3冊持ってきた。「ベルカ、吠えないのか?」「その日暮らしの人類学」「文学的なジャーナル」。インターネット以前は、こうやって国外に持ち出した本が、母国語が読めるものとして、とっても頼もしく思えたに違いない。今以上に。しかし、もう現状こうなってしまっているので、なぜこうなったのかじゃなくて、なぜこれじゃダメなのか、っていうところから、考えないといけない。いつも通り。
05232020
さっきこの文章を書いてから1時間半近くたってるなんて信じられない。その後僕はピザマルゲリータを食べ、ビールを飲み終わった。それぞれ90SEKくらいして、二つで180SEK。2000円くらい。高い。ピザが1200円くらいするのはまあ良いとしてビールが高い。500ccで800円とは、買うのに迷ってしまった。でも空港だから高いってのもあるんだろう。迷ったけど、とにかくお腹が空いていてフライトで疲れていたので勢いで買ってしまった。持ってきた現金は日本円で5万9千円くらい。そのうち1万円をさっきSEKに変えた。1万円は680SEKくらいになった。
今日は宿を取ってないが、明日はストックホルムのガムラスタンにあるホステルを取ってて、そこは270SEKくらいだった。あと一本ビールを飲めば一晩の宿代に届いてしまう。
空港内をうろうろして一晩越せそうな場所を動物的に探す。今日は空港で仮眠をとって、明日の朝バスでストックホルム市街地の方に向かうことにした。僕もいつのまにか頼もしくなったというか、度胸がついたもんだと思う。スウェーデンはなんとなく雰囲気を知ってるからかもしれないけど、空港で寝てもなんとかなりそうだなと思える。sleepinginairportというウェブサイトがあって、そこには寝るのに良い場所やワイファイの環境やシャワーの有無など色々な情報が載っている。そのサイトの「夜を快適に過ごせる空港ランキング」によると、アーランダ空港はTOP10に入ってる。わからんがなんとかなるだろう。売店はもう閉まり始めている。
しかしもう20時半なのに、外は完全に明るい。空の色の質が日本と違うから比べにくいけど、感覚的には17時くらいの明るさ。こんなに明るいと、全然夜になったという気がしない。でもこの体はもう20時間近く起きているので疲れている。眠い。いま、寝るのにちょっと良いかもしれない硬くて細長いベンチにあぐらをかいてこれを書いている。もうすこし良い場所がないか探した方が良さそうだ。
成田空港からコペンハーゲンまでの飛行機で隣になったアラブ系の男女ペアが二人とも貧乏ゆすりの使い手で、ちょっとまいった。特に女性のほうがすごい。僕と女性の間にはその相方の男性が座っているんだけど、女性が貧乏ゆすりをしてると座席の振動が伝わってくる。飛行機の揺れと一緒になってあんまり気にならない時もあるけど、しかし。あれはすごかった。
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今は18時57分。日本時間だと夜中の2時前だ。ストックホルムのアーランダ空港の店でマルゲリータピザを注文してテーブルで待っているところ。アーランダ空港をこのパソコンで変換するとあー乱打空港と出てくる。しかもあーが顔文字で😩に変換されるので😩乱打空港になってしまう。それをスペースキーを何回か押してアーランダというカタカナ表記に変えている。要するにこのパソコンにとってそのくらいの距離感の場所ということだ。この空港にくるのは2度目だ。
僕は500ccのEriksbergというビールも注文していて、それを飲みながら書いてる。このへんのローカルなビールかと思ったら、ラベルを見るとcarlsbergの会社が出してるものらしい。
しかしもう20分くらい待ってる。と思ったらベルがなった。
News
participating with new artworks in
Open ART Biennale 2017(Örebro/Sweden)
18 June, 2017 > 10 Sep, 2017
Overview:
This summer, Orebro will once again be transformed into art’s urban playground. OpenART, Sweden’s largest biennial for contemporary art in public space, celebrates its sixth exhibition this year. Once again, the city centre will open up for a public encounter with art, long awaited by many. For three months, the urban space will become a forum for exciting creativity, magical experiences, and exhilarating ideas. The focus countries 2017 are Japan and Colombia.
The three regions of the world spotlighted in the exhibition – Asia, Europe and Latin America – form a triangle of ideas.
Already during the planning stage, Orebro’s OpenART Biennale is drawing energy from the exciting meeting between Asia’s thoughtful wisdom and Latin America’s colourful vitality. A triangle of different cultures that helps us let go of what we take for granted so that we can achieve something bigger here in Northern Europe.
On 18 June 2017, OpenART Biennale will come into full bloom with about 100 works by 60 artists in Orebro’s city centre.
OpenART runs until 10 September.
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ラディカル・オーラル・ヒストリーという本の中で著者の保苅さんが、アボリジニーのある長老に関して
「ジミーじいさんの関心は、目の前にいるこの僕が、自分の話をちゃんと聞いているかどうかであり、その話を、オーストラリアや日本でちゃんと語り伝えるつもりがあるかどうかだったのだと思います」
と書いている。またこのジミーじいさんとの出会いが、歴史学者である自分とアボリジニーの人たちの関係を「私と彼等」から「私とあなた(たち)」に変えてくれたとも言っている。アボリジニーの歴史観は、石が歴史を語ったり、大地が歴史を語ったり、大地が人を殺したりするので、それを歴史学者である自分が、”歴史”として引き受けることができるか、ということがここで問題になっている。
先週、awaiの二階で遠藤一郎さんが来てくれて雑草酵素の話をしてくれているとき、奈保子が記録写真を撮ろうかと思ったらしいんだけど、カメラを向けるのが失礼に当たる気がして撮れなかったという。それは一郎さんが目の前の自分に向けて話してくれているのがわかるから感じることだ。
時々、カメラを向けることは目の前の対象を「あなた」から「彼等」に変えてしまうんだと思う。ちゃんと「私とあなた」として話をしているところでカメラを向けるということは、ようするに目の前の相手の話を私でもあなたでもない「彼等」という、なんかよくわからない立場に追い込んでしまうことがあるんだと思う。SNSでもそういうことは度々あると思う。自分が誰かとした体験を、SNSにあげるということは、その経験を共にした誰かを「あなた」から「彼等」に変えてしまう。ということでなんだか怒りが湧いて来たので、再びFacebookアカウントを消した。フェイスブックアカウントを停止する時、友達になってた人たちのプロフィール写真が「~さんが悲しむと思います」「~さんが悲しむと思います」「~さんが悲しむと思います」という文字と共にずらっと並ぶという画面にあって、これは悪夢だと思った。
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500m美術館の展示のために札幌に1週間ほど滞在した。そこで阿児つばさというアーティストと知り合った。彼女は花路里という作品のドキュメントを展示していた。花路里というのは、「柳川」という料理屋をやっている彼女の祖母に、その店の名前の由来を聞いたところ、その店の説明をしてくれたあとに「花路里っていうのもお洒落で良いよ」と言われたことをきっかけにつくったものらしい。なぜおばあちゃんが花路里と言ったのか、孫が何か店の名前を考えていると思ったのかわからないけど、とにかく「花路里」というものをつくってみようと思ったらしい。花と路と里にわけて考えたり、友達と花路里ってなんだろうと考えて色々作っていたが、ある日インターネットで花路里を検索したところ、あっという間に祖母がやっている店の近くに花路里という名前のスナックを見つけてしまった。祖母はこのことを言っていたのかと合点がいった。でも花路里という名前の響きから既に色々つくっていた阿児さんは、その「花路里」を現実にあるスナックの「花路里」に持って行き、そのオーナーの人から話を聞いたりした。その様子をドローイングや写真で展示をしている。阿児さんは「花路里」と印刷されたマッチを作っていて、それを僕にくれた。そのマッチがとても素敵な作品だった。内省的だけど、政治的でもある。言葉からイメージを膨らませて妄想的に色々つくったが、現実の花路里を見つけてしまった。こういうことは日常のなかでもよくある。断片的な情報だけで色々想像を膨らませてしまい、それを現実と混同してしまったり、現実を見なくなってしまったりする。ずっと昔にきいた音楽があって、それが頭の中でずっと残っていて、ある日偶然その曲をYouTubeで見つけてしまったりして、頭の中の曲と違っていてがっかりしたりする。こういう時に感じる切ない感情を花路里と呼びたい。妄想だけでアウトプットせずに、最後には現実をちゃんと見つめる。でも現実を見るだけで終わらないように。
告知
◯札幌市の500m美術館での展覧会に参加しています
これまで制作してきた「清掃員村上」「清掃員村上2」に加えて、3年半ぶりに新しく「清掃員村上3」をつくりました。全ての映像を観ることができます。
『500m美術館vol.22「北の脈々 -North Line2-」』
会期|2017年4月15日(土)〜7月5日(水)
時間|7:30〜22:00(最終日のみ17:00まで)
会場|札幌大通地下ギャラリー500m美術館
■出展作家
阿児つばさ・阿地信美智・伊藤明彦・伊藤幸子・上嶋秀俊・国松紗智子・佐藤菜摘・澁谷俊彦・鈴木隆・瀬戸一成・故郷Ⅱ(永桶宏樹、麻理佳)・萩原由美乃・藤井忠行・村上慧・安田せひろ・吉野隆幸
http://500m.jp/exhibition/3967.html
労働ダンス
ポイント
・速く歩く。動作→動作の動きのスピードを早足で(手を大きく振る)
・手を速く動かす。体をプログラムのように動かす
・次の動作に移る際、躊躇をしない
・客の前ではゆっくり動く(サービス業の場合)
・首を少し上に向けて歩く
・動きを止めない(突然静止したりすると効果的)
・ちょっと汗をかいている
・とにかく動作にためらいをもたせない
・「ルンバ」のような動き
・同じ動作を延々と繰り返す
03260955
パチンコ屋の清掃バイト最終日。帰り側に山内さんという、僕より後に入った男性からかけられた「村上さん頑張ってください。村上さんの雰囲気好きですよ。」という言葉。なぜかとても胸を打つものがあった。僕がなぜここで働いていてなぜやめるのか、これからどうするのか、そもそも何者なのかなどは、山内さんは全然知らないはず。バイト中も、仕事の手順などについて二言三言声をかけあう程度の間柄だった。でも「村上さん頑張ってください」と言ってくれた。こんな力強い「頑張ってください」は聞いたことがない。山内さんという、苗字しかわからない男性のこれまでの人生とこれからの人生のことを考えて気が遠くなった。
03081328
お花茶屋公園を駅に向かって歩く途中「ああ、春だ」と思った。今日から春だ。子供の頃よく近くで見たり登ったりしていた木々を改めて近くで見てみると、解像度が高くて綺麗だなあと感激した。最近近くで見るものといえばディスプレイばっかりだ。
03071900
wbcの韓国戦がテレビについてて、客の1人が
「韓国戦やるんですか?だれも見ないでしょ。韓国戦なんて。僕もwbc興味ありますけど。日本戦にしないんすか。」
というので
「はいー。ちょっと聞いてみます」
と言ってその場を去ったがまたすぐに
「あの、どうなんすか。このまま韓国戦やるなら出ますけど。変えられないんすか」
と、どんどん迫ってくる客。韓国戦をみるのが嫌らしい。ここまで根深いのかと思った。
03061923
今日は1日寝てしまった。新宿のパブのバイトが急遽オフになったので、朝のバイトが終わったあとに色々溜まっていることを進めようと思ってたのに、帰ってきて部屋にいったら体がベッドに向かっていき、そのまま寝てしまった。起きようとしたけど動かず。夕方に目が覚めた。
03061046
朝の清掃バイトの帰り。電車のなかでiPhoneをみていて、ふと窓の外を見たとき、自分が高速で移動していることをおもいだした。それまで、移動しているということを忘れていた。毎日のようにバイトをして、疲れている。時間感覚がどんどん短くなって、明日のシフトのことくらいしか考えられない。遠い未来のことや、どこか遠くのことを想像する余裕がなくなる。大きなものや、世界のことを考えられなくなる。明日はシフト3時からか~。くらいの意識になってしまう。
申し訳ありません。すいません。と、我々はいったい誰に謝っているんだろう。
03031040
町屋のデニーズ。1ヶ月くらい前に来たときに隣のテーブルにいた男性二人組が、今日も隣のテーブルにいる。
02270724
デシャップはお母さんみたいだ
02171452
清掃員は偉い。みんなお互いを信頼してるから早い人が遅い人にぐちぐちと何か言ったりしない。役割が違うことを知っていて、そのバランスで全体が成り立っていることを知っている。みんな真面目で、責任感がある。

