晴れ。雲もある。神戸も高松も気温はあまり変わらない。朝6時15分発のフェリーで、高松から神戸に戻ってきた。

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ブルーシートで僕の家を縛ってくれてた。
須磨のお宅の人達と再会して、すぐお昼ご飯に招待してくれた。
「関西といえばお好み焼きとたこ焼きやからな」
と言って、お好み焼きを家で焼いてくれた。

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この家オリジナルのお好み焼き用鉄板があった。ガスコンロの上に鉄板を敷いてお好み焼きを焼いて、それを鉄板ごとテーブルの上に持ってきて食べられる。鉄板の下には木製 のフレームがあって、鉄板をテーブルから浮かしている。これはびっくりした。手作りらしい。

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他にオリジナル焼きそば用鉄板もあった。オリジナルの薫製機もこれからつくるらしい。お父さんが仕事のスキルを家庭でも発揮してこれらがつくられてる。

今日には大分行きのフェリーに家ごと乗る予定だったのだけど、調べてみたら大分行きのフェリー「さんふらわあ」は三宮ではなくて、六甲の方から出てることがわかった。 なので六甲のカフェ「いろは」のオーナーさんにもう一回連絡をとって、今日はそこで寝かせてもらうことにした。
須磨から六甲まで一気に歩いて戻った。ルミナリエが今日までだったから、それが始まる前に着かないと人混みでやばいんじゃないかっていうことに歩きながら気がついて、ノンストップで12キロ歩いた。そんでいろはについたら店主のゆりねーさんが、相変わらずほわっとした雰囲気で出迎えてくれて力が抜けた。

明日は大分に向けて家を移動させる。家をフェリーに乗せた事がないのでどういう料金をとられるのか全然わからない。バイクとかと同じ特殊手荷物になるのかな。たぶん交渉次第。

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20141212 高松も寒い。曇り。昼に一時的に雨がふった。夜は晴れて星が奇麗に見える。

20141214 晴れ時々曇り。かなり寒い。

時間には「今」しかないっていう考え方ができる。過去も未来もない。世界には今この瞬間しか存在しない。そういう考えのもとで生きている人たちがいる。愛おしい。同じ時代に生きていることが嬉しくなるような人たちがいる。守れない約束はしないし、いま目の前の現状を必死で生きることに精一杯な人たち。過去をノスタルジックにふり返ったり、未来を必要以上に憂いたりしない。過去や未来のために今を生きたりしない人たち。あらゆる人との出会いを肯定的に受け入れて、自分の人生に果敢に取り込んでいく。その結果自分の人生がどう変わっていったとしても、出会わなかったらよかったとか、そんなことは絶対に考えないで、ただその瞬間を一生懸命生きて「楽しいよ」って言える人たち。そういう人が同じ時代に生きているっていうことを思うだけで深い喜びがわいてくる。

高松の人たちと久しぶりに会った。彼らは、僕が移動生活を始める前に最後に会った時から今日まで続いている日々を、引き続き送っているだけだった。そりゃあ各々すこしずつ環境は変わっている。部屋の模様替えをしたり人付き合いが変わったりはしている。でもそこで流れている日々のリズムは、僕が高松をでていく前と変わっていない。安心した。僕はそこで、いち登場人物になれたことを誇りに思う。

朝から雨。昼前にはやんで晴れ間も見えてきた。気温は昨日とあまり変わらない。

今日から数日間、家を須磨で預かってもらって高松に行く。この移動生活を始める前に住んでいた家に残ってる荷物を回収し て、住民票も実家に戻す。過去を清算しにいくようだ。高松の家はもう僕が帰る場所じゃない。この8ヶ月で僕のまわりの環 境はすごく変わった。本当にいろいろあった。いちいち書かない。あと投票もする。

神戸から高松のフェリーは1日4本の便がでてる。夜のフェリーでいくのが良いと思ったので、その前に「いろは」の店主か ら教えてもらった「神戸ルミナリエ」に行ってみた。

「派手なイルミネーションが街をかざってる」ぐらいの認識でしかなかったけれど、行ってみたらかなり大規模なイベントになっていて、イルミネーションも予想以上に広範囲で驚いた。元町駅から三宮駅をつなぐ太い車道が歩行者天国になっていて、ルミナリエを見るためにはそこにつくられた仮設通路を15分くらい歩かないといけない。BGMがながれて たけど、それ以上に警備員や警察官の「立ち止まらないでください」っていうメガホンの声が気になってしまった。

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「写真に撮ると宇宙船が降りてきたみたいだなあ」と思ってたら、宇宙人みたいな奴がいる、というオチがついた。

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本郷新さんという彫刻家の「老人」ていう作品だった。
ルミナリエはもともと阪神淡路大震災の鎮魂のためにはじまったらしい。それなら1月にやればいいのにと思う。

ルミナリエみたあと、近くのサイゼリアに入った。いまそこでこの日記を書いてる。店内は混んでいて、まわりにはあっちむい てホイしてるカップルもいるし、すっごい近くで顔を触りながら見つめ合ってるカップルもいる。中学生くらいの5人の男女の グループもいる。店員さんもめちゃ忙しそうにしてる。

今日も朝から晴れてる。10時くらいまで寝てた。
「いろは」のオープン前の掃除とテーブルふきをちょっと手伝ったら、バイトしてた頃の感覚を思い出した。
「四角いテーブルは四角くふくんだよ」
って言われたことを思い出した。僕に四角いテーブルのふき方を教えてくれたその社員さんは、店のレジからお金を抜いたという疑いがかけられて会社を辞めていった。

「いろは」を13時頃に出発して須磨区の方面に向かう。「ほんわかテレビ」をみたっていう須磨在住の人が僕を招いてくれていて、今日そこにお邪魔する約束にな ってる。神戸はだいたいどこも歩道が広くて歩きやすい。住みやすそうな街だと思う。しかし途中で、小学生の下校集団に出くわして家をいじられた。集団の小学生 が本当に嫌いだ。かわいげがない。「さわるな」って言ったら余計さわってくるし、それで家が多少壊れても全然気にかけない。加減をしらないし、自分の物と人の 物の区別、壊していいものと壊しちゃいけないものの区別もつかない。なおせないくせに壊そうとしてくる。一人で挑む勇気は無いのに、集団になると調子に乗るの も嫌だ。警察を呼びたくなる。口で「壊れるから触るな」と言っても全然効き目がないので、頭を強めに叩くか、ランドセルの中身を引っ張りだして路上にぶちまけてやろうかと思ったけど、どんなヒステリックな親がいるかもわからないし、逆上されて家を壊されてもたまらんので、目の前のそいつらの顔をつかんで一人ずつ植 木の中に押し込む想像をしながら精神をおさえて振り切った。

須磨区の家についたのは5時前。4歳のかわいい女の子と10ヶ月の男の子がいる家。驚くべき事に10ヶ月のその子はもう歩行を覚えていた。ご飯をみんなで 一緒に食べたあと、お父さんとそのお義父さんと3人で近くの銭湯に行った。
銭湯に向かう車の中で僕が
「いま住民票は高松にあるので、神戸からフェリーで高松に行って投票してこようと思っている」
って話をしたらお義父さまが「ぜひうちが応援している党も考てほしい」という話をしてくれた。その話を聞きながら、なぜか懐かしい気持ちになった。僕が幼いこ ろ、選挙のときに家族同士がお互い誰に投票したかを話さないようにしていたのを思い出した。「選挙は普段の生活とは違う世界の話なので、普段生活を共にしてる 家族同士で話すようなことではない」みたいな空気。あの空気はどの家庭にもあるのかな。いつからあるんだろう。いま思えばあれは奇習だったと思う。そういえば 「友達と政治の話をするな」って誰かに言われた覚えもある。友人の音楽家が「原発反対のデモに参加してます」っていうツイートをしたら 「アーティストがそんなこと呟くな」
みたいなリプライを返されてるのも見たことある。この気持ち悪い空気はなんだ。

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夕方まではずっと天気よかったんだけど、だんだん雲がかかってきて、夜には雨が降り始めた。冷え込みはそれほど厳しくない。最近僕の家は雨漏りがひどいので、 ブルーシートを貸してもらって被せた。

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昨晩はあんまり寒くなかったのでちょっと油断して寝入ってしまったけど、明け方に寒さで目が覚め た。iPhoneを見たら体感気温1度と書いてあった。寒いなと思ったけど、1度でこんなもんかとも 思った。このくらいならもう少し防寒対策すれば乗り越えられそう。冬を越すってのは大変なこと だ。冬眠する動物がたくさんいるのもすっごくわかる。最近、体調のせいか季節のせいかわからない けれど「積極的に移動したい」っていう欲求がわかない。じっとしていたい。
アニメのムーミンの第一話は冬眠からさめるところから始まる。
「4ヶ月眠ってたら、みんな忘れちゃうんだな」
っていうセリフを、確かムーミンがリトルミイに向かって言う。それはすごく羨ましい。ヒトも4ヶ月くらい冬眠して、そのあいだは経済活動も政府も全部凍結して、春からまた再開っていう風にしたら良い感じになるんじゃないか。色々と嫌な事を忘れられるんじゃないか。争いも少なくなりそう。僕の住んでいるこの街はなんだかスピードが速すぎるので、冬を冬眠ですごすムーミン谷のゆったりとした感じが羨ましい。

今日も快晴。お寺を出発する前に、敷地を借りていたお寺の人が蜜柑と柿をそれぞれ12個ずつくらい渡してくれ たんだけど、そんなに持って歩けない。なので4個ずつに減らしてもらって出発した。蜜柑は最高の食べ物なので、もらった4個は出発して30分後には食べきっていた。蜜柑は美味しいし食べやすい。 数キロ歩くと神戸市に入る。このへんはだいたいどこを歩いても北側に山が見えて、反対側には海が ある。国道沿いをずっと歩いて、交差点で右を見るたびに山があるので東西南北がわかりやすい。 「海と山のあいだの少ない平地につくられた街の中を歩いてる感じ」がいつもある。歩いてたら知らないおばちゃんが
「がんばって」 っと言って僕に千円をくれた。この千円を何に使おうかと思ってツイッターを見ていたら、昨日の僕 の「敷地を探しています」っていうツイートをリツイートで拡散して協力してくれた「いろは」って いうカフェが六甲駅の近くにあることを発見して、通り道だったので行ってみることにした。

「いろは」は客席が8席の小さなカフェで、かわいい女の人が一人で経営してる。

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彼女は僕の日記を 6月くらいから読んでるらしく、何も説明せずとも事情を分かってくれていて、すぐ打ち解けた。
基本的にのんびりした印象だけど突然予想外のリアクションをしたりする。リズムがずらされる感じ。それが心地良かった。なんかのんびりした雰囲気を醸し出しつつ、カフェはしっかり経営させてる。すごい。創業3年目らしい。ここで敷地のアテを聞き出せればラッキーだなあとは思っていたんだけど、相談したらまさかの
「ここ使っていいですよ」
ていう返事がきた。

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いろはの前には気持ちの良い神社がある。倉庫がずらっと並んでる。

快晴。気温も昨日と同じくらい。お昼ごろに藤巻ビルを出発、神戸方面に向けて歩き始める。家ごと移動するのは久々なので荷物が重く感じる。

15キロくらい歩いて、16時ごろにはもう暗くなり始めてきたので西宮という駅付近で敷地を探し 始めたんだけど、全然見つからない。1軒目のお寺は留守で、2軒目の神社は「朝早く氏子さん達が くるからびっくりする」ので断られた。3軒目のお寺は「いま住職がいないので協力できない」と言 われて、4軒目のお寺は普通に「それは無理やわ」と言われた。ツイッターとフェイスブックでも呼 びかけてみたけどなかなか良い場所がみつからず、日はどんどん落ちてくる。5軒目に行ったお寺 が、お寺とは思えないような、普通の住宅っぽい家だったんだけどそこでようやくOKがもらえた。

久々の家の移動で敷地が見つからなくて焦ったけど、夜銭湯で湯船につかりながら今日のことをふり 返ってみて「やっぱりこれは楽しいのかもしれない」と思ったりした。ある一定の日数を超えて移動 しなに日が続くと、移動したくなくなってくる。そうすると何故か思考が暗黒面に陥りやすくなる。 絶望する暇を頭に与えないためにも移動は良い。

かなり良い気持ちで銭湯を出たけど、脱衣所のロッカーをあけようとしたら荷物が大きいせいで鍵があかなくなって、店の人を呼んだらロッカーを壊すことになり千円取られた。

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家の中から見た西宮の街

今日もほとんど雲のない快晴。気温は昨日より少し高い気がする。散歩すると気持ち良い。

だいぶ体調も回復してきたので、昼から「堀川団地」という建物の絵を描くために京都に行ってき た。
風邪をひいた事もあって8日間くらい滞在した藤巻ビルだけど、明日はここから神戸方面へ向けて家 を移動させる事にした。なので夜に藤巻さんが最後の晩餐で鍋をやってくれた。僕の髪が伸びてて、 切りたいと言うのでお願いしてみた。かなりうまく切ってくれた。 ながく居たところを出発するのはすこし寂しい。藤巻さんが昨日のたこ焼きパーティーのメンバーで ラインのグループをつくっていて僕も入ってるんだけど、そこではメンバーの恋愛に関する出来事の 実況とそれに対する励ましやアドバイスが流れてきて、僕も「ドンマイ!」とか言ったりする。藤巻 さんも僕が明日出発すること流したりして、「気をつけて~」っていうメッセージがきたりする。グループの関係性が面白くて笑っちゃう。

今日も晴れ。相変わらず寒い。

起きた直後から藤巻さん主催のたこ焼きパーティーの準備を手伝い始めた。何人か友達を呼んでやる らしい。藤巻さんのビルの2階はキッチンもテーブルも食器もあるけど普段はあまり使っていないら しく、そこに友達を呼んでパーティーとかできる。お昼には友達が4人くらい集まってきて、お酒も 飲みはじめてた。僕以外はみんな30代の女性で、妊婦さんもいるし東方神起(他にもいっぱいグル ープ名がでたけど全部忘れた)とかの超韓流アイドルファンの人もいるしなんか色々いて、初対面同 士のところもあるけどみんな関西人ってだけあって話がほとんど耐えない。僕はほとんどみんなの話 を聞いてるのみ。話題がどんどん変わりながらお酒がすすんでいく。女子会に混ぜてもらってる感じ。
東方神起ファンのナガイさんはユンホ(東方神起のメンバー)への貢ぎっぷりが凄まじくて、話 を聞きながら僕は新しい世界の住人を目の当たりにしていた。7口のファンクラブ会員権を所持してチケットをとって、日本でのコンサートよりも韓国のコンサートを聞きにいくのが好きらしい。ハングルで聞くのがいいらしい。
他の人も年上の人との恋愛関係の話とか、生まれて来る子供の名前の話とか、たこ焼き器でアヒージ ョができるんじゃないかっていう話とか、職場の20代の男子が全然使えない話とか色々出てくる出 てくるで、たこパは夜まで続いた。僕は途中から集中力が切れて眠くなって横になってた。

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快晴。相変わらず寒い。まだ喉が痛い。ぶり返した風邪は長引く。だけど喉以外はだいぶ回復した。

午後から椿昇さんに会いに京都造形大に行った。美術工芸科の研究室にはレムコールハースのリサーチ本とか、建築や都市に関する本がたくさんあって、本棚を見てたら椿さんが
「うちはシステム工学を教えてるから建築リサーチ系が多いねん」
って言った。現代美術は、システムを作ればまわりはじめる。いくら体当たりでやってもシステムをまわせないとうまくいかない。宮島さんがデジタルカウンターをみつけ、名和さんがピクセルを見つけたように。それをまわせば食っていける。だから建築系の本を置いてるらしい。僕の育った環境と全然違う。システムをまわすってことがどういうことか、最近薄々感じてはいたけれどその参考にするのにOMAの「S,M,L,XL」とかを使うなんて目から鱗だった。というか、大学で現代美術を教えるってことはつまりこういうことなのかと、それは数分間の会話だったけど大変な刺激で、これはもう敵わないのでは、と思ってしまった。
研究室ではあるプロジェクトのミーティングが行われてて、そこには学生もまじってる。椿さん曰く、学生には徹底的に現場をやらせるらしい。なんか僕も楽しそうだから会話に混じってたらプロジェクトに乗ることになった。
その後ウルトラファクトリーっていう工房に連れて行ってもらって、そこはヤノベケンジさんの制作中の作品などがあって、なんだか訳が分からないままスタッフの人が案内してくれた。名和さんとかヤノベさんとかやなぎみわさんとかのプロジェクトを、学生も混ざりながら進めるための工房で、いくつかのものが同時進行で動いていて、そこにいるだけでその空気の熱量にくらくらした。大学には1,2時間しかいなかったけど刺激をもらいまくって、自分の中の確信を勝手に固めて出ていった。

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そのあと大阪に戻って中津っていうところにある「シカク」っていうスペースで原田ちあきさん企画の展示を見てきた。原田さんが、ツイッター上で作品を発表している絵描きや漫画家の人たちに声をかけて、Tシャツやトートバッグに絵を描いてもらったものを展示販売していて、結構売れてるみたいだった。原田さんは「一緒に死にたい人を見つたい」みたいなことを言ってた。すごい言い回しだ。彼女の話を聞いた感じでは、それは心中したいとかそういう意味じゃなくて、「自分たちの支持層を見つける」ことに注力して、お客さんと一緒に成長していきたいっていうことだと思うんだけど、考えてみると大学で美術を教え込まれた人って、(あるかどうかもイマイチわからない)アートワールドの中でいかに自分をたてるか、それに失敗したらもう絵で食ったりするの無理、みたいな0か100かみたいな勝負を無意識にしていて、それはもしかしたらもっと大きな未発掘のマーケットを無視していることになるんじゃないかと思った。椿さんは美術市場をひろげるために卒業制作展で作品の売買ができるようにしてカタログをつくったり、美術作品をリースするプロジェクトをやったりして、同時に経済界にも働きかけて、美術への投資を促すようなことをしているけれど、それはもしかしたら原田さんがやってることとすごく近いのでは、なんて思ったりした。

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ふたつの場所が対照的でくらくらしながら帰ってきた。明日は、藤巻さんが友達を何人か呼んで「たこ焼きパーティー」をするらしい。僕も朝から手伝うらしい。

今日は朝からずっと雨が降っていて、昨日と同じくらい寒い。夜には雨があがってもうすぐ満月の月が見えている。このあたりは空港が近いので飛行機が頻繁に低い高度を飛んでいく。

ここ7日くらい、子供(というか糞ガキ)にいじめられたり何かに憑かれて神経衰弱になったり、人と会ったり熱出して寝込んでたりして、絵はなんとか描きつつも、日記を一切描く気になれなかった。けどすこしずつ持ち直してきたのでまとめて書く。なかなか色々あった。体調が悪くなると自分のことを俯瞰できなくなって、嫌な事があるとただひたすら落ち込む。絵は頭がぼーっとしている状態でも描けるけど、日記を書くのは無理だった。

まず28日に奈良の松村さんの家から大阪市浪速区の友達のアパートに向けて家を移動させた。奈良と大阪のあいだには山がいくつかあって、そこは紅葉がとても奇麗で、そのための観光客が何人もいたけど、僕は「紅葉を見に出かけてそれを見るのとは別種類の感動」を自分がしているような気がした。それは僕が冬を越すために南へ向かっている最中だからだと思った。たしか茨城あたりで、葉っぱが青々として奇麗だな、と思ったのを覚えてる。あのとき僕は夏を迎えるために北へ向かっていた。あの葉っぱもきっともう役目を終えようとして、今ごろは赤くなってるんだろうと思う。木々が、冬を越す準備をしてる。僕も冬を越そうと南に向かっている。「冬を越す」っていうことが、こんなに大きなイベントに感じられるのは初めての経験だ。ユニクロでヒートテックを何枚買えばいいのかな、とか、鹿児島くらいまで行けば少しはマシかな、とか。平均気温を調べたり降雪量を調べたりする。全ては無事に冬を越すために。紅葉が何故奇麗なのかって、単純に色が鮮やかっていう事以上に、生命の終わりとか時間の移ろいとかを重ねて見るからだと思う。生命体としての木々が運動しているのを感じるから美しいのだと思う。

でも紅葉が美しいとか思う余裕はすぐになくなった。「奈良と大阪は近い」なんて思ってけど、とんでもない誤り。直線距離は近いけれど、あいだに鬼のような坂道がずーっと続いて、もう笑っちゃうくらいの急勾配ばっかり。すぐ汗だくになって足にもマメができた。車もすごい音を立てながらきつそうに坂をのぼっていて、歩いてる人は他に見当たらなかった。くらがりとうげ、とよばれる坂道を登りきったあたりで大阪府に入る。そっからは、笑っちゃうくらい急勾配な下り坂がつづく。足を滑らせたらたぶんアウトなやつ。

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疲れすぎて、途中にあった公園で昼寝した。そんでようやく山道を超えて、東大阪市の街中を歩いてたら今度は自転車にのった小学5年くらいのガキ集団が後ろから寄ってきて、50センチくらいある木の枝(太め)を僕に向かっていきなり投げつけてきて、びっくりしてふり返ったら
「きしょいねんハゲ!」
と罵声を浴びせてきた。かなり腹が立ったけど、もう疲れてるし家を壊されてもたまらんので「孫の代まで呪われろ」と思いながらさっさと立ち去った。

その10分後くらいに、また別のガキ集団が自転車で近づいてきて、家を殴ってきた。殴ったらすぐ自転車で逃げるからタチが悪い。大阪こわすぎる。途中で見かけた選挙ポスターに「大阪に活気を」とか書いてあって「これ以上活気とかいらんから」と、本気で思った。
そんな感じでふらふらと浪速区の友達の家に辿りついて、夜はそこで寝かせてもらったんだけど、今度はそのアパートが事故物件で、昔ひどい殺人事件があったらしい。20141204-193343.jpg
「ちょうど家をおいてる駐輪場のあたりが現場だった」と言われて「もう勘弁してくれ」と思った。そのせいか翌朝から急に体調が悪くなって、ファミレスでぼーっとしていた。もう1日そのアパートに泊めさせてもらう予定だったけど、この体調悪化はあの場所のせいだと思い、急遽家を動かす事にした。藤巻さんていう淀川区に住んでる人がツイッターで「家置けます」って連絡をくれていたので、藤巻さんと連絡を取ってそこに向かった。9キロくらいの道だったけどもう満身創痍で、しかもその途中、何故か草刈り機で草刈りしてるおっちゃんの手元から小石がすごいスピードで首に飛んできたりして神経もすり減らされた。絶対に何かに憑かれている。岩手のトンネルでも同じように何かに憑かれて体調が悪くなったことがあったなあと思い出したりした。
藤巻さんの家は淀川区にあるビルだった。1階のテナント部分があいているのでそこは好きに使ってくれていいと言ってくれた。僕があまりに疲れていたので、藤巻さんとお母さんが家にあげてくれて、晩ご飯を一緒に食べたあとホットカーペットの上で寝かしてくれた。これが救いになった。夜の時点では37.9度の熱があったけど、朝までに平熱に戻った。
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平熱に戻った30日の午後から大阪在住のアーティストの大歳芽里さんと合流して、大阪の此花地区を案内してもらった。もともと梅香堂というギャラリーで、今はASYLという名前に変わったスペースで下道基行さんが展示していて、下道さんとも少しお話しできた。武蔵美の卒業生だから先輩にあたる。下道さんの話を聞けば聞くほど、興味の対象が僕と近いところにあるような気がした。下道さんは「写真家」っていう感じじゃない。「写真を使って」作品をつくってるという感じがする。有名な鳥居の作品群について

「実際は(鳥居を探すのに)すごい距離を移動しているんだけど、写真でならべるとその距離を飛ばしてみせることができる。展示する枚数は、3枚から5枚が一番縛りが強くて、それ以上になると逆に解釈がひろがっていく」
って話していた。写真を何枚か展示することによって、その先にあるものを見せようとしてる。その考え方は、いま僕が考えている展示プランにも通じるものがあって、勝手に仲間だと思った。また下道さんの活動を考えるためには「生活」っていうキーワードが欠かせないような気がする。そこにも勝手ながらシンパシーを感じる。
ASYLの他にThe Three Konohanaっていうギャラリーも行ってみた。ここはASYLとはだいぶ雰囲気が違う。山中さんていう面白い人がギャラリーをやってる。そこでは小松原君っていう僕と同い年の作家が展示していて、彼とも話した。
展示をみたりトークをきいたりして、すこし消耗した。夜は芽里さんと飲みにでかけて、彼女の「良い女」っぷりにより隣の席のおじちゃん2人組から日本酒を奢ってもらった。その後芽里さんの友達のメガネヤっていう古本屋さんに押し掛けて泊まらせてもらった。この古本屋も面白くて、普通のマンションの1室を古本屋にしている。外からは全く古本屋だとは分からない。オーナーの市川くんと芽里さんと3人で話すのは、朝まで起きていたいくらい面白かったけど、体調がまた悪化してきたので早めに寝た。

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そんで12月1日の昼に藤巻さんの家に戻ってきた。その日の夜、僕のことをテレビで見て刺激を受け、学校の自由研究で自分の家をつくったという小学2年生の男の子とその両親が訪ねてきた。
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なんか鳥がのってる

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藤巻さんの職場の屋上

翌朝は藤巻さんの職場まで忘れ物を届けにいったり、de sign deというミュージアムで建築の展示を見たり。この展示がまたなかなか良くて、建築のゾーニングを考える、あの懐かしい面白さを思い出した。大学生のときはこの面白さだけが設計をやるモチベーションになってた。展示を見ることによってまた消耗して、ふらふらと家に帰ってきてまた寝た。

3日の朝に喉の痛みが悪化して、体が明らかに昨日よりだるくなっているので、これはもう病院だと思って病院に行って薬をもらってきた。薬はすぐに効いてくれた。夜には「味園ビル」という大阪No1ディープスポットに、藤巻さんとその友人と3人で飲みに出かけた。
で、今日はもうずっとほとんどなにもせずに寝ている。いまも自分の家のなかでごろごろしながら日記を書いている。だいぶ体調も戻ってきた。明日は椿昇さんに会いに急遽京都造形大にいくことになった。

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晴れ。時々曇り。今日も朝から割と暖かいけれど、暗峠を超えて大阪に入ったあたりから気温が数度上がったような気がする。

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上着を着てると暑いくらい。晴れ時々曇り。

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昼までは晴れてたけど夜になって雨。相変わらず暖かい

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くもり時々小雨。午後から2月並みの気温になると聞いていたけどそんなでもない。

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快晴。ちょっと雲が浮いてる。とても寒い。というか昨日までが暖かすぎた。

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今日も寒い。昨日と同じような気候。雲は少しあるけど晴れている。夕方から急に曇ってきて、夜には雨が降ってきた。