これから僕は「移住を生活する」ということをはじめてみる。これは、それまでの僕自身の生活を俯瞰するための方法。
この閉じた生活の全ての元凶はあの「不動産」とか「家」とか呼ばれるものであると考えてみて、ここからなんとか、頭1つぶんだけでもいいから抜け出し、俯瞰するように眺めてみるための「いくつもの家のペン画」と、「ペン画から生まれたような家」を使って。
これまでの一年。今ふり返ると長いような短いような。不思議な一年だった。
去年の3月ごろ、このままやっていたら、なんだか自分は駄目になってしまうような気がする。と感じて、共同アトリエを出て、展示やプロジェクトのお誘いを断りさえもして、ビアガーデンのホールスタッフと清掃員のバイトをやりはじめた。そんで、多くのアルバイトは、基本的に人間性の否定でなりたってることがわかった。時給制っていう考え方が、その原因になっている。そこでは、それまでの自分のやってきたことなんか、人間性や、思想や信念なんか、全く無意味なものになってしまう。そこで求められるのは、その職場で、いかに他の人と同じように動くか。その職場が定めた"ダンス"を、いかに完璧に踊りこなすか、それだけが求められる。人と違うことをしたり考えたりすると、基本的に嫌われる。そんなものは、そこでは役に立たない。自分で自分に命令してなにかを制作したり、自分の通った足跡をみて、考えて、また次の制作に挑んでいくような作業は、そこでは、全く何の意味も成さない。自分にしか基準がないものは、他からみたら、何もやってないのと同じだという"錯覚"を覚え込まされる。これは錯覚なのだ。それがアルバイトの現場だった。でも、それまでの生活をほとんど無かったことのようにふるまって、バイトばっかりしていた。そこに自分をおいて、嫌な歴史、二度と戻りたくない日々を自分の精神に刻み込むために。感覚を開くために。深く潜るためには、その必要のない現場に身をおいている必要があった。労働によってのみ、僕たちは僕"たち"という個別性を獲得できる。
そして10月には香川に引っ越してきて、第2期のバイト生活をはじめた。自分でもなんでこんなことになっているのかわけがわからなくて、もう自分の境遇に笑うしかなかった。なんで自分は香川県の海鮮料理屋で働いているのか。なんでこんなところで「いらっしゃいませー」とか言ってるのか。なんなんだこれは。って思って、油断すると笑えてきちゃう。そんな日々。とにかくこの一年間ほとんどフリーターだった。
バイト生活をはじめた直後のころは、なんてうまく設計された世界なんだ、という感想から始まって、お金と食べ物は等価な"交換"のはずなのに、食べ物を提供する方がお金を払う方に対して敬語なのはなぜなのだ。という疑問につながっていった。エンデの本を読んでみた。そしてわかったのは、プラスの利子という考え方が、お金の力を必要以上に大きくしてしまっている、ということ。お金を動かさずに貯めておいた方が、増えていくという考え方。「貯金」という考え方。これはもろに、敷地境界を設定し、他と自分の資産を区別することによって競争をつくり成長してきたこの社会の成り立ちに関わっている。
縄文時代に定住が始まったのは、土器が発達したからという説があるらしくて、要するに、物を蓄えるようになってから、人は定住をはじめたという説。そこから稲作が始まって、それが分業に繋がって、お金の話に繋がっていくのだと思う。
なんとなく見えてきたのは、この生活が、それまで思っていた以上に、閉じたものであるということ。僕たちは閉じ込められている。僕たちは、自動販売機を夜通し動かすために、ハンバーガーをひとつ100円で買うために、仕事をしている。もっとわかりやすい例えがある。僕たちは、十キロ離れた仕事場に素早くたどり着くために仕事をしている。明日の仕事と生活のために今日の仕事と生活を営む。この、貯蓄と定住を前提とした生活によって営まれてきた文明。フーコーが「ダイアグラム」とか「装置」と呼んだもの。この閉じた生活。わかりやすい悪者なんて一人もいない。人に向かって指したはずのその指は、気づかないうちに自分自身に指されている。あなたは僕であり、僕はあなたであるという状態。原発事故を起こしたのは僕でもあり、原発反対を叫んでいるのは僕でもあり、原発推進をしているのも僕でもある、という状態。「お前たちは」という呼びかけは「私たちは」という呼びかけと同じだ。この輪。ここから抜け出すことはできないけれど、対象化することはできるかもしれない。抜け出すという志向性そのものに形を与えることはできる。可動部分が少ないロボットのようになりたくない。定められたダンスを踊ることが「楽しい」と思えてしまう体になりたくない。
原発の再稼働に反対だと、どうも主張しきれないのはなぜか。人に何かを薦めるときに、あるいは何かを批判する時に胸をかすめる「お前はどうなんだ」というあの感覚はどこからくるのか。それを暴くための方法。僕はいま25歳。もう四半世紀いきている。たぶん1世紀なんて、僕が思っている以上にあっという間に過ぎ去っていくのだろう。最近有島武郎の「小さき者へ」という短編を読んだ。ちょうど100年近く前に書かれたものだ。あっという間なのだ、100年なんて。量としての年月なんて。取るに足らないことなのだ。

20140304-145610.jpg

20140302-132836.jpg

昨日と同じ絵を、昨日と同じところで描いていると、昨日と同じ時間帯にスズメの群れがやってきた。スズメたちは、まずある家の屋根の上にとまり、次にぱらぱらとむかいの家の屋根にうつりはじめる。そしてあるタイミングで)これが人間の僕にはわからないのだけど)で、ぶわっと、勢いよく、全てのスズメが一斉に屋根から飛び立ち、また最初の家の屋根にとまる。そしてまたしばらくすると向いの家の屋根にうつりはじめ…。というこの一連の動きも、昨日と同じだった。ちゃんと、日々のルーティンワークがプログラムされているのだなあと思った。そして僕も、昨日と同じ時間や昨日と同じ職場に行って、昨日と同じような動きを、今日もするのだなあ、と思い当たった。これは、スズメたちとどう違うだろう。「今日とは、昨日と明日の間にあるものだ」というだけの意識で、現在を消費するために反復を行う。これはみんなでやることによって、怖くないものになってしまう。僕たちの日々は、あっというまに、あのスズメたちの日々と似たようなものになってしまう。そこに、ある個体による意図的な活動。歴史を踏まえ未来に賭ける、あの創造行為がなければ。
今までどうも、美術という軸足を外さないように、演劇に接近していくような気持ちでいくつかのプロジェクトをやってたけれど、今考えてみると、小さい小さい考えだった。もし演劇というなら、あれらのプロジェクトは、直接演劇として上演できるものだった。軸足を外す勇気が必要だった。というか軸足なんて気にしないで、重心を動かしまくって、軽快にステップを踏みながら進んでいく気持ちでいないといけない。
ある人間の生活を通してみることによって、自分がいるこの世界をまるごとステージにあげることができる。それを「鑑賞する」ことさえできる。誰にとっても生活は、その人からしたらそれこそが世界の全てなのだから。そして僕たちは想像力をもっているのだから。これが可能なのだ。スズメとは違うのだ。

言葉もメディアなんだから、何か思いを言葉にして口からだす、という事は、テレビが現場から中継するように「報道する」ことと同じようなもんだから、偏向報道は常に起こるし、この頭の中の「現場」は、言葉にしても映像にしても「ありのまま伝える」なんてことはできないはず。この現場は、見ることも触ることもできない聞くこともできない。しかも頭にはどうやらチャンネルもいくつかあって、NHKみたいな伝え方とか、民放みたいな伝え方を、チャンネルを変えるかのように、相手によって言葉の選び方を変えている。

02171234
先日の関東甲信越の大雪で、山梨県や埼玉県の一部、東京の西側がかなり深刻な状況らしい。死者は15名に増えて、たくさんの人が道路上で車の中に、あるいは駅のホームに、あるいは家の中に、もう3日間も缶詰にされていて、大月駅では駅に孤立させられている人にご飯の配給でカレーがきた、という写真も目にした。雪が、こんなにもこわいものだったとは考えたことも無かった。新潟県十日町市で積雪3mの地域で、生活を営んでいる人たちをみて、雪の扱い方を知っているし、冬にこれだけ大変な量の雪が降るから、地域のつながりも強くなる、という言葉も聞いた。けれど、普段降らない地域にたくさん降ると、積雪1mでも、命を脅かす脅威になるのだな。車で遠くまで買い出しにいかないと食料が手に入らない地域も多いだろう。道路に雪が1mもつもっちゃうと、除雪車も無いので、まったくなす術がなくなってしまうのだろう。国道が、獣道のような歩道になっている写真も目にした。僕は最初にこの状況をツイッターで知って、これは大変だと思い、家に帰って思わずテレビをつけた。普段テレビなんて全くと言っていいほど見ないのに、瀬尾ちゃんもつぶやいていたけれど、こういうとき、思わずテレビをつけてしまう。幼いころ、晩ご飯を食べながらテレビをつけていた体質が染み付いているのだと思う。ニュースと言えば、まずはテレビ、みたいに。でも、チャンネルをいくら回しても、大雪なんていうニュースはどこもやってなかった。NHKでオリンピック中継のあいまの数分間のニュースで、すこしだけやっていたけれど、「大雪で死者•負傷者がでています」というくらいの、数十秒間のニュースだけだった。大雪なんか降ってない地域にいるから、香川の放送局網のテレビをみているからというのもあるのだろうけれども、テレビを見る限り、僕がツイッターでみたあの大変な災害はまるでなかったかのようだった。インターネット上で普段から情報を収集してない多くの人は、単に情報として「ああ、雪が大変なのねえ」という程度の感想をもつ程度なんだろうと思う。それよりも、ロシアで行われている、氷の上で特殊な靴を履いてくるくる回る競技などで、日本人が良い評価を得た、という物語のほうが、下手をしたらリアリティがある。これはちょっとまずいな。テレビが、ある出来事を物語として語らないと、それしか見ていない人たちはリアリティをもてない。涙や感動や笑いを演出されないと、見ても面白くない。
それで気づいたのが、僕はどうも、ツイッターや、インターネット全般のことを、テレビや新聞やラジオなどのメディアの上位概念にあるものだと思っていて、(これは震災や選挙のときの、ツイッターとテレビの剥離、まるで別世界に存在するかのような印象をもった時にもぼんやり気づいていたのだけれど)それは間違いかもしれない。インターネットは、インターメディアではないのかもしれない。それは、テレビ番組がテレビ画面に表示されるように、ラジオがスピーカーから流れるように、紙としての新聞が玄関に届くのと同じように、パソコンやiPhoneなどのディスプレイに表示される、ひとつのメディアにすぎないのかもしれない。だとしたら、「なんでテレビでやってないんだ」という感想をもつこと事態、お門違いということになる。テレビにはやっぱり、特にオリンピックなんかは、放送権が高いとかいろいろ身動きが取りづらい部分があるのだろう。放送したくてもできない事情もあるんだろう。しかしそれでも、テレビはやっぱり今でも最も影響力のあるメディアだと思うし、そこでちゃんと放送するとべきだと思った。身近なところでおこっている災害よりも、オリンピックにリアリティを感じてしまう体質はどう考えてもやばい。僕は山梨県民ではないから、山梨県でどういう放送がされているのかわからないけれど、もしかしたらこことは違って、絶えず雪に関する報道がなされているのかもしれない。あるいは、ツイッター上で「災害に関係のない地域の人たちが、『テレビでなんで報道しないんだ』と文句を言うのは、己の情報欲を満たされていないことからくる不満にすぎない」という意見があった。もちろんこれもあると思う。でも、こういうことをいって何かを言った気になるような人間にはなりたくない。
「なんでテレビでやってないんだ」という、どこか切実でさえあるこの呟きは「なんで自分はそこにいないんだ」という意味にもきこえる。同じ国に住んでいる人たちが、住んでいるどころがたまたま悪かったというだけで、命をおとしてしまう、大変な思いを強いられてしまうというのに、同情したいのに、彼らがどんな景色をみているのか、同じ国民として知りたい。テレビがいま最大のメディアである以上、「同じ国民として、あなたたちのことをみていますよ」ということを、「テレビでやっている」ということを通して確認したい。というのは当たり前の心の動きだと思う。だから被災地だけで報道がされていればいいなんてことにはならないし、情報欲だけでは説明できるわけがない。

で、インターネットやテレビやラジオや新聞の上位概念としてのメディアがありえるとしたらそれは、やっぱり「個人」ということになるな。ちょうど東京ではメディア芸術祭が行われているけれど、厳密な意味でのメディアアートって、河原温のスタイルとかになるのだろうなと思った。メディアアートとしての個人活動。

02122527
僕たちは、選択の余地なく、気がついたら生み落とされているのに、死ぬことは受け入れなくちゃいけないのだから、最初から理不尽の中に投げ出されている。だから何のことはない。怯える必要も怖がる必要も諦める必要もない。僕たちは一人で死ななければいけない。つまり僕とあなたの間には断絶があるということ。決定的な、深い深い断絶だ。だから、人の苦労と自分の苦労を比べて、どっちのほうが苦労してるか等という話はしてはいけない。できない。これから生まれてくる子供の方は僕たちよりも苦労するので、苦労させたくないから生まないとか、ある世代の方が若い世代よりも苦労しているだとか、そういう理屈にはならない。そんなことよりも、この死ぬまでの束の間の交流を、この短い永遠をみんなで楽しもうっていう、そういう態度の方が粋だと思うの。
「プレゼントをうけとる」っていうのもひとつのプレゼントじゃないか。プレゼントしてくれた相手に対する。だから、プレゼントをする方もされた方も、相手に感謝をするべきだと思うの。お金も同じだ。なぜ商品やサービスを提供する方が、お金を払う方に敬語を使わないといけないのか。「受け入れる」っていうのは、能動的なことでしょうが。

ここ数日、なんだか余裕がなくて、日々きつくなっていて、原因はなんだろうかと思っていた。で、このあいだ近くに古本屋をみつけて、入ってパラパラといろんな本をながめていたら、昔の芸術家たちの素描集(ダヴィンチとか)をみつけてひらいた時に、その印刷された素描から、心地よい風がふいてきて、ふと胸の風通しがよくなったような気がして「ああ、足りないのはこれだったか」と気がついた。そこで今日、じつに二ヶ月ぶりに美術館にいってきた。高松市立美術館の常設展。
田中敦子の「電気服」が展示されていて、これが良かった。たくさんの電球が服みたいにたくさんぶらさがっているのだけど、その電球が、アクリル絵の具でいろんな色に塗られていて、ときどき電球がいっせいに点滅すると、そのカラフルな光で展示室がちらちらとにぎやかになる。
この、「絵の具で塗られている」のが、すごいなと思った。田中敦子はやっぱりペインターなのだなあと。光って、昔から視覚芸術にとってとても重要なもので、色が違ってみるのも、ものが形をもってみえるのもすべて光を目が認識するおかげで、だからこそ絵画が生まれて、光に対する言及がいつの時代もあって、いまの現代美術もそうやってあるんだろう。そんな光がちかちかする電気服の電球が、絵の具で塗られているのだ。自身の、ペインターとしての文脈をひろいつつ、テクノロジーとしての絵画。インスタレーションとしての絵画のような、新しい道をきりひらいた、田中敦子にとって1つの飛躍だったに違いない作品だった。電気服。
他にもさわひらきの「eight minutes」(これはちょっと、展示の仕方が残念すぎだった。とても良い映像だったのに)とか藤本由紀夫の「music dustbox」(鑑賞者がねじを回したオルゴールが、ゴミ箱の中に吸い込まれていくインタラクティブな作品。東京都現代美術館にもコレクションされているears with chairの人)とか池田亮司の「data.scan」とかが印象に残る。この美術館がコレクションする現代美術の傾向というか、つくろうとしている文脈がすこしわかったような気がした。田中敦子の「電気服」が展示室の中央に展示されていて、それが放つ光が、他のすべての作品にあたる。宮島達男の作品もあったりして。
このあいだの企画展も、高木正勝さんとかスプツニ子さんとかトーチカとかが主に出品していて、傾向が似ているなと思った。
「電気服」が切り開いた時空を、それぞれの作家たちが押し進めていったように見える展示だった。展示の仕方が雑すぎるけれど。。あと「戦後の讃岐漆芸」という展示でみた作品も、良いなと思うのがたくさんあった。

50年前に録音された歌と130年前に書かれた本に毎日救われている

火曜日に、中塚といっしょに「かぐや姫の物語」をみてきた。
そして、なんだかやられてしまった。輪郭線そのものがぶるぶると動くようなアニメーションは、すごく刺激的で、アニメーションが"アニメーション"であることを改めて思い知らされたというか、絵が動く事の本領をみせつけられた感じ。ただ、内容は、えげつないほどに悲しい、というかむなしい物語だった。かぐや姫のキャラクターが、いまの僕たちにも感情移入できるようにつくられていて、竹取物語の原作を読むだけではここまでずんとした重い気持ちにはならないだろうな、と思った。親は、ただただ子供がかわいくて、幸せにしてやりたくて、いろいろと世話をやくことが、子供にとっては窮屈で苦しいことだ、という、今の時代にも通じるような解釈を原作から読み出していて、その結果描かれるかぐや姫やそのまわりの人たちは、見ていて恥ずかしくなるくらい、僕たち自身のことを描かれているような気がした。生きることの歓びと、それにともなう苦悩。「私の人生はこんなはずではなかった」という気持ちが、どの登場人物からも読み取れる。かぐや姫にさえも。人間が生きていて、命があるがゆえに穢れがあるとされるいこの世界と、穢れのない"無"の月の世界からの唐突なお迎え。
『いざここを離れるとなると、あるいは死ぬとなると、とたんにすべての景色が愛おしくなり、今までのすべての苦悩が、実は歓びだったんじゃないか』と思ってしまう。僕たちはこんな風にしか、人生を肯定できない。この気持ちに心当たりのない人はいないんじゃないか。そのさなかにいるときは「私の場所はここではない。もっと良いところがあるはずだ」と思い、すべてが過ぎ去る"お迎え"が近いとわかってからじゃないと「ここは良いところだった。ここを離れたくない」と思うことができない。そして最後に唐突に訪れる"お迎え"の非情さとむなしさと、お迎えにくる連中の話の通じなさが生々しい。映画を見た後、「僕たちは生まれてきた時点で、現状に満足しつづけることはできない。なので、生は苦悩するためにある」と「それでも歓びは苦悩よりも深い」という二つのフレーズが思い浮かんだ。

たまたま読んでいたニーチェの「ツァラトゥストラ」に、この「かぐや姫の物語」の命題に対する応答があった。この映画のキャッチコピーは「姫の犯した罪と罰」である。

ーーー
意志とはー自由と喜びをもたらす者のこと。友よ、君たちにはそう教えたはずだ!
~時間は逆流しない。そのことに意志は憤怒している。『そうだったこと』ーこれが、意志には転がすことのできない石の名前だ。
~『どんな行為も消すことはできません。罰を受けても、行為は帳消しにされません!<この世に生きている>という罰が永遠なのは、まさに、まさに、この世に生きていることが、永遠に行為と罪を繰り返すことでしかないからなのです!それを逃れる道はただひとつ。意志がなんとか自分を救うことです。<意志する>が<意志しない>になることです。ー』
だが兄弟よ、君たちは、狂気が歌うこの夢物語を知っているはずだ!
『意志は創造する者である』と教えたとき、俺は君たちをこの夢物語から連れ出してやった。
どんな『そうだった』も、断片であり、謎であり、ぞっとするような偶然なのだ。ーだが、創造する意志が、『いや、俺がそう望んだのだ!』と言うと、事態が変わる。
ー創造する意志が、『いや、俺はそう望むのだ!そう望むことにしよう!』と言うと、事態が変わる。~誰も意志に、後ろ向きに望むことを教えた者はいなかった!」

ーー
いま映画館でやっているアニメが出した質問に対して、130年前に書かれた本がひとつ道筋を示しているかのよう。ここではニーチェは、たぶんショーペンハウアーの「意志の否定」を批判的に意識しながら書いているけれど。

そして映画をみたあと、ずいぶんと沈んでしまった。映画の翌日、起きてからアルバイトにいくまでの時間はかなり危なかった。こういうのはだいたい起きた直後が一番やばい。感覚をひらくために"気持ちをあえて落とす"ことはたびたびやるけれど、ちょっとそれがいきすぎるところだった。本を読む気にもならず音楽も聴く気にもなにか描く気にも言葉にして気持ちを鎮める気にもならず。さいわい短い時間で抜け出したけれど。
あのとき、ものすごい切実さをもって救いになってくれたのは「お前自身を笑うことを学べ」という「ツァラトゥストラ」の一文と、越後妻有で見たひとつの作品。ビールという作家の作品。赤と白の小さくて派手な小屋が山の中にあって、中にはいると、ずらっと並んだ冷凍庫の中に雪だるまが展示されている。そんな作品。そしておじいちゃんからのはがきの言葉。「常に豊かで余裕のある姿をとるように」。やっぱり、家族からの言葉は、何よりも重く響く。たぶん、良い言葉も悪い言葉も(それがラカン風に言う「充実した言葉」であれば)そうなんだろうなと思う。どんなに偉大な作家の言葉よりも、家族からの言葉は重く響く。家族からの「君は~なんだよ。」というタイプの言葉は。精神に直接刻まれる、というか、刻まれていたものが再び浮き彫りにされるかのよう。

光文社古典新訳文庫 ニーチェ 著 丘沢静也 訳
「ツァラトゥストラ(上)」からいくつか抜粋。
たぶんこの本は、訳者によって印象がだいぶかわるように書かれているように思う。他の訳も読んでみなければいけないと思う。

ーーーーー
「人間は、1本の綱だ。動物の超人の間に結ばれた綱だ。ー深い谷の上に架けられた綱だ。向こうへ渡るのも危険。途中も危険。ふり返るのも危険。ふるえて立ち止まるのも危険。人間の偉いところは、人間が橋であって、目的ではないことだ。人間が愛されるべき点は、人間が移行であり、没落であることだ。」

ああ、兄弟よ、俺が創造したこの神は、人間が造った作品であり、人間がいだいた妄想なんだ。いろんな神々と同様に!
人間だったんだよ。神なんて。人間と「私」の貧弱なひと切れにすぎなかったのさ。自分の灰と残り香から生まれたのが、この幽霊なんだ。嘘じゃないぞ!彼岸からやってきたんじゃない!

兄弟よ、君に徳があって、それが君の徳であるなら、その徳は誰の徳とも共通点がない。
もちろん、君はそれに名前をつけて、愛撫するつもりだ。その耳を引っ張って、退屈をしのぐつもりだ。
だが、しかし!名前をつけてしまうと、名前は大衆に共有される。君の徳といっしょに、君も大衆の群れになってしまう!
だから、こう言うほうがいいだろう。「私の魂に苦さや甘さをあたえるもの、しかも私の内蔵の飢えでもあるもの。それは言い表すこともできないし、名前もないんです」
君の徳は、うんと高貴であるべきだ。名前で呼ばれるほど馴れ馴れしいものであってはならない。どうしてもそれについて語らなければならないときは、たどたどしく語ることを恥ずかしいと思うな。
たどたどしく言えばいいのだ。「これが私の善なんです。私が愛してる善なんです。こんなに私は気に入っているんです。こんなふうにしか私は善を望みません。善を、神の掟としては望みません。人間界の規約•必需品としては望みません。それを、地上を超えた世界や天国への道しるべにするべきではない。地上の徳なんですよ、私が愛するのは。この徳は、あんまり利口でもないし、皆さんがもっている理性もほとんどもっていない。でも、この徳は、鳥のように私のところで巣をつくった。だから私はこの鳥を愛し、胸に抱くわけです。ーいま、この鳥は私のところで金の卵を温めている」
こんなふうにたどたどしくしゃべって、君は自分の徳をたたえるといい。

書かれたもののなかで、俺が愛するのは、地で書かれたものだけだ。血で書け。すると、血が精神であることがわかるだろう。
知らない血を理解するのは、簡単にできることではない。読書する怠け者を、俺は憎む。
読者というものを知っている人間なら、読者に合わせて書くことはしない。あと1世紀、読者というものが存在しつづけるなら、ー精神は、悪臭を放つだろう。
誰もが読めるようになることを許される。そんな事態になれば、長い目で見ると、書くことだけでなく、考えることまでが駄目になる。

君たちの中で誰が、笑いながら高められていることができるのか?
一番高い山に登っている者は、どんな悲劇的なゲームであっても、どんな悲劇的なまじめさであっても、せせら笑う。
勇気をもて、動じるな、嘲笑せよ、暴力的であれーと、知恵が俺たちに要求する。知恵は女だ。いつも戦士しか愛さない。
君たちは俺に言う。「人生を背負うのはむずかしい」。だが、何のために朝にはプライドが、夕方にはあきらめが用意されているのだろうか?

「~しかし、人間も木も同じようなものだ。木が高く明るい空にむかって伸びようとすればするほど、木の根はまずます力強く、地中に深く潜り込んでいく。下へ。闇の中へ。深みの中へ。ー悪の中へ」
~「もしもこの木が、しゃべりたいと思っても、この木の言うことを理解するやつはいないだろう。あんなに空高くまで伸びてるのだから。
というわけで、この木は待っている。待っているんだ。ーしかし、何を待っているのか?あまりにも雲の座の近くで暮らしているので、稲妻に最初に打たれることでも待っているのだろう」

たとえば、自分の中に肉食獣を飼っている恐るべき連中がいる。官能か、自分の肉を引き裂くことしか知らない。連中にとっては官能も、自分の肉を引き裂くことなのだ。
この恐るべき連中は、人間にすらなったことがない。生きることをやめよ、と説教されて、自分から消えてもらいたいものだ!

兵士の姿はたくさん見える。だが俺が見たいのは、たくさんの戦士だ!身につけているのは、「制服」と呼ばれるものだ。だが、その下に隠されている中身までもが、制服のようであってほしくない!
君たちの目には、いつも敵をー君たちの敵をー探していてほしい。君たちのなかには、ひと目で敵だと見破った者もいる。
自分の敵を探すのだ。自分の戦争を戦うのだ。自分の思想のために!君たちの思想が負けても、思想に対する君たちの誠実さが勝利を喜べばいい!
平和を愛するなら、新しい戦争のための手段として愛するべきだ。長い平和より、短い平和を愛するべきだ。
俺がすすめるのは、労働ではない。戦争だ。俺がすすめるのは、平和ではない。勝利だ。君たちの労働は戦いであるべきだ!君たちの平和は勝利であれ!
~君たちに言わせれば、よい目的が、戦争をさえ正当化する。だが俺に言わせると、よい戦争がどんな目的でも正当化する。
隣人愛よりも、戦争と勇気のほうが、大仕事をたくさんやった。君たちの同情ではなく、勇敢さが、不幸にあった人たちをこれまで救ってきた。
~敵にしてよいのは、憎むべき敵だけだ。軽蔑すべき敵など相手にするな。自慢できるような敵しか相手にするな。そうしておけば、敵の成功は君たちの成功にもなる。
~生きていることへの愛を、君たちにとって最高の希望への愛とせよ。君たちにとって最高の希望を、生きていることの最高の思想とせよ!
君たちにとって最高の思想を、この俺が命令してやろう。ーそれは、「人間は、克服されるべき存在なのだ」という思想だ。
というわけで君たちは、服従と戦争の人生を生きるのだ!長生きすることに、どんな価値があるというのだ!いたわられたいと思う戦士など、いないだろう!
俺は、君たちをいたわらない。心の底から君たちを愛しているぞ、戦う兄弟よ!ー

俺が国家と呼ぶのは、善人も悪人も、みんなが毒をのむところのことだ。国家とは、善人も悪人も、みんなが自分を失うところ。国家とは、みんながゆっくり自殺することがー「生きる」ことであるとされるところ。
~国家が終わるところで、はじめて、余計な人間ではない人間がはじまる。そのとき、なくてはならない人間の歌がはじまる。一回限りの、かけがえのないメロディー。
国家が終わるところで、ー兄弟よ、その向こうを見てもらいたい!虹が見えないだろうか?超人への橋が見えないだろうか?

偉大なものはすべて、市場や名声から離れたところで生じる。新しい価値をつくる者は、昔から、市場や名声から離れたところに住んでいた。
孤独の中へ、友よ、逃げろ!毒バエに刺されているじゃないか。激しく強い風の吹くところへ、逃げろ!
孤独の中へ逃げろ!みじめな小物たちの、あまりにも近くで、君は暮らしてきた。目に見えない連中の復讐から逃げろ!君にたいして連中は復讐しかしない。
連中に手をあげるのは、もうやめろ!連中は無数にいる。ハエたたきになるのは君の運命じゃない。

君は、束縛から自由になることを許された人間なのか?仕えることを放棄したら、自分の最後の価値を放棄することになった人間もいるぞ。
何からの自由?ツァラトゥストラにとって、そんなことはどうでもいい!君の目ではっきり告げてもらいたいのだ。なんのための自由なのかを?
君は自分にたいして善を悪を示すことができるか?自分の意志を掟のように自分の頭上に掲げることができるか?自分で自分を裁けるか?君の掟を破ったやつを罰することができるか?
恐ろしいことに、君の掟によって裁いて罰する者は、君しかいない。

だから、生み出してくれないか。すべての罰を背負うだけでなく、すべての罪をも背負うような愛を!
だから、生み出してくれないか。誰にたいしても無罪を言い渡す正義を!ただし、裁く者には無罪を言い渡してやることはない。

死ぬのが遅すぎる人は、たくさんいる。死ぬのが早すぎる人は、あまりいない。「ちょうどいい時に死ね!」という教えは、まだ馴染みがないらしい。
ちょうどいい時に死ね。ツァラトゥストラはそう教える。

医者よ、まず自分を助けるのだ。すると病人を助けることにもなる。自分で自分を治すものをその目で見ることが、病人にとって最高の助けになると考えることだ。
まだ誰も歩いたことのない小道は、何千とある。何千という健康がある。何千という隠れた生命の島がある。

だから高貴な人間は、他人に恥ずかしい思いをさせないようにする。そして、悩んでいる人を見たら、かならず自分を恥じる。
じっさい、俺はあわれみ深い連中が好きではない。連中は、同情することで非情に幸せになる。恥ずかしいという思いが、あまりにも欠けている。
俺は、同情するしかないときえも、同情していると思われたくない。同情する時は、遠くから同情したいものだ。
「ツァラトゥストラだ」と気づかれないうちに、顔をかくして、逃げたいものだ。友よ、君たちにもそうしてもらいたい!

ああ、友よ!母親が子どもの中にあるように、君たちの「自分」が行為のなかにあるべきなのだ。このことこそ、徳について君たちが言うべき言葉なのだ!

学者は、水車の粉引き装置のようにギッコンバッタンと働く。穀物の粒を投げ入れてやるだけでいい!ー心得たもので、ちゃんと穀粒を小さくして、白い粉に変える。
学者は、お互いにしっかり目を光らせている。相手をあまり信用しない。小さな策略をあれこれ考えだしては、頭の回転ののろいやつが来るのを待っている。ー蜘蛛のように待っている。

詩人はまた、あまり清潔ではない。自分たちの水を、深く見せるために濁らせている。
濁らせることによって詩人は、ものごとの調停者の顔をしたがる。しかし間に立って、かき混ぜるだけ。中途半端で、不潔な連中だ!ー

しかし人間たちのところで暮らすようになってから、俺は思った。『この人には目がひとつありません。あの人には、耳がひとつありません。そしてまたあの人には、足が1本ありません。それからまた、舌や鼻や頭をなくした人も居る』とわかっても、そんなことは取るに足りないことなのだ。
俺はこれまで、もっとひどい人間を見てきた。いちいち話したくないほど嫌な人間も見てきた。しかし、なかには、どうしても話しておきたい人間もいた。あらゆる部分が欠けているのに、1つの部分だけ巨大な人間だ。ー大きな目でしかない人間、大きな口でしかない人間、大きな腹でしかない人間、どこかひとつの部分でしかない人間。ーそういう人間を俺は、逆不具と呼んでいるんだが。
~過去の人間を救い、すべての『そうだった』を『俺はそう望んだのだ』につくり変えるーそういうことこそ、はじめて救いと呼べるものなのだ!
意志とはー自由と喜びをもたらす者のこと。友よ、君たちにはそう教えたはずだ!
~時間は逆流しない。そのことに意志は憤怒している。『そうだったこと』ーこれが、意志には転がすことのできない石の名前だ。
~『どんな行為も消すことはできません。罰を受けても、行為は帳消しにされません!<この世に生きている>という罰が永遠なのは、まさに、まさに、この世に生きていることが、永遠に行為と罪を繰り返すことでしかないからなのです!それを逃れる道はただひとつ。意志がなんとか自分を救うことです。<意志する>が<意志しない>になることです。ー』だが兄弟よ、君たちは、狂気が歌うこの夢物語を知っているはずだ!
『意志は創造する者である』と教えたとき、俺は君たちをこの夢物語から連れ出してやった。
どんな『そうだった』も、断片であり、謎であり、ぞっとするような偶然なのだ。ーだが、創造する意志が、『いや、俺がそう望んだのだ!』と言うと、事態が変わる。
ー創造する意志が、『いや、俺はそう望むのだ!そう望むことにしよう!』と言うと、事態が変わる。~誰も意志に、後ろ向きに望むことを教えた者はいなかった!」

ーーーーー
「ツァラトゥストラ(下)」へ

いま期間限定でネット公開されている、フィンランドの「オンカロ」と呼ばれる放射性廃棄物の最終処分場を扱ったドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」をみた。そうだった僕たちは、永遠を相手にする気持ちで、すべてのことに臨まなくてはいけなかった。これはたとえ話ではなく、放射性廃棄物という、具体的な物質がこの世界に存在してしまっていた。オンカロは、建設が終わり、廃棄物を収納した後埋め戻されるらしい。その後は少なくとも放射性廃棄物が人体に無害になるとされる10万年間は、誰も開けないことを祈るしかないという。そこで地表に「マーカー」と呼ばれる石碑のようなものを作り、"この場所は危険である""この地を掘り返してはいけない"というメッセージを、あらゆる言語や図で表示するらしい。10万年後の人類が、ここを掘り返さないように。これが現在「最先端」で「世界唯一」の廃棄物を処分場らしい。10万年間という時間を超えるために"石"に"言葉と絵"を刻み付けるという方法しか考えつかない。それは多分僕たちがこれまでに、石に刻まれた古代の文字や洞窟の壁に彫られた古代の絵を発見したからだ。その方法しか知らない以上、それに頼るしかない。あまりにも長い年月。放射性物質が発見されてからは、まだ100年ほどしか経ってない。ラスコーやアルタミラの洞窟壁画が描かれたのが今から1万5千年くらい前、エジプトのピラミッドが作られたのが5000年くらい前、キリスト教が起こり西暦が始まったのが2014年前。10万年間は。。うまく想像できない。でも僕たちはそれを相手にしなきゃいけない。放射性廃棄物という具体的な物質が現実に存在している以上は。いきなり10万年は無理でも、せめて1000年くらいの単位で考える癖を。いつも、前後千年間くらいは意識しながら今に挑まないと。簡単なことではないけど。1000年や2000年を、軽く飛び越えるくらいの気持ちでいないと、10万年には太刀打ちできない。放射性物質に太刀打ちできない。