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今日も田原家に家を置かせてもらう。夜に西荻で人と会う。勤めていたデザイン会社を昨年辞めてフリーランスでやり始めた人と、勤めているデザイン会社を今年中に辞めようとしている人。辞める人ばっかりで面白い。

時間が経つのが早すぎて、過ぎ去った後にしか、それと認識できないみたいだ。考えれば考えるほど、あらゆる物事が不安の種になって、すこし気を緩めるとおそってくる。
全ての条件をあらかじめクリアした奇跡のような一手は思いつかない。無理ははじめから承知だった。生まれたときから理不尽の中にいると、とっくに発見したはず。他に方法がない。いつかパラパラと駒が翻る。形勢が逆転する。

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今日は久我山から国分寺まで移動。先日メールをくれた先輩作家の田原さんの家に家を置かせてもらう。
夜飲みながら話をする。僕も田原さんも建築学科を出て美術に転向した共通項がある。昔の共通の知人の話など。
3日までは家を置いておけるよ、と言ってくれる。嬉しすぎる。

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今日は西荻窪の家から20分くらい歩いて、久我山の友人の家(というか、友人のマンションの部屋のドアの前)に家を置かせてもらう。
夜、20分くらい歩いたところにあるスーパー銭湯に行く。その友達は引越しを考えていて、「ここは静かでいい」とか「ここは車の音があるから嫌だ」とか「駅から近すぎるのもちょっと、、」という話をしながら銭湯に向かった。引越しの理由は、基本的には飽きたからということらしい。
共通の友達が、働いていた会社を辞めたという話も聞く。これは意外だった。そういえば前に別の人と「自分が働いている職場の人を見て、なんでみんな仕事に飽きないのかと思う」という話をしたのだった。
でも何をどうしたって、何かを続ければ飽きるようにできている。でも継続は力なり、という事実が他方にあって、その間で揺れ動く。揺れ動くようにできている。
ローリングストーンズのキースリチャーズがすごいのは、自分のギターが上手くなりすぎないように注意しているとしか思えないというところにある。と誰かが言っていたのを思い出した。ライブでのギターソロの映像なんか観ると、確かに素人っぽい初々しさがある。
http://m.youtube.com/watch?v=LI8WGX3afDs

明後日まで家を置かせてもらうことに。

いつだったか。仕事終わりにお酒をのむために仕事をする、そして年が過ぎていく。そんな人生だったら悪くないな、と彼女がいっていた。彼女がそう言ってるのを聞いたら、ぼくもそう思えた。閉じた生活とはどこかで気がつきつつも、それを受け入れて、日々を過ごして、その中で楽しいことをみつけていけるのだったら。僕たちはみんな一人で死んでいかなくてはいけないから、人と人の間には深い断絶がある。だから誰かといっしょに時間をすごす以外に、有意義な時間はありえないのだから。それ以外に、誰かと過ごすこと以外にやることなんて1つもないのかもしれないのだから。
あの生活を否定するつもりなんて全くない。ただ、これはたぶん業のようなもので、僕はこうせざるをえない自分を恨みさえする。

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(翌朝撮影)
今日は西荻窪に住んでる友達のマンションの駐輪場に家を置かせてもらう。

西荻に行く前に、家は中野に置いたまま、展示を二つ観にいくために外出(家を置いたもま外にでる事)する。
一つ目はギャラリー間でやってた乾さんの研究室の展示「小さな風景からの学び」
これは疲れた。。展示を観にいくつもりで行ったのかちょっと間違いだったかもしれない。展覧会としては全然良くなかった。写真が小さすぎ&写真同士の間隔が狭すぎで、一枚一枚の写真が頭に入ってこない。ただ、膨大な写真を分類しました。というだけの作業量をみせられた感じ。すごい作業量だと思うし、この分類をやった学生たちは、引きだしが増えて今後設計する糧になると思うけれど。。それで?っていう感じ。最終的なアウトプットは、映像とかのほうがよかったんじゃ。それか、この作業をやっと人と一緒に観るべきなのかもしれない。そしたらいろいろ話ができただろう。
見ているうちに、動機が激しくなって、体がだるくなってしまって。一枚一枚をみたいのに、他の写真が視界に 入ってきすぎて全く集中できない。分類したという作業そのもののを量として置いただけの展示。これをやった当事者たちは、この会場で何時間も話ができるだろう。その議論こそを見てみたかった。

その後国立新美術館で中村一美展。存在の鳥と題されたシリーズがずらっと並んだ部屋があるのだけど、そこがやばかった。民芸品を並べたような雰囲気。鳥の図像の絵画。
カタログをめくっていると「飛翔しないものは存在ではない」という言葉があった。ポロックなんかのモダニズム絵画は、単なる画面の構成としての 絵画の枠を出ない。そこには飛翔がないとした宣言から、画家としての制作を始めている。なんとなく古臭い感じは否めないけれど、作品点数の多さと絵の大きさに圧倒される。

その後中野駅で人と会い、5月4日放送予定のテレ東の番組の進行表を見せてもらう。僕は7日にたまたまカメラに出くわして、VTRで出ることになったのだけど、その進行表に書かれていた僕の紹介に「奇人」と書かれていて、吹き出しそうになった。
奇人か。そうなっちゃうのか。だれか個人が悪いわけではないのだろう。テレビというメディアの体質の問題なのだと思う。面白い人を見つけて、それを多くの人に紹介したいという気持ちが最初にあるはずなのだけど、それをテレビでやる以上、いろいろと、視聴者にわかりやすいように(時に過剰に)噛み砕くように編集をしないといけないんだろう。

同じような理由で僕は「娯楽(エンターテイメント)」という言葉が嫌いだ。それをやっている彼等は、彼等の人生をかけて、命をかけてそれをやっているはずだ。それを平気で「娯楽」呼ばわりするのは失礼だと思う。彼らが命をかけてやっている以上、こちらも誠実に受け止めなくちゃいけないと思う。
本当にそれを楽しんでいたら、「娯楽(エンターテイメント)」なんていう言葉は出てこないはず。
僕は僕が好きな音楽や映画を「娯楽」とか「趣味」とか呼びたくない。僕はもっともっと切実な理由で音楽を聞いて、映画を観ているつもりだし、それは死なないためにでさえあると思ってる。

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道中、電線がごちゃごちゃした一角を見つける。

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今日も茂原のいえに家を置かせてもらう。バイト先の馬喰町arteatというカフェ兼ギャラリーに行ってご飯を食べて、仕事用の絵を一枚描く。

夜に人と飲みに行く。新宿で。久しぶりに来ると、本当に人がたくさんいるんだなあと、馬鹿みたいな事を思う。みんなが、みんなとぶつからないように歩いている。
みんな必死だ。人にはそれぞれにしか分からない切実さがあるから、誤解を恐れて話ができない事もあるのだ。話がしたくないわけじゃない。とってもしたい話があって、それは本当は、他のどの話よりも真っ先にしたいのだけど、あまりにその話をしたいがために、誤解のないように伝えたいので、結果話ができない。だから、触れないで置いた方が良いこともある、ということになってしまう。
アクトオブキリングで、あそこに映っていた彼らは、言葉を使いこなすことを初めから諦めていたようにも見えた。知らず知らずのうちに、本当に話したいことが自分でも思いだせなくなる。「思い出せない」ということにも気がつかない。

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僕の家の中に街灯の光が差し込んでた。

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朝、泊めてもらった人と一緒に出社した。
家を編集部に置かせてもらい、僕はギャラリー•間で友達も参加してる展示を観にでかけた。

この生活には二段階の移動がある。家ごと「移動」する時と、家を置いて「外出」するとき。特に「外出」が許されるとき(家を置いていいよ、という場所が与えれた時にだけできる)の解放感は毎度ものすごさがある。気持ちが良い。今日は天気も良い。

で、ギャラリー•間に行こうと思ったんだけど、切符を買おうとする段階で、なんとなく「地下鉄に乗りたくないな」と思い、しかも観たら頭を使いそうな展示だったので、急に行く気が失せてしまって。でもせっかく外出できるし、と思い、結局映画を観に行く。
渋谷まで行ってアクトオブキリングを観たのだけど、これがまたすこい映画で。
アクトオブキリング。安直に語ることが許されない。見なければよかったのかも、とさえ思ってしまう。

感想メモ。

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登場人物がみんな人間的に歪みきっているように、僕には見えて。それは彼らがみんな、目の前の出来事をどこか「他人事」のように眺めていて、それでも涙や笑いや、嗚咽が「精神の防衛機能として変な風に」溢れ出してしまう。そんな風に見えて、この映画を観て、「この〜のシーンの入れ方は〜」というふうに、この映画を「映像作品」として語れる、ということは、彼らのような「歪み」を僕たちも知らず知らずのうちに抱えてしまっている事にもなるんじゃないかと思えて、話をするのも許されない。一人一人が観て、一人で考えるしかない。そんな映画。

外出していて、僕のあの家は「いちおう中で眠れはするけど、基本的に何の役割も果たさない」所が愛おしいなと思った。ただ重くて目立つだけの、家の形をしている荷物。

映画に行く途中、大塚駅ホームに鳩の死体。何の文脈も前兆もなく、突如挿入される死の風景。背筋が伸びる。

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あと、映画の帰り。路上でネズミがぼーっとしてた。

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福音館書店に戻って、家を取って出発する。記念撮影。

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このあいだ御茶ノ水美術学院で話した高校生と路上で偶然再開した。

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夜は、吉原での展示のスタッフをやってくれてた茂原さんたちの家に、家を置かせてもらう。中野。

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先輩作家の田原唯之さんから突然下のリンクが貼られたメールが来る。
Julie-O/Kevin Olusola

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今日は、巣鴨にある絵本の出版社「福音館書店」に家を置かせてもらう。僕が以前ここを通った時に、ここの編集部の人たちが何人か家を目撃したらしく、それを見た、美術好きの編集者の高松さんが僕にツイッターで連絡をくれた。
なんでも瓦の造形をみて、「これはキチガイではない、美術方面の人だ」と、ビビっときたらしい。
話を伺ってみると、この福音館書店は「ぐりとぐら」や、大竹伸朗さんの「ジャリおじさん」も出版している、攻めた出版社で、高松さんも現代美術が好きらしく、面白い話がたくさん聞けた。

住所と一緒に暮らしていた頃に比べて、躁と鬱の落差が大きくて、それが楽しいといえば楽しい。朝に襲われる絶望がいちばんきつい。
「(日本をまわりはじめる)出発の日はいつですか?」という質問をよく受ける。
僕は「既に出発してる」のに。「どこか目的地に向かって動いてるわけではない」から「まだ出発していない」という結論に結びついてしまうのだと思う。
すでに出発していることに気がつかないまま、いつか出発する、という意識にとらわれてしまうのは危ない。いつも「既に出発している」のだ。気をつけないと。

夜は、セキュリティの問題で、僕が社内に残って眠るわけにはいかなかったので、福音館書店に勤めている夫婦のおうちに泊めてもらう。

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今日はむさびの先輩にあたる坂田さんがやってるリノベーション専門の設計事務所、夏水組の事務所の前に家を置かせてもらう。で、僕は坂田さん夫婦の引っ越し先のマンションに一泊。今日も家と別々のところで寝た。
「一晩置いていいよ」と言ってくれたところに家を置けた時の開放感は、毎度すごいものがある。重い重い荷物から解き放たれた感覚。

移動を始めて、まだ二週間とすこししか経ってないけど、バイト生活時代に日記をつけておいて本当によかったと思う。読み返すと、いろんなことを思い出して、自分がいまやりはじめた事が間違ってないのだという元気をもらえる。
農業をしている人は、自分が土地に根ざして、土地に縛られながら生きているということを実感しやすいけれど、農業をしてない人も、自分が仕事や、貯蓄(お金やモノや他者との信頼関係もろもろの貯蓄)によって、土地に縛られながら生活を営む。それを否定なんかできないし、それは人間が争わずに社会を発展させるために生み出したすごい方法で、その中でパートナーを見つけたり子供を育てたりして、幸せを感じながら生きていくのが人生なのだろう。
だけれど、毎日同じところに仕事をしに行って、仕事を続けてると、まわりの人達からの信頼度があがっていって、給料も上がっていって、家に帰ったら仕事先であった嫌なことを忘れるためにビールを飲んで、でもその家の家賃はバイトの給料で払っている。あの生活が、あの閉じた生活が。ひとつのバージョンでしかない可能性を提出するための展覧会のために。他の生のありかたを考えるために。

今日は、吉原の展示のとき、手伝いできてくれた人のところに家を置かせてもらう。ここも杉並区。

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アパートの門が狭く、家は門をくぐらなかった。しかしなんとしても敷地内に入れなくちゃ、警察やらなにやらに怒られるので、塀の上からベランダに入れようとしたのだけど、入らなかった。

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これでも一応敷地内に入ってるから、セーフではあるのだけど、不安定なうえに目立ちすぎるので、やむなく、隣の部屋のベランダに、置き手紙と一緒に入れることにした。

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引き続き家は杉並におかせてもらう。なんかいろいろあって、御茶ノ水美術学院の芸大先端コースで一時間くらい授業をするなど。こういう形で話をするのは、自分の整理にもなって良い。みんなまだ高校生なのに、ポートフォリオのためもあり、もう作品を作っていた。一人の子が自分の作品について話すとき、「これが自分の作品だって、自信を持って言えない」というような事を言っていた。その気持ちは身に覚えがある。自分の感性が、借り物でしかないんじゃないかっていう感覚。だからそのころはプレゼンがきらいだった。そういう人は美大の中でもたくさんいた。なんでこんなことになるんだろう。

今日は、はじめて自分の家を離れたところに泊まることになった。そこで話していて思ったことがある。2011年の震災のとき、逃げなくちゃという気持ちも感じつつ、なぜか動けなかった。新しい家を契約したばかりということが大きいのだけど、なんとなく東京という土地に縛られている自分を感じた。
あえて書いてみるとそのときはすこし、契約した家や、ここで築いた人間関係が、生き延びるためには邪魔なものに思えたりもした。じつは、いま連れて歩いている発泡スチロールの家も、すごく邪魔に感じることがある。何処かに許可を得てから置かないと、安心して家から離れられないので、いつも家のそばにいなくちゃいけない。どこかにおいても、何かされるんじゃないかと心配になって遠出ができない。
僕はあれを「家」と呼んでいるけど、その正体は、あの震災のとき、僕を動けなくさせたものを具現化したもの。家というよりも、僕が生きていく限り、連れて歩かざるをえない荷物のように思える。不気味なものが。