12月10日
東京から浜松へ向かう途中、晩御飯を食べに寄ったサービスエリアに水筒を忘れたことに気がついて、20分ほど走ってしまっていた高速道路を途中で降りて下道でサービスエリアまで戻り、男子トイレの小便器の棚に置かれっぱなしになっていた水筒を無事に回収して高速に乗りなおした影響により、ちまたパークに到着したのが深夜の1時。テラダアートアワードの副賞として使わせてもらっていた寺田倉庫の無料期限が今月末で切れるので預けてあった荷物を詰め込んだファントムの車内はパンパンで、エアマットを取り出すのが非常に面倒ということもあって「かじまちの湯」に泊まることにした。カプセルルームがひとつ利用できて8時間3000円というプランがあり、明日は10時半から「しえん会議」にゲスト出演することを考えるとドンピシャに好都合である。コインランドリーと乾燥機が利用できることも確認して、風呂に入って寝た。

12月11日
「しえん会議」おもしろかった。企画者のササキユーイチさんが掲げたテーマは「抵抗の拠点としての家/生活」。ササキさんによる企画趣旨や注意事項説明(発言のパスも可というルールの共有など)のあと、ひとりずつ順番に自己紹介をしつつ、テーマを聞いて思い出したことや考えたことをぽつりぽつりと話していく。遠くから響いてくる解体工事の音に干渉されつつも、みんなそれを無視して負けじと話しているのがよかった。出てきたキーワードをざっと書き出してみる。「家は雨と風と視線を遮るための場所」「バスターミナルに住んでる人がいるおかげで、そこが自由になる。路上に住むことで抵抗してる感じがする」「戻れる場所」「充電する場所」「最近一人暮らしが楽しい」「シェルター」「シェアハウスは自分と他人との折り合い」「車中泊をよくしているので水場を探すのが癖になっている」「家は落ち着かない。家の外と中が分かれているのが落ち着かず、鍵を締められない」「重度障害者と暮らすなかでの、近所とのトラブル」「家族のための家と自分の家は違うのかも」「家が処分できない」「アルツハイマーの母に5回も6回も起こされる」「安全な場所であることが最優先」「父は、屋根があればいい、と言っていた」「結婚して借りた家に帰れなかった。3年ぐらい、私の家という認識ができなかった。家に住んでる感じがしなかった」「一人暮らしのやり方がわからないまま一人暮らしを始めた」。なかでも印象的だったのは「結婚してから50年間、家に嫁いできた者として生活してきた母が、父と死別して一人で暮らすようになってから、戸惑っていた。そこにひとりの親族が転がってきて家を乗っ取ろうとした。母は『ここは私の家だから出て行って』と言うことができなかった。自分の家という感覚が持てなかったのだと思う。そこで、母に代わって『これは母の家だから出て行ってくれ』と伝えた」というもの。
私が話したこと、考えたこと。
・たけぶんの3階に一泊させてもらったとき、うっすらと「所在のなさ」を感じた。自分のベッドは与えられていて、くつろいでくださいと言われているのだけど、どうすればくつろげるのかがわからなくなってしまったような、体の置き場がわからなくなってしまったような感じ。アルス・ノヴァを見学させてもらったときも、同じような感覚があり、「なにもしないでその場にいる」ことの難しさを思った。この所在のなさを以前も経験したことがあるような気がして、記憶を辿った。十日町(新潟)の特別養護老人ホームに、作家の友人たちと6人で3ヶ月滞在するプロジェクト《×日町/2012年》のとき、駐車場に自分たちが寝泊まりするための小屋が完成する前は、施設の部屋をひとつお借りして寝床にしていたのだけど、そこで寝ていたときの感じに似てる。そこで感じた所在のなさは、駐車場に小屋ができたらだいぶ解消された。「自分ひとりの部屋」ができたことで消えた。小屋にいる時はもちろん、施設の中にいるときも、「駐車場に自分の小屋がある」という事実が、私の体の所在のなさをキャンセルしてくれた。このとき小屋はぷかぷかと漂ってどこかに行ってしまう湖面のウキのような私の身体を、あるポイントにとどめてくれるオモリのような頼もしさがあった。釣りの仕掛けにおいて、ウキがちゃんと機能するためにはオモリが必要で、人の体と家の関係はこのふたつに似ている。これと同じことは、ちまたに作った私の寝床にも言える。あの寝床が、浜松における私の精神的な支柱になってくれている部分がある。たとえ、あの寝床の中で過ごす時間がゼロの日があったとしても、あれがあるという事実が大事なのである。「いることを可能にするための場所」が家なのだと思う。
イベント終了後、村上製本のあさみさんがきてくれた。顔をみたとたんに嬉しくなる。あさみさんがカレーを食べようと誘ってくれ、たけぶんのすぐちかくにあるとびきりおいしいカレー屋で、『鬼滅の刃』や『ミセスグリーンアップル』話などをしながらチキンカレーを食した。あさみさんとふたりでご飯を食べるのは至福の時間だった。食後はこれまたあさみさんが誘ってくれ、「みかわや」の近所の「あん」というたいやき屋で、これまたとびきりおいしいたい焼きとコーヒーを買って「みかわや」でおしゃべりしながらのティータイムを過ごす。こんなに素敵な午後を過ごすのは久々だ。あさみさんとわかれたあと、井戸掘り機の材料買い出し。20×50の異形ソケットを置いている店がなかなか見つからず、ホームセンターを三軒まわった。
ちまたパークに戻って車をとめ、その足でちまた公民館へ。あさみさんの「ちまちまトーク」を聞きに。自家出版の世界の豊かさを見せつけられて、清々しい気持ち。10部だけ作った絵本を家族に配るひとの話を聞いて、私の祖父が、祖母が亡くなった時にその懐古録を本にして親族に配っていたことを思い出した。できるだけたくさん売ることだけが、出版の目的ではないのだった。別に売らなくてもいいのである。本は誰でも、気楽に作っていいものだった。近所に村上製本があったらすごくいいだろうな。あさみさんが大学で研究していたというマラルメの話も初めて知ることばかりだった。詩を書くために言語からつくった話や、「絶対的書物」のことなど。
夜は「かじまちの湯」の一泊プランを予約してみた。大量の洗濯物とともに乗り込み、コインランドリーで洗濯機をまわしつつお風呂にはいり、乾燥機に移してまわっているあいだに昨日からの日記とメールの返信などの事務仕事。

12日
寒くて、風が強い。ふきちゃんに誘われ、駅南のクロワッサンが美味しいお店でモーニング。レッツは川みたいだ、という話になる。それも激流。スタッフのみなさんはすごいスピードで流されながら、目の前に現れる仕事を次々をこなしている。同じ流れに乗っているから、スタッフ同士の距離はあまり変わらないのだけど、川の外から眺めるとその位置はどんどん変わっている。レッツで同じ人と再会しても、違う人と出会っているような感じがするのはこのためかもしれない。
この場所でなにかをするにあたっては、それが川であることを加味しないとうまくいかない。たとえば川底にアンカーを打って浮島を作ったら、メンバーはみんな流れに乗っているので、浮島は遠ざかってすぐに見えなくなってしまう。あるいは激流で流されてしまうかもしれない。浮き輪を浮かべて同じ流れに乗るようなことをしないと、状況はすぐに変わってしまう。
お昼からは塩ビ管やステンレス板などを切ったり貼ったり繋げたりして、井戸掘り機の制作。外は風が強くて疲れてしまうのでちまた公民館の一角を作業スペースにさせてもらった。
①1mのVU50管の60cmに切り、横5cm縦15cmの穴をあける
②0.5mm厚のステンレス板を丸く切り、穴を開ける
③3mm厚のゴム板をステンレス板よりも一回り小さいサイズに切る
④ゴム板とステンレス板をネジとナットで留める。これで弁ができる
⑤弁をVU50延長ソケットの中に入れ、VU50管で押さえつけ、塩ビ用接着剤で接着
⑥VU50管のもう一方の端に50→20異型ソケットを接着。これで井戸掘り機の先端が完成
⑦次に井戸枠をつくる。VU75管延長ソケットをギザギザに切る
⑧その延長ソケットをVU75管に接着
⑨延長ソケットから60cmくらいのところまで、小さな穴を開けまくる(水を取り込むための穴)。これで井戸枠の先端が完成

完成した井戸掘り機などを高林さん、あきちゃん、アルス・ノヴァのメンバーにも手伝ってもらい、たけし文化センターまで運ぶ。15時から井戸掘り開始。
まずは井戸枠をさしこむための穴をスコップで掘る。地面は硬かった。浜松は古い街で、このあたりは一等地でもあるので、過去にいろいろな家が建てられては解体されていたらしい。掘っていると、瓦のかけらや大きな石がごろごろと出てくる。歴史のロマンを感じるし、なかなか「土」というものを見かけない都会なので、土が出てくるだけでなんだかわくわくしてしまう。スコップが石に邪魔されるので、掘削は遅々としたものだったけど、そういった障害物が顔を出すたびにまわりを掘ったり叩いたりして摘出し(「耳くそがとれたときのような気持ちよさがある」)、どうにかこうにか続けるうちに少しずつ穴は深くなってくれた。「でっかい石だ!」「交代します!」など、わいわいと作業しているとアルス・ノヴァのスタッフさんやメンバーのみなさんも気になるみたいで、ときどき外に出てきて作業をのぞいたり、手を貸してくれたりした。「ちまた公民館」の常連の方が、この井戸掘りを1ヶ月も前から楽しみにしてくれていたみたいで、積極的にスコップを握ってくれた。この人がいるというだけで、井戸掘りを始めてよかったと思えた。嬉しいし、とても助かった。

16時半ごろ、久保田翠さんが「お茶でもどうですか」と休憩を勧めてくれたことがきっかけになり、作業は終了。初めは絶望的に感じられた硬い地面も、徐々に石が減ってきて焦茶っぽい土の層になってくれた。60~70cmは掘れたと思われる。
公民館の常連の方とあきちゃんと水越さんとおいしいお茶とお菓子を食べる時間。冬に外で身体を動かしたあとに、暖かい室内でお茶を飲むのはめちゃくちゃ幸せだなと思った。常連の方に、なぜ井戸掘りを楽しみにしてくれていたのかと尋ねてみたら、「身体を動かしたかった」とのことだった。やがてこの人も帰宅し、あきちゃんと水越さんと打ち合わせをかねてぺちゃくちゃ喋った。作業をしたあとのお茶の時間がとてもよいという話になり、次回1月17日13時〜15時に、人を集めて行う「大井戸掘り大会」のあとにもこのティータイムを設けることにした。それまでの、村上が不在の期間のどこかでも、日にちを決めて穴を掘り進めてもらうことになった。17日からは井戸掘り機を使って掘り始める。

(井戸ほりメンバー)
いそべさん
あきちゃん
みずこしさん
さとうさん
たかばやしさん
山崎さん
あべちゃん

大町。夕方から猛烈な雷雨が降りはじめ、18時前に停電。そのまま40分以上復旧しなかった。ちょうどデスクトップで仕事をしていたので、突然画面が切れてびっくりした。まさに雷に打たれたような、というやつ。ノートPCでやっていたら停電してもバッテリーに切り替わってどうにかなっていただろう。そういったバッファーがあるというのは大事なのだなと思った。
停電。大町では信号機も止まっていた。おそらくスーパーや飲食店のレジも止まったことだろう。たとえばスーパーやコンビニなど小売店舗はもちろんのこと、すき家など回転の速い飲食店でも、40分間のレジ停止はかなりのインパクトだったことだろう。この停電のせいで、どこかに到着する時間が変わったり、小さなことでもそれが影響して巡り巡って人生が大きく変わる人もいるかもしれない。停電。行動が変わっていた人パラレルな世界のことを考えるにはいい装置かもしれない。
たとえば、何かしら未来の事業計画を立てる会議の中で、「でもこのときに停電が起きるかもしれないので……」と言い出す人はいない。ありとあらゆる計画は、停電などが起こらない前提で立てられている。停電は、ありとあらゆるタイミングで起きる可能性がある。常にゼロではない。だからこそ、「停電がおきるかもしれないじゃないですか」という人がいたら、それは奇人である。計画を立てるのに向いていない。誰もが「君、それは考えすぎだよ」と感じられる。しかし、そこまでいかないものもある。ある人にとっては「こういうこともあるかもしれないから考えておかないと」と思えることでも、別の人にとっては停電くらい現実味のない、あるいは考えても意味のないことだったりする。そういうときに、「君それは考えすぎだよ」というのは難しい。なぜなら、リスクヘッジは常に正義だからである。「考えたほうがいい」という意見は「考えなくてもいい」という意見よりも、常に強い。現実には「考えないほうがいい」ことは存在する。しかしそのことを説明する言葉を私は持っていない。

『拡大するシュルレアリスム』とても面白く楽しい展覧会だった。思っていた以上にしっかりとシュルレアリスムの王道を紹介する内容。シュルレアリスム実践や思想的背景を本で読むようになってからは初めて実際の作品を見た。デュシャン、マグリット、デ・キリコ、エルンスト、ダリ、ピカビア。コーネルがエルンストらの影響で作品を作り始めたのは知らなかった。どの作品もすばらしかったけれどなにより自分ももっと色々試そうと思えたことがよい。アクリル絵の具や色鉛筆、えんぴつ、コラージュ、フロッタージュ、デペイズマンの手法を借りたりなどとメモが残っている。これから制作する絵本の霊感を得た。
そのあとたくみちゃん『完全で検証可能かつ不可逆的な』を三鷹SCOOLで観てきたのだがお昼にオペラシティに行ってからという流れが結果的にとてもよかった。言葉の韻(「太陽が細胞を労う。オッツー、オッツー、O2が生まれるストロマトライト」とか「倍になる倍になるヴァイナルヴァイナル」とか)の気持ちよさという「トランスフォーめいそう」時代からの持ち味に加えて、例えば「卵、鶏、卵、鶏、卵、鶏、たままなななのあの時オレ、なんであんなことしちゃったんだろう、っていうもうどうしようもない、あの卵、あの鶏それはどの卵、どの鶏?……」みたいな詩的な飛躍(「鶏卵鶏卵……」と「あのときなんであんなことしちゃったんだろう」というせりふから受ける感情にはどちらにも時間を遡る感じがあり少なからず共通するところがある)といった「情緒」とも呼べる新たな(と僕には思えた)側面がところどころに出てきており、たくみちゃんという、それ自体がある種作品の形式である表現の歴史である連なりを、めちゃくちゃ長い文を一息でぜんぶ聞かされたかのような熱量で浴び、彼のこれまでの作品のなかでもっともぐっときた。あまりにも最先端で、風貌もあいまってすでに伝説のアーティストみたいな貫禄を醸し出している。シュルレアリスムに重なる部分が大いにある。ある単語の一部の音が別の単語を呼び込み、奇妙なイメージを連続させるところとか、自動記述的なインプロの部分とか。ツァラたちが壊してブルトンたちが新たな(奇妙な)形を与えた言語実践の系譜の一つの帰結。まさに「拡大」したシュルレアリスムのひとつの結実として今日のパフォーマンスがあるように感じられた。最近読んでいた『エクソフォニー』のことを思い出す瞬間も多数あり。とても文学的な作品だった。

武道館の喫煙所のようなところ。室内で、タバコをすおうとしたら坊主頭で僕のお腹くらいまでの背丈、たぶん小学4年生くらいの男の子が、赤いマルボロをくわえて入ってきて、僕に「すいません、ライターありますか?」とごく真面目な表情で話しかけてきた。僕はなにも考えずライターを渡し、その子が火をつけようとするところではっとして、「いや、20歳未満だよね」と口元のタバコを取ろうと取ろうと手をのばしたら「いや、20歳ですけど」と言ってタバコを奪わせなかった、という夢。絶対に小学生だろ、と思ったところで目が覚めた

・最近の国会前のデモ。改憲と戦争加担への反対デモ。気になりつつぜんぜん行けてない。決して居心地の良い場所ではないが頭数にならなければと何度か足を運んでは若干の虚しさを感じつつ帰るというのが型みたいになっているデモ参加だけど、最近ペンライトを持って参加するという流れができているようで、たったそれだけのことなのだけど、是非とも自分も自分の光を持って参加したいという気になるのはどうしてか。夜に大勢の人が光を手に町に集まるのは綺麗なんだろうなと思える。体と声と小さなプラカードだけで参加するときよりも、光と一緒のときの方が、より参加したという実感が得られる気がする。無理に声を出さなくてもよい、と思える。ここに光があって、この光は夜景みたいに、風景を作ってくれるという確信があるから。もともとは韓国で始まった流れみたいだけれど、これは発明だと思う。

・ふと道端の掲示板を目にするように読む(書く)文と、道を歩くように読む(書く)文がある。掲示板の文には情報が書いてある。〇〇は〇〇です。なぜなら〇〇だからです。道の文は、読み手(書き手)と一緒に進む。道を歩くことが文を読むこと。小説は道なので、書き手は一緒に歩かなければいけないし、読み手を歩かせなければいけない。

書き手と読み手が同じ道を歩いているような感覚。ポッドキャストも同じだ。書き手も語り手も、読み手も聞き手も、歩き始めたときはみんな、その道がどこに続いているのかを知らない。でも書いているうちに、話しているうちに、読んでいるうちに、聞いているうちに、それが道であることがわかってきて、道中色々な発見をしつつ、最後はどこかにはたどり着く。作り手も受け手も、じつは同じように道を進んでいる。進むことができる。

ここ2〜3年のことだと思うけれど、ChatGPTを皮切りにAIの普及がすさまじく、うかうかしているとこのダイナミックな感覚も忘れて当たり前の存在になってしまいそうなので現時点の感触を書き残しておく。

AIという概念はそうとう前からみんな知っていて、いつかはAIが人間の仕事を奪うなんてことも囁かれていたけれど、それが具体的にどう言った形でやってくるのかは、多くの人はイメージできてなかったのと思う。そこにchatGPTがリリースされた。そうか、ただ会話ができるというシンプルなことが、こんなに力を持つのか。AIの普及は人間との会話から始まるのかと思った。僕もリリースされてすぐに興味本位で触ってみた。この頃chatGPTと交わした会話でよく覚えているのが「石とiPhoneの違いについて教えてください」という質問からはじまるやりとり。

 

「石とiPhoneの違いを教えてください。」

 

『石とiPhoneの違いは以下のような点が挙げられます。

役割:石は一般的に建物や道路などの建設材料や彫刻などの芸術作品の素材として使われる一方、iPhoneはスマートフォンとして情報のやり取りやコミュニケーションなどの機能を提供するために使われます。

物質:石は天然の鉱物であり、地球上に広く存在する一方、iPhoneは人工的に作られた製品で、金属やプラスチックなどの素材が使われています。

形状:石は天然の形状を持っている場合が多い一方、iPhoneは正確に加工された形状を持っています。

機能:石にはほとんど機能がない一方、iPhoneには電話、メッセージ、インターネット、写真撮影など多くの機能があります。

価格:石は一般的に比較的安価な一方、iPhoneは高価です。

これらの違いから、石とiPhoneは役割、物質、形状、機能、価格などにおいて大きく異なることがわかります。』

 

「なるほど。よくわかりました。では、石をiPhoneとして使うことはできないということですね?」

 

『そうです、石をiPhoneとして使うことはできません。石は情報を処理することができず、電話やインターネットにアクセスすることもできません。一方、iPhoneは高度に技術的に進化した電子デバイスであり、情報の処理や通信機能を備えています。また、石は硬い素材であり、iPhoneの画面などに使われているガラスやプラスチックと比べて非常に傷つきやすく、損傷を受ける可能性が高いため、同じように使うこともできません。』

 

「逆に、iPhoneを石として使うのは、どのような場合が考えられますか?」

 

『iPhoneを石として使うことはできません。iPhoneは高度に技術的に進化した電子デバイスであり、情報の処理や通信機能を備えています。そのため、石と同じように建設や芸術作品の素材として使うことはできません。また、iPhoneは比較的脆い素材でできており、割れたり傷ついたりしやすいため、石と同じように丈夫であるという点でも使い方が異なります。したがって、iPhoneを石として使うことはできません。』

 

冗談のような問いかけに対して大真面目に答えてくれるのがおもしろくて、なにより「機械的」だと感じた。ただ、iPhoneを石として使うことはできないと断定してしまうあたりが、AIの限界なのだなとこの時は思った。加えて、特定の人物や事件について尋ねてみると、かなり的外れというか、平気で嘘をついてくるので、特に使い途はないなと思い、それからしばらく触ってなかった。

2023年か2024年あたりに性能が大幅に上がっていると言う噂を耳にして、僕も去年くらいからぼちぼち使い始めた。箇条書きのような形で書き殴ったバラバラの文章をひとつらなりの文章にするのが上手くて、また僕一人では思いつかない語彙を投げてくれるので、企画書をまとめるときなどに使うようになった。

僕の周りだけでもchatGPTだけでなくさまざまなAIの有料版を使っている人が増えている。一方で、できるだけ使わないように抵抗している人も一定数いるように思う。僕のなかにもできるだけ使いたくない、という感触はまだ残っている。電力による環境負荷のこともあるし、自分が情報、文章を打ち込むことで別の誰かに使われてしまうということへの抵抗感もあるけれど、一番は悔しさだと思う。たしかにAIはすぐに文章をまとめてくれるし語彙も豊富だけれど、それを提示されたときに最初に感じるのは「すげえ〜」よりも前の「ああ、その手があったかあ」という悔しさである。多少効率が悪くても、時間をかけて自分の頭から絞り出したいと思う。そちらの方が自分の血肉になると思っている。「効率」という考え方そのものへの抵抗でもある。でもこの事態が進めばやがて「血肉」とはなんなのかという問いにぶつかるだろう。いまよりももっともっと身近になり、あらゆる情報を瞬時にネットワーク上から引き出せるようになった人間同士のコミュニケーション。これはこれでディストピアとして考えてみても面白そう。

AIR475で米子市に滞在中。すごいものを目撃した。「フィメール・ラップ SAN-IN 2025 ラップライブ My Rhyme, My Rights」。衝撃的なイベントだった。

キュレーターの岡田有美子さんらが始めた"フィメールラップサークル"によるライブイベント。経緯としては、もともと岡田さんらが「持続可能なアート活動のために -鳥取の個人的な芸術と労働についての話を収集する」という、鳥取県内でアート活動に従事する人々への非公開インタビューを通したリサーチを行っていて、その結果、さまざまなレベルで女性が搾取され、ハラスメントを受けているという現状が浮き彫りになったが、プライバシーの問題でその内容を公開することができないという問題が同時に浮上し、どうすればいまの現状を共有できるのか考えた結果、ラップにすることを思いついたところから始まっているらしい(岡田さんはヒップホップ好き)。リサーチをもとに書かれたリリックはhttps://drive.google.com/file/d/1lqK-1hmNAdaFjwdeOWqlPxi_-Wn5x5Bq/view?usp=drive_link に載っている。

 

これをきっかけに、ラップを通して女性同士でつながるサークル活動が行われているっぽい。

今回は4人のメンバー(あだちりつこ、岡田有美子、福間久美子、水田美世(Mi-mi Blaze))が出演(イベントには水田さんが誘ってくれた。ほんとうにありがたいお誘いだった)。それぞれの生活のなかで感じている不満、鬱憤、違和感を歌詞にして、ビートに乗せて歌っていた。みんな「ラップなんてやったことない」らしいけれど、リリックを書かせればいくらでも出てくる。育児、労働、介護、家事、男女格差、無自覚なバイアス……素材は生活のなかに無限にある。「わたし おまえのママじゃない(元夫に対して)」「噂に生きるの痛いから」「きみはほんとに寝るのが下手」「エンドレスケア ケアケアケア ケア輪廻」「褒めて欲しいのそこじゃない」「自分を後回しにする癖」「ゴミ出しはボランティアですか?」「私の仕事を認めてほしい」「てかもう 私の仕事を認めなくて 良い てゆうか お前誰?」重たいパンチラインがどんどん出てくる。むしろ逆に、四人のつたなさがリリックの切実さを引き立たせていて、こういう形で人は集まることができるのかという、現場の空気感への感動(傷の舐め合いのためではなく、社会によって自分を変えられないために抵抗し、みんなで元気になるために、ラップの力を借りる)もあり、泣きそうになってしまった。不条理を感じたとき、やんわりと差別を受けたとき、傷ついたとき、誰だってラッパーになれる。「私にだって歌いたいことがある」という、希望のエネルギーに満ちていた。個人的にはMi-mi Blazeの「「家ではやらないんですけどね」またはSDGs」という歌が刺さった。

『現代詩手帖2026年2月号』ギャルース・アブドルマレキヤーン(イランの詩人)インタビュー

シャフラーム・パールサーモトラグ(聞き手)/中村菜穂 訳

 

アブドルマレキヤーン「知性が文節化するのとは異なり、想像力は組み合わせるのです」

 

ここで言われている「知性が文節化する」という一節は、語源を考えるとわかりやすい。

○日本語の「分かる」の語源は、動詞の「分ける」

○英語のscience(科学)の語源も「切る/分ける」を意味するラテン語の「scindere(シエンデレ)」

○ラテン語のintellegere(知性)も「間」を意味する「inter」と「選ぶ/集める」を意味する「legere」が合わさった言葉で、物事を整理する能力を指す

→人間は、ものごとを切り分けて整理することで世界を理解してきた。(「なんか土が盛り上がってるところ」を「山」と名づけることで景色が整理できる)

また人間は、分業によって社会を発展させてきた(ひとりが野菜を育てて獣を狩るよりも、農家と猟師にわかれたほうが効率がよい)

想像力には、分かれているものを組み合わせる力がある。そして想像力は芸術の主要な構成要素のひとつなので、芸術には(ものごとを切り分けて整理することで発展してきた)社会への反逆という側面が常にある。

 

またアブドルマレキヤーンさんは、「詩の究極的な存在理由は知ることにある」と言っている。

「仮に世界が非常に大きな闇の球体で、私たちがその真ん中にいると想像してみてください。……この世界におけるあらゆる経験は、他の経験では照らすことのできない一部分を照らします。私たちの活動や経験の一つ一つは、その球体の中で私たちが位置しているある一点から、さまざまな方向に投げかけられる光なのです。……詩は、それぞれが固有の旅であり、それを通して、他の仕方では発見することのできないこの暗闇の一部が明らかとなるのです。ゆえに詩とは世界を知る方法の一つだと言えます」

 

ここから読み取るべきなのは、「知ること」と「分かること」は違うということ。さらに言えば、芸術はそもそも「分かる」という行為とは相反するものであるということ。芸術は世界の一部を照らす光に過ぎないが、そこになにがあるかを「知る」ことはできる。

新宿の地下にあるカフェ、一番奥の席。隣に座っている女三人組が愉快すぎる。
テーブルの上にプラスチックケース(ひとつひとつがでかい)をいくつも広げ、中にパンパンに詰まっている缶バッジやトレーディングカードのようなものを出したり写真を撮ったりしまったりしながら、ずーっとしゃべっている。アイフォンをいじりながら、ずっと口を動かし続けている。カードや缶バッジはひとつひとつスリーブに入れた状態で、ケース内には仕切りも作られていて、大切に保管されている。カードには二次元のかっこいいおにいさんのキャラ(なんのキャラかはわからない)が描かれているのが見えたけど、缶バッジの方は光の反射でよく見えなかった。
めちゃくちゃオタクで、ギャルだ。オタクかつギャル。そして新宿に住んでいるようなくつろぎかた。やっぱり東京のカフェはおもしろい。三人はそれぞれに個性的だ。ファッションの嗜好がすこしずつ違うのがとても良い。ひとりはばっちりメイクして短いスカートでつけ爪でデコネイルで髪色ピンクで左手首のアップルウォッチもピンクでキラキラにデコられている。ひとりは化粧っけの薄い黒髪でフレームの細いメガネで水色パーカー、マスクを顎までおろしてしゃべっている(この人は近所に住んでいるのではないか)。ひとりは長髪黒金メッシュでだぼっとしたズボンに黒いジャケット(このひとが一番おしゃべり。「さすが地頭いいね」と言われるようなキャラ)。リラックスしていて、いつもこの店でこうやってだべっているのだなあと想像できる。生い立ちや家庭環境はそれぞれに違っていて、中学校とか高校で出会っていたら友達にはなっていないかもしれないけれど、大人になってから推し活を通じて親友になった、というストーリーを想像すると泣ける。
「髪短いのめっちゃいいよ!」
「え、ほんと?」
「うん。若返った!」
「ははは」
「うれしい。若返りたい!」
「〜の30歳の歌、めっちゃいいよ。30歳。同い年なのかな」
「ポケモンのさ、〜が29歳までなら割引でさ。うちは29だからいけんのよ。でも〜は30だから」
「アウトだわ」
という会話から、29~30歳であることがわかった。別に聞き耳を立てているわけではなく。席間隔が30センチくらいしかないから聞こえてくるのだ。
他にも「このあいだ缶バッジ三十個買ったんだけどさ」「明日のバイトは〜時からだから……」「ネグリジェで行ったらボトル入れてくれんじゃない?」「いや、恐竜パーカーでいくから、あたしは。もう宣言してっから」「おひざがちょっと、くぅってなる」「いえーい。どうせ延長だわ」などの断片的な言葉が聞こえてくる。特にパーカーと黒金メッシュのふたりの語彙が豊富で、おもしろい。「アクスタ」という言葉も聞こえてくる。缶バッジ・カードの他にアクスタ(アクリルスタンド)もあるらしい。
地下のカフェの奥の席で集合してる感じとか、いまという瞬間をめっちゃ楽しんでいるのが伝わってくる。なぜか「戦争反対」という言葉が浮かんだ。戦争をしてはいけない、ぜったいに、と思った。

やがて黒金メッシュのひとが「じゃあ、俺は行く」と言ってすっと立ち上がり、「ありがとう〜」「明日無理しないで。また明日ね〜」と見送られながら帰っていった。
「じゃあ、俺は行く」という捨てぜりふ、めちゃくちゃかっこよかった。

レジの方から彼女たちと同世代くらいの別の女性が近づいて来て、パーカーのひとに声をかけ、カードを差し出した。
「あ〜ありがとうございます〜」
「こちらです」
「まさか同じ場所で」
「またなにかあれば、ぜひお願いします〜」
と、互いのカードをトレードしている。どうやら、おなじ店内の違うテーブルで同じようにグッズを広げていたひとらしい。こうやって、どこからともなく人がやって来ては、挨拶をして、カードなどを交換して帰っていく、というやりとりをもう4回目撃した。交換文化があるみたいだ。なんのカードなんだ。
パーカーのひとが「ちょっと、上いってくる。今来てるらしいから」と言って席を立ち、しばらくするとやっぱり新しいカードを手に戻って来る。
ピンクのひとが「私はもう今日は終わったわ」と言う。
私がまったく知らない界隈が、トレーディングカルチャーが、共同体のありかたが、この世界にはあるらしい。わたしたちは、同じ街を、違うしかたで利用しているのだなと思った。あたりまえだけど。その違うしかたのひとつを見させてもらったことで、それがよく想像できるようになった。

ここにきて、彼女たちがこうしてだべっている理由が見えてきた。グッズ交換を行なっているのだ。この新宿のどこかで同じように集まってだべっているひとたちと。今日はなにか特別なイベントがあったのか。それとも、このような交流は常時行われているのか。

黒「いいひとなイメージ。いいひとっていうか」
ピンク「強欲じゃない」
黒「そうそうそうそう」
ピンク「それが普通だよ」
黒「それが、普通なんですよ」(空中をチョップするようなジェスチャーとともに)
ピンク「強欲なばあさんにはなりたくない」
黒「ばあさんたちの、強欲さといったら」

ピンク「はなちゃんて水色似合うよね」
黒「ほんと?嬉しい。好きだからうれしい」
ピンク「似合うわ」
黒「ピンクとかあんま着ないしね」
ピンク「あんま見ないわ。似合うと思うけどね」

ピンクの人が持っているバッグには、同じキャラクターの缶バッジが何十個も整然と並んでつけられている。Sympathy Kissとある。Nintendo Switchの恋愛シミュレーションゲームらしい。「オトメイトストア」と描かれた袋もある。
調べたら、これだった
https://www.otomate.jp/event/sympathykiss_winter/
今日は新グッズの発売日だった。謎が解けた。
ということは、今日新宿だけで何十組ものグループが同じように、別々のカフェで集まってだべっているのだろう。
ピンクのひとがおそらく、交換相手と携帯でやりとりをしていて、相手がカラオケにいるらしく、「どこのカラオケだろう」とパーカーのひとに聞いている。カフェのほかにカラオケにもこういう集まりがあるようだ。さっきは「会議室」という言葉も聞こえて来た。
「たぶん道渡ってちょっといったところ。どちらのカラオケでしょうかって聞いてみたら」
「行ったほうがいいかな」
「あっちから声かけたら来てくれるけど、こっちから声かけたんなら、行ったほうがいいかも」
そういって二人は席を立ち、店を出ていった。隣に彼女たちがいたおかげで読書も仕事もまったく手につかなかったけれど、とにかく声が弾んでいて楽しそうで、こちらまで幸せな気持ちになった。新宿の地下の片隅で、こんな祝祭が行われているなんて知らなかった。

勉強したこと
・誰かの代わりに何かを買いに行くことを「代行する」と言うらしい

久々の珈琲貴族エジンバラにて、本を読みたいのだけど向かいの席でなにやら打ち合わせをしている男性二人組の会話が耳に入ってきてしまい、なかなか本に入り込めない。頻繁に「現代美術」というワードを発していて気になってしまう。さらに「コ本やでイベントやったときには…..」「高山明さんが……」「小森瀬尾の映画が……」など、作品をよく知っている作家や友人の名前まで飛び出してきて、いよいよこれは知り合いの知り合いくらいのアレっぽいぞ、という確信を得てからは、ぜんぜん集中できなくなってしまった。イヤホンをしてApple Musicで「ホワイトノイズ」と検索して大音量で流してみたが、声は突破してきた。たまらず荷物をすべて席においたまま一旦店を出て、向かいのマルイアネックスに入っているドラッグストアまで走って耳栓を買ってきた。
新宿から吉祥寺に電車で移動。混雑している電車、やはりなかなかきついものがある。大町に慣れた体には他人が近すぎる。なぜきついのかを考えてみた。「車内で何かよくないことが起こるかもしれないという予感のかけらのようなもの」が私を疲れさせるのではないか、という仮説が生まれた。
吉祥寺シアターにて、円盤に乗る派『いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……』を見た。円盤に乗る派は『仮想的な失調』以来だなと思って行ったら、前作がそれだった。100分があっという間だった。まだうまく飲み込めないけれど、きっとこの先もずっと覚えているであろう、変な作品だった。いびつなオペラのような。説明的なせりふの連続。見れてよかった。と同時に、どこか苦しそうな印象も受けた。現実がいよいよ暗黒時代みたいになってきているなかで、この作品を見られてよかった。それと久々に演劇を見て、舞台に奥行きがあるという当たり前の事実に感動した。手前に人がいて、奥にも人がいた。目の前で生身の人間が動いて、喋ってくれていることに感謝の念が湧いた。ディスプレイやスクリーンと違って、自分の位置から見えない部分があったり、席によって見え方が違うことが新鮮に映った。小説のことも考えさせられた。小説はシーンの連続によって全体を浮かび上がらせるけれど、全体を貫く道が一望に見渡せる見晴らしの良い場所があるわけではない。ひとつひとつのシーンが全体であり部分でもあるような魔法がときどき起こる。劇場で三人の知り合いに会い、東京だなあと思った。アフロヘアの友人の後ろの席だったので、「この頭、もしかしてと思ってたけどやっぱりそうだったか」と言ったら「ああ、僕の頭で見えませんでしたか?」と笑っていたのがとてもよかった。ひとつの、演劇を見るよろこびだった。
帰り。電車に乗るのが面倒で、シェアサイクルでつつじヶ丘まで帰った。信号待ちをしているとき、道路工事の交通整理をしている腰の曲がったおじさんが近づいて来て、「そのライト明るくていいなあ」と話しかけられる。演劇が続いているようだった。「ああ、明るくていいっすよねえ」と返す。「おれのライト暗くてなあ」とおじさんが言うので「ライトは明るい方がいいっすよ」とアドバイスをしてみた。「明るいの、あんま売ってなくてなあ」とおじさん。「ああ、そんなもんですかねえ」と私。信号が青に変わり「じゃあ、失礼しまーす」と自転車を漕ぎ出すとおじさんは大きな声で「あい!どうもー!」と送り出してくれた。その言い方が妙に慣れていて、こういう挨拶を日々交わしているのだろうなと思った。

あなたはキャベツを育てることはできない。種を植え、不要な芽を間引き、土が乾けば水をやり、日当たりに気を配る。キャベツはすこしずつ膨らみ、葉は重なり、やがてまるく閉じていく。そこへ一羽のモンシロチョウがやってきて、卵を産みつける。幼虫たちは一斉に孵化して、葉を食みはじめる。その緑をもくもくと体に取りこみ、小さな種のような糞をひり出しながら育っていく。あなたは自分が育てているものが、キャベツではないことに気がつく。なかば開き直るようにして、緑の細長い住人たちの巣立ちを見守ることにする。その数を数え、底に溜まった糞を取りのぞき、彼らが蛹になる日が楽しみだと思うようになる。だがある日突然、芋虫たちは消えてしまう。裏返した葉の隅々まで探しても、見当たらない。どこに行ってしまったのだろう。そのとき鳥の鳴き声がして、そこであなたは理解する。自分が本当は何を育てていたのかを。

「珈琲さかもと」がいつになく混んでいる。わたしが入った時は三組の客がテーブル席を埋めており、カウンターに初めて座ることになった。その後も2人組が来てカウンターに、さらにもう1人来てカウンターに座り、残る空席は一席のみという状態。マスターが忙しそうにしているのが嬉しい。わたしはこのマスターが、この店での仕事を終え、駅までの道を帰っていくところを見たことがある。背筋はピンと伸び、サラリーマンが使っていそうな典型的な薄い鞄を片手にさっそうと歩いていて、しびれるほどかっこよかった。

怖い夢だった。年に一度なのか10年に一度なのかわからないけれど、とにかく言い伝えによって、「何か」がやってくる、ことがわかっている町にいる。それは神様に近い上位の存在で、町の人たちはそれが来ることを怖がっている。神社に集まってやり過ごそうとしている。そこが安全だと思っている。みんなが隣の人たちと不安気に話し合っていた。すると2階から「うわあ!」「濡れてる!」と叫ぶ声がして、上がって行くと床がびしょびしょに濡れていた。それは、彼らが確実にやってくることをあらわす兆候だった。そしてその時が近づくと、みんなフードを被ったりニット帽で顔面をすっぽり覆ったりして肌が出ている部分を隠し、床に寝ころんだ。僕もそれに倣った。僕はそこで初めて、もしも人を攫うのが彼らの目的なら、こうやって大勢でいるのは好都合だろうな、と気がついてぞっとした。彼らが現れる前に目が覚めた。

小説教室からの帰りの電車、目の前の女性がスマホで「すぐムッとする 彼女」とグーグルの検索窓に入力しているのが見えてしまった

イスラエルの兵士がパレスチナの若者の自転車を蹴り飛ばすといういじわるをしている動画を見た。パレスチナもアメリカも日本も、ひどいことになってる。地獄はからっぽで、悪魔はみんなここにいるとシェイクスピアは言ったらしい。いや、まいった

波、煙、川面、炎、雲、梢など、動きのあるもの、揺らぎのあるものは、その場所を世界から切り閉じる効果がある。集中して眺めていると、周囲の輪郭はぼやけ、時間感覚は希薄になっていく。ある面ではショート動画でも近いことが起きているかもしれない。でも炎や煙にはアテンションがない。こちらの注意を引きたいという意思がない。目的もなにもない、ひとつの現象として現れ、現れた場で揺れ動くだけだ。誰に見られようとも、誰にも見られなくとも梢は風に揺れているし、雲はどこかからどこかへ移動している。森の奥ふかくにある、誰にも見られたことがない湖のような、その場所ではじまり、その場所でやすらい、その場所で完結するもの。子供の頃はそういうふうに世界を眺めていた。自然に世界を切り閉じる目をもっていたように思う。炎を眺めているときのような時間を、あらゆるものを対象に発揮することができた。瞬間ごとに照準を絞り、閉じられた時間の中で暮らしていた。大人になって、視野の全体を眺めて生きることに慣れてしまったけど、あの頃の目は忘れないようにしたい。

・自分が知らなかったことを知るたびに、「ちゃんと生きよう」と思う
・家と職場のあいだに場所ができた。ラーニングボランティアはコミュニティだった
・「この人ってこういう人なんだ」というところから、自分を振りかえることができる
・「なにかを思う」ということは、自分の頭の中を過ぎ去るだけだと思っていたけれど、「思った」ことは誰かに投げかけうるし、誰かに投げかけるということは、なにかが動きだすということ。「ふかぼる」は「なにかを思う」という許可を自分に与えられる場所だった
・最初の面談で、村上さんの質問にうまく答えられなかったことをよく覚えている。そういうことを、いつまでも思い出してしまう。自分の言いたいことが相手に伝わらなかったり、違う意味に伝わったりしても、それ以上の説明を諦めてしまう。でも「ふかぼる」の活動で色んな人と話すなかで、そうしなくてもいいと思えるようになった。見てきた作品を私に説明してくれる人とか、色々な人に会うなかで自然とそうなっていった。「人と話をするときには目を見ないと」と思っているけど、これまではあまり勇気がなくて、相手のコンタクトレンズとかを見るようにしていたけど、これからは人の瞳孔を見ようと思った。そういうふうに「体の向き」が変わっていった
・ふかぼるメンバーはみんな自分の言葉で話していた。対話型鑑賞ファシリテーターの言葉遣いとぜんぜん違う。「ふかぼる」に参加するお客さんも、作品について全然ちがうことを言ってきたりとか、聞いてもいないのにいろんなことを話したがる人とか
・ふかぼるのメンバーみんなめっちゃいいひとじゃん、と思った。幸せだった。なんでこんないい人たちがやってくるんだろう。私も気張ってちゃダメだと思った。ラーニングとかエデュケーションということで、なにかをがっつり学びにいくぞと思ってきたけど、ここはみんなでぽわぽわと温泉に浸かってるような感じで、それでものんびり話しているなかに面白い発見があったりする。「ゆるさ」の中にもいろいろあるなと思いました。固定観念がはずされました
・「ふかぼる」は安心感のある場所だった。村上さんはゆっくり話すし、正直であろうとしてる感じが伝わってきて、それが雰囲気を作っていたと思う

何十メートルもジャンプして、そこから遠くまで高速で滑空できる素晴らしい能力を手に入れたけど、ジャンプした拍子に民家の屋根を破ってしまった。損害賠償を払うことになりそうだ。瓦屋根だし、修理代高そうだなあと思い、持ち主にバレる前に早くその場を離れたいのだけど、友達がどうでもいい雑談をはじめてしまう、という夢

小鷹拓郎さんの予告編10個ラッシュ。ポテトと共に旅をする初期作品、妻のオノヨーコがパフォーマンスをする記録、カッパの狩猟技術。みてるうちに目頭が熱くなってしまった。差別、分断という問題にたいして、楽しくシニカルな切り口。解決手段の提示や啓発を超えたところで、別の次元に飛ばしてしまう力。上下にしか方向性がない世界に左右から揺さぶりをかけるような。問題と問題解決のことばかり考えていると、同じ目的を持っていたはずの人と敵対するような悲しいことが起きたり、同じように考えていない人に対して不満を覚えてしまうような精神状態に陥ってしまったりとか、硬直してしまいそうな思考に、異次元からショックを与える力。私たちにはまだまだできることがある、と言われているようでぐっときてしまった。
「祈りや呪いは誰のものなのか」
「見えない力は、誰に都合よく配置されているのか」
「私たちの日常は、どこまでそれに支えられているのか」

小説講座に通い始めた。今期から入った新しいメンバー三人が立って、講師からの質問を受けつつ自己紹介のあと、講師からの芥川賞予想を聞く。「とりやまさんか、ダークホースでくずさんかなと思います」芥川賞にふさわしい作品の、完全で明確な基準が講師の中にあるようで、興味深かった。
前回出された原稿を、受講者が順番に話していく。ひとり3〜5分とか。自己紹介からあとは、いっさい説明がない。小説講座とは、いったいどんなことが語られるのか興味をもっていたが、参加してみてなるほどと思った。講師がなにかを語るというよりも、受講者が作品を書き、読む場所を提供している。
「今日は、3作品です。じゃあいきましょうか。〇〇さん」と名指すと、名指された人が感想を語り始めておどろいた。語り終えるときは「以上です」という。話がおわったとき、講師は名前を指すこともあるが、多くは「はい」としかいわない。それでも受講者たちは順番を心得ているらしく、自然に自分の番を察知し、話し始める。講師からの話は、他の受講者と同じか、少ないくらい。もっと講師がしゃべれよと思わなくもないがみんなで読んで感想を言うという営みというかそういう場所であることが大事なんだろう。それはよくわかる。結局自分に小説を書かせる環境に、自分の身を置くこと以上の小説の勉強なんかないのだ。感想の中身は、みんなかなり忌憚のない意見を言っていてよかった。批判と称賛がまったく同じトーンで語られ、本気度が伝わってくる。わたしはどれも最後まで読めておらず、何も言えず。
印象深かった言葉
「散文は難しい。散文は基本は難しい。本当はちゃんと散文が書けてから、「文学的な文章」をかかなければいけない。新聞記者の文体は散文ではない。記事の文体。散文で書くのは難しいのだという意識。散文でも書き手の個性は出てくる。「文学的な文章」に個性はでてこない」
「小説になってないからだめとか、なってるからよいとかではない。読者が設定されていない。読者を低くみている。なぜだめかわかるか。高みから書いてる感じがする」
「自己批評をしないと」
どれも制作においては当たり前すぎるほどの話だと思うけれど、それがむしろ新鮮だった。

東京滞在中によくいくおいしい中華料理屋で両面焼きそばを食べ終わったら、皿の底で、なんらかの黒い小さな甲虫の死骸が「あん」につつまれていてすこしだけ悲しい気持ちに

15日の夜、喉に違和感を感じて、これはやばいやつだと直感した。ちょうど仕事がひとつ終わったところだったので、すぐに横になった。だが不調は止まらず翌日から倦怠感が全身にゆっくりと広がっていき、夜ついに発熱。熱自体は37.4度程度の微熱。とにかく全身がだるく、間接にも痛みに近い異物感がある。17日は水戸に出張の予定だったが私だけお休みにさせてもらい、ずっと寝てた。ごはんはすべて涼ちゃんが用意してくれた。涼ちゃんはバイトに出かけたり帰ってきたり、制作の締め切りに追われたり、抱えているデザインの仕事の提出に追われたりしながら、私のために滋養たっぷりで消化にやさしいご飯をたくさんつくって看病してくれ、洗濯などあらゆる家事をこなしてくれた。いま私が生きているのは彼女のおかげだ(涼ちゃんにはあとから「死神みたいだったね」と言われた)。18日も19日もずっと寝てた。寝ることしかできなかったし、じっさい最初はずっと眠かった。体のなかが大変な騒ぎになっていて、横になっているだけでもうぐったりと疲れてしまっていた。暗闇で横になって目を瞑っていると、頭のなかも騒がしくて、超人気レストランの厨房みたいにいろんな音が鳴っていてうるさかった。風邪で寝込む時間も割と楽しめるほうだと思っていたけど、今回ばかりは辛かった。横になりすぎて脇腹に蕁麻疹ができた。横になりすぎて体がこわばっていて、なにかを取ろうとしてベッド上で変な体勢をとってしまって左肩の後ろに「ピキ」と地獄のような痛みが走り、「うおおおおお」とひとり悶絶した。以降肩が、猛烈に寝違えてしまったときと同じように、腕や足や頭をちょっと動かしただけで左肩の後ろにまた「ピキ」と同じ痛みが走るようになってしまった。遠くの部位でも関係なく痛むので、私はベッドの上でほぼ身動きがとれなくなった。涼ちゃんはバイト中だった。日が落ちて部屋が何も見えないくらいに真っ暗になり、灯りをつけたくても、一人では体を起こすことすらままならない。手探りで掴んだたんすの取っ手を支えにして、とても奇妙な姿勢のまま、なんとか上半身を持ち上げようとした。「ううう・・うおおおおおお」とか「いて・・いてて・・・・じゃねえよお」とか「そうじゃねえだろうがああ」などといったせりふを、小学校の教室に自分がいたとしたらクラスの半分くらいは振り向く程度には大きな声量で発しながら、なんとか体を起こそうと試行錯誤を重ねたが、すべて失敗した。やがて私は「ベッドの上で体を起こそうとするからいけないのだ」ということに気がついた。「閃いた!」と思った。つまり、ベッドと床の高低差を利用して体を縦にすればいいのである。すぐに試した。そして何度かの挑戦の末、私はついに立ち上がった。嬉しかった。立ち上がれるだけでこんなに嬉しいのかと思った。このとき私は自分が風邪をひいているということを忘れていた。極端に関節がすくない人型ロボットのような動きの少なさで廊下を移動し、飲み物を補給したりトイレに行ったりして、ベッドに戻ってきた。「また横になるのか」と思った。あんなに苦労して縦になったのに。でも相変わらず全身はだるく、関節は痛い。肩と腰と背骨がきしんで、体中の筋肉と骨が横になることにうんざりしていて、一度寝たらまた起き上がるのに大変なエネルギーを使うことが分かりきっていても、それでも寝ることしかできない状態。「『1週間ずっと横にさせられ続ける』は拷問として成立するだろうな」と思った。熱は20日にようやく下がってくれて、私は横にならなくてもいい時間をついに手に入れた。そして21日から徐々に、すこしずつ生活を取り戻しつつある。

「リベラルファンタジー」という言葉をイスラーム映画祭の藤本さんのレクチャーで知った。『ムスリム女性に救援は必要か』という本で登場するらしい。「普遍的人権擁護」の美名のもとに、「ヒジャブは女性差別の産物だから脱いだ方がいい」などとムスリム女性に啓蒙することは「リベラルファンタジーの強制」なので、もっと「現実に即した公正さを提唱」する内容の本みたい。読みたい。
家父長制的で化石みたいな価値観の家庭環境で暮らしていて、ある視点から見ればとうてい許せないような扱いを受けている女性がいるとして、当人が「お母さん」「奥さん」としての振る舞いに幸せを感じているのであれば、「あなたの幸福は間違っている」とその人に言う権利は、誰にもない。とはいえ、これで何かを解決した気になることは、問題から目をそらしているとも言える…。

⚫︎複数人でひとつのプロジェクトに取り組むさいに、それを進めるなかで起こるひとつひとつの物事/出来事に対して、「できる・できない」だけでなく「やりたい・やりたくない」といった暗黙の判断基準を仲間内で共有できていること(もっと単純に言えば「バイブスがあうこと」)が、チームとして楽しく活動するためには重要だった。「いますぐやったほうがいい/やったほうがいいけど、後回しにしてよい/今必要ではないけどやりたい/必要だけどやりたくない」などの細かい選択肢をひとりひとりがリラックスした状態で選択できたほうが、創造的にプロジェクトを進められる。
→「これができてないです」と人に指摘したり、「これができてなくてごめんなさい」と謝ったりするのは、プロジェクトを円滑に進めるためには仕方のないことかもしれないが、すべてをその基準にあてはめてしまうと、最終的には人間の価値は「できる」と「できない」だけで測れることになってしまう。すると「できない人」が発生してしまう。「できる人」「できない人」という二項対立ではない状態に持っていくこと。つまり「ありがとう」「ごめんなさい」だけではない関係を作れるかどうかが肝。
→心がリラックスした状態のほうが、創造的な気持ちでいられる。この意味で、「反省」は時に毒になる。スターバックスで支払った100円がイスラエルでミサイルに代わっているかもしれない、ということを椿昇から10年ほど前に教わったとき、私は自分の無知に愕然としつつも、「そういったことを知るのはおもしろい」と感じられた。おもしろいと思えたから、この問題を自分ごととして考えられた。「反省しろ」と糾弾されていたら、私の心は萎縮してしまって、自分の問題として考えるのは難しかったと思う。飼い主の顔色を伺う犬みたいに、自分の言動に「間違い」がないかということばかりを気にしてしまい、ついにはぷっつんと切れてしまって、「うるせえ好きにやらせろ!」と怒り出していたかもしれない。反省ではなく、「発見」とみなしたほうが、主体的な(つまり創造的な)心持ちでいられる。なによりも、心が萎縮しないことが重要だった。そのほうがいろいろなことに気がつける。

⚫︎美術館や芸術祭における「ラーニング」の役割がひとつはっきりした。まず「集まることが重要だ」という暗黙の前提がある。そして人が集まる口実に芸術(作品)を「使う」のがラーニングである。あるいは、「作る」という営みを「作家」だけのものにしないための実践である、とも言える。
→出自や年代、価値観の違う人どうしが集まるには、まず“共通の話題”が必要である。芸術作品はその役割を自然に担ってくれる。なぜなら芸術家は、私たちがふだん見過ごしている社会や人間の問題を、作品というかたちで「問い」として提示する専門家だから。そして、その問いには正解がない。なので、誰も間違えることがない。だからこそ、「ここが面白い」と話し合えたり、同じ手法で何かを作ってみたりするにはもってこいだった。
→その対話や体験は、社会の問題を自分の言葉で考え、自分ごととして捉えるための練習になる。小さな“自分の問題として考える”ことの積み重ねが、やがて自分が住む街の出来事を、他人事ではなく自分の延長として考える力につながっていく。芸術の力を民主的なものに解きほぐしていくイメージ。

⚫︎29日の「あいち」のイベントでの発見。グループディスカッションのような場でのファシリテーターの責任の大きさ。
共通のテーマがないまま、初対面同士でグループディスカッションを始めてしまうと、「自己開示」になりやすく、本人も実は望んでいないほどの自己開示を自分でやってしまうことにつながったりする。前段のレクチャーを受けての感想シェアという立て付けはよいが、最初に「なにについて話すか」をグループ内で決めておくべきだった。

オンライン会議、誰かが話している最中にカットインする気持ちで臨まないと、一度も発言できないまま終わる。気がつけば終わっている。他の参加者の発言に刺激されて、そのつどいろいろな考えが僕の脳内を駆けめぐり、「これは発言に足る内容だ」と思えるものもときどき頭をかすめるのだが、誰かが発言を終えるとすぐに(あるいは終わらないうちに)他の人が発言して会議はどんどん進んでいくので、「これはこの人の話が終わったら発言してみようかな」と思っていたトピックも、気がつくと過去のものになっており、僕自身も新たな話題に関する新たな発言にまた感化されて別のことを考え始めてしまい…という繰り返しがおこる。特に人数の多いミーティングでおこりやすい。まず人の息遣いや視線がわからないので発話のタイミングが掴みにくい。大縄跳びに飛び込む機会を伺っていたら他の人たちにあれよあれよと追い越されていき、気がつけば入れてないのは自分だけ、みたいな感じだ。こうなってしまう原因には、オンライン会議という場の性質のほかにもうひとつ考えられる。この2年間、ひとつの団体に属して、「半分組織人」のような形で長期間仕事をしてきたけど、自分は「他の人」や「組織」に対して、このイベントの進行はこうしたほうがよいとか、この文章はこういう方向性に修正したほうがよいとか、そういった意見を、つまり他の人間の行動や思考に影響を与える内容を、直接的に言葉にして出すことを極端にこわがっている。苦手だ。たぶん、すごく。僕が自分ひとりの責任で行なっていることを、他の人が見たり読んだりして影響を受けてくれるのはとても嬉しいし、自然に受け入れられるのだけど、「自分の実践」を経由せずに、他の人に対して言葉を使って直接意見を表明することにつよい抵抗感がある。小学校のときからそうだったかもしれない。一人でもくもくと工作をして、その出来栄えや作業の仕方を見せることを経由して、友人たちや先生に、自分が大事にしていることや思いを伝える、ということばかりやってきた。ようするに陰キャだったのである。人が作業しているところをみて、そのやり方が間違っているように感じられても、「こうしたほうがいい」と言うことはできなかった。この性癖は変えてみてもいいかもしれない。いわばこの「傾き」が私をここまで育ててくれたことは事実だし、よい面もあると思うけど、気がつけばもう37歳になっている今の僕には、果たすべき責任が、つまり多少他の人の言葉を遮ってでも、発言すべきことがあるのかもしれない。一にも二にも言葉によって他人に影響を与えることをこわがってしまうのは、その結果問題が起きたときの責任を回避したいという弱さもあるんだろう。よくないかも。このモヤモヤをずっと気にしているから、ここ数年のいちばんやりたいことが「フィクションを書くこと」になっているのかも。