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昨年制作した「清掃員村上3」の動画を公開しました

3月 01, 2018



清掃員村上3/Cleaner Murakami 3 (3rd version) from satoshi on Vimeo.

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3月 14, 2018

夏の太陽みたいにそれが無自覚であっても人に対して行った無神経はこちらにそのうち跳ね返ってくるわけで(それは因果のようなものかもしれない)、それが何年にもわたって行われていたのなら、それはそれ相応の自分の心への反撃を覚悟しなくちゃならなくて、その覚悟を持っていなかった自分の責任を人への攻撃に転換してはいけないぞ。跳ね返ってきたときにその原因の相手が無自覚であっても、それは自分の無自覚の跳ね返りなので、それはもう本当にひたすら耐えなければいけない。俺はいつからこんな傲慢な人間になったんだ。何かと色々な瞬間を思い出して、あのとき俺は無神経だったかもしれないとか、あのとき、ちゃんと考えて返事をしていなかったんじゃないかって考えてしまうことはたくさんあって(これはもう幼い頃からの癖のようなものでどうしようもない。これも傲慢さだ。)ちょっと思い出すだけで山のように出てくるソレなので、思い出すことも気づくこともできないソレがはたしてこの29年間の人生でどれだけあっただろう。その反撃を食らうことはこれからもあるだろう、たぶんいやになるくらいあるだろうけど、覚悟を決めて受け止めないといけない。怒りに反転させずに、ただ正面切って受け止めるぞ。これは宣言みたいなもんだ。ほんのすこしタイミングが違ったり、ほんのちょっとの言葉が足りなかったりするせいで、そこからドミノ倒しみたいに一方向に感情がどんどんすすんでしまって、最終的にとんでもなく大きなドミノが倒れてしまったりなにかが犠牲になったりすることはすくなくないけど、その最後のドミノのおかげでまた新しい道が現れて、それが意外に楽しかったりもっと大事だったりすることもとても多くて、そうやって岐路をいくつも経て最終的に、誰もが、たぶん生まれた人全員が、他には誰もたどり着くことができないところまで進むことができるのがこの一回しかない人生の素敵なところで、だから比べられるわけがないんだハナから。(そして人生のどの瞬間でも幸せと言えば言えちまう憂鬱を宮本は歌っている)色々余計にドミノを倒しつつも、それは間違いなくその人の人生なので、すでに起こっていることがその人生の成果そのものであって、つまり、いつも”結果的に”その瞬間に起こっていることがその人生の全てであって、そこには過去も未来もないはずだ。ただ僕は今日は今日の「悲しさ」や「楽しさ」といるだけのはずだ。僕は今日、今日のさみしさや今日の楽しさと一緒にいられるのが嬉しいはずだ。大丈夫なはずだ。大丈夫なはず。carpediem。それにしてもいい季節になった。公園のベンチでも長々と文章が打てる。このまま外でも寝れそうなくらいだ。春は白い光だ。どこかでなにかが始まっているのを感じる!

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3月 12, 2018

花の慶次で佐々成政が追い詰められたとき、慶次に向かって「よかろうこの首を打ち取り、末代までの武功とせよ」と言っていて、それに目が潤むくらいに感動してしまって、それっていまでいうとなんか自意識過剰とか言われちゃって、自分の首に価値があるとか思っちゃってんのみたいな、ねじ曲がった価値観があってそれがおれらの気持ちをどんどん後ろ向きに引っ張っている。自分は人生の中でたくさんの修羅場をくぐってきて、れきしがあって、その積み重ねで、自分に価値があることを自負していて、それで自分の尊厳とともに生きていて、それは眩しいくらいかっこよかった。もしかしたら、おれが思っている俺の価値なんてものは、おれの思い込みなのかとか、おれが自意識過剰なだけなのかとかそんなクソみたいな意識はそこには微塵もない。自分がやってきたことを自分が認めていれば、それは全員にとっての価値なんだ絶対に誰がなんと言おうと。慶次を教えてくれた内田ありがとう

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ずっと溺れているみたいな状態が続いていて、昔みたいに夜地元を散歩してて、ただ昔とちがって今はジョニーウォーカーのブラックレーベルの小瓶と一緒なのだけど、そしたら割烹着のおばちゃんが公園のそばの赤提灯から出てきて、お客さんの自転車を乗りやすいように出してるところをみて、突然胸に満開の花が咲いたようになって、気がついたらぐっと拳をにぎっていて、それでおれはもう大丈夫かもしれないと思えた。気持ち次第ってのは、風向き次第に似ていて、飲み込まれてしまうことも多いけど、そこはCarpe diemで、今日は今日の悲しみと一緒にいられることのかけがえのなさを、あの割烹着のおばちゃんが教えてくれた。あとおれにはiPhoneに入ってるたくさんの音楽がついてる

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それにしてもお金はすごい。僕は昨年一万円をひろったのだけど、その一万円が持ち主不明でぼくの所有物になった。仮に僕がその1万円でメガネを買ったとして、その一万円はメガネという価値を社会につくり出した”のに”、1万円は無くならずに、僕から眼鏡屋さんのところに流れるだけだ。まるで魔法だ。

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葛飾警察署に行って免許証の住所を東京から長野にうつそうとおもって受付っぽい女性に
「長野県に住所が移ったんですけど変更届けはどれですか?」
と聞いたら
「長野では住所変更されてないんですよね。そしたら東京都の住所をこの用紙に書いていただければいいです」
といわれて、ひっこんでしまって、東京の住所とは、この変更前の住所をまたかけばいいのか?でもなんのために?と、しばらくとまどっていたら女性のそばにいた男性が
「あなたは長野では住所変更されてないですよね?!だったら東京の新しい住所をかけばいいんです!」
と強めに言われ
「新しい住所ってなんですか?」
と聞いたら最初の女性がまた戻ってきて
「あなたはいまどこにお住まいなんですか?」
と聞いてきたので(だから長野って言ったじゃないと思いつつ)
「長野です」
と答えたら、なんかひきつった笑いをされて
「あなたはいまどこにお住まいなんですか?」
とまた同じことを聞かれた。
「長野です」
と同じように答えたら女性がカウンターをでて側にやってきて、
「え?東京から長野に住所がうつったということですか?」
と聞いてきたので(だから最初からそう言ってるじゃないかと思いつつ)
「そうです」
と言ったら
「そしたら、長野県の警察署で住所変更をしていただけますか?東京ではそれはできません」
といわれた。(ネットの情報と違うなと思いつつ)
「そうなんですか。わかりました」
と立ち去った。彼らは二人揃って、示し合わせたみたいに同じ思い込みをしていたということだ。思い込みが激しすぎないか?あれが警察官なのか?

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3月 11, 2018

何も変わらないよりはマシなんてことがゆるされていいのか?

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僕たちが長い進化の末に手に入れたのは孤独だった。お互いの間に深い断絶を得るに至った。人類の進化の末にセブンイレブンが2万店を達成し、イオングループは純利益8兆円を記録したが、合わせて僕たちは、もともと存在していなかった、個体と個体の間の、深い断絶を得るに至った。ウェルベックの本に、善とは繋ぐことであり、悪とは繋がりを断ち切ることだと書いてあった。人の苦悩を、他の人の苦悩と比べることができないということを、どうやったら証明できるだろう。僕の向かいに座っている、ペットボトルのグレープジュースを持ちながらひどく悪い姿勢でスマホを見ているメガネの男と、斜め向かいに座っている紺色の小ぶりなスーツケースと紙袋を右手で押さえながら赤いイヤホンをつけ、すこし顔を傾けて外をぼーっと見ている黒髪の若い女性苦悩のあいだには遥かな隔たりがあって、それぞれの苦悩を比べることなんて到底できないということを、どうやったら証明できる?

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3月 10, 2018

冬季うつとトーキングヘッズ

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3月 09, 2018

寝返りをうって髪が顔にかかった時、彼の出番を自分の中から感じる。ここはやっぱ彼だろうという、当然の流れという感じで、彼の出番を感じる。

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3月 07, 2018

遠くにある湖を下から見ることはできない

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3月 03, 2018

神馬啓祐さんと話したこと。
高松次郎の「日本語の文字」と周回軌道(月蝕や日蝕)。”太陽”と”月”あるいは”物”と”それを指す記号”が”ビタビタに”重なり合うこと。あるいは”鑑賞”と”干渉”。また天動説(からだの実感としては天動説のほうがしっくりくること)と、僕の日本地図のドローイング作品のこと。

昨日考えたこと。
椎名林檎が書いた「閃光少女」の歌詞
「今日現在(いま)がどんな昨日よりも好調よ
 明日からそうは思えなくなったっていいの」
が言い当てていることと、映画「arrival」と、ベンヤミンの「歴史の概念について」。時間を”流れ”とはちがう捉え方をすること。
(ベンヤミンは、ナチから逃げるために亡命してピレネー山脈で自殺をする直前まで「歴史の概念について」というテキストを書いていた。死の間際に歴史のことを考えていた。)

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バスの中で、大きなスーツケースとバックパック、明らかに他の人間の持ち物よりも体積が大きな荷物、をなるべく人の邪魔にならないように色々持ち替えたり動かしたりしながら考えるのは、例えば僕は会話において引用があったり、他の出来事に結びつけられることが人間の証であり、また男女の格差や社会の仕組みに対して批判的に戦っている人をかっこいいと思っていて、その思想を生活に取り込んで、日々の暮らしの様々な場面で、誰かと一緒に暮らしていたり、誰かと仕事をしていたりするときに、これはこの社会の制度がーとか、そういうふうな話し方をして会話を進めていきがちな事があるし、そういう人間が特にインターネット上にたくさんいることも感じていて、でもそういうときに本当に考えなければいけないのは、それはたしかに社会の制度や男女の格差が前提であって、それは絶対に踏み越えてはいけないステップではあるのだけど、それ以上に、何よりもこれはあなたとわたしの問題なのだということだ。あなたという人は、とりあえず分類上は男あるいは女あるいは性的少数者で、何歳で、体は五体満足あるいは障害があって、所得はどうとかっていう属性をもってはいるけれど、それ以上に、あなたはあなたという存在そのものであって、そのあなたとわたしの関係性においてこういう問題がおこっているのであって、もしかしたら社会の制度とか格差とかはもう全然関係ないと思えばそうも思えるということもある。でも、先人たちが積み重ねてきた歴史や、知恵を参照しないわけにもいかない。でもインターネットは思慮深さを簡単に欠いて、色々な問題を簡単に一般化して、あなたがあなたであって、わたしがわたしであることを踏まえた上でこの関係性ができていて、さらにその上でこういう話題がもちあがったり問題が現れたりしているのだということを驚くほど無意識に忘れさってしまう。
要するに、ぼくが、周りの人たちとの関係性のなかで生きているそのさなかに起こった問題に対して、その場にいあわせない、顔も知らないような人たちからの意見なんて、知ったこっちゃないということだ。まさに、余計なお世話だバカヤロウってやつで、でも問題はこの一般化したがる人たちというものが、自分の中にも住み着いているということで、誰かとコミュニケーションをとるときにはいつも、この点は気をつけなければいけない。歴史を引用することと、社会の問題と、あなたと私の関係性の問題であるということがコミュニケーションということなのだから、あなたはコミュニケーションが苦手ですか?という調査をどっかの会社が先日やったらしいが、普通に考えて、私はコミュニケーションが得意です、とか、不得意ですとかって、簡単に答えられるわけがない。そんなの相手によって変わるし場によっても変わるし、もっというと話題によっても変わる。そういうのを全部すっ飛ばして、人をコミュニケーションが得意な人とそうでない人に二分してしまう、そういう暴力的な力がはたらく調査が普通に行われているのが頭にくる。

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2月 21, 2018

バスに乗っていて「お降りの方が押す黄色いボタン」をみんな押しているけれど、それが何でできているかなんて全然考えてないんだろうなと思ったのだけどそういえばハイデガーも「道具」について「履いている靴のことを意識しないでいられればいられるほどそれは靴として優れている」と言っていて、同じことがこのボタンにも言えるんだなというところまで思い至り、ふと昔ファミリーマートの看板をすぐ目の前で見た時、その大きさと「物質感」に驚いたことを思い出した。あの時初めて気がついた、それまではただの情報としてしか見ていなかった「看板」は情報である前に、重さと奥行きと、なんなら内部に空間さえも持っているという大きな「物体」であるという発見は、それが看板という道具として優れていたからこそ、現実に物質でできているということが後ろに隠れてしまっていたことの発見だったのだ。そうやって素材が後ろに隠れてしまう道具と違って、芸術作品では「世界」と「大地」との闘争によって真理を顕現させるみたいな話がハイデガーの芸術論だった。ここでいう「世界」は「それはつくられたものである」という事と関係していて「大地」は「しかしそこにあるものはなんらかの現実の素材である」ということに関係がある。大地とか世界とか言い回しがハードでかっこよく感じるのだけど実は素朴な話だ。iPhoneとかみればわかるけど道具が優れて高度になっていくということは素材をどんどん後ろの方に隠れさせていくのだけどそれに対して、芸術作品でおこるという闘争は、現実にそれは素材でできている。現実のなんらかの素材であるという「あ、そういえば」というふうに、ふと我に帰らせる力と関係している。この力は、作品は「それを見守る人」をその真理の場所にひきこみ、それに触れる以前の状態ではいられないという(彼の言うところの)芸術作品の性質とも関係している。とても勇気をもらったのだけど、なんでいまのいままで岸井さんが教えてくれるまでハイデガーの芸術論面白いよと言ってくれるひとが誰もいなかったのか。大学の先生とか。先生はベンヤミンもニーチェも教えてくれなかった。「芸術作品の根源」はとにかく全体に道具と比較してるのがグッとくる。有用性に埋没してしまう道具の話は、大学に人文いらないっていう風潮とか「稼げる文化」とかそういう流れに対して、圧倒的に言い返してくれているようだった。利用したいというものは制圧欲求で、芸術作品はそれに端的に抵抗する話とか、科学は真理を生起しない話とか、作品は存在していること自体を非日常化する話とかも超サイコーだった。

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2月 14, 2018

「冬のあわい」は終わったけれどこの遠泳のような人生はあいかわらずなので引き続き、無音で降るのにまるで大音量で街を包み込んで、地表にある一切の境界線を消して白い大地を出現させたあの雪みたいな、苛烈な平穏を手に入れるために日々を過ごしていく。みなさまお気をつけて。

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2月 07, 2018

松本は良い街だけど、良い街でしかない。戦う場所がない。今は都会で戦っているaokidなんかを見てると、羨ましく感じる。(aokidは今も都会のストリートで戦っているんだろうなと思える。思い出されるだけで彼は活動しているみたいだ。ずるい)同じ時間に同じところでご飯を食べているのを繰り返していると、自分が、時間に消費されているような気がしてくる。そして、この状態に慣れてしまうんじゃないかと恐れている。日記はいつのまにか、見られるための文章に変わってしまった。もう一度、つまらなくていいから書くということを思い出そう。だいいち、松本は寒すぎる。夜に何時間も散歩するのが好きなはずの僕が、寒すぎて15分も外に出ていられない。昨日は散歩にいってみたが30分くらいしたところでもう体の冷えが限界にきてしまった。帰ってからひと仕事しようと思って暖房をつけて机の前に座ったところで突然の凄まじい眠気が襲ってきて何も手につかず、たぶん机の前で30分以上うとうとして、これはもうだめだと思って寝てしまった。結婚して共同で生活するということは、二人でバンドをやるようなものかもしれないと思った。音楽の進行を決めるリズム隊が自分の他にもいるおかげで、それは良い感じの音楽になることもある。でもここでは変調しない方がいいと思ったときに、他のリズム隊の方がアドリブで変調してしまったりする。仲良くなればなるほど、自分の音楽性を表に出すことを厭わなくなるので、最初は従順なベース的な立ち位置だった人も、いつのまにかギターに持ち替えて作詞作曲も始めちゃったりするようなパターンが沢山あるんだろうなと、たやすく予想がつく。世の夫婦はみんなバンドをやっている友達だ。そのバンドメンバーから「匂いがやだ」という要望があり、タバコを「アイコス」に変えた。タバコも稀に吸っているけれど、だいたいアイコスを吸っている。これはすごい代物だ。この嫌煙の流れに対抗するために、苦労して作り出したであろうこいつ。そんなこいつも副流煙から通常の紙巻きタバコの10パーセント程度の発がん性物質が検出されたので、他のタバコ同様に規制するし、課税もするというニュースを見た。こんな事態になってしまってかわいそうだ。なんのために開発したのか。知らないけど、どんなものでもよく調べれば10パーセントの発がん性物質くらいすぐでてきそうだ。タバコは体に悪いからやめなさいというのは正論なので、言われたらそうですねというしかないのだけど、それは正論でしかない。松本みたいだ。でも本当はタバコが体に悪いかどうかもよくわかっていない。「徹底的に調べたことはないけどなんか悪そう」なのは確かなので、タバコを吸っている人に会うと嬉しくなる。仲間だと思える。バンドメンバーに加えたくなる。でも現状の法律はバンドはツーピースバンドでなければいけないということになっている。ツーピースバンドなんてホワイトストライプスしか思い当たらない。それもとっくに解散してしまった。すきなバンドだった。残念だ。妹のドラムがすごかった。あまりにも退屈なので、そろそろ自分をホワイトアウトさせないと心がもたない。良い暮らしとかウケの良さとかどうでも良いのだった。ただ死んだ後の準備をするだけにしたい。右も上も下もわからない、あの光の混沌のなかに戻らなければ。ホワイトストライプスを再結成しなければ。

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1月 28, 2018

自分の近くに人がいると思ってしまっている。すぐにラインでテキストを送り、それがすぐに見てもらえて、返事がもらえると思ってしまっている。その気になれば電話して、いつでも話ができると思ってしまっている。ツイッターで呟けば、誰かがすぐ近くで見ていると思ってしまっている。もしかしたら思っているよりもずっとずっと遠くに人はいるのかもしれない。手紙を書いたり、三角屋台でいろんな人と話していて思ったが、人とのあいだには霞んで見えないくらいに距離があって、言葉や行間や息遣いをもっと丁寧につかって届けないと、本当には届かないものかもしれない。すぐに声を発して呼びかけそうになる気持ちをぐっとこらえて、息遣いを整えて、言葉を選んで誠実に投げかけるようにして、その距離の尊さを忘れないようにしなければ。

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1月 23, 2018

awaiartcenterの「冬のあわい」のために26人に出した「冬について尋ねる手紙」の返事が13通くらい返ってきている。それぞれの冬はそれぞれに全然違って観て楽しいのだけど、今や僕たちはインターネットで密接につながっていて、「その人が書いた最近の文」とか、「その人の近況」ってのが、あまりにも簡単に読めたり見えたりしてしまう。手紙もいいのだけど、なぜインターネットじゃダメなのかという”Why not?”も同時に考えないといけない。Aokidが「落ち着いた暮らしなんていらないと思ったんだった」「もっとすごい落ちついた暮らしのために今は」というようなことを書いていて、背筋が伸びた。冬だからといって落ちついてはいられない。休ませることによって再び全開で動くことができるエンジンのようなもの抱えていることを忘れないようにしなければ。

この冬は今の所ずっと松本にいて、それは冬くらいゆっくりしてみようと思っておでん屋さんを始めたからなのだけど、1月半ばにして既に動き回りたくてうずうずしてきていて、つくづく自分の性質には逆らえないものだと感じていて、最近はとにかく今後の準備だということで広告看板の家のプレゼンと展示のための作業を詰めている。松本は天気が良い日が多くて空気もカラッと乾燥していてとても気持ちが良くて、さらに浅間温泉のほうの県営住宅に寝泊まりし始めてからは、当初はあんなにきつかった寒さを厳しく感じることも少なくなった。昨日は珍しくどっさり雪が降って、松本の市街地でも30センチ近く積もったのだけど、雪が降ったら砂利とアスファルトと白線と敷地境界で覆われた地面が白く消されて、そこに大地が出現した。街を歩きながら、それまでは道路沿いに建っているように見えた家々が、今では「道路」が消失して、ただ白い”大地”の上に建っているように見えて、自動車も、道路上を白線に沿って走っていたそれまでとは見え方が全然違くて、その「白い大地」の上をふらふらと走りまわっている「機械」のように見えた。逆に言えば、それまでは「機械」というよりは、「交通機関」というか、人や物が”自動的に”かつ”レール上で”動かされるものというように見えていたということだ。それはとても気持ちが良い景色だった。ほとんど革命的な見え方の転換が起こっていたように思う。

「道路」というものは、お金によってやりとりされ、境界線によって区切られることによってまわるこの都市を象徴するような存在だったということが、雪によって消失したことによって逆に露わになった。

雪が降って、白い大地の上でただ雪かきを頑張るしかない僕たちがとても動物的な振る舞いをしているように感じられた。小さいスコップをもって、ただただ雪かきをするしかない小さな存在だということを気付かされた。そして雪に覆われた、冬枯れの木々は美しかった。さらに自分の家の前を雪かきするのはとても気持ち良かった。

いまではまだ雪は降っているものの、すっかり除雪された道路が再び出現している。自動車は機械から交通機関に戻り、大地の上に建っていた家は、再び道路沿いに建っている。

小説のほうの「道路」は全然進んでいない。思いもよらない仕事が入り、それに思いもよらない多くの時間が取られてしまった。ひと段落したので、これからすこし文章にも力が注げるかもしれない。力を注ぐということは時間がかかることなので、力を注ぐタイミングと対象をちゃんと考えないと、力は注げなくなってしまう。なぜなら時間は有限なのだから、と続けて書きたくなる衝動を抑えて、ふと時間は有限なのかと考えてみると、どうもうさんくさいというか、時間を「有限」かどうかと考えることじたい、既に何かに毒されている。

普段生活していると、僕の目にはどの瞬間にも「現実」が映し出されているはずなのだけど、最近、その目の前の現実を見る時の”感じ”が、過去の出来事を思い出しているように感じるのと近い気がしている。それはちょっと意識を変えれば未来を見ているようにも感じられると思う。昨日、初めて日本語字幕付きで「メッセージ」(しかしこの映画、原題は「arrival」。こっちのほうがずっとふさわしい。原作となった小説のタイトルは「The sroty of your life」だった)を観た。時間には始まりと終わりなんてものはなくて、過去を見るように未来を見、未来を見るように過去を見て、たとえ運命が定められているものだとしても、それを積極的に受け入れること、という素晴らしく、でもちょっと危ない思想の作品だった(またその内容が、映像作品としての見せ方とも一致していてよくできていた)。時代によっては、検閲の対象にもなり得る、厳しい資本主義批判の作品でもあると思う。

主に「お金」とそれを取り巻くシステムによって僕たちは、時間とは過去から未来に流れるものだというふうに思い込まされている。貯金とか保険とかローンとか月々の支払いとか、お金にまつわる現代のほとんど全てのことは過去から未来に流れる時間という考え方を前提としている。「はじめのお金」はもうすこし違ったものだったはずだ。地球が丸くて回っていて、四季が巡っていることを思い出すだけでも違う。

ミヒャエルエンデは「”経験”はそれだけで素晴らしいものだ」と言っていた。「経験」は後のために役に立つから良いっていう考え方は、貧相で卑しくて下劣で下等で悪い考え方だ。すごく悪い考え方だ。最悪だ。その考え方に立ってしまったら、どうせ最後には死ぬんだからなにやっても無駄だということになる。そんなわけがない。そうであって良いわけがなくて、その瞬間に与えられるものが既に”答え”であって”成果”であるわけで、これがわからないままみんな生きていて社会を無意識に設計しているから訳のわからんことになっている。

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12月 18, 2017

昨日は芸大毛利研究室のラジオ企画のなかで田中志遠くんという人に呼ばれて「徒歩交通について」というテーマで話をしてきた。徒歩交通というのは彼の造語で、要するに”最後の交通手段”としての徒歩ということらしい。歩くことを、散歩のように、ただ歩くために歩くということではなく、人々が目的地に移動するための歩行の必要に迫られた時、その体験のなかで得たものを集めてアーカイブしていきたいということらしい。面白そう。

話の中で当然シチュアシオニストの話になって、僕はギードゥポールやべーなと思っていた大学生のときに「東京もぐら」という散歩サークルをやっていたことがあり、それは当時は「電車はなんかうさんくさいぞ」という動機から始めたものだったので、電車にのるお金がなくなったときに、”電車の駅”まで徒歩で何時間も歩いた経験からこの徒歩交通という言葉を考えた田中くんの考え方は、すこしハッとさせられた。
ライムスターの宇多丸さんがTBSラジオの番組の中で「決まった!俺の黄金コース!ターンつってターンつってドーン!」という特集をやっていたのだけど、それはとてもシチュアシオニストの心理地理学っぽいなということにも気がつかされた。しかもこれは、「俺の黄金コース」という個人的なものを、同じ都市や、建物や、飲食店という、共通のプラットフォームに乗せて話す企画なので、聞いている人がその場所を知っている場合、共有することができる。これはこの大きな都市を、等身大のスケールに引き戻してくれる。素敵な企画だった。
さらに、のちに友政さんと呑んだ際に教えたもらった話だけど、同じくTBSラジオの伊集院光さんの番組の中でも、ダイエットするためにいろいろなパワースポットを巡っていると、その巡っているという行為のおかげでダイエットしていくという話をしていて、さらに彼は家の中でウォーキングマシンを使って、何キロ歩いたからパワースポットについたという架空の設定をしてひたすら歩いて、スポットについた(ということになった)ら、ダジャレをひとつ披露するという(ような)ことをやっているらしく、これも同じく心理地理学みたいだなと思った。
もしかしたらギードゥポールたちの思想は、現代の芸能人や有名な文化人のなかで、ある種メジャーなものとして引き継がれているんじゃないかと思ったらとても勇気が出てきた。ということを毛利さんにメールしてみたら、やはりシチュアシオニストたちの思想は70年代にポップカルチャーに流入し、現代のラジオという文化にも入り込んでいるんじゃないかということが裏テーマだったらしい。

僕は、今回の「徒歩交通」について喋るために、松本からバスで来た。バスで来てしまった。なぜなら、この企画に出てくれと頼まれたのは10日前だった。松本に発泡スチロールの家があれば、徒歩移動もかんがえたかもしれないけど、家はいま大阪にある。仮に家が松本にあったとしても、松本から東京まで10日間でつくのはちょっと厳しいだろうし、15日と17日の朝に松本で予定があり、さらに色々仕事もたまっていたので、3時間で来られるバスで来た。徒歩交通の話をするのにバスで来てしまったというのは、実は結構根深い問題で、「現代のスピードの要請」が徒歩を許さないから起こることだ。でも、1時間半のラジオに出るために10日間歩いて移動すると、おそらく僕の中では移動の10日間のほうがメインになってくる。もしかしたらそれこそが、シチュアシオニストの真髄なんじゃないかということにも、今回の話のなかで気づかされた。ラジオを聞いているひとは3人しかいなかったらしいが、とてもいろいろな収穫があった。

関係ないけれど、友政さんが話してくれた、イスラム教では「宣言」がゆるされるという話も面白かった。僕は小さい時、ご飯を食べる前に「いただきます」を言い忘れたことに気がついたら、「いただいています、いただきました、いただきます」という三種類のお祈りをしていた。何に向かってかはわからないが、そういう宣言が、イスラム教でもとても大事なものらしい。
さらにここから、高松二郎の「この七つの文字」という作品の話になった。透明な介在者になることを考えなければいけない。「道路」を書く上でとても大事なことだ。
主語を滅ぼせ。受動的な「私」を滅ぼせ。

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12月 17, 2017

僕がここにバスで来たということを考えていたら、ボウイはバスで来てしまった。と打ってしまった。仮にデヴィットボウイをここに読んだとしたら、バスではこないだろう。もっともバスに乗らなそうな人の一人だ。たぶん空から落ちてくるだろう。
高校生の時、散歩の習慣があった。夕食後、イヤホンで音楽を聴きながら夜の近所を毎晩毎晩歩いた。音楽のリズムに合わせて歩くのがとても楽しくて好きだった。街が書き換えられていくようだった。家庭や学校に代表されるような、何か戒律的な世界からずれて、違うところにアクセスできるような気がした。同じ近所を何十回も歩いてるはずなのに、いつも違う景色が見えるようだった。
10分くらいのときもあっただろうし、2時間近く歩いた日もあったように思う。
大学二年生の時に、 シチュアシオニストの漂流という概念に影響を受けて散歩サークルをやってみた。というより、電車で学校に通うと、移動が脳内だけでおこってるような気がして、景色がチャンネル変わるみたいで嫌だったので、散歩サークルをやろうと思ったら、シチュアシオニストという人たちに行き着いた。当時はこんなに有名な運動だったとは知らなかった。
ただ、シチュアシオニストによると、漂流は、心理地理学を実践するという同じ認識に至った少人数のグループが複数存在するのがベストらしいが、僕たちは1グループしかおらず、しかもシチュアシオニストなんてだれも知らなかった。なので、方法を考えた。1日の歩数を決め、交差点で迷ったら、グループでどっちに行くかを決める。それぞれのカメラで写真を撮りながら、話し合いながら楽しく歩く。最後にグーグルアース上に結果的に歩いたルートを落とし込む。それが、モグラが地面を掘るみたいに見えた。
地図を持ってきたかったけれど実家に寄る暇がなかった。

2009年2月14日の文章
地面の上にできている
何本もの道路が複雑に交わる交差点。横断歩道を渡るのは、様々な格好をした、様々な年齢層の人達。
ぎゅうぎゅうに押し込められた灰色のビル群の隙間から気の毒なお寺の屋根が頭をのぞかせる。見上げれば束になってうねる高速道路。その高架下にはデパートがあったり、駐車場があったり、川があったりする。
東京は混沌として実体がよく見えない。
さらに電車、バス、タクシーに代表される公共交通機関は、この街を日に日に狭くして、もはや移動はほとんど脳内で行われているのではないか。東京で長いあいだ電車を使って暮らしていると、ある駅から次の駅へ、また次の駅へと景色が変わって行く様が、まるでテレビのチャンネルを変えているかのように見えないか。
「たけコプターよりどこでもドアが欲しい時代になっている!だから息苦しい!」

このとき体を使って街に介入するという方法を得たように思う。その後大学を出て、清掃員村上を得た。街に介入すると同時に、社会システムにも介入する試み。

シチュアシオニストは漂流において「基地」の設定と「侵入経路」(侵入経路ってのが面白い)の計算が必要だと言った。そして「地図の研究」が不可欠だと。「新しい地区」への興味は全然関係ない。と
「基地」という考え方と、地図。ヴィルムフレッサーは家のことを、世界で経験したものを処理するためにある。と言った。慣れた場所、通例の場所がなければ、我々は何も経験できないと。「移住を生活する」を始めるにあたり、僕はたぶん「たくさんのケーブルに侵入された家」に対抗するすべを考えていた。

「徒歩交通」という言い方。交通という言葉には、狭い意味での目的地が含まれている。一定の道筋を通って行き来するという意味合いがある。交通手段としての徒歩を使うとしたら、なぜなのか。

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12月 16, 2017

今月号の「BRUTUS」の「危険な読書」という特集の冒頭にインタビューが乗っています。本を3冊紹介しています。

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告知




松本のawai art centerで「冬のあわい」というものをやります。妻の茂原がやっているawai art centerがこれまでお世話になった20数名の方々に「冬」について尋ねるお手紙を出しました。そのお返事を待つというものです。待っているあいだ、僕は飲み屋をやります。「三角屋台」というお店です。ぜひ遊びにきてください。

(一緒に考えてくれた阿児つばささんと友政麻理子さん、ありがとうございました)

『冬のあわい』

[会期]

2017 年 12 月 23 日(土・祝)~ 2018 年 2 月 13 日(月・祝), 15:00 ‒ 22:00,土・日・祝のみ開廊

[会場]

awai art center(長野県松本市深志 3-2-1)

[参加者]

・村上慧
・阿児つばさ
・お返事をくださった(くださるかもしれない)皆さま

[内容]

・「冬」についてのお返事を待つ

・北海道から届く(かもしれない)阿児つばさの”冬”を待つ

・村上慧による「三角屋台」 ※3 つの辺で囲む屋台。体が温まるメニュー(熱燗・甘酒・焼酎・おでん・豚汁・きのこ汁など)を週替わりで提供します。

・来場者による「句」の展示 ほか

 

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12月 14, 2017

ヴィレムフルッサーによれば、家は、世界で経験したものを処理するためにある。慣れた場所、通例の場所がなければ、我々は何も経験できない。
発泡スチロールの家に住むとき、僕にとっては、描くことと書くことが家に帰ることだ。

『我々は居住する動物である。巣に住むにしても、洞窟に住むにしても、テントに住むにしても。また、家屋に住むにしても、縦横に積み重ねられた箱型住宅に住むにしても、キャンピング・カーに住むにしても、橋の下に住むにしても。慣れた場所、通例の場所がなくては、我々は何も経験できないのである。慣れないもの、異例なものは雑音だらけで、慣れたもの、通例のものの中で処理されて初めて経験となる。~住所不定の彷徨者は何も経験せず、「あちこちと」回るにすぎない。~堅固で快適な家は、慣習の場所として雑音を受け止め、経験へと処理する能力を、もはや果たせなくなって居るように見える。~これは存在論的な問題である。今まで我々は、自分を個体であると思ってきた。つまり、人間はそれ以上細かく分けられない物で、空間と時間の中を動いて居るのだと思って来た。家は、そうした運動が集中される場所であった。家は~「現に立っているもの」であった。しかし「人間」という個体の運動は、ますます厳密になってゆく分析に服した。~人間は家を出て世界を経験し、経験したことを処理するために家に帰る。人間は世界を発見するために出かけ、自分を再発見するために帰ってくる。だが、人間は世界で自分を失い、家に帰って世界を失う。~我々が自分をインディヴィジュアル(分けられないもの)と考えることはもはやできない。それ以来、個人(インディヴィジュアル)の運動と、そのさい家が果たす役割について語ることは、もうできなくなったのである。だから、家を新しく投企しなければならない。新しい投企がなされるまでは、我々は家無しでしかない。』

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12月 02, 2017

その後結局日の出は雲が邪魔して見られなかったけれど、朝焼けが綺麗だった。フェリーで大阪南港につき、16キロほど歩いた。

途中、西成の三角公園のあたりを通った。とても緊張した。公園や路上の隅には色々な人の荷物が積まれている。ここの人たちはまさしく町を家として使っているんだろう。でも緊張はしたけれど、不思議なフィット感もあった。このままここに家をおいて、公園や路上にたむろしているおじちゃんおばちゃん達に話しかけていったらそれもまた面白そうだと思った。誰にも話しかけられなかったが、嬉しそうに笑いながらすれ違うおばちゃんがいた。

そして谷町にある上町荘に家を預けた。しばらくこの現場の家とはお別れになる。大坪さんと岩崎さんが迎えて家を上町荘の中に入れるのを手伝ってくれた。その後フジマキコクバンに遊びに行ってフジマキコクバンの1周年記念をゆるく祝った。僕の「たくさんのふしぎ」の読者の家族も遊びに来てくれた。3年ぶりに会う人が二人もいた。二人とも、三年前と同じ仕事を大阪で続けていた。また会いましょうと言った。

その日のうちに夜行バスに乗り、松本の方の家に帰ってきた。1ヶ月ぶりくらいか。そんでいまは移動生活のまとめのために松本のガストにいる。もうガストに入って4時間近く経つ。喫煙席にいるけれど、禁煙席の方が圧倒的に混んでいる。これから全国的に喫煙者は減っていくんだろう。喫煙者はますます肩身がせまくなっていく。サイゼリヤも全店舗で禁煙にするらしいし。

とにかくこれからしばらくは松本だ。年末年始とかそういう時節がもうわけわからんことになっているけどこれでいいんだろうか。「道路」も冬のうちに書き上げたい。出版とか発表のあてはないけどとにかく書き上げてみたい。京都で道路を描いたとき、今までないくらいに文章に没頭する時間があって、それはしんどくもあるけどものすごく濃密な時間で、同時に危険な時間でもあって、また制御もうまくできなくて、そうか小説家はこういう世界で戦っているのかと感じた。

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12月 01, 2017

志布志は灰色の街という感じだ。橋口さん達とドライブした時に思った。空き家らしき建物が多く寂れた雰囲気もありつつ、銀座街というスナック街とか居酒屋とか洒落たイタリア料理屋などお店もたくさんある。味わい深い看板を出している店もたくさんあった。「私はローラ・ハート♡」という名前のブティックも見つけた。かごしま屋という服屋で馬鹿みたいに安くてかわいい上着とスウェットを買った。

しかしいまこうして書いていて、車でドライブすると、スピードと視点の高さからか、街の全体感が掴みやすいことがわかった。家と歩いていると地面への視点ばかりになるので、街全体はつかみにくい。歩くスピードと車のスピードではつかめる空気が違う。車はでかい顔して走っているのは嫌いだが、乗ると面白い。建物から建物へと視点が動く。対して歩きだと(これは家を持たずに歩いていると、ということだけど)建物の細部から細部へ、そして次の建物の細部へ、という視点になりやすい。

昨日の正午ごろにキャンプ場を出発した。それまでは絵を描いたりしていたが、途中

「大崎町ナントカ地区のゴルフ場の建物にて火災が発生しました。地域の消防隊は出動してください。」

という町内放送があったが、その後1時間くらいして

「先ほどの放送は、火災ではありませんでした。」

と言っていた。

出がけに、キャンプ場のオーナーから

「志布志の人がみたら、松山城っていう白をベニヤ一枚で作ってるから、それに何か使えないかと思うんじゃないかなあ」

と言われた。詳しく聞かなかったけれど、松山城って愛媛県の松山城かな。志布志と何か関係があるのか。あとで調べたい。キャンプ場から2時間半くらい歩いて志布志フェリーターミナルについた。ここの住所は”志布志市志布志町志布志”らしい。読みにくすぎる。この港は30年くらい前に海が埋め立てられて整備され、近隣の大きな工場が1社以外はすべて移転して来たらしい。この「志布志-大阪」を行き来する航路はもっと古くからあるみたいだけど、親会社は3回くらい変わっているという。フェリーターミナル内で働いてるおじさんから聞いた。

いつも通り窓口に行き、家を見せて、これと一緒に乗りたいんだけど料金はどうなるか、という話をした。「ちょっとお待ちくださいね」と言われ待合所で本を読んで待っていたら女性が小走りで近づいて来て「料金はいりません。乗ったら、船に入ってすぐの階段の下のところにおかせてもらってブルーシートか何かをかけさせてもらいたいのですがそれでいいですか?」と言われた。

乗りこんだら窓口の女性スタッフ4人が駆け寄って来て、みんなで写真を撮った。「さんふらわあ美女軍団でぜひアップしてください」と言われた。

あと「フェリーさんふらわあステッカー」も2枚もらった。これは嬉しい。1枚はパソコンに貼った。1枚は家のどこかに貼ろうと思う。

一度乗ってその階段の下まで行ったのだけど、船員から「大阪の降り口の通路は、ここよりも狭いから家が通らないかもしれない」と言われ、一度降りて車両甲板のほうに案内してくれた。わざわざ床に毛布のようなものまで敷いてくれて。船員の男性(たぶんマネージャーみたいな立場の人だろう)が、車両甲板のスタッフらしい作業服の男性に向かって「大阪着いたら、”乗用車”、”バイク”、”家”の順番でご案内するように伝えて」と言っていた。半分笑いながら。

僕が乗っているのはさんふらわあきりしまという船で、93年に就航したらしいが来年で役目を終えて海外で第二の人生がはじまるらしい。来年からは新造船が就航するという。24年間鹿児島と大阪を往復し続けたこの船に乗れて嬉しい。

まもなく船は大阪に着き、僕は大阪の上町荘に家を預けて、松本の家に帰る。こっちは社会的な家だ。現場の家とはしばらくお別れになる。現場の家と社会的な家(もちろんこっちもある種の現場なんだけど)との往復生活がはじまって。もうすぐ丸二年になる。この二重生活というか、それを送っているということがいったいどうことなのか、ちょっとじっくり考えないといけない。冬の間は、awaiで「冬のあわい」というゆるめのスペースをやる。週末だけ飲み屋をやったり、手紙を書いたり自由律俳句をやったり。あとは文を書いたり、本を読んだり、京都のアートフェアに参加したり、世田谷のプロジェクト(第二の”現場の家”になるだろう)の実現の目処をたてたい。

もうすぐ日の出の時刻になる、これから甲板に出ようと思う。

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