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3月 14, 2020

ミシマ社のウェブマガジンで連載しています

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4月 01, 2020

数日前東京に大雪が降った日は桜も満開で、雪と桜といったらCOCK ROACHの赤道歩行だろうと思って久々に聞いてグッときて、それ以来よく聞いているのだけどさっき彼らのことを調べたらなんと昨年秋に再結成していて、4枚目のフルアルバムを出していた。すぐ調べたがどこで買えるのかわからなくて、applemusicにはもちろんないし、タワレコとかアマゾンのサイトを見ても売ってなくて、一瞬困ったが彼らのウェブサイトに行ったら直取引の通販のみでCDを販売していた。あんまり買えないCDを足と電話で探してどうにか買っていた高校時代を思い出した。受注生産で希望者は誰でも買えるとのことだったけれど、今年の11月には一旦生産を中止するらしい。速攻で注文した。こんなに躊躇なく買い物をしたのは久しぶりだ。3000円だったけど、なんて安いんだと思った。こんなに安くていいのかと。彼らの新作だったら3万円でも買いたい。

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3月 31, 2020

新型コロナウイルスの影響で自粛要請という謎のワードが連呼され、仕事がなくなっている友人達がたくさんいるけど、仕事がなくても家賃は払わないといけない。なぜ仕事がないのに家賃を払わないといけないのか。家賃を払う以外のお金の動きが止まってしまっているのだから、家賃を払うことも止めないと辻褄が合わなくなる。こういう時に税金を投入するべきだと思うのは普通のことだと思うのだけど。これだと国がお金の動きを止めていることになるんじゃないか。

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3月 25, 2020

二人の友人をラインで花見に誘ったところ「今は人が集まるところは嫌だ!」という返事を一言目に返されて面食らった。人が集まらないところでやればいいんじゃない?とは言えない空気だった。威圧感さえあった。普段から顔を合わせて話してる友達なら、人が集まらないところ、とか、外でやるとか、歩きながら飲む、とか、そういう話が自然とできるんだけど、ラインやネット上ではそういう話の仕方ができない距離感の友人がいて、そういう人との距離が今回の騒動でよくわかるようになった。これは僕がSNSをやっていて嫌だったことに通じる。メールやネット上でやりとりすることの方が、顔を合わせて会うことよりも多い友達(というか今の時代、そういう友達の方が多いと思うんだけど)が何か明らかに間違ったことを拡散していたり、賛同しかねることを言ってたり、過剰になっているところを見たくない(見たら言いたくなってしまうし、顔も合わせずに言ったらぎくしゃくしてしまうから)という嫌さに似ている。「まあとりあえず一旦会って話そうや」みたいなことを普段はネット上のやりとりでも言えるのに、この新型ウイルス騒動で、いわば変性意識状態みたいになってしまった友人たちとの距離が遠くなってしまった。面白いのは「移住を生活する」をやっているときはこういうことが特に気にならなかったことだ。

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ニュースニュースって言うけど「ニュース」ってなんだ。nowと同じでギリシャ語で新芽を意味するnéosが語源らしいので、基本的には新しいことという意味なのだろうけど、オリンピックのニュースを見てると、新しく起こったことというよりも、話題にしてほしいことをニュースとしている感が強い気がする。オリンピックがニュースになるのはいわば消去法の結果に過ぎなくて、多くの人が興味を持ちそうなものが他にないから取り上げているだけで、それは「ニュース」という言葉の意味の逆をいっている。本当はほとんどの人は「本当の興味」なんてないんじゃないか。オリンピックのことなんて、「ニュース」で言わなくなったら誰も話題にしなくなるんじゃないか?興味もないし特に楽しみでもない人も、ずっと「ニュース」でやってるのを見ているうちに、オリンピックが楽しみになってしまうという刷り込みがあちこちで起こっているけど、それは「ニュース」ではない。ニュースに接するときにはそのことを考える必要があるな。

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3月 20, 2020


 昨日の風呂場は今村さんに勧めてもらった「宝泉湯」だった。ビルの一階にある古い銭湯。ボッティチェリのヴィーナスの誕生のタイル画が壁になっていて、浴槽の底にも貝殻みたいな光沢のタイルが敷き詰められている。一人常連らしき賑やかなおじさんが入っていて、別のおじさんが入ってきたときにその人が

「おとうさーん!」

という大声が響き、おとうさんと呼ばれた方はめちゃ良い笑顔になっていた。僕が脱衣所に出てからも、風呂場からその賑やかおじさんの「えっへっへっへ。あ、はーっす!」みたいな声が聞こえてくる。風呂場を出てすぐのところには、「年長~小6の軟式草野球チーム メンバー募集!」のチラシがある。下町を感じる。

 寝る場所はウッドデッキの上なので、平らで冷たくなくて割と快適だったのだけど、唯一、ここは入谷交差点そばの、片道4~6車線くらいある国道4号線が目の前の敷地で、普通の車の他に救急車とか消防車とかトラックとかやたら音のでかいバイクなどがうるさいのが難点で、でも昨日眠る時は耳栓をつければ大丈夫だろうと思って耳栓をバッグから探そうとしたら、見当たらない。つい一週間前に代官山で買ったばかりのやつ。どうやらtocoに忘れてしまったらしい。しかしこれは耳栓がないととてもじゃないと眠れないと思い、買いに出かけたのだけどもう23時になっていたのでドラッグストアは閉まっていて、近くの大きなコンビニにも売ってなかった。ウロウロしているうちに鶯谷について、鶯谷駅前の小さなファミリーマートに行ったら、3M製の優秀そうな耳栓が売っていた。経験上、コンビニにあまり耳栓は売っていないのだけど、土地柄かもしれない。

 それで無事眠りにつけた。深夜はさすがの国道も交通量が減っていたけど、5時ごろにはまた大きなトラックが通り始め、そのせいで一度起きたけどまた寝て、8時半に起き、家を出て入谷交差点そばのドトールコーヒーショップでモーニングセットを食べながらこの日記を書いている。

 一年ぶりに行った「移住を生活する」は、今日で一旦〆る。家が大破したけどなんとか直せたのはSOOO dramaticのおかげである。本当にありがとうございました。

8日間いろいろなことがあった。たまに家を動かすと街の見え方が変わり、時間が伸び縮みするのを感じる。家賃を払って住んでいるアパートと同じ国にいるはずなのに、全く違うところに来ているみたいだ。このプロジェクトは「公開空地」に家を置くことや、敷地を借りることを通して公共というものについて考えさせる力がある。そして土地や公共の概念の問題は、僕がいま進めている他のあらゆるプロジェクトの問題に通じている。家を動かしていると、人から不審者扱いされたり、バカにされたりするのが良い。たまにこういう扱いを受けることで、自分を戒めるのは良いことだと思った。人はたまにバカにされるくらいがちょうどいいかもしれない。家はいったん、友達が新しくオープンさせようとしている蒲田のギャラリーまで車で運ぶ。

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3月 18, 2020

 この時期、東日本大震災に関しての記事などで「忘れない」という言葉をよく見るけど、違和感がある。これはメディア向けの言葉というかアピールの言葉で、中身というか、言霊がない感じがする。外の人が外の人に向かっていう言葉。まあ僕も言ってしまえば外の人なのだけど。でも僕はずっとずーっと、住むことについて考えてきたんだ。3000日のあいだほとんど毎日毎晩、考えたり書いたり人と話したりして、自分なりに考えを進めてきた。それを、震災から何年目かの節目の日に、思い出したように「震災を忘れない」と言い出す人が今の僕の文を読み、意味がわからないとか言うのは、そりゃあんたにはわからんだろうとしか思わない。直接話ができれば一瞬で全て解決するんだろうけど、時代背景的に、人と人が直接話さないままそれぞれ好き勝手やるコミュニケーションの方が圧倒的に多い。これは分断が起こるわけだ。

 昨日はちょっと「移住を生活する」史上初の大変なことがあり、日記を書く暇がなかったのだけど、とりあえず315日の続きを書かねばならない。

315日の敷地に借りた吉原神社は僕が友人たちと「空鼠」に住んでいたころに知り合った吉原さん(本名)という人が総代をやっている神社。吉原さんはこのあたりの町会の会長をやっているものすごくパワフルで経験値の豊富なおじさんで、昔はフェンスが張られて廃れていた吉原弁財天(吉原神社のすぐ近くにある)を整備し、賑やかすぎるくらいに賑やかにした人。僕たちも当時は吉原さんに頼まれ、「吉原弁財天」の壁画を描いたりして、吉原に行くことが多かった。

 


 吉原弁財天。手前の樹で隠れている絵は僕の他に友人たちである、作家の林友深、写真家の小山一平、映像をつくる仕事をしている阿部圭佑、アーティストの橋本匠と一緒に描いた絵。その右に、これも友人の服部紫野と林が現在も描き直している途中の鳳凰の絵が見える。

 15日にここにきた経緯としては、細野さんの車庫の前で絵を描いている時に、ここまできたからには(細野さんの車庫から歩いて30分くらいのところに吉原神社がある)吉原さんのところにも行こうと思い立ち、吉原さんに電話をしたら、出て一言目が

「どこにいんだ?」

と聞いてきて、さすが吉原さんは話が早いと思った。

今また家と一緒に移動生活をしていると言う話をしたら、

「ああ、またやってんのか。」

「いま、細野さんのところにいまして」

「じゃあこっちこいよ」

「吉原神社に一晩泊まってもいいですか」

「別に構わねえよ。じゃあ神社に言っとくわ」

 そして最後は「はいどうもー」と言ってすぐに切る。泣ける。。これぞ東京の下町だ。さらに出がけに、細野さんから「いま飲み物を届けるから!」というラインが届き、大量の飲み物とおつまみ的なお菓子を持ってきてくれた。ちょっと重すぎるので、人にあげたりして重量を減らした。


それで絵を描き終わって歩き始めて割とすぐに

「えーちょっとちょっとちょっとちょっと!」

という声が左から聞こえ、自転車が停まり、子供を連れたお母さんが「いま、Tシャツ着てるんですよ!ちょうど今日着てるわと思って。写真撮っていいですか」と言いながら話しかけてきた。


 なんと世に30着くらいしか出回っていない僕の手刷りTシャツを着ている人だった。3331で買ったらしい。3331のことを「秋葉原にあるデザインの場所で・・なんだっけ」と言っていて、3331に来る客の多様性を見た気がした。

 吉原神社に着いて、宮司さんの奥さんに怪訝な顔をされたが吉原さんがきて「ここで野宿したいっていうからよ。」と言ったら一瞬で雰囲気が変わり、奥さんも「一泊?ちょっと宮司さんに言っとくわ」という感じになった。ちなみに僕はこの神社の入り口にある「逢初め桜」の看板の作者でもある。

その日たまたま吉原弁財天で絵を描き直しにきていた林と服部と合流し、吉原さんの計らいで彼女たちを含む6人で夜は晩御飯を食べにいった。

 翌16日。吉原はソープ街なので、じっくり仕事ができるオフィスが近くにない。オフィスが近くにないと、やたらとうろうろしてしまう。僕はタイムズカーシェアのメンバーなので車を短時間借りて、駐車場から動かさないまま中で過ごすことでオフィスとして使おうとした(我ながら現在の都会的なアイデアだ)が、ちょっと予約のタイミングとカードタッチのタイミングで行き詰まり、電話してるうちに時間が経ったので諦め、副カフェをオフィスに。スムージーを注文して、ドリンクのみの注文は一時間以内のご利用でお願いします、というプレッシャーのもと、絵の続きを描いた。他に客はあまりいなかったのだけど、普段は混んでいる店なので、その対応なんだろうと思う。とにかく一時間(土日休日は30分)という線引きに、都会だなあと思うし、すこし悲しさも感じる。金を払わないと、風を凌いでテーブルを使える場所は少ない。とりあえずこのあたりにはない。

歩いていると

「おはようございます!どうですか~」

とか

「どうぞー。案内所どうですか~」

とか、ソープランドのキャッチの男性に声をかけられまくる。僕が見ため男なので、というかそれだけでめちゃめちゃ声をかけられる。昔ここで「吉原芸術大サービス」というアートイベントをやった時にここを初めて訪れた女友達は、数は少ないけどじっと体を弄るようにこっちを見てくるキャッチの人がいて、品定めされてるようでちょっと嫌だと言っていたのを思い出した。

 散々歩き回りながら絵を描いたり、公園でぼーっとしたりしたあと、「芸術大サービス」のときに大変お世話になった中谷さんという人がやっている「能登屋」というお蕎麦やさんでお昼ごはんを食べた。蕎麦と親子丼。親子丼には肉のコロッケ付き。中谷さんは元気そうだった。食べおわってお金を払おうとしたら女将さんに「もう中谷さんにもらったから」と言われ、厨房で忙しそうに走り回っている中谷さんに「払いますよ」と言っても「次もらうから」といって聞かない。「これ宣伝しといて、三重塔、いとこが作ったから。」と言われたので宣伝する。


 中谷さんのいとこにあたるソバジマさんという人が作ったものらしい。サンプルで作ったものだというなので実在する塔ではない。横幅6尺、高さ4メートルくらいあるらしい。修行してこう言うものが作れるようになったが、この技術を活かす場所を探しているとのことだった。

 吉原は、端からみるとソープ街一色という印象だけれど、当然普通に暮らしてる家族もいるし、今は江戸時代でもないので地域は一枚岩ではない。当たり前だ。何にも言えることだろうけど、場所について何かしらの情報を得ると、僕たちはその地域をまとめて一括りにしがちだけど、どんな地域であれ一括りにはできないなと、吉原で親子連れとすれ違いながら思った。

 うろうろして神社に戻ってきたら、なんと近所の光武さんという人が朝ごはんを届けてくれていた。もうお腹いっぱいだったので後で食べることにする。


 「SOOO dramatic」の今村さんは、3時ごろにはそこにいるとのことだったので、昼の2時半ごろに吉原神社を出発しようと思ったのだけどやたら風が強くて、一旦出発を断念した。iPhoneで調べたら瞬間風速30メートルくらいの日だった。しかし吉原神社には一泊ということで言ってあるし、どうしようとうろうろしていたら宮司の奥さんが「大丈夫?」と聞いてきてくれた。そして僕の家が置いてある神社の裏を指して「風があんなにピュービュー言ってるのはあそこだけじゃないか」

いうアドバイスをくれた。ここは背の高い病院のそばということもあり、いつも風が強いらしい。「ちょっと様子見てきます」と言って神社の外に出て、近所を歩きながら風を観察してたら、あの奥さんの言ってたことは正しいことがわかった。外も相当風は強いのだけど、神社の境内ほどじゃない。さすがいつもここにいる人なだけある。

 ということで15時半過ぎに、頑張って神社を出発することにした。入谷のSOOO dramaticまでは1時間くらいだし、多少風が強くてもなんとかなるだろうと思った。しかしこれが甘かった。1年ぶりに家を動かしたので、風に対する感覚が鈍っていたのかもしれない。出発して5分もしないころ、国際通りという大きな道路の横断歩道を渡っている最中に大変な事になった。突風が吹いて、中で家を背負っている僕は左にぐっと押されたと思ったら、事態が飲み込めないまま、家の左側の屋根が風で押されて剥がれ、割れ、左下の木のフレームが折れ、歩道を歩いているおばちゃんの「大丈夫?」という声が聞こえたかと思うと瓦が何枚も飛んでいった。あれよあれよと家が空中分解した。時間にしてものの5, 6秒。アベンジャーズ インフィニティ・ウォーのサノスの指パッチンで灰になって消えていく人々みたいに。外から映像を撮っていたらさぞ面白い絵が撮れていたと思う。

 やばいやばいやばいやばいと心の中でつぶやきながら、ドアと、前の壁と、右側の屋根だけになった、もはや家とも呼べないものを背負って(もう風の抵抗をうけないほどスカスカになっている)とりあえず国際通りを渡りきり、路地に入って電信柱の裏に壁と屋根1枚だけになったスカスカの家を置いて、飛んで行ったパーツたちを拾いに走った。すぐ近くの工事現場で交通整理をしていたおじさんが、屋根の一部を持って「大変だな。またやりなおさねえと」と言いながらこちらに歩いてきた。なんて良い人なんだと思いながら「ありがとうございます!」といいながら他のパーツを拾いに走った。瓦とか、屋根の一部とか、壁の一部とか、寝袋を入れてある丸めた銀マットとか、どっかの棒とか。おじさんも「なんぼか飛んで行ったわ」と言いながらパーツを持ってきてくれた。

 拾って電信柱のそばに置いて、また他のものを拾いに言っている間に置いたものが飛んで行って、それを拾って、みたいにしながらなんとか目に入る全てのパーツを集め(こうやって壊れた家のパーツを集める夢を昔みたことがあるなと思いながら)、頭をすごいスピードで働かせ、いまこそタイムズカーシェアを使う時だと思い、しかしこのパーツたちをここに置いておいたらまた風で飛んでいってしまうのではと思って数分間ウロウロしていたら、また交通整理のおじさんが近づいてきたので、

「すいませんが、車を持ってくるので、これを見ておいてもらえませんか?」

という言葉が僕の口をついてでてきた。普段ほとんど場合言葉を口にする前に一旦止まって頭で考えてしまう癖があるんだけど、このときはまさに口をついてでてきた。そしておじさんは茶色いせんべいを口でもぐもぐとしながら「あ、これ見とけばいいのねおっけー」みたいに言ってくれた。やはり下町は最高だ・・。

 幸い近くにカーシェアのステーションがあった。タイムズが日本で勢力を拡大してくれていて本当に良かった。とか思いながらブラウンのソリオを借り、現場に戻ってきて窓越しにおじさんにお辞儀をしたらおじさんがなぜかビシッと敬礼して、すっと自分の持ち場に戻っていった。

 しかし家が大きくて、このままではソリオに入らないという問題が発生した。分解しようにも、ドライバーを持っていないのでできない。そこでiPhoneで「100円ショップ」と検索し、そこから1キロくらいの入谷駅前に100円ショップセリアを見つけ、本当はダメなんだろうけど、家をトランクに押し込み、30センチほど突き出ているせいで閉まらないトランクのドアをシートベルトでどうにか半開きで固定し、家が飛び出したトランク半開きの状態でハザードランプを焚きながらゆっくりソリオを数分間走らせて入谷駅ちかくの路地まで走らせ、車を降りてダッシュでセリアに突入して「ドライバーはどこですか?」と店員に聞き、「3番通路です」「ありがとうございます」と3番通路に突っ込み目についたプラスドライバーをひとつ掴んでレジに走り、110円を払って車に戻り、トランクの中で家を解体して車に収めた。

 それでソードラマチックのイベントスペースに家を運び込み、今村さんと合流して事情を説明し「今日は近くのゲストハウス(tocoという最高の宿があると教えてくれた)に泊まり、明日1日かけて家を修理する」ということになった。このビルのオーナーさんも、ものすごく良い人で、金曜まではイベントがないからということで使わせてもらうことができた。それでその日はtocoで一泊。ヨーロッパからの旅行者と、日本人の大学生らしき宿泊客でそれなりに賑わっているように見えたのだけど「賑やかですね」と宿の人に話を聞いてみたら、ここもやはりCOVID-19の影響でアジアからの旅行者がいなくなり、全体としてはいつもの半分くらいの宿泊者数になっているらしい。庭が良かった。ドミトリーで2200円くらい。チェックアウトのときにリビングを通ったら就活生らしき宿泊者の子がエントリーシートを書いていた。

 17日の9時ごろから補修作業を開始。昨日までは車を借りてここまで運ぶので精一杯だったので、余裕がなかったのだけど、今日改めて見ると見事に大破している。暴風災害による「全壊状態」と言っていい。最初どこから手をつければいいかわからなかったけど、とりあえず屋根からやっていくことにした。セリアで白ガムテープと、ペンチと、針金と、金具と発泡スチロール用接着剤(売っていて助かった)を買ってきて準備完了。屋根の片方は下地3つのパーツに割れていたのでまずはそれを1枚にくっつけなければいけない。瓦を外して、下地を露出させ、発泡スチロールの割れ目に接着剤を塗り、くっつけてガムテープを貼り、下地が1枚になったら再び瓦をつける。瓦が何枚も飛んでいってしまったかと思ったけど、幸い1枚なくなっただけだった。他にも行方不明になったパーツは特になかったけれど、光武さんにもらったパンとミカンはどこかに吹っ飛んでしまった。すいません。屋根を直したあとはドア側の壁。これも3つのパーツと一本の棒に別れてしまっていたけど、金具と接着剤とガムテープでなんとかした。他の壁2面もひどい有様だった(歩く時に正面にあたる壁は無傷だった。この壁だけが無傷だった)けど、同じように100円ショップで買ったものでなんとかした。補修が全て終わった頃には16時になっていた。7時間。しかし全壊状態から、百円ショップで買ったものだけで7時間補修したら再生するというのは、結構すごいことなのではないか。こんな家は他にないんじゃないか?


 直した家をソードラマチックの前にあるウッドデッキに移動させ、今夜はここで眠る。

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3月 16, 2020

 朝のドトールコーヒーショップにいる。入谷駅前。入り口から一番近い二人席で、窓の外には地下鉄入谷駅の入り口と、大きな交差点が見える。家を置いてある敷地から15分以上歩くんだけど、朝からやっているオフィスがここしかなかった。7時くらいから起きている。どうしても早起きになる。睡眠時間は5~6時間で安定する。

 昨日細野さんの車庫の前の歩道に立って道路向かいの家の絵を描いていたら、突然「おお、村上くん」と話しかけられ、見たら今村ひろゆきさんだった。「空鼠」に住んでいた時に知り合った人で、多分というか、かなり久しぶり(6~7年ぶり)に会ったのだけど、「おお、村上くん」と普通に話しかけてくれた。「よくわかりましたね」「いや、すぐにわかったよ」。今村さんは街づくりの会社をやっていて、まさにここ入谷駅前で「SOOO dramatic!」というスペースを運営している。これはアレを聞くしかないと思い、「ソードラマチックの前って、家置けるスペースあったりしますか?」と聞いたら「置ける置ける」と言ってくれ「じゃあ遊びに行ってもいいですか?」「うんうん」となり、今日はそこへ行くことになった。しかし面白いスペースを運営している知人なのでなにかしらお金を使いたい。ウェブサイトを見たら、駐車場利用料金1050円と書いてあったので、このあたりか。ちょっと相談しなければいけない。

 今日これから行く敷地について先に書いてしまった。昨日の敷地は吉原(住所的には台東区千束。江戸時代に遊郭で有名になったあの吉原)にある吉原神社の境内を借りた。解体中の倉庫の上。

 ちょっと文を書くのに疲れたので、ドローイングをしにいく。

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3月 15, 2020

 今日の敷地は台東区橋場のマンションの1階のシャッター付きの車庫の中。昔この近くで「空鼠」と名付けたビルに住んでいた時にお世話になった細野さんという人の車庫。細野さんは空鼠の近所のコンビニのオーナーで、よく賞味期限が切れて廃棄待ちのお弁当を持ってきてくれて、お金のない僕たちはそれで食をつないでいたこともあった。

 一昨日のうちに細野さんに電話していて「敷地を貸してほしい」と頼んだら、自分の車を近くの神社にとめてここを用意してくれた。電話で細野さんに「ご飯はどうすんだ?」と聞かれたので「そのへんで食べます」と言ったら「そんな寂しいこと言うなよ!ご飯食べさせるのが、迎える側の仕事じゃねえのかよ」と言われた。さすが下町だ。

 南千住の山谷エリアにあるSanya Cafeというカフェにいる。昔2年間ほど近くに住んでいたことがある。久々に山谷にきた。このカフェに来るまで、裸足にサンダルのおじさんと何人かすれ違ったし、独特な雰囲気を醸し出しながら鳩に餌をあげているおじさんもみた。ここでは何をやっても許されるような気がする。昔奈良で出会った林業家のおじさんの「人生行き詰まったら山谷にいけ」という話が思い出される。また、浅草に住んでいてお金に困った時、ここの仕事斡旋所の玄関まで行ったけど、結局入る勇気がでなくて断念したことも思い出される。

 昨日は充電タイムが取れないまま寝てしまったので、今日朝起きたらパソコンの充電は残り4パーセント、iPhoneは残り1パーセントで、携帯リチウムバッテリーも充電が切れ、日記を書くためにどこか充電スポットを探さねばと思い、ここを見つけた。ホテルに併設された、そんなに広くはないカフェなのだけど、入ったときに「充電できますか?」と聞いたら快く「大丈夫ですよ」と言ってくれ、入ってみるとWiFiもあり、中庭に喫煙所もあり、フェアトレードの食材を使っており、ストローもプラスチックじゃないし、「思いやりコーヒーメニュー」というのもあって、店に来た山谷の生活困窮者や、「かつて建設労働に携わった元日雇い労働者」や、家がない方にチャリティでコーヒーが送れるシステムもあり、裸足にサンダルでニット帽の近所の常連らしきおじさんがさっきか何度も出入りして店員と話をしたりモーニングセットを頼んだりしているほか、店内を通り過ぎて喫煙所に行ってタバコを吸ってまた店内を通り過ぎて出て行くだけの人もいて、なんだか居心地が良い。ぼくはモーニングセットを頼んで、追加でバナナとブロッコリーのスムージーを頼んで、なんとなく「もうすこしいさせてください」という雰囲気を醸し出しながら日記を書いている。本当に良い店だ。店員さんが二人とも、客に対して、あまりふみこみすぎず、でも気を使っているのが伝わってくるし、その店員さんを通して、人はみんな、なにかしらの事情を持っていることを思い出すことができる。あとでチャリティコーヒーもひとつ寄付していこう。

 昨日は、3331近くのカフェで日記を書き終わった頃に電話がかかってきて、どうやら3331の敷地も出て行ったほうがよさそうな雰囲気だった。スタッフの人も申し訳なさそうに「誰かに許可をとったのかな~とかって話になってます」と行っていた。「いや僕が勝手にやってます。もう出て行きます~」とだけ言って、家をそそくさと敷地から出した。どうやら「上」からなにか言われたらしい。まあ仕方がない。しかしアートセンターでもこういう感じなのか。「もうすぐ始まる展覧会の作品と勘違いされるかも」ということだった。敷地は出たものの、まだ絵を描いてなかったので、前の公園のベンチの上に家を置いて、その家の中でベンチに座る形で絵を描いた。雨が降っていた。描いていたら前日のことも思いだしたりして、なんだかめらめらと怒りが湧いてきたのだった。東京に公共空間は存在しない。移住を生活するとよくわかる。本当にうんざりする。そして、描いていて思ったのだけど、ベンチの上に家を置くのは、もしかしたら地面に家が置いてあるよりも、公園の警備員なんかに注意されにくいかもしれない。下のようなかたちで絵を描いていた。



 

店にあたらしいおじさんが入ってきた。

「なんかあるかなあ」

スタッフの女性「お腹空いたの?」

おじさん「かるいやつ」

スタッフ「からいやつ」

おじさん「(笑)なんで辛いやつなんだよ」

という会話が聞こえる。

 ここでしばらく絵を描いて、14時前ごろに出発。公園をでたところでアーティストの藤浩志さんとすれ違った。それから浅草方面に歩いて行ったのだけど、御徒町駅近くを通りかかった時に、いきなり家の前に人が飛び出してきて、びっくりして顔をみたら、なんと友達のKさんだった。「え、何してんの?」と聞いたら「いや、そっちこそなにしてんのよ」となり、事情を聞いたらぼくがたった今通り過ぎたカフェで友人が個展をやっており、展示を見ていたら窓の外を通り過ぎていったので驚き、店を出て声をかけたが、ぼくは歩いていると、外の音があまり聞こえないので立ち止まることがなく、立ち止まらないぼくを見てKさんは「村上じゃないのかな。」と思ったらしいが、「村上以外で、このスタイルで歩いてる人はいないだろう」と思い、追いかけてきたという。SHI-TEN coffee(ぼくも知っているブリュッケという店の支店らしい)という店で、ぼくも展示を見せてもらった。植村遥さんの個展『凛の庭』。

 ちょっとSanya Cafeが混んできたので一旦店を出ることにする。現在1125分。

 さてSanya Cafeをでて、日記は途中のまま絵を描き、14時半ごろになって、車庫から家を出して歩き、新しい敷地に来てしまったけど、とりあえずこの日記の続きを。

 SHI-TENでその場にいる人たちと1時間くらい話をして、さあ出発しようというときに、Kさんも細野さんと知り合いだということを思い出し、「これから細野さんのところにいくんだけど一緒に行かないか」と言ってみたら行こうということになり、ものすごい大粒の雪という天気の中、なぜか展示中の植村さんもついてくる(しかも歩きで)ことになり、2人と1軒の計3人でぞろぞろと御徒町から浅草方面へ向かった。

 細野さんは僕1人のつもりが3人になったことにあまり驚かず、「しかし偶然だなあ」とだけ言って、普通に僕たち3人を店に連れて行き、おでんや焼き鳥やきしめんや焼酎をご馳走してくれた。4人で楽しく喋って22時までには解散し、僕は「空鼠」に住んでいた時期には時々行っていた「玉の湯」という銭湯に行き、戻ってきて就寝。

間取りとしては

寝室=細野さんの車庫

トイレ=コンビニ(細野さんの店)

お風呂場=玉の湯

オフィス=Sanya Cafe

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3月 14, 2020

秋葉原駅近くのRAKU SPA1010というスーパー銭湯の休憩場にいる。カウンター席に座っているのだけど、長時間座らせないためかやたら椅子が高くて、もう1時間半くらい座っているのだけど、左足が痛くなってきた。久々に歩いたので、足にダメージがきている。足の痛みは久しぶりに家を担いで歩いたら必ず来る。たいてい朝には治っている。40キロ歩いた時は、1日じゃ治らなかったけど。

受付で聞いた通り、このカウンター席には電源がある。銭湯もここも使えて470円は安い。金曜夜だけど6つあるカウンター席には二人座ってるだけ。風呂場はシャワーの空きがないほど混んでいたけれど。席に着いたらまずバックパックの中からカメラやらパソコンやら機材をドカドカと取り出し、今回の移住生活ではもはや恒例になりつつある充電タイムだった。僕はいま1席につき二つある電源を3つ使っていて、一つ目の電源にはGoProのバッテリーが二つ充電できる充電器、二つ目の電源にはiPhone用のリチウムバッテリー、三つ目の電源はMacBookの充電器を繋いで、コネクタをかませてiPhoneMacbookを同時に充電している。つまりいま僕は五つのバッテリーを同時に充電している。こんなこと移住生活をしている時以外は、まずやらない。「移住を生活する」プロジェクトは、実はリチウムイオン電池にかなり支えられている。

さっき脱衣所で「今日、口座見たら振り込みがあって、久々に自分の口座が10万超えてて、びっくりした」という話し声が聞こえてきて「みんな大変だよなあ」と思ったし、この国は意外と、というかやっぱり、かなり厳しい状況にあるんじゃないか?学校が閉鎖されて給食が食べられない子供達は大丈夫か。

今日はいろいろなことがあった。ちょっと今日中に書ききれるかわからないけど、とりあえず書いていく。まず昨日書いた通り、今朝は5時50分に起きて、信濃町のお寺を朝6時過ぎごろに出発。撮影をお願いした涼ちゃんには近くの宿を取ってそこに泊まってもらい、朝6時にこのお寺まできてもらった。ありがとう。

 お寺を出てしまったけど、その日の絵を描いてなかったので、とりあえず近場にあった四谷見附公園というところに家を移動させ「仮置き」した。かなりキャリアの長そうな路上生活者のおばちゃんが寝ていて、なんだか安心した。大丈夫そうだなと思った。しかしこんな早い時間に敷地外に出るのはたぶん初めてだ。そこで4時間くらい絵を描いていたのだけど、ここは本当に良い公園で、トイレもあるし、喫煙所もあるし、ベンチもゴミ箱もある。居心地が良い。絵を描いてたら2回ほど話しかけられた。一回目は、なんか人懐こそうなおじさんに、「これはなんですか?」と聞かれ「家を動かして寝るっていう生活をしてるんですよ」と答えたらすぐに「いままで何ヶ所くらいで寝たんですか?」みたいなことを聞かれ、飲み込みが早いなとおもいつつ「うーん300箇所以上は、いってると思いますけど・・」と行ったら今度は「目的はなんなんだろう?」と聞かれ「いやあ、なんで言うんですかねえ、ざっくりいうと、絵描きなんですよ。」みたいなことを言って、描いている絵をみせた。おじさんは「中国人が住んでいるらしい、面白い家」が近くにあるという話をして公園前のキリスト教会に入っていった。

2回目に話しかけられたのは公園を管理してる人だった。でも公園管理人というよりは、工事現場監督という格好をしていたので、最初はそうとわからず「これはなんですか」という質問に対して普通に「これを移動させながら、家にして寝てるんです」みたいな答えをしてしまった。公園管理人だとわかっていたら「すぐにどかします」とまず言っただろう。管理人のおじさんは

 と、昨日ここまで書いたところで銭湯利用者が出ていかなければいけない25時になってしまい、急いで充電機材をまとめてRaku Spa1010(セントウとよむらしい)を出て、家に戻った。公園には3人ほど人がいるだけになっていた。一人は、ウッドデッキ下の階段に座りながら突っ伏して寝ていた。

 朝起きたら雨が降っていて助かった。公園そばの敷地なので、人が来やすいのだけど雨が降ると人が少なくなる。でもさすがに3331のオープン時間である10時までごろごろしていたら人がウッドデッキ上を歩きはじめて、そのたびに振動が伝わって寝られたものではなくなった。洗濯物がたまっていたので洗濯物をトートバッグに詰めてパソコンも持って外に出て、大型コインランドリーが近くにあったのでそこへ行き、洗濯物を洗濯機に入れ(400円)、20分間の洗い時間中はランドリーそばのマクドナルドで朝ごはんを食べ、ランドリーに戻って洗濯物を乾燥機に移動させ、300円を入れて30分間の乾燥時間の間にこれを書いている。今は3331近くのカフェベローチェにいる。

 昨日の続きを書くと、公園で管理人のおじさんに「本当は公園にものを置くのはお金がかかるんですよ。利用料金、平米あたり六十円だっけなあ。カメラも、本当は何千円か、かかるんですよ。ほんとうは。」と言われ、「ちょっといま休憩してるだけなので、あと1時間・・」と言ったら「次からはお願いします。」と言って去っていった。良い人でよかった。彼はロボットではなかったと思う。今日は聞かれなかったが、こうやって家をおろしているとたまに「ここで寝てるんですか」と聞かれることがあり、困ってしまう。この家で寝てることは事実なのだけど、場所はここではないから。そうです、ともそうじゃないです。とも言えない。地面に置いてある僕の家を初めて見た人は、まさかこれが歩いて運べるものだとは思えないので、「ここで寝てるんですか?」と聞かれた時に、「この家で寝てるんですけど、場所はここじゃないです」と、真面目に事実を答えても「はあ・・」みたいな感じになる。これは僕が前から思っている、家は、基礎と、その上に乗っている住居を分けて考えた方が良いという問題にもつながっているかもしれない。家が地面に置いてあると、人は即座に、この場所で、この家の中で寝てるイメージを抱いてしまう。

 公園で絵を描き終わった後、今日は3331アーツ千代田にいってみようと思った。前日に敷地の交渉で結構疲弊したので、もう敷地交渉はしたくなかった。都内で、お寺で敷地を交渉するのは精神的に厳しいものがある。思えば、2014年に「移住を生活する」を始めた時も、都内の移動中はあまりお寺にはいかなかったな。それで神田方面に撮影しながら歩き始めた。歩いているとよくわかるけど、東京の太い道路は川みたいになっている。朝のお寺(このあたりはお寺がたくさんあり、坂の上になっている)から新宿通りに南下する時には坂を下り、新宿通りから神楽坂や市ヶ谷方面に北上する時は坂を登る形になる。新宿通り自体が東へ流れる谷底川みたいになっていて、そこに直行する道路は坂になっている。四ツ谷のあたりでは、さらにボコッと地面が下がっている。

 今日のハイライト、というか、超胸糞モーメントが訪れたのは正午ごろ、一通り撮影を終えて、お腹が空いたので九段下のロイヤルホスト(ものすごい高いビルの1回部分がロイホになっているような店舗)に入ろうということになり、家をロイヤルホストそばの何もないスペースに置いて、ご飯を食べている間は置かせてもらおうとしたが、家を下ろしてから、ものの1分くらいで警備員が現れ、「すいません、どこの方ですか?」と聞いてきた。なぜか最初からやたらに攻撃的な口調だった。「どこの方」という質問にどう答えればいいか一瞬迷ったが、「ちょっといまこれを歩いて運んでて、ロイヤルホストに入りたいんで」と言ったら、再び攻撃的な口調で「いや、どこの方ですか?」とまた同じような質問をしてきて「ご飯を食べてるあいだ置かせてもらいたいんですが」と答えると、「ここには物は置けないんで」と。「ご飯食べてる間だけでも、だめですか?」と聞いたが「だめです」と、切り捨てられた。「とにかく!この敷地から出てもらえますか!」と言われた。かなり強めに。僕は「神経症患者かな」と思ったが、とりあえず他のファミレスを探そうと思い出て行くことにした。ロイヤルホストのカラメルパフェが大好きなだけに、非常に残念だった。ロイホは悪くないが。しかしいま思い出して書いていても胸糞が悪い。だから東京の景色はつまらんのだ・・東京に「公共空間」は存在しない。

 このエピソードを、あとで3331で会ったArts&Societyという、社会とアートの関係についてリサーチやアーカイブ活動などをしているNPO法人の人たちに話したら、その「何もない場所」は「公開空地」だろうと言われた。

『公開空地(こうかいくうち)とは、オープンスペースの一種。建築基準法総合設計制度で、開発プロジェクトの対象敷地に設けられた空地のうち、一般に開放され自由に通行または利用できる区域。有効容積に応じて、容積率割増や高さ制限の緩和が受けられる。』Wikipediaより

 つまり建物には高さ制限というものがあり、高いビルを建てるときに、そのまわりをオープンスペースにしたらその高さ制限の緩和を受けられるというものだ。「高くつくる」というメリットを得る代わりに、公共空間を提供せよ、ということだ。であればなおさら、ご飯食べてる間くらいはおかせてくれよと思うのだけど、実際には警備員に攻撃的に追い出された。結果的に生まれたものは何かというと、ただの、何もない、つまらない、だだっ広い、ビルのそばの空間だ。「オープンスペース」には程遠い、ただの「空気のかたまり」だ。

たぶんあの警備員はロボットだったのだろう。

 しかしこんなに重要なことを今まで知らなかったとは・・自分が恥ずかしい。公開空地、という言葉を知っていたら、あのロイヤルホストでの結末も変わっていたかもしれない。

 何にでも決まりを適用してしまう人間が多いという問題もあると思う。ルールを、人格に内面化させてしまっている。目と口と耳と脳みそがある意味がない。決まりなんてただの決まりなんだから。もうちょっと普通に考えて欲しい。僕は人間の街に住みたい。

 その後は近くにジョナサンを見つけ、駐輪場に家を置いて、涼ちゃんのアドバイスのもと、店員に席に通されてから駐輪場に置いた家の写真を見せ、「ちょっと、こういうものを駐輪場に置かせてもらってるんですが、店を利用している間だけ、置かせてもらってもいいですか。自転車2台分くらいの大きさなですが」と言ったら、男性店員が「はあ・・えっと、、」と困ってしまっていたので、「何かあったら僕に言ってください!」と言ったら、「はい!かしこまりました~」となって、一件落着、何も問題は起こらなかった。あとで涼ちゃんに「いいですか?」って聞くと、「いいですよ」とは言いにくいかもねと言われ、ハッとした。たしかに店員の身になって考えると「置いてもいいですか?」と聞かれたら困るかもしれない。「置いてあるんで、よろしく~」くらいの軽い感じで言った方が向こうも楽だろう。僕は真面目に色々なことを人に説明し過ぎている。相手に責任を取らせないようにすること。荷物おかせてもらってます!と一方的に言うこと。そしたら「かしこまりました!」となりやすい。店に入る前に「置いていいですかね?」とか聞くと、店員が「どれどれ」と確認するハメになり、最悪置くのがダメになるかもしれない。このプロジェクトは、フェリーに家と一緒に乗るときも、駐輪場なんかに「仮置き」するときも、許可を誰に取ればいいのかわからないものの許可をとる必要がある場面によく出くわす。こうやって「言い方によって結果が変わる」出来事がとてもたくさんある。でもそれが人間とも思う。「A」を入力したら、いつも決まって「A’」が出てくるのは人間ではない。人や、時間や、気分によってBがでてきたりCがでてきたりする。そうでないと目と口と耳と脳みそがある意味がない。僕としてはジョナサンで「自転車二台分くらいの大きさなんですけど」と言えた自分に成長を感じた。数年前の自分ではこれも言えなかったと思う。

 ジョナサンでご飯を済ませ、涼ちゃんと別れて3331へ行った。事前に連絡はつかなかったけれど、着いてみたらスタッフが「家がきたぞ家がきたぞ」とぞろぞろとでてきた。ここで眠るつもりだったが、寝ていいですかときくとまたここはここで面倒な感じになるので「今日、ここに泊まるかもしれないです~。僕が勝手に寝てるということにしてください」と、複雑な文法で話をしたら「事務局内にはこっそり周知しておきます。」と言ってくれた。

間取りとしては、寝室は3331Arts Chiyodaのウッドデッキ

トイレは練成公園の公衆トイレ

お風呂場はRaku Spa1010

オフィスはRaku Spa1010の休憩室

ご飯は3331からすぐのFINE’S BARという店。とりあえず目についたので入ってしまったけど、ボロネーゼはなかなか美味しかった。

ご飯をたべて帰ってきたら22時とかでも公園にはぱらぱらと人がいて、一つのベンチは宴会っぽくなっていた。ちょっとうるさいかもしれない。酔っ払った人がくるかもしれない。しかしウッドデッキには「立ち入り禁止」というチェーンの結界が張られているので。気持ちはだいぶ違う。それからRaku Spaに向かい、冒頭の部分に戻る。

と、書いていたら3331の人から電話が。どうやらここも出て行った方がよさそうだ。

 

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3月 12, 2020

 信濃町駅から四谷駅に向かって坂を上がったところにある、とある浄土宗のお寺の境内にいる。静かだ。いま外で住職さんが入り口の門を閉めている音がする。今日の敷地には門限がある。「移住を生活する』としては史上初めてかもしれない。門限は20時だった。ここに家を置く許可をもらったのは17時半で、そのときお寺の門が20時で閉まることを伝えられ(ちなみに明日の朝は6時には出るようにとも言われた)たので、急いで行動する必要がある、ということで、まずはiPhoneBooking comをひらいて今日ずっと一緒に撮影をしてくれた涼ちゃんの宿を四谷三丁目駅近くで確保し、近くに風呂場がないかグーグルマップで探し、塩湯という銭湯が歩いて10分弱のところにあるのを見つけ、1748分にはそこに入り(470円。昨日の光明泉も同額だった)、体を洗って湯船に浸かって(壁には雪をかぶった山のペンキ絵が描かれていた)、203分のドライヤーで髪を乾かし、脱衣所でiPhoneを出して「四ツ谷 電源 カフェ」と調べて電源とWiFiのある「Burg Holic」というハンバーグ屋を近くに見つけ、1830分には塩湯を出て、道に置かれた小さな箱みたいな物に座りながらタバコを吸って独りごちているおじさんのそばを通って、1840分に店に入り、店員に「電源がある席はどこですか?」と聞いたら「電源席はあるんですが、17時以降はパソコンを開くのはご遠慮いただいてます」「え!そうなんですか。充電はしてもいいですか?」「大丈夫です。英会話とか・・作業でなければ」「そういうのはないですけど、カメラのデータをパソコンに移すくらいはしてもいいですか?」「大丈夫ですよ」というやりとりをして席についてiPhone用のリチウムバッテリーとパソコンを電源に繋いで今日撮影したカメラのデータをパソコンに移し、1パイントのビールとハンバーグとライスを食べてから店のトイレで歯を磨き、1945分には店を出て、1956分(門限4分前)に、要するにお風呂とご飯と歯磨きとトイレを済ませて家に帰ってきた。

 今日はこのお寺に至るまで4つのお寺を交渉してきたがすべて断られた。そんななか5軒目のここで、住職さんが出てきてくれて、ちょっと不審そうな表情をしながらも、こちらの話をちゃんと聞いてくれ、「朝6時くらいまでだったら」「騒がなければ」ということで了承してもらい「夜も20時ごろに門がしまるので」「はい。わかりました。」ご飯は?」「食べて、ここに帰ってきます20時までに。」「トイレは?」「一応携帯トイレを持ってるんですが、20時から6時だったら大丈夫だと思います。外でしたりはしません。」「トイレは、あそこにあります」と住職さんが境内のトイレを指してくれたので「つかっていいんですか?ありがとうございます」「はい。では、変なことは無しでお願いします」というやりとりをし、上述した怒涛の2時間半を経て今に至る。

 それにしても今年珠洲に行った時にお寺の人から「敷地貸してくれるお寺も、宗派によって違うんじゃない?浄土真宗とかは敷地借りやすいかも」と聞いていたけど、これはちょっと当たっているかもしれない。1軒目のお寺は曹洞宗で、「申し訳ないんですが、檀家寺なので。檀家さんの許可もないと」ということで断られ(でも去り際に「頑張ってください」と言ってくれた)、2軒のお寺も曹洞宗で、とても愛想よく「今住職がいないもので」と断られ、3軒目のお寺は真宗大谷派で、ここは住職らしき男性が出てきて、彼は本当に申し訳なさそうに「申し訳ないんですが、そういうものはお断りしてまして」と断られ、4軒目の日蓮宗のお寺はインターホン越しの交渉で、男性がでたのだけど、ここはなぜかインターホンを押して出た最初の「ハイ」からものすごく怪訝そうな、とても低い声でこちらの話を「ハイ」「ハイ」「ハイ」と聞いてから「ちょっといま住職がいないので」と断られた。「住職がいないので」は紋切り型の断り文句だけど、本当に住職がいないのかどうかはわからないが、そう言われたらとにかく諦めて次に行った方が良い。そして5軒目でここにたどり着いた。本当に良かった。さっきお風呂に入っている時に「これはちょっと楽しいかもしれない」と思った。敷地を借りて、近くでご飯やトイレやお風呂場を探す、というのは、まず楽しい。敷地の交渉は今でも緊張するし、断られ続けると、なんでこんなことやってるんだという気持ちになるけど、敷地が得られると、こんなに良いものはない。とはいえ、別に好きでやっているわけではないので、複雑な状況だ。これは自分がやるしかないことなのでやっているにすぎず、やっている以上は楽しむしかないのだ。

 そういえば、代官山を出発するときにTOO MUCH MAGAZINEのよしむらさん(ぼくはよしむらさんだと思っていたのだけど、後でメールを見返したら「つじむら よし」さんだった。ここはよしむらさんということにする)に、偶然会った。職場が近いらしい。よしむらさんは少ない荷物と洒落たジャージ姿で、代官山が日程た。相変わらずひょうひょうとしゃべくりながら「まだ出発しないのか。まだか」と、僕が出発するのを待っていた。対して、出発前に「お邪魔しました。そろそろ出発します」と挨拶したアートフロントギャラリーの人たちは、「はい。お疲れ様です~」と、普通に挨拶を交わすのみで終わった。やはりアートギャラリーの人たちは普段からアーティストと仕事をしているだけあって、いろいろなことに慣れていて、簡単なことでは驚いたり興奮したりしない。居心地が良い。

あと、そういえば昨日はアーティストの淺井裕介さんがここにきていたらしく、僕が家を離れているあいだに僕の家のポストに個展のDMが入れられていた。久々にポストを活用してくれる人が現れた。しかし写真を撮り忘れたので、


淺井裕介個展

なんか/食わせろ

2020年3月7日(土)ー4月4日(土)


東京都品川区東品川1-33-10

Terrada Art Complex 4F

 今日は距離としては代官山のアートフロントギャラリーからおよそ5キロ移動したくらいだけど、時間にしたら4時間くらい歩いていた。のちに映像にするために撮影してもらいながら移動したので時間がかかった。急遽来られなくなった映像作家のジョンから借りたGoPro2台を自分の身体と家に装着し、涼ちゃんに自分のNIKONのカメラを持ってもらい、計3台で撮影しながら歩き回った。代官山から青山通りまで抜けて、表参道を通り、完成したばかりの新国立競技場のそばを通り、信濃町まで。一人で歩いていると、家とすれ違う路上の人々がどんな表情をするのか全然わからないのだけど、こうやって人についてもらいながら歩いていると、どうやらみんな幸せそうな顔をしているらしい。新国立競技場は初めて見たのだけど、近くでみるととにかくでかい。よくこんなものをこんな短期間で作ったもんだ。職人さんたちは本当に偉い。しかし自慢の木のルーバーが、目から遠すぎるせいか全然木に見えなかった。全体に、軽やかさとかは全くない。今の時代らしくもない。でもとにかく、ここまで作った。ネットではウイルスでオリンピックが中止になるだのならないだの、みんなまるで窓の開け閉めの話みたいに軽く言ってるけど、このでかさは半端じゃない。でもそれを考えると、この競技場が中身が空っぽの存在に思えてきてしまう。ザハの、完了済みの設計案を白紙撤回し(なぜ首相にそんな権限があるのかまったくわからない)、3000億円だった予算は3兆円になり、そしていまウイルスで中止か開催かみたいになっている。いったいなにがどうなっているんだ。最近ニュースを見ていると居心地が悪くなる。なぜか知らないけど首相の一言一言に謎の強さがあり、みんなそれに従っている。この国はいつ法治主義から人治主義に変わったのか。僕は家を動かすしかない。

まずい2217分になってしまった。寝なければ。そして明日は550分には起きねば。突然の健康生活だ。

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 今日の敷地は代官山交番前という車通りの多い交差点の目の前なので耳栓が必要だと思い、中目黒駅前のトモズで耳栓を買った。民度がたかそうな中目黒でもトイレットペーパーは売り切れていた。そのまま近くのおにやんまといううどん屋で天ぷらうどんを食べて、風呂(光明泉)にいってきた。ここが噂通りのかなり良い銭湯で、中目黒駅から徒歩5分もかからないところにあり、脱衣所では電車の通る音が聞こえるほどの好立地ながら、空が見える露天風呂がある。サウナもある。露天風呂もサウナも浴槽もそんなに大きくないけどあまり嫌じゃない。そしてものすごく混んでいた。サウナは人が密集しすぎて家畜小屋(他に良い言葉が見当たらない)みたいになっていた。ウイルス騒動で人の密集はよくないこととされているこのご時世のなか、サウナは唯一の例外地帯なのかもしれない。僕は家畜小屋には入らなかった。

 40個くらいはありそうなロッカーはほとんど埋まっていて、ロッカーの空き待ちの人が出るくらい。驚いたのは年齢層の低さで、こんなに若い人ばっかりの銭湯は初めて見るかもしれない。18~20代くらいの大学生と思しき人が一番多くて、見た中で一番歳がいってそうな人でも40代くらいだった。大学生のグループが多人数で銭湯にいるのはよく見るけど、ここにきてる人たちはそれぞれ2、3人の別々のグループだったので、世界一少子高齢化している国にいるとは思えない。露天風呂では、就職活動中と思しき男子二人組が「クリエイティブ」とか「コピーライター」とか「ファーム」などの単語を交えながら話をしている。「コンサルタントって結局何やる仕事なの?」「お前クリエイティブ向いてると思うわ~」などなど。そういえばさっきオフィス(蔦屋のスタバ)で右に座っていた女性の後に座った男の子は大学生っぽくて、パソコンの画面にスティーブ・ジョブスの言葉を大映しにしながらハッカーについての本を読んでいた。彼は次々と友達らしき人から「おす、偶然だね~」みたいな感じに話しかけられていた。不思議な街だ。誰が読んでいるかわからないが、中目黒にきたら光明泉はおすすめです。

 脱衣所で歯を磨いて光明泉を出た後、日記の続きを書きたいなと思い、風呂上がりに代官山蔦屋のスタバという、代官山に住んでないとできない芸当をキメようかと思ったが、なんとさっきよりもはるかに混んでいて、席は空いておらず、レジには行列ができていた。もう23時すぎているのに。本当に面白い街だ。これでもっとちかくに安くてうまい定食屋か居酒屋があれば最高なのだけど、

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3月 11, 2020

代官山蔦屋のスターバックスにいる。電源がついているカウンターテーブルに座っていて、左には手帳を机に出してなにやらずっとiPhoneをいじっている人、右には集中して誰かに手紙を書いている人。どちらも若い女性。正面にはパソコンを睨んで何かの作業をしている若い男性。他にもパソコンを開いている人が多い。なんというか、みんなスマートだ。荷物が少なくて、机の上にはリップクリームとパソコンだけ置いているような感じの人たち。そんななかでKARRIMOR製のでかいバックパックを机の下において、机の上にはGoPro2台と、GoProのマイクロSDカードをパソコンに読み込むためのコネクタと、iPhone用の携帯リチウムバッテリーと、GoProのバッテリー充電器と、このMacBookを全て電源につなげた状態でこれを書いている。電源がなければこんなところ使わないんだけど、取り急ぎ電源のあるカフェはここしか知らない。ここを利用するためには、スターバックスで何か飲み物を注文する必要があるので、一番小さいサイズのラテを頼んだのだけど、机の上に広げている荷物の体積に対して飲み物の大きさがあまりにも小さいので、なんだか申し訳ない。もう一つ大きなサイズを頼めばよかった。これを書いているうちに手紙を書いていた右の人が立ち去っていった。店内は混んでいるけど、満席というわけではない。
今日はおよそ一年ぶりに「移住を生活する」をスタートさせた。偶然にも今日は東日本大震災から10年目に入る3月11日。つつじヶ丘から駒沢公園(共同通信の記者の人が、撮影したいということで寄った)を経て、代官山まで15キロくらい。5時間くらいは歩いた。久々に家と一緒に歩いて、やっぱりこれは良いなと思った。毎年この時期に移住生活をやるのは良いかもしれない。定期的に、自分に突きつける必要がある。自分を通して、周りの人にも突きつける必要があるかもしれない。今日本は、というか世界中で新型コロナウイルスと名付けられた風邪(COVID-19というらしい)でパニックになっていて、ニュースばっか見てると世界にどんどん余裕がなくなってるように見えるけど、家を背負って歩いた感じはいつもと全然変わらなかった。街では人が歩いていて、iPhoneを見たり、買い物や、立ち話をしている。松陰神社前近くの鰻屋さんは満席だったし、いつも行列ができている店は、今日も行列ができていた。マスクをしている人の割合はすこし多いかもしれない。
駒沢公園ですこし休もうと家を地面に置いたら、ものの5分くらいで「巡回中」と書かれた自転車にのった公園管理のおじさんが通りかかり、「なにか言うだろうな」と思っていたら案の定「これはなんですか?」と言うので、「ちょっと撮影を」と答えたら(瞬間「しまった」と思った。「すぐどかしますんで」とだけ言えばよかったのだ。久々に家を動かしているのでナマっているのかも)、「撮影の許可を取ってますか?撮影には許可がいります」とたたみかけてきた。
それはまあどうにかごまかしたのだけど、おじさんはさらに家を指して「こういうものを設置するのは、ダメです」と言う。他にはどういうものがあるんだ?と思いつつも、「設置しているわけではないのですが」と言ったら、言い終わる前に「設置しているかどうかは、こちらが決めます。」という(いまこうしてパソコンで「設置」と書いてるけど、その時の僕は「接地」という感じを思い浮かべていた)。
「設置しているかどうかは、こちらが決めます」という言葉の強さにびっくりしてしまったけど、こういうときは引き下がったほうがいいので「とにかくすぐにどかしますんで」とだけ言った。そしたらおじさんは去っていった。結論として、駒沢公園はとても窮屈な公園だった。ツーリングやランニングのコースがあるので、そこはしょうがないのだけど、せっかく芝生の気持ち良さそうなところがあるのに、この様子だと家をおいて休憩なんかとてもできない。2度と行きたくない。この白い小さな家がどういうもので、なぜここに置いてあり、いつ移動させるのかを普通に聞いてから対応すればいいのに。なんのために「人間」が公園の管理人をやっているのか。とにかく、「こういう物」を設置するのはだめなので、すぐにどかしなさいと言われるので、休憩もできない。ロボットにやらせてるのと変わらない。あるいはあのおじさんはロボットだったのか?
ひさびさに家を動かしてやはり思い知った。この家は、背負って歩いている時はみんなけっこう「なにあれ〜」「歩く家だ〜」「面白いね〜」などとキャイキャイもりあがるが、地面に置かれたまさにその瞬間から、「不審なもの」になる。「え・・こんなのあったっけ・・」みたいな感じになる。反応が全て予想できる。こっちが思った通りのことを言う。「こういうものは設置できません」とか。相手に予想されていることを口にして、よく恥ずかしくないなと素直に思う。
駒沢公園を出て、代官山までに一回デニーズで休憩した。駐輪場に家を置いて、店に入り、席を案内してくれた店員さんに写真を見せながら「こういうものを下の駐輪場に置かせてもらってるんですが、ちょっと店にいるあいだだけ、置かせてもらっても大丈夫ですかね?1時間くらいで出るんで」みたいな説明をしたら「ペットか何かですか?」と言われた。ちょっと予想外だったので、「いや違います。ちょっと背負って動かしてて、発泡スチロールでできた家なんですけど・・」みたいなわけのわからんことを言ってしまった。そしたら「お持ち帰りになるのであれば大丈夫です」と言ってくれた。僕の家は「お持ち帰り」になるので大丈夫だった。
それから代官山ヒルサイドテラスのアートフロントギャラリーの前まで家を動かし、今夜の敷地はヒルサイドテラスになった。もともとは「奥能登国際芸術祭」の打ち合わせで来る予定だったのだけど、数日前に、ちょうど移住生活中なので打ち合わせついでに敷地を貸してくれませんかと相談したら良いですよ、ということに。オーナーの朝倉さんも了承してくれた。このあたりに住んでいるらしい。北川フラムさんは「やっぱりオーナーがその土地にいるから良いんですよ。自分の街だから良くしたいと思えるから。チェーン店で入ってくるばっかりだとダメになっちゃう」と言っていた。



今日の間取りとしては

寝室=ヒルサイドテラス
オフィス=代官山蔦屋
トイレ=ヒルサイドテラス
バスルーム=光明泉(アートフロントギャラリーの人が教えてくれた近くの銭湯。「かなり良いですよ」とのこと。サウナもあるとのこと。)
ダイニングルームは未定。これから探してご飯を食べて、風呂に入って寝るとする。ドローイングと間取り図は明日。20時07分。

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1月 22, 2020

BBCでマイクロソフトのカーボンネガティブのニュースを読んでなんだかぐっときてしまった。「全てを解決する夢の技術が到来する」か「解決は不可能」みたいな二つの極で話題にしてしまいがちな環境のことにずっと前から取り組んできて、今もカナダのカーボンエンジニアリングという会社では1日1トンのCD2が待機中から取り除かれ、1日バレルの燃料がCO2から作られていて、近い未来その商業施設を立てるべく低コスト化に向かっていて、2018年時点で1トンのCO2を取り除くのに100ドルまで抑えている(これは2010年で予想された額の1/6らしい)というニュースもあり、課題をひとつずつ解決してすこしずつ前に進めていくし、2050年までに自社がこれまでに排出した全てのC02を待機中から取り除くという大きなビジョンも描く。さらにはパリ協定があったのに各国政府は実際的な行動に移っていないという批判もしていて、地球を背負って立つという自覚の強さとか、説得力に打たれた。いろいろ文句をつける人もいるけど少なくともうちの国の「セクシーに解決しないといけない」とか言って環境サミットに行った出先で牛肉のステーキを食べている環境相が恥ずかしいことは間違いない。

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1月 11, 2020

今日久々に展覧会を見て回ろうと思いたって上野へ行ったがついた頃にはお腹が空いており、このままでは集中して見られないと感じたので西洋美術館脇のカフェで「ミートボールボロネーゼ」を食べた後で西洋美術館へ入り、内藤コレクションのゴシック写本の展覧会と常設展をまず観た。写本の展覧会はとても良くて、印刷技術以前の世界では文字も絵も人の手によって描かれていたので、文字は絵にもなりうるし逆も然りで、印刷技術が生まれたことによって、それらがいつからか分けられてしまったんだろう。ひとつ、今度の3月からやるグループ展で作ろうかと思っている作品のアイデアもでてきた。常設展も久々に。ギュスターヴ・ドレの「ラ・シエスタ、スペインの思い出」という縦長の大きな絵画に見入ってしまう。しばらく鳥肌が立っていた。これもだけど、この常設展の感じだと、19世紀の絵画の方が面白く感じる。20世紀に入るとマーケットなんかとも連動して頭脳的に進化していくので、見ていて退屈な印象。しかしそのあと、東京ステーションギャラリーで岡崎乾二郎さん監修の坂田一男展に行って、20世紀の仕事にうちのめされた。展覧会のなかで、第一次大戦から第二次大戦の戦間期の大変な時代に身を置きながら、なぜ坂田は抽象的な思考を持続できたのかという問いかけがあり、手榴弾の内部構造を抽象化したように思われる「コンポジション」という作品(だいたいが「コンポジション」という作品なのだけど)とか、銃剣を持った兵士を抽象化したと思しき「コンポジション」などがあって、さらに岡山のアトリエが1944年に高波の被害にあって水没し、多くの絵画の絵の具が剥がれてしまったことを受け、それを修復して作品化するだけでなく、その事件以降、最初から一部が剥がれているかのような絵画も作り始める。自分の力ではどうしようもない時代の力とか、戦争とか、災害とかを抽象化して絵に閉じ込めることで抵抗する。世の中の出来事全てを素材とみなして使う力というか意思というか。それだけじゃなくて、展示されている作品は制作年不詳ばかりで、僕は見ているあいだ、坂田一男が絵の向こう側で笑っているように感じた。明らかに制作年の違うエスキースが一枚の紙の裏表に描かれていたり、いつ描かれ、あるいは描き足されたかわからないような作品たち。時間も抽象化して平面のなかに閉じ込めてしまおうとしているというか。恐ろしい。それで夜に、ニュースサイトを見ていて、もうすぐセンター試験があり、センター試験の日には痴漢が増えるという記事を読んで胸糞悪い話だなと思い「痴漢レーダー」というアプリをiPhoneに入れてみた。痴漢にあったらこのアプリで助けを呼ぶことで同じアプリを入れている人が近くにいたら助けられるという機能の他に、過去に痴漢や「ぶつかり」などにあった、目撃した、という情報が地図上にストックされていく機能もあり、新宿駅や渋谷駅なんかの被害情報を見ていたらなんだか気分が悪くなってしまった。痴漢だけではなく、世の中には単なる悪意によって行動してしまう人も多くいるらしい。通りすがりざまに怪我をしている手にカバンをぶつけられたとか、頭を殴られたとか、エスカレーターで突き落とそうとしてきたという被害情報とか、あるいは妊娠している人がするバッジを見て舌打ちするおじさんがいたり、妊婦が優先席の目の前に立っていてもわざと席を譲らないおじさんがいるというような話をきくうちに坂田一男展を思い出し、そして、絵画が19世紀から20世紀を経ていまの時代につながり、そこで僕が生きて作品をつくっていることは繋がっているんだなと、改めて気がついた。僕がいまのところそうならずに済んでいるいるのは、単に作品を作っているからだと思う。絵画が進んできた抽象化する歴史は、僕がやっていることと同じ地平にある。時代の空気や災害さえ抽象化して作品に取り込む力を鍛えたいし、みんな鍛えればいいのに。しかしみんなが坂田さんみたいに抽象化できるわけではないんだな、それが足りないんだなと思ってしまった。思って「しまった」という感じ。

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12月 21, 2019

恐ろしいことに《喫煙所》を庭に作ったら、それまで普通に吸っていたアトリエの他の場所でタバコを吸うことに罪悪感を覚えるようになった。自分で作っただけの喫煙所なのに。

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内田涼展の設営をアトリエで手伝って、展示が完成してからじわじわと時間を経るごとに、それまでアトリエとしで使っていた空間がどんどん変わっていくのを感じた。秒ごとに、だんだん変容していく感じ。それまでと違う場に生まれ変わっていくのを、その場の只中で見ている。まずそれまでと同じ色のはずの白い壁が、絵が飾られたことで本当に綺麗に白く見える。これは今までのギャラリーや美術館で展覧会を鑑賞してきたから生まれる錯覚のようなものなのか、絵には壁の色を変える力がもともと備っているのか、その辺はわからないけどとにかく白く感じる。部屋も広くなった。まあ掃除したからってのもあるけど、壁が白くなったってのも大きいと思う。なにより内田の絵がその変容の力の源になっている気がする。絵が、それが飾られる家に与える影響はそれだけ大きいっていうことだろう。

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12101245

12月 10, 2019

落ち葉を集めることで神聖な気持ちになる。神に仕えているような。時間の循環を感じる。時間を集めているみたいだ。

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12月 09, 2019

食器は体の延長だから、ご飯を食べたあとは手を洗って口をゆすぐのと同じタイミングで洗いたい。台所の食器棚や調味料が並んでいるのが面白いのは、そこに人の体を見るから。

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喫煙所のお知らせ

11月 21, 2019




僕も制作場所として借りさせてもらっている「つつじヶ丘アトリエ」にて、アトリエメンバーの内田涼の個展が開催されます。その会期に合わせて《喫煙所》をやります。これまでに制作した《Smoking Democracy》と高松市美術館で発表した《喫煙所》二つの作品を踏まえつつ、煙草を通して公共について考えてみようというアイデアです。喫煙者の方はぜひ煙草を吸いに、非喫煙者の方は、喫煙者が喫煙所の中で煙草を吸っている姿を見に、ぜひきてください。

日時:2019年12月21日(土)〜12月29日(日)の13:00〜19:30ごろまで(24,25日は休み)

場所:つつじヶ丘アトリエ(東京都三鷹市中原1-11-17)

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11月 17, 2019

近くに豆腐屋があるというのを知って、小さい頃は肉屋で豚のひき肉300グラム、魚屋でアジ2尾、豆腐屋で絹豆腐一丁と油揚げ一枚、八百屋でネギと玉ねぎ、みたいなお使いの頼まれ方をしていたことを思い出した。それぞれの店がそれぞれの商品を売ったり作ったりしていて、それを買って回るのは今思うと楽しそうだ。消費と生産の距離が今ほど離れていなかった。近くにあった。それが当たり前だったはずだ。でもだんだんと、スーパーでまとめて買うのが普通になり、それが当たり前に変わった。

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10月 08, 2019

「住む」を扱うことの難しさ。するではなくて、状態である、ということはポイントしにくいので。

日々の諸々に対して制作的態度を常にもつこと。まずはそのマインドをなんとかしないと、例えば移動をサブスプリクションにしたときに、それに流されるだけのものになってはいけない。

僕は一年半くらい前からつつじヶ丘という駅の近くでアトリエを借りているんですが、建売住宅がこの短い間にものすごく増えていて、なんというか、自分で考えるのが面倒だからもう出来てるところに住んじゃおう、みたいな考え方なんじゃないかと思ってしまって。それは住むということに対して受動的すぎるんじゃないかというか、そんな感じがしてまして。年金だけでは老後に平均2000万円足りなくなるみたいな報告書が話題になったとき、僕はすごく不安になってしまったんですが、老後のために貯金した方がいいかな、とかそういう思考モードに入らされちゃいまして、多くの人があのきとはそうだったと思いますが。その時にラジオで年金は「長生きリスク」にそなえる ためにあるという話をしていて、ショックを受けてしまいました。長生きリスクなんて・・すごい言葉だと思いませんか。人生は死ぬまでのカウントダウンに過ぎないと言われているみたいで、なんかラジオを聴いていて元気がなくなってきてしまって。同じような文脈で「将来はお金が足りなくなったときのために投資をしましょう」という話もしていて、僕は普段から色々なところに投資をしているつもりではあるんですけど、例えば添加物が入った食べ物は出来るだけ食べないようにするとか、たまに高い服を買うとか、将来の制作のためにプロジェクターとかカメラを買うとか。でもそれは将来買えなくなった時のために買う訳ではなくて、未来の自分がなにかを生み出すときに必要になるかもしれないからという、前向きな気持ちでやってるんですけど。服とかカメラとかは、そうやって生産的に考えられるんですけど、なぜか家は時間の単位が大き過ぎるからか、規模が大きいからかわかりませんけど後ろ向きになりがちなのかなと。自分は将来死んでいくんだから、それまでしのげればいいでしょっていう、ペシミズムがあるなという感じが。

住むことを扱うということは、とても抽象的で、みんなイメージしにくいし、なにかこうすれば幸せになれるみたいな世の共通の像はもう僕が生まれる前に壊れてしまったので、そういう像を失った人たちが、とりあえずここに住んどこうみたいな感じで建売住宅に住んじゃうのも無理はないのかなと思います。建売住宅を買ったという方がいたら、あとでぜひお話を聞きたいんですけど・・。「移住を生活する」などのプロジェクトは、住むこと自体を制作行為として行い、作品化するんですが、それは、いま話したような「生活することは引き算である。」っていう風潮に対抗するものにもなっているのかなと。

その気持ちをみんなと共有したほうが楽しいと思うので、僕は「村上家に泊まる」というワークショップを今年初めてやってみました。1日これをやるだけで、今までカフェなんかとは無縁に生きてきた人が一人でカフェに行くようになったりして、期間は1泊っていう短い間ですけど、効果は大きいのかなと。

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「人の家を、自分が設計していいのか」家は自分の体の延長なのに、人に設計を頼むのはおかしな話だ。(吉阪さんの言葉らしい)

自分の家に釘一本打てないのは変な話じゃないか。住むことと家が離れている。建築のプランを作るには、一つ思考を飛躍させる必要がある。それは、人の住む家を俺が考えていいのかっていう問題。この壁は僕にとってはとても高くて、そこに理由を与えるために、個人的な営みでも、社会的なアクションになるというロジックを使い、そこから看板や経済の話に結び付けているけど、吉阪さんの言葉を読むと、その壁はやはり無視してはいけないというか、僕の方がまともなんじゃないかという気がしてくる。みんな、無自覚に人のものを作りすぎている。なんかテレビとかみてても思うんだけえど、もっと人に何かを作ったり影響を与えたりする奥ゆかしさみたいなものがない気がする。下品というか。

吉阪さんもそこになにかひっかかるものはなかったのかと思う。自邸のスケルトンインフィルみたいなものも、思想としてあるけど、作品の、途中で止める感じをどうにか形にしている。

個人のことが公共のものになることの話。本の話、美術館に収蔵された話、俺の黄金コースの話、間取りの話。砂場で遊んだり砂浜で像を作ったりするように場所を作る話。

フルッサーの投企の話と住居の話。

『我々は居住する動物である。巣に住むにしても、洞窟に住むにしても、テントに住むにしても。また、家屋に住むにしても、縦横に積み重ねられた箱型住宅に住むにしても、キャンピング・カーに住むにしても、橋の下に住むにしても。慣れた場所、通例の場所がなくては、我々は何も経験できないのである。慣れないもの、異例なものは雑音だらけで、慣れたもの、通例のものの中で処理されて初めて経験となる。~住所不定の彷徨者は何も経験せず、「あちこちと」回るにすぎない。~堅固で快適な家は、慣習の場所として雑音を受け止め、経験へと処理する能力を、もはや果たせなくなって居るように見える。~これは存在論的な問題である。今まで我々は、自分を個体であると思ってきた。つまり、人間はそれ以上細かく分けられない物で、空間と時間の中を動いて居るのだと思って来た。家は、そうした運動が集中される場所であった。家は~「現に立っているもの」であった。しかし「人間」という個体の運動は、ますます厳密になってゆく分析に服した。~人間は家を出て世界を経験し、経験したことを処理するために家に帰る。人間は世界を発見するために出かけ、自分を再発見するために帰ってくる。だが、人間は世界で自分を失い、家に帰って世界を失う。~我々が自分をインディヴィジュアル(分けられないもの)と考えることはもはやできない。それ以来、個人(インディヴィジュアル)の運動と、そのさい家が果たす役割について語ることは、もうできなくなったのである。だから、家を新しく投企しなければならない。新しい投企がなされるまでは、我々は家無しでしかない。』

という記述があり、これは知人が言っていた

『暇な時間に非生産的な(と一般にみなされる)行動をとって退屈を紛らわせている人は、人目を気にすることになる。つまり、一人前の大人がスマホでゲームしたりマンガを読んだりだらだらテレビを見たりするのは、あまり褒められた行為とは見なされないので、そうした人たちは人目が気にならないところでそうした行動に没頭する。あるいは、コメダコーヒーや図書館など文化的だとみなされるような場所に行く。

 退屈な人、退屈しのぎをしている人は、退屈していることに気付かされることを嫌う。人は誰しも「退屈そうだ」と思われたくないのである。「退屈そうな人」は「何も意味のあることができない人」であり「希望のない人」と同義なのだ。それが単なる退屈しのぎであっても、プレミアムな生活をしているだとか、勤勉だとか、社会に貢献しているとか、趣味を楽しんでいるスポーツマンか文化人であるといった、香りづけが必要なのである。』

に通じる。他にもこの本の「都市をデザインする」という章の中で「まず問われるのは、なぜ村ではなく都市を投企するのか、ということだ。~あらかじめ結論だけを言っておけば、村は観想のための空間を提供しないからである。第一印象とは違って、農耕文化の中で農耕に従事する農村生活は、都市文明が可能にする間暇を提供しないからである。」

「観想を提供する」ことと歩くこと

シチュアシオニスト

「この機関誌の編集規則は集団的編集である。個人によって書かれ、個人の署名のあるいくつかの記事も、われわれの同志全員に関係があり、その共同の探求の個別的側面と見なされなければならない。われわれは文学雑誌や美術雑誌のようなかたちで生き残ることには反対している。 『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』に発表されたすべてのテクストは、出典を明記しなくても、自由に転載、翻訳、翻案できる。」

自分をどこに位置づけるかという話。建築としてやってくれと言われて、一昨日TBSラジオでも吉阪さんと今和次郎の話を名前を出した。建築課題の話、建築をすることの壁の話、それを反転させるロジック、俺の黄金コースの話

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09231344

9月 23, 2019

店で注文するときに見る料理の写真と、実際に出てきた料理の写真を撮影して並べてみるということをやり始めたのだけど、それは「広告看板の家 高松」に住んでいて、ここに住むとはどういうことかを考えていたら、パッケージの問題に行き着いた。

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9月 16, 2019

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