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朝起きたらもう隣のおじちゃんはいなかった。暗いうちに発ったらしい。

「もう帰らないつもりで出てきた。最後の場所にいく」

って昨日言ってた。重い言葉だった。

 

雨が降っている。もう服がない。洗濯したんだけど乾かない。洗濯物は乾かないし、iPhoneのUSBケーブルが断線して充電ができない。コードの中で切れたんじゃなくて、コードが文字通りぶちっと切れた。だから電池が切れたままになってる。裸の上に上着を羽織って、靴下をはかないで靴だけ履いて雨の中歩きはじめた。十日町方面へ向かう。iPhoneのマップが見られないので、道の駅で簡単な地図をもらった。考えたらこういうのは初めてだ。iPhoneの電池が入ってないってだけで結構不安な気持ちになる。iPhoneはすごい。絵をアップするのに必要なカメラ機能と日記をアップするのに必要なインターネットと、地図と電話とメールと音楽プレーヤーと、夜はライトにもなる。定規にもなる。マネージャーを失ったような気持ち。

 

新潟はほんとうに雨ばっっっかり。この雨が美味しい米をつくるのだろうけど。素足で履いている靴はもうびっしょりで気持ち悪いし蒸し蒸しするのに長袖をきて汗だくになってるしで、とてもいらいらしながら雨の中ずっと歩いて、十日町市に入ったばかりのところにあるカフェで休憩した。そこのマスターに

「このあたりの地図はありませんか?」

って聞いたら、彼はごそごそと探して

「こんなので役に立てば」

と言って、その地区の小学校の学区が示されている町内向けの地図を貸してくれた。こんなものなかなか見られない。地元の企業の広告がたくさんあって、地図には一軒一軒の家の名前が書かれていた。そうだった。僕からしたらいらいらしながら雨しのぎに入ったカフェのある町ってだけだけど、ここで生まれて仕事をして死んでいく人がたくさんいるのだった。

 

十日町の道の駅まであと5キロくらいのところで、女の人に話しかけられた。

「なにやってるんですか?」

「家をもって歩いてるんです」

「おお。音楽すきですか?何聞きますか?」

音楽?会ってすぐに音楽なにききますかって言われたの初めてだな。笑っちゃった。けど面白い質問だなと思った。たしかに好きな音楽の趣味で人柄わかりそうだし。

「道ばたで好きな音楽聞かれたの初めてですよ。音楽は好きですよ。」

「わたし音楽すきなんですよ」

といってMP3プレーヤーにスピーカーをさして尾崎豊やらさだまさしやらを流しはじめる。

「逆方向いく予定だったんですけど、案内しますよ」

といって、彼女はついてきた。なんかドラクエのパーティみたいだ。僕が通行人に挨拶すると彼女も挨拶する。彼女は歩きながら一人でずーっとずーっとしゃべっていた。僕が返事してもしなくても関係ない。たぶん名前をつけてしまえば多動性なんちゃらとか躁鬱病とか統合失調症とかいろいろあると思う。本人も

「わたしの病気はなんかよくわかんないらしいですよ。人格障害です」

とか言ってる。話しながら歩いてて、内容よりも、ほんとにぜんぜん話がとまらないなーってことが面白くて笑っちゃう。

 

十日町の道の駅のそばにあるキナーレにいって、2年前に十日町で×日町プロジェクトをやったときにできた知り合いと再会した。彼はめっちゃ面白がって

「鳥肌たった」

と言ってくれた。そこにとりあえず家を預けて、歩き通して高ぶっていた頭を冷やして、やることを整理した。iPhoneの充電と、コインランドリーにいくのと、お風呂にはいるっていう3つ。話がとまらない彼女も一緒にあーでもないこーでもないと言っている。頭がこんがらがる。結果的に、iPhoneは知り合いに預けて充電してもらえて、まずコインランドリーに行った。

コインランドリーの中型乾燥機が4つ全部まわっているのをみてるのが面白い。みんなそれぞれ持ち主が違うし、お洒落だったり値段が高かったりいろいろな服がはいってるんだろうけど、どれも同じように回されて乾燥させられてる。

なんだか、めざましテレビのネットの話題をとりあげるコーナーで僕のことをやってもらえるらしく、電話取材を受けた。服を靴を洗えた気持ちよさでテンションが高かったのでいい感じで話せたと思う。とても楽しかった。気がついたら40分くらい経ってた。今なら、気分が盛り上がってるときなら何時間でも話ができるような気がする。

そのあとキナーレのお風呂に入ってから、話がとまらん彼女が行くと言っていたパブに行ってみた。彼女はカラオケが好きらしく、宇多田ヒカルやら尾崎豊やらを歌いまくっていた。カラオケの合間に僕に「家庭を大事にしたほうがいい」とかいろいろと忠告をしてくれた。

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写真(2014-09-05 6.08)

朝のうちに麻生の湯を出発。小千谷市の方面へ向かう。ちょうど道の駅が20キロくらいの間隔であるので最悪そこにいけばいいと思えて安心できちゃう。

歩いてたら、のむらサービスエリアっていう看板を道沿いに発見する。トイレのマークとかレストランのマークとかが書いてある。サービスエリアなんだけど個人がやってるみたい。初めてみた。だけどこれはロンドンでみたプライベートパークと同じだ。一人の人間が他の人間のために自分をひらく。公共空間の理想だと思った。いま思うと入って話を聞いてみればよかったな。そういうお店とかコンクリート工場とかがたまに道沿いにあるけど、だいたいは田んぼで、あちこちで稲の収穫をしている。農家の人も、やっぱりこのときが一番楽しいのかな。もう慣れてそんなこといちいち思わないかな。僕も家を背負って歩くことに慣れてきて、たまに忘れることがある。いや忘れてるわけじゃないんだけど、気がついたら意識してなかったことがある。そういえばこのあいだ、いくら話しても信じてくれない人がいた。「口ではなんとでも言える」って言ってた。嘘だろって思っちゃう生活って面白い。生活をもっとやばくしていって、ほとんどネタみたいな毎日にしてあとで面白く読み返したりできればもういい。でも展示は全く笑えない感じにしたい。蟻がミツバチの死んだのを運んでる。死んで地面に倒れても、こうやって運んで栄養にしてくれる生き物がたくさんいるんだな。原因が結果になって、その結果がまた別の結果の原因になる。みんな自分の種を保存するためにいろんな生存戦略をとってる。そんで、僕はここでこうして生きてるだけで、それはエネルギーがそこにあるということなんだなと気づいた。生きてるだけで、大きなエネルギーがここにある。

癌を患っているおじちゃんに出会った。彼は
「余命半年だから」
と言って、お腹にある大きな手術跡を見せてくれた。その瞬間、まわりの景色がすうっと遠くのほうに行ってしまった。「死」がリアリティをもって、目の前に立ち現れてきた。
彼は癌がわかってから、何度か車で旅をしている。マルコという犬と一緒だ。マルコは色はまだらだけど血統は立派な紀州犬で、おじちゃんが知り合いのブリーダーから「貰い手がいなかったら処分しなくちゃいけない。引き取ってくれないか」と言われて引き取ったらしい。
「自分が死んじゃうから飼っててもしょうがない。二回捨てようとしたけど、かわいそうでやっぱり引き返したら二回ともちゃんと捨てたところで待ってた。もう捨てらんないなー」
って言ってた。彼とは路上で出会った。彼は車に乗っていた。
「ちょっと休憩しませんか」
と言われて道路わきのちょっとしたスペースに家を置いたら、彼はレモンチューハイを持ってきた。
「ジュースが切れちゃってるから」
っと言ってた。それを飲みながら話した。自分の活動のことを説明したら
「そうか。君はこれからの人なんだな。わたしはもうおわった人だから」
と言う。僕は自分がこれからの人だなんて思っていない。今の人だと思っている。でもその反論はそのおじちゃんに対してはあまり意味がない気がした。
「余命半年ってどんな気持ちですか」
って聞いたら。
「もういいかなーって感じですかね。孫の顔も見れたし。」
と普通に答えていた。不思議と、全く気を使わずに話せた。一緒にいてすごく楽だった。そのおじちゃんがとても力を抜いて接してくれてるのがよくわかるからだと思う。

最初に出会った場所から4キロくらい歩いて小千谷の道の駅でもう一度会った。彼は車でそこに寝る。僕はその隣に家を置いた。一緒にご飯を食べた。彼は建築関係の仕事をしていた。1級建築士の免許を持っていて、宅地建物取引の免許も持っていた。合格率7パーセントらしい。その宅建の免許を
「もういらねえんだ」
といって燃やしていた。プラスチックが焼ける安っぽい匂いがした。

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グループ展に参加します。
9月13日から23日の10時から17時、山寺常山邸(長野県長野市松代町松代1493−1)にて展示してます。

会期中は毎日会場にいます。
今まで描いた家の絵は全部展示します。絵は買うこともできます。いくらか絵が売れてくれないとピンチです。

家の絵は、画像で一枚ずつみるよりも、同時にたくさんみるとすごく力があります。来てほしいです。

展覧会については以下のページを見てください(見にくいページですが)
mcaf.me

他に7人くらいの作家が展示してます。
13日の17時からオープニングパーティー
14日の17時からアーティストトーク
23日の14時からアーティストトーク&クロージングパーティー
もあります。

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フジテレビ「めざましテレビ」のちなみ探偵事務所というコーナーで取り上げていただけるようです

放送はまず
9月9日(火)「めざましテレビアクア」のちなみ探偵事務所(朝4時50分ごろ~約6分)
関東ローカルの放送で行われます。
そして同じ日の「めざましテレビ」の7時40分ごろ(全国放送)から、4分くらいに縮めたショートバージョンが放送される予定です。ただこちらはニュースコーナーなどの拡大でコーナーの放送が飛んでしまうことが多々あるため、何とも言えない状態です。

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敷地を探していると言われて思い浮かべる場所によって、外から来た僕とその人との適切な距離があらわれる気がする。例えば公園はよく提案されるんだけど、公園ってのはその当人の敷地でも知り合いの敷地でもないけど、その土地のものっていう距離感があるし、知り合いの駐車場を提案してくれる人とか「うち来ていいですよ」とかって言ってくれる人は、まあ悪い人じゃなさそうだしっていう直感とか話して感じた印象とかもあるんだろうけど、外から来た初対面の人間でも近い距離に置くことを許せる人なんだろうなと思う。公園じゃ遠すぎるし、自分の家は近すぎるしとかいろいろあるんだろうな。そうやって敷地を借りるのが前提なんだけど
「家を持ってきちゃったんですけど」
っていうこちらのボケに対して向こうが
「家かよ(笑)」
って思って、そりゃしょうがねえなって感じのやりとりが成立する。そうするとふつうは到底借りられないような敷地にも泊まれたりする。ホテルの駐車場とか、初対面の人の庭先とか、テント生活や車上生活では泊まれない場所に、ボケで突入していく感じだ。

今日はパティオにいがたを二時半頃出発して長岡方面にすすむ。途中、セブンイレブンで休憩してたら「ドリームロード」と名付けられた国道を横断するための地下歩道があった。なにを根拠にドリームを謳っているんだろうと思った。
そんでセブンを出発しようとしたら男の人に話しかけられた。その人は「まともな仕事しないの?」とか「露店の仕事やってて、いま祭の時期だからバイトとして使ってあげてもいいけど?」とか「きみんち金持ちなの?」とか「暇なんだねー」とか、そういうえげつない言葉遣いをしまくる人なんだけど、僕が「バイトとかはやりません」とか「これが仕事なんですよ」と言ってふりきろうとしても結構食い下がってきて、言葉はアレだけど心から面白がってくれてる感じが伝わってきた。最終的に電話番号を交換して、別れた後差し入れを持ってきてくれたりした。こんな人もいるんだなあ。

夕方になって、麻生の湯という日帰り温泉施設があったのでそこで敷地の交渉をしてみた。いつもこういう温泉施設に交渉するときはお風呂に入ってからするんだけど、もう6時過ぎててここでアウトだったら即次の場所を探さないといけないので、今日はお風呂に入る前に敷地の交渉をする。マネージャーさんと話して、僕が説明をしてるとき微笑だにしなかったので「ここは厳しいかなあ」と思ってたけど返事は
「いいですよ。ただ警察の巡回とかもあるんで、そちらで対応してください。」
だった。お礼を言ってお風呂に入った。茶色く濁ってて温度もちょうど良い。とてもいい湯。

温泉からコンビニに行った帰り道。長岡の中心市街地の明かりが、広大な田んぼのずっと向こうに見える。このへんはちょっとした山あいにある集落で、麻生田町というらしい。真っ暗な道で小学校の体育館だけオレンジ色の明かりがついてて、中で青いウェアを来た人たちが何人か動き回ってるのが見える。なんとなく安心した。

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河川敷で起きた。起きて家を出るときちょっと緊張した。朝6時頃は散歩してるおじちゃんおばちゃんなんかよく通るんだけど、9時過ぎたくらいからほとんど人をみなくなった。起きて、寝袋をたたんでたらいつのまにか毛虫がTシャツにくっついてた。ここ最近すごくよく見る白いやつ。アメリカシロヒトリってやつかな。びっくりしたけど、前に十和田湖で靴下にでかい毛虫がついてたときほどじゃない。慣れたのかな。Tシャツの裏からそいつをデコピンで弾き飛ばす。一回じゃ落ちない。何回かやって地面に落とす。こういうとき、彼らは地面に落ちてからしばらくは動かない。びっくりするのかなんなのか。とにかく一定時間じーっとしてから、ニョキニョキと動き始める。
歯を磨こうと思って、台所と名付けた水道があるところにいく。水がすっごく茶色い、そんで変な匂いがした。川の水なのかな。。歯を磨いたら新鮮な気持ちがした。そのあとミネラルウォーターで口をゆすいだけど。

お昼ごろ河川敷を出発。見附市方面に進む。新潟はだいたいが田んぼと農道でできてる。田んぼはもう黄金色になってる。カバキコマチグモの巣を探しながら歩く。そいつは毒グモで、噛まれても一回に注入される毒が少ないから患部が痛む程度ですむんだけど、小さい頃にその存在を知ってから一度見てみたいとずっと思っていて、ここ最近その巣をずっと探してるんだけど全然見当たらない。草を折って結んだような巣を作る。ただの怖いもの見たさだけど、いつか見てみたい。通りすがりのおじさんから
「どこまでいくんだ?」
と聞かれた。この質問が一番多い。あまりにもよくその台詞を聞くので、それが哲学的な深い問いかけのように思えてくる。答えに困る。だいたい「決めてません」と答える。答えた後に、なんか悪いことしたような気分になる。決めてなくてすいません。っていう申し訳ない気持ちになる。これは病気だ。目的地を決めると移動がただの作業になる。まだここか、とか、もうここまで来たぞ、とか思っちゃう。それはだめだ。いまは展示があるから長野が目的地になってしまってるけど、気をつけないと、移動が作業になっちゃだめだ。意識の持ちようだ。カバキコマチグモの巣を探してると思って歩くのだ。

14キロくらい歩いて、見附市の「パティオにいがた」っていう道の駅についた。とっても奇麗な道の駅。大きな芝生がある。デイキャンプ場もある。ここいいなあ今日はこのへんに住むかーと思って、道の駅のインフォメーションにいたおじさんに敷地の交渉をしてみる。
「芝生の方は、ドクターヘリの発着場になってましてダメなんですよ。駐車場のほうだったら大丈夫だと思うんですけど。家を持ってきてっていうのは前例がないものでね。ちょっと管理室のほうに聞いてみますかね」
でしばらく電話して
「車一台分の大きさを超えなければ大丈夫です」
とのこと。よかった。さあやっとあの邪魔な家が置ける。と思うと、毎日のことだけどわくわくしてしょうがない。適当な場所に家を置いて、まずは風呂だろうと思ってiPhoneのグーグルマップで「銭湯」と検索して出てきた一番近くの銭湯まで歩いていった。20分くらい歩いたんだけど、そこは銭湯じゃなくて岩盤浴の店で『入浴料 大人2200円』と書いてあって「冗談じゃねえや」と思ってまたもう一ヶ所のほうに行ってみた。そこから5分くらい。そっちは銭湯でもなんでもなくて、なんか奇麗な民家だった。銭湯はどこにあるんだ、と思ってもう一回検索したら、東三条駅の方にあるとという結果が出てきたので、見附駅まで歩いていった。30分くらい歩いた。そっから電車に乗って東三条駅について、さらにそこから10分くらい歩いていくと煙突が見えた。「やってますように潰れてませんように」と思ってどきどきしながら正面まで行くと、明かりがついてた。嬉しさがもう溢れ出してきてすごかった。風呂までの冒険がおわった。昔懐かしい銭湯って感じで、おかあちゃんとおばちゃんのあいだくらいの年齢の人が番台に座ってた。えらく腰の曲がったおじいちゃんが更衣室に入ってきて、Tシャツの背中は汗でびっしょり。なんか裏で作業してるんだろう。そのおじいちゃんにむかって番台のかあちゃんが
「~は綺麗にした?」
みたいに話してる。葛飾区にいるかと思った。

風呂からの帰り道、もしこの街の近くで原発事故があったらあの光景もここにはなくなっちゃうんだろうなと思った。ていうか最近帰った自分の地元でなにかおおきな災害がおこったとき、自分たちも近所の人も全員住めなくなっちゃうことを考えてみる。移住せざるを得ない状況に追い込まれること。離れたくないまちを離れなくちゃいけないこと。あのおじいちゃんも両親も、向かいに住んでる家族も、あの場所から移住するには相当なエネルギーがいることが簡単に想像できる。福島の富岡町の景色を思い出した。

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朝起きてごろごろしてたらおばあちゃんが訪ねてきて
「わたしら稲刈り行くんで、お昼まで帰ってこないです」
と言う。コシヒカリではない、収穫が早い種の稲刈りらしいけど、もうそんな時期かーと思った。しかもその時期の訪れを農家のおばちゃんから聞けるなんて贅沢だな。茨城県の常陸太田市にいるころ、田植えしたばかりの田んぼが奇麗だなあと思った記憶がある。いつのまにか収穫できるまでになってたのか。

お昼頃まで絵を描いたり日記を書いたりして、12時ごろに出発。国道8号線沿いに歩いて燕市の方を目指す。今日も暑い。すぐに汗をかく。歩きながら、これは僕の感覚を僕自身の側に取り戻していく活動だなと思う。僕の肌や耳や目を返せ返せ返せと思いながら歩いてた。なにが悪くて何が良いのかとか、道徳とか、正義とか、下手したら「疲れた」とか「楽しい」とかそういう感覚も社会によって刷り込まれたものだって考えることもできる。だから自分の無意識が一番こわい。僕は僕の生活を送ることによって生まれる疲れならいくらでも我慢できるし、自分が自分に下した命令なら素直に応じることが出来る。

8号線はうるさいので川沿いを歩いてたら、黒い日産のキューブが前に停まって中から良い感じにガサツそうな兄ちゃんがでてきた
「なにやってんすか?!」
って感じのテンション高めで絡んできたので色々説明してたら
「アツいっす!村上さんアツいっす!」
って感じになったので
「今夜の敷地を探してるんですけど、家の敷地とか貸してもらえませんか?」
って聞いたら
「うーん。うちはちょっとなー。どっかあるかな…。もうちょっと歩くと、県央大橋っていう橋の下に広い公園があります。そこならいけると思いますよ。俺らもよく集まってスケボーしたりしてます。」
と言われた。
「とりあえずそこに向かってみます」
と言ったら
「着いたら電話ください!友達も呼ぶんで、今日は宴会しましょう!」
というノリになったのでこっちもなんか楽しくなって。
「あい!」
って感じで、今日は宴会になりそう。彼は何回も
「いやーアツい人会ったなー」
と一人でつぶやいていた。

夕方、その県央大橋に着いた。想像した通りの河川敷にある大きな公園って感じ。さっきの彼に電話したら車で来てくれた。
「風呂おごりますよ!」
ということで家をそこに置いて車で一緒にお風呂に行った。車の中でいろいろ話した。YASSANていうMCネームでフリースタイルのラップもやっているらしく、新潟大会で優勝した経験もあるらしい。僕はヤッサンと呼ぶことにした。絶対年上だと思ってたら、1つ年下だった。彼は僕のことを「アニキ」と呼ぶ。
「平日のこんなときに、とんでもない人と出会っちまったぜ。ラインで仲間に連絡したんすけど、もう呼び名が『村さん』になってますからね!」
と言ってた。とにかく気のいい兄ちゃんだ。実家が歴史のある食品店で、それを継ぐつもりらしい。見た目は赤いキャップ帽を被って髭をはやしてて、しかも口がわるい。近所に良い温泉があると教えてくれた通りすがりのおばあちゃんがいて、その温泉に向かってたんだけど道に迷ってしまって(というか彼は、行ったこともないその温泉に、何も調べずたどり着こうとしていた。もちろん無理だった)
「あのババアまじわけわかんねえこと言いやがって」
とか言う。
「いや、あのおばあさんは全然わるくないでしょ」
と僕が突っ込む。そんな口の悪さなんだけど、絵を描くのも好きだという彼のスケッチブックを見せてもらったら、実家の店のためにつくったロゴみたいな絵がたくさんあった。家のためにいろいろ試行錯誤して絵を描いてるみたい。えらいな。
「ホントは村上さんをうちに泊めたかったんすけど、実は昨日親父とケンカしちゃったんすよ。しょーもないケンカなんですけど。店から家に帰る時、家にいる父親におこわを持っていくように母親に頼まれて。でも返りにコンビニでヤンマガ立ち読みしてたらそのこと全部忘れちまって。家に帰って寝てて、二時間後母親が帰ってきて
『おこわどうした』
って言われて。それで思い出して
『忘れてたー』
っつって。
『なにやってんのよ。車の鍵はどこ?』
て言われて
『二階にある。めんどくせー』
っつったらそこで親父が
『めんどくせえじゃねえだろ!』
て怒ってきたんで
『なに切れてんだよ』
つって逆ギレして。しばらく睨み合いになって。そしたらおばあちゃんの
『速くご飯食べなさいよ』
っていう一言でひとまずおさまったっていう。おこわ事件すよ。そんなことがあったから、家に泊めたいんすけど、ちょっと無理なんす。」
と話してくれた。
「最初村上さん見たとき、24時間テレビ終わったことに気づいてない人がやってんじゃねえかって思って、もう48時間突入すっぞっ感じで」
と、さすがMCやってるだけあって話がうまいしずっと喋ってる。温泉いったあと彼の友達と合流してご飯を食べた。そのあと彼の行きつけのバーにも行った。1時くらいまで飲んでた。バーにはヤッさんの兄ちゃんもいた。その兄ちゃんがまた面白いというか、ヤッサンとのやりとりが漫才みたいですげー兄弟だなと思った。ヤッサンは
「今度一緒になんかやりましょう!」
と言ってくれた。燕市に最高のマイメンができた。夜は河川敷の公園に家を置いて寝た。これは許可をとったとは言いがたいけど。ヤッサン達と出会ったからオールオッケー。

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地元の駅を朝8時半に出る電車に乗った。新幹線で新潟まで帰る。駅のホームに、統一模擬試験の受 験票を握りしめて電車を待ってる女の子がいた。たたかう前って感じの顔立ち。彼女は電車の中では イスに座らないで窓際に立って古文の単語帳を開いてる。イスに座ると眠くなっちゃうもんな。僕も 高校生のとき同じ駅から試験会場に向かって、彼女と同じように窓際に立って単語帳を開いてた。な んでもないことだけど良いものを見た気がした。
久々に家族や親戚と話して、みんなのことを自然に 一人の人間として見ることがすこしできるようになった気がした。弟もこれから人生どうするかにつ いて悩んでいる模様。いとこのまーちゃんは
「もう仕事しながら生きていくしかないっていう覚悟は決まった」
と言ってた。みんなそれぞれの人生で、自分のふるまい方をみつけるのに忙しい。

新幹線は速い。日記かいてたらちょっと酔った。酔いをさますために外の景色を見な がら、行きのバスとおなじことを思った。このスピードのせいで見過ごしてしまうものがたくさんあ る。このスピードにのりながら、路上に咲くコスモスを愛でたり蛇の死体を見つけたりすることはで きない。さびれた温泉街をみつけたりすることもできない。そういうことをじっくり考える余裕も与 えられない。1時間半で新潟駅についちゃった。

お昼頃、新潟駅ちかくの友達の実家で自分の家と合流して、長岡方面へ歩き始める。暑い。でも新潟 は天気が変わりやすい。すぐに曇ったり雨が降り出したりする。15キロくらい歩いて「引越」とい う変わった地名の場所に着いた。近くに温泉旅館があったのでお風呂に入った。茶色いお湯で温度は 低め。もう今日はこの辺で敷地を借りようと思って「旅館だから厳しいだろうなあ」と思いつつ、そ こで敷地を借りられないか交渉したらやっぱりNG。
「それ、よく聞かれるんですけど同じ敷地に土建会社もあるもんですから。すいません。近くにトイ レも水もあるとても良い公園があるからそこなら大丈夫だと思います。聞かれたらよくそこを薦めて るんです」
って言ってた。公園はちょっとなあと思って、どうしようかなとうろうろしてたら神社を通りかかっ て、そこでたくさんのおじさん達が宴会をしてた。そのなかの若い人から
「なにしてんすかー!」
って呼び止められて
「酒飲めますか?いま祭やってんすよ。寄ってってくださいよ」
という感じであれよあれよというまに、僕は神社の中でたくさんのおじさんに囲まれながら紙コップ を持たされて瓶ビールを注がれてた。ほんの5分前までけっこう絶望的な気持ちで「今日の敷地どう しよう」なんて考えてたのに。毎度のことだけど、めまぐるしすぎる。一回実家に帰ったぶん、まだ 体がこのスピード感に慣れてない感じだった。おじちゃんたちはみんな酔っていて声がでかい。質問 が同時に3つくらい飛んできて、それに答えてるあいだにまた別の質問が飛んでくる。そんな感じで わいわいやって
「ホラ貝吹いてみろ」
と言われてやってみたらちょっと音が出て
「おおー!」
とかなって盛り上がったりしたんだけど、ある瞬間に突然みんなが片付けはじめて、あれよあれよと いう間に飲み物も食べ物も片付いて人がどんどん減っていった。なんの合図でみんなが片付けはじめ たのか全くわからなかった。僕を呼び止めた若い人が
「今日うちきていいよ」
と言ってくれたのでついていく。
「なんか突然みんな帰りだしましたけど」
って聞いたら
「一応村の長がいるんだ。なんか合図があったんだろうな」
って言ってた。彼の家は3世代で、彼の両親と奥さんと二人の子供がいた。突然現れた、家を担いでる僕をみて(しかももう日も暮れているので、相当怪しい感じに見えていたと思う。それでも)「な んだなんだすごいな」って感じでにこにこして迎えてくれた。出会ってまだ1時間くらいしか経って ないから、僕自身も処理が追いついてないのに、そこのおばあちゃんなんかすぐ
「離れに泊めるのね。敷き布団がないから持っていかなくちゃ」
といって準備しはじめた。すごい反射神経。
呼んでくれた彼が
「鳥食いにいこう」 と言って女友達(アニメオタクらしい)を一人呼んで、3人でご飯食べにいった。彼は旅人を見ると よく声をかける人らしい。好きな美術家などの話をしたとき、彼が
「その人たちはお金を稼ぎたくてやってるわけじゃないんだよな。俺なんか稼ぎのためにしか動けね えからな。なんのために生きてんだろうなあ」
って独り言を言ってたのが印象的。

今朝は実家にいたなんて信じられないな。

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自分が生まれ育った町なのに久しぶりに来ると目がまわる。やっぱり東京は超圧倒的な大きさの、他の地方都市なんか足下 にも及ばないくらいのメガシティだった。新潟で目を引く大きなビルがあって
「あれが新潟県庁だよ」
と教えてもらったサイズのビルがあちこちに建ちまくってる。そして空気に匂いがある。あんまり良いにおいじゃないと感 じだけど、十分くらいで慣れてしまった。

おじいちゃんの米寿祝いは、昔からお祝い事があると行く上野のお店で、村上家の他にいとこの家族と、父方のおばちゃん 夫婦が来ていた。久々に血縁の輪の中でご飯を食べたり話したり。幼い頃のことをたくさん思い出した。父方のおばちゃん 家族ととても仲が良くて、正月とかお盆になると必ずその家族が実家に遊びにきてた。いとこが二人いた。一泊か二泊かし て、車で彼らが帰るのを見送る時、明日からの元通りの日常に思いを馳せて、ものすごく絶望的な気持ちになったのをよく 覚えてる。いとこの一人にはもう子供がいて、その子が幼い頃のぼくに良く似てる。僕はここで生きてたんだなと、普通の ことを改めて思った。 その祝いの終わりがけに、おじいちゃんが挨拶をした。おばあちゃんが亡くなったとき、いつもは感情を全く表に出さない ようつとめてる感じのおじいちゃんが、とても悲しんでいたのをよく覚えてる。あれからだいぶたっていて、いまそのおじ いちゃんが88歳になろうとしている。挨拶の言葉の裏に、なんとなく背負っている孤独を感じた。またそのおじいちゃん は僕がやっている具体的なことはわかっていないと思うけど、体に気をつけて、自分の考えがあんまり偏りすぎないように 気をつけなさい、という鋭い言葉をもらう。父の挨拶もあった。自分にとって絶対的な存在ではなくて、一人の人間として の父親をみているような気がしてなんとなくさみしくなった。久しぶりに会ったってこともあるんだと思う。

お店から帰ってきて実家で話し込んでいるとき、いとこが「清掃員村上2」の映像を見て衝撃を受けたと言っていて、自分 の会社で働いていた人が別のライバル会社のスパイだったことがあるという話をしてくれた。僕の映像を自分の身の回りの 話に結びつけて話してくれたことが嬉しかった。僕はいつのまにか自分の制作活動や作品はこの家庭環境とか親戚関係と切 り離して考えていて、作品の話は通じないだろうと思い込んでたけどそんなことは全然なかった。その壁は自分で勝手に作 り出してた。これは大きな発見だ。

いとこの家族が帰る直前、実家の音楽室でぷち発表会が行われる。最初におばさんがピアノで2曲弾いて、いとこが1曲弾 こうとしたけどうまくいかず、そのあと僕の父親の伴奏で母親が歌を歌った。おじいちゃんがすっごい嬉しそうな顔をして それらを聴いてた。

午前中、新潟市西区にあるツルハシブックスってところに行ってみた。埼玉の田谷さんに導かれたお 店。置かれている本のラインナップも良いんだけど、面白いのは電気のついてない地下室があって、 懐中電灯で足下を照らしながら本を「発掘」できる。そこで見つけた本は1日1冊まで、格安で購入 できる。発掘した本の値段は本によって違うんじゃなくて、買う人の年齢によって変わる。オーナー さんは不在だったけど手紙を残してきた。

明日、祖父の米寿のお祝いがあるということで家を友達の実家に預けて体は東京に行く。久々の東 京。新潟から東京へは1時間に1本高速バスが出ていて、新潟駅から池袋まで300キロを5時間で いける。久々の長時間の高速移動。お昼2時に新潟駅からバスにのった。新潟駅で日本酒の飲み比べ をやってから行った。新潟はほんと日本酒がうまくて、そんで手軽に飲める。駅で飲み比べできるん だからすごい。

高速バスは意外と混んでいて空席は2つくらいしかなかった。田んぼがずーっと遠くまで見える。日 本の米はぜんぶここでつくってるんじゃないかってほどに、一面の田んぼ。東京は建物がずーっと遠 くまで見えるんだろう。100キロで移動してるのに、その実感がまったくない。外ではすごい風が 吹いて、いろんな細かいちりとかが高速でとびかっているはずなんだけど、あまりにもなめらかに移 動していく。これはやっぱりやばいような気がする。移動してる感覚がなさすぎる。5時間で東京に つく。そのぶん一瞬一瞬の負荷は大きいはずなんだけどその感触がない。肉体が移動していく感覚が 全くない。景色は移り変わっていくけど。この気持ち悪い感じはなんなんだろう。考えるほど堪え難 い。あと5時間もこれに乗ってないといけないのか。歩いたら数週間はかかるみちのりだ。このスピ ードのせいで見落とすものがたくさんあるということを知っているので、そのスピードに乗っている のが気持ち悪い。なんでこんなのに、歩くのよりも多くお金を払わないといけないんだ。速く行ける 乗り物ほど安くするべきだ。これは苦痛でしかない。たまに道路の段差で車体ががたがた揺れるのが 救いだ。酔っぱらわないと乗ってられない。

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僕は箱を持ち歩いてるけど、敷地は持ち歩くことができない。土を削ってそれを持ち歩いても敷地を持ち歩いてることになら ない。面白い。

藤塚浜のパラディソを朝8時ごろ出発して30キロくらい西にある友達の実家を目指す。僕が新潟市 を通るタイミングで実家に帰るから、いろいろ話そうって言ってくれた人。始めは雨が降ってたけ ど、午後になって晴れてきた。道は相変わらず歩道が少なくて同じ景色でつまらないけど、風がなく て雨が降ってないだけましだ。路上に汚い布切れが落ちてると思ったけどよく見たらなにかの動物の 死体だった。タヌキかなんかだと思う。布切れだなんて思ってしまってすいません。

お昼過ぎ、河原に家を置いて休んでいたら近くに車が停まって、中から派手な服装で金髪のおばちゃ んが出てきた。
「なんなのこれ。さっき歩いてるの見かけて、写真撮らなきゃと思ってiPadもってきたのよ。でもロ シア人だったらどうしようかと思って。写真とっていいかしら」
とテンション高めに話しかけてきた。このあたりは貿易業がさかんでロシア人がたくさん住んでいる らしい。彼女は動画を撮りながらぼくにいろいろと質問をしてきた。僕はこの生活を始めて5ヶ月た ったこととか、東京から始めたこととかいろいろ話した。そしたら彼女が
「ちょっと失礼だからやめよう」
と言って動画を撮るのをやめた。嬉しい。反射神経の良い人だなと思った。 「なんか足りないもんある!?」
と聞いてきたので
「特にありません」
と答えたら
「なんかないの。軍資金は?ちょっと失礼だけどお金渡してもいい?」
と言う。失礼だけどお金渡してもいいかなんて言われたの初めてだ。でもその「お金渡すことが失礼 だけど」っていう感覚を持ってる人で嬉しかった。「それでも渡したい」って言うんだからやっぱり 反射神経がいい人だなと思った。笑っちゃった。
「じゃあください」
と言ったら、彼女は財布からお金を出して
「じゃあこれ。がんばってね」
と言って渡してきた。2万円だった。
「いやこんないらないですよ」
と言ったら
「いいのいいのいいの」
と言ってもう車に戻っていった。僕は自分の名前とかウェブサイトとか連絡先を紙に書いて渡そうと おもってリュックをごそごそしていたら、彼女は
「なんか勇気もらったわ。ありがとう」
といって車でさっさと走り去っていった。名前も聞けなかった。

5時半頃、友達の実家に到着。その家は父親と母親とおばあちゃんと年寄りのワンコの3人と1匹で 住んでる家。加えて今日は友達も東京から帰ってきてる。みんなとても暖かく、そんで面白がって迎 えてくれた。おばあちゃんの髪の毛が紫色だ。亡くなったおじいちゃんは絵を描く人で、おばあちゃ んは書をやる人みたい。孫が幼い頃に描いて何かのコンクールで特賞をとった絵を楽しそうに見せて くれた。その孫である友達はとても恥ずかしがっている。いいな。 「なんか、実家に友達連れてきたって感じだね」
と言ってた。おばあちゃんが笑って
「生きてるあいだにこんな人に会えて良かったわ」
と言ってくれた。

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朝、PARADISOの店内で目覚めてぼーっとしていたら。男の子が二人現れた。兄弟らしい。
「デュクシ!」
という擬音を発し、兄が弟にむかってパンチしていた。ああ、その擬音語なつかしいな。僕はわかるけど。なんでわかるんだろう。日本語圏じゃない人が聞いたらなんのこっちゃって感じの擬音だ。千葉からケータリングに来ている人の子供らしい。この店の2階はオーナーの別荘的なプライベートルームになっている。昨晩は結構な人数に人たちが2階で宴会をしていた。

いまそのオーナーが来ているらしい。昨日僕が話した人はオーナーじゃなくて店長だった。ここのオーナーはこの店以外に20軒ちかくの店を持っていて、波に乗るためにサーフボードをもって世界中まわってる人。
そこに来ていた僕より1つ年上のスケーターのにいちゃんがいろいろ話してくれた。そのオーナーの友達で60カ国以上を旅している人もいま来ていて
「その人はヤバいです。斜め上をいっててやばいです。」
と言っていた。別の人から40代後半で「エンドレスサマー」をテーマに車とか家とか電話とか全部売り払って解約して、サーフボードとパスポートで世界中を数年まわりつづけてる人の話も聞いた。いろんな人がいるなあ。ここにいると「自由」という言葉をよく聞く。自由と健康とお金を手に入れて世界中をサーフボードと一緒にまわりたいって人がいた。すてきだ。それが自由なのかどうかはわからないけれど。

店長が
「今日は雨だから明日出発にしなよ」
と言ってくれたので、今日は動かないことにした。家をお店の中にいれた。動かない日はたいてい踊りたくなる。だから砂浜におりて一人で踊った。夕方、日の沈む直前から沈んだ直後にかけて。僕の他に、その広い砂浜には誰もいなかった。恋のダイナマイトダンスという曲を聞きながら砂浜で裸足で踊っていたら、足跡がどんどん残っていくのが面白くてますます踊った。踊っていると、何かいまこの現実の表層よりもずっとずっと奥深くにある何かにアクセスできる。遠い場所に自分を飛ばせる。たまには踊って、あの場所にアクセスしないとだめになっちゃう。砂浜でみんなで踊って、その踊った足跡を写真に残して家に飾りたい。

茨城でウランが検出されたニュースで、今まで歩いてきて「今日の線量」みたいな看板が普通にまちなかに立てられてて「ああ、これだけ普通になるとそういう感じになるよなあ」って思ったり、もうどう飛んでいてどこに溜まっているのか全然わかんないんだろうな。違和感とか危機感とか不安とか疑問とか、ずっと慣れないままだと生きていくのに不便だから。慣れちゃいけないことも慣れてしまうようにできてるんだけど。忘れたくないことも忘れてはいけないことも忘れるように脳みそができているんだけど。でも絶対に忘れてはいけないことも慣れちゃいけないこともあるはずで。そういうものがあることはわかっちゃいるんだが、忘れてしまうし、慣れてしまう。そんなもんなんだ。忘れたくないと強く思っても、この事態には慣れちゃいけないとどれだけ強く思っても。福島で出会った彼らはそれぞれの放射能との付き合い方をしていた。そういうものなんだそれが生き残る戦略なんだから。「慣れるな」とか「忘れるな」っていう言い方だとどうも地に足がついてない感じがするんだ。人は慣れてしまうっていうことを前提に考えないといけないんだ。だって忘れるし、慣れるようにできてるんだから。
「自分はどんな酷い事態にも慣れるし、おおきな震災も事故もぜんぶ忘れる」ってことをまず引き受けないといけないな。
その上で、慣れて忘れたとしても、考えることをやめないためには、「自分がその事態に慣れている」ということを意識しつづけるためには、やっぱり変わりつづけるしかない。いつもと違うズレを、いつもの日常の中に取り込みつづけるしかない。変化することを日常にすることで、いま自分がどういう状況にいるのかを考えるくせをつけないといけない。そうやって日常を終わらせていくしかない。その変化が日常に取り込まれる前に逃げる。それを繰り返すしかない。

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寝室を持ち歩いて、敷地を交渉することで毎日違う間取りの家で暮らしているって、これ建築家を名乗っていいじゃないか。僕は毎日設計をしているのでは。建築設計ができないと思っていた自分としてはこれは画期的な発見だ。いいじゃん。

海水浴場のベンチですこし昼寝して午前中に瀬波温泉を出発した。とりあえず海沿いを西へ歩く。ネットでこのあたりのことを調べていたら、なんか20キロくらい西に「越後の里親鸞聖人西方の湯」というディープな温泉があるらしい。黒くて強烈な匂いのする温泉で、一部では有名とのこと。ちょっと行ってみたいのでとりあえずそこを目指してみる。

梅雨かよ、って感じの雨がずーっと降っている。雨が降ると道草の葉っぱが明るい黄緑色になる。僕はこういう雨は寝袋が濡れるし靴も靴下も濡れるしで大嫌いだけど、彼らは雨が降ってくれてなんとなくうれしそうに見える。歩道にはカタツムリがたくさん出かけてきてる。ヒルも何匹か。ふまないように。草の上では雨の中ジョロウグモが自分の巣の上で何やら作業してる。車道では大きなダンプカーがたくさん走ってる。あと12時過ぎごろ、お昼休みで静まり返った工事現場でショベルカーの練習らしきことをしている男の人を見た。運転席に座って、右に回転したり左に回転したりちょっと走ってみたりしてる。みんな忙しそうだな。

ずーっと同じような、しかも歩道がない区間も多いつまらん道(雨がふっているから不機嫌になっている)をずーっと歩いて、4時頃、大きな親鸞聖人の像が見えた。「温泉」と書かれた看板も掲げられている。けど門はロープが通せんぼしていて、今は開館してないっぽい。残念。

そのまま西に歩いてたら、前に車が停まって中からサーファーって感じの格好でサーファーって感じの顔つきををした兄ちゃんが出てきた。
「なにやってんですか!のどかわいてませんか」
「のど、ちょっとかわいてます」
「お茶どうぞ」
と言って彼はポットを渡してくれた。
「敷地を借りながら移動生活をしてるんです」
「もしよかったら、今日良い敷地ありますよ」
「えーどこですか?」
「この先に藤塚浜ってのがあって、そこのサーフショップが知り合いなんですよ。パラディソっていう。そこなら泊まれると思います。」
「いきます」
という会話をして、藤塚浜に向かうことに。親鸞聖人像からさらに4キロくらい西。

夕方5時半ごろそこに着く。お店の見た目からして面白いオーナーがやってる店に違いないと思った。PARADISOというお店で、ベースは白い建物なんだけど壁中にいろんな人が描いたであろうペイントが施してある。あちこちに飾りで流木もつけられている。サーフショップとカフェが一体になってるお店。人が何人もいて、笑顔で迎えてくれた。いつの間にか空は晴れていた。

横に広くて白い砂の奇麗な砂浜の目の前にあるお店で。オーナーの阿部さんが
「日没前に着けてよかった。この時期は佐渡島に沈む夕日が見れるんですよ。今日は沖の方がガスってて島がみえないけど」
と言ってくれた。まさにいま夕日が沈もうとしてる。
このお店は阿部さんが古い建物を自分で改修したらしい。いろんな人が来て絵描いていったりしてる。つい最近、リアカーをひきながら愛知から岩手へ徒歩で旅していた絵描きの女の子が何泊かしていったらしい。僕が到着してすぐ
「リアカーをひいてる女の子と出会わなかったか」
と聞かれたから、結構強烈な思い出として残ってるんだろうなと思った。
店は今年で3回目の夏で、1年中やってる。
「冬は常連客しか来ないけどね」
って言ってたけど。

今日の敷地は海の家の中。トイレもシャワーも水場も徒歩1分未満のところにある。電源もある。蚊を気にしなくていいうえに、海の音が聞こえる。さいこう。

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いまは8月26日の朝8時。瀬波温泉海水浴場ってところの更衣室のベンチに座って昨日の日記を書く。正面におおきく海が 見える。とても涼しい。水平線の向こうまで曇っている。海と空の境界はぼんやりしてる。人はほとんど通らない。すこし雨 も降ってきた。今着ているシャツが最後で、洗濯しないと着替えがない。いま服を洗っても乾かないだろう。やっぱり昨日晴 れてるときに洗濯しておくべきだった。できるときにしておかないとだめだな。

昨日はお昼頃まで近くのあずまやでお昼寝した。やっぱりお風呂に入らないと疲れがとれない。今日は長距離を歩くのやめよ うと思って、7キロくらい南下したところにある瀬波温泉ってところを目的地にして歩きはじめた。歩いてたら、一昨日会って 道を教えてくれたり笹川流れの民宿マップをわざわざ持ってきてくれたりした優しい青年に再会した。僕と同い年だった。最近 3つめの仕事を辞めてこれからどうしようか悩んでいるらしい。どれも自分に合わないと感じたらしい。彼は
「やりたいことをみつけられなかったんですよ」
と言ってた。僕も自分がやりたいこととか好きなことは未だに見つけられないけどやりたくないことはたくさんある。ってい うような話をした。やりたいことを見つけろとか、好きなことを仕事にしろっていう言い方やそれが正義みたいな見方は嫌 い。それは暴力だ。真面目に生きろとか人に優しくしろとかってのも暴力だと思う。人に優しくしてもしなくてもいいし、真 面目に生きても生きなくてもいいし、好きなことを仕事にしなくてもいいしやりたいことは見つからなくてもいいし、やりた くないことはやらなくていいし、嫌いな物食わされたら吐いてもいいし、人に頼ってもいい。 思ってもできないこともあるからややこしい。
「仕事して生きていかなくちゃいけないのってめんどくさいよね~。宝くじ当たれって思うよね」
って話もした。僕たちは生まれた時点で理不尽の中に投げ込まれているので、がんばらなくていい。死んだらみんな同じだ。 死んだらみんな同じところにいく。そんなの我慢できないので自殺はしたくない。生き続けるだけで違うところに居続けられ る。生きつづけるってだけで大変な大仕事で、運動し続けないとすぐ死んじゃう。呼吸をしつづけないと死ぬし、ご飯を食べ 続けないと死ぬし、寝ないと死ぬし、事故でも死ぬ。病気しても怪我しても死ぬ。やりたくないことを拒否できなくて自殺し ちゃうこともある。僕はいま洗濯しないと着替えがないけど、服を洗わないでずーっと着続けるだけで、衛生的に良くなくて 死ぬらしい。さらにめんどくさいことにこれら全てのことにお金がかかる。お金がかからないのは呼吸することくらいで、 寝るのにもご飯を食べるのにも、病気をなおすのにも洗濯するのにもお金がかかる。死ぬのにお金がかかることがある。死んだら死につづける必要ないのに、生きるには生き続けないといけない。大 仕事だほんとに。お金を稼いでる人も稼いでない人もどっちも忙しい。彼も忙しそうだ。昨日も忙しかっただろうし、明日も 忙しいだろう。おつかれさまです。

お昼過ぎに瀬波温泉につく。海水浴場もすぐ近くにある、大きな温泉街だった。お盆は賑わっていたんだろうけど、いまは人 もすくない。少ないけどそれなりにお客さんもいる。でも十和田湖周辺みたいに潰れたホテルの廃墟が目立つってことはない けど、なんとなく観光客も人口も減ってるんだろうなって雰囲気はある。それが普通で当たり前のことだ。まちのいたるとこ ろに煙突があって、白い煙がもくもくしている。龍泉という銭湯でお風呂に入った。露天風呂が3種類もあった。お風呂から でてロビーのベンチに座ってたら女性に
「違ってたらすいません。村上さんですか?」
と話しかけられた。びっくりした。彼女は、僕の家が銭湯の前に置いてあることにも気がついてなかった。いま僕が村上市に いるってことだけ知っていて、それで僕の顔だか服だかを見て話かけてきた。嬉しかったけど、「うわあ油断できないな」と も思った。聖籠町というところのぶどうを食べてみてと薦められた。
そこで敷地の交渉をしてオッケーをもらった。今日の敷地は温泉の駐車場だ。間取りは、トイレ(コンビニ)までは徒歩9
分、お風呂(ただし9時~21時)までは徒歩10秒、台所(海水浴場)までは徒歩10分て感じ。今日から間取り図を書いていこうと思う。

夜、台所兼海水浴場を散歩した。とても暗い。海は見えないけど、波が立ったところが白くなるので、白い線が生まれては消 えていくのがみえる。砂浜で花火をしている若い男女のグループがいる。海の家の跡地(単管で組まれた屋根だけの大きな空 間)がたくさんあった。夏の終わりって感じがしてすこし寂しい。そのなかにひとつだけ、電気がついてるところがあって、言 ってみたら中で黒いタンクトップを着た人が寝転がってテレビをみていた。壁が一切無いので、僕が歩いてる波打ち際から丸 見えだった。彼の生活を劇場でみているような気持ちがした。
夜、寝室(家)に帰ってきて窓を閉めようとしたら、手にぬるっとしたものがあたってびっくりした。ナメクジだった。あと 屋根の上にはアマガエルがいる。中に入ってきて、寝返りうって潰したりしたら嫌だなと思って追い払った。昨日はコオロギ の子供がやたらたくさん家の中に入ってきて、たまに顔にジャンプしてきたり。いつもアリの行列の通り道には家を置かない ようにしているけど、その他の虫達がはいってくるのはどうしようもない。

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旅っていう言葉が嫌いなんじゃなくて、自分の旅っていう言葉の理解のしかたが嫌なのかもしれな い。旅と聞くと、過渡期的で未成熟な状態を連想してしまいがちで、生きる目的探しとか自分探しと 結びつけて語られがちだけど、本来は旅って目的そのものなんじゃないかと思った。何かを探すため にやるものなんじゃなくて。だからみんな老後にキャンピングカーを買ってあちこちいったりするの では?意外と仕事をする理由って、旅をするためだったりするのでは?他にやるべきことって意外と 思いつかないのでは?

朝、塩屋を出発しようとしたらランニングウェアを着た「走るアホ」を名乗るおっちゃん3人組に出会う。自分が喋る順番を待つのに精一杯って雰囲気の元気のいい人たち。
「歩く家で検索したら僕の日記とか出てくるので良かったら見てください」
と言ったら
「ああ、やっぱ歩きなんだ!走りはしないんだ!」
と言われた。さすが走るアホを名乗ってるだけある。そんなこと初めて言われた。

ここは村上市ってとこだ。僕の名字と同じだ。海沿いを歩いていくと、数キロごとに海水浴場があ る。日曜日で天気もいいので、どの海にも人がたくさんいて、泳いだりバーベキューをしたりしてい る。歩道を歩いていたら、前から海パン一丁の兄ちゃんが近づいてきて 「あ、ネットで見たことあります!休憩していきませんか。そこの海の家が知り合いなんです」 と話しかけられて、海の家で一息つかせてもらった。
「ハンドルついてるわけじゃねえんだろ」
といわれ、ビールを渡されたので飲んだ。他に5、6人いた。毎年このシーズンになるとここに集ま るメンバーらしい。
夕方、野潟海水浴場のそばの、のがたキャンプ場というところに着く。近くでバーベキューしていた 家族から
「もうお盆終わったらキャンプ場も商店も人いなくなっちゃうから。勝手に泊まっていいと思う よ。」
と言われる。彼らは新潟市在住らしく、僕の活動を面白がってくれた。「もう火消しちゃったんだけ ど、、」と言って、ウインナー二袋と飲み物とゼリーをくれた。タバコもくれた。そして
「来週末、ここから50キロぐらい西にある浜辺で同じメンバーでバーベキューしてるから。よかっ たら来てな!」
と言われた。

今日の敷地はキャンプ場だ。最寄りのトイレまでは徒歩2分、最寄りのお風呂までは8キロって感じの間取りだな。今日はお風呂は入れないなあ。ていうか、これって「間取り」なんじゃないか?
僕は家というより、寝室を持ち歩いてるだけで他のトイレはお風呂っていう機能はまちの中にある。
あの寝室を置いた周囲数キロが僕の家になる、って考えた方がいいんじゃないか?そう考えるととても楽しい。敷地が決まった時の「これから何しよう。お風呂か、ご飯か?」っていう高揚感の正体はこれか。あの発泡スチロールの寝室を置いたまわりに間取りが展開されていく感じ。例えば昨日はテレビがあったし、お風呂までは電車を使えば行けた。今日はトイレはあるけど、お風呂までは電車をつかっても1時間くらいかかる。毎日毎日違う家に生きている感じだ。

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