愛知県芸術劇場主催の「AAF演出集中キャンプ」にて、ナビゲーターの萩原雄太(かもめマシーン)さんに招いていただきゲスト講師として2時間のレクチャー&ワークをやってきた。けっこう手応えがあり、参加者からも満足度かなり高いです、という感想をもらった。行ったことを書いておく。
①まず僕が自分の作品や制作について説明する際にたびたび使っている装置と現場の図を用いて自分たちを取り巻いている環境についての話をする。


私たちは体を持った存在で、その体が話したり食べたりするといった実際の行為は「現場」という領域に属している。そこでの行為は、言語(日本語を話すということや、敬語で話すということなど)や慣習(服を着ているということや、参加者が黙って私の話を聞くことなど)など、目には見えないがとても強い力によって"作られて"いる。この力が属している領域を「装置」と呼ぶ。
現場と装置は「つくる」「つくられる」の関係があり、装置の側が私たちの行為をつくっているだけでなく、私たちもそれに従うことによって装置の力を強化しているし、または時折その力に逆らったり、合意のもとでルールを変えたりすることによって、装置をつくることができる。
その装置と現場の間に、私が「亜空間」と呼んでいる不思議な時空間が出現することがある。
例えば
車がなどまったく通る気配のない横断歩道で、信号が変わるまで待ってしまう時間」
「運転教習の座学の際に過ごす謎の時間(自動車免許取得のために教習所で受けなければならない座学の時間がルールとして決まっているので、教官は時間を潰さなければならず、生徒もそれを眠るのを我慢して聞かなければならない)」
「風呂の追い焚きボタンを押してから、 「お風呂が沸きました」という音声案内が流れるまでの時間
制作においては、この亜空間を見つけることや作り出すことが大事、という話。
②この図をもとに、私のこれまでの作品を説明する。特に大切なのは「広告看板の家」プロジェクトと「イメージと正体の調査員」としての活動である。
(看板というものの役割は情報の提示なので、ほんとうは物体である必要はない。ファミリーマートの看板は、そこがファミリーマートであることがわかればよいので、ロゴだけが空中に浮かんでいればいいはずなのだが、この世界に存在する以上は体を持たなければならず、結果として箱という形が与えられる。装置が力をもつためには現場の体が必要、という話。邪魔な体。イメージと正体の調査活動は、装置と現場の関係を、それぞれ「イメージ」と「正体」というかたちで端的に表している)
これらを踏まえた上で言葉の話をする。私たちは普段、文を読むときに声に出して読むことはしない。それは『ヴァレリー 芸術と身体の哲学』(伊藤亜沙)の中でのヴァレリーの主張によると、"もはや私たちは言葉を読んではおらず、眺めている"。声は空気の振動なので明らかに「現場」の側に属しているが、言葉はそうではない。印刷技術が普及し、皆が言葉を黙読するようになってから、言葉は眺められるだけのイメージと化してしまった。
③私が普段から収集している店舗チラシやお菓子のパッケージなどを見せる。この中に使われている言葉(例えば「軽快! サマーボトムス」「ハイセンスなデザイン」など)は人の目を引いて購買意欲を掻き立てたり、感情を煽ったりする役割を担っている。いわば資本主義という装置の力をまとっている。
④その力を無効化させる(あるいは言葉をイメージから「剥がす」)ためのワークを行う。まずは書き初めをする。机に広げたチラシやパッケージ、新聞のなかから好きなフレーズを選び、筆で半紙に書いていく。書いたら、順番に読み上げる。

⑤次に机を片付け、輪になって軽く運動をしながら、自分が選んだ言葉を順番に発語していく。まわりの人たちはそれを輪唱する。1周目は屈伸をしたり腕を左右に振ったりといった、準備体操のような動きをしながら。2周目は、両手を前に出してぶらぶらさせてみたり、すこし普段はやらないような動きをしながら。
3周目にはその場で上下に飛びながら発語したり。疲れてくるので、だんだん声が大きくなったりする。4周目は各自ばらばらに動いたりしつつ、もっと大きな声で、棒読みを心がけて発語する。
⑥5周目。その場に座って部屋の電気を消し、暗闇のなかで全員が目をつぶり、自分が選んだ言葉を発語する準備をしっかり整えてから、ひとりずつ発語する。いくら時間をかけても構わない。輪唱はせず、他人が発した言葉をちゃんと聞くことに専念する。6周目は言葉を変えてみる。自分の前の人が発した言葉を使う。7周目は発語もしない。ひとりずつ順番に、自分が選んだ言葉だけを考えるようにして、頭の中で強くイメージしたり、何度も(心のなかで)叫んだりして、満足したら次の人の肩を叩く。周りのひとたちは、その人をしっかりと観察する。
⑦最後に「発表」の時間。電気をつけて、一人ずつ立ち上がり、自分の言葉を発語する(終わったら一礼してもよかったかも)。まわりのひとたちは拍手をする。
という流れ。こういった行為を通じて装置と現場の間に隠れている「亜空間」を呼び込んでいく、というワーク。

スマホをいじることは強い快楽を伴う。電車にのればわかるように、人は特に一人になったら、スマホをいじりたいという強い誘惑に逆らえない。時には友人や家族や恋人と一緒のときも。スマホをいじるよりも強い快楽の時間、会話を、共に作り出せる相手を見つけられるか、それを保ち続けることができるか、あるいはおたがいをそういう存在につくりあげることかできるか。それが問題だ。ジャルジャルの「綺麗事言わない画家のやつ」というコントは、スマホをいじることはどこか後ろめたくて汚いことだという暗黙の認識が僕たちの間にあるから成り立っている。

筑波大学の一の矢共用棟の下見の 帰りに 池袋のジュンク堂に来てジル クレマン の動いている庭を買う。閉店するらしいが、そんな空気は全く感じない大量の新入荷本とバイト募集の張り紙。つくばと 北千住でそれぞれ書店によって見たけど 在庫なしでようやく 池袋のジュンク堂本店で手に入れたジルクレマン。せっかく一人で東京にいるので 酒を飲みながらこの買ったばかりの本を読んでみようと思いパブに来てみた。隣の大学生ぐらいの年齢とおぼしき 男女が話す声が耳に入ってくる。
ADHD って今 みんな 言ってるじゃん ADHD 白黒つける感じじゃん 病名っぽいし。俺は逆張り しちゃうから みんなが ADHD って言ってるのを天然って呼ぶようにしている。天然だとあいまいじゃん。だから 昔 みんなが使ってた天然っていう言葉が今いいと思ってる。今は白黒つける時代だから。的なことを男が女に話している。他にも女の話で人と1回目に会う時は話すことがあるからいいんだけど といったところで男が2回目はむずいよね わかるわ と口を挟んだ。女は2回目もまだいいんだけど3回目がやばい と言っていた。男はそれに対してもわかるわーと言っていた。
普段自分の周りでは聞かない 言葉使いをしているのも面白い。ガチという言葉を 男も女も多用している。 男は「お察しー!」という決め台詞も使っていた。
帰りの池袋駅改札、キセルの補助員として使われた。後ろの人が不自然に近いなと思ってすぐにキセルだと気がついた。昔の自分を思い出したが、その男は少なくとも30代以上に見えた。

3日の夜、母親と電話をしたときに、実家の猫イブが息を引き取ったという報せを受けた。2日の朝8時52分?に旅立ったという。お正月で、めでたい話でもないので、この報せは次に僕が実家に帰った時にでも話そうと思っていたという。
前日の夜から調子が悪くなり、家族3人で夜通しじっと見守った上でのことだったと聞いて、ほっとした。僕と涼ちゃんは、年末に会えていたので、最後に会えてよかったとも思った(僕たちが実家を出た翌日30日から体調が崩れていったという。猫はわかっていたのかもしれない)。ここ数ヶ月、あまり食べ物も食べず、骨と皮だけのような風貌でずっと頑張って生きていたので、最初に出てきた感想は
「よく頑張ったな」だった。(ほぼ同じころ、僕の車ファントムもエンジンがかからなくなり、さきほど車屋さんに見てもらったら、詳しく点検しないとわからないけど、エンジンがもうダメかもしれないと言われた。先月は電動丸鋸も故障した。僕のまわりで僕を支えてくれたいろいろなものたちにガタがきている。そういう時期なのかもしれない)

さて、僕と涼ちゃんはこの報せを受ける前の2日に、イブの話をしていた。「イブはがんばってるよねえ」と。そのとき、現実世界においてはイブはもうこの世にいなかった、ということになる。でも、僕と涼ちゃんがイブの話をしていたとき、僕の中にはたしかに、実家のこたつのなかで寝ているイブの光景が浮かんでいた。いまこの瞬間の、すこし離れた場所の光景として。つまり、報せを受けるまではイブは生きていた。僕においては、報せを受けた瞬間がイブが死んだ瞬間であり、涼ちゃんにおいては、僕からこの話を聞いた瞬間がイブが死んだ瞬間である。
情報は知らされた時に、もしくは気がついた時にはじめて現実のものになる。親しい人が亡くなったとき、思い出と現実というふたつの平行世界が現在という点で交わり、小説におけるマジックリアリズムのような、いるのにいない、いないけどいる気がしてしまう、という状態がやってくる。
しばらく会っていないけど大事な人と、しばらく会っていないうえ、すでにこの世にいない人。このふたつのありかたはまったく違うはずだが、離れて暮らす身としては、これらはかなり近い。遠くにいるひとのことを思い浮かべることと、すでに死んでいる人のことを思い浮かべることは、とても似たしかたで行われる。つまり、なにかここにいない存在を想うことにおいて(愛と言ってしまってもいいかもしれない)、現実にその存在がこの世にいるかどうかはあまり問題ではない可能性がある。逆に言えば、この世のすべての人間を「あいつはまだ生きている」と思わせることができれば、人は永遠に死なないのではないか。たとえば河原温は、このことに気がついたのではないか。
上記のことを踏まえれば、SNSなどで、実際にそれが起きた日とは別の日に、その出来事を投稿することで「タイムマシン」が作れる。つまり投稿者本人以外の全ての人に、そのSNS上での出来事の日付を信じ込ませることができれば。

集団で教科書のようなものを開いて勉強してる。そこは教育機関というよりは寺子屋的な、人々が自主的に集まって社会に対する批判的な眼差しを鍛えているような、そんな雰囲気の場所。そこで、分厚い本の後半のページを開いてみんなで読んでるのだけど、そこに書かれている箇条書きで4つほどの文を書き換えたり?入れ替えたり?する、という作業をしている。涼ちゃんも隣にいた。近くの生徒から、あるページの文章でそれをやるようにいわれたのだけど、僕は「この文章じたいが成り立っていないと思う。僕はこの文章が嫌いだ。こういう感じで書けばアートを知ってる人っぽくなるでしょ、という考えが透けて見える。こういう文は大嫌いだ」と、急に、でも静かに怒り出す、という初夢。涼ちゃんも僕の意見に同意するような相槌を打っていた。

SAGOSAIDと知らない男の人と3人で道を歩いていて、靴屋の前でSAGOSAIDが「靴と靴下買ったほうがいいよ」と言って店の棚からスニーカーやら革靴やらをどんどん持ってきて私の前に並べ、私はそのなかからひとつを選んで買った(白いコンバースみたいだった)、という夢

・最初は学園生活のような日々を送っていた気がする。階段の下に誰かが火を使って、人型が自分を鼓舞するように拳を上げている落書きをしたことで問題になる、という事件が起きた。私もその現場に行った。煙の匂いがした。
・後にも登場するが、名前がMで始まる中年の男(正確な名前は忘れた。以後Mさんと呼ぶ)と道を歩いていたら、見るからにヤクザが乗っていそうな黒塗りの大きなセダンが空き地みたいなところに突入してきた。すぐにパトカーが何台も入ってきて、あっという間に空き地の中は警官でいっぱいになり、セダンに向かって一斉に発砲した。私たち通行人は頭を下げてその場から離れようとした。もう一台黒塗りのセダンが入ってきて、それから見るからに特殊部隊が入っていそうな白い車も続々と突入していた。やがてあたり一体に白いガスが充満し、私たち通行人は全身防護服を着た特殊部隊が路上にばら撒いたガスマスクを慌てて装着する。私はMさんにマスクを渡し、私も被ろうとしたが小さくて入らなかった。よく見るとマスクにはS・L・LLなどサイズが書かれていて、私がつかんだのはSだった。Lサイズを探して無事装着する。
やがて正義の味方かと思っていた特殊部隊が怪しい動きを始める。(うろ覚えだけど)でかい掃除機のようなものをふりまわして私たちを吸い込もうとしてくる。私はそれに吸い込まれてしまう。
気がつくと私もMさんも、白くて狭くて暗い無機質な部屋にいる。だがすぐに外に放出される。
そのとき、私は「トロン」(あるいは「トロス」)と呼ばれる階級の奴隷(あるいはロボット?)になっている。(ちなみに階級はふたつあり、呼び名は忘れてしまったが、トロンよりもさらに知能的に劣っているとされている、単純作業しかできないようなレベルのそれがもうひとつ)
・その社会は実はかなり独裁主義的な管理社会で、街の至るところに身分をチェックするための白い検問所があるし、私を吸い込んだでかい掃除機を持っている特殊部隊も時々街中でそれを振り回している。しかし市民はしたたかにというべきか、それなりに笑ったりもしながら暮らしている。

(この後に起きたことがすごいのだが、あまりにも長くてディティールを忘れてしまった)

・私はその後、ふたつのコミュニティ(あるいは家族?)での暮らしを経験するが、どちらからも最終的に離れることになる。ふたつとも地下組織というか、この管理社会に抗いながら生きている人たちで、若い人も老人も子供もいた。ひとつめに入ったコミュニティでは涼ちゃんがパートナーとしてでてきたが微妙に関係がギクシャクしていて、周囲の人に「新しい朝ドラがすごく面白いんだけど、知ってる?」と、私が知らないドラマの話をしていて、私はそんなものを見ていることをまったく聞いてなかったのでやきもちを焼き、後で涼ちゃんに「つまりNHKオンデマンドに入り直したってこと? そういうの、ちゃんと教えてくれないと」と不満を言ったりしていた。
・私はそこで暮らしている時に路上で例の掃除機に捕まり、また別のところに放り出された。次に入ったコミュニティでは、学生時代に付き合っていたNさんがでてきた。そこには例の中年男性のMさんもいた。ほかにもたくさん人がいた気がするけど忘れてしまった。
(Mさんには色々な賞をもらった過去があった。スポーツや文化ではなく、なにか、善良な市民活動に与えられるような賞だった)
・そのコミュニティも何かのきっかけで離れざるを得なくなり、気がつくとまた知らない路上にいる。そこはヨーロッパのどこかの地方都市みたいな街並みで、清潔に整備された川が流れていて、街路樹が等間隔に植えられている。私はその街からNさんに電話をかける。といっても携帯電話ではなく、地下の、暗くて狭い映画館みたいな部屋で、スクリーンがあり、なぜか大学時代の友人が何人かいるところから通話をする。スクリーンには相手の顔は表示できなくて、文字情報などは表示できるようだった。電話をかけたときには、すでにコミュニティを離れてから月日が経っていた。もしかしたら、あの掃除機に吸い込まれると時空が歪むのかもしれない、と思った。NさんはMさんとパートナーになっていた。「わたし、誰と一緒になったと思う?」と聞かれたので「Mさん?」と答えたら正解だった。Nさんいわく、Mさんの過去の表彰は現代では全て「反政府的」とみなされる行為だったので、捕まりかけたりして大変だった、とのことだった。「あいつ、いろいろやっちゃってるんだよ」と楽しそうに話していた。私は幸せになってくださいと言って電話を切った。電話を切ったあと胸が熱くなった。
・通話の直前、大学の友人たちが私を茶化すようなことを言ってきて、そういうのは失礼だからやめてくれ。いますぐにここから出ていってくれ、とお願いしたらみんな出ていってくれた。
・終盤、どこかで出会った、なにかの研究者らしき年配の女性(Aさんとする)と、一緒に検問所を通る。
検問所を通る直前、私は自分がしていた星型の指輪を、こんなものをトロンがしていたら不自然だから、という理由で彼女にさりげなく預けようとする。彼女は受け取り損ね、地面に落としてしまう。「オウ!」と彼女は声を出し、私は検問所の女に不審に思われるかと冷や汗をかいたが、Aさんは位が高くて、どうも政府から信用されている研究者らしく、検問所のひとたちも「この方が後ろめたいことをやっているはずがない」と思い込んでいるので、なにも不審がることはなく、にこやかに対応していた。
・「何か聞かれたら『トロン』と答えればいいから」と私は事前にAさんから言われていたのだが、検問所の女が私に質問したことに気が付かず、一瞬だけ無言になってしまった。不穏な空気が流れたが、私があわてて「トロン」とだけ口にすると、検問所の女は、「オウ、トロン!」と、英語みたいな発音で答え、Aさんに向かって「この子、のんびりやさんね」みたいなニュアンスの笑みを向けていた。

という夢。
おもしろいディティールの大半は失われてしまった気がするが、覚めた瞬間、これは記録しておかなければならないやつだと確信するような、はっきりと物語があり、感情の起伏があり、伏線回収まで用意された夢だった。

新瀬戸駅近くの新瀬戸ステーションホテルという、昭和のレガシー的ビジネスホテルにいる。今日から二泊。あいちトリエンナーレの仕事。
普段は悪い気分にしかならない電車移動だけど、今日は珍しくいいことがふたつもあった。ひとつめは東京駅の弁当屋の若い店員の客捌き。欲しい弁当の番号を伝えた瞬間から、この店員は一味違うぞ、と思った。たとえば私はパスモで支払ったのだけど、カードを端末にタッチしてピッという音が鳴った瞬間(正確になんと言ったかは忘れてしまったけど)「承りました」的なことを言ってくれた。それも素早く、しかしまったく失礼とは感じない誠実かつ正確な発音で。これまで何百回もパスモで買い物をしてきたけど、「承りました」と言われたのは初めてだ。そのほかにもお弁当をビニール袋に入れるときの、一見大袈裟な、しかしとても魅力的な手の動きは、クラシックなバーのバーテンダーのそれを思い起こさせた。まるで自分を機械だと信じているかのような、これまでに何度も何度も反復してきたであろうことを彷彿とさせるような弁当箱捌きや、「ご一緒に飲み物のご注文はよろしいですか」と尋ねるときの、レジカウンターに貼られたドリンク一覧を指さす動き。ロボットみたいなのに、すごく人間であることを感じさせる。彼はきっと、この仕事を続けるなかで独自の「ダンス」を編み出したのだと思う。他の店員の誰にも似ていなくて、その場を1分間だけ劇場に変えてしまうような、見ていてとても気分のよい客捌き。
もうひとつは、そのお弁当を持って新幹線に乗った時のこと。後ろに座っていたスーツ姿のおじさんを振り返って「席をすこしだけ倒していいですか」とお願いしたらすぐに、それまで若干難しい顔をしていたおじさんがパッと恵比寿様みたいな笑顔になって「どうぞ、どうぞ」と言ってくれたこと。驚いたのはこういうときにぶつけられがちな(そして自分もやってしまいがちな)「席を倒すことを俺が許してやる」的な、いやな言い方ではなくむしろ「ぜひそうしてください」的な、席を倒す側の人間の背中を押すような言い方だったこと。親しい人以外から、こんなに気持ちの良い「どうぞ、どうぞ」を聞いたのは初めてである。

今日もまいこさんの歌う「糸」が聞こえるペンション・クルーズ。谷内さん一家、谷野さん、それと今日初めて会ったやぐちさん。私が発泡スチロールの家とともに訪ねた、そのたった1日の出来事を、4年経ったいまでも笑って話している。すべてを飛び越えて繋がった人たち、という感じ。美術は時々こういう奇跡を起こす。場所とか職業とか年齢とか、あらかじめ私たちの間にそびえてしまっている壁のすべてを飛び越えてわたしたちをつなげてしまう。

2024年1月1日の能登半島地震後の現地レポートをここに上げておきます

友達の実家が森の中にあるログハウスの宿で、そこで提供される、近所でとれたきのこのスープとか庭で育てた野菜のサラダやハーブなどを使った夕食と朝食がものすごく美味しくて彩り豊かでおしゃれなので、その友達につい「丁寧な暮らし」で育てられたことが想像できる、みたいなことを言ってしまった。そしたら友達は「丁寧というよりも、ワイルドかな」と言っていて、ハッとした。丁寧さとワイルドさは、一見正反対のように見えるけど、言われてみるとたしかに紙一重というか、すごく近いかもしれない。二つの円が重なるベン図のように、重なる領域というものがある。その友達は「小さい時は森の中を走り回って遊んでいた」と言っているし、夕食で出されるきのこは森を歩いて採ってきているものだし、「野菜を育てている」というのも、「丁寧」と見ることもできるけど、一方ではすごく野生的な営みでもある。現代的ではない営み、と言ってもよい。私たちもときどき、友達が長野の家に泊まりにきているときなんかに、庭でとれたじゃがいもを調理して出したりすると「丁寧な暮らしだ」と言われたりするけどちょっと違和感があるのは、丁寧という言葉にどこか、現代的な暮らしの究極形態みたいなニュアンスを感じてしまっているからかもしれない。実は「丁寧」という言葉のイメージと正体はすごく離れてるんじゃないか。
今日も庭ででかいかぼちゃがひとつとれたけど、それは自分で「丁寧に」植えたわけじゃなくて、庭が土だから埋めときゃ分解されるだろうということで捨てた生ゴミに混じっていたかぼちゃの種がワイルドに勝手に発芽して成長して受粉して結実したものを収穫しただけで、こっちとしてはなにもやっていないのだけど、都心から来た人からすると、「庭でかぼちゃが育っている」というのは「ワイルド」というよりも「丁寧」として映るだろう。庭に生ゴミを埋めるという行為も「コンポスト」と言い換えれば「丁寧な暮らし」感がある。
私が千葉で進めている村上勉強堂も、ある意味では「丁寧な暮らし」と言えなくもない。土から壁をつくったり、井戸を掘ったり、落ち葉を発酵させて暖房にしたり、というのはすごく丁寧なんじゃないか。

来年の国際芸術祭あいちのラーニングチームとして、ソーシャルタワーマーケットというイベントに出展するにあたり、版築ワークショップ「星をつくるテーブル」というワークショップをつくったのだけど、これが結構よいものになった。

1二つの型枠を組み合わせることで好きな形をつくる
2土を入れ、木片をあてながらハンマーでたたく
3叩き終えたら型枠を外し、プチプチで包んで持ち帰る
という流れである。現場の土を使えるので、土地によって出来上がる「星」の風合いは違ってくる。二つの型枠を組み合わせる楽しさと、型枠に合う木片をあてる楽しさと、土が沈んで固まっていくのが実感できる面白さがある。

「完璧な人間はいない」という言葉、いまでもたまに聞くような気がするし、自分も使ってしまいそうな場面はあるけど、考えてみれば暴力的な表現かもしれない。単線的に時間が進む進歩史観的な前提で、完璧な人間とそうでない人間がいるということを暗に認めてしまっている。キリスト教でいうところの原罪的な匂いもする。
人間はみな不完全なので、完璧を目指すべきだ。それも、全員に共通する完璧をだ。ということだと思うけど、それは全体主義に通じている。私たちはそれぞれに独立した存在で、お互いを比べることなどまったく不可能であり、私たちに共通する指標など1ミリも存在しない、という前提に立たなければ幸せにはなれない。人はみな違う人生を生きているので、どの時点で切り取っても、私はその瞬間での最高得点100パーセントな存在なので、別の人生を生きている人間が、私を完璧かどうかなんて判断することはできない。

浦和で8年ケーキを作る仕事をしていたひとと友達になり、北アルプス国際芸術祭の作品撤去を丸一日手伝ってくれた。そのバイタリティたるや素晴らしく、二時間くらい集中作業して私が「休憩しよう」と言っても「え? 休憩ですか?」とぜんぜんピンときておらず、まだまだぜんぜんできますけど休憩というならそうしましょう、という感じである。水分をたっぷり吸った落ち葉堆肥の詰まったガラ袋を運ぶときも、私でもかなり重たく感じるものなのに「重いっすね〜」くらいの軽いノリでひょいひょいと運んでいく。聞くと「20kgのグラを運んだりしてたんで」という(グラとはグラニュー糖のことらしい)。このくらいは造作もない、ということか。撤去の過程で大量の虫(ほんとうにおびただしい数の芋虫たち。すべて同じ種類で、赤ちゃんサイズからキングサイズまで揃っており、王国みたいだった)が出てきて、私が「うわー!」と驚いても、「え! みたいみたい」とむしろ積極的に観察しにくる。指示を与えるとずっと手を動かしているし、また指示を与えられていないときもできることを自分で見つけてどんどんやっていく。「戦士」という言葉が浮かんだ。彼女はこの厳しい資本主義社会を生き抜いてきたソルジャーなのだ、と思った。8年間、相当な激務を日々こなしてきた、ということが容易に想像できた。普段私のまわりにいるひとたちがいかに「ぽや〜」としているかを見せつけられるようだった。みんながムーミン谷みたいなところでのんびり暮らしているあいだずっと、ひとりで地下闘技場で毎日のように死闘を繰り広げ、肉体と精神を鍛え続けたスーパーサイヤ人が、ふらっとムーミン谷にやってきて異次元の強さを無自覚に披露する、みたいな感じだった。最高だった。これは夢ではない。

病院と図書館を混ぜたような、とても大きな施設に1泊している。一階は茶色い空間でフロントなどがあり、2階から上は病院みたいな白い空間。
エレベーターがふたつあって、ひとつは搬入用と呼ばれているのだが、その内部はエレベーターと呼ぶにはあまりにも広い。奥行きがたぶん100メートルはあり、本棚などモノもたくさんあって、高級ホテルのロビーのよう。もうひとつは普通のサイズ。
夜の0時で、私はチェックアウト?をしようとしているのだけど、自分の部屋がある3階にエレベーターが停まってくれないという事態になっている。そのせいで同じく困っている知らない3人組の男が同じエレベーターに乗っていて、うちひとりからなにかの因縁をつけられて絡まれる。私はいじめっ子にすり寄ることで難を逃れようとするいじめられっ子のような態度で、ニコニコと対応していた。3人のうち1人が葉っぱの模様のかわいい帽子とシャツを着ていて、その服可愛いですねと話しかけたら喜んでいた。気づくとその3人組はみんな、どこかしらに葉っぱの模様がある服を着ていて、私も帽子が葉っぱの絵柄だったので、一体感が急に増した。
何度乗っても目的の階を通り過ぎてしまうエレベーター。しかし一階には停まってくれる。何回目かの一階のフロントで、友人たちがいるのを見かけた。私たちは市販のパンを支給され、再びエレベーターに乗り込む。
という夢

長い夢だった。覚えている限りで書き出してみる。

なんらかのチームを組んでいて、その中心メンバーのうちのふたりが私達を裏切り、犯罪を犯したようだった。その2人は罪悪感に苛まれてなのか、精神的におかしくなっていて、幻覚を見ているようで、なにもないところで「あいつ、こんなとこに!」みたいなことを言っていた。私は残りのチームの人達と、あんな様子だから、もうほっといてもいいだろう、と話し合い、解散した。
その後給食タイムになり、たくさんのメンバーたちが大きめの厨房で料理をしている。私は魔法を使えて、モノを浮かべたり動かしたりすることができるので、床のものを浮かべて回転させたりして遊んでいた。
誰かがサラダを作っていて
「前はナッツをどうやって使ったんですか?」
と聞くので
「砕いて上からかけただけだよ」
と答えたことは覚えている。
その後恋人という設定らしい知らない女と帰ることになる。女はステップを踏みながらすごいスピードで踊るように夜の公園を移動していき、私は宙を浮かびながら必死でついていく。地面に白い傘を開いて逆さまにしたようなオブジェが置いてあって、女がそこでつまづいた。
「彼女を転ばせたやつはこうやってぶっとばせよ!」
と言うので、私はそのオブジェを上から思いっきり殴った。すると真ん中のところからすごい勢いで水が吹き出してきて、そこが噴水になった。
「持ち主が戻ってきたらびっくりするな」
と女は言った。
という夢。

PA卓のような、ボタンがたくさん並んでいるグレーの機械を作品として展示している。ボタンを押すと、色々な人の声で、たとえば「それはきっと、花の名前です。他にも〇〇などという種類もあります」「紀元前一万年!」などという音声が機械から流れる。それは「クイズの答え」で、問題は私が持っているリモコンのボタンを押すとランダムで出題されるようになっている。また機械のボタンには何の説明も書いてなくて、すべて同じ形・大きさをしているので、押すまではどんな音声が流れるのかわからない。
私が出題する問題に対して、友人たちが機械のボタンを押し、問題とはぜんぜん関係のない答えが流れることに笑い転げる、という夢。ある問題に対して、友人の島田くんが自分で答える、という変則的なパターンに笑っているところで目が覚めた。

友人の男3人で食事をしたあと会計して(僕は5010円払った)、領収書をもらっていいですか?と言った(僕は夢の中でまで領収書をもらっている)。すると店員さんが、「領収書は開いてお出ししてもらってもいいですか? 紙の光沢がよくわかるので」と不思議なことを言われた、という夢。

私はたぶん俳優で、ドラマの撮影をしている。ちょっと薄暗くてシックな雰囲気ではあるけどファミレスみたいに気軽に入れる夜のレストランで、相手の女性(見たことある俳優だった)と向かい合って一対一で話している。喋った台詞が何だったか大部分は忘れてしまったけど、会話の最後に「それは、なんで?」という私のセリフをなぜか相手の女性も同じタイミングで発してしまい、お互いに笑って、普通はリテイクになるところなのだけど、私にはその必要がないことがわかっていたので、「でも、これでいいんじゃない?」と言って、撮影は終了した。
なぜリテイクの必要はないことがわかったのかというと、私はどこかで目の前の光景が、夢か、あるいは過去の思い出かなにかである、ということをなぜか理解していて、いま目の前で繰り広げられている会話は、すでに放送された映像の繰り返しである、ということを知っている。つまり、今自分が演じているものが採用されたテイクであり、それ以外のテイク(つまり演じたけど採用されないテイク)を撮影しているときの光景(記憶)を、いまの自分が見るわけがないということがわかっている。ある意味で未来から決たような存在として、私はその撮影現場にいる。
終了後、なぜかレジで会計することになっていて、金額が7000円台だった。レジの裏には撮影クルーたちが集まっている大きな部屋があり、私は「ああ、みんなここで撮影の様子を見守っていたのか」と思う、という夢

昨日じいちゃんが亡くなった。母から電話があったとき、私は愛知県の尾張瀬戸駅近くの歩道を歩いていて、国際芸術祭「あいち」2025のラーニングチームのメンバーとして、今月から瀬戸で始まる関連展覧会の会場の設営作業の買い出しから帰る最中だった。電話を切ったあと、バッグに入れていた100円ショップで買ったブックエンド30個がとても滑稽なものに見え、そしてすこしだけ重たくなったように感じられ、じいちゃんが出てくる記憶をいくつか辿りながら、1分ほどその場に立ちすくむくらいにはショックを受けたけど、実家を出た10年前からはそれほど頻繁に顔を合わせることもなくなったし、もう97歳だったし、ここ数年は認知症も進んでときおり問題も起こしていたので、実は覚悟ができていたのかもしれない。とはいえ生まれてから大学を出るまで20年以上一緒に暮らしていて、私が小さい時はとても大きな存在で、思い出もたくさんあるはずなのに、正直それほど落ち込んでいない自分にまたショックを受けている。まだ顔を見ていないので、実感が湧いていないせいもあるかもしれないが。
今年の何月だったかもう覚えていないけれど、最後に実家で会ったとき、これからはもう施設に入るから、この家でおじいちゃんをみるのは最後かもしれないな、と、別れたあとで気がついて、写真を撮っておけばよかったなと後悔したことを思い出した。そのときは施設で家族写真が撮れたらいいかなと思ったけど、それも叶わなかった。とても急な話だった。
でもまだ認知症が進んでいなかったころ(10年くらい前か→いま過去の日記を読み返したら2016年11月7日だった)、お花茶屋駅近くの居酒屋みたいな店で二人で向かい合って晩御飯を食べながら、おじいちゃんが生まれた北海道の村の話や、父に連れて行かれたアイヌのお祭の話、最初は馬喰で、そのあと旅館を経営した両親(つまり曽祖父と曽祖母)の話、淡路島に住んでいたおじいちゃん(つまり高祖父)の話を聞けたのは、ほんとうによかった。いまのうちに昔のことを聞いておこう、と当時の私が思うことができて、それをちゃんと聞けてよかった。そしてその話を『再生』の中で、思い出すように書くことができてよかった。『再生』にまた手を入れることで、もう一度思い出したい。そしていつか紙に印刷して、本としてこの世に存在させておきたい。

新幹線の連結部のところで本を読んでたらスーツケースが客室の方から飛んできたので反射的に手でおさえて、どうしたもんかと考えていたら女がやってきたので「あ、これですか?」と親切心から尋ねたら、女はじろりと僕をにらみつけ、「はい」とか「ああ」みたいな相槌も打たず、首を縦に振るようなこともせず、まったくの無言でスーツケースを取って、戻っていった。めちゃくちゃ嫌な気分になり、感じわるっ!と悪態をついてしまった。
先日の京王線といい、電車に乗ると絶対に嫌なことが起こる。人に対して疑心暗鬼になり、疑り深く、心を閉ざしている、攻撃的な人の目。2024年、日本で働いて生きる能力とはつまり、電車に乗れる能力のことである。電車に乗っても自分を騙して平気な振りができる力。人に対して怯える力。かけられた言葉に対して無言で睨み返す力。それが社会人の鑑である。

京王線、ドアの近くに立って本を読んでいたら駅についてドアが開き、ホームの人たちが電車に流れ込んでいるときに男が急な動作で電車から飛び出し、そのときホームから電車に乗ろうとしていたおばちゃんをかるく突き飛ばすような形になり(私は男の背中しか見えなかったのでぶつかったところを直に見たわけではないが)、おばちゃんが「ああ!」「いた!」と声をあげるも男はそのまま、本当に何もなかったかのように早足ですたすたとホームを歩いていき、おばちゃんも「いたた。腰うっちゃった」みたいな悪態をつきながら電車に乗ってきた。私はどうしたらいいかわからず、しかしおばちゃんとは目があった。おばちゃんはそのまま席に座った。
そして電車内は何事もなかったかのように元の時間に戻っていった。僕の前に立っていたサラリーマンふうの男も、ちらっと顔を上げてはいたし、なにか言いたげな目はしていたが、しかし僕と同じで結果的には立っていただけだ。そしてドア上のディスプレイには「収入が大きいと手取りが減る!?」というCM。これからの働き方、考えてみませんか、と女性がカメラに向かって呼びかける。なにか、とてつもないことが起きているような気がするのだが、そのことに気が付きにくいというか、全員が正気を失っているので、問題が問題にならない。そんな感じか。これでは、奇跡が起きても奇跡とは気が付かないだろう。

私はシミュレーションする。どう声をかければよかったのか。おばちゃんは倒れはしなかったが、もし倒れていたら私は駆け寄れていただろうか。駆け寄って、「大丈夫ですか? おい、ちょっとあんた!」とドラマの主人公のように振る舞えていただろうか。自信がない。
おばちゃんと目があったときに、大丈夫ですか?くらい声をかけてもよさそうなものだけど、私はそうできなかった。この東京の、平日の電車のせいなのか、空気の中に、自分をできるだけ目立たなくさせよう、できるだけあらゆることに無関心でいようという、そんな気持ちにさせる成分が高濃度で溶け込んでいるような気がする。大町ではこうはならない。おそらくインドネシアでもならないだろう。自分の言動、行動を抑制する装置のような、この成分はどこで精製されているのか。
部屋の中にいる象のことを誰も指摘しない感じ。空が緑色なのに誰もそれを指摘しない感じ。

このとき私の目が捉えていた文『存在の耐えられない軽さ』の「社会が豊かであれば、人びとは手を使って働かなくても精神的な活動に専心できる。大学はますます多くなっていき、大学生の数も多くなる。 大学生が卒業するためには、卒業論文のテーマを考え出さなければならない。この世にあるものすべてについて、研究論文を書くことさえできるので、テーマの数は多く、無限にある。 書かれた紙は記録保管所に積み上げられるが、その保管所は死者の祝日にさえ誰も来ないので墓地よりも寂しい。文化は生産過剰、活字の洪水、量の多さの中で消えていく。これがなぜ君のかつての祖国での一冊の禁書が、われわれの大学で次から次へと溢れ出てくる何十億 ものことばとは比較にならないくらい多くのことを意味しているかという理由なんだ」

電車の中で本を読む、というのは一つの抵抗運動と言える。

クエほどのサイズ感の肉食の海水魚を捕まえようとしている知人を、チームの一員として見守る。魚は頭が良く、油断してる人間を食ってやろうと思っている、ということが、声として聞こえてくる。私はメンバーの一人ではあるが何故か水中目線のシーンや、魚の声が聞こえてきたりもする、という夢。

慶野さんとトモトシさんと、チダさんという知らない男性と四人で居酒屋の半個室席っぽい座敷席に座っている。私はトモトシさんに、パソコンセット一式(Mac miniとディスプレイとマウスとキーボード)を貸したばかりだったが、それが実家近くの路上に置き去りにされたまま返されたので、そのことを軽く問い詰める。しかもパソコンは、近所のタカノ化粧品店から電源を借りていて、電気貸してもらってありがとうございました、とお礼を言ってコンセントを抜くのも私がやったのである。トモトシさんいわく、通行人が多いところで使う必要があったらしいが、路上に野ざらしで返したしまったことにたいする謝罪はない。私はそのことを不満に感じる。そこへまた知らない男性二人がやってきて、席に座る。どうも慶野さんが東京にきているので、みんなで飲もう、という感じで集まっているらしい。それに気がついたところで目が覚める。

・東京は道が狭く、人と並んで歩きづらい。必然的に前後で歩かないといけなくなる。つまり上下関係での歩行を強制される
・明大前駅で警備会社の広告看板に「常識を超えろ。昨日までの安心を超えろ」と書かれていて、「安心を超える」という言葉の組み合わせはもはや詩だなと思った。
「これで昨日より安心だわ〜」と思う状況を想像する