さっきまた出かけて夜の田んぼ道で一人で踊ってきた。最近クラブとかライブハウスとかで踊ってないなあって思ってたけど、一人でイヤホン付けて 踊ればいいんだ。人目が気にならないスペースがあれば踊れる。高校とか大学に電車で通ってた時、毎日窓の外を見ながら音楽を聞いていた。本を読 んだりもしてたけど、電車内では外を見ながら音楽を聴くのが一番落ち着いた。いま考えるとあれはとても自然なことだったんだ。あれは移動にリズ ムをつけていたんだきっと。

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批判ができない。何かおかしいと思う事があって、それに対して批判を浴びせたいんだけどそれに携わってる個人の顔を思い浮かべたとたんに批判ができなく なる。好きか嫌いかは言えるけれど批判ができない。その人が幸せなら、それで一生懸命やってるんだったらそれでいいんじゃないかって思ってしまう。自分 が当事者になって、戦わなくちゃいけない時はあるんだろうけど。いくら怒り狂っていても批判ができないからそのエネルギーは不完全燃焼のような状態にな る。いつか批判というものを一回くらいしてみたい。そのためにはなにか確信のようなものがいるんだろうな。自分のロジックに狂いがないように精査していく必要 があるんだろうな。

https://m.youtube.com/watch?v=ZRXGsPBUV5g&app=m&persist_app=1

今日は家を置いてたくさん歩いてみた。歩くことは踊ることだってわかった。土地と踊ることだ。ローリングストーンズのsympathy for the devilをイヤホン で聞きながら昨日歩いた道をずーっと引き返してみた。歩くリズムにぴったりで体が勝手に踊りだす。車はたくさん走っていたけれど歩行者は僕の他に一人も いなかった。ミックが「シェケナベイベー カモンッ」って言ってた。シェケナベイベーだよ!ほんと。心の底からのシェケナベイベーを今まで一度でも聞いた 事があるか。
歩きながらツガイのトンボがひらひらっといい感じで足下をすり抜けたりするし、カラスが田んぼからじっとこっちを見てたりするし、木陰に入るごとに涼し い風が吹いたりするんだ。そうやってリズムをつくって歩いていると、僕を抜かしていく車なんかよりもずっとずっと遠くに行けそうな気がする。ヘンリーデ ビットソローの言葉で「誰にも出し抜かれない生き方がある。それは歩くことだ」ってのがある。最高に幸せな時間だ。車にのって平行移動してたら到底味わ えない。トトロのさんぽって歌があったな。ピクニックって歌もあったな。フランシスアリスの素晴らしい作品があったな。全部同じことを言ってるよ。歩く 事は歩いている土地と、歩いた距離を体に刻み付けていくことなんだ。
プラスチックの小さなスプーンが落ちてるところを過ぎて、軍手が落ちてるところを過 ぎて、アスファルトの小さな隙間に草がびっしり生えてるのを眺めながら、時々何かの死体が落ちてたり顔が蜘蛛の糸にかかったり。見たことない虫が歩いて たりもする。どんどん遠くにいける。土がアスファルトに覆われてしまったことを嘆く必要はないのだ。アスファルトの上で踊れればそれでいい。トラックに 石をぶつけられる事もあるけど気にしない気にしない。
歩くと体が上下に動くからリズムがとれる、それで踊れる。車も電車も飛行機も水平にすーっと動くからだめなんだ。退屈なんだ。船はいい。上下に揺れてくれる。そういえば僕の曾曾じいちゃんは船大工だった。たぶん上下に揺れてないと ダメなんだ。そう考えていくと、いよいよリニアモーターカーはやばいな。移動するときは揺れないと体が駄目になるのにな。ださいな。歩いた方がずっとず っとずーっと遠くに行けるのに。知らないんだろうな。別にいいんだけど知らなくても。こっちは楽しいから。
地面がアスファルトばっかりで水平移動ばっかりで体が揺れないからみんなクラブとか行くんじゃないかな僕も含めて。そんでストーンローゼズがクラブカル チャーをロックに取り入れてスーパースターになったのは、みんなどうにかして踊りたいっていうのがひとつ理由としてあったんじゃないかな。地面をアスファ ルトで固めれば固めるほど、車や電車やリニアモーターカーに乗って水平移動すればするほど、体を縦に揺らせるクラブは必要とされるんじゃないかな。ダン スカルチャーはアスファルトへのカウンターだったんじゃないかな。そうだ前に書いた、バイパスを歩くツアーをする時はBGMにローリングストーンズをかけ たい。
歩いてたら「道の駅 ろくのへメイプルふれあいセンター」に着いた。そこのトイレに「メイプルトイレ」という看板が掲げられていた。なんだそれ。そういう ジャンルのトイレみたいでかっこいいじゃないか。
歩いてると右も左も緑色で、自然がいっぱいあっていいなあと思った直後に、いや田んぼは自然物じゃない ぞ人間が作り出した景色だ。これは人工物だと気がついた。都市にたくさん人がいられるようにするためには、都市じゃないところに田んぼがたくさんないと いけないんだ。こんな簡単なことなんで今まで気がつかなかったんだろう。だからこの目の前の一面の田んぼを見るということはすなわち、それを消費する大 量の人間をみるということなんだ。それは都市をみることと全く同じじゃないか。気がつかなかった。

でテンション高いまんま帰ってきて、すこし気を鎮めてからお風呂に入ろうとチケットを買おうとしたら
「お金はいいですよ」
って受付の人が言った。でもこれは順番として、僕の方から望んだことなのでお金は払うべきだと思った。もし「お風呂どうですか」っていう提案が向こうか らあったら、お金は払わなくていいんだろう。それもひとつの経済だと思う。受け取るというのは能動的なことだ。
でも「お金いいですよ」って言ってもらえ たのはすごく嬉しい。いまはまだ払えるけれど次来たときお金なかったらお願いしてみようと思った。お風呂は平日ということもあって人が少なかった。

今日は経営者の奥さんの提案でここにもう一泊することになっている。なんでも僕に会いたい人がいるそうで、その人は今日来る予定が寝坊してしまったらし い。十和田市の現代美術館が今日休みだったからちょうど良い。明日いけばいい。

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よく人に「~まで何キロ」ありますか?って聞いてみるんだけど、返ってくる答えはだいたい実際と違うことが多い。聞いたあとに歩いてみてよくわか る。基本的に車や電車やらで移動するから正確な距離を推し量る必要がないんだろう。そういう移動は自分と空気との交流を断ってしまう。東京で暮ら している時にもよく思ってたことだ。電車の駅と駅の感覚が何キロかとか、歩いたら何分くらいだとかってのは実際歩いてみないと全然検討がつかな い。移動はほとんど脳内でしかおこってない。歩いて移動する時の空気と体の交流がないと。そのときの風や雨や温度や湿度やあるいは虫とか草と戦っ たり仲良くなったりしながら、そのとき生まれる皮膚への刺激を感じながら動かないと、移動が脳内だけの出来事になってしまう。距離を正確に感じと る能力が退化しちゃうのはなんとなくヤバいような気がしている。

10時半頃出発しようとしたら熊の沢温泉の人が
「よかったらお風呂入っていってください。社長がそう言ってました」
と言ってくれた。やった。朝風呂に入れる。
「それじゃ遠慮なく」
という返事には本当に遠慮がなかった。 またあの素晴らしいお風呂にはいって、さっぱりしてさあ出発と思ったら今度はお店のおばちゃんたちが「これ持っていきな」と行って、無農薬らしいレ タスとミニトマトと、大きなキュウリ(名前があったけど忘れた)を持たせてくれた。生野菜だな。
「ほんとは味噌っこつけると美味しいんだけど、そのままでも美味しいから」
って言ってた。このあたりの人は何にでも「~っこ」と付けて話す。「お茶っこ」とか。岩手辺りからそうだったかな。
その生野菜をぼりぼりとかじりながら六戸という町を目指して歩いた。レタスの芯とかトマトの葉とかを道の外に捨てながら。道の両端がすぐ深い森に なってる。野菜は何もつけなくてもおいしい。でもちょっと舌が痺れる感じがするのはなんだろう。八戸から六戸まではほとんど山道で歩道が区間も多 い。気温はちょうどいいけどじめじめしていて、ちょっと雨も降り始めている。森がとってもきれい。本当に青々としていて、青森ってネーミングがぴっ たりだなあと思った。いまにも熊とか出てきそうな道なので、この間買った鈴をわざと手でならしながら歩いた。途中6人くらいに声をかけられた。
うち一組の親子が「東京から移動生活をしている」という僕の話に対して娘さんは「えーすごーい!」という反応で、お母さんの方からは明らかにちょっと 引いた感じで「そんなことしてたら捕まるよ」と言われた。「なんでいま自分は引いてしまったのか考えてみた方がいいですよ」って言おうとしたけどや めた。

その親子に教えてもらった温泉に向かった。「もりランド」という大きな温泉があるらしい。今日もまずそこで敷地交渉してみようと思った。こ のあたりは火山地帯だから温泉が多いらしい。結局今日はトータル17キロくらい歩いて「もりランド」に着いた。入ってすぐに敷地交渉する気になれ ないのでまずは温泉に入る。
ここは床と壁と天井すべてがヒバでつくられた大浴場があって、そこがとても気持ちよかった。その浴場は他の浴場とはす こし離れたところにあって、ドアに「中では静かにしてください」「ここでは石けん類を使用しないでください」と注意書きがある。入ると薄暗くて、全 面が木材なので木の中にいるみたいな気持ちになる。浴室全体がサウナっぽい感じになっていて、ちゃんと水分をとってから入れば何時間でもいられそ うだ。寝転がれる木の枕も置いてあった。なんか温泉巡りみたいになってきたな。

風呂から上がったら、なんとコインランドリーを発見したのですかさず洗濯する。今日洗濯できなかったら危なかった。そんで敷地の交渉をして みた。
「いま経営者がいないけど、たぶん大丈夫だと思います」
とのこと。経営者が来るのを少し待ってからもう一回言ってみたら
「雨も降ってるし、よかったら座敷部屋に泊まっていってください」
と言ってくれた。確かに雨が降ってると足が伸ばせない(足を外に出せる小さな窓がついている)からちょっと嫌なのだ。助かった。
ここは大きいけ ど、経営者の家族が2階に住みながら経営しているお風呂屋で、経営者の娘さんとかが中を走り回ったりしてる。超良い感じの温泉だったのだ。後で知っ たんだけど。
「そしたら遠慮なく」
と言って、荷物を持ってきたら
「できたら、ちょっと娘の絵を描いてもらいたいんですが」
と言われた。僕は自分が描く似顔絵を思い出した。それは酷いものだ(そのひどさを売りにしてるところもある)。
「人の絵はあんまり得意じゃないけどやってみます」
で、ちょっと描いてみた。娘さんはとても緊張している。僕とあまり話してくれない。でも気に入ってくれたんだなって事はなんとな くわかる。
というわけで今日は座敷部屋に座布団を敷いて寝る。昨日の熊の沢温泉でもそうだったけど温泉に入ってそのまま寝られるなんてとても贅沢だなあ。

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11時ごろ種差海岸のキャンプ場を出発。本当に良いところだった。また来たいな。近くに使える電源が無いのがちょっと痛いけど。キャンプ場のおばちゃんに頼めば充電くらいはさせてもらえたかも
しれない。失敗した。

昨日乗せてもらったユニックの運転席の下にお風呂セットが置いてあったので聞いてみたら 「八戸の人はだいたいみんな風呂セットを持ち歩いてる。八戸は銭湯が多いから」 と言ってた。「熊の沢温泉」という良い風呂があると教えてくれたので、とりあえずそこに向かってみ る。ちょうど十和田市にいく道中にその温泉がある。ちょっと歩いてわかったけど八戸は温泉地帯ら しく、あちこちに「ゆ」と書かれた大きな建物がある。

iPhoneの充電ケーブルが断線したらしく充電しにくくなってしまってるので、それを買うべくヤマダ デンキに寄る。そばにイトーヨーカドーがあったのでそこの駐輪場に家を置いて昼ご飯(鶏飯弁当。 おいしかった)を買って食べてたら警備員さんが近づいてきた。彼は家を指して
「これはお客様の持ち物ですか?」
「そうです」
「大変申し訳ありませんが、当敷地内にこういった建造物を置くのは一切禁止となっております。い ろいろご苦労あるかと思いますがひとつよろしく御願いいたします」
と言われた。「よっしゃ建造物に認定された!よかったなあ、お前」と思った。 コンビニでトイレ借りたりとかご飯食べるときに家の置き場に困るのは、やっぱりこれが建造物だか らなんだろうな。自転車でもバイクでも車でもなくて建造物だから、まちなかに置き場が用意されて ないジャンルのものだから困るんだろうな。

夕方熊の沢温泉に到着。源泉掛け流しのすっごく良い湯だった。ほんのり木の香りがしそうな茶色く 濁ってて、すこしぬるっとした泉質。温度もちょうど良くて露天風呂とサウナもある。自分の体とと ても相性が良い気がした。今度誰か連れて行きたいところ。入浴料は420円。「料金がすこし高い」 なんてレビューがあったけどとんでもない、超満足のお風呂でした。 で、そのままお店の人に敷地の交渉をしてみる。もう夕方6時過ぎてたから、これで断られたらアウ ト。責任者がいま居ないと言われてひやっとしたけれど、受付の人がわざわざ電話してくれて許可を 取り付けてくれた。今夜は温泉の駐車場がうちの敷地だ。

河原温が亡くなったらしい。大学時代に図書館で画集を1日中みていた記憶がある。「私はまだ生き ている」のメールの作品と、100万年を本にした作品がとても好きだった。でも彼は生きてようが 死んでようがもうあんまり関係ないところまで行ってしまってるんだなって、亡くなってから気がつい た。ただオンがオフになっただけで、これからもずっと「オフ」として存在しつづけるような、遠い場 所まで既に飛んでいってしまった人なんだな。かっこいいな。

青森は空が本当に広い。しかも今日は満月らしく、ばかでかい月が浮かんでいる。日が落ちたばかり の青森の大きな空を眺めて、スーパーカーを聞きながら発泡酒が飲めるなんて贅沢だなー。

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台風は騒がれていたほどには雨を降らさなかった。今日の朝、予定通りハイエースに家を積もうとした。だけど入らない。屋根が。そしたら今度は社長がユニックを手配 してくれた。お昼頃ユニックに家を積んで今度こそ出発。ユニックってのはクレーンがついたトラックみたいな車。かっこいい。で、久慈で降りるのもなんか中途半端だ から八戸まで行ってしまうことにした。一気に青森県まで。
運転手の兄ちゃんはもともとトビ職人なんだけど、いまダンプカーの運転手が足りないらしくそっちにまわされているらしい。
「ダンプカーの仕事って、ひたすら土を積んで運ぶの繰り返しですよね」
「そうだねー」
「どんな気持ちになりますか?飽きたりとかしませんか?」
「いやー俺はまだ採石場の石を運んでるからいいけど、同じダンプでも運ぶ距離はすこしあった方がいいんだよな。あのかさ上げしてる現場の、ベルトコンベアで流れて くる土をひたすらそばに落とす作業は、俺やりたくねえなあ。ノイローゼになっちまう」
と言ってた。そうだよなあ。明日も明後日もその次の日も、地域全体の海抜が10メートル上がるまで土を入れては落とすの繰り返しって、考えただけでご苦労様ですっ て感じだ。途中田野畑の道の駅でラーメンとみそ田楽(これがうまい)を食べたりして3時間くらい走り、青森県八戸市の種差海岸というところにあるキャンプ場で下ろ してもらう。
これから敷地を探すのは厳しそうなので、今日はキャンプ場に泊まる。受付で話してみたら、一人用テントぶんの料金が適用された。500円。 この種差海岸というのがとっても奇麗な場所で、岩でできた複雑な海岸線の前に一面の天然の芝生がひろがってる。しかも今日は満月にちかい月が海の上に出ていた。地 元の人が散歩してたり家族連れが遊びにきてたり。すこし散歩してみたけど、とっても静かでいいまちだ。空が広くて山も海も見える。山は青い森っていう地名がぴった りな感じ。犬の散歩してるおばちゃんがいる。たまーに電車が通る音が遠くからする。七尾旅人のリトルメロディがとっても似合うまち。

寝ようとしたら、家の中に蚊が大量に発生していた。景色奇麗なんだけど蚊がたくさんいるところみたい。心地よい波と風の音に混じって、時々蚊の羽音がする。不快で しょうがない。音がしたら光で照らしてそいつを殺してまた寝るというのを繰り返していたけど、いくら殺してもどこからか侵入してきて攻撃がやむ気配がないので、新 しい方法を考えはじめる。蚊取り線香を買おうかと近くでコンビニを探したけど、5キロくらい歩かないと無いみたい。で、戦ってるうちに光を照らすと逃げていくこと がわかった。そういう習性なんだろう。でもずっとiPhoneの光をオンにしておくわけにはいかない。蚊の習性について調べてみたら、どうやら風があるとうまくとべな いらしい。で、今日外は風がいい感じで吹いていたので、外にマットと寝袋敷いて横になった。それでもよってくるので体も顔も全部寝袋の中に入れて顔は上着で覆って 寝た。今度蚊帳を買おう。

近くに立派な神社があるから、そこを描いてくれって言われた。以前にも同じようなことを言われたけど、どうも社寺建築は描く気に なれない。あまり気が進まない。いま家の絵を描いてるのは少し攻撃的な気持ちで描いてるから、それを神社とかにぶつける気になれ ない。あのタッチを他のものに転用するのができそうでできない。人からの依頼で何かするのが苦手なので、描いてくれって言われる と描く気が失せるってのも大きい。
駄菓子屋のおばちゃんに
「寺とか神社を描くのはなんとなく抵抗がある」
って話したら
「わかった」
って、一瞬で何かを理解したような返事をくれた。伝わったのかな。
そのおばちゃんは、僕が自分の家で寝たのを見て
「うちは四畳半の仮設だけど、昨日は自分だけ足のばして寝るのがなんか申し訳ない気がしました」
って言ってて、僕はなぜか嬉しかった。

今日もずっと雨が降っている。台風が西日本から関東地方にかけて猛威をふるってるらしい。雨の日は公園の東屋とかでベンチにすわ りながら絵を描いたりぼーっとしたりするのが好きなんだけどあたりは津波で更地になっていて公園も東屋もない。ここらもかさ上げ して、背の高い防潮堤をつくるらしい。どこも一緒だ。
雨が降ると作業が中止になる現場も多いみたいで社長さんは対応で忙しそう。僕が手伝えることは無さそうなのでずっと絵を描いたり 散歩をしたりしていた。「描いて」と言われていた山田八幡宮という神社を見てきた。とても立派で古い建築物だった。やっぱり描こ うという気になれない。 土曜に八戸に帰る予定の作業員が、急遽雨の影響で今夜か明日の朝くらいに帰ることになるみたい。だから僕も出発が早まりそう。八 戸からここに通ってる人はたくさんいるみたいで「今日の便ならダンプカーだ」って言われたのでダンプカーの到着を待つ。待ってい るあいだ、駄菓子屋のおばちゃんがつくっていた「夢灯籠」って呼ばれる手作りの灯籠作りを手伝う。牛乳パックをカッターで切り抜 いてつくる。何人かで作業していて、今月末には道路に並べるイベントをやりたいらしい。おばちゃんは結構な量の牛乳パックを抱えて いて、カッターの持ち過ぎで指が痛いからと布を巻いて作業していた。僕はそんなおばちゃんにカッターの刃の折り方を教えてあげ た。おばちゃんは
「普段やらないことやってるからねえ」
と言ってた。暇を感じてる美大生がいますぐここに来て手伝えればなあと思った。カッターを使えるってだけでここでひとつの財産に なるんだ。おばちゃんがリンゴを切って持ってきてくれた。そのリンゴはとても黄色っぽくて、酸味が強くて口の中が渋くなった。全 部食べた。
灯籠を1枚作りおわったころにダンプカーが来た。灯籠とダンプカーってなかなか無い組み合わせだ。 家を積もうとしてみたけれど、あまりにダンプが大きくてロープを結べる取っ掛かりも無いので、みんなでウーンどうしようって考えて いたら(床屋ファミリーのみなさんは、人がちょっと困っているのを驚異的感度で察知して助けにきてくれる)社長が
「明日発つハイエースがあるからそれで行こう。そっちのほうがいいべ」
と提案した。結局ダンプは無理だという結論に至り、運転手の兄ちゃんは帰って行った。出発は明日になった。

夜は一昨日の役所の人が送別会をやろうと提案してくれて、社長ともう一人の役所職員と一緒に飲みにいく。最近熊の出没がおおく て、それを捉える猟友会もメンバーが高齢化しているという話を聞いた。ツキノワグマは臆病だから人に会いたくない。だからはちあ ったら、目を外さずにゆっくりと後ずさりするのがいいらしい。でももし子連れだったら襲いかかってくるからもう諦めた方がいいと 言われた。社長は「俺猟友会入ります」って言ってた。 二軒目に行ったバーのマスターが、台風で増水した用水路を見に行った人が転落して亡くなったというニュースを見ながら
「なんでこんな時に用水路見に行くんだって思うけども、それが生活の糧なんだって。だからいつも見に行ってて、たまたま今回流さ れただけなんだって。岩手の人が津波あるのになんで海のちかくに家建てんだって思われてんのと一緒だ。」
「ここらは文化も資源もねえって、みんな嘆いてたんだ。でもいままで台風とか地震でやられたことのない良いとこだったんだ。たっ た一回の津波でこれだ」
と話していた。力のこもった話し方だった。
23時半頃に飲み会は解散。今日も自分の家で寝る。うち泊まるかって何人かの人に聞かれたけれど、なんだかんだ自分の家が落ち着く のだ。特に今日は風もあるから家を守らないといけない。

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今日は足場材に黄色いペンキを塗るという仕事をした。久々に「労働」の時間を過ごした。そして、やっぱりすぐに飽きちゃう。数時間しかやってないのに。そして社長の息子さんの小3の男の子が 「村上さんの家にいたずらしたらダメだよ。村上さんを怒らせたら、ナイフもって刺しにくるんだよ」 と言ってた。なんだそれ。いつからそんなヤバい人になったんだ。

誰かと話してるとして、その人が知ってる人か知らない人かっていう区分けがどうでもよくなりつつある。知ってる人だろうが知らない人だろうが、話す内容はほと んど同じようなもんだ。最近は。自分と他人との境界線がどんどんなくなっていくし、もっというと他人と他人の区分けも時々なくなる。1日に何十回も同じ事を説 明していると「同じ事を説明する」っていうことがもう日常のものになって、同じ事を説明することに対する抵抗もなくなっていく。かろうじて他人AとBをわけて くれるのは、その人が積んできた経験値だ。今日も昨日と同じように、社長に誘われて晩ご飯をたべに行った。メンバーは、東京から社長にバイクを届けるために車で来たごつい人と、トンネル掘りの仕事→ス マホアプリの開発会社→iPhoneの部品の設計会社という不思議な職歴を辿って、いま再び故郷の山田町で復興のため土木の仕事に就こうとしている兄ちゃんと、社 長と、社長の子供二人。そんなメンツで一緒に食べたり飲んだりしてると、もう誰がどうつながってるかとか、誰がいつからの知り合いかとか、そういう情報がもう 全然どうでもよくて、この人の生き方かっこいいなあとか、この人はちょっとこわいなとか、退屈だなあとか、そんなことしか考えなくなる。「生き方」に直接かか わる話しか耳に入ってこない。それ以外の会話は退屈に感じる。
トンネル掘りの仕事から始めていまiPhoneの部品設計してる兄ちゃんは
「学歴が良いやつには負けたくないって、それだけの気持ちでプログラマーになったんだ」
って言ってた。そこは強烈に覚えてる。リアルな台詞だった。

でもやっぱりどうしようもないくらいに話が噛み合ないところはある。ていうかもう僕自身が「話しても通じないだろうな」っていうちょっと諦めの気持ちがあって ちゃんと話そうという気持ちも薄まってる。もう人からどう思われようと本当にどうでもいいって心から思えるようにならないと身がもたない。ていうか僕の話なん かどうでもいいから、ただみんなの話を聞いてるだけの置物になりたいというのが正直なところだった。
なんで「難しい話はわかんない」って感じになっちゃうんだ。僕は別に専門的な話をしてるわけじゃない。生活って、あらゆる人が関わる泥臭いことがらだと思うのだけど、「生活のしかたをちゃんと見つめないといけないと思ったんです」は難しい話でもなんでもないと思うのだけど、一回「難しい話」にされちゃうともうみんなシャットアウトしてしまう。
僕は何のひねりもなく普通に素朴に、生活とか家とかのことを考えてやってるつもりなのだけど、なぜか難しい話と受け取られる。全然わからん。
でもこの「話の通じなさ」を感知できるというのは良いこと だと思う。美術のスターが一般人のスターになれないの は嫌だから俺がなってやるんだって友達の作家が言ってた。それはいますごく具体的に感じるこの「話の通じなさ」とも関係してるんだろう。いつも一生懸命に 人と向き合ってたら身がもたないってことがよくわかる。一生懸命向き合ってくれる人には向きあえ ばいいし、向き合っても向き合ってくれない人には向き合わなくていいんだ。やっぱり人は平等じゃないし、わかりあえないことなんかそっちゅうだしな。「話が通 じない」ってことは『「話が通じない」ってことが通じない』ってことだから、わかりあえるわけがない。寝ればいいんだもう今日は。今日は自分の家でねる。

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キャンプ場で昨日と同じように二度寝。二度寝の回復力はすごい。管理人のおばちゃんが台風が近づいていることを教えてくれた。 「とっても大変なことになってるのよ。大きくて、本州がすっぽり入っちゃうくらいなのよ。でも10日くらいまでは大丈夫みたい」 ってすごいテンションのおばちゃんだ。10時頃キャンプ場を出て宮古市方面に向かった。
5キロくらい歩いて、陸中山田という駅の近くを通ったときに男の人に話しかけられる。ちょっと話したら
「今日飲もうぜ。泊まってけ」
と言われた。うーん、まあそれもいいかなあと思って
「いいっすよ」
と返事した。そしたらその近くのプレハブ小屋からおっちゃんがでてきて
「なまウニ食わしてやっか」
と言って、プレハブ小屋から生ウニを何枚か器に入れて醤油をかけたものを持ってきた。路上で生ウニをもらったのは初めてだ。 声をかけてきた人は土木業をやってる会社の社長さんだった。仮設の事務所に案内してくれた。 そこには事務所のほかにお好み焼き屋とか日本一小さな駄菓子屋とか床屋とかがある商店街っぽいところだった。 僕は「床屋がある!」と思った。ずっと髪を切るタイミングを探していたのだ。今だ。ここしかない。 で、髪を切ってお金を払おうとしたら
「お金いらないから、そこの駄菓子屋の絵を描いてもらえないかな」
と言われた。良いな。なにかもらったらなにか返したくなる気持ちになる。その気持ちで経済がうごく。 この店は床屋のおばあちゃんが、震災後子供が集まる場所が無くなったからと、ボランティアで始めたお店らしい。
夜は社長さんと従業員の人(八戸の人で、震災後から山田町で働いてるらしい。週末は八戸に帰るらしい。)と、僕を数日前からネット上で追っていたという役所の人 (ラブライブの西木野真姫ファン)と、もう一人の従業員(なんかめんどくさい赤子のように扱われていた)というメンバーで飲む。
そしたらそこで社長が 「土曜までここにいれば、八戸に帰る人と一緒に家ごとのっけて行けるよ。それまでうちで働いていくか」 という話を持ち出した。良い提案だと思った。面白いな。やってみるか。でも八戸はちょっと行き過ぎなきもする。別に八戸まで1日で行ったところで1年が短くなる わけではないから全然いいんだけど。どうしよう。「行き過ぎかな」っていう気持ちが湧いてしまうのは、やっぱりどこか「歩いて本州1周の旅」みたいなつまんない 名目に踊らされているんだろうな。僕自身がまだそういう「移動が目的」みたいな理解の仕方しかできないってことだ。移動が目的なんじゃない。移動を常態化するの が目的なのだ。だから目的地とかそういう概念は無いはずなんだ。夏は北の方が過ごしやすいから北上してるだけなのにな。でもとりあえず土曜くらいまで山田町にい ることになりそう。それまで地元の会社を手伝うのも面白そう。

先日話しかけてくれた高校生のツイッターのTLをのぞいてたら、たくさん尊敬する人がいるみたいだ。尊敬する人がたくさんいる状態ってのは健全だな。他者へのリス ペクトは、自分の偏見を解いて色眼鏡をはずしてくれる。その対象は多ければ多いほど良い。それは親とか兄弟とか恋人とか、近しい人だと忘れてしまいがちなんだ。 気をつけないと。他人と争ってる場合じゃないって坂口恭平さんも言ってた。争うべきは自分の無意識だけ。孤独になれない人がしょうもない事で人と争ってしまうん だろうな。しょうもない悪口言ったり強く当たったりしちゃうんだろうな。生き方に直接関わること以外で人とぶつかりあう必要ないのにな。

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さだまさしをよく聞いている。主人公って歌が良い。毎日家賃と食費と光熱費と保険料と税金と年金払うために就職して結婚して子供作って、仕事クビにならないようにして仕事休まないように 風邪ひかないようにしなくちゃってやってたら、自分が主人公だって忘れちゃいそうだ。フリーターのときは忘れちゃいそうだった。だからブコウスキーを読んだんだ。日雇い労働者でも主人 公だったんだな、ブコウスキーは。ウディ•ガスリーもそうだな。そんでニーチェは「自分を笑え」って教えてくれたんだった。

釡石の友達のところにお昼まで居た。疲れを取るためには二度寝が効果的だってことがよくわかった。そんで大槌まで送ってもらって、北上を再開する。
安くておいしいカレー屋があるってきいたのでそこでお昼ご飯を食べて出発しようとしたら、大きなリュックを背負った男の人に話しかけられた。その人は完全に旅人の身なりをしていた。徒歩で歩いているらしく、八戸から南下してるという。
「僕も八戸までは行こうと思ってるんです」
って話をしたら
「大丈夫?情報持ってる?」
といわれた。明らかに旅人という身なりの人から発せられたこの「情報」という言葉から切実なものを感じた。多分「テントをはれる場所」「シャワーを浴びられる場所」といった含みがあるんだろう。
「持ってないです」
って言ったら
「このさき、船越というところに家族旅行村っていうキャンプ場がある。自分は昨日そこでテントを張って、200円でシャワー浴びた」
と教えてくれた。キャンプ場はいままでいったことない。せっかくだから今日はそこに行ってみることにした。その人は別れ際に
「がんばりましょう」
って言ってくれた。この言葉は嬉しい。「がんばって」よりも「がんばろう」の方が元気をもらえる。

そのキャンプ場まで13キロくらい。昨日までと同じようにトンネルがあって歩道が無い山道を歩く。岩手県はトンネルが多い。しばらくびくびくと歩いてたけど、あまりに車の音が大きくてこ わいから、逆に段々と「なんでこんなびくびくしないといけないんだ」っていう怒りに変わってくる。腹が立つ。歩行者がこんなこわい思いしないといけないなんて不公平だ。しかも今日は濃い 霧がかかってて、なんとなく何か起こりそうな感じ。
キャンプ場に着いて、八戸から下ってる旅人に紹介してもらった説明をしたら 「まあ嬉しい」
という感じになって、僕の活動に関しても
「えらいわ~」
という感じになって、なんかよい感じのまま
「みんなの談話室になってる小屋があるからそこ使っていいぞ」
っていう感じに落ち着いた。 僕の他にバイク乗りのおじちゃんが2組テントを張ってた。
このキャンプ場は山の上にあるんだけど、海までおりていくとここらも津波でごっそりと何も無くなっている。一面の荒野という感じ。海をみると景色が素晴らしくて、海水浴場としてすごく賑 わってた場所だったんだろうけど、いまは本当に海と陸しかない。景色が良すぎるのが逆に寂しい。近くをふらふらと歩いてたら、パトカーが近くに停まって
「村上さーん!」
と声をかけてきた。いま家を持ってないのにな。なんでわかったんだ。
「なんでわかったんですか?」
って聞いたら
「勘です」
と答えた。
「国道沿いを、けったいなもん持って歩いてる人がいる」 という匿名の通報があったらしい。それでお巡りさん達は「キャンプ場に行ったんじゃないか」と推理してここまできたらしい。すごい。もはや職質は日常のことになってるので、いつも通り身 分証明書を見せて自分の活動の説明をした。お巡りさんの一人がすこし申し訳なさそうに質問してくるので、なんかこっちまで申し訳ない気持ちになる。
「失礼な話なんですが、この先行く土地で泥棒なんかがあったときのために、靴底の型をとらせてもらってもよろしいでしょうか」
「私も(芸術家とか)そういう仕事につきたかった。こんな人を疑ってばかりじゃなくて(苦笑)」
おまわりさんにも葛藤があるんだろうな。大変だ。がんばってください。
その警官は、別の警官が
「芸術家ならサインもらっとくか」
なんて言って、適当な大学ノートを僕に渡そうとしたのを
「いやいや失礼でしょ」
といって止めてくれた。誠実な人だな。

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「いま住んでいる仮設は山の上の方にあって、とても良いところで皆よくしてくれる。でも震災前はまさかここに住むことになろうとは思ってもみなかった」

と、お父さんが言っていた。流される前の家があったところと、いまの仮設住宅があるところは数キロしか離れてない。ずっと移住している僕からしたらそれはただの「数キロ」でしかなくて、同じ地域のようなものなんだけど、ここに住んでいた人からしたらこの数キロっていう距離は大きいんだろうな。それは自分の実家を思い浮かべればよくわかる。学区が違ったり町会がちがったりするだけで、自分の住んでいるところとは全然違う場所のような気がしたものだった。そういう行政的な区分けとは無関係に動いているんだな。

お昼頃絵を描いていたら気分がわるくなってきた。ときどき訪れるこの吐き気はなんなんだろう。昨日のトンネルのせいなのか疲れてるのかいつものビタミンB不足なのか。すこし横になったら良くなった。いつでも眠れるって環境のときは寝る気にならなくて、眠いときはたいてい眠れる環境にいないのだ。寝た方がいいとわかっても夜更かししたりしちゃうのだよなあ。残念だ。

3時頃に鵜住居を出発して大槌町に向かう。ここにも知り合いが一人いて、今日はその人の家の駐車場あたりに家を置かせてもらえればいいと思って、のんびりしすぎた。そしたらその人と全然連絡が取れず、あっというまに空が暗くなりはじめた。
やばいどこか探そうと思っても、大槌町も津波の被害がひどいところで、一 面なんにもなくなってしまっている。見渡す限り草原と化している。休日なので復興工事も休みらしく、ひと気がない。ツイッターで「家の置き場を探していま す」って呼びかけたりしたけど特に収穫もなくて、家と一緒に呆然とたたずんでいたら釡石の友達から
「最悪、家はどっか置いてうちきてもいいよ」
というメールがきた。「救世主だ」と思った。「ヘルプ」というメールを返した。
そしたら1台の車が近寄ってきて
「子供と写真とってもらってもいいですか」
と、子連れのお母さんが話しかけてきた。すかさず家を置けそうな場所を探している事を相談したら 「すぐ近くに一般の車も停められる大きな駐車場があって、そこなら置いといても大丈夫だと思う。敷地っていっても、ここらは津波で流されちゃって敷地も何も ないような状態だから、どこ置いても大丈夫だと思うけどね」 という。たしかに、こんな草原と化したようなところで「家を置く敷地を探している」っていうのはなんかおかしいというか、皮肉な話だな。
その駐車場に行ったら、なんか人がぞろぞろと集まってきてみんな写真を撮りまくってくる。そこは大槌町役場の仮庁舎だった。明日までだったら置いといていい よと言ってくれた。
そのあと釡石の友達に車で迎えにきてもらう。ありがたすぎる。そして車は本当に速いな。

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釜石のほほえむスクエアで家の修理などやっていたら、大船渡在住の人が二人わざわざ訪ねてきてくれた。コーヒーを飲みながらお話。家を背負って歩いてると体幹が鍛えられる気がするという話をしたら

「そっか。体が大黒柱になるわけだから鍛えられますね」

と言われた。そうだな。僕の体がそのまま家の大黒柱になるんだ。生活をささえるのは、文字通り僕の体なんだな。それはこの移動生活に限った話じゃない。

ほほえむスクエアを出て大槌町へ向かう。11キロくらいしかないんだけど、途中に1.2キロのトンネルがあって、そこで気力を削られた。入った瞬間から「なんかここ嫌な感じだなあ〜」って思ったんだけど、すすむうちにどんどん汗をかいてきて、思考がなぜかネガティブになって、油断したら死について考えちゃって、負けじと音楽をかけながら歌を大声で歌って(でも油断したらどんな歌詞でも死にまつわる内容に解釈しそうになる)なんとか乗り切る。疲れて発狂しそうになった。でもトンネルを抜けたとき生まれ変わったような気持ちになって清々しかった。何かを取り込んだような気がして、しばらくからだのバランスをとるのがむずかしかった。でも勝った。勝ったぞ。何に勝ったかはわからないけれど。

 

トンネルを抜けてわりとすぐ、車にのった家族連れに話しかけられる。近くで「沢口パン」ていうパン屋さんをやっている家族で、すこし事情を話したら「うち泊まっていいぞ」て言ってくれた。

店は鵜住居っていう面白い地名の場所にあった。来客ノートに絵を1枚描いた。

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ここも津波の被害がひどい。震災前は建物もたくさんあったから海なんか全然見えないところだった。でも震災後は何も遮るものがなくなって、こんなに海は近かったんだと思い知ったという。地震のあと、まさかここまで津波が来るとは思ってなくて、でも海の近くの電柱から順番に倒れていくのが見えたから急いで逃げた。という。恐ろしい。

ここは地面を19.5メートルまでかさ上げするらしい。それが終わるのはいつになるのかよくわからない、でも待つしかない。いまの仮設もいずれ出て行かなきゃいけない。仮設住宅も維持費がかかるので、まだ仮設暮らしを続けている(これも本意ではないはずなのだけど)人を集めて、空になった仮設は取り壊すっていう段階になりつつある。パン屋にはカフェが併設されていて、それは震災後にはじめたらしい。以前からやろうという話はあったけれど、震災後に山の上に建てられた仮設から出られず閉じこもっている人たちをみて、人が集まるところはあったほうがいいということではじめたらしい。

夜は家をトラックの中に入れさせてもらい、僕は仮設住宅内にある談話室で寝かせてもらう。大船渡以来二度目だな。

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そういえば昨日、家を置いた仮設商店街に店を構える写真屋さんが一枚写真を撮ってくれた。ちゃんとライティングもして。それを今朝現像して持ってきてくれた。面白い写真にな ってた。

午前中絵を描いていたら、2年くらい前に陸前高田で知り合った友人からツイッターで連絡がくる。なんと釡石に住んでるらしい。なにがあるかわからないな。
さっそく落ち合って、昨日に引き続き釡石ラーメンをたべる。以前やっていた仕事は体調を崩してしまって辞めたらしい。彼女は、前に会ったときよりもなんとなく力が抜けてリラ ックスした感じになってた。いま思うと、復興にむけてがんばるぞーって感じですこし力が入ってのかも、なんて話をする。越喜来の潮目の話をしたら「ぜひ見たい」というので、 いったん家だけ釡石の「ほほえむスクエア」というキッチンカーが集まってる広場に置かせてもらう。
ここも面白かった。ハピスコーヒーという店の前に置かせてもらったのだけ ど、そのオーナーはもともと東京で副業でコーヒー屋をやっていて、震災後にこっちの仮設住宅を車でまわってコーヒーを振る舞う活動をしているうちに
「あなたのとこのコーヒーが飲みたいのだけどどこにいるのかわからない」
という話になり、定点を持とうとしてこの「ほほえむスクエア」という広場でやりはじめたらしい。仮設住宅をまわるコーヒー屋さんって良いな。家の近くに定期的に店がやってきたりイ ベントがやってくると生活に新鮮なリズムが生まれて、たとえ家に閉じ込められたとしても発狂するのを食い止められそうだ。家族で遊園地に行って自分だけメリーゴーランドに乗ると自分はまわってるけど母親は同じところにたってて、その前を通り過ぎる時が楽しくて手をふっちゃうみたいな感じだ。本当に一人でメリーゴーランド乗ってるだけだとただま わってるだけでつまんないんだけど。で、定点をもった後もキッチンカーのままなのが良いなあと思った。
「まわる」ってのは良い。直線的に移動するんじゃなくて、ある周期でまわりつづけるってのは良い。移動しながらその場に留まる方法のひとつ。レコードを聞く時、レコードその ものは動いてないけどそれは回っているから針があたる点は動きつづける。そしたら音楽が流れる。面白いなー。永遠に動きつづけるためには直線じゃだめだ回転しないと。

彼女に潮目を見せたらやっぱり感動してくれた。その足でわいちさんの家に行って奥さんと一緒に七夕の飾り作りを手伝った。最初に顔を合わせて
「なんで戻ってきたのー」
って言われた時はどきっとした。もう過ぎた事が突然戻ってくるのはレコードの音が飛ぶのと同じだ。

帰ってきたら釡石災害FMのパーソナリティの人がコーヒー屋に来ていて、急遽ラジオにでることに。そのままスタジオに行って収録してきた。話してたら予定の30分をあっとい う間に超えた。いまならいくらでも話せるような気さえする。夜はそのままほほえむスクエアに家を置いて、友人の家に泊まる。